【黒ウィズ】謹賀新年2021 ヴィレス&ラシュリィ編
目次
story1 シラツチのお客様
外回りから戻ってきたヴィレスとラシュリィは、ロビーに来客の姿を認め、目を瞬かせた。
おや、これは……。
ネーグ様――いえ、コスキント陛下。
名を呼ばれた少年は、ゆるりと振り返り、軽く手を振った。
いいよ、ネーグで。この間は世話になったな。
さらりとした気軽な仕草でありながら、同時に、威風堂々たる貫録に満ちてもいる。
〝覇王の資質、を相続して半年――〝覇王、としての生き方が板についてきた、というところだろうか。
今日は融資の相談で来てる。いろいろ物入りでね。
ただ……思ってた融資とは違ったな。
当行では、資産魔法の込められた魔道具をお貸しする、という形で融資をさせていただいております。
資産魔法ってヴィレスたちが使ってたアレだろ。使うのに魔力がいるんじゃなかったか?
使用に際して必要となる魔力は、あらかじめ魔道具に充填(チャージ)されております。その代わり――
担保として、なんらかの資産をお預け願います。その資産が生み出す魔力量に応じて、融資可能な資産魔法が変わってまいります。
担保っていうか、質草だな。
幻想質屋に改名いたしましょうか。
一気に素朴な感じになるな……。
ここじゃ、預けた資産が、定期的に魔力を生み出すんだろ?
つまり担保として預けた資産が生み出す魔力量ー(マイナス)融資される魔道具に込められた魔力が、あんたたちの儲けになるわけか。
然様にございます。
とりあえず、魔力を多く出せる担保を預けりゃいいってことはわかった。けど、そんなのどう判断したらいいんだ?
お預けいただいた資産は「存在の重さ」に応じた量の魔力を発生させます。
多くの方にとって、大事なものであること。それが、資産の価値を決めるのです。
資産の価値、ねえ……うーん。パッと思いつくのは土地だけど……。
ネーグが考え込んでいると、涼やかなベルの音が鳴り響いた。
入口の扉のなんとも重々しいイメージを少しでも和らげようとするような音色とともに、ー組の男女が現れる。
いらっしゃいませ。
慇懃(いんぎん)な礼をする銀行員たちを見て、男が、緊張した様子で声を上げる。
えっと……ここが、幻想銀行ローカパーラか?
はい。本日はどのようなご用件でしょうか。
あの、私たち、担保を回収に来たんです。
連れの女性が、大事なものをそっと掌に載せるような口調で、告げた。
担保にしていた……〝正月〟を。
御二方。ぶしつけな願いで恐縮だが、その話、良ければ俺も聞かせてもらえないか?融資を受けるにあたって参考にしたい。
ええ、いいですよ。人に隠すようなことでもないので……。
ということで、ネーグも同席の上、話を進める運びとなった。
まずは、ルダンが手早く探し出してきた書類をめくり、ヤーシャラージャが契約内容を確認する。
ご契約させていただいたのは、40年前ですね。
ああ。そのとき俺たちの国は、とても貧しくてな。
それで当時の長たちが、魔法の力をお借りしたと聞いています。
資産魔法〈昼夜兼行〉(ニシャーカラ)――人に活力を与える魔法ですな。
その力を借りて、俺たちは働きに働いて……ようやく、それなりに豊かな暮らしができるようになったんだ。
その言葉を聞いて、ネーグは、あ、と声を上げた。
シラツチの国か?小さな部族国家だが、ここ数十年で急速に発展したっていう……あれは融資のおかげだったのか。
当行は、少々お力添えをさせていただいたに過ぎません。すべては、お客様のご精勤の賜物です。
とは言うが――ネーグはうすら寒いものを感じずにはいられない。
(この銀行――俺が思っている以上に、世界に影響を与えているんじゃないのか?)
ネーグの国にしても、ローカパーラの仕組みを利用しで覇王の資質、を相続しなければ、今頃、内紛で荒れていたかもしれないのだ。
古今東西、様々な国の栄華栄達の陰に、ずっとローカパーラの干渉があったのでは――そんな想像を禁じえない。
それで、契約の期限もそろそろですし、この期に魔道具をお返しして、担保としていた〝正月、を引き取らせていただこうかと……。
正月とは、どのようなものなのですか?
年明けを祝う祭りだって聞いてる。詳しいことは知らねーけどな。
祭りを預けると……どうなるんだ?その祭りができなくなったりするのか?
はい。そういうものがあった、という記憶は残りますが、具体的にどういうものであったか、思い出すことができなくなります。
そうなんです。うちのおじいちゃんも、「正月はよかった」って言うんですけど、詳しいことは全然……。
ふうん。本とかに残しておいてもダメなのか?
ご記録いただくことは可能です。ただ、その記録を閲覧しても、なぜか内容を認識できない……という状態になります。
なんだそれ。もはや呪いじゃないか……。
気軽に融資の相談に訪れたのを、早くも後悔し始めるネーグだった。
それでは、ユキヒコ様、フユミ様。魔道具のご返却、及び、それに伴う担保のご回収ということでよろしいですね。
ヴィレス、ラシュリィ。おふたりを担保のもとまでご案内しろ。
かしこまりました。
お客様、どうぞこちらへ。
はい。よろしくお願いします。
廊下へ向かう4人の背中を見送って、ネーグはヤーシャラージャを横目に見た。
回収に行くってことは……。
ヤーシャラージャは、女神のように泰然として微笑んだ。
ええ。そういうことです。
***
どこか神聖なまでの静けさを感じさせる廊下に、4人分の足音が粛々と響く。
ユキヒコが、異郷の神殿に足を踏み入れたように恐る恐る歩く隣で、フユミは感慨を抑えきれず、ほう、と深く吐息していた。
やっと、あこがれの正月を取り戻せるのね。楽しみだわ。
どんなのだかわかってもねーのによ。どうする?めちゃくちゃつまんねー祭りだったら。
きっと素敵なお祭りよ。おじいちゃんたち、そう言ってたじゃない。
昔は、そうだったかもな。今は時代も感性も違うんだ。うのみにするのはどうかと――
お客様。少々お待ちください。
ヴィレスとラシュリィが、歩みを止めた。その目は、鋭く前方を見据えている。
な、なんだ?どうしたんだ?
魔物です。
は?
突如、無数のコインが転がるような音がした。神聖な静けさなど知ったことかと言わんばかりの、欲にまみれたジャリジャリとした騒音が。
次の瞬間、その音色にふさわしい醜さを持つ怪物が、廊下の先に現れていた。
うわっ!な、なんだあれ!
です。お下がりください。
我々が排除いたします。
ふたりはそれぞれ銃を抜き、ためらいなく発砲した。
銃声――神聖さも欲深さも等しく無に帰すような無機質な轟音が、音という音を粉砕した。
これさあ……やっぱ最初に説明しといたら?
「魔物が出現いたしますのでお気をつけください」……と申し上げたら、信じていただけました?
ネーグは仏頂面で押し黙った。
ふ、ふ、ふ、ふざけんな!なんだよあれ!あんなの出るのかよマジかよ!信じらんねえ!!
ヴィレスたちがつつがなく魔物を駆除した後、ユキヒコは半狂乱になってわめいた。
ご安心ください。お客様の身は、我々がお守りいたします。
ユキヒコはなおも激しく文句を敷き散らしたが、フユミになだめられ、なんとか落ち着きを取り戻した。
が、廊下の先にあった扉を開き、その奥に広がる暗黒の荒野に足を踏み入れると、またその口から叫びがほとばしった。
なんだこれ!!?
ふむ……今回はハズレのようですね。
ハズレ!?ハズレってなんだよ!
み、見てください!あれ!
フユミが、空を指差して悲鳴を上げる。
暗雲にまみれた空から、数十という怪物の群れが、翼を羽ばたかせて降下してきていた。
結構な数ですね。ラシュリィさん、行けますか?
はい。問題ありません。
なんだったら資産魔法を使うか?なんでもいいぞ。
いやおい。なんだその気軽さ。俺の時はあんだけケチってたくせに!
今月は資産魔法を使う機会があまりなく、魔力が余っておりまして。
大丈夫です、副頭取。
この程度の数なら、資産魔法を使うまでもありません。
たちまち、荒ぶる銃声と魔物の悲鳴、それからユキヒコのでたらめな絶叫が、かつてないほど前衛的な協奏曲を織りなした。
余ってるのに……。
ルダンは、ちょっと残念そうにつぶやいた。
ヴィレスたちは魔物の群れをなんなく撃破したが、ユキヒコの恐慌ぶりたるや、前回の比ではなかった。
なんだよ!なんだよこれ!こんな危ないなんて聞いてねーぞ!!
そりゃそうなるよな。普通怖いよ。
ユキヒコ、落ち着いて。ヴィレスさんたちが守ってくれたじゃない。
うるせえ!落ち着ていられるか!
歌いましょうか。
なぜに?
わたくしが突然歌い出しますと、どなたさまもたいてい静かになってくださいますので。
突然歌い出すからでは?
♪似ていませんかブロッコリーと木
まだあきらめてなかったんですかその説。
しばらくして、ユキヒコはやっと落ち着いた。先へ進むのは心底嫌そうではあったが、フユミの手前、そうは言い出せないようだった。
フ、フユミは怖くないのか?
恐いけど……でも、みんな、私たちが正月を取り戻すのを待ってくれているし。
それに、銀行員さんたち、とってもお強いから。おふたりに任せたら、きっと大丈夫よ。
恐れ入ります、フユミ様。
ご期待に沿えるよう、全力を尽くしてまいります。
~~~~!くそっ!お、俺たちが怪我したら、おまえらのせいだからな!いいな!
遠回しな了解の意を受けて、ヴィレスたちは荒野を進み、その先にあった扉を開けた。
story2 摩詞不思議な風習
おや、これは……見たこともないフィールドですね。
あっ、この神社、知ってます。私たちの故郷にある施設です。
資産――〝正月、に込められた思いが漏れ出て、行内のフィールドにも影響しているのでしょう。
つまり、これが正月の風景ってことか?
神社の周囲にはいくつもの屋台が並び、大人から子供まで、様々な人の影法師が、楽しげに行き来している。
なんとも風流で、エキゾチックですね。あの遊びはなんでしょう?
ヴィレスさん。仕事中ですよ。
ほら。魔物が出ました。
あの魔物……妙な飾りを身に着けていますね。あれも正月の影響でしょうか。
魔物は奇怪な叫びを上げると、突如、ぐるぐると高速で回転しながら突っ込んできた。
うわあっ!
ヴィレスとラシュリィが即座に発砲――放たれた弾丸は、しかし、回転の勢いに弾かれ、あらぬ方へと飛んでいく。
銀行員ふたりの判断は早かった。ヴィレスはユキヒコ、ラシュリィはフユミを抱え、バッと手近な露店の上に跳躍する。
妙ですね。魔物は、近づきさえしなければ襲って来ないはずですが。
お祭りで浮かれているのでしょう。それにしても、妙な攻撃でしたね。
今のは、資料によると〝コマ回し、だな。コマを回転させてぶつけ合う正月の遊戯だ。
なるほど。楽しそうですね。
ぶつけられる側でなければ。
言いつつ、ふたりは再び弾丸を見舞った。
狙ったのは魔物ではない。突進する魔物の近くに立つ屋台、その骨組みであった。
屋台が崩壊し、魔物に雪崩れかかる。魔物はその重量を支えきれず、どうとその場に転倒した。
ふたりはすかさず大量の弾丸を撃ち込み、かりそめの肉体を千切り尽くす。
う、上から来てます!
フユミが警告するまでもなく、ヴィレスたちはその気配を察していた。
帆のように張られた大きな布が、天を舞い、こちらの頭上に差し掛かる。布には小さな魔物が引っついていた。
ヴィレスたちは屋台の屋根を蹴り、地面に逃れながら応射するが、魔物はひらひらと羽の舞うように回避する。
さらに、こちらの頭上を取ったまま、べちゃべちゃと酸性の粘液を吐きつけてきた。
あれは――〝凧揚げ、か、凧を風に浮かべる遊びだそうだ。
ちょっとやってみたいですね。酔って吐くのもまたー興。
人はさすがに乗れないのでは。
フユミとユキヒコを抱えたまま酸の雨を逃れ、相手の挙動を読みきっての連射を敢行――凧ごと魔物を撃ち抜いて墜落させる。
さらに、顔じゅうロだらけの魔物やら(福笑い)、巨大な木の板で殴りつけてくる魔物(羽つき)、平たい身体で押し潰してくる魔物(めんこ)――
正月の影響を受けて変じた魔物が次々と襲いかかってきたが、ヴィレスとラシュリィは、依頼人をかばいながらこれらを撃破してのけた。
ようやく敵の気配がなくなったあたりで、ヴィレスは真顔でつぶやいた。
いけませんね。勤務中なのに、うっかり楽しんでしまいました。
洒落た決め台詞のようだが、本当に素で楽しんでしまったという事実を単に正直に述べているだけであった。
フユミは「やっと終わった」と安堵していたが、ユキヒコはとうとう限界に達していた。
も、もう嫌だ!もう嫌だ!いらねえよもう正月なんか!
もうやめようぜ!こんな怖い思いしてまで取り戻すことねえよ!
でも、おじいちゃんたちは楽しみにしているのよ。
年寄りだけだろ!俺たちが生まれたときにゃ、正月なんてなかったんだ!あってもなくてもどうでもいいだろ!今さら!
客が担保の回収を諦めた場合、貸し出された魔道具はどうなる?
魔道具の貸与には期限がございますので、期限いっぱいまでは引き続きご利用いただけます。
期限が過ぎたら、魔道具は回収されて、担保も戻って来ない?
はい。
相変わらずイカれた銀行だな。あんたたちとしちゃ、客が回収を諦めてくれたら丸儲けか。
利益だけで申し上げるなら、そうですな。
ですが当行は、お客様のお気持ちあっての銀行。
すべてはお客様のご意思次第です。
ユキヒコ様。
当行でお預かりする資産は、いずれも「存在の重さ」に応じて魔力を発生させます。
「存在の重さ」とは、すなわち、お客様方にとっての、「思い入れの深さ」――お客様方にとっての価値そのもの。
お預けいただいだ正月、の価値は、正月をご存じないユキヒコ様にとっては、未知の価値かと存じます。
ですが、そこに確かな価値があったからこそ、当行は資産魔法を融資させていただいたのです。
ですから今は、正月に素晴らしい価値があると信じて、進まれてはいかがでしょうか。
もちろん、引き返されても構いません。ですが、進むとお望みでしたら――
我々銀行員は全力を以て、そのための扉をこじ開けてまいります。
ユキヒコは、息を呑み、押し黙った。
ふたりの言葉は、ただの美辞麗句ではない。
あれだけの危険、あれだけの敵を前にして、事実、まるで怯むことなく、ユキヒコたちを守りながら戦い抜き、打ち勝ってみせたのだ。
その姿を目の当たりにしているからこそ、ふたりの言葉は――そこに込められた確固たる覚悟の強さは、疑いようもなかった。
俺の知らない、正月の価値、か……。
ぽつりとつぶやくユキヒコの腕に、フユミが、そっと触れた。
おじいちゃんたちが正月を預けたから、魔法の力が使えるようになって、今の暮らしを手に入れられた……。
それって、今の私たちの暮らしと同じだけの価値が、正月にもあったってことじゃない?
だったらきっと、私たちにとっても大事なお祭りになるわ。ね?
……そうだな。
わかった。銀行員さん、頼むよ。正月への扉……開けてくれ。
恐れを呑み込み、意を決して告げるユキヒコに、ヴィレスとラシュリィは静かな微笑みを返した。
お任せください、お客様。
***
奥に進むと、巨大な魔物が道をふさいでいた。
ユキヒコとフユミが無言で下がるー方、ヴィレスとラシュリィは無言で前に出て銃撃を放つ。
弾丸は確かに魔物の肉体を穿った――が、やけに弾力のある肉体に阻まれて、浅い部分で止まってしまった。
なんと。
あれはオモチなるものですね。正月では定番の食べ物だそうです。
ヴィレスたちはなおも銃弾を連射したが、そのいずれも痛打を与えるには至らない。
魔物はもちもちとした巨躯を震わせ、雄叫びを上げてのしのしと前進してくる。
これは……。
いけませんね。
副頭取。資産番号104543をお願いします。
さっきはいらないと言ったくせに……。
ぶつくさ言いながら、ルダンが準備を始める。その頃には、魔物はヴィレスたちに肉薄していた。
奇怪な叫びとともに、腕が伸びた。虚を衝かれてもおかしくない攻撃だったが、ヴィレスたちはサッと左右にかわしてのける。
万がーにも依頼人を攻撃させるわけにはいかない。無駄と知りつつ銃撃し、注意を引きつける。
魔物は両腕を鞭のように伸ばし、暴れ狂った。しなる音速のー撃を、ふたりは辛うじてかわす。攻撃の前兆を察し、軌道を読んでのことだ。
銀行員たちを捉え損ねたー閃は、手近な屋台をー撃のもとに粉砕していた。まともに喰らえば、ひとたまりもあるまい。
が――がんばれ!負けるな!
お願い……!
しなる、しなる、しなる――致死の重量を秘めた超高速のー閃が、逃げるふたりを追って荒れ狂う。
身体を投げ出すようにしてかわし続けるふたりの背中が、どん、とぶつかった。
追い込まれた。回避機動が交錯するように。でたらめに振り回しているように見えた腕は、その実、最初から数手先を読み尽くしていた。
もう逃れられない。
頭取!
よござんしょう。
資産魔法、〈電光石火〉――発動。
魔物がとどめのー撃を――音速の挟撃という不可避の攻撃を仕掛ける直前。
ふたりは、淡く輝く互いの銃を、ガチンッ!と強く打ち合わせていた。
ヴァイシュラヴァナ、開門。
両腕が振り下ろされ、地面を爆砕した。
ふたりのいない地面であった。ふたりはすでに稲妻と化して、その場を逃れていた。
読みを外された魔物が、あわてて腕を振るう。超高速のー閃は、超高速の疾走に追いつけず、ただその影だけを喰らうのみ。
縦横無尽に駆けるふたりの銃が、機関銃めいた乱射を放つ。
だが、もとより銃撃の通じる相手ではない。大量の弾丸は、雪原に投げられたボールよろしく、すぽりと埋もれるだけだった。
ふん。今年最後の業務だからな。大盤振る舞いだ!
資産魔法〈活火激発〉(スーヌ)――発動。
高速で駆けるふたりの道ゆきが、ー瞬、ガチンッ!と十字に交わった。
直後、その銃口が紅蓮の火を放つ。
すべてを焦がす超高熱の炎。その舌先は、弾力に満ちた魔物の肉体を爽るはしから消し炭に変えていく。
超高速で四方八方を跳び回られ、間断なく超高熱の炎を放射される――これではまるで炉にくべられたも同然だ。
魔物の肉体は徐々に黒く黒く染め上げられ、応じて動きが鈍っていった。
やがて、半ば炭化した両の腕が力なくしなだれ、自重すら支えられず、ぽとりと落ちる。
魔物が観念したようにうなだれたところで、ヴィレスとラシュリィは再び銃を打ち合わせ、ふたつの銃口を並べて向けた。
お引き取り願います。
ごうっ、とー際大きな炎の華が咲く。うら案紅蓮の緞帳のなかで、魔物はしばし、でたらめな影芝居を演じ――
やがて、はるかないつかの思い出よろしく、ぼろぼろに崩れ、散り去った。
story3 正月のお参り
魔物が消えると、華やかで賑やかなざわめきが周囲から聞こえ始めた。
見ると、ただの影法師であった人々が、淡く色づき、楽しげな笑い声を響かせている。
これって――
お客様。おめでとうございます。
正月の回収に成功いたしました。
あれ?おふたりとも、その格好……。
フユミの言葉に、ヴィレスとラシュリィは互いを見やり、おや、と軽く目を見開く。
その衣装は、いつもの制服ではなく、異国情緒あふれるものに変わっていた。
これは珍しい。正月の力が我々にも作用したようですね。
なあ。あそこにいるのって――
当時、正月をお預けになった方々の残留思念――〝思い入れ、ですね。
ユキヒコたちは、行き交う人々の幻影をまじまじと見つめた。
見ろよ、フユミ。あそこのおっさん。あのでかいホクロ、あれ、じいちゃんじゃねーか?
ほんとだ。じゃあ、あそこにいるちっちゃい子たちが、お父さんとお母さん?
大人も、子供も、老人も――誰もが晴れやかな笑顔を浮かべ、気さくに挨拶を交わしている。
その光景を目の当たりにして、ユキヒコとフユミは、まぶしげに目を細めた。
みんな、楽しそうね。
ああ……待ちに待ってたって感じだな。
これほどあたたかなものを手離すという覚悟――その末に、あなたがたは今の暮らしを手に入れられたのですね。
ヴィレスの言葉に、ユキヒコは素直にうなずいた。
そうだな。なんか、もったいない気持ちだよ。俺はこんなの知らずに育ったんだって思うとさ。
これから毎年、堪能できますよ。あなたも、次の世代の方々も。
聖母のように微笑むラシュリィヘ、ユキヒコは、照れくさそうに笑い返した。
がんばった報酬としちゃ、悪くないかもな。
帰る前に、ちょっとここ、見て回ってもいいかな?
この光景を目に焼きつけておきたいんです。
かしこまりました。どうぞ、好きなだけご覧になってください。
ユキヒコたちが興味津々という様子で歩いていく。すると、ヤーシャラージャから通信が入った。
せっかくです。お客様がお戻りになるまで、あなたがたも休憩されてはいかがですか?
よろしいのですか?頭取。
ええ。担保の回収に成功した以上、そこはもう安全ですから。
ありがとうございます。それではぜひ、そうさせていただきます。
おや、見てください、ラシュリィさん。あそこでコマ回しをやっていますよ。さすがに本物は小さいですね。
あちらでは凧揚げをされていますね。射撃訓練の的にちょうどよさそう。
ラシュリィさんは基本的に発想が物騒ですね。
たわいもない会話を交わしながら、しばし、正月の風景を見回った。
いい光景ですね。
ええ。こういうものが見られるのは、ローカパーラの銀行員の醍醐味ですね。
当行において、資産や担保をお預かりするということは、そこに込められた思いをお預かりするということ――
我々の仕事は、人の気持ちに触れる仕事なのだと実感しますよ。
ヴィレスさんには、意外と向いているのかもしれないですね。
かもしれませんね。飽きようのない仕事ですから。
ラシュリィさんにとってはどうですか?
向いているかどうかは考えたこともありません。私はただ、粛々と業務に臨むだけのことです。
それだけですか。
それだけですね。
と、ヴィレスが大きな施設に目を向けた。
あれは……なんでしょう。みなさん、箱にお金を投げられていますが。
お贅銭、というものだそうですよ。願望の成就を神に祈願する習わしだとか。
ほう。それは面白いですね。ちょっとやってみましょうか。
(考えてみれば、俺が〝覇王の資質、を相続したときも、俺が諦めてた方が、銀行にとっちゃ都合が良かったんだろうな)
ヴィレスたちが賽銭箱に硬貨を投げ込む音を聞きながら、ネーグはそんなことを考えた。
(だけどあいつらは、そうしろとは勧めなかった。ローカパーラの目的は利益の追求じゃない――あくまで人の思いを預かること、か)
そして、銀行員たちはそのために命を懸けて戦う。
ヴィレスは返済、ラシュリィは復讐のためと、それぞれの目的あってのことではあるが――
(それだけで、あんな言葉は出ないよな)
今回にしろ、ネーグのときにしろ、彼らはいつも、客の思いに向き合ってきた。
銀行員を務める理由がなんであれ、彼らが誇りと覚悟をもって臨んでいることだけは、間違いない。
そのことを改めて感じ取り、ネーグはヤーシャラージャラに向き直った。
じゃ、改めて……融資の話の続きをしょうか。
ヴィレスさんは、やはり返済完了を祈願されたのですか?
いえ。それは果たすべき目標ですからね。自力でやり遂げますよ。
そうですか。では何を?
ブロッコリーが木ということにならないものかと……。
(ー_ー)