ドリアンパンケーキ・エピソード
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目次 (ドリアンパンケーキ・エピソード)
ドリアンパンケーキのエピソード
闇から誕生したような小さな体は、巨大なウサギのぬいぐるみに抱かれている。
他人とコミュニケーションを取るのが苦手、ウサギぬいぐるみに話しかける事が多い。
他人と探り探りでしか交流出来ず、少しでも異変を感じ取ると過剰反応を引き起こす。
Ⅰ.部屋
「うぅ……!」
ここは……どこ?!
ボクはウサギさんを抱きしめた、でもウサギさんも知らないみたいで、黙っていた……
「神よ……君は食霊?」
目の前の人は信じられないと言いたげな声を出していた。ボクが現れたことは、彼女にとっては想定外だったみたい。
か、彼女の視線が……怖い。
よだれを飲み込むと、ボクは頷いた。
「じゃあ何ができるの?堕神は倒せる?」
彼女はしゃがんでボクに近づいてきた、その目はジロジロとボクの目を見ていた。
ボクは無意識に彼女の視線を避けようとしたけれど、ガラスの破片で手を切っちゃって、痛くて息を吐いた。
「堕神を倒してきて、金を稼いできて?」
堕、堕神……?聞いているだけで怖いよ……
「ボク……」
「もごもごしてないで、さっさと質問に答えて」
彼女は片手でボクのあごを掴んで、強制的に目が合うようにした。
骨が……痛い……彼女はちっとも嬉しくなさそう……
で……でも……ボクは……
「……ボク……知らない……」
「チッ、時間の無駄か」
彼女は手を離した。
こ……怖かった……
目が熱くて、目の前が見えなくなってきた。
でも、泣く勇気がなくて、ただ口を閉じて、声が出ないようにした。
「また役に立たない物が増えた……どっかで売れるか聞いてみるか」
彼女はため息をついて、不機嫌そうな顔で電気を消して、ドアを閉めた。ここには真っ暗で空っぽな部屋だけが残った。
Ⅱ.ウサギさん
御侍さまはずっといない、この部屋にいるのはボクとウサギさんだけ。
「ウサギさん……御侍さまはどうしてボクと話してくれないの?」
「御侍さまは、ボクが見えない、ボクの声が聞こえないみたい……いつもボクのことを無視する……どうしてボクのことが嫌いなの……ボクが、悪いのかな……きっと……ボクが……悪いんだ……」
御侍さまに会いたい、好きになってもらいたい、話したい、でもどうしたらしいんだろう?
「ウサギさん……ボクは……」
ドンドンドン。
外から大きな音がした。そのせいでボクは声を出すのをやめた。誰かが……ドアを……叩いている?
「誰かいるのか?おかしいな、彼女は一人暮らしのはずだ……」
本当に人がいる!
彼は……ボクとウサギさんの会話が聞こえていたのかな?
ど、どうしよう……ウサギさん……
ボクはウサギさんを抱きしめた。呼吸の音も小さく抑えた。
行って、早く行って……
彼は本当にいなくなった。良かった、ボクたちは……安全だ。
でも夜になって、御侍さまが帰ってきた時、彼女は……なんだか怒っていた。
「役に立たないだけじゃなくて、どうして迷惑ばかり掛けるの?!何独り言とか言ってんの?今日隣の人が聞きにきたわ!彼の気のせいだって今日は誤魔化せたけど、次はもうそんな言い訳できないわ!」
「今食霊の売買は制限されているから、誰も買いたがらない……売りたくても売れない……チッ……」
ボク……悪いことをした……
じゃあ、もう、ボクは何も話さない。
これでせめて、彼女は、こんなに怒らなくなる……
ボクはウサギさんを抱きしめて、静かに彼女が怒り終わるのを待っていた。彼女は部屋を出て、電気を消した。部屋はまた真っ暗になった。
Ⅲ.待ち望む
御侍さま、もう長い間、帰ってきてない。
だって、部屋の電気、ずっと点いてないから。彼女が帰ると、絶対電気を点けるから。
あれからもうどれくらい経ったのかな?御侍さまはいつになったら帰ってくるのかな?
寂しすぎたから、小さな声でこそこそとウサギさんに何回も話しかけた。あとはキャンドルライトディナーをやったりした……
あぁ……ボクたちには、キャンドルも、ディナーもない、でも楽しいから大丈夫……
いつからか、ウサギさんは自分で動けるようになっていた。
まだ話せないけど、一緒に遊ぶことはできるボクが寂しくなったら抱きしめてくれる。
ウサギさんの抱っこは、あたたかくてふわふわで、気持ちいい。
しかも、ウサギさんは力持ち。本棚とかも棚も動かせて、ボクを抱き上げることもできる。
あっ、彼は御侍さまの家も守れるんだ。
たまに、誰かの気配がするんだ。ドアを叩いて、人がいるか確認したり、そのまま帰る人もいるけど……
帰らないで、この家に入ろうとする人もいる。その時はウサギさんにあの人たちを追い払わせた……
御侍さまの家だから、他の人が勝手に入っちゃダメ……
今は、もう誰もここに入ろうとしなくなった。
ほら、ウサギさんはすごい、ボクたちは、堕神も倒せるかもしれない……
きっと、できる……
うぅ……
そしたら、御侍さまはきっとボクたちを好きになってくれる!もう役立たずとは思われなくなる、ボクを無視しなくなる。
でも。
「ウサギさん、御侍さまはいつ帰ってくるの?」
ウサギさんは柔らかい手でボクの頭を撫でた。
うん?これはどういう意味だろう……
まあいいや、ウサギさんも知らないんだろう。
彼女はきっと忙しいんだ……もう少し待ったら、きっと帰ってきてくれる……きっと。
Ⅳ.夜明け
この日、ボクは二人の話声で目が覚めた。
「本当に入るっすか……」
「中から物音が聞こえる、もし人だったらどうするんだ?心配だろう」
「えぇ――ここは噂のお化け屋敷っすよ、お化けが出るっす――入るなら御侍一人で入って――」
「わかった、じゃあ入口のところで待ってて。……何だ、ついてくるのか?」
「ちょ、ちょっと怖いっす……」
うぅ……誰か……いる?!
ウサギさん、お願い!
ウサギさんはボクを抱きしめてから、入口に向かった。
前と同じように、外にいた人が絶叫した。
「わっ?!」
彼らは怖がっていた。
ウサギさんはきっとまた彼らを追い払うことができる。
「うぅーー?えいっ!」
でもどうしてだろう、ボクが想像していたのと違う音が聞こえてきた……
ドンッ。
「この感じ……食霊の力っすね?良かった、幽霊じゃなかったー」
「食霊?この中にいるのか?」
まさか……倒されたのはウサギさんの方?!
あぁ……ウ、ウサギさんも勝てない……
御侍さまが帰ってきて、侵入者を見たら、きっと、怒る……
でも……ウサギさん以外に、誰が彼らを追い払うことができるの……?
体は無意識に震え始めた、歯もガタガタと震え出した。ボクは自分の身体を抱きしめて、すみっこに隠れるしかなかった。
しまった……
この時、知らない女の子が大変そうにウサギさんをボクの傍まで連れてきてくれた。
ボクはすぐウサギさんの手を握った。ウサギさんは怪我したみたい……顔に、長い傷がある。
きっと、痛い……
あの、あの女の子が……ウサギさんを傷つけたのか……
「あっ……これは君のっすか?ごめんね……壊しちゃって……」
「本当にごめん。でもうちの御侍はすごいっすよ、きっと直してくれるっす!えっと……だから……そんな目で見ないで……」
ボクとこんなにたくさん話をしてくれたひとは初めてだ。
で、でもボクは彼女と話しちゃいけない。そうじゃないと、御侍さまは――
シャーッ。
この時、分厚いカーテンが急に開けられた。
眩しい陽ざしはそのままボクの身体と部屋のすべてに注がれた。
目に入ったのは埃が溜まった空っぽの部屋だった。今にも倒れそうな棚が隅にあって、枯れた植物が床に落ちていた。植木鉢の中には何もない。
あとは、目の前の女の子が申し訳なさそうにくしゃみをしている瞬間を見た。
「はっくしょん……うっ……埃が――御侍さま、窓を開ける時はゆっくりして欲しいっす――」
「ゴホッゴホン、ごめん、まさかこんなに……ゴホゴホッ……」
「長い間誰も来てないみたいっすね……」
彼女は……長い間……誰も来てないって言った……?
あ……ありえない……御侍さまは……帰ってくる……彼女は……きっと
きっと……
女の子は辺りの様子を見回していた、その後の情景は、ボクはもう覚えていない。
「この家は何年も空き家になってるみたいっすね。こんない怪しかったら、お化け屋敷って言われるのもわかるっす……っていうか、どうしてここにいるんっすか……えっ、どうして泣いてるの?」
「うっ、このウサギの事っすか……本当にごめん!わざとじゃないっす……どうにかして直してあげるっす……」
女の子は真摯に謝罪してくれた。でも喉に何かがつっかえて、声が出なかった。
ただウサギさんの柔らかい懐に顔を埋めることしかできなかった。
暗闇の中で目を開けて御侍さまを待つ寂しさと彼女は二度と帰ってこないことに気づいた喪失感……忘れたかった全部が、差し込んでくる陽ざしによって蘇った。
彼女は……彼女はどうして……帰ってこないの……
Ⅴ.ドリアンパンケーキ
「ポーローパーウ、ほら、これの方がもっと似合うとは思わない?」
男は店にある最も大きいサイズの防毒マスクを指してポーローパーウに聞いた。
「うーん――ウサギのぬいぐるみが防毒マスクを付けるのはおかしくないっすか?」
ポーローパーウは珍しくあくびをしていなかった。体は既に買い物の疲労感を訴えていたが、彼女はまだ気を張って真剣に品物を選んでいた。
何と言っても、ドリアンパンケーキにとって最も大事な友達であるウサギさんの顔に傷を付けてしまったのは彼女だったから。
責任を取らなければならない。
「でも他のかわいい奴は小さすぎるんじゃ」
「うーん――仕方ないっす、じゃあこれにしよう……ドリアンパンケーキは気に入ってくれるっすかね……」
彼女は少し不安そうな表情を浮かべた。
「彼を家に連れて帰ってからもう随分経つけど、まだ落ち込んで話したがらない……冷蔵庫のプリンをあげても、受け取ってくれないっす……タピオカミルクティーの本も好きじゃないみたいっす……」
「いいからいいから、そんなに落ち込むな。これにするぞ、会計してさっさと帰ろう」
彼女が百面相しているのを見て、男は苦笑いして、防毒マスクを持ってレジへと向かった。
御侍とポーローパーウは防毒マスクを買って帰宅した時、ドリアンパンケーキは一人で貯蔵室にいた。
入口に置いておこう。男は声を出さず、口の形だけで彼女にそう伝えた。
彼女は頷いて、マスクを置いて、ドアを叩いた。そして壁の後ろに隠れて様子を伺った。
ドアノブが回って、狭い隙間から小さな手が出てきた。
ドリアンパンケーキはマスクを貯蔵室の中に持って入って、そっとドアを閉じた。
御侍とポーローパーウはやっとほっとした。
長い間、物音はしなかった。
ポーロ―パーウは、ドリアンパンケーキはあの防毒マスクを気に入らなかったのだと思い、明日もう一度探しに行こうと考えていた所、貯蔵室のドアは再び開けられた。
出て来たのはウサギさんだった。
太った体が少しずつドアの隙間から出てきて、ゆらゆらと二人の方に向かって歩いた。
マスクは丁度壊れた部分を隠していた。サイズはぴったりだった。
ウサギさんは立ち止まり、頭を掻き、少し恥ずかしそうに御侍とポーローパーウを抱き締めた。
ドアの内側で、ドリアンパンケーキは顔を膝に埋め、そして初めて笑った。
「ありがとうって……ウサギさんはそう言ってる……」
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