抹茶・エピソード
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抹茶のエピソード
桜の島では珍しく、人間側にも食霊側にもつかない、中立の立場の食霊。規則を重んじている。亡き友人の願いにより、彼のために探偵事務所を経営している。桜の島がとても好きなため、この地が安定を維持出来る事を望んでいる。背が小さい事をよく揶揄われる。
Ⅰ親友
僕には探偵の友人がいる。
彼は博識で色々なことを知っている。口もよく回るため、彼と話すのはとても楽しい。
そのため隣町に行く度、僕はいつも彼の探偵社を訪ねた。
探偵社……うむ、この言葉で表現するのは表現するのは適切ではないかもしれません。
「探偵社?どう見ても町内会でしょう!」
名探偵になる夢を持っている彼の食霊ーーりんご飴はいつも怒りながらこう言っていた。
そうですね。確かに町内会の方があっている。
猫を助け、犬の散歩をし、そして他の雑用もこなす……
どう考えても探偵社の業務内容とは思えませんね。
しかし、彼らはいつも喜んで引き受けていた。りんご飴は嫌そうな顔をしつつも、それらを精一杯こなしていた。
彼らの雰囲気、忙しなく働く姿、その賑やかな日常が好きだった。
しかし、
今日、彼の訃報を受けた。
突然の出来事ではあったが、いずれこんな日が来ると思っていた。
探偵は彼の本職ではない。
彼は学者。彼が遠いグルイラオからこの桜の島にやってきた理由は、未解決の謎のためだった。
桜の島の怪奇事件や奇妙なウワサの調査のため。
例えば、死ぬまで口から花を吐く人がいる、一晩である村が亡くなったなどのウワサ……
ほとんどの人間はこれらの事件を気にしていない。
自分とは関係ない、自分の目で見ていないものは全て都市伝説として扱った。
これで良い、これが良い。
皆、自分の平穏な生活を過ごしていた。問題を解決する力を持ち得ないのなら、手を出さない方が良い。
そうすれば彼のもとに訪れ雑談をし、グルイラオの事を聞いてみたり、彼の充実な日常を感じたりできたのに……
しかし、彼は平穏な日常を送ることはできなかった。彼がここに来た理由こそ、その元凶が堕神なのかはたまた別の力かも……とにかく危険しかなかった。
正直な所、人間は勿論ーー普通の食霊がこれを調査しようとするのも、無謀であると思う。
彼を待ち受けているのは、良い結末でないと感じていた。
彼の友人として、自分の力を超えるような事には手を出さないよう勧めてきた。
でも彼にとって、これは夢であり、自分の生きる理由であると。
最後、彼は冗談を飛ばすように、もし彼の身に何かあった場合、探偵社を僕に任せると言った。
この冗談は本当になってしまった。
Ⅱ.最期の願い
ゆく春や 同車の君の ささめごと
夕陽が水平線に沈んだ時、葬式は終わった。
彼が残した生前の頼みであるが、僕自身もあの探偵社を惜しんでいた。
最後に彼の顔を見て、彼に仕えていた娘二人に会いに行った。
「抹茶さん、こんばんは」
かき氷は笑顔で僕に挨拶をした、いつものように。
隣のりんご飴の目は赤く腫れていて、一言も発さない。
泣いてなんかいない、歯を食いしばって、次の瞬間には飛び出して真実を突き止めようとしている様子だった。
僕は彼女の苦しみを理解している。頭を撫でてやりたいが、まず彼女がやろうとしている事を阻止しなければならない。
彼女たちの視線が注がれ、僕は深呼吸をした。
「これは彼の最期の願いーーこれから、この日暮探偵社は僕が引き継ぎます」
「彼は僕に任せてくださった以上、僕は僕のやり方でやらせて頂きます。貴方たちを危険から遠ざけたい、できればこの件についての調査は止めて欲しいのです」
彼女たちを道の危険に関わらせたくない。彼女たちには取り返しのつかない事態に陥って欲しくない。
かき氷は納得できるかもしれないが、今のりんご飴は……無理でしょう。
「どうして?!」
りんご飴は顔を上げて僕を睨んだ。彼女の目には不満しか見えない。
「御侍の死因とまだ解けていない謎、全ての真実をこの手で突き止める!ーーゴホゴホッ!」
彼女の声は少しかすれていた、明らかに泣いたばかりの様子だった。叫んだ事でまた喉を痛め、咳き込み始めた。
彼女の背中を撫でてあげたいが、逆効果になりかねない。かき氷が僕の代わりに彼女を撫でるのを、みている事しかできなかった。
僕の話は確かに耳障りの良い物ではないが、柔らかい口調で遠回しに言っても意味がない。
りんご飴は頭の良い子だ、言葉の意味をきちんと理解できる、むしろはっきり言ってあげた方が良い。
僕は彼女の手を握り、僕の本気を伝えようとした。
「とりあえず少し話をしましょう、それから決めてください」
Ⅲ.手記
葬式の前、彼の訃報を受けた日、彼から一通の手紙が届いた。
中には怪しい調査手記が入っていた。
最後の方は筆跡が乱れ、読める状態ではなかった。当時の彼の精神状態は正常ではないことが伺えた。
再度りんご飴に会いに行った時、僕は自ら手記の内容について言及しなかった。
しかし、彼女は多くを知っていた。或いは、彼女は既に多くの事を自分で推理できいたと言った方が良いだろうか。
「先日は失礼しました、抹茶さん」
葬式の日に比べて、彼女の調子は少し良くなっていた。ただ顔色は依然として青白い。
「私は、調査を諦める訳にはいかない……!御侍からの手紙にきっと何か書いてあったのでしょう?例えば、私に冷静になってもらって、危険を冒させないようにとか?」
「そうです」
「無理、そんな事できない!調査しなきゃ……」
「ーー調査できませんよ」
僕は彼女の言葉を遮った。
次話そうとしている内容は彼女を傷つけるかもしれない、しかし言わなければならなかった。
「彼のように自分の精神状態を制御出来なくなれば、貴方は何も調査できません」
「彼の経験と知識は貴方を遥かに超えています。今まで多くの未解決の謎を調査してきた彼が、何も準備せず無防備で臨んだと思いますか?その結果どうなってしまったかはわかっているでしょう?」
彼女たちには平穏に生きて欲しい。
これ以上誰かに条理に反することに関わって欲しくない、未知の危険に首を突っ込んで欲しくない。
彼の件は事故として終わらせる事はできるが、未路を既に知ってしまった以上、他の人にまで危険を犯させる訳にはいかない。
「彼はわざわざ僕に貴方の無茶を止めさせようとしました。りんご飴……この意味はわかりますね」
彼は、りんご飴の能力ではこの謎は解明できないと考えていた。調査しても彼と同じ末路を辿る事になると。
お互いを知り尽くしている彼らの絆があるから、りんご飴はこの言葉の真意を誰よりも理解している筈だ。
「……」
話はここまで。
りんご飴は唇を噛み締めて何も言わない。僕もこれ以上話しかけず、その場を離れた。
彼女にも、そして僕自身にも、少しだけ気持ちを整理する時間が必要だ。
Ⅳ.伝聞
あの事件について触れはしないが、りんご飴の気持ちは晴れてはいなかった。
現状彼女は情報収集の段階で踏みとどまっているため、それほど心配する必要はない。
僕が探偵社を引き継いでから約半年が過ぎた。
お隣さんからよく餌付けされるようになった以外、生活に大きな変化は起きていない。
探偵社は変わらず閑古鳥が鳴いていた。
依頼の大半は、相変わらずペット探しや浮気調査の類だった。
たまに隣町から依頼人が来る事もあるが、基本的に僕はお茶を飲んだり、資料を整理整頓したり、日向ぼっこをしている時間の方が多かった。
平和な生活を、取り戻したようだった。
掛け時計を見ると、既に散歩の時間だった。
階段を降りてすぐ、道の反対側に薬師のような少年がいる事に気付いた。彼はどうしてか僕を見て笑っていた。
おかしい、僕は彼の顔に見覚えはなかった、ただ彼は近づいてきてすぐに話し掛けてきた。
「こんにちは、少年くん!」
彼が僕の頭に手を伸ばしているように見えたため、僕は無意識に避けた。
失礼な事をしてしまったと思い、僕も彼に笑顔を見せた。
「初めまして、こんにちは」
「ハハッ、こんにちは!少し聞いた事があるんだけど……この辺のウワサについて知ってるかな?」
「どんなウワサでしょうか?」
彼は物語を語るように説明し始めた。
「この辺に綺麗な池があって、でも半年前までは沼だったとか!」
「この沼はとても怪しくて、多くの人がその場所で謎の失踪を遂げたとかーー更に警視庁が秘密裏にこの事を隠蔽したらしい……君はこの街の人みたいだけど、聞いた事ない?」
またあの事件だ。
僕の友人はあの沼のせいで亡くなった。
まだこの件を調査している者がいるのか?
「どこからその事を聞いたのか教えて頂けないでしょうか?」
「友達から聞いた……ん?っていうか、君はこのウワサを知らないのか?」
「はい、よくは知りません。ウワサには他にどんな内容があるのでしょうか?」
「他に?ちょっと待って……そうだね……ああ、そうだ、あれは勾玉と呼ばれていた!怪しい出来事が起きると、必ず勾玉が現れるらしい。しかも七つの勾玉を集めると、どんな願いも叶えられるんですって!どんな願いでもだ!!おお……本当に凄い……」
彼は長い間考えて、何かを思いついたように自分の頭をはたき、目を光らせながら言ってきた。
「少年くん、もしかして興味あるのかな?じゃあ一緒に勾玉を探しに行こう!」
Ⅴ.抹茶
日暮探偵社には社長机の引き出しには、一冊の古い手記が眠っている。
中身はーー
前半はまだまともに読めるが、ページをめくればめくる程内容は狂っていき、筆跡も荒れていった。読み手に不安を覚えさせるような内容だった。
「初風二十九日。依頼を受け、町の外れにある沼の調査に向かおうと思う。依頼人はそこで奇妙な声を聴いたと言っていた。依頼人は少し変な様子だった、話の内容も矛盾だらけ。彼女はどうしたのだろう、精神状態がおかしかったのだろうか?」
「蘇生一日。りんご飴と一緒に沼に行った、でも何の異常も発見できなかった。
帰り際、ある物を拾った、あの『奇妙な声』となんら関係があるのだろうか?」
「蘇生二日。あれは「勾玉」と呼ばれる物だった。
俺にも少しだけ声が聴こえた、あれは女の声だった。依頼人に確かめようとしたが、彼女は来なかった。」
「蘇生六日。勾玉を研究してみた、何も分からなかった。
新聞に、今夜依頼人が街で殺した後、自殺したと書いてあった。ごめんなさい。」
「蘇生七日。ごめんなさい?これを書いた記憶がない。
俺も少しおかしくなってきているのかもしれない。
俺はずっと、女の声が聴こえている。でも話している内容はわからない。
お前。可哀想。ごめんなさい。彼女を探しに行く。彼女は俺に探しに来てもらいたいのだ。」
「蘇生八日。病院に行った方がいいか?
手記にまた書いた記憶がない内容が増えた、でも筆跡は確かに俺の物だった。
俺は夢を見た、燃えている神社が見えた、そして俺が引き裂かれた。
あれは巫女様の記憶だ。」
「蘇生九日。お前は誰?巫女様は誰?
あなたの代わりに、私は彼女に会いに行く。
彼女は私を待っている、私は彼女を探しに行く、探しに行く、探しに行く、探しに行く。」
「蘇生十日。助けてくれ、出来ないなら、彼女の面倒を見てくれ。沼に行くな、あぶない。
りんご飴を止めてくれ!」
抹茶は長い間この手記を開いてなかった。再び手記を読んだのは、街にいたあの少年の話に、想定外の情報が紛れていたから。
抹茶は薄っすらと警視庁に問題があると気付いていた、また桜の島の各地で怪奇事件が起きている事も知っていた。
しかし、勾玉と事件との関連……そして事件と事件の関連について、何一つ知らないでいた。
彼は皆の生活を日常に戻してあげたいと思っているが、彼らが関わった事件は想像よりも遥かに複雑な物であると気付いた。
この勾玉は彼らの手にある、これをどう処分しても不適切だった。
願いが叶うというのは、誰にとっても大きな誘惑だ。
ウワサが流れているのなら、この事を知っている人は少なくない……いつか、誰かに見つかってしまったら……
彼らの平和な日常はいつまで維持できるのだろうか?どうすれば巻き込まれないのか?
或いは回避することはそもそも不可能で、彼らはこの泥沼を進むしかないのか?
本当の混乱はこれからかもしれない。
抹茶は最悪の決断を下す準備をしなければならなかった。
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222020年07月17日 11:07 ID:i9z282nj抹茶エピソード⑤-6
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212020年07月17日 11:06 ID:i9z282nj抹茶エピソード⑤-5
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142020年07月15日 10:59 ID:i9z282nj抹茶エピソード④-4
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132020年07月15日 10:58 ID:i9z282nj抹茶エピソード④-3