【黒ウィズ】ARES THE VANGUARD RAGNAROK Story6
目次
ARES THE VANGUARD RAGNAROK
~RAGNAROK~
story1 CRY
力が戻るなり、アレイシアは飛び出し、左手の神剣でアテナ神に斬りかかる。
だが盾で防がれる、そこまでは織り込み済み、さらに踏み込み、炎を宿した戦神の槍。
アテナ神は吹き飛び、膝をついた。
いや、そうか。その力は、アレス。お前なのか。
いつもそうだった。お前は父様の心を知らない。父様の苦悩を知らない。いつも父様を苦しめる。
私はただ、父様に……父様が……。
……これは、なに?私の中の……?
その頬に涙を伝わせながら、アテナ神が戸惑いの声をあげる、それを遮るように、どこからか声が響いた。
アテナ神は身をひるがえし、神殿の奥へと姿を消した。
魔法使いさん!行こう!テナッさんのハートは揺れとる!話し合いの余地があるかもしれない!
君はうなずき、神殿の奥へと走り出す。
story2 HADES
ー方、君たちと別れた後エウブレナたちは――
零とは無であり、同時に無限を意味する。我らの常識で彼女は測れんよ。
ふふ……あの頃はよく、弟が心配だという愚痴を聞いたものだったね。懐かしいなあ。
私の憧れだったパパは……嘘だったの?
僕自身、あの頃は自分が神だなんて、思いもしなかったんだ。神としての記憶なんてなかったからね。
ただのひとりの人間としてあの街で育ち、ひとりの人間としてヒーローを志し、ひとりの人間として友と家族を愛したんだ。
自分が神だと思いだしたのは、死んでからだよ。封じられていた記憶が甦ってね。
なにより、人間を知るためには、人間として生きるのが一番だからね。
人間として生きた私は、人間の弱さを知った。人間の恐怖を知った。
おかげで、ほら?わずかー日でオリュンポリスは壊滅寸前だ。
君たちのおかげで、とても楽しい夢だった。けれども、私はもう覚めてしまったからね。
父としての時間も友としての時間も終わった。いまは神として、君たちを出迎えてあげるよ。さあ、おいで。
ゴッド・ナンバーズのひとり、ハデスⅣとして、貴方を止めて見せます!
***
放たれたのはアポロンⅥが得手とする光条だが以前の数倍にも威力は増している。
ハデスは神器〈見えざる神の二叉槍〉を回して、その光条をやすやすと防ぐ。
放たれた10の熱線が螺旋を描き、ハデス神のもとへと集束する。
喚び出された冥府の川水がそれをも防ぐ。
ハデス神が、消滅する。
アポロンⅥは己の目を疑った。ー瞬たりとも視線を外していない、なのに消えたのだ。
ハデスの隠し兜。姿も気配も完全に消滅させる神の宝物、その価値はゼウスの雷露に匹敵するという。
戦いの最中に敵を見失うということ。それは命をさらけ出すに等しいからだ。
アポロンⅥの背後に突如として檻があらわれ、壁に縫い付けるようにして動きを封じた。
依然として、ハデス神の姿は見えない、だが――
見えないはずの敵に、エウブレナの番犬が飛びかかる。
ケルベロスの爪が、冥府の主に襲い掛かる。だが、神は優雅に笑った。
飛びかかる番犬を、ハデス神の片手が撫でる。するとそれは吸い込まれるように消え――
ふたたび手を振ると、先の倍する巨犬となり、エウブレナに襲いかかってきた。
床を転がり、危ういところでなんとかそれを避ける。
〈紋〉よりもたらされる神の力を用い、エウブレナは次から次へと技を繰り出す。
だがそのいずれも、ハデス神に吸い取られ、倍する力でもって返されるだけだ。
エウブレナは次第に追い詰められていき、ついに背後は壁のみとなった。
ケルベロス!オルトロス!サーベラス!罪人を法廷に引き立てよ!
それは必殺技への前奏曲。同時にあらわれた3頭の獣が、異なる方向からハデス神へと襲いかかる。
それすらもまた神の手に吸い寄せられ、3頭が同時に返ってくる。
エウブレナの狙い通りに。
救世主の力をその身に宿したエウブレナは、両手を広げ、喰らいついてくる地獄の番犬どもを受け止める。そして――
番犬が消滅する、そしてそこに立っていたのは。
神の放った力をその身に吸収した、恐るべき戦士の姿だった。
逆に力を吸い取ることだっててきるはず。そう思ったのだけど、正解だったみたいね。
長い戦いだった、おなじ力を源とする戦いを制したのは――
半神の娘だった。
さあ、私の〈紋〉を砕くなり、殺すなり、好きにするといいよ。なに、父殺しは神話の定番だからね。気に病むことはない。
見届けたアポロンⅥがふたりに近づく。檻はとうに破壊していたのだ。
神々の王を解放するため、君たちヒーローの力を利用したいのさ。
story3 HEROES
神殿の戦いが佳境を迎えるころ、地上の戦いも混迷を極めていた。
ー射百中、アルテミスⅥⅡの放った矢が、次から次へと小型怪物を射ち落とす。
だがそれすらも焼け石に水というように怪物は雲霞のごとく湧き上がる。
そうしている間にも、地と海の双方から2体のブリンガーの巨体がオリュンポリスを蹊潤せんと迫りくる。
だれもが絶望に負けそうになったその時――
原初の希望が立ち上がる。
それは人々を守るために立ち上がった、はじまりのヒーロー。
ゴッド・ナンバーズの結成前、人々はかのふたりを神のように敬い、こう呼んだ。
話しながらも、次から次へと敵を撃つ、その力は、現役のヒーローと比べても、なんら遜色がない。
その勇姿が人々を勇気づけ、ヒーローたちを勢いづける。
しかもあのふたりが力を合わせる場合、1足す1は2じゃなくて10、つまり、100倍だ。手がつけられないな。
***
きゃあ!
アイスキュロス!
それに、ネルヴァをひとりで戦わせる方が、よっぽど心臓に悪いからね。老体に鞭打つとするよ。
英雄庁本部では、ヘラⅢが各部隊にいる部下とテレパシーで連絡を取り、全部隊を手足のように動かしていた。
目的は、操られたヒーローたちの誘導である。
オリュンポリスの各地には、大小様々な3Dプリンターが設置されている。
その全てに、特殊回線〈アリオン〉を利用して、膨大な量のデータが既に転送されており、想定される相手に合わせた兵器が製造される。
デメテルVは英雄庁に所属する全てのヒーローのデータを熟知している、全てである。
現在操られているヒーローたちへの対策も熟知しており、一人ひとりに合わせて、有効な兵器を製造した。
〈システム・エリニュス〉が発動した瞬間、それらを含めたオリュンポリスの全兵器が、デメテルVの思うままにコントロールされる。
どんなヒーローも、口を揃えて言う、一番敵に回したくないのは、デメテルVだと。
ただ――ちょっとだけ、痛いかもしれませんね。
もっとも弱く、もっとも優しく。もっとも恐ろしいナンバーズ。
それがーデメテルVなのである。
***
〈海の底より来る滅び(オーシャン エンド ブリンガー)〉を迎え撃つため、港湾で待機していたネーレイスは、街からあがる歓声に笑みを浮かべる。
けれども、いまはわたくしがポセイドンⅡ。ナンバーズとしての責務は、果たしてご覧に入れますわ!
水平線が揺らぐ女海中に潜っていたブリンガーが、海上に姿をあらわしたのだ、ただそれだけで、津波が発生し、オリュンポリスを飲み込まんと襲いかかる。
波を起こすのは、わたくしも得意ですもの!デウカリオン・プリミラ!
ネーレイスの放った波濤が、向かい来る波濤とぶつかり、海上で砕け散る。
その先に見える怪物の巨体を見据えながら、ネーレスはつぶやいた。
けど、いまからわたくしが真のあなたを引きずり出してみせますわ。よろしいですわね、〈トライデント〉。いいえ――
〈海統べる王の三又槍(エノシカイオス・ドライデント)〉!
神器が輝く。先代の時よりも、さらに激しく。
神の力が海獣を形作る。それはポセイドンの戦車を牽くもの、ヒッポカンポス。
その幻獣の背にまたがり、ネーレイスは出陣する。進む先には世界すら破壊しかねない怪物がいる。だがネーレイスは恐れない。
ポセイドンは気性の激しい神である。カシオペア、ラオメドン、オデュッセイア――海王の怒りに触れ罰をくだされた者は多い。
その激怒が、顕れし〈紋〉によって、余すことなくネーレイスの力と化す。
それを壊そうとするあなたにブチギレですのよ!
〈海の底より来る滅び〉の巨体が海面を打ち、ふたたび津波を起こす。
ヒッポカンポスは加速し、それを正面からぶち破り、なおも加速。
神器の先端に、海の力の全てをこめて、怪物の巨体めがけ突き進む。
***
通信から流れてくるヒーローたちの連携を、聞くともなしに聞きながら、アフロディテⅨはつぶやく。
英雄庁の発足以来の天才って言われてたⅥちゃんは、まあいーよ?大先輩だしさ。
ずっと行方不明扱いなのに、みんなして最強だって信じてるⅫとか、なんかするいじゃん?
急にあらわれたアレイシアちゃんは、ウルトラキュートでみんなの気持ちを持ってっちゃうし。
癒やし枠かなあ、って思ってたブレナっちもあの真面目さのまま、どんどん強くなるじゃん?
で、トドメは小動物系だと思ってたネーレイスちゃんが、地力で〈紋〉を宿しちゃってさ。天才かよ。
あーしなんてさー、全部努力よ、努力。みんなに比べりゃ才能なんてゼロ。ちゃけ、やってらんないっしょー。
……でもま、あーしはアフロディテⅨだからさ。嫉妬みたいな醜い感情、ありえねーし。
アフロディテⅨは笑みを浮かべ、顔をあげる。
目の前には、倒すべき敵、〈地平の彼方より来る滅び〉の巨体が迫っていた。
いくよ、〈死と美を飾る宝帯〉ちゃん!
真の力を引き出した己が神器に呼びかけると、その身に〈紋〉が浮かび上がる。
構えるのは愛用のレイピア。そびえ立つ巨体に対するには、あまりにもか細い。
だが、それでいい。それがいい。このレイピアは、手強い現実に立ち向かう、脆弱な自分そのもの。
それを鍛え、磨き、研ぎ澄まし、不可能を穿つ刃とする。それが自らに課したヒーローの道。
たとえ滅びの運命が相手でも、この刃だけは貢いてみせる。それがアフロディテⅨなのだから。
***
あん?おい、奥の部屋にだれかいるか?
……おい、おいおいおいおい!
テメエ、いい加減にしやがれよ!このクソッタレが!!
story4 ZEUS
君たちは、ついに神殿の最奥にたどりついていた。
そして、異界よりあらわれし魔法使いとやらか。ただ穏やかに生きたい私の前に、なぜこうも邪魔者ばかりがあらわれるのだろうね。
あまねく異界の所有者は私なのだ。他の神々も、遠からず私を主と仰ぐ。なにをしようと当然の権利なのだよ?
幼い子に言い聞かせるように、少し困った顔すらしながら、ゼウスは優しくそう言った。
アテナ。私も手伝ってあげよう。早々に片付けるとしようか。
***
強い。
ただただ強い。
小細工もなにもない。ゼウス神の雷霊は、まるで無限の魔力をもって放たれる魔法のように、凄まじい威力を持っていた。
我がケラウノスに、討てぬものはない。
雷霆の隙間を縫うアレイシアの槍突撃、だがそれは届かない。
防御に専念したアテナ神が、あらゆる攻撃を完璧にガードする、君の魔法も吸い寄せられるように防がれる。
圧倒的な攻撃力を持った後衛を、完璧な防御力を持った前衛が守る。
あまりにも基本といえば基本の陣形、しかし双方が卓越した力を持つ時、その基本は無敵と化す。
対するこちらは、攻撃特化のアレイシアを、君が後ろからサポートする形だが、彼女の奔放な動きに合わせきれていない。
結果、少しずつ押されていき、ついには――
ケラウノスがアレイシアを狙う、盾代わりにしていたザグレウスを失ったアレイシアは、前転して身をかわす。
結果、君とアレイシアの距離が離れる、しまった、と思った時には遅かった。
アテナ神が回り込んでアレイシアを囲み、君とアレイシアは分断されてしまった。
君はすかさす攻撃魔法のカードに持ち替えて、アテナを攻撃しようとする。だが、それを神は待ってはくれない。
アレイシアに向け、雷霆がほとばしる、同時に背後から、アテナの剣。君にはなにもできない。あるのは絶望だけ。
だがそんな瞬間にすら。
ヒーローは来る。ヒーローは来るのだ。
彗星のごとき蹴りで、雷霊を切り裂き。突き立つ神剣ザグレウスを、抜き放ち。アレイシアと背中合わせに構えながら。
道理も摂理も常識も打ち砕き。〝最強〟のヒーローは現れる。
だが私は全宇宙の王にして全異界を統べる者。天空神ゼウスである。愚かなる人間よ。我が威に……。
…………
……
気がつくと、見知らぬ場所にいた。
ヴァッカリオははじめ戸惑い、目の前に流れる大河を見て、理解した。
これはステュクス生者の世界と死者の世界を峻別する河だ。
つまり、自分はいま、冥府へ落ちようとしているのだ、と。
後悔はなかった。ティタノマキア事変の時からずっと、己の死は受け入れていた。
ディオニソスの神話還りで幸いだった、朽ちていく肉体の激痛を、酒を飲むことで誤魔化すことができたから。
おかげで、次代を託せるヒーローと出会い、プロメトリックの悲しみを止めることができた。
神々との戦いがどうなるかは気になるが、信頼のできる者たちがたくさんいる、後は信じるだけだ。
……とはいえ、まさか最期が、失ったはずの友の手によるものとなるとは、想像もしていなかったが。
そう思い、苦笑を浮かべた時、気づいた。
河の手前で、その友が笑いながら立っていることに。
声を上げかけると、友は唇の前で人差し指を立て、いたずらに笑った。
そしてヴァッカリオの背後を指す。はるか遠くに、光が見えた。
クリュメノスは周囲の死者にも手を振る。神々との戦いで犠牲となった、オリュンポリスの市民やヒーローたちだ。
ヴァッカリオはそれでなんとなく理解し、彼方の光へと向けて歩きだす。
背後から、複数の足音が彼の後をついてくるのが聞こえた、だが、ヴァッカリオは振り向かない。
神話の時代、オルペウスという詩人が、死んだ妻を求めて冥界へ下りた。
オルペウスは冥府の神ハデスより、妻を生者の世界に連れ戻すことを許可される。
ただし、冥府を出るまで、なにがあっても振り向いてはならない、という条件が出された。
オルペウスはあとー歩のところで振り向いてしまい妻を永遠に失うこととなった。
だから、ヴァッカリオは振り返らない彼方の光へ向かって、ただ歩く。
友の考えていることはわからない、なぜ彼を殺し、そして戻そうとしているのか。だが、信じることはできた。
どれほどの時が流れたろうか。やがてヴァッカリオは光に包まれ、なおも歩き――
目をひらくと、ヴァンガードベースのー室にいた。
身体が軽かった。絶えず全身を蝕んでいた激痛もない。まるで肉体が生まれ変わったようだった。
理由はわからない。だが、立ち上がれる以上、彼のやることは決まっていた。
テメエ、いい加減にしやがれよ!このクソッタレが!!
***
ゾエルたちに状況を聞き、理解する、ゆくべき場所はひとつ、神の待つ、天空の神殿だ。
戦い続ける運命がそれを許す限り。
そして――
ディオニソスⅫの刃が雷霆を斬り裂き、アレス零の槍突撃が守護女神を吹き飛ばす。
その瞬間、至高なる神は無防備となった。
合図は必要なかった、視線も、互いに前だけを見ていた。それでも、彼らの呼吸はひとつに重なる。
明日の先へ、未来の先へ神の定めた運命の先へ。
***
そう言って、ヴァッカリオは、膝をついたアテナ神の目を覆う黒い布をさした。
アンタは俺たちに負けたんじゃない。おなじ神々すら信じることのできない、己の心の弱さに負けたんだ。
喰われた兄弟たちを救うため、私は父クロノスに勝たねばならなかった!
そのためにたどりついたこの〝終焉〟の力で、私はティタノマキアを制し、オリュンポスの栄華を築いたのだ!
私だ!全て私がやったのだ!私は、消えるわけにはいかない!私は私として私でなければならぬ!
だが聞こえるのだ!心臓の鼓動が!私を呼び、取り込もうとする、ラグナロクの声が!
それにあらがい、なにが悪いか!消えろというのか、このゼウスに!
それとも、捨てろとでもいうのか!?この〝終焉〟の力を!できるわけがない!
ならば、私は私のまま、ラグナロクを超える!そうすれば、私は私でいられる!なぜわからないのだ!
気がつくとアテナが立ち上がっており、なにか強い力にあらがうように、震える手を少しずつあげる。
そしてその手で己の目を覆う布に触れると――強引に引き剥がした。
私はずっと父様を理解していませんでした。なぜ己の子であるアレスを、あんなにも憎み、恐れていたのかも。
ですが、私たちはアレスの言葉に耳を傾けるべきだったのです。
「一人で泣いてんじゃねえ!!」
ゼウスの掌中に、禍々しい光を放つ珠があらわれる。
先に回収した〈空の果てより来る滅び(スカイ エンド ブリンガー)〉の力の源である。
ゼウスはそれを、己の中に吸収する。
私はこの〝終焉〟の力で、ラグナロクを超える存在になるのだ!
傷つき、動けないアテナに向かって、雷霆が放たれる。
ヴァッカリオがすかさすアテナ神の身体を抱き上げ、片手で雷霆を斬り裂いた。
こうして、その場にはアレイシアとゼウス、そして君が残る。
だが、ゼウスの狂った視線は、ただアレイシアのみを見つめていた。
いいだろう!今こそ、我が終焉の力の全て貴様に見せてやろう!
story5 PANDORA
ハデス神は、エウブレナとアポロンⅥにその真意を語りはじめる。
ゆえにその力の本質は〈楔〉でありながら、その性質において我々の力の影響を受けている。
ゼウスに秘密裏でこれを作ったのが、アテナとヘパイストスだ。彼らはこれを、君たちヒーローに与えた。
神の力を操りながら人であるもの、ブリンガーを倒すのに必要なのは、そんな矛盾した存在でなければならなかった。
ゆえに、ヒーローが必要だった神器に認められる、その力を引き出す、ゴッド・ナンバーズが必要だったのだ。
ゼウスにバレないように、回りくどいやり方をしたけどね。
自らの記憶を消し、人間としてこの異界で過ごしたのも、そのためだ。
ヒーローが神々の運命を託すに足る存在か、己の目で見極めるために、ハデスは人間としてー生を過ごした。
そしてそのー生が、人として出会った友たちが、ハデスの心を決めたのだ。
なにせー度死ななきゃ治らない状態だったからね。死んでもらって、肉体を創り変えた。そして冥府にある魂を新たな肉体に戻した。
ヴァッカリオとの戦いの時、ハデスが行ったのは、攻撃ではなく、再誕のための手順だったのだ。
おそらく、ゼウスの中のブリンガーを倒せるのは、彼女だからね。
ブリンガーと融合する時、ゼウスはそのブリンガーを封じていた〈楔〉を手に入れた。
ゼウスはその扱いに苦慮した、ブリンガーとなった自分を殺せる武器だからだ。
悩みに悩んだゼウスは、〈楔〉を最も安全な場所――自分の体内へとしまった。不滅の自分の体内に封じたのだ。
だが、誤算があった。ヘラとの間に生まれた子が、その〈楔〉の化身となっていたのだ。
神でありながら〈楔〉でもあるその奇跡の子をゼウスは疎んだ。ブリンガーとなったゼウスを殺すことができる唯ーの存在だからだ。
その子の名は、戦神アレス。
そしてその力は、生まれ変わりであるアレイシアヘと受け継がれていた。
だが、エウブレナは思い出す。はじめて変身した時、アレイシアが叫んでいた言葉を。
「いい加減、起きたらんかい神器!」
あの時は、髪飾りが神器だと思っていた。だがそうではなかった。あれは、己への叱咤だったのだ。
と、その時、神殿の周辺に異変が起きた。
それはすなわち、ハデスの最終目的である決戦の始まりを意味していた。
story6 LORD
あらゆる異界に滅びをもたらす最強の〈龍帝〉――其は終焉の起源なり(ロード・オブ・ラグナロク)。
敗れてその身を108に砕かれ、パラパラの異界に封じられてもなお、そのかけらは意思を持っていた。
いつの日か、全てのかけらが融合し、いまー度、〈龍帝〉として復活せん。
〈終焉のかけら〉は、〈楔〉によって封じられている長い年月、ただその意思だけを持ちつづけた。
もっとも重要なパーツは心臓である封印を解かれたブリンガーは、心臓のある異界を求め、さまよう。
〈世界に終焉を告げる神〉と〈神話に終焉を告げる獣〉は、そうしたブリンガーを束ねる存在だった。
ふたつのかけらがひとつとなる時、それまでの世界と神話が終わり、終焉の復活がはじまるはずであった。
だが、〈世界に終焉を告げる神(ゼウス)〉は〈神話に終焉を告げる獣(テュポーン)〉があらわれた時、出会うことを恐れ、異界へ逃げた。
終焉の核たる心臓との融合それは己という自我を失うことである。
神々の王たる己が失われる。そんなことが、許されていいわけがない。
だからゼウスは逃げた。そしてかの者のいる、元の異界を忌避した。
だが、テュポーンがいつ新たなオリュンポスに攻めてくるかわからない、どうすればよいのか?
テュポーンが残ったアレスによって倒されたことを知らないゼウスは、苦悩しつづけた。
そして結論を出した。
自我を保ったまま、他のブリンガーを吸収し、己が〈龍帝〉に代わる存在になれば良い、と。
対の存在であるテュポーンか、核となる心臓と融合さえしなければ、ゼウスの自我は保たれる。
ゼウスはあらゆる神と半神を異界に派遣し、かけらの封印たる〈楔〉を探させた、時間はかかったが、成果はあった。
テュポーンから逃げて数千年、ついにゼウスは11の封印を解くことに成功した。
己が巨大なる存在の、ほんのー部にしか過ぎぬということなど、認められない、新たな〈龍帝〉として君臨する。
それがゼウスの望みであった。
神殿の周囲に、異界の歪みがあらわれる。そこからあらわれたのは、禍々しい光を放つ8つの珠。
それらは神殿の最奥、玉座の間に向けて飛翔する。
そしてナンバーズによって倒された〈海の底より来る滅び〉と〈地平の彼方より来る滅び〉。
その巨体もまた消滅し、光の珠となって神殿を目指す。
すべての禍々しい光が、ゼウスに吸い込まれていき、そして――
終焉はその姿をあらわした。
それはかの〈大敵〉の力の何割かを手に入れたもの、いうならば〈龍帝ゼウス〉。
〈龍帝ゼウス〉の成した結界はまたたく間に広がり、もはや君たちは逃げることもできない。
だがアレイシアはその暴威に怯むことなく、毅然と顔をあげ、告げる。
強くて、偉くて、だれかに「助けて」なんて言えなかった、あなたは玉座で、ずっと一人だったんだ。
けどね、ゼウスさん……
ひとりで泣いてちゃ、いかんでしょうがぁぁぁぁぁぁ!
それは彼女を突き動かす原初の衝動。ヴィランであろうが神王であろうが関係ない。
どこかでだれかが泣くかぎり、ヒーロー(アレイシア)は駆けつけるのだ。
全てを滅ぼす異形の龍と化した神に、アレイシアは正面から向き合い、告げる。
***
身体が動かないアレイシアの身体は完全に拘束されていた。
〈龍帝ゼウス〉の力は圧倒的だった。
かつて〈神話に終焉を告げる獣〉を倒した戦神アレスの力を、いまのアレイシアは完全に引き出している。
にりにもかかわらず、アレイシアの攻撃を受け、微動だにしない。
無理もない〈龍帝ゼウス〉は、〈終焉のかけら〉が12合わさった存在。
たとえ〈楔〉の力を持とうとも、アレイシアひとりでは、傷をつけることすらできないのだ。
だが――
この世界に残った希望はひとつではない!
***
<神器を通し、ヒーローたちの力がアレスちゃんに送られてくる!>
<ヒーローたちの力が、アレスちゃんに立ち上がる力を与えた!>
<ヒーローたちの力が、アレスちゃんの勇気を奮い立たせた!>
<アレスちゃんに最後の魔力を注き込め!>
****
私はハデスⅣ。以前の名はハデスD962。前ジャスティス・カーニバルの優勝者です。
みなさん、空を見上げてください。いま、あそこで私の大切な仲間が戦っています。
彼女はいつだって戦っていました。傷ついた仲間のために。力なき市民のために、そして、道を誤った悪のために。
いつだって全力で、正面から、前に向かって。その姿は、私たちに伝えてくれました。
「あなたはひとりじゃない!」彼女の生き方は、いつだって叫んでいました、そうやって、勇気をくれました。
だから……私も伝えたい!あなたはひとりじゃないと、戦う彼女に伝えたい!
もしかしたら、なんの意味もないかもしれない、けれど……。
全ヒーローに告げます!カーニバル優勝特典である、ルールの追加を行います!
いま、この瞬間、空を見上げ、私と共に、呼んでください。
「アレスちゃん」と!
***
だが、やるからには全力だ、いくぞ!アレスちゃん!アレスちゃん!
「「「「「「アレスちゃん!アレスちゃん!アレスちゃん!アレスちゃん!」」」」」」
ナンバーズの声が、全ヒーローの声が、見上げる市民たちの声が、夜空に響く。アレイシアに届く。
こんな究極のパワーをもらっちゃったら!ボクの力もアルティメットだ!うおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!
みんなの力で!みんなを守る!ボクが、アルティメット・アレスちゃんだ!!
***
「「「「「「ヒーローは!」」」」」」
***
常にふたつの滅びが、ゼウスを脅かしていた。
心臓に飲み込まれ、己を失うという恐怖〈襖〉の力によって、討たれるという恐怖。
本来は神にも魔にも討たれることのない不滅の〈終焉のかけら〉であるがゆえに、その恐怖は日に日に増していった。
多くの神や人と交わり子を為したのも、オリュンポスの秩序を乱す内外の敵を容赦なく滅ぼしたのも、その恐れゆえだ。
だれもがゼウスを恐れた。だれもがゼウスに従った。ただひとりの息子を除いては。
戦神アレス〈楔〉の力をその身に宿し生まれた彼の滅び。
かつて地母神ガイアは予言した、「ゼウスとメーティスとの間に生まれた男神は、ゼウスを脅かす存在となるであろう」
予言の成就をおそれたゼウスは、メーティスを飲み込み、事なきを得た。そのはずだった。
にもかかわらず、ヘラとのあいだに、彼の滅びは生まれ、そして常にその正しさで、彼を脅かしつづけた。
ゆえに疎んだ。ゆえに貶めた。だがアレスは意に介する様子もなく、信じるもののために戦い、友と笑った。
その果てに、テュポーンを避け、異界へと逃げることを決めたゼウスに、アレスはこう叫んだ。
「ひとりで泣いてんじゃねえ!」
なじるのでもなく、そしるのでもなく、己の苦しみを内に秘め語らぬ父に、ただ怒った。
アレスは残り、テュポーンと戦う道を選んだ無論、この異界の人間たちのためだろう。だが、あるいは――
彼を疎み、乏め、見捨てた父を救う。そんな愚か過ぎる想いすらも、あの息子は抱いて戦ったのかもしれない。
――そんなことを。
己の身を穿つ熱い刃を受けながら、ゼウスは思い出していた――
…………
……
戦いは終わった。終焉の力は打ち砕かれた。
降り立ったアレイシアに、エウブレナとヴァッカリオが駆け寄る。
地には意識を失ったゼウスが倒れている。そこにはもう、プリンガーの力はない。
二柱の神が、そのかたわらに降り立った。
神々はオリュンポスを去った。私はもう、全てを失っているのだ。
思えば、力を求め、封じられしブリンガーと融合などしたのが過ちだった。はじめの選択を誤っていたのだな。
確かにもっとやりようはあったかもしれんじゃけんど、ゼウッさんがみんなのために選んだ道じゃ!
自分のHEARTを自分が否定したら、あかんでしょうが!
わかった、元の異界に戻り、お主の言葉、ひとりで噛みしめるとしよう。孤独の時間は長いだろうしな。
父様が解放されたと知れば、アポロンやポセイドンも戻ってきましょう。
人間よ、我々はもうこの世界の神ではない、お前たちは自由だ。我らは忘れ、好きにするが良い。
神の言葉に、3人は目を見交わすと、はっきりと応えた。
もういい。好きにせよ。アテナ、ハデス、帰るぞ。
異界の歪みをひらき、神が消えていく。それを見ている君の視界もまた、白い光に包まれていた。
遠慮なく呼ぶよ、と約束し、君は片手を軽くあげる。
3人の手が、立て続けにそれを打つ。
「またね!」「またね!」「またな!」
うん、またね、と応えながら、君の姿は光の中へと消えていった。