【恋と深空】海が暮れるまで

夜が深まった頃、道を歩いていた私とホムラは、手持ち花火をしている2人の子供を見かけた。

どうして手持ち花火をすると、すぐハートを描こうとしちゃうんだろう？

ハートは喜びと幸せを一番簡単に表現できる形だからね。

特に、ハートを通して向こう側の人の顔を見た時は。

でも、あなたが最初に花火で描いたのは、ハートじゃなくて私だったよ。

確かにハートは喜びと幸せを表現できるけど、僕にとっては十分じゃない。

君を描く能力があるのに、ハートだけを描いたりしないよ。

じゃあ、もし私が花火でハートしか描けなかったら？

その「ハート」を通して君の顔を見るだけで、僕は十分だよ。

ホムラがスマホを取り出した時、ポケットに入っていた買ったばかりのカメのストラップをうっかり池に落としてしまった。

･･････あ。

間に合わなかったか。沈んじゃった･･････

まあ、池に「放した」と思えばいいさ。

あの粘土のカメは、僕のポケットじゃなくこの池の中にいる運命だったのかもしれないし。

誰かさんの口は気にしてなさそうだけど、表情はそうは見えないよ。

「あなたが落としたのは、この金のカメ？それともこの銀のカメ？」って、池の神様が出てきてくれればいいのに。

本当にそんな池の神様がいたら、僕は別の物を池に投げるよ。

例えば、君の休暇とか。そしたら池の神様は、「あなたが落としたのは、このそこそこ長い休暇？それともゴールデンウィーク？」って聞いてくれる。

僕は「両方とも彼女のものだ」って答えてあげるよ。

春が近づいている。広場の池の魚も顔を出し、水面に映る人々の影の周りをのんびりと泳ぎ始める。

この2匹の魚、少しも人を怖がらないね。むしろ人に寄ってくるよ。

この子達、ここですごく有名なんだよ。エサを貰うとぐるぐる回って、尾びれを振るの。あなたもやってみる？

こんなに喜んでいるのを見たら、たくさん食べさせてあげたくなってしまうね。

幸せなお魚さん達だよね。よく食べてよく眠れる池があるだけじゃなくて、連れ添う相手もいるなんて。

この魚達を見て、馴染みのある感覚を抱かないかい？

馴染みのある感覚？

鏡を見ているような感覚さ。

もしかしたらこの子達も、「幸せな人間達だね。よく食べてよく眠って散歩に来て、連れ添う相手もいるなんて」って思っているかもよ。

私は友達が送ってくれた心理テストを開くと、ホムラにスマホを渡してやってみてもらった。

「テストしてみましょう！あなたはハンバーガーのどの部分でしょうか」･･････ホムラ、結果はどうだった？

僕はスライスチーズだってさ。

たぶん、「あなたは本を読むのが好きですか？それともインターネットを見るのが好きですか？」って2択で、「本を読むのが好き」を選んだからかも。

本を読むのが好きなこととチーズに何の関係があるの？

本を読むと、たまった知識が発酵してチーズみたいになるから。

でもカフェで私を待ってる間、あなたはスマホをいじったり、本をかぶって寝たりしてるじゃない･･････「ネットを見るのが好き」の方が合ってるでしょ。

「チーズ」じゃなくて「チート」だね。嘘ついちゃダメだよ。

質問は「よく本を読みますか？それともよくインターネットを見ますか？」じゃないでしょ。

よくやるからといって、好きとは限らないよ。

毎日起きるからって、僕は起きるのが好きなわけじゃない。

早朝、私は1週間閉じこもっているホムラを訪ねた。なんとしても今日、彼を外に連れ出して気晴らしさせるのだ。

ホムラ、ベッドにお更に盛られたマスカットが生えてるよ。

閉じこもってるのは、絵の研究をするため？それとも果物生産の研究をするため？

どっちも違うよ。僕のベッドが絵を描くのに苦労している僕を思いやって、わざわざマスカットを生やして労ってくれたのさ。

何言ってるの。ベッドから下りて食べに行くのが面倒だから、お皿をベッドに置いてるんでしょ。

このままだと、あなたもベッドに根付いちゃうよ。今日は私と一緒に出かけよう？

わかったーーお皿にのったマスカットからはインスピレーションを得られなかったから、考え方を変えないとって思っていたんだ。

はい、布団から僕を掘り出すのを手伝って。

ホムラは私の伸ばした手をつかむと、身を起こしてベッドに腰かけた。

別の場所で根を生やそうかな。

どこで根を生やせばインスピレーションが湧く？連れて行ってあげるから言ってみて。

君が行きたいところに連れて行って。僕は君のそばにいるだけでいいんだ。

昼下がり、ホムラはテーブルの上に置かれたモモを退屈そうに描いている。けれど私が次に視線を上げた時、その目はもう閉じていた。

モモは食欲をそそるだけだと思っていたけど、催眠効果まであったなんて。

君を見ている時は全然眠くならないのに。やっぱり、君は眠気覚ましに最適だ。

動かない物をずっと見続けてると、画家も眠くなるんだね。

動かない物を描くより、心の中で思うものを描く方がいい。

目の前の物を見て描いた絵よりも、想像力を働かせて描いた絵の方が生き生きしている場合もある。

君もやってみない？

わかった。でもふと思ったんだけど、私を描いてる時、あなたはずっと私を見てるよね？

君とモモを同じにはできないよ。

君を描く時には、想像力じゃなくて感情が働いてるから。

それってどんな感情？

簡単なことさ。君が僕を見ながら描いてみれば、すぐにわかる。

なるほど、モモじゃなくてあなたの絵を描いてほしいんだね。それなら早くそう言えばいいのに。

何もやることがない夜、私はホムラと一緒に「固めたヨーグルトの彫刻」に挑戦した。

あなたが彫ったこれ、私にそっくりすぎるでしょ。食べるのがもったいないよ。

食べながら言われても、全然説得力ないんだけど。

見て。私の作品もなかなかじゃない？

確かに悪くないね。タコの足が生き生きしていて。

ラズベリーを頭に飾るのも、面白い発想だね。

タコ？足？頭に飾る？

違うのかい？まさか、新しいワンダラーか何か？こんなに可愛い見た目なのに･･････

･･････ホムラ。これはあなただよ。

2粒のラズベリーはあなたの目で、さっき言った足はあなたの腕。

･･････肉眼で見ると、人間とタコの外見って混同しやすいものなんだね。

ちょっと、どうしていきなり僕のラズベリーの目を食べちゃったんだい？

ホムラと一緒に手作り体験ショップで写真立てを作った。私達はスマホのアルバムを見ながら、これに入れるにふさわしい写真を探している。

これ、いいんじゃないかな。見てよ。カモメを指揮してるあなたのドヤ顔。

僕の眉毛、空に飛んでいきそうなくらい跳ね上がっているね。でも、すごいドヤ顔をしているのは向こうのカモメじゃない？

やっぱり僕が撮ったこれでしょ。揚がらない凧と見つめ合う君の姿こそ、記念として机に飾る価値がある。

どうしてそんなのまで撮ってるの･･････！ダメ。そんな幼稚な瞬間、人には見せられない。

今日は一日中遊んでたのに、この素敵な写真立てに合う素敵な瞬間は1枚も撮れなかったの？

ホムラが自分のスマホのアルバムを私に渡し、「好きに選んでいいよ」という顔をする。

どうしてアルバムに、私しかいないの？

そんなこと言うけど、君のアルバムにも僕しかいないじゃないか。

それなら、いい考えがある。

ホムラはスマホを手に取ってカメラを開くと、私と彼にピントを合わせた。

はい、笑って。今こそ、僕達の素敵な瞬間だ。

昨夜、ホムラがさかな丸になった夢を見た。

夢の中で、私は色んな方法を試した。あなたをもみくちゃにしたり、医者に診てもらったり･･････

でも結局。元に戻らなかったんでしょ？

うん。最後にあなたは、「海に帰してみて」って言ったんだ。

でも海に帰した途端、あなたはそのまま沈んで、「助けて！」って大声で叫んでた。

･･････なんだか、さかな丸になった僕はあんまり賢くなさそうだね。

夢と現実は相反するって言うし、今はその言葉を信じるよ。

そう？でも、助けを求めて叫ぶさかな丸の姿は、ランニングマシンの上にいるいつものあなたにそっくりだったよ。

じゃあ君もいつもと同じように、そのさかな丸を解放してあげなかったんでしょ。

まさか、優しくしてあげたよーー

厳しい水泳特訓の末、夢の中のさかな丸は海の上に浮かんだんだよ！

ドラゴンフルーツみたいなお腹を上に向けて浮いていなかったかい･･････？

ホムラと一緒に公園の湖の真ん中にある小島で散歩をしていると、小さな魚が水面に落ちた花を追いかけているのが見えた。

この子は他の魚と違って、魚の群れに入らないでこの花をおいかけてるね。

群れよりも、この木と一緒に生きているんじゃないかな。突然自分の世界にやってきたこの花が気に入ったのかも。

それか、魚も私達と同じように春を探してるのかもね。

水の中の魚が春を見つけたかどうかはわからないけど、陸地の春は、君の髪に落ちたよ。

ホムラは手を伸ばし、私の髪についている花びらを取ると、私の手のひらに置いた。

待って、ホムラ。ちょっとじっとしてて。

どうして花びらを僕の髪につけるんだい？

春を見つけたんだから、もちろんあなたにも贈ってあげないと。

新しく買ったガラス玉の飾りが届いたので、私はそれをレッドの水槽に置いた。

レッドが自分より大きな泡を吐いたように見えるね。

そんなに大きな泡を吐くなんて、レッドは僕達にどれだけ言いたいことがあるんだい？

私が風船ガムの包装を剥がしてホムラの口に入れると、彼は頬を膨らませて風船を作った。

そんなに大きな泡を吐いてるのは、何を言いたいから？

クレーンゲームの時、すぐに交代しないでもう少し僕にチャンスを与えてほしい。

なるほど、泡の中には負けず嫌いが入ってるんだね。

それだけじゃない。こんなに大きな泡になると、好奇心も入っているよ。

好奇心？何に対する好奇心？

僕が寝ている時に隠し撮りした写真、何に使ったんだい？

寝たフリしてたの！？

していないよ。もともと起きていたけど、君に合わせるためにわざと目を閉じたら･･････本当に寝落ちしちゃったんだ。

ピクニックにぴったりの春の日、私とホムラは早くから準備していた食べ物を持って公園にやってきた。

この魚のクッキー、ホムラが作ったの？

答える前に、そのクッキーがおいしいかどうか教えて。

おいしいから聞いたんだよ。

それならいいけど。そう、僕が作ったんだよ。

それって、もし私がおいしくないって言ったら他の人が作ったって言うつもりだったの？

そうだよ。実はこのクッキーは、ミスターオーブンっていう人が作ったものだ。

彼が評価を得られるように、このことを公表しておくべきだと思う。

なるほど。じゃあミスターオーブンが作ったクッキーはいい匂いがして、口に入れるとあっという間にとろけてすっごくおいしいって、代わりに伝えておいて。

･･････本当にミスターオーブンの話を信じちゃったのかい？褒めるならストレートに僕を褒めてくれていいんだよ。

あなたも本当に私が褒めてるのはミスターオーブンだと思ったの？

数週間前、私はホムラと一緒に仮装パーティーへ行く約束をした。けれどまだ、どんな格好をして行くか決められずにいる。

どう？この角がついたヘアピン、似合う？

おいしいクロワッサンみたいだね。

ちょっと、なんで弾くの？そんなに弾かれたら平べったくなっちゃうでしょ。

やっぱりこの魔法使いの帽子がいいよ。こんなに大きな帽子なら、会場のどこにいてもすぐ見つけられるからね。

自分のが決まったら、そろそろ僕のを考えてくれない？

はぐれないように、僕だってひと目でわかるものがいいな。

じゃあ、この蝶結びのリボンはどう？大きいから、頭につけたら目立つよ。

なんだか大きなプレゼントになったような気分だ。

この前君にお詫びのプレゼントをあげたけど、今回は僕に何をしてほしいんだい？

今回は、ホムラでいてくれるだけでいいよ。

ホムラが絵の具を作るのに使った貝殻の山の中に、特別なものが1つあった。

この貝殻、文字が刻まれてるね。「Love Forever」･･････それから2つのイニシャル。

他のカップルの愛の証をうっかり拾ってしまったみたいだ。

愛の証の貝殻なら、戻しておかないと。海にいる愛の神様が二人の願いを聞き届けられなくなっちゃう。

海の愛の神が聞き届けるかどうかはわからないけど、僕の前には彼らを守る「愛の神」がいるよね。

私のこと？じゃあ愛の神として、彼らの願いが叶いますようにって祈ることにするよ。

それなら、愛の神様は僕のためにも祈ってくれないかな？

いいよ。何を祈ってほしい？

ゴホン。実は僕、目の前にいるこの愛の神様のことがずっと好きで、告白しようと思っているんだ。うまくいくように、愛の神様に祈ってもらえると嬉しいな。

私は顔をそむけるとくすくす笑った。

えっと･･････愛の神様は、「大丈夫、きっとうまくいくから告白なさい」って言ってるよ。

夕方、広場の近くを散歩していた時、ホムラと私は道端の草むらに花が1株植えられていることに気付いた。

市役所は花を1株植えたりしないよね。この花、誰がここに植えたんだろう？

自分の帰り道を美しくしたいって思っている人かも。

それか、みんなにここで立ち止まって花を眺めてもらいたい人かも。

でも、1株しかないのはちょっと寂しいよね。

ホムラは身をかがめ、花の高さに視線を合わせた。

この花の視点からだと、白砂湾の水平線が見えるね。

それから振り返ると、一番賑やかな臨空タワーの区画が正面に見える。

植えた人は、自分がいない時に花が楽しめそうな景色の場所を選んだみたい。

こんなにたくさんの景色が寄り添ってくれるなら、この花は寂しくないね。

僕達も行こう。僕達のそばに寄り添ってくれる景色を探しに。