【黒ウィズ】SOUL BANKER story2
SOUL BANKER story2
目次
story5 ネーグの疑問
ジャングルの次は、氷原だった。
驚きはしないけど、この寒さはきついな。防寒着か何か、持ってきてないのか?
よろしければ、わたくしの上着をお貸しいたします。
そうだ。魔法でどうにかならないか?身体をあっためる魔法とか……なんか、熱い資産があればできるんじゃないか?
みだりに魔力を消費いたしますと、当行の運営それ自体に支障をきたしてしまいますので。
ていうか……そもそもおかしな話じゃないか?預けた資産を取り出したり、相続したりするのに、魔物と戦わなきゃいけないなんて。イカれてる。
もともと、ここは銀行ではなかったのです。人の手に渡っては危険な品々を封じる守護の聖域――とでも言うべき場所でした。
ですが、聖域を維持するには魔力が必要。そのため、魔力を生むべくさまざまな資産をお預かりする〝副業pを始めたのです。
それがいつしか〝本業〟になり、今に至ります。
そうした経緯がございますので、保管した資産を取り出すのは、本来、想定外の行為なのです。
銀行員の卓越した戦闘力と、資産魔法の掩護によって、どうにか可能にしている……というのが実情です。
元は銀行じゃなかったのを、無理やり銀行として使ってるわけか。納得したよ。道理で銀行にしちゃイカれてるわけだ。
イカれている、と言えば。
ネーグは、前を歩くふたりに声をかけた。
返済のメドが立ちませんでしたので、こうして身柄を差し押さえられ……〝借り〟を返すため銀行員となったのです。
ネーグが二の句を継げずにいる間に、
ラシュリィが、さらりととんでもないことを言って、さらにネーグを絶句させた。
衝撃のあまり、ネーグはしばし口をパクパクさせた。
ラシュリィは、やわらかく微笑んだ。その笑顔の奥に血なまぐさい復讐心が潜んでいるとは、とても思えなかった。
それに比べて俺は……。
俺は、何をやってるんだろう。そんな思いが、急激にふくらんでいく。
ウチは、貴族って言っても本当に弱小で……ただ生きていく分には困らないけど、強い影響力や財産があるわけじゃない。
何代も何代も同じような暮らしをしてきて……俺も、跡を継いだらきっとそうやって生きていく。
俺は、自分の力じゃ何も手に入れてないし、別にそうしようとも思わない。つまらない人間さ。
あんたたちの方が、よっぽど立派だ。なのに……どうして俺なんかが相続人なのか――
そのための扉は、我々がこじ開けます。
story6 絆
氷原の奥にあった扉を抜けると、また、あの不気味なほど静かな廊下が待っていた。
ヴィレスは相変わらず迷いのない足取りで、廊下の奥へと進んでいく。
いよいよだ――ネーグは、ごくりと息を呑む。
覇王の遺した資産がなんなのか。どうして自分が選ばれたのか。その答えが、ようやく、わかる。
果たして3人は、廊下の突き当りにある大きな扉の前まで辿り着いた。
ラシュリィが、扉を閉ざす重厚な錠に手をかける。
鍵を持ってきたのかと思いきや、彼女は懐の銃を取り出し、それを鍵穴に差し込んで、ガチリと回した。
あの銃それ自体が、保管庫を開く鍵だったのだ。
ラシュリィが手を触れると、ギイ、と重々しい音を立てて扉が開いていく。
わずかに生じた隙間から、何か、小さなものがこぽれるのが見えた。
ちゃりん、と跳ねる、1枚のコインが。
ラシュリィがバッと扉から離れ、ヴィレスがネーグをかばうように立って銃を抜く。
扉の隙間からは大量のコインがあふれ出し、とてつもない騒音を奏でて廊下を揺るがした。
コインが集合し、巨大な異形の輪郭を作る。
怨霊。悪霊。そんな言葉を連想させてやまない、禍々しいほど不気味な影を。
影が、うごめく。影が、吼える。
ごうっ、と突風の吹き抜けるような叫びを放つ異形を前に、ラシュリィが、厳かに告げた。
遺魂が拳を床に叩きつけた。魔力が波のようにほとばしり、ヴィレスを襲う。
ヴィレスは身軽にかわしたが、狭い廊下の壁が直撃を受けて砕け、がらがらと大きな破片を振りまいた。
ご相続の手続きを行うためには、倒すしかないということです。
***
それこそが我が望み!俺はそのために力を磨き、そしてすべてを制覇した!!
叫びとともに、魔力の波動が繰り出される。
ヴィレスとラシュリィはどうにかかわしているが、なにせ狭い通路だ。いつ直撃を受けてもおかしくない。
まとまるはずのないものを俺が無理やりまとめた国だ!俺が消えればすぐ割れる――平和はたやすく崩れ去る!
覇王の思念。覇王の遺魂。抱き続けた思いの丈が、唸り、弾けて、ほとばしる。
俺と同等の覇王を生み出し、今ある平和を保つために!!
武力、意志力、判断力。カリスマ、威厳、統率力。およそ〝覇王〟に必要な能力のすべてを、まとめて預けるとは……。
手にした目録を改めて眺め、ルダンは、やれやれとかぶりを振る。
ならば、その能力をすべて相続した、同じくらい偉大な個人を後継者とすれば、国は安泰。そういうことですね。
それを防ぎたいなら、個人の能力に依存しない政治体制を構築するのが正道。名君のコピーを作り続けてしのぐなど、ナンセンスです。
それができぬから、我が行の扉を――正道ならざる異形の道へと通ずる扉を叩かれたのですよ。
魔力の波動が、狭い廊下を薙ぎ払う。
ラシュリィは、ぎりぎりでかわそうとしたが、ついに間に合わなかった。
波動が身体をかすめ、その衝撃で、壁に叩きつけられる。
ヴィレスが彼女を救うべく壁に駆け込むのと、覇王の思念が次のー撃を放つのが、同時だった。
魔力が壁に詐裂し、すさまじい轟音を立てる。
ふたりがどうなったのかネーグには見えなかった。ただ、通路の壁が完全に砕け、瓦礫となって降り注いだのは、確かだった。
細かな破片の落ちる音だけが、虚しく響く。
瓦礫の山から、返事はない。
死んだのか――あのふたりが。自分などより、よっぽど強い意志を持って生きていたはずの、あのふたりが。
肌を突き刺すような静寂。
近づきさえしなければ攻撃してこない――その点は他の魔物と変わらないのか、覇王の思念は動きを止めていた。
ネーグは、ぐっと強く拳を握った。
溜め込んできた感情のすべてを、もはや抑えようもなかった。
俺には地位も力もない!本気で何かをやろうとしたこともない!なのになんで――なんで俺を選んだ!?
他にいくらでもいただろう!俺には……俺には、覇王にふさわしいとこなんてひとつもないのに!
厳然たる声音が、鞭のように空気を撃った。
まさか返事があるとは思わず固まるネーグに覇王の思念は、重く、そして厳かな声音で続ける。
絆は力だ。覇王の力などよりよほど強い力だ。その力があれば、国はいつか、真にひとつとなるだろう。今は無理でも。
そしてそのとき、王は不要となる。
ゆえに――この国の覇王にふさわしき者とは、いつか王でなくなるための王なのだ。
子や孫に王位を遺さぬ道を選べる者。俺と同じく、自らの力が衰える前に、手にしたすべてを次代に譲り渡せる者。
王になりたいなどと微塵も思わぬ者でなければ、この国を治める資格はない。
そういう者を探させた。候補者を絞り込み、己の眼で盗み見て、おまえを選んだ。
野心を持たず、向上心に乏しく、己の人生にも命にもさして執着することのない、欠けたる器の持ち主。
ネーグ・コスキント。おまえこそ、次の覇王にふさわしい。
ネーグは、ただ茫然と立ち尽くした。
何かが〝ある〟から得られるのではなく、何かが〝ない〟から得られる資格。
そんなものが自分にあるとは考えたこともなく。言葉を失い、立ち尽くした。
折り重なった瓦篠と瓦篠の、わずかな隙間。
ほとんど身動きの取れない状態で、ヴィレスは、ささやくように声を発した。
左手側から返事が――まったく淡々としたラシュリィの声が響いた。
あなたを殺すまで、死ぬわけにはまいりませんから。
どうしてあの子を……妹を殺したの!?あの子がいったい何をしたっていうの!?
答えなさい――ヴィレス・ニュナン!!
こんなものを預けるのは、貴様が初めてだ。
表面上はな。
返済が完了するまでは当行の保護下に置かれます。
あんた――悪魔よ。
ヴィレスは、目をぱちくりとさせて、どうにか左手の方を見やった。
細い隙間から、わずかに光がのぞいている。手にした銃の放つ、淡い光が。
そのまま軽く左に動かすと、ガチン、と銃が硬いものに触れる感触があった。
行けそうですね。
激しい光が噴き上がり、瓦篠の山を消し飛ばす。
ネーグはハッと目を見開き、そして、見た。
消えた瓦篠の下から立ち上がる、青いスーツの銀行員たちを。
***
咆呼とともに、魔力の波動が押し寄せる。
狭い廊下で避けるには際どすぎる烈波を、ヴィレスとラシュリィは淡々と見つめ――かわす素振りも見せずに引き金を引いた。
音という音を根こそぎ吹き飛ばすような轟音。
拳銃から放たれたのは銃弾ではなく、まるで巨人が振るう槍の穂先のような、光り輝く巨大な魔力の刃だった。
光刃は、押し寄せる烈波に真つ向から激突――群れなす歩兵を砲撃で吹き飛ばすように、魔力の波動をずたずたに寸断した。
ふたりはカツカツと規則正しい靴音を響かせ、前進しながら銃撃を続ける。
凄まじい轟音とともに放たれた光刃は、覇王の思念に次々と突き立ち、その身を大きくよろめかせた。
覇王の動きが変わった。魔力の波動を〝波〟としてではなく、人の身の丈ほどの〝弾〟として連射する。
ヴィレスたちは、左右に散った。床を蹴り、壁を蹴り、迫る魔弾を鮮やかにかわし、かわしきれないものは光刃で撃墜する。
資産番号02924……都市ひとつを灰燼に帰せしめた古代の遺物。そんな物を魔法化するなんて――
吝嗇家(ドケチ)のあなたにしては、ずいぶん奮発しましたね。副頭取。
時間の流れを加速する〈電光石火〉(カルティッケーヤ)は今の自分に執着する者には使えませんし、〈剛強無双〉(ブランダラ)も、怒りや憎しみが少しでもあれば制御できません。
ルダンは忌々しげに鼻を鳴らした。
事情を知っていてよくもまあそんなことを――と言わんばかりに顔をしかめるルダンヘ、ヤーシャラージャは女神のように微笑んだ。
〝絆〟とは本来、何かを束縛し、繋ぎ止めるもののこと。必ずしも良好な関係を指すものとは限りません。
呪縛であっても、絆は絆。ご遺魂がおっしゃるように、絆が力になるのなら――
彼らの絆は、無敵です。
撃つ。撃つ。撃つ。
横にかわしては撃つ。壁を蹴って跳んでは撃つ。身に迫る魔弾を撃つ。猛り狂う覇王の思念を撃つ。
ラシュリィが絶好の位置についたのが見える。今なら思念を狙えるが、その身に魔弾が迫っている。
彼女は避けずに思念を撃った。迫る魔弾は、ヴィレスが撃ち落とした。
直後、ヴィレスヘ烈波が走る。ヴィレスとラシュリィは同時に光刃を放った。2発の光刃が、ぎりぎりで烈波を粉砕する。
完璧な連携。絶妙なコンビネーション。
互いの位置や動きを正確に把握し、常に互いにカバーし合いながら戦う――それを前提とした連携戦術。
信頼とは違う。信用とも言えない。だが゛相手は絶対に自分をカバーする〟と確信できる――その理由は。
貸し借りなしでカバーし合わなければ、簡単に死んでしまう――ここは、そういう職場ですから。
互いに利益がー致している。それがわかっているからこそ、自分も相手も、絶対に互いを守るだろうと確信できる。
深く、どす黒い因縁で結びついた者たちの絆。いつか殺し合うために守り合う者たちの連携。
繰り出す攻撃のすべてを、かわされ、防がれ、カバーされ、代わりに次々と光刃を撃ち込まれ、覇王の思念が、悶え、震える。
魔力の血肉を千切られ、削がれ、雄叫びも弱々しく陰っていく。
思念は最後の力を振り絞り、魔弾をひとつに凝縮させて撃ち放った。
通路を埋め尽くすほどの巨大な魔弾を前にヴィレスとラシュリィは当たり前のように並び立ち、ガチンッ!と銃を合わせる。
そして、ふたつの銃口を魔弾に――その奥の思念に向けて構え、祈りのような言葉を告げた。
解き放たれた光刃は、魔弾をたやすく打ち砕き、覇王の思念を貫いた。
story 開くべき扉の重さ
扉を開いて中に入れば、相続は完了いたします。
どうなさいますか?
国のことを思うなら、相続すべきなんだろうけど。そうしたら、俺は今の生活も、家を継ぐ未来も、すべて失うことになる。
死ぬほど嫌だってわけじゃないけど……でも、それでいいのかって迷いはする。
確かに、覇王となって国を治めるのは世のため人のためになることでしょう。
ですが、だからといってあなたがご自身の人生や、得られるはずの幸せを捨てねばならない道理はございません。
人生には、いくつもの扉がございます。どの扉を開き、進んでいくかは、その人の自由であり、権利です。
難しいな。こっちがいいからこっちにしろ、言ってもらえた方が、断然楽だ。
ネーグが大きなため息を吐くと、ヴィレスがわずかに相好を崩した。
あなたがどちらの扉を選ばれるにせよ、多くの者がその是非を問うでしょうし、あなた自身きっと何度も思い悩まれるでしょう。
ですが、我々銀行員は、どちらであっても、あなたのご決断を支持します。
自ら扉を選んで開くこと――重みを伴う決断を下すことそれ自体が、讃えられるべき偉業ですから。
story エピローグ
レンディは、ぽかんと口を開いた。
玉座の間に侵入者あり――という報を受け、武闘派の父に連れられ、いざ不埓者を成敗せんと駆けつけたはいいものの。
まさか親友が――弱小貴族の跡継ぎネーグが、主不在の玉座に悠然と腰かけ、頬杖を突いて待っていようとは。
ネーグは、ぼそりと端的に答えた。レンディの知る彼らしからぬ、堂々たる威厳と貫禄に満ちた声だった。
父の言葉は、しりすぼみにかすんでいった。
〝そんなわけがない〟。この場の誰もが、そう思っている。
だが――なぜか(・・・)否定しがたい気持ちがあった。目の前の少年が次の王であることを、なぜか自然と心が受け入れつつあった。
まずは騒乱の鎮圧だ。西に不穏な勢力が集まっていると聞く。王がおらねば、すぐこれだ。
ネーグは億劫そうに立ち上がり、すたすたと無造作な足取りで歩き出した。
その歩み、その言葉、その表情――ひとつひとつに、逆らいがたい重みを感じた。
とてつもないものを背負っている。そう思わせてならないほどの重みを前に、レンディたちは、思わず道を開けていた。
それで当然というように、ネーグは淡々とした足取りで出口へ進む。
彼が目の前を横切りかけた瞬間、
レンディは、思わず名を呼んだ。不敬ではないか、という畏怖が込み上げるのを、もはや不思議には感じなかった。
ネーグは咎めなかった。通り過ぎざまレンディをー瞥し、ニヤリとした。
レンディは、最初と同じようにぽかんと口を開き、去りゆくネーグの背中を見送った。
勝手知ったる足取りで城の通路を歩きつつ、ネーグは内心、やれやれと嘆息していた。
これから、あちこちの乱を平定して……隙を狙う貴族どもを黙らせて……王なしでなんとかなるよう基盤を固めて……
やること多いな)
ディオスー代では果たせなかったことだ。ネーグの代でも、無理かもしれない。
それまでにあの銀行が潰れてくれなきゃいいけどな)
ネーグは、銀行員たちの顔ぶれを思い出した。
これからしなければならないことの多さ、重さ、大変さを思うと、胃が痛くなってくる。
だが――自分で選んだことなのだ、ということ、その決断の重さを知り、肯定してくれた人たちがいるという気持ちが、思った以上に効いた。
よし、と気合を入れ直し、ネーグは通路の奥にそびえる重い扉を押し開けた。
***
副頭取。お茶の銘柄を変えられましたか?以前に比べて薄味なような……。
保管庫の魔力を維持するためには、こういうところから削らなければ。色のついたものはしばらく飲めないと思え。
このような感じです。
なんでも、虫のフンを乾燥させたものだそうで。いい樹を食べているので美味い茶が作れるとか。ちょっと滝れてまいりますね。
幻想銀行ローカパーラ。
その銀行には、どんなものも預けられる。財産、能力、地位、技術――あるいは心のー部でさえも。
大事な何かを預けるたびに、預けた物を引き出すたびに、奇異なる事態が巻き起こる。
次はいかなる資産を巡り、いかなる奇幻が芽吹くやら――