【黒ウィズ】アレス・ザ・ヴァンガード2 Story6
story
囚われのアレイシアは、砕け散った髪飾りの破片を手に考えていた。
遺跡が海底より浮上したのは、そんな時だ。
オレは、お前だよ。
***
君がうなずき、駆け出そうとする。だが、その機先を制するように、場違いなほど涌洒な人影が前に立つ。
言葉と同時に、ヘパイストスⅪはなにかを取り出して宙に放り投げる。銃だ。全部で6丁。宙を舞うそれらが――
ヘパイストスⅪの言葉と同時に、君たちに向けてー斉掃射を開始した。
危険を察していた君は障壁を張ってそれを防ぎ、エウブレナとネーレイスは左右に分かれて転がり、なんとか回避した。
宙に浮いた銃口が君から逸らされ、エウブレナとネーレイスに狙いをつける。その瞬間、エウブレナが叫んだ。
***
エウブレナとネーレイスは、物陰に隠れてなんとか攻撃をやり過ごしているが、反撃の糸口を掴めずにいた。
揶揄するように告げられた言葉は、彼我の実力差を正確にあらわしている。
いまの自分たちがゴッド・ナンバーズに打ち勝つすべは、ひとつしかない。エウブレナはそう判断した。
女神ヘカテーの狂気と力をその身に降ろす、ハデスヒーロー最強の技。その代償は……使い手の命。
(この状況……パパなら迷わないはずよ)
強大な敵に対し、ヘカテーで勇敢に立ち向かったのが、父の最後の戦いだった。英雄庁からはそう聞かされている。
父に会うため墓前を訪れる度に誓った。意志を継ぐのは自分だと。ならば、エウブレナに迷う余地はない。
(……だろう?Ⅳのお嬢ちゃん。せっかくー息に殺さないであげてるんだ。ちゃんと使ってくれよぉ?)
エウブレナは知らない。父がヘカテーを使った結果、プロメトリックに暴走させられたことを。
ヘパイストスⅪは知っている。プロメトリックがハデスⅣを暴走させた、その方法を。
敵の仕掛けた罠に気づくことなく、エウブレナは人造神器を見つめていたが……その隣で哄笑が響いた。
そんなあなたに、ヘカテーを使うなんてできるはずがありませんわ!さあ、わたくしを論破できまして!?
「生きて還るまでがヒーローじゃろがあああ!」
ネーレイスの言葉は正しかった。エウブレナの目指すヒーローの道はいつしか父と異なっていたのだ。
拳を握りしめるエウブレナに、笑みを浮かべたネーレイスは、小さな包みを押し付けるようにして渡す。
何度も悪いね。起きてちょうだいよ、神器!
ー撃で決めさせてもらうよ。ワンショツトツーキルだ!
言いながら放たれた銃弾は3つ。宙で軌道を変えながら、ふたりの隠れている柱へと殺到したそれは――
紫光を纏う3頭の獣の顎に噛み砕かれた。
神器〈バイデント・アイドネウス〉。ハデスⅣが死んだ後、それは英雄庁によって管理されることになった。
責任者は英雄庁の重鎮、ポセイドンⅡ。彼の認める者だけが、神器の覚醒に挑むことができる。
友の死を嘆いた重鎮は挑戦者に条件を課す。ヘカテーを使うことなき強い生還の意思。だが、それと力の両立は困難を極めた。
だが10年間、幾人ものハデスヒーローの挑戦を拒み続けたその神器は、いま眠りから目覚めたのだ。
パワーだけの問題ではない。神器が選んだのは、その性情だった。ハデスヒーローは法規を遵守する。
だが、それだけでは足りなかった。ハデスは冥府を治める神王なのだから。
王とは法を守るだけではなく、時に法を定める者。法規を遵守する精神と、時にそれを改める覚悟。
相反するふたつの心を持つ者にこそ、冥府神の祝福はふさわしい。
紫光をまとう3頭の冥府の番犬が、ヘパイストスⅪに牙を突きたて、その場に縫い止める。
エウブレナの右手に握られた神器が、眼下の敵に狙いを定める。それは拒むことの許されぬ冥府神の裁き。
落ちろ!奈落の最果てに!タルタロス・フォール!
ふたりともいまのー瞬で力を使い果たし、すでに変身は解けている。その背後に――
変身は解け、満身創痍の肉体を引きずり、それでも彼は立っていた。
ヘパイストスⅪ――ゴッド・ナンバーズでありながら、数多くの不正の疑惑を持たれていたヒーロー。
彼の娘は通り魔なんかではなく、もっと長い時間をかけ、あらゆる苦痛を味わい、口にするのもおぞましい殺され方をした。
彼は長い年月をかけ、犯人のヴィランに娘が味わった以上の苦痛を味わわせて、復讐を果たした。
以来、彼の人生は空虚であった。
生の全てに実感がなく、ヒーロー活動も人造神器の研究も、なにもかもが分厚い膜の上を滑り落ちていくように感じられた。
いつしか彼の顔には、あらゆるものを嘲笑う諧謔の仮面が張り付いていた。
その日々の中で、少女と出会った。
後にアテナⅦとなる少女、ネルヴァと出会ったのは、彼女が英雄庁の養護施設に引きとられて間もなくのことだった。
彼にはひと目でわかった。その少女の瞳が、自分自身を罰し、決して許すことのないものだと。
鏡に映る彼自身も、おなじ瞳をしていたから。
それ以来、ヘパイストスⅪの人生には、最優先事項ができた。
亡くした娘をネルヴァに重ねていることは自分でも気づいていた。娘とネルヴァはまったく異なる人間であるとも理解している。
それでも彼は決めたのだ。あの日見た幼い少女の悲しい姿を守ることが、自分の人生の意味なのだと。
歪んでいるよね、あの子の正義は……。正しすぎて、正しくないんだ……。プロメトリックはそれを利用している……。
わかってるさ……それでも!たとえ世界があの子の敵に回ろうとも!僕だけはあの子の味方であると決めたんだ!
あの子を傷つける者は許さない!あの子を守るこの瞬間だけは!僕は本物のヒーローなんだよぉ!
言うが早いか、敵に向かって駆け出すエウブレナの後を、ネーレイスはあわてて追いかける。
ヘパイストスⅪを支えているのは信念だ。それを砕けるものは、この世界にひとつしかないと、エウブレナは学んでいた。
だから、走るふたりの拳は固く握られ、残る力のすべてを振り絞って、振りかぶられる。
story
テュポーンとかいうバケモンと戦って死んだ時、オレの身につけていた装身具が砕けちまってね。
プロメテウスは砕けた欠片を集めて溶かし、新しいものへと鋳造し直した。それがその髪飾りだよ。
長いこと使ってきた愛用品だったんでね。気持ちがちっとばかしこびりついちまってたのさ。
アトランティスが起動して、この周辺に神の力が満ちたおかげで、なんとかこの姿を取ることができてるってわけだ。
オリュンポスの神々が巨神や巨人に勝てたのは、とある場所から力を取り出す方法を発見し、肉体に取り込んだからだ。
そら、オレの腹の辺りを見てみろ。こいつがその証だよ。
で、お前の肉体のどこかにも、こいつがある。
ただ、こいつで力を引き出すには、ちょいとコツみたいなもんがあってな。それがわからなけりゃ、なんの意味もねえ。
ただ、こいつで力を引き出すには、ちょいとコツみたいなもんがあってな。それがわからなけりや、なんの意昧もねえ。
けど、その髪飾りには神の思念――つまりオレが残っていた。で、ちょいと調整してやってた。
力の出所と波長を合わせてやったんだよ。
そうか……。だから急にあんなパワーが……。でも、なんでボクの身体にそんなものが?
神話の時代にくたばった戦神アレスの生まれ変わり。――アレイシア、それがお前だ。
story
先を急ぐ君は、ふいに殺気を感じ、とっさに身を転がす。
つい先ほどまで居た場所を剣閃が通り抜け、冷血なる戦女神は姿をあらわした。
君が距離を空けようと背後に跳ぶ。瞬間、まったく同時に、アテナⅦが前方へと跳躍した。
魔法使いと戦う時の最善手。それは魔法を使わせないこと。アテナⅦは迷わずその手を選び取っていた。
まずい、と君は思う。より近づき、格闘の間合いになれば打つ手はあるが、この間合いは君にとってー番不利だ。
アテナⅦは切っ先をわずかに変え、君の肩上を狙う。言うまでもなく、そこには師匠がいる。
それだけはさせない、と君は負傷を覚悟で剣の軌道上に左腕を差し出す。
覚悟していた痛みも血しぶきも、やって来なかった。
アテナⅦの剣は、横合いから飛んできた赤い大剣に弾かれていたから。
危ないところだったけどね、と君は言う。
ウィズがいつになくヴァッカリオに辛辣だったのは、実力があるのにまともに仕事をしていなかったからだ。
なにか事情があるんだよ、と君はかばっていたが、どうやら正しかったようだ。
おっとっと。お前さんは。お兄ちゃん、本当に空気を読まないね、あーあ、マントがズタボロだ。また泣いちゃうぞコレ。
破れたマントを脱ぎ捨てて、ヴァッカリオはアテナⅦの前に立ち、君に手を振る。
けど敵は強いよ、と君が言うと、ヴァッカリオは場違いなほど朗らかに笑った。
その笑みを前に、なにも言えることはない。君は対峙するふたりに背を向けて、駆け出した。
***
かつて、ひとりのヴィランが多数の人質をとって立て籠もった。
人質の命を慮り、英雄庁が身動きを取れぬまま、発生からー昼夜が過ぎたころ、事件は急速に解決した。
現場にいた幼い娘の手で、その子の母であるヴィランが殺されることによって。
大人の神話還りを倒す才能。迅速に事件を解決する冷静さ。なにより、身内の悪を札す正義心。
娘は高く評価され、トップヒーローとなるべく、英雄庁の庇護下で英才教育を受ける。
そして数年後、ヴィランに倒され引退をした先代の後を継ぎ、神器を覚醒。アテナVとなったのだ。
正義の基準は、救える命の数だ。ゆえにプロメトリックより神話の真実を聞いた時、私のすべきことは決まった。
オリュンポス12神を殺す。それが私の為すべき正義だ。
オリュンポスの神々はこの世界すべての人間を見捨てるという大罪を犯し、いまもなお異界でのうのうと生きているという。
奴らがいまのこの世界の繁栄を知れば、ふたたび支配に乗り出すだろう。悪しき神話の時代が甦るのだ。
だから私は異界への〈扉〉をひらき、神々との戦争を起こそうというプロメトリックに協力することにしたのだ。
神話を読み解けば、容易に理解できる。奴らは人間の命などなんとも思っていない。真の悪は神々なのだ!
私は為さねばならぬ!邪智暴虐なる神々を殺し、真の人の手による世界の構築を!
そのために必要だというのならば、いかなる犠牲も厭わぬ。最後に生きる人間の数が多い方が正義だ。
***
端的に言ってしまえば、戦いの基本とは「敵の嫌がることをする」である。アテナⅦの戦い方は、それが徹底していた。
間合いを詰めようと思えば離れ、遠距離戦に応じようとすればー息に接近し、常に呼吸を狂わせる。
寄せては返す波濤のような攻撃を前に、ディオニソスⅫは防戦ー方になっていた。
アテナⅦが刺突を繰り出す。これまでで最速。しかしディオニソスⅫは大剣でそれを受け――そのまま剣を手放した。
長身がゆらめいて消える。アテナⅦにー瞬の逡巡。が、すぐに気づく。
倒れるほどに低い体勢で潜り込んでくる相手の上に、叩き潰すように最硬の武器を振り下ろす。躱すことは不可能。
だが最強の硬度を誇る盾は、無手の相手に弾かれた。その手は紅く輝いている。
神器〈アイギスの盾〉に対する絶対の自信。それがかすかな慢心となっていたのだ。
アテナⅦの目の前に、ディオニソスⅫが立つ。その両手を大きく広げている。
あらゆるダメージを想定し、覚悟を決めたアテナⅦは――
次の刹那、あたたかい腕に抱きすくめられていた。
ー瞬の自失。次いで襲ってくる、抑えられぬ激昂。
ふたたび盾を振り下ろした時には、すでにディオニソスⅫは遠く離れ、さきほど投げた大剣を拾っていた。
お前の心が、ずっと泣いているということを。
激昂のままに振るうアテナⅦの剣を、大剣が迎え撃つ。激しい衝撃。振るった剣ごと、アテナⅦが吹き飛ばされる。
たとえ正しくても、悲しみはある。そんな簡単なことを、だれも教えてやれないほど、お前は強すぎた。だから――
ディオニソスⅫの手が腰に伸びる。そこにあるのは神器〈尽きざる蜜の神酒杯(アペイロン・ネクタル)〉。それを煽り、中身をー息に飲み干す。
神酒ネクタル。それを口にする者は、神にも等しい力を得る。命の炎を燃やすことで。
あふれ出る神の力を全身に纏い、ディオニソスⅫはネクタルの力を束ねた神剣ザグレウスを構える。
〈アイギスの盾〉に、アテナ神の力が集まる。かつてないほど高まったそれを振りかぶり、技巧のすべてを投げ捨てて前方に跳ぶ。
盾の中心が妖しく光る。アテナⅦの奥の手。見た者を石と化すメドゥーサの魔眼。奥義を不可避と化さしめる必殺の連携。
だがネクタルにより命の燃え上がる肉体は、魔眼を受け止め、なお放つ。
それは人智を超越し、万物の理を断つ〝最強〟のー撃。
見る者すべての絶望を斬り捨てる、英雄たる者の象徴。――永遠の希望(アイオニオン・エルピス)。
その希望の前に、堕ちた英雄の神器は吹き飛び、アテナⅦは地に倒れ伏すことしかできなかった。
いやだ………負ければ……私の選択は……間違っていたことになる……。
間違ってなどいない……。間違っていてたまるものか……。あれが過ちならば……私はなぜ母を……。
それでもお前は悲しかったんだよ、ネルヴァ。たとえ悪に堕ち、人の道を外れたとはいえ、母を失って、悲しかったんだ。
お前に過ちがあるとすれば、その悲しみを――涙を封じたことだ。涙の味を知らぬ者は、本当の強さを知らぬのだから。a
そして、堤防は決壊した。
解き放たれた幼子は叫ぶ。禁じていた想いを。ただのありふれた悲しみを。
十数年ものあいだ封じられていた涙は、絶えることなく流れつづける。
いつまでも――いつまでも――
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「戦神アレス。それがオレの名だ。
「おう、エライエライ神様だ。といっても、いまのオレはその髪飾りにくっついてる残留思念に過ぎないがな。
テュポーンとかいうバケモンと戦って死んだ時、オレの身につけていた装身具が砕けちまってね。
プロメテウスは砕けた欠片を集めて溶かし、新しいものへと鋳造し直した。それがその髪飾りだよ。
長いこと使ってきた愛用品だったんでね。気持ちがちっとばかしこびりついちまってたのさ。
アトランティスが起動して、この周辺に神の力が満ちたおかげで、なんとかこの姿を取ることができてるってわけだ。
「いや、ないない。そんなパワーはねえよ。正真正銘、ただの髪飾りだ。
「なんつうか、波長が合ったからだな。
オリュンポスの神々が喧神や巨人に勝てたのは、とある場所から力を取り出す方法を発見し、肉体に取り込んだからだ。
そら、オレの腹の辺りを見てみろ。こいつがその証だよ。
で、お前の肉体のどこかにも、こいつがある。
「あるんだよ。力が発現しちゃいないから見えないだろうけどな。
ただ、こいつで力を引き出すには、ちょいとコツみたいなもんがあってな。それがわからなけりゃ、なんの意昧もねえ。
けど、その髪飾りには神の思念――つまりオレが残っていた。で、ちょいと調整してやってた。
力の出所と波長を合わせてやったんだよ。
「そうか……。だから急にあんなパワーが……。でも、なんでボクの身体にそんなものが?
だから、それは最初に言っただろう?お前はオレだ。正確にはオレの本体だ。
神話の時代にくたばった戦神アレスの生まれ変わり。――アレイシア、それがお前だ。
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起動した遺跡の中枢。そこにあるのは、かつてオリュンポスの神々が逃げた異界につながるゲートである。
この世界のだれも逃れることはできない。全てのヒーローが神々と戦う英雄大戦の幕が開くのだ。
そしてアレス――その戦いで、私の隣には君がいるだろう。あの時の奇跡は、そのためにあるはずだ。
プロメテウスは思い出す。10年前のあの戦い――ティタノマキア事変を。
あれはヒーローを見極めるための戦いだった。そしてプロメテウスはヒーローの到達点――ディオニソスⅫを見出した。
アトランティスを起動させ、〈扉〉をひらくのは、本来ならばあの時のはずだった。
だが――
ディオニソスⅫの拳が己の頬に喰い込んだあの瞬間、プロメテウスは感じ取った。その拳が触れてきた者の匂い――
この世界にいないはずの愛しき者――アレスの存在を。
きて……くれたのだね、アレス。私に会うために、またこの世界に生まれてきてくれたのだね!
その瞬間、計画は変更された。プロメテウスは姿を隠し、愛しき者の転生体を探した。そしてほどなく見つけだした。
アレスの生まれ変わりは女性。それもまだ幼い少女だった。だが、そんなものは関係ない。
プロメテウスがアレスを愛したのは、その美貌ゆえではない。気高き魂ゆえだ。性別も年齢も関係ない。
それからずっと、プロメテウスは人の世に混じり様々に姿を変えながら、その少女、アレイシアの成長を見守った。
外見は異なれど魂はおなじ。アレイシアはすくすくと気高く育った。
やがてヒーローを志した彼女は、彼の導きを受けついに神の力を覚醒。自らをアレスと名乗るまでに至ったのだ。
それからの数ヶ月、プロメトリックとしての活動を再開した彼は、ヴィランと戦わせ、アレイシアをヒーローとして成長させた。
すべては来たるべき今日この時、〈扉〉をひらき、神々に戦いを挑むために。
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「ボクが……神様の生まれ変わり……。
「信じられねえか?そうでもねえだろ。
理屈ではないナニカに、いつも衝き動かされていた。悪を倒し、正義を為せと。
気がつくと、いつも叫んでいた。その名の意味も知らぬままに。自分はアレスだと。
「理解できたみてえだな。そういうことだ。と、いうわけでアレイシア。
オレと合体といこうじゃねえか。
「そうか……そういうことなんだ……。
(ボクは器……。アレス神を甦らせるための依代なんだ。だから、店長はボクに髪飾りをくれた……)
「お前さんはプロメテウスを止めたい。オレもプロメテウスを止めたい。利害はー致してるはずだぜ。
逡巡は、ー瞬だった。
「わかった。ボクの身体をあげる。だから絶対に、店長を止めると約束して!
君が発見した時、アレイシアはなにかを握りしめ、その手に視線を落としていた。
アレイシアは変身すると、たやすく障壁を破壊し、君に近づいてきた。
ひどく落ち着いた、別人のような眼差しでアレイシアは通路の奥に視線を向けた。
***
さて、無駄話はおしまいだ。VTOLは無事だな?ふたりとも、すぐにこの遺跡から離れろ。
アトランティスを破壊する。
アレス!間違いない!君だ!ついにすべての記憶を取り戻したのだね!
さあ、ここに来てくれ!かつてのように、私の隣に!君さえいればゼウスもポセイドンも怖くはない!
神との戦いなんて、人間は望んでいない神話の時代のことなんて知らないんだ!だれも復讐なんて望んでいない!
君を忘れた人類の順罪は、神々と戦うことでのみ果たされるのだ!
そんな簡単なことも忘れてしまったんなら、この槍で目を覚ましてやる。いくぞ!プロメテウス!
***
槍を構えたアレイシアは真っ直ぐに駆け、神速の槍突撃を放つ。
喚び出された白い鷹がそれを受け止めて防ぐ。が、プロメテウスは困惑を顔に浮かべた。
アレイシアが自分の身体を差し出すと告げた時、戦神は大笑いした。
「いらねえよ、そんなもん。つうか、貰いようがねえよ。
オレはお前だって言い方が悪かったな。お前はオレだったが、いまはオレじゃねえ。
伯父貴(ハデス)ならうまく説明できんだろうが……生まれ変わりっつっても、なんつうかな、魂とは別のなにかが違うんだよ。
自分がどう生きて、周りからどう思われてるか、そういうのも引つくるめた存在の在り方――言ってみりや真の名前だな。
「じゃあ、ボクと神様は、別人?
「考えてもみろ。オレはお前みたいにうるさくねえだろ?材料がおなじだけで、完全な別モンだ。
合体ってのはオレを取り込めって話だ。そうすりや髪飾りにいるときより波長が合わせやすい。出せる力も跳ね上がるぜ。
頻繁に起きるようになったエネルギー切れ。それは波長が合わず、あふれる力をこぼしていたからだと、アレイシアは理解した。
そしてこの戦神の申し出が、その弱点を補うものだということも。
「それって、つまり……パワーアップ!?
「いまのお前なら、あの頃のオレとほとんど変わらねえ力が出せるだろうよ。つまり――超パワーアップだ。
ただ、このオレは完全に消える。で、代わりといっちゃあなんだが、お前にはプロメテウスを止めてもらう。約束できるか?
今度こそ、アレイシアの返事にはー瞬の逡巡もなかった。
「やる!ボクが絶対に、店長を止める!
「いい返事だ、アレイシア!じゃあ、ちっとばかし伝言を頼むぜ!
アレスはプロメテウスにあてた言葉を託した。アレイシアは代役としてそれを演じていただけだったのだ。
「お前さんは感情を外に出しすぎなんだよ。ほんのちょっとだけ、想いを胸に沈めな。その方が、かえって力が出るってもんだ。
派手に燃え盛るだけが正義の心じゃねえ。心に秘めて静かに燃えるのもオツってもんよ。そうだろう?
君はなんとなく、エウブレナ……という気持ちになった。
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君たちがプロメテウスと対峙する少し前――ヴァンガード本部に、悲鳴のような歓声が沸き上がった。
異変が起きてからずっと、ハルディズは人造神器の不調と機械の暴走について調べていた。その成果がついに出たのだ。
こりゃ確かにー石二鳥だ。省エネかよ。けど切り口が天才的なだけでわりと手抜きぃ。これなら上書きで……イケる!
ゾエル!なあゾエル聞こえてんだろ?〈アリオン〉を使いてえんだ!英雄庁に頼んでくれよぉ。
デメテルVはオリュンポリスという名の大地に根を張るコンピュータネットワークの管理者である。
〈アリオン〉はあらゆるコンピューターに干渉することを可能とした、デメテルV専用の特殊回線の名だ。
人造神器はアダマスという特殊な金属を素材に、高度なプログラムを施した装置を搭載することで完成する。
ハルディスは〈アリオン〉を利用し、不具合を起こした人造神器に強制干渉。コードを上書きしようとしているのだ。
人造神器の研究には自然・機械・情報等の多岐にわたる工学知識と技術が必要である。
加えて、アダマスの扱いは難解を極める。神話還りではない人間が励起したアダマスに触れれば、その瞬間に生命を失いかねない。
ハルディスは神話還りではない。神話還りの両親から生まれた、ただの人間だ。ゆえに、英雄庁技術部に入ることはできない。
幼いころにはすでに理解していた。理解していたのに、人造神器への興味を止められなかった。
現実への絶望は、いつしかハルディズの顔に卑屈な笑みを貼り付けていた。
だがあの日、ハルディズの部屋に強引に押し入ってきたヒーローは、吠えるように言った。
わかるぜ。テメエはアタシとおんなじだ。理屈じゃ無理だってわかってることを諦められねえCRAZYだ!
来いよハルディス!そのキモい笑顔ひっこめてアタシんとこに来い!ただの人間だってヒーローになれると証明してやろうじゃないか!
秘蔵の特殊コードを呼び出し、ネットワークに接続。
ちまちまと選んでいる時間はない。標的はオリュンポリスの全人造神器。〈アリオン〉の馬鹿げた通信速度ならば可能。
熱い正義の想いとともに、渾身のコードは叩き込まれた。
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全部隊の人造神器が機能を取り戻し、同時に暴走していたマシンセントールがー斉にダウンしたと聞き、思わず声が出る。
それを契機に、事態は劇的に好転した。
大規模作戦が発生した際、戦略的な指揮を執るのは主にヘラⅢだが、現場での戦術的な指揮ではアフロディテⅨが優れる。
彼女は人造神器の回復とともに正常な機能を取り戻した各地区のヒーロー部隊を回り、指揮を執った。
そうしてわずか後には、ほぼ全ての巨神をアポロン区へと誘導することに成功したのだった。
しかし、アフロディテⅨには、作戦の最後のー手は打てない。できるヒーローは、ひとりしかいない。
そしてその男は、まさにその瞬間に、瓦篠の向こうから姿をあらわした。
その時、巨神が拳を振り下ろし、瓦礫が天にまで巻き上がる。
つぶやいたアポロンⅥは、宙に舞う瓦礫の上を次々と跳び移り、はるかな高みへ上り詰めた。
見下ろす眼下には、無数の巨神が轟くだけの、無人の街が広がっている。
アフロディテⅨが敵をアポロン区へと集めたのには理由がある。この地区の住人は緊急事態の避難体制が徹底していたのだ。
ゆえに初期の混乱が収まった後は、アポロンフォースの指揮のもと、老人から子供まで、全住民の他地区への避難が完了していた。
それは規律を愛する住人性によるだけではない。彼らの戴くヒーローがアポロンⅥだからだ。
そしてアポロンⅥが神器の無断使用を固く己に禁じていたのもまた、おなじ理由を源にする。
ヒュペリオン、ポイボス、ヘリオス。それらは本来、それぞれ異なる太陽神である。
しかしヒュペリオンはヘリオスと同ー視され、ヘリオスとポイボスもまた、時代とともにひとつの神に習合されていった。
天に輝くその神の名はアポロン。遍く大地を照らす偉大なる光明神。
ゆえにその神器の名は〝遠矢射る光明神(エキヴォロス・アポロン)〟。その弓の射程は光の届くすべての大地。その威は苦痛なく命を奪う慈悲のー矢。
アポロンⅥがその力を遺憾なく発揮するためにこそ、この地区の住人は速やかな避難を徹底しているのだ。
アポロン・バスター・メギストス!
ただのー撃。それだけで巨神を全滅させたアポロンⅥは、優雅に地上に降り立つと――
その場で立ったまま気絶した。
あーたたちに任せたよ。アレイシアちゃん、魔法使いちゃん。