【黒ウィズ】謹賀新年2021 ヴィレス&ラシュリィ編
目次
story1 シラツチのお客様
外回りから戻ってきたヴィレスとラシュリィは、ロビーに来客の姿を認め、目を瞬かせた。
名を呼ばれた少年は、ゆるりと振り返り、軽く手を振った。
さらりとした気軽な仕草でありながら、同時に、威風堂々たる貫録に満ちてもいる。
〝覇王の資質、を相続して半年――〝覇王、としての生き方が板についてきた、というところだろうか。
ただ……思ってた融資とは違ったな。
ここじゃ、預けた資産が、定期的に魔力を生み出すんだろ?
つまり担保として預けた資産が生み出す魔力量ー(マイナス)融資される魔道具に込められた魔力が、あんたたちの儲けになるわけか。
ネーグが考え込んでいると、涼やかなベルの音が鳴り響いた。
入口の扉のなんとも重々しいイメージを少しでも和らげようとするような音色とともに、ー組の男女が現れる。
慇懃(いんぎん)な礼をする銀行員たちを見て、男が、緊張した様子で声を上げる。
連れの女性が、大事なものをそっと掌に載せるような口調で、告げた。
ということで、ネーグも同席の上、話を進める運びとなった。
まずは、ルダンが手早く探し出してきた書類をめくり、ヤーシャラージャが契約内容を確認する。
その言葉を聞いて、ネーグは、あ、と声を上げた。
とは言うが――ネーグはうすら寒いものを感じずにはいられない。
ネーグの国にしても、ローカパーラの仕組みを利用しで覇王の資質、を相続しなければ、今頃、内紛で荒れていたかもしれないのだ。
古今東西、様々な国の栄華栄達の陰に、ずっとローカパーラの干渉があったのでは――そんな想像を禁じえない。
気軽に融資の相談に訪れたのを、早くも後悔し始めるネーグだった。
廊下へ向かう4人の背中を見送って、ネーグはヤーシャラージャを横目に見た。
ヤーシャラージャは、女神のように泰然として微笑んだ。
***
どこか神聖なまでの静けさを感じさせる廊下に、4人分の足音が粛々と響く。
ユキヒコが、異郷の神殿に足を踏み入れたように恐る恐る歩く隣で、フユミは感慨を抑えきれず、ほう、と深く吐息していた。
ヴィレスとラシュリィが、歩みを止めた。その目は、鋭く前方を見据えている。
突如、無数のコインが転がるような音がした。神聖な静けさなど知ったことかと言わんばかりの、欲にまみれたジャリジャリとした騒音が。
次の瞬間、その音色にふさわしい醜さを持つ怪物が、廊下の先に現れていた。
ふたりはそれぞれ銃を抜き、ためらいなく発砲した。
銃声――神聖さも欲深さも等しく無に帰すような無機質な轟音が、音という音を粉砕した。
ネーグは仏頂面で押し黙った。
ヴィレスたちがつつがなく魔物を駆除した後、ユキヒコは半狂乱になってわめいた。
ユキヒコはなおも激しく文句を敷き散らしたが、フユミになだめられ、なんとか落ち着きを取り戻した。
が、廊下の先にあった扉を開き、その奥に広がる暗黒の荒野に足を踏み入れると、またその口から叫びがほとばしった。
フユミが、空を指差して悲鳴を上げる。
暗雲にまみれた空から、数十という怪物の群れが、翼を羽ばたかせて降下してきていた。
たちまち、荒ぶる銃声と魔物の悲鳴、それからユキヒコのでたらめな絶叫が、かつてないほど前衛的な協奏曲を織りなした。
ルダンは、ちょっと残念そうにつぶやいた。
ヴィレスたちは魔物の群れをなんなく撃破したが、ユキヒコの恐慌ぶりたるや、前回の比ではなかった。
しばらくして、ユキヒコはやっと落ち着いた。先へ進むのは心底嫌そうではあったが、フユミの手前、そうは言い出せないようだった。
それに、銀行員さんたち、とってもお強いから。おふたりに任せたら、きっと大丈夫よ。
遠回しな了解の意を受けて、ヴィレスたちは荒野を進み、その先にあった扉を開けた。
story2 摩詞不思議な風習
神社の周囲にはいくつもの屋台が並び、大人から子供まで、様々な人の影法師が、楽しげに行き来している。
ほら。魔物が出ました。
魔物は奇怪な叫びを上げると、突如、ぐるぐると高速で回転しながら突っ込んできた。
ヴィレスとラシュリィが即座に発砲――放たれた弾丸は、しかし、回転の勢いに弾かれ、あらぬ方へと飛んでいく。
銀行員ふたりの判断は早かった。ヴィレスはユキヒコ、ラシュリィはフユミを抱え、バッと手近な露店の上に跳躍する。
言いつつ、ふたりは再び弾丸を見舞った。
狙ったのは魔物ではない。突進する魔物の近くに立つ屋台、その骨組みであった。
屋台が崩壊し、魔物に雪崩れかかる。魔物はその重量を支えきれず、どうとその場に転倒した。
ふたりはすかさず大量の弾丸を撃ち込み、かりそめの肉体を千切り尽くす。
フユミが警告するまでもなく、ヴィレスたちはその気配を察していた。
帆のように張られた大きな布が、天を舞い、こちらの頭上に差し掛かる。布には小さな魔物が引っついていた。
ヴィレスたちは屋台の屋根を蹴り、地面に逃れながら応射するが、魔物はひらひらと羽の舞うように回避する。
さらに、こちらの頭上を取ったまま、べちゃべちゃと酸性の粘液を吐きつけてきた。
フユミとユキヒコを抱えたまま酸の雨を逃れ、相手の挙動を読みきっての連射を敢行――凧ごと魔物を撃ち抜いて墜落させる。
さらに、顔じゅうロだらけの魔物やら(福笑い)、巨大な木の板で殴りつけてくる魔物(羽つき)、平たい身体で押し潰してくる魔物(めんこ)――
正月の影響を受けて変じた魔物が次々と襲いかかってきたが、ヴィレスとラシュリィは、依頼人をかばいながらこれらを撃破してのけた。
ようやく敵の気配がなくなったあたりで、ヴィレスは真顔でつぶやいた。
洒落た決め台詞のようだが、本当に素で楽しんでしまったという事実を単に正直に述べているだけであった。
フユミは「やっと終わった」と安堵していたが、ユキヒコはとうとう限界に達していた。
もうやめようぜ!こんな怖い思いしてまで取り戻すことねえよ!
すべてはお客様のご意思次第です。
当行でお預かりする資産は、いずれも「存在の重さ」に応じて魔力を発生させます。
ユキヒコは、息を呑み、押し黙った。
ふたりの言葉は、ただの美辞麗句ではない。
あれだけの危険、あれだけの敵を前にして、事実、まるで怯むことなく、ユキヒコたちを守りながら戦い抜き、打ち勝ってみせたのだ。
その姿を目の当たりにしているからこそ、ふたりの言葉は――そこに込められた確固たる覚悟の強さは、疑いようもなかった。
ぽつりとつぶやくユキヒコの腕に、フユミが、そっと触れた。
それって、今の私たちの暮らしと同じだけの価値が、正月にもあったってことじゃない?
だったらきっと、私たちにとっても大事なお祭りになるわ。ね?
わかった。銀行員さん、頼むよ。正月への扉……開けてくれ。
恐れを呑み込み、意を決して告げるユキヒコに、ヴィレスとラシュリィは静かな微笑みを返した。
***
奥に進むと、巨大な魔物が道をふさいでいた。
ユキヒコとフユミが無言で下がるー方、ヴィレスとラシュリィは無言で前に出て銃撃を放つ。
弾丸は確かに魔物の肉体を穿った――が、やけに弾力のある肉体に阻まれて、浅い部分で止まってしまった。
ヴィレスたちはなおも銃弾を連射したが、そのいずれも痛打を与えるには至らない。
魔物はもちもちとした巨躯を震わせ、雄叫びを上げてのしのしと前進してくる。
ぶつくさ言いながら、ルダンが準備を始める。その頃には、魔物はヴィレスたちに肉薄していた。
奇怪な叫びとともに、腕が伸びた。虚を衝かれてもおかしくない攻撃だったが、ヴィレスたちはサッと左右にかわしてのける。
万がーにも依頼人を攻撃させるわけにはいかない。無駄と知りつつ銃撃し、注意を引きつける。
魔物は両腕を鞭のように伸ばし、暴れ狂った。しなる音速のー撃を、ふたりは辛うじてかわす。攻撃の前兆を察し、軌道を読んでのことだ。
銀行員たちを捉え損ねたー閃は、手近な屋台をー撃のもとに粉砕していた。まともに喰らえば、ひとたまりもあるまい。
しなる、しなる、しなる――致死の重量を秘めた超高速のー閃が、逃げるふたりを追って荒れ狂う。
身体を投げ出すようにしてかわし続けるふたりの背中が、どん、とぶつかった。
追い込まれた。回避機動が交錯するように。でたらめに振り回しているように見えた腕は、その実、最初から数手先を読み尽くしていた。
もう逃れられない。
資産魔法、〈電光石火〉――発動。
魔物がとどめのー撃を――音速の挟撃という不可避の攻撃を仕掛ける直前。
ふたりは、淡く輝く互いの銃を、ガチンッ!と強く打ち合わせていた。
両腕が振り下ろされ、地面を爆砕した。
ふたりのいない地面であった。ふたりはすでに稲妻と化して、その場を逃れていた。
読みを外された魔物が、あわてて腕を振るう。超高速のー閃は、超高速の疾走に追いつけず、ただその影だけを喰らうのみ。
縦横無尽に駆けるふたりの銃が、機関銃めいた乱射を放つ。
だが、もとより銃撃の通じる相手ではない。大量の弾丸は、雪原に投げられたボールよろしく、すぽりと埋もれるだけだった。
高速で駆けるふたりの道ゆきが、ー瞬、ガチンッ!と十字に交わった。
直後、その銃口が紅蓮の火を放つ。
すべてを焦がす超高熱の炎。その舌先は、弾力に満ちた魔物の肉体を爽るはしから消し炭に変えていく。
超高速で四方八方を跳び回られ、間断なく超高熱の炎を放射される――これではまるで炉にくべられたも同然だ。
魔物の肉体は徐々に黒く黒く染め上げられ、応じて動きが鈍っていった。
やがて、半ば炭化した両の腕が力なくしなだれ、自重すら支えられず、ぽとりと落ちる。
魔物が観念したようにうなだれたところで、ヴィレスとラシュリィは再び銃を打ち合わせ、ふたつの銃口を並べて向けた。
ごうっ、とー際大きな炎の華が咲く。うら案紅蓮の緞帳のなかで、魔物はしばし、でたらめな影芝居を演じ――
やがて、はるかないつかの思い出よろしく、ぼろぼろに崩れ、散り去った。
story3 正月のお参り
魔物が消えると、華やかで賑やかなざわめきが周囲から聞こえ始めた。
見ると、ただの影法師であった人々が、淡く色づき、楽しげな笑い声を響かせている。
フユミの言葉に、ヴィレスとラシュリィは互いを見やり、おや、と軽く目を見開く。
その衣装は、いつもの制服ではなく、異国情緒あふれるものに変わっていた。
ユキヒコたちは、行き交う人々の幻影をまじまじと見つめた。
大人も、子供も、老人も――誰もが晴れやかな笑顔を浮かべ、気さくに挨拶を交わしている。
その光景を目の当たりにして、ユキヒコとフユミは、まぶしげに目を細めた。
ヴィレスの言葉に、ユキヒコは素直にうなずいた。
聖母のように微笑むラシュリィヘ、ユキヒコは、照れくさそうに笑い返した。
帰る前に、ちょっとここ、見て回ってもいいかな?
ユキヒコたちが興味津々という様子で歩いていく。すると、ヤーシャラージャから通信が入った。
おや、見てください、ラシュリィさん。あそこでコマ回しをやっていますよ。さすがに本物は小さいですね。
たわいもない会話を交わしながら、しばし、正月の風景を見回った。
当行において、資産や担保をお預かりするということは、そこに込められた思いをお預かりするということ――
我々の仕事は、人の気持ちに触れる仕事なのだと実感しますよ。
ラシュリィさんにとってはどうですか?
と、ヴィレスが大きな施設に目を向けた。
ヴィレスたちが賽銭箱に硬貨を投げ込む音を聞きながら、ネーグはそんなことを考えた。
そして、銀行員たちはそのために命を懸けて戦う。
ヴィレスは返済、ラシュリィは復讐のためと、それぞれの目的あってのことではあるが――
今回にしろ、ネーグのときにしろ、彼らはいつも、客の思いに向き合ってきた。
銀行員を務める理由がなんであれ、彼らが誇りと覚悟をもって臨んでいることだけは、間違いない。
そのことを改めて感じ取り、ネーグはヤーシャラージャラに向き直った。