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詩礼銀杏・憶絵物語

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作成者: 皮蛋納豆丼
最終更新者: 皮蛋納豆丼

目次 (詩礼銀杏・憶絵物語)

祓禊探春・一

暮春には、春服既に成る。沂に浴し、舞雩に風し、詠じて帰らん。

◆主人公【男性】の場合◆

(逆の場合の差分は募集中)

奇跡は晩春。風はすっかり暖かく、花は色濃く咲き誇っている。


薄緑の草木が風になびいて濃い緑をのぞかせる。空中を漂う温もりは、

木々の枝先に温かい息吹を留め、更に僕の心の中にまで流れ込んできている。


詩礼銀杏の部屋を訪れると、思ったとおり、彼は儒家典籍を詠んでいた。


部屋に入ってきた僕に気付くと、典籍から目を外し、

嬉しそうな表情をのぞかせた。

しかし、すぐに我に返り、また本を手にして真面目な顔を作った。


詩礼銀杏

「何を見ているんだ?」


『蘭花を摘み福を祈り 柳枝を折り春を残す』


木でできた小鳥がかごから出ると

蘭湯の香りと交わり

口下手な花が

心に春を迎えた


【詩礼銀杏・祓禊探春】



「もちろん詩杏先生ですよ。

 春用の御召し物、とてもお似合いですよ!

 気に入っていただけましたか?」


詩礼銀杏

「……ああ。縫製がしかりしている。刺繍も美しいのだ。

 こんな立派なもの、探すのが大変だっただろう。」

「気に入っていただけて、何よりです!

 今日は、先生に教えてほしいことがあって参りました。」


詩礼銀杏

「どうしました?」


「先ほど「ト洛周地になりて、浮杯上巳に筵する」

 というところまで読んだのですが、「上巳」とはどういう意味でしょうか?

 他のところはなんとか理解できたのですが……。」


詩礼銀杏

「『上巳』とは、『上巳節』(じょうしのせつ)

 という民間で伝統的に行われていた行事だ。」

「昔の人々は、この日を「選択祓除」(せんたくばつじょ)の日とし、

 仲間たちと連れだって川辺に行き、沐浴して、身体を清め、身体の邪気を払い、

 「禊祓」(みそぎはらえ)と呼ばれる行事を行う風習があるのだ。」

「魏普以降、この『上巳節』から徐々に「清め」の意味合いが弱まり、

 「春の行楽」という意味合いが強くなっていった。そして、川辺での宴会や、

 所謂「曲水の宴」が頻繁に行われるようになったというわけだ。」


「そうだったんですねー。とても楽しそうな行事ですね。

 この『上巳節』というのはいつなんでしょうか?」


詩礼銀杏

「上巳とは、もともと日付を表しているのだ。

 干支で日付を表していた時代、

 三月上旬の最初の巳の日を「上巳」と呼んでいた。」

「魏普以降、上巳節は陰歴の三月三日に行われるようになり、

 「重三」(ちょうさん)や「桃の節句」とも呼ばれるようになった。」


「なるほど、さすが詩杏先生、何でもご存じなんですね。」


詩礼銀杏

「そんなことは無いが……。

 先生である以上、生徒の疑問に答えるのは当然のことだ。」

「しかし……こんな簡単なことを聞きに来るなんて、君らしくないね。

 以前はもっと難題を持ち込んで、私を困らせるのだろう。」


思いのほか詩杏先生の指摘が鋭かったため、

予め考えておいたセリフが上手く出てこられず、無理やり話をそらした。


「杏ちゃん、僕も杏ちゃんと一緒に川辺に出かけたいです。」


詩礼銀杏

「な……何度も言ったはずだ。

 私を『杏ちゃん』など気安く呼ぶんじゃない!」

「上巳節の風習は、宋元朝時代には無くなってしまったため、

 残念ながら私も、「弱柳行騎を障ぎ、浮橋看人を擁す」

 という賑わいを目にしたことがないのだがね。」

「本物の清めの儀式はできないが、

 それでもその日に出かけたいというなら、付き合おう。」


「万象陣を使ったらその時代に飛べるし、

 そうすれば、杏ちゃんの願いも叶えられますな!」


詩杏先生が、「『ちゃん』づけで呼ぶな」、

と怒り出すのを遮って、僕は話し続けた。


「上巳節まではあと何日かなー?

 三月三日のその日に万象陣で時代を飛ばせば、盛り上がること間違いなし!」


慣れた様子で部屋にかけている暦の前に行った僕は、

暦を見て驚いた風を装った。


「なんと、今日はもう三月一日じゃないですか!

 上巳節は明後日ですよ。

 先生、さっき約束しましたよね、一緒に出かけましょう!」


詩礼銀杏

「……」


返事がない。先生を振り返って見ると、困惑した表情を浮かべている。

しばらくしてやっと、溜息まじりの「分かった」という声が聞こえた。


詩礼銀杏

「『事は必ず信あり、行いは必ず果たす』

 一度約束したからには……破るわけにはいかないからな。」

「だが、もうこんな下手な芝居で……私をからかう必要はない。」


「やっぱり気付いていたんですね。

 学問に関係無いと、断られるのではないかと思って……」


詩礼銀杏

「曾晳(そうせき)曰く『莫春(ぼしゅん)には、冠者五六人、童子六七人、

 沂(き)に浴し、ぶうに風(ふう)し、詠(えい)じて帰らん』――

 こんなに趣深い行事を、勉学に関係ないとは言えないだろう?」

「それに、君はまだ若い。

 外に出て遊びたいのは普通のことだ。

 そんなことで怒ったりしたく……するわけがないだろ。」


「じゃあ、決まりですね!

 先生、明後日を楽しみにしています!」


そして三月三日、まだ早い時間に僕は詩杏先生の部屋にやってきた。

先生は、ずいぶん前から起きている様子だった。


「杏ちゃん、準備できてますか?

 では、万象陣で昔の上巳節へ出発!」


詩礼銀杏

「「ちゃん」づけ……」


「分かってますって。

 でも今日行く場所では、僕たちを知ってる人はいないですからね。」

「杏ちゃんは、僕にとって師であり、友でもあります。

 それに、僕は「益者三友(えきしゃさんゆう)」のいずれの条件も備えるから。

 それなのに、杏ちゃんは今日一日僕の友達になるのは嫌なんですか?」


詩礼銀杏

「……はいはい、君の生意気な態度は今に始まったことではないからな。

 ただし、その礼儀に背く呼び方は……今日だけだぞ。」


「分かりました、杏ちゃん!

 さあ、出発しましょう!」


水辺では多くの若者が楽しそうに戯れていた。

皆、春らしい華やかな服を身に纏っている。


詩杏先生の言っていたように、

本来の上巳節が持つ祈願の意味合いはすでに薄れ、人々は上巳節を口実に、

ただ春のピクニックを楽しんでいるだけのように見えた。


「杏ちゃん、あそこを見てください……」


指さす先では、恋人達が、仲睦まじい様子で春の夕暮れ時を楽しんでいる。


「今日は、上巳節ですよね?

 どうして、こんなにたくさんの恋人達が集まっているのでしょう。

 まるで七夕みたいですね。」


詩杏先生は何も言わず、困惑した表情でこちらを見ている。

僕がわざと聞いているかどうか、探っているような表情だ。


詩礼銀杏

「……」

「上巳節は、恋人達の日でもある。」

「『詩経』には、この日、好きな人に木桃や芍薬の花を贈ることがある。

 『鄭風・溱洧』にも、恋人達が溱水や洧水の川辺で遊びに行く時に、

 芍薬の花を贈ったという話が書かれている。」

「暗唱するように宿題を出したはずだが、

 きちんとやっていないようだな。」


「ここ数日は今日の準備で忙しくて、勉強する時間なんかなかったんですよ。

 杏ちゃん、今回だけは大目に見てください!」


詩礼銀杏

「……まったく、今回は最後だ。

 もし次に同じようなことがあったら、承知しないぞ。」


これは何度目の「最後」だろう。

ニヤニヤしながら、「はい、分かりました」と答えてから、

僕たちは水辺の方へと向かった。



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祓禊探春・二

鳥のさえずりは籠に閉じ込められ、誰が春光を箱に隠さん。

◆主人公【男性】の場合◆

(逆の場合の差分は募集中)


水辺に行くと、楽しそうに遊んでいる若者達がいる。

そこに、僕は名誉挽回の良い考えが浮かんできた。


「杏ちゃん、さっき、僕がきちんと勉強してないって言いましたね?

 実はちゃんと調べてるんですよ!上巳節では、水で身体を清め、

 厄を払うための「禊祓」(みそぎはらえ)をするんですよね。」

「今から、その「禊祓」をします!」


そう言うと、川に飛び込むふりをした。


詩礼銀杏

「――!」


思惑通り、僕の袖口は掴まれ、そのまま引き戻された。


詩礼銀杏

「君は、何を考えてるんだ!」

「沐浴用の蘭草の湯ならもう準備してあるのだ。

 沐浴は帰ってからだ!」


「え!?」

「僕のために、そんなことをしてくれてたんですか?」


詩礼銀杏

「私は、賢くて礼儀正しい生徒のために沐浴を準備したのだ。

 こんなやりたい放題なやつは知らん!」


「杏ちゃん、そんなこと言わないでくださいよ。やりたい放題なんて……『万巻の書を読み、万里の道を往く』って先生はよく言ってくれたじゃないですか?本で学んだことを実践しようとしたんですよ。」


詩礼銀杏

「……その屁理屈への努力を学問に向ければ、すぐに私を追い越すことができるのだろう。」


詩杏先生は、首を横に振りながら嘆かわしい様子を見せたが、

本気で怒っているわけではなさそうだ。


川辺のウグイスの声。艶めきを放つ咲き誇った花々。

春から夏に移ろう季節を感じながら、

僕たちは肩を並べて水辺の小路を歩いていた。


気付くと、人が集まっているところに行った。

どうやら、ちょっとした清めの儀式ができるようだ。

柳の枝を使って蘭草の湯を相手の身体に振りかけ、安全と健康を祈っている。


僕は興味津々に柳の枝に手を伸ばし、詩杏先生を見つめる。


詩杏先生は少し呆然としていたが、

周りの人達の様子と僕の手の中にある柳を交互に見て、

最後には観念したように目を閉じた。


香りを放つ蘭草の湯につけた柳の枝を、先生の顔の前で軽く振る。

不意に、先生の顔が少し赤らんだ。

柳を放すと、先生はゆっくりと目を開けた。


詩礼銀杏

「よし、次は私の番だな。」



目を閉じて視界が真っ暗になると、他の感覚が研ぎ澄まされるようだ。」


鳥の鳴き声。

風が柳をなでる音。人々のざわめき……


野に咲く草花の匂い。蘭草の湯の爽やかな香り。

……そして、詩杏先生の春服に織り込まれているフジバカマの優しい香りが、

僕を包み込む。


今、ふたりの距離は、日頃教えを受けている時よりも、ずっと近い。


こっそり片目を開けると、先生の顔が少し赤くなているのに気付いた。

先生と目があった瞬間、なんだか恥ずかしくて僕は慌てて目を逸らした。


額にかかる蘭草の湯にひやっとする。

次に、詩杏先生の真剣な声が聞こえてきた。


詩礼銀杏

「月の恒なるが如く、日の升るが如く、南山の寿の如く、騫けず崩れず。」


僕の額に蘭草の湯を振りながら、祈願の言葉を口にしている。

お祓いの祈祷とはいえ、心のこもったその言葉から、

詩杏先生の気持ちをしっかりと感じることができた。



祈祷が終わり、ゆっくりと目を開けた。

目の前にいる詩杏先生は、これまで見たことがないほど真剣な眼差しだった。


僕が目を開けたのに気付き、気恥ずかしそうに顔をそらした。


詩礼銀杏

「あそこで『曲水の宴』を行っているようだ。

 やってみたいじゃないのか?」


「杏ちゃんも一緒に行きましょう!」


詩礼銀杏

「行くに決まっているだろう。

 君は突拍子もないことをするからな、

 私がきちん見ておかないと……」


話終わらないうちに、詩杏先生の腕をぐいっと掴み、その方向へ歩き出した。


「曲水の宴」が行われる水辺に座ると、

周りの詩人達は驚いた様子だった――驚きは詩杏先生に向けられたものである。

おそらく、その風貌から、どこかの神童とでも思われたのだろう。


間もなく、とある青年が来て、この宴会についていろいろ説明し始めた。


青年A

「今日もいつもの通りで、僕がこの酒の入った羽觴(さかずき)を川に流れ、その羽觴が誰かの前に止まると、その人は詩歌を読み、羽觴の酒を飲んで次へ流す。詩が詠めなかった場合は、罰としてお酒を三杯飲んでもらうよ。」


詩礼銀杏

「賢人が集い、春が吟じる。

 酒が飲みながら歌を詠む。

 なんと風流ではないか。」


「杏ちゃん、詩が詠めなかったらどうしましょう。

 杏ちゃんの顔に泥を塗ることになっちゃう。」


詩礼銀杏

「……きっと、大丈夫だ。」


まるで今のふたりの会話を聞いていたかのように、羽觴が目の前で止まった。

詩杏先生の指導を思い出しながら、何とか詩を作り上げた。


大きな声で詩をうたいあげると、周りから拍手が起こった。

水に浮かぶ羽觴を取り上げ一気に飲もうとすると、その手を抑えられた。


詩礼銀杏

「友の体調がすぐれないため、私が代わりに飲みましょう。」


否定する間もなく、詩杏先生は僕の手から杯を奪い、一気に飲み干した。

訝っている僕に気付き、小声で囁く。


詩礼銀杏

「君はまだ若い、お酒なんて飲んじゃ駄目だ。

 代わりに私が……」


詩杏先生こそ、日頃酒を飲むことなどほとんど無いのでは……


そんなことを考えながら詩杏先生を見ると、

やはり……たった一杯にも関わらず、

顔に赤みが差し、呂律も怪しい。


「曲水の宴」が終わり、詩杏先生を近くにあった石の上に座らせた。


「杏ちゃん、大丈夫ですか?」


詩礼銀杏

「大丈夫だ……何も問題ない……」


そう答える詩杏先生は、酔っぱらって呂律が回っていない。


詩礼銀杏

「あれ?……何故君が5人もいるんだ?

 1人でも十分悩ましいのに、5人も……どうすればいいのだ?」


酔っぱらった詩杏先生はとても可愛らしく、思わず悪戯をしたくなった。

そして、詩杏先生の言葉に傷ついたふりをした。


「僕が杏ちゃんの悩みの種になっているというのですね?」


詩礼銀杏

「『杏ちゃん』など……」


反射的にそう叫ぶと、詩杏先生は眉間にしわを寄せ、

鈍りきった頭でどう答えるべきかを考えているようだった。


詩礼銀杏

「いや……そういうわけではないが……君は思わぬことをするから、

 どうしたらいいか困ることがあるのは確かだ。

 だが……いかなる時も、君は私の一番お気に入りの生徒だ。」


一言一言を何とか絞り出し、

そこまで話すと、僕の顔をしっかりと見て頷いた。


詩杏先生からこれほど素直に褒められたのは初めてで、正直驚いてしまった。

それと同時に、詩杏先生をこの場所に誘った目的を思い出した。






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祓禊探春・三

心の花は言葉を発せず、花はこの芍薬の枝を私に託して君に贈り、君のために春の間ずっと咲き続ける。

◆主人公【男性】の場合◆

(逆の場合の差分は募集中)



明るい春の風景の中、周りからは人々の楽しそうな声が聞こえる。

僕は、つぶやくような声で問いかけた。


「先生、あなたにとって僕はどんな生徒なんですか?」


詩礼銀杏

「うむ……とても優秀な生徒だ。

 賢くて頑張り屋だよ。」

「勉強しているときの……真剣に頭を悩ませている様子、

 普段小鳥のように自由に飛び回っている様子……どちらも可愛らしい。」


「では……なぜあまり褒めてくれないのですか?」


詩礼銀杏

「君の先生である以上……己が抑えて礼を守らなくてはならない。

 自分の感情をあまり表に出すのは、先生としてふさわしくない。」


この言葉に胸が締め付けられ、思わず溜息が出た。


「先生、もうわかってるとは思いますが、

 あなたの優秀な生徒が、「上巳」を知らないはずないでしょう。」

「晩春の美しい風景の中で一緒に過ごせば、あなたはきっともっと楽しく……

 自由になれると思ってて。

 昔……掘ってくれた小鳥のようにね。」


詩杏先生の酔っぱらった眼差しが一瞬動いたが、

首をかしげ、やはり何のことか分かっていないようだった。


「もういいです、先生飲み過ぎましたね。

 どこかで酔い覚ましのスープを買ってきますね……」


スープを買って帰ってくると、

詩杏先生は風に当たって大分酔いが冷めた様子だった。

スープを飲み終えたころには、もういつもの顔に戻っていた。


だが、先ほどの話にはもう触れないことにした。


「杏ちゃん、沐浴が駄目なら、脚だけでも浸けてみませんか?」


詩礼銀杏

「……約束するよ。」


靴を脱ぎ、脚を水に浸ける。

水の中でゆらゆらと脚を動かすと、涼やかで柔らかな感触が伝わってくる。

そして、心の中まで春の光が入ってきいたような感覚になった。


「もう春も終わりですね。」


詩礼銀杏

「春はまた来年もやってくる。」


「じゃあ、来年も……また一緒に来ましょう、杏ちゃん。」


詩礼銀杏

「わかった。」




上巳の催しも終わりに近づいているようだった。帰路につく人々に混じって歩いていると、ちょうど本人最後のイベントを見かけた。ペアで参加する詩のコンテストのようだ。


「杏ちゃん、参加してみませんか?

 一緒に出かけた思い出の最後に相応しいと思いませんか?」


詩礼銀杏

「参加したいというのなら、先生は付き合おう。」


申込をしようと会場の前に行ったが、

コンテストのテーマを見た詩杏先生は足を止めた。


詩礼銀杏

「テーマは……『本日の上巳を通して感じた、相手への……気持ち』?」


「杏ちゃん、どうかしましたか?」


詩礼銀杏

「本当の気持ちは心の中に秘めるべき、口に出すものではない。」


「ここには先生を知ってる人もいないですし、それに今日は上巳なんですよ。

 先生も、少し自分を開放したらいいじゃないですか。」


詩礼銀杏

「いや……それは礼儀作法に相応しくない。」


「杏ちゃん……今日は心を開いてくれてるものとばかり思っていましたが……」


詩礼銀杏

「あなたは……」


「大丈夫です。やっぱり止めておきましょう。

 来年の春、また来られますからね。」

「春が終わり、また春が来る。

 春は毎年やってくる、そして上巳節もやってきますから。

 これから毎年……一緒に上巳節に出かけられるので、焦る必要はないですよね。」


そう言うと、催しに参加しようと賑やかに集まってきている群衆の外に抜け出し、先生に向かって手招きをした。


「杏ちゃん、早く行きましょう!

 人が集まって来てるから、早く行かないと出て来られなくなっちゃいますよ!」


詩杏先生は、うつむき気味に身につけている春の新衣装を見つめている。

そして、詩杏先生の弾んだ笑う声が、春の風にのって僕の耳に届いた。


詩礼銀杏

「なら……ここに残ることにするぞ。」

「コンテストで優勝しよう。」


「杏ちゃん、急にどうしたの……?」


詩礼銀杏

「急ではないよ。」


首を横に振りながら、こちらにやって来た。


詩礼銀杏

「君がずっと前から今日の日を計画していたことは知っていた。

 この服も、苦労して探してくれたのだろう?」

「さっき私が酔っぱらっていた時も、君の声は聞こえていた。

 君が言いたかったことも君の気持ちも、分かっている。」

「先生としての礼儀に固執し、自己を抑え込むということは、

 私自身の心、そして儒教の「理義」にも背くことになる。」

「「理」は情の道理、「義」は情の義理。理義を重んじるということは、つまり、気持ちを重んじるということだ……私は、人との関係の中で、敢えて気持ちを抑えていた。つまりは、理義に反していたということだ。」

「一緒にコンテストに参加しよう!」


青年B

「おめでとうございます!

 優勝は、あなた方御二人です。」


「杏ちゃん、やりましたね!」


詩杏先生が、賞品を受け取る――便箋が掛けられた一本の芍薬の花。

芍薬の絵が描かれているその札には、ふたりが詠んだ詩が書かれていた。

上巳節の風流なコンテスト。その賞品もまた趣があるものだった。


詩礼銀杏

「これは君の贈るよ。

 いや……そもそもこれは君のものだ。

 君のおかげで優勝できたのだからな。」


詩杏先生が、受け取った芍薬の花と便箋を差し出してくれた。


詩礼銀杏

「先ほど、主催者の青年が賞品を渡す時に言ってくれた。

 我々の詩に詠まれた「気持ち」が一番感動的だったそうだよ。」

「嬉しいが……恥ずかしいとも思っている。」


彼が吹いて、手の中の芍薬が揺れた。

その香りが、今日という春の日の思い出と共に心に刻まれる。


詩礼銀杏

「私はこれまで、自分を礼儀という籠に閉じ込め、

 飛ぶに飛べない鳥のようになっていた。」

「目の前に春の景色がこんなにあるのに見ようとせず、

 近くの鳥のさえずりも聞こうとしなかった。」

「籠から引き出してくれたおかげで、

 私は本当の「理義」を理解して、自分を開放できた。

 君の先生でありながらこんなみっともないことを見られて恥ずかしい限りだ。」


僕は、微笑みながら、賞品を差し出す詩杏先生の手を両手で包み込んだ。

詩杏先生は少し驚いた様子だが、もう片方の手を僕の手の上に重ねた。


詩礼銀杏

「来年の春、またここに来よう。」





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