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明四喜・エピソード

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明四喜のエピソード

八方美人で、いつも笑みを浮かべている。礼儀正しく見えるが、何か裏がある様にも感じられる。優雅で余裕のある姿に傲慢さも少し見え隠れしている。親しみやすそうに見えて何を考えているかは読めない。手に持っている宝具の銅鏡は世間万物の真偽を映し、そして虚像や幻境を作る事も出来る。光耀大陸・南離印館古物鑑定士兼副館長として、館内事務を管理すると同時にあらゆる場に出向き様々な人や事と関わっている。


Ⅰ警告

夕暮の日差しが机に注がれている。不才は冷めた茶碗を触りながら、沈んでいく夕陽を眺めた。

まさかこんな事で時間を無駄にするとは。


「此度の神君引き継ぎ祭典はとても重要だ。この機を逃してはならん。さもないと、また何百年待つ事になる」

「朱雀神君の力がある限り、我々を疑う事は出来ぬ」


「よく言うよ。毎日豪遊してないで他の三族が我々の事をどう言っているのか聞いてみたらどうだ?南離は巣をなくした雛。親離れした途端飛ぶ事すらままならんってな」

「他の神君を笠に着て調子こいてるだけだ。自分たちも何の力もないだろ!」


「ここで愚痴って何になるんだ?早急に神物を探し出して、神君の力を安定させ、ボロが出ないようにしなければ」

「この件は館長と副館長が担っているだろう?副館長様、な、何か……進展はありますでしょうか?」


次の瞬間、皆の視線は不才に注がれた。ゆっくりと顔を上げ、彼らと目を合わせた。

「長老方が期待してくださったおかげで、神物については目処が立っており、近々無事回収する事が出来るかと」


不才の返答を聞いて、長老らの痩せこけた顔に笑顔が浮かんだ。


「さすが副館長、任せて良かったです。どこぞで逍遥(しょうよう)している館長より、よっぽど頼りになりますなあ!」

「そうだな!副館長はいつも堅実に仕事をこなしてくれる!こうなれば、祭典で我らが朱雀神君を認めない者は出まい!ハハハハッ!」


予想通り、中身のないお世辞だらけだ。


名目上は宗族会議だが、長老らが保身のため、朱雀神君の力を借りて高位を狙いたいがために始めた茶番に過ぎない。


彼らは理想だけが高く実力なんてない。彼らに流れている南離族の血は彼らを少しだけ長生きさせるだけだ。


話し声が止む気配は一向になく、視線を隣の空席に移した。どうしてあの館長はいつも理由をこじつけてまでこの所謂宗族会議を欠席して来たか、突然わかった気がした。

本当につまらないからだ。


まさか彼と同意見を持つ日が来るなんて、思わず笑ってしまった。


しかし不才と彼は人間ではない。

彼は長老らと同じく、早く南離族のために朱雀を取り戻したいと願っている。それは本当の意味での自由逍遥な生活を送るためだ。

片や権力を欲して、片や権力を放棄したいと思っている。長老らはたとえ彼をどれだけ恨んでいても、彼を頼らないと自分の地位を保てない。


実に可笑しな話だ。


かつての聖獣時代にとっくに終止符を打つべきだ。今になっても降臨した聖獣の力を頼ろうとしているのは、人間の心の中にある偽りの信仰を支えるために過ぎない。


人間は今でも自分たちの弱さを認識できていない、彼らが口にしている「人間の祈願」によって世を守れる神君を降臨させられると思い込んでいる。世に蔓延る堕神を一掃するためには食霊の力は必要不可欠だというのに。


気が付くと会議が終わっていた。


その場を離れようと数歩歩いただけで、背後からこそこそとした話し声が聞こえてきた。


「チッ、食霊如きが。我々の霊力が戻った暁に、まだそんな大きな顔出来ると思うなよ」

「自分の御侍を始末しておけば、誰も手に負えないと思っているのか?ハハハハッ!大人しく我々の言いなりになっているし、館長の話も聞いているではないか」

「副館長に反逆の罪を被せて、いつか始末してやるよハハハハッ──!」


はあ、普段から温和な態度を取りすぎたかもしれん。立場をわきまえない奴らもいるようだな。

まあ良い、それなら教えて差し上げよう。


「長老の言葉からすると、不才は南離族のため、館長様のために仕事するべきでないと?」

不才は踵を返して、ゆっくりと口を開いた。

部屋にいた人らは不才が帰ってくるとは思わなかったのか、一瞬で顔が真っ白になっていた。


「長老方は忘れていないであろう。御侍様はあの時忠告も聞かず、館長の座を奪おうと反乱を起こし、霊器閣を荒らした。朱雀神君や同族の者らの事を眼中に置かず──」

「不才は館長様の命に従い直ちにそれ以上損害が出る事なく止めに出ました。まさか南離族にとってそれこそが損害であるのでしょうか?今朱雀神君を取り戻そうとしているためにした全ても、余計な事だったのでしょうか?」

「不才らは長老方を敬ってきました。しかし長老方がこれ以上このような発言を致しますと──皆様はきっと館長様が再び不敬の罰を与える所は見たくはないでしょう」


「どう思いますか、御侍様?」

口角を上げて、四喜鏡を掲げ、深紅の炎がその中で燃えていた。


誰も返事する勇気がなく、部屋の中は静寂に包まれた。

先程まで偉そうにしていた面々は、怒りとも恐怖とも言えぬ表情を露わにしていた。実に愉快だ。


はっ、口だけのクズ共が。


南離族がどうしてこのような状況に陥ったのか、この人らも知らない訳ではない。しかし不才らも彼らに南離族のために何かして欲しいとも思っていない。

事が終わるまで、彼らに居場所を与えてやっているのは最大限譲歩したからだ。彼らの体内にある霊力はいつか尽きる、その時南離印館が頼るのは結果あの館長様と彼らが伝承してきた聖獣しかいないだろう。

Ⅱ.猜疑

「旦那ぁ、情報は全てお渡ししましたよ。神物も持って帰りましたし……その……あのですね……」

「三倍」

「三?!あいやー!旦那に付いていかないで誰に付いて行くんですかね!貴方のご命令とあらば、最善を尽くさせて頂きますよ!お金の話なんて、そんな事話さずともハハハハッ!」

「はて、金はいらないと?」

「い、いえ旦那ぁ、じょじょ冗談ですよ……私が言いたいのはですね、一番大事なのはお金ではなくてですね、我々のこの仲ではないですか……」

「わかっていますよ、きちんとお渡しします」

「あいやー旦那は英明にして太っ腹ですなーー!」


羊方蔵魚(ようほうぞうぎょ)は意気揚々と鼻歌を歌いながら去って行った。

顔を上げると、見慣れたヤンシェズの姿が見えた。


「主、神物」

「地下宮殿で受けた傷は治りましたか?」

「うん……主の薬のおかげ」

「それは良かった」


精巧に彫られた華美な箱が目の前に置かれた。数百年もの間地下で眠っていたにも拘らず、それは輝きを放っていた。


この中にある物こそ朱雀神君の力を増幅させる事の出来る尾羽、またの名を神物と言う。


もうすぐ、朱雀神君の継承式典の日になる。

光耀大陸で最も豪華で盛大な典礼だ。

白虎神君が退位を早めたため、継承を無事遂行させようと、南離族は相当な力を尽くして、式典で朱雀と南離の栄光を再度花開かせようとしていた。


神物に手を翳すと、微かに上古から伝わる朱雀の強い力を感じる事が出来た。


このように強い四聖の力を人間の継承者に費やすのは、あまりにももったいない。


朱雀の痕跡が消え、その力を探す事は実質不可能になっているのは事実だ。

そして白虎神君が弱ってる今、式典こそ彼に接近する最高の時期だ。


ただ、式典の準備をする権利は不才の手にはない。

幸いにも十分な交渉材料を持っているため、あの館長と交渉する余地はある。


南離族の現状としては、外部の圧力的にも、彼自身としても、この神物を使って地位を上げなければならない。


もし式典の手配を担う事が出来れば、白虎の力にぐっと近づける……

しかし式典準備は責任重大なのは明らかだ。例え神物を持っていても、京醤肉糸(じんじゃんろーす)はその座を譲ってくれるとは限らない。


兎にも角にも、そろそろ彼に会いに行くべき頃合いだ。

早めに掌握した方が良いものもある、そうでなければせっかくの切り札がその意味を失ってしまう。


しかし、その前にまず他人の前で見せびらかしておかないといけない。

そうでないと、長老らの歓喜とも悔しいとも言えぬ、青白い表情を眺められないからな。


館長の住居近くに着くと、騒がしいような失望したような声が聞こえてきた。地下宮殿の後、彼らはまた多くの神物を探していたが、どれも良い結果を得られなかったらしい。


そのクズ共の声が完全に落ち着いてから、不才は部屋に入った。


入ってすぐ、部屋はシーンと静まり返った。

不才を警戒している視線が手に取る様にわかる。


しかし、不才は京醤肉糸の「頼れる」片腕として、笑顔を浮かべながら口を開いた。

「館長様。連日駆けずり回って苦労を重ねておられるようで。もし不才が力になれるなら幸いです」


彼は扇子を煽る手が一瞬止まったように見えたが、顔色は一つ変わっておらず、その親しみやすそうな視線の中に読めない何かが混じっていた……


続く言葉を推敲していた矢先、彼が口を開いた。


「そうだ!明四喜、古い地下宮殿の後貴方は言っていたな。私と共に継承式典の準備をしてくれると!玉京の方と連絡を取り合い、全ての手筈を整えてある。すぐに準備して向かうと良い!」


これは一体……どういうつもりだ?

突然の言葉に思わず眉間に寄せてしまった皺を伸ばし、気を取り直した。


京醤肉糸は軽く扇子を揺らした。とらえどころのない笑みに余裕も混じっていた。

しかし不才はその悠々たる様がどうしても気に食わない。


黙っている不才を見てか、再び問いかけてきた。

「もしかして……やりたくないのか……?玉京の神官様たちと既に準備をしたのだが……」

「……館長が託したこの重任、この明四喜は必ずやご期待に沿えるよう精進いたします」


彼はそれ以上声を掛けてくる事なく、賞賛と承認の視線を送ってきた。この結果に満足しているようだった。


様々な手を使って不才の要求を却下してくると思っていた。例え彼がそうしなくとも、彼の補佐である松の実酒がきっと止めるだろうと。

まさかこのように簡単に許してくれるとは。


まるで……この展開を予想していたかのような。後は不才が自ら提言するのを待っているだけ。


継承式典の準備を行うのは、かねてより館長の仕事だ。これは南離族全体、ひいては光耀大陸全土に影響する大きな仕事……

不才に任せてくれるとは。しかも手筈を既に整えているときた。


大方不才の目的を探るためであろう。彼はよく高みの見物をしている。


なら彼の意に沿おうではないか。その方がこちらとしても手間が省ける。


Ⅲ.信仰

厳重な警備を通り抜け、やっとこの静かな屋敷に辿り着く事が出来た。セミの鳴き声が時々聞こえてくる。

屋内の屏風の後ろに、華麗な衣服を身に着けている男が座っていた。その男は静かに本を読んでいた。


「神君、ご苦労様です」


男は顔を上げて、笑顔を取り繕って見せたがその蒼白の顔を誤魔化す事は出来なかった。

「副館長様、会いに来てくださって感謝致します……そう呼ばないでください……今の私は神君ではありません……」

「不才からすると、貴方は既にそうです。そしてすぐに神君になられます」


「神君、心配はご無用です。貴方はきちんと役割を果たしていますよ」

「館長様もそう言ってくださいます。貴方達に感謝しなければなりません……」

「館長様も来られたのですね」

「本を送って下さいました。館長様は出掛ける機会がない私を案じて、本をいくつも持ってきてくださいました」

南翎はそう話しながら、手元に置いてあった変わった表紙の本を見せてくれた。その時、紙に包まれた氷砂糖がいくつか机に散乱し、軽やかな音を発していた。

「……」

「……館長様のやりそうな事です。神君、覚えておいてください。今の貴方の体質は人間の食事を摂るのに向いておりません」

「わかっています……そうします。心配かけてしまってすみません」


南翎が注意を払いながら氷砂糖を仕舞っているのを見て、不才はため息をついた。


式典でのおおよその事項を伝えると、南翎は大人しく真面目に頷きながら聞いてくれた。


「南翎、貴方は本当に朱雀を信じていますか?」

最後に、不才は彼にこう聞いた。視線は彼の礼服に施された精巧な朱雀の刺繍に注ぎながら。


こんな質問をされるとは思わなかったのか、彼は一瞬固まってしまった。そして徐々に澄み切った確固とした視線に戻っていった。

「はい、信じています。偉大なる朱雀神君の力がなければ光耀大陸全てを庇護する事はできません」


「今後の貴方はより一層“器”になってしまいますよ。朱雀の力を継承した神君の器に」

「そうだとしても、貴方は自分の考えを信じ続けるのですか?」


南翎の目に一瞬だけ戸惑いが過った。しかしそれはすぐに消え失せ、更に強い信念が浮かんだ。

「館長様もよくこの質問をなさいます。しかし、私は後悔していません。私は自ら進んでこの役目を頂戴しました。朱雀神君の代わりに光耀大陸を守護できるのなら、この上なく光栄です」


これ以上不才から掛けられる言葉はなかった、南翎は既に決断をしたのだ。


そうであるなら全ての物事は各自の軌道に載った、事が進むのを待つのみ。


彼の痩せ細っているがしっかりとした肩を叩いて、袖を振るってその場を離れた。


高台に上ると、遠くにある金で作られた朱雀像が目に入った。

夕陽に照らされ、朱雀像は絢爛な光に包まれて、眩しかった。


結局、光耀大陸においての聖獣神君は、誰の心にとっても揺るぐ事のない絶対的信仰のようだ。

茫漠としてつかみどころのない力に過ぎないのに、彼らの事を口にすると力が集まり、人々が語る信仰と祈願の力となる。


そして四聖は、今では人間の体に託すしかない。高い立場にありながら、誰かの意志で動かなければならない。皮肉な物だ。


神君はそこまでして信じるべきものか?神の力は、神にしか扱えないと誰が決めた?

不才にも神の力を掌握する事が出来る。


いつの日か、不才は徹底的に彼らの信仰を殴り捨て、世間に食霊という存在を刻もう。


前方に広がる世界を見ながら、手を伸ばして軽く握った。遠くの朱雀像がこの手の中に収まるように。


天地が交差する場所に、最期の光だけ残し夕日が沈んでいく。


全ては始まったばかりだ。


Ⅳ.四聖

「古くから、人間の朱雀への信仰は固く、揺らぐ事が無い。朱雀廟、朱雀神像は各地で相次いで建てられた。人々は聖獣朱雀を敬い、謳い、光耀大陸に降臨し庇護してくれたことに感謝した。朱雀の力によって大地が照らされ、方々からの拝礼を集めた……」


不才は館内で作られた冊子を閉じた。これは光耀大陸の各地に配布する予定の「朱雀史伝」、読み進めるとこめかみが痛んだ。


式典はまだ始まっていないのに、綺麗事だけは用意周到だ。

いっそと思い、この分厚い書冊を横に投げ捨てたら、ちょうど式典後に朱雀廟を建造する為の書類の上に乗っかった。


……部屋の空気が重い気がする。少しだけ外の空気を吸おう。


「ギシッ――」


「……」

「……」

窓を開けた瞬間、一瞬だけ慌てた表情を浮かべた紫色の人影が目に映った。


ヤンシェズ……?」

「……主」

「どうしたのですか……」


いつから外に立っていたかわからないヤンシェズは、突然不才によって頭をぶつけられ、すこし俯いていた。

柔らかそうな頭を見て、思わず笑ってしまった。


「主忙しそうだった……邪魔できなかった……」

「何か用ですか?」


返事する事なく、彼は荷物を漁り始めた。これ以上話しかけず、何が出てくるのか待った。


気付いたら目の前には輝く飴に包まれたタンフールーが現れた。その瞬間部屋に甘い香りが充満した。


タンフールー……羊方蔵魚が言ってた。機嫌が悪い時、これを食べれば機嫌が良くなる……」

ヤンシェズはそう言いながらタンフールーを近づけて来た。彼の頬はそのタンフールーと同じような赤い色をしていた。


これは意外だ。こんな子供だましを不才に言ってくる存在がいるとは。


不才はタンフールーを受け取り、一つかじった。甘く軽やかな飴の衣に山査子(サンザシ)の酸っぱさが混じり、口の中で溶けた。

確かに長らくこのような甘味を食べていなかった。


「主……笑った?」

「まだいっぱいある……」

ヤンシェズの言葉の中に喜びの感情が含まれているのがわかった。彼が指さした方向を見ると、大きな包みが置いてあった。その中には赤や黄色など様々な種類のタンフールーが入っていた。


「ふっ」

思わず声を出して笑ってしまった。まさかここまで笑わされてしまうとは思わなかった。

「どこで手に入れたんですか?」

「主が喜んでくれて良かった……羊方蔵魚が売ってくれた……」

「……売る?」

「うん、金の延べ棒二本で」

「ほお?」


噂をすればなんとやら、次の瞬間騒々しい声と共に見覚えのある人がふらっとやってきた。


「あいやー!これは明日槍でも降るんじゃないんですかね!旦那がこんなに笑っている所を初めて見ましたよ!」

「どんな話術を使ったんです?それとも何か良い商売の話でもあるんですか?良かったら私にもついでにご紹介を……」

「つまり普段の笑顔だとまだ足りないと?」

不才は目を細めて、彼の言葉を遮った。わざと見定めているような視線を送った。

羊方蔵魚は不才の言葉に怯えたのか、ヤンシェズの後ろに隠れた。

「とんでもない!ここで貴方様より笑っていない人なんていませんよはは……」


「何をしに来たのか忘れたのですか?」

「あいやー!記憶力が悪くて申し訳ない!今日呼んだのは、何かやって欲しい事があるんですか?」

「新しい商売相手を探してきました。竹煙質屋」


「前回貴方が話した事を伝え、物を主である北京ダックに持って行ってください」

「前回言った……?もしや聖教の話でしょうか……わ、わかりました!旦那安心してください!きちんと成し遂げてみせます!」


「竹煙質屋……悪くなさそうですねはははーーきっと儲かりますよーー」

「それはそうでしょうね、タンフールー数本を金の延べ棒二本で売れるのですから、それはそれは稼げるのでしょう」

「……」

「あはは旦那聞き間違えたのではないですか、そんな訳ないじゃないですか……で、では次は必ずタダでヤンシェズに二袋贈りますんで!あの、突然急用を思い出しましたのでお先に失礼します、またご用があったらなんなりとお呼びつけくださいーー!」


羊方蔵魚は一つ身震いして、べらべらとまくし立てたあとそそくさとその場を離れて行った。

ヤンシェズだけが何も分からないままその場に立ち尽くしていた、彼の目には少し疑問が浮かんでいた。


どうしようもない奴だと思いながら頭を横に振っていたら、爽やかな風が吹いて、甘い匂いが少しだけ薄れていった。


この時気付いた。この偶然な茶番によって、気持ちは少しだけ楽になった。


再度冊子で語られた言葉を思い返した。


朱雀を信仰し、四聖を信仰していたとして、それが何になる。


言ってしまえば、彼らは庇護を求めているだけであって、心からそう思っている者はどれだけいる。


もし不才がその力を掌握出来たら、弱者である人間はきっとぞろぞろと押し寄せて、庇護を求めに来るだろう。


四聖の名は長らく語り継がれてきた。その力の凄さは否定できない。


しかし、どれだけ長い物語であっても最後のページはやってくる。


そしてそのページは不才の手が握っている。


Ⅴ.明四喜

明四喜は初めて南離族にやって来た時から知っていた。南離族がひたすら追い求め、全てを捧げてきたのは、いつだって朱雀にだけだった事を。


そしてこの手の届かない神聖な力は、南離族永遠の信仰でもあった。


南離印館の前身そして今に至るまで、朱雀が残した霊器閣を守るために存在する。

全てを投げ捨て、人間の器である南翎を探し当てたのは、朱雀聖明の存続を守り、南離が衰退しないようにするためだ。


これに関して、明四喜はおかしさを覚えた。世間は朱雀が戻ってきた時の輝きしか覚えないものだ。誰もそこに至るまでの努力を記憶に残す事はない。


更には南離族の一部の長老らは自らの血脈を笠に着て、依然として彼らと他の食霊を好きに指図できる道具としか見ていない。

朱雀が力を取り戻した暁に、自分たちもその栄光を享受しようとしている。


明四喜は四聖に追随したいとは思った事がない。彼は一貫して食霊がこの新たな時代に生まれたのは、更なる大きな力を有し、そして上に立つべきであると考えていた。


野心は少しずつ膨らんでいき、全ては始まったばかりであると彼は知っていた。帷幄の中で謀を巡らし、千里の外で勝負を決する。


例えば、派手に動き回っている高慢な聖教には、人知れない目的があると明四喜は知っていた……




羊方蔵魚はいつも通り静かな廊下を通った。

書斎の中で、慌てる事なく座っていた。


「旦那、貴方が以前言っていた聖教ですが、調べられた事は全てここに記しました。貴方の言う通り、近頃急いで何かを探している様子でした。聖主さまのためにと言っているようです」

「聞いた話によると、普通ではダメ、強大でなければいけないそうです。こいつらは何をする気なんだ……」


羊方蔵魚はぶつぶつと話しながら相手を見ていた。明四喜は応える事なく、何かを考え込んでいた様子だった。


「明様、南翎神君が来られました」

扉を叩く音で会話が中断された。明四喜の指示を受けた部下は報告を終えると去って行った。


「南翎?聞いたことがあるような……思い出した。朱雀神君を継承する人間ですね!テキトーに選んだ訳ではなく、神君の力を受け入れられる人を探したそうで、チッチッ――この子どもは大物だろうな」

「旦那、どうして何も話さないんですか?」


羊方蔵魚が顔を上げると、目の前の明四喜はいつもと違う笑顔を浮かべていた。冷たく曇っているように見えて、羊方蔵魚はぶるぶると身震いした。

もう一度明四喜の顔を確認すると、またいつもの表情に戻っていた。まるで先程見た物は錯覚だったかのように……ここまで考えて、羊方蔵魚の身震いは更に止まらなくなった。


「貴方の言った通りです。特殊な力は一般人が受け入れられる物ではない」

「えっ……?」

「予想通りなら、聖教の者は“器”を探しているのでしょう、何かの力を入れるために……」

「えっ……?ど、どんな力ですか?」

「彼らの動きは大胆であからさま過ぎます。しかし——確かに良い駒かもしれません」

「???」


「しかし、棋局が始まらなければわからない……」


羊方蔵魚は困惑しながら頭を掻いた。明四喜が何の話をしているかわからないし、軽々しく質問を投げかける勇気もなかった。


明四喜の言葉が終わると、彼は直感的にこれは自分が永遠に踏み入れたくない領域であると感じた……


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タイトル FOOD FANTASY フードファンタジー
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ゲーム概要 美食擬人化RPG物語+経営シミュレーションゲーム

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