武陵酒・手紙
半分風雅
主人公名:
空桑は単に景色が美しいだけじゃない。武陵の桃源郷と比べても遜色ないな。ここに小屋を建てて刀剣製作を続けるつもりだったが、まだ店も開いていないうちに熱烈な歓迎を受けたよ。たくさんの食魂が行列を作って、みんな俺に武器を見せてくるんだ。「修理が必要なほどじゃない。手入れをしてくれればそれでいい」ってな……もしかして、お前が前もって宣伝してくれたのか?
とにかく今回、空桑で新しい工房ができたのはお前のおかげだ。今じゃ注文もたくさん受けているよ。だがもちろん、ここにある炉は、お前の依頼を受けるまでは使わないでおく。ほしいものがあったら、返信で知らせてくれ。遠慮はいらないぜ。
武凌
同袍同沢
主人公名:
昨夜は夜中まで鉄を打っていたんだ。厨房で何か食べようとしたら、何も食べ物が見つからなくてな。月明かりを頼りに探していたら、たまたまお前から預かった包丁が欠けてるのが見えたんだ。ちょっとだけだが、俺の目はごまかせないぜ。
俺は昔、神兵利器をいくつも修理したことがある。だから小さな包丁の修理なんて朝飯前だと思っていたんだがな。面白いことに、包丁を鍛造台に置くと、何から手をつけていいのか……たぶんお前の大事な包丁だから、普段よりも慎重になりすぎたんだろう。お前の包丁はいま、俺のところにある。じっくり調べてみるよ。
〈便箋の下の方に、いくつか穴があいていた。火花が飛び、焼けてできた穴のようだ〉
武凌
以心伝心
主人公名:
刀剣製作は大変な仕事だ。炉の火のそばに終日いなきゃならないから、刀鍛冶でも耐えられないことがよくある……お前のように熱さを恐れず、毎日俺と話しに来れるやつは初めてだよ。
鍛造しながらお前から料理屋の面白い話を聞くのは、本当に楽しい時間だ。でも、昨日の昼間は来なかったな。工房が静まり返ってたぜ。道具を手にしても、何か物足りない。だから夜、夜食を持ってきてくれて、ずいぶん心が安らいだんだ。
炉の高温にはとっくに慣れてるが、心から熱がわき出るのは初めての感覚だ。まったく、おかしな話だよ。
お前に新しい包丁を作ったよ。これからは野菜はもちろん、牛をさばくのだって楽になるぜ。いい仕事は、いい道具から。使ってみて、もし手に馴染まなかったら言ってくれ。
〈手紙には小包が添えられていた。中身は雪のように輝く新しい包丁で、柄のそばには空桑の印が刻まれていた〉
武陵酒
金蘭之契
主人公名:
〈封筒を開けると、ほのかに酒の香りがした。手紙の送り主がしみ込ませたようだ〉
去年の今ごろ、月の下でとある侠客と酒を酌み交わしていたんだ。話が進むうちに、「この世で最も貴重な物は何か?」って話題になってな。そこで俺が「千金稼ぐのは簡単だが、千金でいい剣を買うのは難しいぜ」って言ったら、相手が言うには「宝剣がどんなに貴重でも、志を共にする知己には及ばない」だってよ。
その時の俺には、その言葉があまり理解できなかったんだ。山で1人隠居していた時はとても自由で、面倒な人付き合いもなく、剣の鋳造に専念できたしな。ただお前と空桑に来てから、「知己」って2文字の裏の意味を深く思ったんだ。頭の回転が早いお前なら、俺の気持ちが理解できるはずだろ……俗に言う「十人寄れば十国の者」ってやつだ。今の俺はあちこち渡り歩きもせず、毎日お前と朝夕を過ごすだけ。誰かと手を取り合って肩を並べ、剣の道を頼りにどこまでも歩んでいくような心境だよ……どんな場所にいても、知己がそばにいてくれることこそ、この世で最も得難い楽しみなんだろうな。
〈便箋に残る酒の香りは、時間が経つとふっと消えていった。だが余韻は続き、しばらく漂う空気中の淡い香りで、つい酔ってしまいそうだった〉
武陵酒
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