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【黒ウィズ】Abyss Code 06

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story 劫末を兆す怪物



『かはぁぁぁあああぁあ……。』


廃墟のなかで、怪物は大きく吐息した。

吐き出される息吹は重く、暗く、たれ込める闇そのもののように、その場の気を深く沈みこませてゆく。

怪物――としか言いようのない姿だ。秩序という秩序、調和という調和から外れた異形。〝背徳〟と〝冒涜〟の化身であるかのような。


吐き出される息吹は重く、暗く、たれ込める闇そのもののように、その場の気を深く沈みこませてゆく。

つい先ほどまで、そこは神殿だった。人に祝福をもたらす大いなる神々がおわします、至高の聖域だった。

が、今は空虚な廃墟に過ぎぬ。

主なる神々も、それを讃える神殿も、何もかも、無惨に打ち砕かれている。

怪物――イェルセルの手によって。


『これデ……〝神〟ハ潰え夕……。

世ハ、人の手二戻っ夕……。わたシの役目モ、これデ終わル……。』


人ならざる口が、人の言葉を吐き出した。


当然だ――〝彼女〟はかつて人だった。

だが、魔道科学の極みたる〝神話手術〟で自らに〝神を殺す怪物の運命〟を移植し、戦い続けてきた。

〝神〟――すなわち、〝神話手術。で〝大いなる神々の運命〟を移植された者たちと。

人類を導くために〝神化〟したはずの彼らが、人類を支配せんとしたために――


(なぜ、彼らが暴走してしまったのか……。今なら、わかる。怪物となった、今なら……

変わらない心などない。ただでさえ、人の心は不確かでうつろいやすい

存在そのものが変貌してしまえば、心など、原形を留めようはずもない

神となった彼らの心は人のそれではなくなった。人を支配するのが当然という、神の心に変化した……

私の心が、怪物になりつつあるように――)


怪物になれば、心まで怪物になっていく。

そうなるだろうと、わかってはいた。だが、それでも、ならねばならなかった。

〝恐るべき怪物が神を殺し、神々の時代は終わる。そして、人々の間から英雄が現れ、その怪物を殺して、人の世が来る――〟

それが、この世界の神話だった。その運命を利用せねば――怪物にならねば、神を滅ぼすことはできなかった。


(神は潰えた。役目は終わった……。あとは、私が消えるだけ……)


だが、消えようと思って消えられるものではない。彼女の自我は失われつつある。すぐにただの怪物として人を襲い始めるだろう。

わかっていた。そうなることも。だから、怪物となる前に、すべての準備をすませていた。


(あの子に託した、英雄の〝運命〟……。あの子がきっと私を倒してくれる……)


人々の間から現れた英雄が怪物を倒す。そうして初めて、神話は終わりを見るのだから。


(そして……新しい世界で、あの子が幸せになってくれればいい)

こんな戦いのことなど忘れて……。人としての幸せを手に入れてくれればいい。)


託すしかなかった。英雄の〝運命〟を。

神話では、怪物を倒す英雄は、怪物の血を引く子であると語られていたから。


だけど、自分さえ倒れれば、あの子は自由だ。自由な未来へ、はばたいていける……。


(〝あの子〟……〝あの子〟か……

もう、あの子の名前も思い出せないのね……私は……)


とても、大切な存在だった気がする。

遠い遠い思い出の彼方で――とてもあたたかく、幸せな日々を送っていた気がする。

〝気がする。だけだ。もう思い出せない。それが、どんな日々であったのかは。

ただ、ひとつだけ。


 (あの子と食べた、スープの味……。それだけは、覚えている……ずっと……

スープ……あの子が好きだったから……笑顔でいてほしくて……私は……

私は……

……わたし……?)


獣は、怪冴そうに首をかしげた。


〝わたし〟とは、なんであったか。

考えたのは、ほんの一瞬だった。すぐに、そんな疑問を持ったことさえ忘れ、ふらふらと歩き出す。


匂いがする。いい匂い。獲物の匂いだ。たまらなくうれしい気分になる。本能的な喜びが、心身に満ちていた。

どんなふうに獲物を狩ろうか考えながら、獣は、ぺろりと舌なめずりをした。


喰らい尽くした神の血肉――その味わいを愉しんだ。









劫初を萌す英雄



雨が。

降っている。音高く。砕け、荒れ果てた大地を盧げるように。

そのなかを、少女は進む。

決然と。粛々と。無惨に半壊した神殿への道のりを進んでいる。


(あそこに、いるはず。あの怪物……。すべての神を薙ぎ散らした怪物が)

討たねばならない……わたしが。英雄として……)


杖の柄を、強く握り――自らの使命を、改めて心に刻む。


(あの怪物を倒せるのは、”英雄”だけなのだから……)


長い時を経て、革新に革新を重ねてきた魔道科学――人はついに、その極みと呼べる階梯(かいてい)に達した。学問・芸術などを学ぶ段階。また、物事の発展の過程。

それでも人は、飽くなき革新を求めた。

”人”の上位なる存在――”神”の領域に達することを欲し、努力を続けた。


(その結果が、神話の解明と、運命の解析……。”神話の神々の運命”を移植する、”神話手術”の確立……

人は、ついに神となるすべを手にした。

誰もが人類の進化を疑わなかった。神となった者たちが、人類の支配を宣言するまで……)


人の身では、神には勝てない――という摂理、”運命”そのものを移植された相手だ。どんな手段を以ってしても叶いはしない。


(だから――母さんは、あの怪物を造った。)


母、レスリー。魔道科学の第一人者であり、”神話手術”にも携わった、賢者のなかの賢者。

神話において神々は怪物に滅ぼされる”運命”が話られている。だから、神を滅ぼすために、その”運命”を移植した怪物を生み出した。


果たして、神は滅びた。怪物との壮絶極まる戦い――まさに神話的な天変地異の闘争の果てに。

レスリーを初めとする多くの人々や、世界の地表のほとんどを巻き添えに滅ぼして。


(神が滅んだ今……あの怪物はあってはならない。ただ人に害なすだけだ。

だからこそ、母さんは、わたしに託した。怪物を倒し、人々を救う、英雄の”運命”を――

わたしが、討つんだ。あの怪物を。母さんの願いを果たすために……)


人の未来。人の平和。人の幸福。人の自由。

そのために魔道科学の発展に寄与することこそが、母の抱く志だった。ミルドレッドはそんな母の背を見て育った。

母の誇り。母の願い。母の償い。母の想い。そのすべてが誇らしかった。愛し、あこがれ、受け継がねばと心を燃やした。


(だから……わたしがやる……!!)


英雄が怪物を討つ。そうして初めて、神話が終わる。滅びかけた人の世が、新たに始まる。


(ただ……)


一度だけ、怪物の姿を目の当たりにした。

神々を襲う怪物――あまりに醜悪で、あまりにおぞましく、あまりに凶暴で、あまりに残盧な獣。


(だけど、確かに”決意”があった。)


神と戦う瞳には、気高い誇りの光があった。ミルドレッドにはそれがわかった――同じく、確かな決意を宿す者として。


(ひょっとしたら、あの怪物も、わたしと同しで、”神話手術”を受けた人間なのかもしれない。

だとしたら――救わなければ。まだ、人の心があるのなら……人に戻さなくては。

それが、”英雄”の役目だ。人を救い、人の未来を拓くことこそが……

そのためには、より”英雄”に近づかなければならない。わたしという”個”を消してでも)


身に宿る英雄の”運命”を完全に受け入れ、”人を助ける英雄”そのものへと変質する。

それは、”ミルドレッド”ではなくなるということだ。


(それでも……やるんだ。

すべてを捨ててでも、すべてを守る。やるんだ。母さんが、そうしたように……!)


神殿が見えてきた。おそらくそこが決戦の地となるだろう。


同時に、”ミルドレッド”の終わりの地ともなる。

その未来を受け入れるために、少女は進む。


ふと、口のなかに、何かが広がった気がした。


帰りの遅かった母とよくいっしょに食べた、お手製のスープの昧――

すぐに、それも思い出さなくなるだろう。

英雄には、不要な昧だ。


ただ、せめてしばらくは、思い出した味を噛み締めていたかった。


”ミルドレッド”が、消えるまで。









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