【黒ウィズ】アイドルωキャッツ!! Story4
2018/00/00 |
事務所に戻って来たきゃっつを覆っていたのは、泥のような疲労感であった。
自らへの無力感から起こる虚脱と倦怠、そして悲しみ。
ウィズ、無理だよ。商品なんて何もないよ……。
じゃあ、どうするニャ? サンドイッチを売っている人を全員ぶち殺すニャ? アタイはそれでもいいニャよ。
少女たちは沈黙した。
世界を守るためにサンドイッチを売っている人をぶち殺すのは、ちょっと違うなあ、と思ったからだ。
やれやれ、アタイも甘く見られたものニャ。何の算段もなく、こんな提案をしているわけじゃないニャよ。
その言葉に合わせたかのように、事務所の姿見が光った。様々な世界と繋がる鏡である。
yあれ? 部屋の中に出てきた?
いっぱい人がいますよ! なんかすごい場違いな感じが……。
出てきた少女たちをぽかんと見つめるきゃっつ。彼たちの様子を見て、慌ててユッカは話し始めた。
y私はユッカ・エンデと言います。今ですね、バナナパンケーキを作っていて、それを売りたいなあ、と思ってまして……。
わたしはルカ・フォルティスと申します。こちら、試食品です。ぜひ一度食べて下さい。
渡されたバナナパンケーキはまだほんのり温かった。
きゃっつは何か起こっているかわからないまま、そのバナナパンケーキをかじった。
すると、もっと何が起こっているのかわからなくなった。
おいしい……。すごく、おいしい。
美味しいです……。
なんで、こんなにおいしいんだろ……。やだ、ホッとしたら……。
アイラが頬を伝う涙を拭う。
アイラさん……! どうして泣いているんですか……。
リリーだって……泣いてるじゃない……。
私も、どうして泣いているかわからないんです!
オマエ達、泣いてる場合じゃないぞ……。ああ、ダメだ……。
バナナパンケーキを食べて、涙するきゃっつを見て、ユッカとルカも困惑した。
わたしたち、何か悪いことしたのでしょうか?
生産体制はどうなっているニャ? 万全かニャ?
yはい。それはもう万全です! いつでもガンガン作れますよ!
それはよかったニャ。販路のことは任せるニャ。あのゲス兄弟のリンゴの販路を使うニャ。
(商品は決まりましたね。後はどうすればいいのですか?)
何言ってるのか全然わからないけど、次はこの商品のアピールニャ。
どうすんだ?世界中にー気にアピールできる場所なんて……アアアアーー!!
全員が突然、絶叫したペオルタンを見た。ペオルタンはあわあわと震えながら、窓の外を指差していた。
〈偶像の塔〉である。街のどこからでも見える巨大な塔である。
ロディ……96時間ライブ……! 世界中が、見てる……!
そこでライブをして、このパンケーキをアピールすれば……。
でも、ロディのライブを奪うのか?そんな……そんな悪魔としていいことをしたら、ワタシたちはどうなるんだ?
そりゃあ、オメエ……干されるぜ……。
それの意味することがどんなことなのか、きゃっつにはわかっていた。それでもなお、ずいと前に出る。
それ、いまなんか関係ある? 世界が無くなって、見てくれる人がいなくなったら。アイドルに意味なんてないじゃん。
リルムが身も蓋もないことを言い。
そうです! リルムさんの言う通りです! 見てくれる人のいないアイドルは、誰にも見られないアイドルです!
リリーが当たり前のことを繰り返す。
そうだ……世界を救うんだ。フハハハハ、それは悪魔としては最高に悪いことだぞ!
セラータが意味不明なことを言い出し。
ええ、竜のために……。
エクセリアが時と場所さえ合っていれば、雰囲気のあることを言う。
すぐに路線検索するね!
アイラがわりと真面目に次のことを考え。
(我ら、きゃっつある所に、悪がはびこるものはなし! いざ戦いの場に参ろうぞ!)
ガトリンがド自由に振る舞う。
それがきゃっつであった。
空気は読まないし、読めない。大抵はふざけているか、食べているか、寝ている。
それでも、いざという時には、世界滅亡であろうが、空気を読まずに立ち上がる。
ツボだけ押さえた救世主アイドル。それが、きゃっつであった。
そして、準急電車を乗り繕いで、再び〈偶像の塔〉の最寄り駅に降り立ったきゃっつ。
目の前に待ち構えるピュアを失った人々。だが怯むことはない。
きゃっつ! 総員整列!
セラータの合図で、少女たちが列になる。右端のリルムがリコーダーを取り出し、高らかに吹き鳴らした。
ーーーーーーーーー
それはただの行進であった。
イッチニー、イッチニー!
「「「「イッチニー、イッチニー!」」」」
きゃっつは、ただ笛を吹きながら前へ進んでいた。
彼女たちのドピュアな行動が、ピュアを失った人々の、心のどこかに残っていたピュアが震わせた。
阻止するはずの、彼女たちの無垢な行進を、止めることが出来なかった。
皆、彼女たちが醸し出すアイドルとしてのピュアな波動にあてられ、足が出なくなっていた。
それどころが気づけば後ずさりしているほどだった。
うわああ! 笛吹きながらこっちに来るー! バカだ! 本物のバカだー!
少女たちのピュアが彼らを動かしたのである。
地上の異様な気配は〈偶像の塔〉上階にも伝わっていた。
窓に張りつくように地上を覗くスタッフたちを見て、ロディもつられるように窓に近づいた。
見えたのは、海が割れるように、群衆がふたつに分れていく様子であった。
裂け目には数人の少女たちがいるのがわかった。
世界と引き換えなに、あれ?
きゃっつだよ。かつて世界を救ったアイドルたちだよ。
世界と引き換えきゃっつ……そういえばそんな名前だったわね、世界を救ったアイドル。
でも、全然売れなかったのよね。世界を救うこともアイドルとっては、何の価値もない。
アイドルに必要なのはエゴ……。世界を壊すくらいの、エゴよ。
だから、ボクを頼ったんだよね。自分のエゴを、貢くために。
世界と引き換えそうよ。世界と引き換えにね。
***
そして、激動は地下世界〈ポエーナ〉にも伝わっていた。
mユッちゃん……大事な話ってなに?
仲間たち、作業員たちの前にユッカが立っていた。
y気をつけー!
聞いたこともないユッカの声色に、一同の背筋が伸びる。
y皆に集まってもらったのには理由がある。私とルカちゃんが地上に行き、大きな契約を勝ち取って来たことの報告と……。
それが我々の大きな戦いの始まりであることを知らせるためだ。我々の戦いとはすなわち……。世界を救うことである!
ただのパンケーキ販売が、異様に大きな話になったことに、一同は驚きを隠さなかった。
t地上で一体何があったのー?
y驚くべきことに、我々が打倒すべき敵であるよくばりサンドイッチは、人類を滅ぼさんとする敵であった。
我々はこの事実に戦慄し、かつ喜ばねばならない! 我々の労働が即ち世界を救うことになるからである!
我々がすべきことは何か! ルカちゃん!
世界守ったらーーい!パンケーキ作ったらーい! 以上です。
yこれより、96時間の間、総員生産体制を宣言する。休息休暇中の人員は最小限にし、パンケーキを生産する。
その言葉に集まった人々が息を飲む。
みなさん、これは世界を守る大仕事です。気合を入れて、やったらーい!!
「「らーい!
「「「らーい……。
***
イッチニー、イッチニー……ぜんたーい! とまれ! イッチ! ニー!
ついに〈偶像の塔〉の下へたどり着いたきゃっつ。
彼女たちを待っていたのは意外な人物だった。
ロディ……。
あたしの邪魔をしにきたの?
ロディさん!あなただってわかっているはずです!
あなたが何かをわかっていることは、私はわかっていますよ!
世界が無くなってしまったら、アイドルも何もないぞ!
だから、なに? 世界を滅ぼして何が悪いの?
教えてあげる。あたし、もうステージに立てないの。病気なのよ。聞いたこともない名前の病気。
ステージに立てないんだったら、そんな世界無くなってもよくない?
あたしかいなくなってしまったら、世界に意味はないわ。
それなら、あたしの最後のライブで、世界なんてぶっ潰してやる! それがロディ流よ。
そこには、決して論破を許さない彼女の強い意思が言葉に宿っていた。
どんな他者の意見も通さないロディらしい言葉だった。
そんなのロディ流じゃないよ! ロディはわがままで、偉そうで、気分屋で、教育受けてなさそうだけど、人に迷惑はかけない。
ロディは勝手に生きて! 勝手にファンに憧れられて! ファンに見向きもしない!
そんな誰にも真似できない生き方があるから! みんな、心がギューってなってバーン! ってなるんだ!
ロディはきっと……本物のロディならきっと、勝手にいっちゃうよ! ファンのことは気にもかけずひとりで去っていくよ。
ロディは、すぐにわかった。目の前の少女があの特殊なファンレターの差出人だとわかった。
独特の言葉使い。自分に対する憧れ。見れば見れるほど、はがきにパンのポイントを貼りつけていそうだった。
どんな強固な外部の言葉でも彼女には拒絶する自信はあった。
だが、ファンの言葉は自分を創る内部の言葉である。
彼女を支えた言葉だった。まるで乾いた砂に水が染みこむように、彼女の中にリルムの言葉が入った。
残念だけど、一度吐いた台詞は飲まないわ。
間違っていても、絶対に折れないそれが彼女である。
もし、あなたたちが世界を救いたいなら、ライブであたしに勝ってみせて。
あたしを倒し、もう一度世界を救ってみなさい、きゃっつ!
言い捨て、ロディは塔の中に戻っていく、その背中に向けて、リルムが吠えた。
もちろんだよ!
その言葉が、虚勢だということをエターナル・ロアはわかっていた。
リルムがどれほどロディを尊敬していたかを知っていたからである。
小娘、よく言った。だが勝算はあるのか?相手はナンバーワンだぞ。我々は……みそっかすだ。
でも負けるわけにはいかないよ。負けること考えて諦める人はいないよ!
そうです。世界の命運がかかっているんです。いくら私たちがダメなアイドルでも、全力で挑めばなんとかなります。きっと、なんとかなります!
アタイもなんとかなると思うニャよ。
この世界は脆くて、すぐにピュアを失って、滅びてしまうニャ。
そんな世界を取り戻し、守るために、世界がチミたちを呼んだんじゃニャイか。アタイはそう思ってるニャ。
世界の自浄作用、それが、チミたちニャ。確かにいまは、のり弁のおかかくらいの価値しかないニャ。
けど、こんな世界の危機に輝くのがチミたちニャ。こんな言葉があるニャ。
どんな犬でも一日は主役になる。いい犬ならもう一日主役になる。そんな言葉ニャ。
チミたちはきゃっつニャ。世界が選んだ希望ニャ。そこらへんの野良犬とは違うニャ。2回でも3回でも主役になってやるニャ。
きゃっつは黙って頷いた。
ウィズの言葉が、きゃっつの背中を押して、彼女たちを塔へと向かわせた。
その足取りは力強さを取り戻していた。
ちなみに黒猫のアタイは1825日くらい主役の座を守っているニャ。
アイドルキャッツ!!
6 番外編
7 嘘猫は眠らない