【黒ウィズ】アイドルωキャッツ!! Story5
2018/00/00 |
勝負の方法は単純だぜ。ウチの出番の時に、放送ではバナナパンケーキの宣伝がされっぞ。
逆に、ロディの出番によくばりサンドイッチの宣伝が行われる。
つまり重要なのは、どれだけ視聴者の目を引くかだぜ。
さあ、それがわかったら、弁当食って出番に備えっぞ!
静かに頷き返し、きゃっつはいつもの茶色弁当を手に取った。
ところが、手に馴染むその弁当箱を持ち上げるのを止める声がした。
こんな時まで、いつもと同じ茶色弁当じゃ味気ないニャ。アタイがちょっと特別なのを用意したニャ。
配られたのは、猫々苑の特上カルビ弁当であった。
ウチの常連さんが、その店のオーナーニャ。一肌脱いでもらったニャ。あと、弟子に花輪を届けさせたニャ。
きゃっつには、ウィズの説明も、弟子の花輪のことも聞こえていなかった。
目の前にある茶色だけど、いつもと違う茶色弁当に心が踊っていた。
こ、これは茶色だけど………。
全然違う茶色です!
いつもと違うどえらい茶色弁当だった。
一口食べる。
肉ののった米を口に持っていく手が震えていた。食べると、□の中がなんだかよくわからなくなった。
リルムが呟いた。
米が滅びるほど食べれそうだ……。きっとこの肉は米に両親を殺されたんだ……。
気が動転しているようだった。
おかわりなら、いっぱいあるニャよ。
その言葉に、少女たちに遺伝子レベルの超反応が起こった。
これより我らは米ジェノサイダーとなります!
米ジェノサイダーの誕生である。
ぞばぞばぞばぞばぞばぞばぞばぞばぞばぞばぞばぞばぞばぞばぞば!!
おかずと米の1:1の等価交換の法則を打ち破り、
おかずと米1:5の虐殺的比率で米を食らう人種。
米の絶対滅亡因子。
それが米ジェノサイダーであった。
そして、この時、ガトリンは米で米を食らうという危険な行為にまで及んでいた。
これらはすべて、特上カルビという肉の魔力のなす業であった。
みなさんー。差し入れに握り飯を持ってきましたよー。……おや?
オレ、コメ……クウ。オマエ、コメ、タケ。コメ、タイタラ、マタ、コメ、タケ。
ニク、コメコメコメコメコメ、ニク……。
yみんな……緊張してるの?
緊張とかそういうのではないな、アホなだけだ。わりといつも通りだ。
しこたま米を食らい、英気を養ったきゃっつは決戦に向けて、円陣を組んだ。
オマエ達! アイドルに必要なものはなんだ!
かわいい!
竜!
探偵!
リルム式!
ナース大盛りアブラカラメ慈悲マシマシ!
悪い子! 全部持ってるアイドルは誰だ!!
「「「「きゃっつ!」」」」
合わせて、右足の腫を床に打ち付ける。
初めてのライブでは、思い思い好きなことを言って、最後に辻棲を合わせただけだった。
何度かのわからないこと会議を経て、いまではそれなりに洗練されていた。それは彼女たちの成長の証しでもあった。
***
最初の出番はきゃっつ。誰もがただの前座だと思っていた。誰も期待もしていなかった。
違うと思っているのは、自分たちだけである。
ステージに向かっていると、バックヤードでロディと出会った。
守れるといいわね、世界。
もちろん守る。絶対に負けない。
せいぜい頑張りなさい、あなたの集めたシールの数くらいはね。
去っていくロディの後ろ姿と、それを見送るリルム。
ふたりだけの秘密の関係を繋ぐのは、パンのポイントシールだった。
あのきれいなお皿が当たるポイントシールだった。
きゃっつのみんなと食べた分だけ集まった思い出のポイントシール……。
様々な思い出が、集まったポイントの数だけある。世界を失えば、その思い出も消え、きれいなお皿ももらえない。
負けるわけにはいかなかった。
48時間が過ぎた。
あばー、あばー!
ぜはー! ぜはー!
もう……限界です。……はあぁ、竜の背中で眠りたい……。
ダンダァくん……ダンダァくんが見える……。
きゃっつはいっぱいいっぱいであった。ぷっちゃけ96時間をなめていた。
これだけの時間、ライブを続けることはもちろん初めてである。
大体平均して30分前後の出番しかないきゃっつが、48時間こなせたのはほぼ奇跡であった。
それでも、きゃっつの異様な本番の強さが発揮され、パンケーキの販売シェアは伸びつつあった。
寝る暇もないし、食べる暇もないからな。向こうは準備はしているだろうから、ここから差が出るかもしれないな。
だが、次の48時間はどうなるのか……。まったく見えなかった。
オメエたち! 頑張って弁当食って、次の出番に備えろ!
ペオル……なに弁当だ……?
のり弁だぜ!
こ、殺す気か……グハッ!
(ペッさん。さすがにお箸を握るのも億劫な状態にいつもののり弁はないですよ。あ、もう一個いいですか?)
思いっきり食べながら言われても、説得力ねえぞ。
そんな状況に奮起したのは、ひとりの守護天使だった。
みなさん、お箸を握るのもつらいのですね……。ならば、わたしがみなさんの食欲を守ってみせましょう!
そう言うと、ルカは傍にあるのり弁をひとつ、取り上げた。
まずは、ご飯の上に乗ったおかずを別の所に置きます。
のり弁の封を切ると、ルカはまず白身魚のフライ、チクワの天ぷらを米の上から退けた。
次は、ご飯を……はぁああ、ほッ!海苔を下にするようにひっくり返します。
そして、敷き詰められた米の裏表を豪快にひっくり返した。
今度は、おかずをまたご飯の上に戻します。
そして、水の張ったボウルを取り出すと、両手を湿らせた。
ここからは気合が必要ですよ。両サイドからお米を持ち上げてえ……挟む! そして握る! ここはかなり力技です。
挟んだらーい……、むぎぎ、握ったらーい……という思いを込め、強引に握り飯の形に持ち込みます!
すごい……のり弁がみるみるうちに握り飯に……。まるで錬金術みたい!
外側の海苔がちょうどよく握り飯感を出してます!
yルカちゃん……すごい!
見さらせ! これが、ルカ特製のり弁握り飯です。これならワンハンドで食べられて、手軽に栄養補給できますよ。
きゃっつは一口その握り飯を食べた。
「「「のり弁だ!
さらにもう一口食べた。
「「「でも握り飯だ!
お前たち、のり弁のことも握り飯のことも、絶対わかってないだろ。
それでも、少しだけきゃっつは回復することが出来た。だが、まだ足りない。
もうどうしようもなく寝たいのだった。少しの時間でも次の出番のことを考えず、眠りたいのであった。
みなさん。このネムレナクナールをー錠ずつ飲んでください。
ワタシたちが欲しいのは……ネムタクナクナールであって……ネムレナクナールではない気がするぞ……。
このさい、細かい違いは気にしたら負けだと思いますよ。
重たい眠気を背負い、きゃっつはソンビの如く這い回っていた。
それを見て、右耳に寝癖をつけたウィズが言った。
ユッカ、ルカ。チミたちの出番ニャ。きゃっつは本当にいっぱいいっぱいニャ。これ以上は心が死ぬニャ。
きゃっつが回復するまで、代わりに、チミたちがステージに出てほしいニャ。
ですが、わたし、アイドルなんてやったことありませんよ。
y私もやったことないです。
それはわかっているニャ。それでもお願いするニャ。きゃっつを守ってほしいニャ。
その言葉を聞き、ふたりの心は決まった。
わかりました。やりましょう。ここで退いては守護天使の名折れです!
衣装なら、用意できるぜ!
あと、こののり弁握り飯持っていくニャ。
はて? どうしてですか?
ただ出て行っただけなら、ちょっとインパクトないニャ。握り飯持って行った方がインパクトあるニャ。
インパクトしかないんだが……。
ユッカとルカの唐突なのり弁握り飯アイドルとしてのデビューが決まった。
ぶっちゃけ、きゃっつ陣営は全員頭がおかしくなっていた。
***
ユッカとルカは舞台袖で合わせ鏡のように見合い、お互いの衣装を確かめた。
y帽子かぶった。握り飯持った。よし! オッケーだね!
確かめあうと、ふたりは深く呼吸する。
ーーーーーーー
96時間が経った。つまり戦いが終わった。
よくばりサンドイッチ、スペース、バナナパンケーキ……。
エゴサ大臣アイラが打鍵する。打ち込まれた言葉が秒速を超えた速度で数十万の結果を導き出した。
どうだった?
ま、負けてる……。
それを聞いて、ロディは少し寂しそうに呟いた。
世界が終わったのね。
彼女の肩に乗ったぬいぐるみがにやりと笑っていた。
人間は愚かだね。せっかく救われる機会だったのにそれを無駄にしちゃったね。
やあ、だらしないペオルタン。ボクはイーラモンだよ。キミの代わりに世界を滅ぼしてあげる悪魔さ。
不敵な笑顔を見せるぬいぐるみに、不気味な真顔のウィズが言い放つ。
イーラモンとか言ったニャ? チミに聞くけどいったいいつ世界が滅びるニャ? まだ滅びてないニャ。
焦らなくても、もうすぐ滅ぶよ。
アイラのり弁握り飯を検索するニャ。
すぐに答えがでた。
うそ! すごい流行ってる! のり弁の売り上げがすごいみたい!
ユッカとルカが握り飯を持って歌っていたおかけで、見ていた人たちは自分ものり弁握り飯を食べたくなったニャ。
バナナパンケーキだけじゃよくばりサンドイッチに勝てなかったニャ。
でものり弁と合わせれば、サンドイッチに勝っているニャ。
それだけの人々がよくばりサンドイッチヘの欲望に打ち勝ったニャ。イーラモン、チミの負けニャ!
ウィズがカードを取り出し、投げつける。カードはイーラモンの額に張りつくと、激しく発光した。
ギャア!! キュウ……。
悪魔は地面に落ちると、しなびたように横たわった。
悪魔を見下ろすロディには、そんなことすら興味が湧かないようだった。
よかったわね、きゃっつ。世界が救えて。でも、あたしの戦いはここで終わり……。あたしの世界も、もうすぐ終わり……。
ロディ、元気を出して。きっと治るよ。
ありがとう。でも無理よ。あたしの病気はガングリオン。聞いたこともない病名よ。
それになんかちょっと強そうだし。たぶん病気としてもすごいはず。
リルムがおもむろにロディの手を掴む。手の甲に浮き出た小さなこぶを触れた。
ロディ、それ、これ。このまんまるのこぶのことだよ。
え? ……うそ?
マジ。
ガングリオンはほぼ無害のこぶのことです。検索すればすぐわかったのに……。
あたし、機械音痴だからそういうの苦手なの。これがガングリオン? 大げさ過ぎない?いや、すごい大げさよね?
私たちはまんまるこぶ太郎と呼ぶことに決めました!
まんまるこぶ太郎か……ふふ、ふふふ。こんなのに惑わされて、イーラモンなんかと手を組んだの? あたし?
ひとしきり、笑ったあと、少女は項垂れた。
バカみたいじゃない、あたし……。
人は弱いニャ。欲望に負けたり、嘘をついたり、裏切ったりするニャ。でもチミは弱くないニャ。
チミは自分を貫こうとして悪魔と手を組んだニャ。アタイはそれを責めないニャ。ここのみんなも責めないニャ。
ロディは周りにいるアイドルたちを見た。彼女たちの顔は一様に笑顔であった。
まるで世界を失いかけたことなど、もう忘れているようであった。
もしかしたら、本当に忘れていたかもしれない。その可能性はあった。
人の弱みというものは願いの強さに比例するものだ。それだけお前の願いが強かったんだ。それは恥すべきことではないぞ。
杖の人、人の弱みに詳しいの? 専門家?
そう。我、人の弱みに付け入る専門家だから。お前もそろそろ気づけ。
それによかったです。世界がロディ・ギャドを失わなかったんですから。
そうか……そうかもね。なんか、全部馬鹿馬鹿しくなっちゃった。はあ、お腹空いた。
色々終わったから、お腹空いた。もうそれしか考えられなくなっちゃった!
のり弁ならありますよ。でもロディさん、こういうの食べないんですよね。
ううん。体のためと思って、そうしてただけ。いまはその必要はなくなっちゃった。
ロディはエクセリアからのり弁を受け取る。
一口、食べると涙が出てきた。
おいしいね……。久しぶりに食べるとおいしい……のり弁。よかった。あたし……まだ食べられるんだね。
孤高のアイドルが涙していた。のり弁を食べて泣いていた。
それは生を喜ぶ昧がするのか、あるいはアイドルとして駆け出しの頃、食べた味がするのか。
その場にいる誰もわからなかった。
だがはっきりとわかるのは、彼女が明日を生きるために食べているということだった。
さ、行くニャよ。今日はスナックくろねこで祝勝会ニャ。貸し切りにしておいてあげるニャ。
だから、いつまでも……。ロディ・ギャドのそんな姿を見ないであげるニャ。
ウィズの言葉に同意して、アイドルたちはその場を後にした。
***
フハハ……フハハ……フハハ。
死ーーん……。
グダァァァァァァ……。
おい! オメエたち! いくら世界を救う戦いが終わったからって、気が抜け過ぎだぞ!
ダンダァくんのお腹柔らかい……。かわいい……好き。
はあ……落ち着く……竜の匂い袋……癒される。
エクセリアにアイラ! オメエたちまでなんだ! ずっとぬいぐるみや竜のお守り抱えて!
セラータ、リルム、リリー!オメエたちなんか人に見せらんねえ格好になってっぞ!
まったくよー……それにガトリンはどこ行った!?
ぞば……ぞば……。ぞば……ぞばー……。
オメエは誰だ!
大きな戦いを制したきゃっつだったが、その代償は大きかった。
燃え尽き症候群丸出しで、人様の前に出られる状態ではなかった。
ま、そのうち元に戻るだろう……。
そのうちっていつだよ。それまで全く仕事入れらんねえんだぜ。
せっかく、注目を浴びてるってのによぉ……。
ペオルタンが愚痴っていると、鏡が光った。
yこんにちはー!
お疲れ様でーす!
おっす、お疲れ。オマエたち、〈ポエーナ〉の工場はもう見てなくていいのか。
yうん。いまは繁忙期じゃないからね。
せっかくなので、みなさんにバナナパンケーキをおすそ分けしにきたんですよー。
ですが、みなさん……それどころでは無いようですね……。
まあ、この通りだ。
ムムム、これは何か守らなければいけない気がしてきましたよー。
お。一肌脱いでくれるか?
任せてください! わたしが、きゃっつを守りますよ!
yじゃあ、またアイドルやるってこと?
そういうことですねー!
よーし! オメエたちはペオルタン芸能事務所の所属アイドル第2号だぜ!
「「はい!」」
こうして、ペオルタン芸能事務所に新たなアイドルが誕生した。
新たな門出を祝ってか、空には咲き始めの桜が風にのって、舞っていた。
サクラサク
サクラサイタラ
コメタケタ
アイドルたちの新たな門出であった。
***
ぬあああああああー!
ぞば……ぞば……。ぞば……ぞばー……。ぞばばばばばばー!
せめて人格くらい保っていろよ……。
アイドルキャッツ!!
6 番外編
7 嘘猫は眠らない