【黒ウィズ】アイドルωキャッツ!! Story2
2018/00/00 |
お疲れ様、という声を背中に受けながら、ロディはロケバスの中に入る。
CM撮影の長い時間、アイドル衣装のまま、夜気に当たっていたせいで、体は冷えて、重たくなっていた。
体をバスの一番奥の座席に沈める。
手が震えていた。今日もまた一日が過ぎていくのだと思い、怖くなったのだ。
「怖いのかい、ロディ?」
傍らの人形が話しかけてくる。そのことにロディは驚きもしなかった。
「気にしないで、何でもない。」
「そうかい。ところで、そのお弁当食べないなら、ボクが食べてもいいかい?」
「好きにしなさい。」
答えを聞くまでもなく、人形は弁当の蓋をカサカサ音をたてて、食事に取り掛かっていた。
ロディは束になった手紙を手に取った。
「今時手書きのファンレターを送ってくるなんて、珍しい人たちだね。文明を知らない未開の地の人かい?」
「それを好んで読むあたしも文明を知らない人間なの?」
「そうだよ。ロディもいい加減、テクノロジーの使い方を学びなよ。いつまでもアナログにこだわってないでね。」
「そんな時間はないわ……。それにあたしたちアイドルは、最終的には自分自身が人前に立って、勝負するのよ。一番重要なのはそこよ。」
「そうだね、アイドルの寿命は限られてるしね。貧すりゃ鈍するだしね。」
人形の戯言を無視して、ロディは手紙をひとつひとつ読んでいく。
紡ぐ言葉と書く字から、相手の姿が透けて見える。どんな性格で、どんな生活を営むのか。
そんなところまで透けて見える気がする。
時代のアイコンとして、顔のない人々から崇められ、同時に批判される。
自分の心を癒してくれる顔を持った人々である。
ロディの手がとある一枚の手紙で止まる。いつも名前のないその手紙が、彼女にはとても印象的だった。
「またこの子ね。相変わらず字が独特ね。それに言葉使いも。」
あと、なぜかパンのポイントシールが添付されていることが多い。
そんな容易に想像できない人物像が余計に印象に残ったのである。
今日もまた、自分の歌う姿を見て、心がギューってなってバーンとなった。と書いている。
「君のことを教育を受けてなさそうって書いて来た子かい?」
「彼女なりに褒めてたのよ。」
不器用だけど全力で、自分の想いを伝えようとする手紙にいつも心打たれる。
そして、勇気をもらう。
「あたしは、あたしに出来ることをやらないとね。……残された時間で。」
「ねえ、あのお菓子、食べないなら食べていい?」
「好きにして。」
「そうだ。アレ、もう進めちゃうね。」
「……好きにして。」
***
mみんなー、休憩の時間だよ! はいはいはいー! 手を止めて~!
t定期的に休憩を取ることが、作業の効率を上げることにつながりますよ~!
そう訴えかけるが広い地下世界の隅々まで届くわけはなく、虚ろな顔の人形たちは働き続けていた。
b駄目ですねえ……。こうなるとユッカさんが頼みの綱ですね。
少女たちは備え付けのスピーカーのそぱで、作業を行っているユッカたちを見やる。
yよーし出来た。ルカちゃん、話してみて。
えーではでは。失礼しましてー……。オホンッ。
ユッカから渡された、マイクを口元に近づける。
みなさん、無益な労働を今すぐやめましょう。さあ、手に取った仕事道具を置き、目的なき労働をやめましょう。
労働が自由を作るのではありません。自由が豊かな労働を育むのです。
笑顔で迎えよう、定時終業。さあ、家に帰ってHere we go now! 明日の朝までHere we go now!
あの子のピュアな笑顔は、あなたなしではありえない。go back home! Right now!
大音量で響く音声に、虚ろな表情の人々も顔を上げる。
yあ、効果あるみたい! ルカちゃん、もっともっと!
だが、そこへ駆けつけてきたのはいつか見た人形たちである。
彼らこそ労働を推進し、過重労働を課す根源である。
もちろん、彼らの目的はユッカたちを止めることである。
「貴様ラ 何故労働ノ 邪魔ヲスル? 労働コソガ 幸セヲ生ムノダ!
yあなた! もしかしてここの管理責任者ですか?
たじろぐ相手に向かって、さらにユッカが詰め寄る。
y管理責任者のやることは、働かせることではなくって、働かせ過ぎないことです。
「ダガ、ココハ ピュアヲ 失ッタ者ヲ 労働ニヨッテ 矯正スル場所……。
yそんなことは関係ありません! 最初に見た時から思ってましたが、どうして人員を全て稼働させているんですか?
いつもそんなに忙しいんですか? もしそうなら、全体の仕事量を見直して下さい。
出来もしない量の仕事を請け負うのは間違っています。
もし、そうじゃないなら、すぐに稼働の体勢を見直してください。半分の人員には休暇を与えて下さい。
全員を稼働させるのは特別な時や非常時のみです。見たところ、半分の人員でも充分に稼働できそうですよ。
あそこで働く人見てください。あの人はずっと周囲の掃き掃除をしてます。必要の無い仕事をずっとやっているんです。
そういう無駄なところに人員を配置するなら、休ませてあげてください。
「ヌヌヌ……。
yあなたみたいな素人は黙っていて下さい。エターナル・クロノス流で行きますから。ルカちゃん、続けて。
はい、わかりました。
みなさん、よく遊び、よく眠り、よく働く。Good lifeはGood enoughから。
今日はそれくらいでいいじゃない。そんなに頑張っても大した差はないさ。そんな感じでよろしくどうぞ。
***
きゃっつは今日もイベントに参加し、ライブを行っていた。
とはいえ、単独のイベントではなく、何組ものアイドルに混じっての参加である。
きゃっつ単独でイベントが出来るほどではないのだ。
出番が終わると、緊張の糸が切れて、どっと疲れますね。
うん。お腹空いたねー。
今日はイベント運営から弁当が出るはずだぜ。
マジ? ということは、今日はペオルタンののり弁じゃないってこと?
お弁当受け取り大臣リリー君! ……任せた。
は! 任されました! 副大臣セラータ君! 行きますよ!
慌てて弁当を落とすなよー。
ライブ終わりとは思えぬ身のこなしで、大臣と副大臣が楽屋を出て行く。
残りのメンバーは汗でびちょびちょになった体を拭いたり、竜の雑誌を読んだりした。
しばらくして、帰って来た大臣と副大臣は浮かない顔だった。
恥ずかしながら……帰ってまいりました。
お弁当受け取り大臣、どうしたの? 顔色が悪いよ。
これを……。
リリーが差し出したお弁当を見て、アイドルたちは絶句した。
これは……のり弁。
茶色弁当だな。残念だが、そういう日もある。
他のイベントだからって、運営の予算がそう変わるわけじゃねえからな……。
違うんです! 私が悪いんです!
いうな! リリー! オマエは何も悪くないぞ!
私が……私がじゃんけんに負けたばかりにッ!
落とさないように、きちんとお弁当をセラータに渡してから、リリーは泣き崩れた。
そんなリリーの肩に手が置かれる。ほんのりと香るのは消毒薬の匂い、ほんのり伝わる温もりは、慈悲深い。
お弁当受け取り大臣……。
ナース大臣……。
副大臣に降格である。
そ、そんなぁ……!
それもまた慈悲……。
なんかそれっぼいことを言っているように見えるな。
リリーたちの寸劇が終わったのを見て、アイラが促す。
それはともかく、お弁当食べようよ。もうお腹ぺこぺこ。
さんせー。
セラータからお弁当を受け取り、きゃっつの食事タイムが始まった。
もちろん他愛もない会話も、ソリッドな茶色弁当を味付ける風味豊かなソースとして、その時間に加わる。
そういえばさ、ロディが茶色弁当のこと添加物まみれって言ってたけど、添加物ってなに?
ほら、ここに書いてあるやつだよ。
と、アイラは弁当の蓋についた白いラベルを示す。
そこには容易に発音出来ない言葉がいくつも記されている。
ヘスペペジン……リン酸カルシウム……なんだこりゃ?
さあ、わからない。でも自然なものじゃないから嫌う人がいるみたいね。
フクサノリ抽出物……アミノ酸……ヘパスクロース……ギョギョバ……
ベギブギャン……。
「「「「ギョギョバペギブギャン様ッ!!」」」」
ギョギョ?
***
駄目ですね……。
yどうしてみんな労働をやめないんだろう……。
ユッカとルカが人々に休息を促しても、彼らは働きつづけることを止めなかった。
それはもはや体に染みついた悪癖と言わざるを得なかった。どんなに体を綺麗に洗おうと、落ちない機れである。
彼らの耳には、ユッカたちの言葉は届かない。流れてくるサンドイッチ用のパンの上に黙々とキュウリを置き続けていた。
パン、マヨネーズ、ハム、その上にキュウリを置く。パン、マヨネーズ、ハム、またキュウリを置く。
誰もその上にパンを置こうとしない。パンという終止符を置こうとはせず、キュウリを置き続けた。
その悲しき反復作業に少女たちの心が揺れる。悲しみに耐えきれず、破裂する。
y誰か……誰かパンを置いてください! ハムとキュウリを八ンとパンで挟んで……もう終わりにしてください……。
叫び終わった後、肩に重みを感じた。冷たさと、妙な生臭ささから魚でも置かれたかと思ったが、違った。
緑の人だった。
yまっちゃ村の、緑の人……。
彼は労働者たちの悲劇的な列の終端に立った。
一体、何を……?
それはすぐにわかった。
m見て! あの人! キュウリ食べてる! みんながせっかく置いたキュウリ食べてるよ!
bうそ……信じられない。しかもキュウリだけ食べています……。
E……なんてクズ。
y違う。違うよ、みんな。緑の人はあえてそうしているんだよ! あえてキュウリを食べているんだよ。
は! まさか!? みなさんをこれ以上働かせないように、あえて台無しにしている?
そうだよ。きっとそうだよ。ねえ、みんな、私たちもやろう。キュウリ食べよう!
キュウリ、食べようよ!キュウリ食べて、みんなを救うんだよ!
ええ。ここでやらなきゃ……守護天使の名がすたらーい!
***
tもう……キュウリばかり食べているのつらい……。
bわたくしも……さすがに……駄目です。エレインさんも全然食べてませんね。
はい、食事用の仮面ではないので食べづらいんです。でもその分ミイアさんが……。
yミイアちゃんも手が止まってるよ。さっきまですごいへースで食べてたのに。
mごめーん……。いま私、反芻してるから新しいの食べられない。
少女たちは、動き続けるベルトコンベアを見た。まだまだキュウリは流れ続けてくる。
黙々と食べる緑の人。黙々と働き続ける労働者。流れ続けるベルトコンベア。
ここまでくると、どちらが折れるかの根競べであった。
ここは……わたしがやるしかありませんね! 見せましょう! 守護天使の底力を!
キュウリ、食べたらーい! おりゃおりゃおりゃ!
ルカの気合に、男気に、緑の人の男気が触発した。
食べて食べて食べまくる。ルカたちは秒速でキュウリを食べるマシーンとなった。
それはキュウリを虐殺する機械の如くであった。まさにキュウリジェノサイダーが誕生した瞬間である。
rぬりゃあああああああああああああ!見やがれ! これが守護天使の力だあぁぁぁ!
労働者を守護するためにキュウリを虜殺する。一方にとっての正義は、他方にとっては正義ではない。
悲しきルールの上で行われるゼロサムゲーム。だからといって、やめるわけにはいかない。
あらゆる善行は、善悪の彼岸で行われるのだ。
***
はあ……はあ……か、勝った。勝ちました。うッ……ちょっと吐きそう……。
労働者たちは、精根尽き果て、休憩していた。もうしばらくは働きたくないという風である。
立て膝で、できるだけ腹部を剌激しないでおこうとしているルカに、緑の手が差し伸べられる。
ルカはその手をがっちりと握り返す。ぬらりと湿っていた。
yよかった。これてここの労働環境は守られたね。
***
その頃、きゃっつはというと……。
お腹をいっぱいにすればいいと思います。
意外とそうかもしれんな。
杖大臣、発言は挙手してからで、お願い致します。
我、杖だから手がないんだが……。
慈悲です。全て慈悲で解決します。
私は、竜が必要なのではないか、と思います。
個人的な見解を申し上げると、世の中を悪魔にとって悪いことで満たせば解決するかと思います。
つまり、お腹がいっぱいで、慈悲があって、竜がいて、悪いことでいっぱいにすればいいんです!
もうちょっとまとめて。
では、ネット検索及びエゴサ担当大臣アイラ君。よろしくお願いします。
カタカタとキーボードの打鍵音が響く。
答えは……うーん。明確なものはないですね。
そうかー、やっぱり難しいなー。
「「「「世界平和。」」」」
真面目に世界平和の方法を考えていた。
おーい。オメエら、そろそろ行くぞー。
待ってましたー。ロディのライブ! ライブ!
つっても物販の会場の視察と、ライブビューイングだけどなー。
それでも全然いいよ。楽しみー。
もちろん、彼女たちが世界平和について考えていたことには、なんら脈絡のないことだった。
だが偶然か、あるいは予兆を感じていたのか。
彼女たちの向かった世界は、変容していた。
アイドルキャッツ!!
6 番外編
7 嘘猫は眠らない