エーベルハルト・思い出

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思い出1

エーベルハルト

余はエーベルハルト。

＜王様の国＞の王様だ。

アイリス

こんにちは。

あの……王様の国って？

エーベルハルト

おおっ！？その方ら、

なんと質素な姿をしているのだ！

アイリス

えっ？

エーベルハルト

そのスカートの生地はなんだ？

テーブルクロスか？　いや、

シャワーカーテンのようにも

見えるが……

エーベルハルト

まさか！？そんなはずは……

しかし、限りなく伝承に

近い姿をしている……

エーベルハルト

その方は平民様……なのか……！

アイリス

い、いえ、

たぶん違うと思いますけど……

へいみんさま？

エーベルハルト

その方！？

それは芋掘り用の手袋か！

そんなバカな……

石碑に描かれていた

農民様の姿と瓜二つだ……

エーベルハルト

架空の生き物ではなかったのか……

信じられん……

キャトラ

ちょっとアンター！

さっきから聞いてれば

わけわかんないこと言って！

バカにしてんの！

エーベルハルト

なんだこのしゃべる動物は……

むむっ！？　尖った耳！

ひげぶくろ！　おちょぼ口！

ね、猫……なのか……？

キャトラ

なによ、そんなに猫が珍しいわけ？

エーベルハルト

グレイルジャガーよりも

小さい猫が存在するとは……

驚いた……

エーベルハルト

そうか！？　これがあの、

スラムにだけ生息しているという

……どら猫！

キャトラ

誰がどら猫よ！

エーベルハルト

おっと、これはこれは

失礼いたしました。

王族以外の者と触れ合うのは

初めてだったもので。

キャトラ

はあっ？

エーベルハルト

平民様、農民様、どら猫様……

余は貴方がたを

大変尊敬しております。

エーベルハルト

ここで会ったのもなにかの縁。

これからは余と、良き信頼関係を

築いていただけるとありがたい。

アイリス

は、はあ……

エーベルハルト

カシミヤ、ビクーニャ、

オーストリッチ……どうぞ余を、

好きなようにお呼びください。

キャトラ

なにそれ動物？

むむむ……こやつ、

なんだかややこしいわね……

思い出2

エーベルハルト

どわっ！　ぬおっ！　いって！

エーベルハルトがかかとで
マントを踏んずけ、
すっ転んでいる。

アイリス

大丈夫ですか……

エーベルハルト

お、お気遣いなく……

いつものことなの――でうわ！？

キャトラ

なんとまあ……

ねえ、エーベルハルト。

アンタって本当に王様なの？

エーベルハルト

ええ、正真正銘

＜王様の国＞の王様ですよ。

アイリス

あの……＜王様の国＞って

どんなところなんですか？

エーベルハルト

我が国＜レックスキングダム＞は

＜燃ゆる水のルーン＞をはじめ、

＜希鋼のルーン＞、

＜煙炭のルーン＞の恩恵により

資源が豊富で、

世界有数の財力を持っています。

エーベルハルト

それにより貧しい生活を

送りたくても送ることができず、

国民すべてが王様となってしまったのです。

キャトラ

なんて贅沢な国……でもさ、

そんなんで国が成り立つわけ？

それって誰も

働いてないってことでしょ？

エーベルハルト

王といってもただ偉そうに

しているだけではありません。

それぞれの王が役割を持って働いているのです。

アイリス

それぞれのおう？

エーベルハルト

財産を＜執事王＞が管理し、

身の回りの世話を＜メイド王＞が、

建築のことなら＜大工王＞など、

エキスパートたちによってより良い

暮らしを保っているのです。

キャトラ

王様の国って

そういうことだったのね。

アイリス

エーベルハルトさんは

どんな王様なんですか？

エーベルハルト

毎日、なにかと張り切っている

＜張り切り王＞と呼ばれております。

キャトラ

それってただの

頑張り屋さんじゃん！

エーベルハルト

それにしても平民様たちは

なぜ貧しい生活を維持するために、

あくせく働いておられるのですか？

アイリス

うーん……しかたないというか……

ラクをしたぶんラクをできないから

……ですかね。

エーベルハルト

なるほど。

己を窮地に追い込むことで

道が開けるということですね……

とても真似できたものでは

ありません……

エーベルハルト

やはり平民様たちは偉大だ！

尊敬しております！

キャトラ

もがー！

エーベルハルト

な、なにをなさるんですか

どら猫様！？

マントを踏まれては身動きが……

ぬわっ！

思い出3

エーベルハルト

どら猫様！　その不気味な色を

したものはなんですか！？

キャトラ

カニカマよ。

食欲なくすこと言わないでよね……

エーベルハルト

食べ物……なのですか？

キャトラ

そうよ。

かまぼこをカニに似せてるの。

エーベルハルト

かまぼことは？

それになぜ、一般食材であるカニに

わざわざ似せる必要が

あるのですか？

キャトラ

気分だけでも味わってるのよ！

って言わせないでよね！

エーベルハルト

見た目を変化させることで

味に変化をおよぼすとでも

いうのですか……

興味深いですね……

キャトラ

あげないわよ。

エーベルハルト

そんな……

アイリス

キャトラ、半分くらい

わけてあげてもいいんじゃない？

キャトラ

いやよ、最後の一個なんだから。

だいたいアンタ、

大金持ちなんだから

自分で買いなさいよね。

エーベルハルト

＜買う＞とは？

キャトラ

お金と交換することに

決まってるでしょ。

エーベルハルト

＜お金＞とは？

キャトラ

はあ？

アイリス

エーベルハルトさんの国では

お金を使わないんですか？

エーベルハルト

欲しいといえば

なんでも手に入るので。

キャトラ

あっそ。じゃあこの際、

物々交換でもいいわよ。

エーベルハルト

あ、ありがたきお言葉！

キャトラ

（ふふふ、アタシは知っている。

アンタがさっき、

高そうなクッキーを

食べていたことを……）

アイリス

（キャトラ……

なにか企んでるわね……）

キャトラ

わくわく。

エーベルハルト

では、＜貿易王＞がとある

修道女から入手し、

我が国で一世を風靡した

奇跡の食材をどうぞ！

キャトラ

わーい、ってなにこれ！？

もやしじゃないのよ！

エーベルハルト

お気に召しませんか

では、＜屋台王＞がとある祭りで

入手した最高級の珍味を！

キャトラ

タ、タコ焼き！？　しかも、

びっくりするくらい普通だわ！

エーベルハルト

くっ……ではカルメ焼き……

キャトラ

やっぱり自分で買って！

思い出4

キャトラ

よ～し、みんな集まったわね！

それじゃさっそく、草むしりはじめるわよ～。

エーベルハルト

まさか、＜草刈り王＞の

力を借りずにですか……！？

そもそもなんのために！

アイリス

理由は特にないですけど、

見た目をよくしたいので……

エーベルハルト

り、理解できません……

キャトラ

つべこべ言わずに働く！

ほら、手伝ってくれたら

カニカマあげるから。

エーベルハルト

本当ですか！？　でしたら喜んで！

アイリス

はい、エーベルハルトさん。

スコップです。

エーベルハルト

これは……

ハサミでハーブやミントを

収穫するのでは？

キャトラ

生えてないわよ、そんなの。

……
…

エーベルハルト

ふう……汗を流すことが

こんなにも素晴らしいとは……

アイリス

汚れた服は選択しておきますね。

エーベルハルト

なぜそこまで親切に……

もしや平民様は余のことが……

キャトラ

平民にとってはふつうの行為よ。

エーベルハルト

なるほど……いたた……しかし、

これしきの作業で腰が……

張り切りすぎましたかね……

アイリス

でも、エーベルハルトさんの

おかげで助かりました。

だいぶ、池の周りが

すっきりしましたし。

キャトラ

じゃあ、はい。約束のカニカマよ。

エーベルハルト

あ、ありがとうございます！

キャトラ

ふふ、お味はどう？

エーベルハルト

むぐむぐ……なにやら

独特な甘みがありますね……

カニに比べると弾力がある……

……これは……

美味しいです！

キャトラ

気に入ってくれてよかったわ～。

エーベルハルト

どら猫様！　カニカマはどこで

入手可能でしょうか？

キャトラ

えっ？

そこら中に売ってると思うけど……

エーベルハルト

左様でございますか！　では、早速

＜メイド王＞に手配して……

エーベルハルト

いえ、ここは余の足で

買いに向かいましょう！

キャトラ

へ～、

少しは成長したみたいじゃない。

思い出5

エーベルハルト

はあぁぁ……

エーベルハルトが
小包を積んだ荷車を引いている。

アイリス

エーベルハルトさん？

それはいったい……

エーベルハルト

カニカマです。

キャトラ

もしかして買い占めちゃったの！？

エーベルハルト

ええ……カニカマの美味しさを

知ってもらおうと、

レックスキングダムに

持ち帰ったのですが……

エーベルハルト

味が薄い！

食感が悪い！

などと、評価が厳しく……

エーベルハルト

そんなはずないと

味を確かめたのですが……

あのときより控えめな食感で……

キャトラ

たぶんそれはね、アンタ。

感謝をしてないからよ。

エーベルハルト

えっ？

キャトラ

苦労が大きいほど、

なにかを得たときに

＜ありがたみ＞を感じるものでしょ。

キャトラ

だから、他人からもらったお金で

買ったカニカマは味気なかったのよ。

アイリス

草むしりのときの

エーベルハルトさん、

誰よりも頑張ってましたもんね。

エーベルハルト

ありがたみ……ですか……

考えたこともなかった……

エーベルハルト

そう……だったんですね……

エーベルハルト

では、余はいったい

なんだというのでしょう……

キャトラ

へっ？

エーベルハルト

生まれながらにして

巨万の富と権力を得て……

苦労とは無縁だった……いや、

目を背けていた……

エーベルハルト

平民様や農民様に

憧れを抱くだけで……

変わろうとはしなかった……

エーベルハルト

このカニカマと同じです……

余は見てくれだけで、

中身などなかったのです……

エーベルハルト

すべてを失ったとき……

余に価値などあるのでしょうか……

アイリス

そんなことは……

エーベルハルト

余は……僕は……

王様でも平民でもない……

なにものでも……ないんです……

キャトラ

アンタ……

思い出6

エーベルハルト

ああ……なんという

粗末で地味で貧相な……

エーベルハルト

それでいて華やかで豪然たる光！

エーベルハルト

体の内側から声が聞こえてくる……

変わりたいと叫んでいる！

キャトラ

エーベルハルト……！？

エーベルハルト

このまま、王様として運命に流され

裕福に生きるのか！

平民として運命にあらがい

質素に生きるのか！

エーベルハルト

答えはもう決まっている！

変わりたければ……

変わりたければ……

エーベルハルト

たった一歩、踏み出すだけだ！

エーベルハルトは
マントをかかとで踏みつぶし、
前進しようとしている。

キャトラ

な、なにやってんのよ！？

エーベルハルト

ぬぐおおおおお……！

アイリス

きゃ！　首が曲がって……

エーベルハルト

でやあああ！！！

ぶちぶちと豪快な音を立て、
マントが引きちぎれる。

エーベルハルト

はあ……はあ……

アイリス

エ、エーベルハルトさん……？

エーベルハルト

ああ、

最高級のマントが台無しだ……

どれだけ働けば

買えるんだろうな……

キャトラ

働くってアンタ……

エーベルハルト

僕は今ここで、王様をやめました。

これからは、平民として

生きていこうと思います。

キャトラ

それでいいの？

アタシからしたらアンタの生活は

羨ましい気がするけど……

エーベルハルト

いいんです。

このまま何もできない

大人になるよりは……

キャトラ

今より苦しい未来が待ってるかもしれないわよ。

エーベルハルト

それでもいいんです……

みなさんと触れ合って、

そう思えたんです！

エーベルハルト

そうと決まれば……

エーベルハルト

アイリスさん！

僕に炊事洗濯の仕方を

教えてください！

アイリス

はい！

エーベルハルト

キャトラさん!

カニカマの正しい食べ方を

教えてください！

キャトラ

アタシにまっかせなさーい！

エーベルハルト

主人公さん！

畑の耕し方を教えてください！

エーベルハルト

時間がかかるかもしれません……

それでも……いつかきっと……

エーベルハルト

＜平民王＞になってみせます！