【黒ウィズ】ARES THE VANGUARD RAGNAROK Story4
目次
story1 DEAD END
クエス=アリアスには、異界よりあらわれる敵と戦う者たちがいる。名を、境界騎士団。
君はかつて、その境界騎士団と協力し、強大な怪物を討ち果たしたことがある。
怪物の名は〈断絶をもたらすもの(デッド エンド ブリンガー)〉。
いま、オリュンポリスの上空にあらわれた異形は、あの怪物に酷似していた。
ARES THE VANGUARD RAGNAROK
~ENDBRINGER~
マイガッ!結界が破壊されちまった!いまの攻撃がもうー度きたら、街が壊滅しちまう!
Ⅶ!結界を張り直すことはできないのか!
さきほどので力を使い果たしている!しばらくは無理だ!
あわてるヒーローたちに、君は、落ち着いて、と声をかける。
あわてないでいいにゃ。あいつはいまの攻撃を連発できないはずにゃ。次の攻撃が来る前に立て直すにゃ!
魔法使いちゃん、あのバケモノ知ってんの?
別の世界で少しね、と君はうなずき、あの敵の恐ろしさを説明する。
ブリンガーの恐ろしさ、それはあの凶悪な破壊力ではない、あらゆる攻撃が通用しないことなのだ、と。
攻撃が効かない?それは、わたくしたちの必殺技でも、おなじですの?
多分、通じないにゃ。
マ!?うちらナンバーズなんですけど?
威力の問題じゃない、と君は言う、君の知る強力な戦士たちですら、ー度は為す術もなく敗れ去っているのだ。
だが、君はその敵を倒したのだろう?どうやったのだ?
あいつに傷をつけることができる特別な武器を、ある天使から借りたにゃ。
て、天使?いろんな方とおつきあいがありますのね。でしたら、その方からまたお借りすれば……。
無理にゃ。エアリルがいるのは別の異界だし、私たちは自分の意思で異界を渡ることはできないにゃ。
魔法使いちゃんたちが言うなら、マジなんだろうけどさ。じゃあどーしろってのよ。
とりあえず、できるだけ早く、結界を張り直す必要があるだろうね。
私たちの方で、Vに協力できることがないか、調べてみましょう。
うむ、そちらは任せた。残った者は――
アポロンⅥの言葉をさえぎるようにアレイシアが前に出る。
ボクは、あの怪物を倒しに行くよ。
アレイシア!いまの話、聞いてたでしょ!?あの怪物は倒せないのよ!
けど、もし魔法使いさんが戦った奴とちがって、あいつがさっきみたいな攻撃をすぐにしてきたら、街が大変なことになっちゃう。
少し力を削ぐだけでもいい。だれかがあいっと戦わなくちゃダメだ。
だからって、貴方が行く必要はないわ!まだ全然回復していないじゃないの!
心配いらん!時間稼ぎくらい、やっちゃるばい!
人々に危機が迫っている以上、言って止まるアレイシアではない、君がどうすべきか迷っていると――
どうも~!エリュシオンマートで~す!追加のピザ、お届けに参りました~!
店長!だれかピザ頼んだの?ペパロニ?
いえ、こちらは当店からのサービスです。ヒーローのみなさんのお役に立ちたくて。あ、もちろん、ペパロニもありますよ。
ホント!?ちょうどお腹空いてたんだ!よぉぉし、戦の前に、腹ごしらえだぁぁぁぁぁぁぁ!
その意気ですよ。はい、どうぞ。
アレイシアは店長(あだ名)から渡されたLサイズのピサを猛然とした勢いで食べる。
おいしい!やっぱエリュマのピザはえらいね!おいしいからえらいね!
でも……あれだね……急にたくさん食べると……眠く……な……。
アレイシアはー枚まるまる平らげると同時に眠りはじめてしまった。
いつものアレイシアさんでしたら、この程度の眠り薬は効かないはずですが、ちゃんと効いてくれて良かったです。
さて、ゴッド・ナンバーズの諸君。君たちにひとつ問おう。
神とおなじ力が欲しくはないかね?
***
ゼウス……あれはいったいなんなんだい?あんな怪物は、ぼくも知らない。
いや、ただの怪物ならいい。けど、あれはまるで……。
〈神話に終焉を告げる獣〉に似ている。そう言いたいのだろう?
かつてオリュンポスの神々に戦いを挑み、その結果、ゼウスに世界を捨てることを決意させた最悪の怪物。
〈神話に終焉を告げる獣〉テュポーン。
姿はまるで違うのに、ゼウスが異界より呼び寄せた異形は、どこかがあの怪物の王に似ていた。
〈空の果てより東る滅び〉それがあの者の名だ。
ブリンガー……。じゃあ、やっぱりテュポーンの……。
そう、同類だ。高い知能を持っていたテュポーンと違い、あれには本能めいたものしかないがな。
すべての異界にはああした存在が、1体ずつ封じられている。〈神話に終焉を告げる獣〉はこの異界のブリンガーだ。
ゆえに、別の異界より〈空の果てより来る滅び〉を喚んだまでだ。
……どういうことなんだい?テュポーンはぼくたちの宿敵。それと同種の怪物が、ゼウスに従うなんて……。
いいだろう。事ここに及んでは、お前にも私を知ってもらう必要がある。教えるとしようか。
かつて我が父クロノスは、自らの王位が簒奪されるのを恐れ、生まれてきた子らを次々と喰らった。
母であるレアの手によりその惨劇から逃げ延びた唯ーの子が私だ。
成長した私は父の腹にいる兄弟たちを助け出し――ティターン族を倒す力を与えた。
根源より力を引き出す、〈門〉にして〈紋〉それを我が兄弟と子らに授けたのだ。お前にも与えたな、ヘルメス。
12神をはじめとした強い力を持つ神々の肌には神紋が顕れる、それが根源に通じる神の力の源である。
その力で我らはティタノマキアを制し、オリュンポスの栄華の礎とした。ここまではだれもが知っているだろう。
だが……疑問に思ったことはないかね?私がいつ、どのようにして、〈紋〉を編み出したのか。
……真実と異なる形で伝えたことがある。母の手により逃がされた私が育ったのは、クレタ島ではない。――異界だ。
私はクロノスの目の届かない異界で育ち、父を倒す力を求めた。そして出会ったのだ。
その異界に封印されていたブリンガーにな。
そのブリンガーは根源より力を引き出す方法を知っていた。だが、それを行う肉体を持っていなかった。
私たちの利害はー致していた。力を持つが肉体を持たぬそれと、肉体は持つが力の足りぬ私。
ゆえに、我々は融合することにした。
融合?そんな、ゼウス。それでは……。いや、そうか、そういうことだったんだね。
オリュンポスを移してより、あなたは様々な異界に神を派遣した。そして奇妙なものを持ち帰らせた。
あれらがなんなのか、いまわかった。あれは、ブリンガーを封じていたもの、いわば〈襖〉だったんだ。
あなたは様々な異界に封じられていたブリンガーを、解き放っためにぼくらを利用していた。
それは、あなたもまた――
その通りだ、ヘルメスよ。
数多のプリンガーに指示を与え、率いるもの。心臓に次ぐブリンガーの中枢。プリンガーたちの頭脳なるもの。
〈世界に終焉を告げる神(ワールド エンド ブリンガー)〉。それが私のもうひとつの名だ。
***
あはは、あははははははは!
テュポーンが全面戦争をしかけてきたあの時、ぼくはこの世界を捨てることを進言した。無敵のゼウスが悩んでいると思ったからね。
ところが真実はどうだい?ぼくらの王もテュポーンも、おなじ怪物のお仲間だったというわけだ!
だったら、アレスはなんのために死に、ブロメテウスはなんのために苦しみ続けたんだろうね!あははははは!
……我が伝令神よ。おしゃべりはおしまいだ。そろそろ役目を果たしてもらおう。
奴らのもとへ行き、神器を差し出せと伝えよ。従わねば、いまいちど先の攻撃を放つ。とな。
はは、わかったよ。ぼくの考えなど、無駄なんだ。黙ってあなたに従いますよ、ゼウス。
わからぬものだな。
そうかい?あの子はああいう性格だし、ショックを受けたらああやって投げやりになるのはわかってたろう?
私がわからぬといったのは、あなただよ、ハデス。
私がいまの真実を告げたとき、ポセイドンやアポロンは結託し、私への反逆を目論んだ。
アテナですら私を理解せずに逆らい、こうして再誕させざるを得なかった。
私がブリンガーであると知り、なおも変わらなかった神は、ハデス、あなただけだ。
いったい、なにを考えているのだね?
君は私の弟で、神々の王だ。その正体がなんであれ、関係ない。
ふふ……そう思っただけだよ。
***
かつてプロメテウスは、エリュシオンマートの巨大な流通を利用し、そこで扱う飲食物に神の残滓を混入させた。
それを摂取した人間のうち、適合したものが、神話還りとして覚醒したのだ。
これによって君たちは神と近い性質の力を持つことができた。だが、それでは神には届かない。
神に並ぶには、〈紋〉が必要なのだ。
〈紋〉?タトゥーみたいなの?
かつての私の身体を見たものもいるはすだ。神の身体には紋様が浮き出る。
アレス神と融合したアレイシアの身体にも浮き出ていた紋様ですわね。
あれこそが、オリュンポス神族の証。根源より無限の力を引き出す〈紋〉なのだ。
魔法使いさんの助けなしではすぐに倒れていたアレイシアが、ひとりで戦えるようになったのは、そういうことだったのね。
君たちゴッド・ナンバーズの力は見事なものだ。時に神に匹敵するようですらあった。だがそれはー瞬のこと。
強大な力を発すれば、すぐに神の力は尽きる。根源より力の供給を受けなければ、神とまともに戦うことはできまい。ゆえに――
君たちに、〈紋〉を宿してもらいたい。
6可能なのか!?そのようなことが!
君たちに神の残滓を与えたのは、だれだと思っているのだね?
12神の残滓はまだ残っている。君たちがそれを吸収することができれば、神の力は強化される。
その力がー定を超えれば、〈紋〉が肉体に宿るだろう。
もっとも、肉体がそれに耐えきれなければ、どうなるか保証はない。それでも、試してみるかね?
やろう。
やるわ。
やりますわ。
やるし。
即答だっただれも、迷いもためらいもない。
ふふ……そうだな。ヒーローとは、そういうものだったな。
決まってんじゃん。けど本当に効果あんの?ただ死ぬだけとかになんの、マジ勘弁なんですけど。
安心するといい。すでにその効力は実証されている。私の身をもってな。
アテナ神との戦いの前に、プロメテウスから奇妙な布を渡されていてな。思えば、あれが神の残滓だったのだろう。
アイスキュロスの危機に、私は祈った。気がつくと力が増し、神器が強化され、結界を張ることができた。
あれは神の残滓を体内に取り入れることで、私の力が増していたのだろう。
そういうことだ。成功したのは君だけだったがね。
おそらく、強い力を持っている神話還りほど〈紋〉を宿す可能性が高いだろう。
君たちの中でまず試みるべきは――
と、その時、ナンバーズ専用の通信が入った。
室内に緊張感が走る、治療中のゼウスⅠとヘパイストスⅪ以外は、室内に揃っていた。
ならば、この通信をかけてきたものは……
”やあ、この通信を使うのも久しぶりだから、ちょっと緊張したよ。
空に浮かぶ怪物は見たよね?もうわかったんじゃないかな。ゼウスに逆らっても無駄だって。
だから、これは最後の忠告だよ。君たちの持つ神器を渡して欲しいな。
これからぼくが本部に向かうから、ちゃんとそろえておいてね。それじゃ。”
ー方的に告げると、ヘルメスは通信を切った。
私がXを迎え撃つ。君たちは〈紋〉を宿す準備を。
いや、君はここに残ってもらいたい。〈紋〉を宿せる可能性がもっとも高いのは、おそらく君だ。
だが、Xと戦えるほど状態が万全な者は、私しかいない。
いいや、もうひとりいるはすだ。
ポセイドン。ヘルメスには君が立ち向かうべきだ。
わ、わたくし?
ネーレイスはー瞬、戸惑いを顔に浮かべたが、納得したようにうなずいた。
そうですわね。ちょうど退屈していましたの。わたくしの力を見せてさしあげますわ。
ネーレイス、私も行くわ!
結構ですわ。神器もない方に来られては、戦いにくいもの。
それじゃ皆様、わたくしの勝利をそこでご覧になっていてくださいまし。ほーほっほっほっ!
ひとりで本部を出たネーレイスはつぶやく。
これでいいんですわ……。わたくしは現ナンバーズで一番の未熟者……。おそらく〈紋〉も宿せませんわ。
でしたら、せめて時間稼ぎをするのがわたくしの役目!
任せてくださいまし!皆様がさらなる力を手に入れるまで、わたくしが神の侵攻を防いでみせますわ!
***
さて、あまり時間はない。早速だが、これを……。
プロメテウスはゴッド・ナンバーズに色取りどりの不思議な布を手渡す。
これが神の残滓?神話還りの体内に、こんなものが入っているとはね。
ですが、これをどうすればよいのでしょう?まさか、食べるのですか?
その必要はない。力を求め、強く握るといい。
……ふむ、なにも起きぬぞ。
純粋に力が足りぬか、あるいはゼウスに操られていた影響か。君たちには無理なようだな。だが……。
ぐぅ!こ、これは……なかなかの……。
布が、でも、W体内に消えて……!全身が……!
9くっ!きっつ~!ちょっ、こんな痛いなんて、聞いてないんですけど!?
ほう、3人も成功するとは。さすがだな。それは成長に伴う痛みだ。耐えてみせたまえ。
3人は内側から弾けるような激痛に耐える、すると、少しずつ痛みは収まっていった。
……なんとか、動ける程度には収まったか。だが、これでなにかが変わったのか?たしかに不思議な力は感じるが……。
〈紋〉が顕れるには多少の時間が必要だ。しばらくはおとなしくしていたまえ。
あの……アレイシアには、神の残滓を渡さないのですか?
エウブレナが眠るアレイシアを見ながら言うと、プロメテウスはかぶり振った。
アレイシアは神話還りではなく、アレスの生まれ変わりだ。おなじやり方は通用しない。
なにより、私はアレスの残滓を持っていない。彼と共にすべて葬った。
そう……ですか……。
いまのアレイシアでは、この先の戦いについていくことはできない。だが、言って止まるアレイシアではない。
眠らせたのは、プロメテウスの優しさなのだ。エウブレナはそう理解した。
しかし、アレイシアの〈紋〉を閉ざすとはな。そのような方法、私も知らぬ。ハデスめ、いかなる手妻を用いたのだ。
あれ?でもプロプロはアレイシアちゃんに、神の力の源を壊されて、力を失ったんじゃなかったっけ?それ〈紋〉のことっしょ?
神の全力を込めたー撃ならば、破壊はできよう。だが、軽く触れるだけで閉ざす術など、私も知らぬ。
……あるいは、アレイシアの〈紋〉は不完全であったか?だから私も生き延びることができた?
ぶつぶっとつぶやくプロメテウスにウィズが口を挟む。
ところで、神の力が強くなるのはいいけど、それでもあの怪物には攻撃が効かないはずにゃ。
攻撃が効かない?なんの話だね?
君はプロメテウスにブリンガーの説明をした。
確かにあの怪物は〈神話に終焉を告げる獣〉に近しい。だが、伝わっていないのか?
その〈神話に終焉を告げる獣〉は、アレスによって倒されているのだぞ?神の力が通じぬはすが……いや?
そうだ。奴には私の攻撃が通じなかった。あらゆる攻撃を弾くゆえに奴は神々にすら恐れられていた。
だが、アレスだけは違った。ゆえにアレスはこの世界に残り、奴と戦う道を選んだのだが……。
………………ふむ。
プロメテウスはしばし思索にふけった後、顔をあげて言った。
この中でのもっとも古参のヒーローはアポロンⅥか。では、君に質問をしよう。
神器とはなんだ?そこに宿る意思を君たちはどう理解している?
story
いまを去ること数十年前。プロメテウスの手により神話還りが生まれてよりほどなく。
オリュンポリスは悪しき心を持つ神話還り――悪党(ヴィラン)の手による犯罪が多発していた。
人間を超えた神話還りの力に、それまでの治安維持機構は対抗できず、街は荒れるばかりであった。
しかし、その事態に立ち上がったのもまた、ひとりの神話還りであった。
正しき心と強い力を持ったその神話還りの男は、自らの身の危険も顧みず悪と戦い、数々の勝利をおさめた。
だが悪の数は限りなく、彼の力をもってしても戦い抜くことは困難であった。
ああ、神のごとき力があれば、人々を守り抜けるものを。
常々そう願っていた男は、ある夜、天より12の流星が降るのを見た。
男はなにかに導かれるようにして、流星の落ちた地を探した、そしてたどり着いた場所には――
12の武具が、静かに彼を待っていた。
それがなんなのかもわからぬまま、男は武具のなかにあった指輪を、己の指にはめる。
瞬間、意思が伝わってきた。
言葉になっていない、だがひどく強い意思その意思は、敢えて言葉にすると、このようなものであった。
正義を為し、そのために、世界を守るのだ力を貸そう。
指輪は男に力を与えたどんな悪にも負けることのない、正義を為す力を。
原初のヒーロー、ゼウスⅠの誕生であった。
武具の発揮する力は、オリュンポス12神をなぞらえるものであった。
ゆえに初代ゼウスⅠは、武具に宿る意思を神のものだと理解し、その武具を神器と名付けた。
これが我々の知る神器のはじまりだ。なぜいま、あらためて説明を求めたのだ?
確かめたかったのだよ。君たちの勘違いをね。
君たちはすっとそう信じていた。私はその勘違いをひどくおかしく思ったものだ。
この世界を捨てた神々が、人間に力を与えるはずなどないというのにj。
暇でもないし、もってまわった言い方、いらないんですけど?ちゃけ、なんなわけ?神器の意思って。
私にもわからぬ。だが、ヒーローと戦ううちに、確信を得たことがある。
神器を作ったのは、オリュンポス最高の鍛冶師、ヘパイストスに違いあるまい。
結局、神じゃん。
だから、わからぬのだ。ヘパイストスはこの世界の現状を知っていたのか?ならばなぜゼウスが動かなかった?
独断で動いた?あのヘパイストスが?だとしたら、人間に神器を与えて、なにをさせようというのだ?
奴らが私を止めようとしていたならば、そんな回りくどいことをするはずがない……。
***
……感じますわ。ヘルメス神がそろそろ来ますのね。
神器〈トライデント〉を手に、ネーレイスは覚悟を決める。
ポセイドンⅡになり、ようやく理解したゴッド・ナンバーズとは、孤独である。
神器の力を全力で解放した戦いに通常のヒーローはついてこれない。その場にいても足をひっぱるばかりだ。
ひとつの部隊を率いるリーダーでありながら、その本気の戦いは、常に孤独となる。
お父様も他の方々も、この重責に耐えてこの街を守ってきましたのね……。
けど、いまはわたくしがポセイドンⅡオリュンポリスは、わたくしが守りますわ!
***
おや?
出迎えは君?Ⅵが来ると思ったんだけどな。
Ⅵ様はご多忙ですの。ぶしつけな来客をお相手できるほど、暇人ではありませんのよ。
強がりかい?父親の七光でナンバーズになった子が、立派なものだね、
お褒めにあずかり光栄ですわ。あなたと違って、父親が立派なもので。
はは、間違いないね。それで、まずは君の神器をくれるのかい?
ええ、よろしくてよ。ただし――
欲しければ、力づくで奪い取ることですわ!
やだなあ、ぼくは騙したり盗んだりするのが専門なんだ、力づくっていうのは趣味じゃないな。
けど、いいよ、いまはちょっと、暴れたい気分だからね!
***
……まだなのか!まだ〈紋〉は宿らぬのか!
落ち着きなって。焦っても無駄だよ?
無理もありません。Ⅱは勝てぬのを承知で、ヘルメス神を足止めしているのです、それを思うと、とうてい落ち着いてなど……
ⅥもⅥもⅨも戦えない以上、Ⅱにがんばってもらうしかないよ残酷な判断だとは思うけどね。
やっぱり、いまからでも私が加勢に!
やめておくが良い。覚悟を決めた者の戦いを止めることは、何人にも許されぬ。
ですが!
……あれ?さっきからなんかおかしいと思ってたんだけど……。
もしかして、ネーレイスちゃんが負けると思ってる?そマ!?
普通に勝っと思うんですけど、あーし。
神の宝物タラリア。それを身に着けたヘルメスは、ー陣の風と化して宙を舞う。
その姿を捉えることはできない。だが……。
姿を捉えずとも、倒すことはできる。
デウカリオン・プリミラ!
なっ!
周囲全てを飲み込む局地的な洪水が、宙を舞うヘルメスを呑み込む。
大波に呑まれ身体の自由を失ったヘルメスに立て続け技を放つ、放つ、放つ。
カリュブディス!カリュブディス!カリュブディス!
駆け引きは得意ではないだから、捉えた機は逃さない全ての力をー気呵成に叩き込む。
トリトン・ケーリュクス!
私がヘルメスの相手に彼女を推薦したのは、残滓を与えて強化することができないからではない。
その必要がないからだ。
娘の才は大海原。それに比べれば自分など水たまりに過ぎない先代ポセイドンの言葉だ。
その言葉に偽りがないことを、この数ヶ月の目覚ましい成長で思い知った。
経験足んないし、素直な性格のせいで駆け引きとかできないから、タイマンならうちらが勝つだろうけど――
逆を言えば、未熟だってわかっててもナンバーズに認められるくらい、パワーがあるってこと。
単純な力の総量ならば、すでに私に匹敵する。強者揃いのポセイドンヒーローが従っているのは実力を認めているからだ。
彼女にその自覚はないようだがな。
はあ……はあ……。
全力を出し尽くした。これ以上はなにもできない。
目の前には、力なく横たわる神の姿があった。
はは……まさか人間なんかに、こうも簡単にやられるとはね。まったくぼくらしいや。
アレスが人間に負けたって神話があるだろう?あれさ、ぼくが広めた大嘘なんだよ。
そのぼくが、まさか人間にね。これは傑作だ。はは、はははは。
ああ、そうか。君たちは知るわけないか、アレスの存在は、ぼくが消したんだものね。
あなた……負ける気でしたわね?アレイシアと戦った時とは、まるで速さが違いましたわ。
どうだろうね。なんだかもう、どうでもよくはあったかな。だって、勝ったところでなにを得られるというんだい?
オリュンポスに帰るんじゃなかったな、やっぱりあの時、眠っておくべきだった、なんでぼくは、こうなんだろうね、はは。
ヘルメスは空を見上げたまま、虚ろに笑うその目にはもう、戦意はない、ネーレイスは安堵の息を吐き、話しかける。
ねえ、ヘルメス様。もしよろしければ、これまで通りに、ヒーローとして――
それで、気づくのが遅れた。神杖ケーリュケイオンが浮かんでいることに。
ケーリュケイオンは生ある者に眠りを与える。
ヘルメスが望めば、たちまちその力は発揮され、周囲すべての生物が、ヘルメスもろとも、覚めることのない眠りに就くことになる。
ぼくは淋しがりなんだ。みんなも一緒に、眠っておくれよ。
Ⅱさんの実力を疑うわけではありません、ですが、類まれなほど素直なお方です。ヘルメス神に翻弄されねば良いのですが……
大丈夫じゃないかな、専門家も向かってるみたいだから。
ストライキング・ケラウノス!
おねんねにはまだ早いぜ、メルクリア、抱っこでベッドに連れていってないだろう?
ユピテリオス!邪魔をしないでよ!神でありながらゼウスを信じられないぼくは、眠るしかないんだ!
だったら、神などやめればいい!
漏れ聞こえるプロメテウスの話から理解した。神にも等しい力を手にすれば、メルクリアを神の身から解放できる。
ならば、迷う必要も悩む必要もない宿せばいい、根源とやらから力を引き出す〈紋〉とやらを。
オレはできる!なぜならオレは、原初のヒーロー、ゼウスⅠの後継者!すなわち、ゼウスⅠだからだ!
さあ、メルクリア!抱っこの時間だ!パントクラトル・ケラウノス!
……いい加減にしてよね。
12神の〈紋〉を砕くなんてさ……。君、ぼくをなんだと思ってるのさ。
ヘルメスに宿る〈紋〉は、砕け散っていた。もはや神の力はその身にない。
決まっている。お前はお前だ、メルクリア。
はあ……育て方まちがったよね。君の師匠も、ぼくも。
まあ、いいよ。もうゼウスのもとには帰りたくても帰れない、ぼくが教育し直してあげるよ、ユッピー。
そいつはいいな、期待しているぞ。
かつて、修行が辛くて泣きじゃくっていたユピテリオスに、メルクリアが手を差し伸べた。
だがいまは、ユピテリオスの差し出した手を、メルクリアが握る。
立場は逆になっていたが、ふたりの顔に浮かんだ笑みは、あの日とおなじものだった。
ちょっと、おふたりとも!笑っていないで、空をご覧になって!
ネーレイスが天を指すその先では――
〈空の果てより来る滅び〉がふたたび輝き、その巨体から小型の怪物が無数に放出されていた。
〈空の果てより来る滅び〉の動きに気づいたエウブレナは、全身を走る鈍い痛みに耐えながら、人造神器を手に取る。
怪物が動き出しました!これ以上、〈紋〉が顕れるのを待っていられません!出ます!
待ちなよ。それ、無駄だろうから。
たとえ無駄に終わるとしても、市民に被害が出るのを看過するわけにはいきません!
そのお気持ちはよくわかります。わかりますが、だからこそ、無駄だと申し上げているのです。
あのふたり、とっくに飛び出してるからね。よいのか?
***
良いのか?まだ本調子ではあるまい。
我は夜空の守護者ぞ。あの怪物を捨て置いては、美しき夜は訪れまい。
同感だ。この街を照らすのは、太陽と月であるべきだろう。
ゆくとしようぞ。この空を汚すことごとくを、地に這わせにな。
空の異形から放たれた小型の怪物が、雲霞のごとく湧き上がり、押し寄せる。
ショット・ザ・ヘリオス!
ホーミング・セレネ!
そのことごとくが、ふたりに近づくこともできずに墜ちていく。
雑魚をいくら倒してもきりがあるまい。すまぬが、撃たせてもらおう。
アルテミスⅥが10の矢を生成し、それを同時に神器につがえる。それはアルテミスⅧ最大の奥義。
堕ちよ怪物!エパブロディトン・フェガロフォト!
放たれた10の矢は、ー度宙で拡散したのち、標的に向けて集束していく。
次の瞬間、空を舞う巨体のおなじ箇所に、寸分たがわず10の矢が次々と直撃する。
――だが、月光のごとく鋭い10の矢は、ひとったりとも刺さることなく、甲殻に弾かれ地に落ちていった。
我が奥義で無傷とは、攻撃が効かぬとは真実であったか。
……Ⅷ。しばらく雑魚の相手を頼めるか?
だれに向かって言っておる。汝こそ、できるのであろうな?
無理なことは口に出来ない性分だ。あの怪物は、私が墜とす。力を溜めるあいだ、敵を頼む。
大きく出たものよ。良かろう。こたびは我が汝の露払いよ!せいぜい感謝するがよい!
***
アルテミスⅧは休むことなく空に向かって矢を放ち、小型の怪物を落としつづける。
だが敵は減るどころか、落とせば落とすほど数を増していく、アルテミスⅧも万全ではない。やがて矢の生成が追いつかなくなってきた。
くっ……数を頼りとは、無粋……。しまった!
落としきれなかった敵が数体、アルテミスⅧを通り抜け、背後のアポロンⅥを襲う。
アポロンⅥは、微動だにしなかった。破けた衣装にかまいもつけず、軽く拳を振るうと、敵を吹き飛ばす。
すまなかったな。Ⅵ。おかげで掴むことができた。これが、神の力か。
神器〈遠矢射る光明神〉を天に向け、神の力で生成された矢をつがえる。
その輝きはこれまで以上にまばゆく、構えるアポロンⅥの肌には、はっきりと〈紋〉が刻まれていた。
神よ、よく見ておくがいい、我が愛する人々に危険をもたらすものは、怪物であれ神であれ、私が許さない。
これはその証だ!アポロン・バスター・トリスメギストス!
放たれたのは、正面から貫き、常と変わらぬ最大のー撃、焦がす、光明の閃光。
だがその巨大さも威力もかつての比ではない。メギストスの3倍にも達する威力の光線が、空を飛ぶ巨体を襲う。
それは全てを弾く甲殻を貫きながら、光の中に包み込み――
閃光と轟音が晴れた時、怪物の姿は跡形もなく消え去っていた。
これが、神にも匹敵する力、か。みだりに使うことは許されぬな。
Ⅷ、無事か?この勝利は君のおかげだ。礼を言おう。
ヤバ……カッコよすぎて死ぬ……。まず顔よすぎない……?あと声と性格も……。
Ⅷ?どうかしたのか?
い、いや、なんでもない。我がサポートしたのだ。これくらいできねば、ヒーロー失格よ。
かもしれぬな。ともあれ、〈紋〉は宿り、怪物は滅した。そして、私の狙いも達せられた。
アポロンⅥは、空のー点を指すそこにあるのは、ゼウスの座す天空の神殿。
それを覆っていた強力な結界は消えていた、いまのアポロンⅥのー撃によって、砕け散ったのだ。
神との決着をつける時だ。