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ムースケーキ・エピソード

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ムースケーキのエピソード

ムースケーキはかつて彼らの国で最も有名な食霊であった。知力、武力、外見全てが優れていた。しかし、御侍によって「最も完璧な食霊になる事、そうでないと私がお前をここまで育ててきた意味がないだろう、お前を育てた恩に報いなさい」と言われ続け、選択権を与えられなかった。このような生活はある事件によって終止符が打たれ、ムースケーキは重傷を負った。幸い彼が普段真心を込めて接している何人かの親友たちが最後の彼の命を助けた。その後、霊力を多く流出させたせいでムースケーキは不可逆性の傷を受けて、精神状態が8歳ぐらいの子供に戻った。前の生活と記憶についてはまったく覚えていない。しかし、親友たちとの関わりの中で少しだけ前の記憶を取り戻した。今の彼は旅行楽団「幻楽歌劇団」の団長を務めている。

Ⅰ.団長の逃走

「団長ーご飯の時間だぞ……団長は……うそっ……あああああブルーチーズパエリア!どうしようどうしようどうしよう、団長また逃げたー」

シフォンケーキは大声で叫びながら外に出て行った。

おバカな誘拐犯!

僕は口を抑えてなんとか笑い声を出すのを堪えた。

彼が遠くまで行くのを見てから、タンスから出た。

既にベランダにひも状にしたシーツを括り付けた、僕は荷物を背負って……あれ?

シフォンケーキが持って来た朝ごはんは、僕が大好きなチョコミルククッキーだ!

くそっ……いつもそういう手で逃げる僕を阻む!

僕は怒りながらも二枚取って口に突っ込んで、残りのクッキーをポケットに入れてまたベランダに出た。

よしっ、周囲に敵はいない!

「もごっ──」

僕はクッキーをもごもごしながらシーツを伝って滑り降りた。


僕はムースケーキ、賢くて勇敢でカッコいいロイヤルナイトだ。今はおかしな誘拐事件に巻き込まれている。この事件の進展としては「幾度目の逃走をしている最中」。

僕を誘拐した誘拐犯は三人、ブルーチーズシフォンケーキパエリアだ。

ブルーチーズは彼らのボス、人を誘惑するような演技で人質を洗脳して、人質に自分の出自をわからなくさせて、仲間だと錯覚させる。

「貴方はムースケーキです、私達幻楽歌劇団の団長です、私達は貴方の団員です」

「……幻楽歌劇団?って何?」
「えっ……団長……お、覚えてないのですか?どうして……私たちと一緒に過ごした過去……全部忘れちゃったのですか?」
「えっ……待って……泣かないで……頑張って思い出してみるよ……」
「大丈夫です、もう考えなくていいですよ、過去は全部私が教えてあげます」

……すぐ泣き止むなんておかしいだろ!

シフォンケーキブルーチーズのバカな手下だ、僕に話しかけ続ければ言う事を聞くと思い込んでいる、だけど言ってる事は支離滅裂だ。

「団長団長、お前は本当に俺たちの団長だ!」
「当然だ!団長俺たちを信じて!」
「でも僕は何も覚えてない……」
「少し前に堕神と遭遇して怪我したからだ……見て、首に傷跡があるだろ!」
「ホントだ……暴食ってあんなに強いんだね!」
「そうだそうだ、大変な思いで助けたんだぜ!」
「……そうなの……だけどパエリアは女王巻貝に噛まれたって……」
「えっ?えええっと……あっ!そうだ、暴食と女王巻貝両方だ!」
「あれ……だから二匹しかいないの?」
「そうそうそう!」
「あれ……でもブルーチーズは僕を攻撃してた堕神は七、八匹いたって言ってたよ……」
「えっ?団長ちょっと待って……ブルーチーズ!台本が間違ってるぜ!」

はあ、本当にバカ。こんなにすぐボロが出るなんて。


一番怖いのはパエリアだ、彼女は誘拐犯だって全然隠そうともしない!

「団長、前に言ったでしょ、また逃げたら……罰を与えるって」
「な、何をするつもりだ……来ないで!」
「……ぷっ、良い手触り……やっぱり子どもは可愛いわね……さあ、お姉ちゃんって呼んだら許してあげるわ」
「???」

くそっ!僕の顔を摘まんで脅迫するなんて!酷い!

我慢の限界だ!僕はロイヤルナイトだ、こんな場所にいちゃいけないんだ!

絶対に逃げ切る!今度こそ成功させる!

僕は心の中で誓った、荷物を背負って外に逃げた──だけどどこに行ったら良いかわからなかった。

僕が覚えてることは少ない、ただ自分は王族の騎士で、ずっと僕の姫様を守ってた事しか覚えていない……一か月前、僕が目覚めると、自分が「幻楽歌劇団」っていう所にいて、身体は子どもになっているし、三人の変な食霊に一日中監視されてるようになった事しかわからない。

彼らは僕の事を彼らの団長だって、僕は脚本家で、僕の記憶は全部脚本のお話だって言った。怪我をしてから、現実と脚本をごちゃまぜにしちゃったって──そんなデタラメ信じられるか!

だから僕は絶対に逃げなきゃ、一体何が起きて僕はこんなヘンテコな誘拐犯にこんな所に閉じ込められたのか調べなきゃいけない……絶対に答えを見つけなきゃいけない……

絶対に……絶対……待って……またフラフラした感覚が来た……首の傷……僕……は……何かを……思い出した……かも……

Ⅱ.姫様の罰

チクタク
チクタク
チクタク

……何の音?

まぶたは鉛みたいに重くて、必死で開けると目の前には……五色の光が入り混じっていて……ここはどこ?

力が出ない……動けない。

頭が混乱している、夢を見てるの?

ムースケーキ……目が醒めたんですね……そう……可哀そうに……」

冷たい両手が僕の頬を覆った。

彼女の五官が見えないぐらい、彼女は僕に近づいていた。息を吸うと彼女の匂いが……──贅沢な香り、纏わりつく青草の香り……正確に言うと、それは彼女が毎日浴びなければいけない薬草の匂いだ……彼女が誰なのかを思い出した。

僕の……姫様。

「ああ……私がわかるのですね」

僕は口を開く事はなかったが、彼女は僕の微かに動く視線から意識が戻った事に気付いた。

姫様が一歩下がり、僕と彼女の間に空気が通った。ようやく彼女の全貌を確認出来た。

彼女は相変わらず弱弱しく、痩せ細っていて……華美な礼服を身に纏っていた。彼女はその衣装にいつ押しつぶされてもおかしくない。

「今日の私は美しいでしょう?」

彼女は笑った。礼服の裾を持ち上げ翻した後、また僕の顔を両手で包んだ。

「怖がらないで、怖がらないで……舞踏会はもうすぐ始まるわ。そして法陣が起動して、私たちは過去に戻れる……三日前に……何も起きていない時まで……怖がらないで……大丈夫よ……だから……」
彼女の目は朦朧としていた、彼女の瞳から自分の姿が見えた──僕は吊るされていて、両手は頭上に縛られていた……僕の背後に、あるのは……

「……だから……早く眠りなさい……十二時の鐘が鳴る前に、もう目を覚まさないで、ね?」

──はっきりと見えた……それは巨大な置時計だった。


チクタク
チクタク
チクタク

秒針の音は僕の周りで鳴り続けた。

姫様はドレスを翻しながらどこかへ消えて行った、この置時計に残るのは僕の呼吸音だけ。

目の前にあるステンドグラスでこの場所がどこなのかがわかった。

ここは王宮の中にある歌劇院のステージ情報、そこには巨大な時計があった。それの外側はステンドグラスで出来ていた。

僕は盤面の十二字の位置に吊るされていた。下にいる人が顔を上げてきちんと確認しなければ、数字のⅫの箇所に人がぶら下がっているなんて気付きもしないでしょう。

吊るされた事でまた少しだけ記憶が蘇った。

思い出した、僕は姫様に騙されてここに来た。

あの日、姫様の想い人が亡くなってから三日の日。夜中に、彼女は前触れもなく僕の部屋のドアを開いた……

「……ムース……来て……」

彼女は半分開かれたドアの後ろに隠れて、憔悴した様子で僕を手招いた。

「姫様、大丈夫ですか?」

僕は迷わず前に出て彼女を支えた。

彼女は僕の命の恩人、僕を育てた人、誰よりも幸せになって欲しい。

しかし三日前、姫様のフィアンセ、気さくで素敵なボラン公爵は誰かによって殺害された。

僕と姫様は共に悲しんだ。姫様にとって、彼は彼女の将来の夫、そして僕にとって、彼は僕の唯一の親友であるシフォンケーキの御侍だった。

シフォンケーキは僕よりもっと悲しんでいる筈……しかしこの件が起きてから、姫様は僕に彼女の傍に居て欲しいと、僕を城から出してくれなくなった。

僕はシフォンケーキに手紙を送ろうとした。いつか真相は明らかになる、僕たちが犯人を見つけ出すと。

僕はパエリアにも手紙を送ろうとした。ミドガルから旅立つのを延期して、出来れば友人としてシフォンケーキに寄り添って欲しいと……

しかし未来の親王が亡くなったため、処理しなければいけない事が多すぎて、僕はずっと時間が取れず、気づけば今夜になってしまった。

今夜、手紙を書こうとしていた所、姫様に呼び出された。

姫様はカンテラを持って、僕を王宮の歌劇院に連れて行った。ステージ袖の怪談に沿って、時計台の裏にある踊り場にやってきた。

いくつもの白いキャンドルによって踊り場は照らされていて。内側と外側にある二層のステンドグラスは、キャンドルの光によって妖しい影を映し出した。秒針のチクタク音が、この空間で鳴り響いていた。

僕はこの場所を知っている。姫様は良くここに来ていたから。彼女は足が不自由なため、ステージ上で踊ることは出来ない。そのため、舞踏会が開催される度、彼女は1人でここにやってきて、下の音楽隊の演奏に合わせて、人に見られない場所で思い切りダンスを楽しんでいた。

しかし今日は……祭壇のように装飾されていた。

姫様はどうして僕をここに連れて来たのか?

僕が口を開く前に、姫様はゆっくりと振り返って、手に持ったカンテラでボクの顔を照らした。まるで僕の事を知らないかのように、じっくりと僕の事を観察した。

「ムース……三日前、貴方が言った事は……本当?」

突然口を開いた彼女に、僕は驚いてしまった。

三日前?

そうだ、三日前は将来の親王が亡くなった日。そして……僕と姫様が初めて言い争った日。

しかし……どうして言い争っているんだ?

──突然、ガラスの割れる音と共に記憶が僕の脳裏に流れ込んだ。

バリンッ!
花瓶が地面に落ちて割れた。

「言ったでしょう、もうあのパエリアに会いに行くなと。まさか私に隠れて会いに行っていたとは……シフォンケーキは貴族の礼儀を無視して、得体の知れない粗野な平民と付き合うのは、彼の御侍の指導がなってないからよ……言った筈だわ、彼のような悪癖に影響されるなと!」

姫様の唇は震えていて、薄く紫色になっていた。

「姫様、僕たちはただファヤにミドガルに残って欲しいと説得しただけです。彼女はとても優秀な食霊です、貴方が言っているような人ではありません」

「フッ……私のムースよ……感じてないのか?……貴方は変わった……私の命令に背いた事なんて一度もなかった……彼女はずっと貴方を彼女のような下賤な平民になるように誘導してたんだわ!……貴方はあんなにも完璧だったのに……こんな風に堕落して本当に良いと思っているの……!」

「姫様、僕は……貴方の考えに賛同出来かねます」
「……なんですって?」
「僕は、自分の考えを持たない僕が完璧だとは思いません。そして、人の良し悪しを平民や貴族などで区別出来るとも思っていません」

僕は片膝をついて、顔を上げて姫様を見た。

「僕は貴方と同じく、自分の生活や友人を選ぶ権利がある筈です」
「僕は貴方に忠誠を誓います。しかし、僕は貴方の人形ではありません」

……そうだ、思い出した。
その時初めて姫様と言い争い、自分の考えを伝えた。
きっかけは、僕が夜通し帰らず、姫様が僕を一晩待った事による物。次の日僕が帰ると、姫様は怒り狂っていた。

姫様の唇は紫色になっていたにもかかわらず、僕は自分の考えを伝えるのに必死で、彼女の顔色を見ようともしなかった……彼女が血の気のない顔で涙を流しながら、昨晩ボラン公爵が殺害されたと話すまでは。

──彼女がその事を知って失意の底にいて僕を探し求めていた時、僕は彼女の傍にいなかったなんて──

僕に一体何が起きたんだ、どうして彼女の言葉を逆らうようになった?



「ムース、答えて。本当にもう私の言う事を聞いてくれないのか?」
姫様の言葉によって、僕は割れた記憶の中から意識を取り戻した。

目の前にあるのは依然としてキャンドルが溢れている時計台。憔悴しきった御侍様はカンテラを持って僕の目を真っすぐ見ていた。

「姫様……僕は……」

──僕は姫様の食霊です。貴方が僕に命を与えてくださった……故に、貴方の言葉を第一にしなければなりません……あの日は気がふれてしまっただけです。僕が貴方の言葉を聞かないなんて……そんな……僕は……

「ムース……答えて……」

前と同じように彼女の命令に従うと伝えたいのに、どうしてか僕はいつまで経ってもこの言葉を口にすることは出来なかった。

どうして?どうして?
彼女の命令に従う事を邪魔しているのは一体何なんだ?
まさか本当に彼女が言っていたように、パエリアが僕になにか呪いを掛けたのか?

あの日、僕は一晩帰らなかった。僕はどこに行っていた?何をしていた?誰が僕を変えた?
どうして、どうして思い出せないのか?

「うっ!」

首筋に激痛が走り、思考が中断された。

驚いた僕が顔を上げると、姫様はカンテラを持っていた。カンテラは姫様の上がった口角を映し出してくれたが、漆黒の目を照らしてはくれなかった。

「私が持っている物はもうほとんどないのに……どうして皆私を裏切ろうとするの……?」

「大丈夫、原因なんてどうだって良いわ……許してあげる……もう一度……やり直せば……」

Ⅲ.ブルーチーズの幻楽

「ねえ、ムースケーキ。今の生活を変えたいと思った事はありませんか?もっと……自由に」

ブルーチーズはリラックスした様子で絨毯の上に座っていた。大きく背伸びをして、僕に向かって目配せをした。

僕は姿勢を正して座り直した。

ブルーチーズさん、意味がよくわかりません」

「緊張しないでください」ブルーチーズは軽く手を振った。
「君は僕の御侍と似ている気がしました、心の奥底が……君は自分をがんじがらめにし過ぎているように見受けました、それは疲れませんか?」

言い終えて、彼は笑顔で頭を振った。
「申し訳ない、言い過ぎたかもしれません……今夜知り合ったばかりなのに」

「いえ、そう言わないでください……今晩、貴方と共に過ごせてとても楽しかったです、こんなに楽しいのは……本当に久しぶりです!」
僕は拳を握り締めて、真剣に言った。

僕の動きかそれとも言葉なのか、彼のツボにハマったみたいで、呆気にとられたと思いきや、すぐに腹を抱えながら転がり始めた。

「バイオリンが危ないですよ!」

素早く彼のバイオリンを彼の蹴りから救い出してすぐ、自分が転んでしまった。

「……」
座りすぎた事で、足がしびれていた。

「……はははっ……」
ブルーチーズの笑いが止まらない。僕も一瞬固まって、思わず彼と共に笑い始めた。

そうだ、知り合ってまだ一晩しか経っていませんが……しかし……本当にこんなに楽しいのは久しぶりだ。

──これが初めて一晩帰らなかった夜、遂に思い出した。


あの日の夕方、僕はパエリアに最後の別れを告げようとした。

彼女とは先日終わったばかりのミドガル食霊大会で知り合った。何度もこの大会に参加してきたが、彼女のような好敵手に会ったのは初めてだった。僕は彼女の実力と人となりを好ましく思っていた。しかし残念ながら、姫様は僕と得体の知れない彼女と付き合うのを許さなかった。

大会が終わると、姫様はすぐに彼女との付き合いをやめるよう命令してきた。そして、パエリアもミドガルから離れるという選択肢を取った。
離れがたかったけれど、口にする事はなかった。

僕の唯一の友人である──同じ貴族のシフォンケーキは僕の気持ちに気付いてくれた。

彼は無理やり僕を連れてパエリアを探しに行き、残るよう説得しに行った。

あの日、パエリアは僕達に彼女が離れなければいけない理由を話してくれた。それは彼女の最大の秘密でもあった──彼女の御侍が残した未完成のダンスだ。

彼女は言った、そのダンスはこの世で最も美しいと。その中には彼女にはまだわからない、彼女が思うこの世で最も大切な物があるらしい。

パエリアはそのダンスの欠けた部分だけを踊って見せてくれた。最初の動きを見た瞬間から、僕は息を呑んだ。

──僕は自分が見えた、鎖に繋がれて思うように踊れない自分が。

涙を制御できず、ほとんど逃げるようにその場を離れて行った。

その後の事はもう思い出せない。気が付くと土砂降りになっていた。

僕は名も知らない草原に立っていた。左右を認識する事も、顔に流れているのが雨水なのか雨水なのかもわからなかった。耳元で聞こえるのは風の音と、バイオリンの旋律だけ。

僕はほとんど無意識にその旋律を辿って行った。しばらくすると、林を抜けてある小さな花園に辿り着いた。

花園には一棟の屋敷が建っており、二階のバルコニーにはバイオリンを弾いている青年がいた。暴風雨を前に、僕が聞いた事のない曲を弾いていた。

後で彼の名前が──ブルーチーズであると知る。

彼の旋律には物語があり、まだ落ち着かない僕の心臓の鼓動と共鳴した。

遥か長い道のりを旅して、無人の秘境を冒険してきたが。長い歳月考えあぐねて、最終的に原点に立ち返り、単純な心を持って、最初の場所に戻ってきた。

彼の旋律の中には……パエリアのあのダンスと同じ物を感じた。
自由だ。

一曲が終わった後、僕はその場に立ち尽くしていた。雨は更に強くなり、まるで空からカーテンが垂れ下がって来たかのようだった。我に返ると、ブルーチーズが不思議そうに僕の方を見ていた。

この時の自分の恰好は相当ひどかったと思う──姫様に仕え始めてから、あの日のような失態を人に見せた事はなかった……

どこから勇気が湧いて来たのかわからなかったが、どうにか彼の前で自分のイメージを挽回しようとした。

バルコニーに向かって手を振りながら、力いっぱい叫んだ。

「初めましてーー僕はムースケーキですーー申し訳ないのですが、迷ってしまったみたいで。ここはどこでしょうか?」

十五分後。

「これを飲んで、身体を温めてください」

ブルーチーズは楽しそうに白いタオルを僕の頭に載せ、そして僕に甘い香りがするチョコレートミルクを渡してくれた。

僕は固まってしまった。屋敷の主の綺麗な服を身に着けて、ソファーの上で濡れた髪を拭くのも、茶碗から直接熱々の牛乳を頂いて、口に泡を付けた事も……全て礼儀がなっていなかった。

「ありがとうございます、突然お邪魔してしまって申し訳ございません」

「大丈夫ですよ。僕も今日この屋敷に来たばかりなんです。まさか……こんな辺鄙な郊外で、迷子の方に会うとは。こんな大雨の夜に、どうしてこんな所まで来たんですか?」

質問をされて、その隙に僕はようやく持っていたミルクを置いて、ホッと一息ついた。

「迷った時に楽器の音が聞こえてきたので、試しに来てみたんです。ブルーチーズさん、バイオリンとても素敵でした。先程の曲のタイトルを教えてくださいませんか?」

「ああ、タイトルはありませんよ。即興で弾いた曲でしたので」
「即興?」
「はい。もし気に入ったのなら、タイトルを付けてくださいませんか?」
「僕がですか?」
「是非」
「では……『幻楽』というのは、いかがでしょうか?」
「幻楽……どうしてこのタイトルに?」
「貴方のこの曲を初めて聞いた時、僕の目の前には様々な景色が現れました……神秘的な自然……古の伝説……奇妙な冒険……あなたの旋律共に、まるで夢のような旅を経験したかのような気持ちになりました。貴方の音楽にある物語がとても好きです」

ブルーチーズは少しだけ目を見開いて、すぐに笑い出した。

「まさか、色んな場所を旅しても見つけられなかった知音を……ここに帰って来た初日に出会えるとは……よかった、僕は旅の途中色んな曲を書きました。タイトルを付けてくれる人がいなかったんです、是非手伝ってください!」

「本当ですか、喜んでお手伝いいたします」

「ではそうしましょう、今楽譜を持ってきます!」

立ち上がったブルーチーズを僕は引き留めてしまった。

「待ってください、別の日でも宜しいでしょうか?」

ブルーチーズは困惑した様子で僕を見ていた。

「僕の御侍は外泊を許してくださいません……雨が落ち着いてきましたら、すぐに戻らないといけません」

「しかし、このような悪天候の中急いで帰らなければならないというのも理不尽ではないでしょうか」

「それは……」

「大丈夫ですよ。ではこうしましょう、住所を教えてくだされば、明日共に謝りに行きましょう。君も僕の曲を聴きたいでしょう?残りたいんでしょう?そうですよね?」

ブルーチーズの期待している目を見て、僕の内心は揺れ始めた。

心の中では二人の小人が戦っていた。勝っている方の小人は、僕の首に繋がれていた鎖を引きちぎった。その瞬間、僕の呼吸は今まで感じた事無い程に楽になった。

「……はい」

僕は勇気を貰って、騒いでいるもう一人の小人を蹴り飛ばした。

Ⅳ.国王の祭祀

カチッ。

歯車が噛み合い、長針が元の位置に戻った。
鐘が鳴り、十二時になった。

僕の首筋には激痛が走った、勇気に満ち溢れていた過去の自分が崩れていく。
長針の先端が僕の体を過り、喉に刺さった。

痛い。
すごく痛い。

血がステージに落ちたのだろう、そうじゃないとどうして劇場から叫び声が聞こえるんだ?

ああ、この酷刑が気付かれた訳ではない。真夜中の舞踏会が始まり、やってきた観客たちが歓声をあげているだけだった。

そして、僕の命は喉元の傷と共に少しずつ消えて行く。

この激痛の中、僕は遠い真相の最期の一章を思い出していた。

実のところ、姫様は僕の本当の御侍ではない。

僕が物心ついたころ、僕は国王陛下が送ってきた長生きの術を研究するための実験品だった。

彼のために長生きの研究をしていたのが、彼の実の妹である僕の姫様であった。

姫様は先天的に容貌に恵まれず、幼い頃病気によって足も不自由になり、人前に出るのを嫌った。

彼女の性格は病気の影響で暗く塞ぎこむようになり、普段は隠れて変わった術の研究をするのが好きだった。

国王は本気で食霊を使って長生き出来る術を探しているのか、はたまた理由を探して、どうにか妹に生きる価値を見出したかっただけだったのか。僕にはわからない。

ただ、彼女は確かに真剣にこの術を昼夜問わず研究し始めた。実験品であるはずの僕を忘れて没頭していた。その後、彼女は僕を助手にした。彼女の影響で、僕も色々な事を学んだ。

どれだけ時間が経ったのだろうか。実験室にいるのはいつも僕たち二人だけだった。王宮の歌劇院の上に巨大なガラス時計が出来るまでは。それは国王が姫様の設計図を元に建てた、長生きの術のための祭壇だった。

しかしある日、国王が術の進展を確認しに来た時、突然姫様は黙って国王の前で跪いた。僕のために、これ以上研究を続けたくないと言った。

国王は彼女をろくでなしと罵り、僕を指さして、あれはただの下賤な食霊だと貶した。

僕は怒っていたが、身体にある鎖から抜け出す事は出来なかった。彼女は何も言わず、ただ黙って跪いていた。僕は彼女の後ろから、彼女の姿を見ていた、身に着けている礼服に圧し潰されそうになっていた。

この瞬間、僕は自分に言い聞かせた。もし生き続けられるのなら、僕は彼女の背骨となり顔となると。もう二度と彼女を誰かの足元で卑しく跪かせないと。

国王は憤ったまま帰って行った。

彼女はゆっくりと立ち上がり、僕に向かって歩いて来た。そして僕の四肢付いている枷を外した。

「これから、貴方の命は私の物よ。王宮で生き続けたいのなら、必ず私が命令した全てを完璧にこなすこと……出来る?」

「はい、姫様」

この時、僕はまだそれが何を意味しているのかわからなかった。ただ自分が生き残ったこと、彼女にこれから仕えられる事に感謝した。


しかし、時間その物こそすべてを変えられる最大の魔法だ。

完璧な人形としての生活をどれだけ過ごしたかわからない。姫様の恩に報いるため、僕は自分の個性を無理やり抑え込んできたが。終にはシフォンケーキの友情、パエリアのダンス、ブルーチーズの旋律の中でよみがえってしまった。

今になって、かつて送り込まれる筈だった祭壇に再びやって来る事になった。

しかし今回は僕は遠くない場所で、魔法陣の中心で踊り狂う姫様を眺めていた。心に後ろめたさはなかった。

僕は生死すら人によって握られるペットでも、誰かの実験品でもないと、僕は知っている。

姫様の境遇に同情はしているが、僕は他人の運命の犠牲になるべきではない。

僕は食霊、人間と同じく、この世界の生霊だ。

生まれながらに魂があるのなら、自分の自由はあるべきだ。

しかし、僕がこの道理について知るのは遅かったようだ。

僕の意識はまた朦朧としてきた、傷口の痛みすらも感じられない程に。

食霊が死んだらどこに行くのだろうか。

ただ、もしやり直せるのなら、またこの世界に来られるのなら。
僕は絶対……絶対に……僕として生きたい……

Ⅴ.ムースケーキ

かつて、グルイラオには姫がいた。先天的に様々な問題を抱えているため、ほとんど人前に出る事はない。

しかし、彼女には最も優秀な食霊が仕えていた、ムースケーキだ。彼は姫の完璧な顔だった。

彼は勇敢で才能に満ち溢れていた。戦場では単騎で堕神や悪竜に立ち向かう勇敢な騎士、普段は善良で優雅な紳士だった。

彼はグルイラオで最も民に愛されていた食霊、グルイラオ皇族食霊の代表、彼を嫌う人は誰一人いなかった。

しかし、完璧な食霊を創り上げた裏には、姫のムースケーキへの厳しい指導がある事を、知る人は少ない。

彼女はムースケーキの全ての行動を皇室の礼儀に従うよう要求し、寸分たりともそこから外れる事を許さない。

食霊が身につけるべき物、つけるべきでない物に至っても、全て最高の成績を収めないといけない。

皇室と関係のない部外者とは一切付き合ってはならない。

ムースケーキは命の恩人である姫に報いるべく、誠心誠意を尽くして彼女の完璧な顔として生きてきた。シフォンケーキパエリアブルーチーズが現れるまでは。

この自由気ままな友人三人と比べる事で、ムースケーキは突然気付いてしまった。食霊は彼が思ってきたように、御侍の完璧なペットとしてではなく、食霊にも人間が持つ権利を持つべきだと。

このような考えが彼の心に根を張り、芽吹いた。そしてそれはすぐに、姫の残虐な手によってへし折られた。

姫は邪悪な祭祀を通して、強制的に時間を三日前に戻そうとした。

──もしムースケーキパエリアに会いに行かなければ、彼女のダンスを見る事もなかった。心の中の渇望が呼び起こされることも、大雨の中ブルーチーズに出会う事も……

そうすれば、ムースケーキは永遠に彼女の完璧で聞き分けの良い人形になる。

幸いにも、ムースケーキの命が尽きる前に、ブルーチーズシフォンケーキパエリアは強力して彼を救い出した。

ブルーチーズは精霊族から得たライフツリーの種を使い、ムースケーキは一命をとりとめた。しかしムースケーキは霊力が過度に流出してしまったため、外見は七、八歳の男の子になった。

そして……誰も思いもしなかった。目覚めた彼は、全ての過去を忘れただけでなく……性格すらも変わってしまうとは……


「ねぇ、ブルーチーズムースケーキは眠ってるだけでしょう?どうしてまだ起きてこないの?」

パエリアは枕元に座り、手でムースケーキの頬をつついた。

「おいおいおい、団長様って呼ばないと!ブルーチーズが言ってただろ!ムースケーキは今弱ってるから、怒らせたらいけないってな!機嫌を取らないとダメだ!あとセクハラはやめろ!」

シフォンケーキムースケーキの顔をいじくるパエリアの手を払った。

「そんな筈は……チョコレートミルククッキーの中には、人間の子どもに効く程度の睡眠薬しか入れてませんよ」

ブルーチーズは自分の顎を触りながら、困惑していた。

しばらくして、彼は一つため息をついて口を開いた。

「まあ良い、団長を寝かせておきましょう。彼のために特別に注文したアイスクリームケーキは僕たち三人で食べましょうか」

「え?いつそんなの注文したぶっ──」

シフォンケーキが話し終わる前に、パエリアに口を塞がれて、白目剥いて引きずられて行った。

「うるさいわね!早く注文しに行きなさい!」

ブルーチーズは柔らかく笑みを浮かべた

彼はムースケーキが既に起きていて、今は狸寝入りをしていると気付いていた。もうすぐ飛び起きて一番大きい一切れを残せと騒ぎ始めるだろう、そして食べ終えればまた次の逃げる機会を伺う。

問題ない、ゆっくりいこう。彼らはいつか新しい仲間たちを信頼してくれるようになるまで、彼を目一杯甘やかそうとしていた。

ブルーチーズムースケーキの布団を掛け直してあげた、そして寝ている間に流した一滴の涙を優しく拭った。

過去の夢がどれだけ苦くても、起きたら僕たちがいる。君の余生はきっとずっと甘いままだ。


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