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秋の遠出・ストーリー

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秋の遠出

プロローグ


ポーローパーウ:な~に~?サイン会に行かないと特典本が貰えないなんて、ズルいっす!

ドリアンパンケーキ:ウサギさんが、うるさいって……

ポーローパーウ:起きたっすか〜


 ドリアンパンケーキは大きなウサギの懐に顔を埋めながら、目を擦って起こされてしまった不満を訴えた。

 ポーローパーウドリアンパンケーキを見つめて、突然悪い顔でニヤケ始めた。

 何か良いアイデアが浮かんだ様子だった。


ドリアンパンケーキ:ウサギさんが、そんな目でドリアンパンケーキを見ないでって言ってる。ポーローパーウの目付き、なんか怖い……

ポーローパーウ:へっへ、ドリアンパンケーキ、外に遊びに行きたくないっすか?

ドリアンパンケーキ:ウサギさんは行きたくないって……

ポーローパーウ:ウサギさんが行きたくなくても、ドリアンパンケーキが行きたいんなら大丈夫っすよ〜

ドリアンパンケーキ:ウサギさんは戻って寝なきゃ……


 長年同居人として付き合ってきたため、ドリアンパンケーキポーローパーウがこういう笑顔を浮かべている時、どんな事を考えているのか当然わかっていた。そうして長年の経験から、振り返らずその場を離れるのが一番良い対処法である事も知っていた。

 ポーローパーウはウサギのぬいぐるみの大きな背中を見つめて、悔しそうな顔を浮かべていた。


ポーローパーウ:あっ……逃げられた……はぁ、どうしよう、うちも出たくないっす!でも、タピオカミルクティーの特典本……欲しい……


 一日中考えあぐねた結果、ポーローパーウタピオカミルクティーの新刊発売記念サイン会に行く事に決めた。


ストーリー1-2

早朝

玄関


 いつもの格好とは打って変わって、ポーローパーウは自分のアイドルに会いに行くために念入りにおめかしをした。ただその靴は……


ドリアンパンケーキ:ウサギさんは心配してる。ポーローパーウの靴は、ヒールが高いから、歩くの、疲れちゃう……

ポーローパーウ:心配してくれるんなら、ドリアンパンケーキが代わりに行ってくれないっすか?

ドリアンパンケーキ:ウサギさんはダメだって。だってウサギさんは靴、持ってない。

ポーローパーウ:それ理由になるんっすか……ほら、見て!


 ポーローパーウは言いながら片方の靴を脱いで、それを頭より高く掲げた。


ドリアンパンケーキ:ウサギさんはポーローパーウのしたい事がわからないって。

ポーローパーウ:簡単っすよ~疲れた時は、靴を枕にすれば、いつでも横になれるっす~

ドリアンパンケーキ:ウサギさんは何を言ったら良いかわかんないって……

ポーローパーウ:じゃあ良いっす……最後にもう一回聞くけど、ドリアンパンケーキ、本当に外に遊びに行かないっすか?外の世界は楽しいっすよ~それに、タピオカミルクティーの本にも書いてあったっす!外にはウサギがいっぱいいるって~

ドリアンパンケーキ:ボクはウサギさんがいればいい……

ポーローパーウ:多い方が良いっすよ~

ドリアンパンケーキ:ウサギさんがいってらっしゃいって。


 ドリアンパンケーキは迷わず玄関のドアを閉めた。これ以上もたもたしていたら、彼女は自分を家から引きずり出してでも強引にサイン会に連れて行くと思ったからだ。


ポーローパーウ:薄情っすよ……げっ、暑いっ!


 長年空調が効いている部屋で過ごして来たポーローパーウは、出た瞬間から熱風の洗礼を浴びて、外の世界からの拒絶を感じた。

 彼女は今すぐにでも投降して、冷房の効いた部屋に戻ろうとしたが。どれだけドアを叩いても、中にいる筈のドリアンパンケーキは応えてくれない。


ポーローパーウ:た、たすけて……

重陽糕:お主……

ポーローパーウ:えっ?


 死にそうになっているポーローパーウに話しかけてきたのは、オッドアイを持つ女性食霊だ。彼女は分厚い服を着ているが、少しも灼熱に影響されている様子はなかった。


ポーローパーウ:うちに、話しかけてるっすか?

重陽糕:お主、今日は……気を付けた方がよい。


───

えっ?

・何にっすか?

・うちを呪ってるんっすか?

・どういう意味っすか?

───


 その女性食霊は落ち着いていた。その視線はまるで全てを見透かしているように感じたので、ポーローパーウは怖くなった。直感的にこれは悪戯でもギャグでもないと悟った。


重陽糕:出掛けるのなら、気を付けておくれ。

ポーローパーウドリアンパンケーキ、早くドアを開けて!入れて!家にいるのはわかってるっす!

重陽糕:帰ると、一生後悔する事になるかもしれん。


 ポーローパーウはその言葉を聞いてブルブルと震えた。やっと可哀そうなドアを叩くのをやめて、振り返った。


重陽糕:出掛けると、必ず災いが降りかかる。

ポーローパーウ:……


 ポーローパーウは女性食霊にすり寄り、ごまをするかのように彼女の腕に絡んで揺らした。


ポーローパーウ:お姉さん、どんな災いかもう少し詳しく教えてくれないっすか?

重陽糕:神のみぞ知る。

ポーローパーウ:……

重陽糕:お大事に。


 淑やかで美しい後ろ姿が離れて行くのを見て、ポーローパーウは項垂れた。観念して、牛歩のごとく駅へと向かった。


ストーリー1-4

十数分後

車内


 十数分後、ポーローパーウはようやく駅に辿り着いた。

 短い道のりを歩いただけで彼女は疲労困憊になっていた。空席を見つけると目を閉じてそこにドガっと座り込んだ。はたから見ているとまるで昏睡しているかのようだったため、隣に座っていた少女は心配そうな表情を浮かべた。


梅酒:大丈夫ですか?

ポーローパーウ:だ、だいじょうぶっす……


 空調はそこまで効いていないからか、少女はバッグの中からうちわを取り出して、ポーローパーウに差し出した。


梅酒:もし良ければ、使ってください……

ポーローパーウ:わあ!良い人っす!じゃー、遠慮なく!


 ポーローパーウは相手がうちわを持っているのを見て、喜んだ。しかし受け取る事なく、彼女の方を向いて目を閉じた。


梅酒:えっ?!


 思っていた事と違ったけれど、ポーローパーウの動きがあまりにも自然だったためか、少女も思わずうちわをあおいで彼女に風を送り始めた。

 ただまさかあおぎ始めたら手を止めるタイミングが見つからなくなるなんて……


梅酒:あ、あの、まだ、暑いですか?

ポーローパーウ:おっ、助かったす〜生き返れたっすよ〜!

梅酒:い、いえ。もうすぐ降りなければいけないんです。

ポーローパーウ:それは良かったっす〜待って、うちも次で降りるかもしれないっす。

梅酒:貴方も紅葉の館に行こうとしてるんですか?

ポーローパーウ:紅葉の館?紅葉小舎ならどっかで聞いた事ある気が。あっ、だめ、頭が回らない、しんどいっす……


 少し脳を使っただけで何か大きな仕事を成し遂げ力を使い果たしたかのように、ポーローパーウ梅酒の肩目がけて倒れ込んだ。このようなスキンシップを受けて、梅酒はビックリしてしまった。しかし彼女は避ける事なく、ただ頬を赤らめて俯いた。


ポーローパーウ:ぎゅるる……

ポーローパーウ:うーん、お腹空いた……

梅酒:あの、紅葉の館……紅葉小舎には美味しい物もありますし、休む事も出来ます、いっ、一緒にどうでしょか?

ポーローパーウ:駅にあるっすか?

梅酒:えっ?い、いえ駅には……

ポーローパーウ:どれくらい歩くっすか?

梅酒:そ、そんなには遠くない、かと……

ポーローパーウ:あぁ……もう疲れて一歩も歩けない……

梅酒:えっ?じゃ、じゃあ背負って行きますよ!


 その言葉を聞いて、ポーローパーウはこころの中で小躍りした。しかし梅酒の薄い体を見て、すぐにその考えを諦めて、わざとショックを受けたかのようにため息をついた。


ポーローパーウ:はぁ……良いっす、二人して転びそうな予感しかないっす。

梅酒:ご、ごめんなさい……


───

……

・良いっすよ。

・どうして謝ってるんっすか?

・全部君のせいじゃないっす、うちの身長がもう少し低かったらな。

───


梅酒:私にもう少し身長があれば……

ポーローパーウ:じゃあ‥…君の名前は?

梅酒:私、あっ、私は梅酒です。

ポーローパーウ:じゃあ梅酒ちゃん、こんなに長い間あおいでくれたお礼に、紅葉小舎でご飯を奢ってあげるっすよ〜

梅酒:いえそんな!そこまでは……

ポーローパーウ:安心するっす〜ドリアンパンケーキがちゃんと管理してくれてるから、うちは結構金持ちなんっすよ〜

ポーローパーウ:しかもうちは土地勘がないから、たかられるかもしれないっす!君に美味しくて安い料理を頼んでもらわないと!

梅酒:そ、そうですか……良いでしょう。あっ、そうです、あの名前を伺っても?

ポーローパーウ:えっ?なんて?


 車内放送によって梅酒の声が遮られた。彼女に自分の声を聞かせるため、声を張り上げたポーローパーウに彼女は驚いてしまった。


梅酒:ごめんなさい、なんでもないです!つ、着きました、降りましょう。


 ポーローパーウは頷いて、梅酒と一緒に降りて行った。


ストーリー1-6

一時間後

紅葉小舎


 紅葉小舎は千客万来、繁盛していた。ポーローパーウ梅酒のテーブルには数多くの美食が置かれており、お腹が空いていた彼女たちは唾を飲み込んだ。

 しかしポーローパーウはテーブルいっぱいの食べ物を見ても、箸すら持たず、突っ伏してため息をつき始めた。


ポーローパーウ:はぁ……

梅酒:ど、どうかしましたか?食欲がないのですか?

ポーローパーウ:いや、食べたいっすよ……

梅酒:ならどうして?


───

……

・食べる気力がないっす。

・自分で食べても美味しくないっす。

・お腹が空きすぎて腕が上がらないっす。

───


 ポーローパーウは本当に気の毒そうな声を出して、可哀そうな顔で梅酒を見つめた。視線だけで「わかってくれるっすよね?」と言っているようだった。


梅酒:じゃ、じゃあ私が食べさせて……

梅茶漬け:あら〜こんな事でお客様を煩わせられないわ、私たちは全てのお客様のために最高のサービスを提供しているわ!

梅酒梅茶漬け……


 梅酒は突然テーブルの横に現れた女性食霊の名前を口にした。彼女は確かに常連のようだ。

 梅茶漬け梅酒に向かって頷き、笑顔で一人の男性食霊を引きずってきた。彼もこの小舎の店員のようだ。


梅茶漬け:彼はうちで一番有能な店員、ざる蕎麦よ。全てのお客様から高評価を得ているわ、彼に給仕させるわね。

ざる蕎麦:ま、待ってください!


 ざる蕎麦は状況がわかってないまま引きずられてきたようだ。例えそうだとしても、プロとして彼はすぐにお客様の前で冷静さを取り戻した。


ざる蕎麦:お客様方、ご用件はなんでしょうか?

ポーローパーウ:食べさせて。

ざる蕎麦:……

ポーローパーウ:お腹空いた、空いた!誰か食べさせてくれないと、倒れちゃうっす!

ざる蕎麦:しかし……

梅茶漬け:これはお客様からのご要望よ〜

ポーローパーウ:あーん……


 目を閉じて食べさせてくれるのを待っているポーローパーウを見て、ざる蕎麦は頬を赤らめた。彼は震えた手でスプーンを受け取り、努力して心の準備を整えていた。

 しかし、成功はしなかった。


ざる蕎麦:すみませんでした!

ポーローパーウ:あっ!うちのご飯!


 ざる蕎麦はまるで辱めを受けたかのような表情を浮かべて、スプーンを投げ捨て走り去って行った。

 ポーローパーウは彼が敵前逃亡した事に対して特に何も思わなかった。ただ床に落ちたご飯だけが惜しくてならない。

 続いて、黒髪に赤い服の店員が近づいて来た。


寿司:いらっしゃいませ、私はここの店員の寿司です。

ポーローパーウ:どうもっす、食べさせてくれる?

寿司:お客様のお望みとあらば。


 寿司梅茶漬けから新しいスプーンを受け取って、茶碗から大きな一口をよそった。


寿司:全力を尽くして満足させてみせます。

梅茶漬け:では、安心してお召し上がりください!


 ポーローパーウ梅茶漬けのキラキラとした笑顔を見て、何故だか寒気を感じた。

 彼女が異変に気付いた頃には、既に手遅れになっていた。

 口の中にある分をまだ飲み込んでいないのに、寿司は更に大きく一口をよそって、急いでポーローパーウの口元まで運んだ。

 寿司の表情は至って真剣だった。ポーローパーウはしきりに自分を慰めていたが、どうしても寿司の表情から……

 「食べきれなかったら殺す」という意味を読み取ってしまう彼女がいた。


ストーリー2-2

午後

紅葉小舎の廊下


ポーローパーウ:うえっ、はち切れそう……


 ポーローパーウは紅葉小舎のどこかの廊下に横たわって、疲れ切った顔で真ん丸になった自分のお腹を撫でていた。

 寿司はどう見ても生真面目な人だった。真面目過ぎて融通が利かない程だ。サービス精神が旺盛で食べ物を粗末にする事も良しとしていないため、彼女は無理やり全ての料理をポーローパーウのお腹に詰め込んだ。

 その結果、ポーローパーウは食べ過ぎてもう一歩も歩けなくなった。お腹ははち切れそうになっていて、横になっていても苦しさが紛れない。


ポーローパーウ:まさかこれがあの綺麗なお姉さんが言っていた災いっすか?

スノースキン月餅:そこに、赤ちゃんいるの?

ポーローパーウ:ハイ?


 雪のような白い肌の少女も廊下に座っていた。ただ彼女は静か過ぎたため、声を掛けられるまでポーローパーウはまったく彼女に気付かなかった。

 彼女はただただ静かにそこに座っていた、まるで雲の上にいる仙人のよう。

 ただその仙人は今ポーローパーウの真ん丸のお腹を指さしながら、真剣な顔でポーローパーウを笑わせるような頓珍漢な質問をしてきた。それによってなんだかアホっぽくも見えた。


ポーローパーウ:ヒクッ!これは災いっす。

スノースキン月餅:災い?あなたは、不幸なの?

ポーローパーウ:もしうちの代わりにサイン会に行ってくれるなら、うちは超幸せになるっすよ〜

スノースキン月餅:サイン会?

ポーローパーウタピオカミルクティー先生の新刊発売記念サイン会っす!うちはそこに行くために、遠路はるばるやって来たんっすよ!

スノースキン月餅:……

ポーローパーウ:今はもう疲れ切っちゃって、ただただ横になってたい……

スノースキン月餅:……


 ポーローパーウのキラキラした目には期待が満ちていた。そして真っすぐに感情の読めない澄んだ瞳を見つめた。


スノースキン月餅:だから?

ポーローパーウ:だから……うちの代わりに行ってきてくれないっすか?

スノースキン月餅:道がわからないの?わたしが、連れて行く。

ポーローパーウ:いや……そういう意味じゃ……

スノースキン月餅:ハイ?

ポーローパーウ:綺麗なお姉さん、うちの代わりにサイン会に行って並んで来てくれれば良いっすよ!

スノースキン月餅:綺麗なお姉さんじゃない、スノースキン月餅

ポーローパーウスノースキン月餅姐さん、どうっすかどうっすか!

スノースキン月餅:いいよ。

ポーローパーウ:本当っすか?


 ポーローパーウは突然跳び起きた。顔から興奮した感情が滲み出ていて、まったく疲れている素振りがない。


スノースキン月餅:だけど、行きたくない。

ポーローパーウ:……


 さっきまであんなに嬉しそうだったポーローパーウは、たった一言で天地がひっくり返る程のショックを受けて落ち込み始めた。

 スノースキン月餅はそんな彼女を見て、心の中で羨ましい感情が芽生えた。


スノースキン月餅:一緒に、行こう。


───

……

・しょうがないっすね、行こう!

・はぁ、一人よりまだ二人の方が良いか。

・やだ、うちの代わりに行って!

───


 スノースキン月餅は立ち上がって外に向かって歩き始めた。彼女は応える事は無かったが、ポーローパーウがぶつくさと言っていた全ての言葉をちゃんと聞いていた。


スノースキン月餅:(本当に元気な子)


ストーリー2-4

午後

サイン会会場


 サイン会は大きなイベント会場の中で開催されているようだ。人で込み合っていて、おかしな服装を着ている人も多い。

 ポーローパーウタピオカミルクティーの本の中で似たような場所を読んだ事があった。確か「ほにゃららマーケット」という名前だったはず……しかし今の彼女はそれすら思い出せない。一日の長旅を経て、既に彼女の数カ月分の運動量を越していたため、頭を回転させる余力など残っていなかった。


スノースキン月餅:こっち。

ポーローパーウ:待って……

スノースキン月餅:待たない。

ポーローパーウ:ううっ……


 人混みの間を自在に縫って行くスノースキン月餅はまるで幽霊のようだった。その後ろを追っているポーローパーウは彼女と比べると明らかにヘトヘトになっていた。


ポーローパーウ:靴底が厚くて良かった、そうじゃないと踏まれて足がボロボロになってたっす。

スノースキン月餅:着いた。

ポーローパーウ:わあ、人多いっすね……

スノースキン月餅:頑張らないと。

ポーローパーウ:えっ?なんて?


 ポーローパーウスノースキン月餅が何かを言っている事はわかっていたが、相手の声がか細いため、このような騒がしい場所でははっきりと聞き取る事は出来なかった。

 ポーローパーウは聞き返したが、スノースキン月餅が答える事はなかった。まるでロボットのように、ただ静かに列に並んでいた。


ポーローパーウ:それなら……

スノースキン月餅:?


 ポーローパーウは頭をスノースキン月餅の肩に乗せ、体全体をスノースキン月餅の体に引っ付けた。まるで超巨大ストラップのようになっていた。


ポーローパーウ:ふぅ、スノースキン月餅の体冷たくて、柔らかくて、気持ち良いっす……

スノースキン月餅:重い。


───

……

・ダイエットは今度するっすよ。

・うそつき、重くないっすよ!

・やだ、乙女にそんな事言わないで欲しいっす。

───


 スノースキン月餅ポーローパーウの言葉に反応する事なく、少しだけ抵抗してみて、放っておく事にした。

 どれぐらい並んだかわからないが、スノースキン月餅の背中に引っ付いてたポーローパーウが寝そうになっていた頃、やっとブースの前に辿り着いた。しかしこの時、立札を持ったスタッフがやって来て、彼女たちの前にそれを立てた。


ポーローパーウ:完、完売?!

スタッフ:申し訳ございません、新刊は完売しました。

ポーローパーウ:じゃ、じゃあ特典本も……

スタッフ:配布は終了しました。

ポーローパーウ:……

スノースキン月餅:大丈夫?

ポーローパーウ:大丈夫……ちょ、ちょっとお手洗いに行ってくるっす。

スタッフ:彼女は大丈夫でしょうか?

スノースキン月餅:大丈夫、彼女は、慣れてるはずだから。


 魂が抜けたポーローパーウはお手洗いに向かっていたが、そこでも列に並ばなければいけない事に気付いて絶望した。


ポーローパーウ:今日の長旅は、一体何のためだったの……これからは、絶対、絶対にもう二度と外に出ないっす!

タピオカミルクティー:うわっ!

ポーローパーウ:うっ、いった!


 項垂れていたポーローパーウは、突然現れた人とぶつかって尻餅をついた。

 白い髪の少女は眼鏡を拾い、それを慌てて掛けてから、すぐさまポーローパーウを起こしに行った。


タピオカミルクティー:ごめんなさい。急いで走っちゃって、ここも滑るし、大丈夫?

ポーローパーウ:いたたた……あれっ?!タピオカミルクティー先生!

タピオカミルクティー:あら、その呼び方は少し照れ臭いね。

ポーローパーウ:ファンっす!大変な思いをしてここに来たのは、貴方のサイン会に参加するためっす!

タピオカミルクティー:あれ?おかしいな、さっき見かけてなかったよ。

ポーローパーウ:うちがブースの前に辿り着いた時、もう完売したんっす。

タピオカミルクティー:それは申し訳ない!

ポーローパーウ:大丈夫大丈夫、全然気にしてないっす!それより……先生、特典本の在庫ってあったりしないっすか?どうっすか?どうっすか?


 期待に満ちた目で自分に向かって両手を差し出して来たポーローパーウを見て、タピオカミルクティーは困った顔で頭を下げた。


タピオカミルクティー:言い訳にしか聞こえないかもしれないけど、いつもは多く用意していたんだけどね。ただ今回は予想よりも三人も多く買い手がいたの……

タピオカミルクティー:どうしよう、私の手元には何も……あっ、そうよ!ちょっと付いて来てくれるかな?

ポーローパーウ:えっ?


 ポーローパーウは本当は断りたかった。今の彼女は一歩も歩かずただただ横になりたい気持ちでいっぱいだったから。

 しかし相手は自分のアイドル、彼女は流石に断れなかった。しかも、これは自分のアイドルを知れるいいチャンスかもしれない。


ポーローパーウ:絶対に逃さないっす!

タピオカミルクティー:これは私が買ったばかりの原稿用紙、もし良かったら受け取って。これで素晴らしい旅行記を書いて、今後機会があったら是非共有して欲しいの。執筆の資料として使わせてもらうよ!


 分厚い原稿用紙を見たポーローパーウはその場で固まって、いつまで経ってもそれを受け取ろうとしなかった。


ポーローパーウ:(こんなに紙を持って帰るなんて、絶対疲れる……)

ポーローパーウ:あ、あの……

タピオカミルクティー:あっ、突然こんな事を言って困らせてしまったね!都合が悪いなら……

ポーローパーウ:良いっすよ!

タピオカミルクティー:えっ?本当に?嬉しいよ!


 アイドルの嬉しそうな笑顔を見て、ポーローパーウは無理やり笑顔を取り繕った。タピオカミルクティーと別れてから、彼女はある重大な問題に気付いた……


ポーローパーウ:あっ……うちは引きこもりだった。


 皆さんご存知の通り、引きこもりは旅行記なんて書けません。


ポーローパーウ:まぁいっか!


 考え込むのはポーローパーウの信条に反する。彼女は気持ちよくソファーに寝っ転がれて、お菓子やジュースを飲み食いできて、タピオカミルクティーの物語を読めればそれで充分なのだ。

 ポーローパーウが先程まで並んでいた場所に戻ると、スノースキン月餅が一歩も動かずまだ彼女の事を待っていた事に気付いた。


ポーローパーウ:もう良いっす、帰ろう。

スノースキン月餅:……

ポーローパーウ:どうしたの?

スノースキン月餅:これ、あげる。

ポーローパーウ:これは?氷の世界?どんな話?

スノースキン月餅:旅行記。

ポーローパーウ:これも旅行記?これは読んでみないと……でもどうして?

スノースキン月餅:お詫び。


 ポーローパーウは相変わらず表情がないスノースキン月餅を見て、どうしてか、今は彼女の気持ちが読み取れるような気がした。

 それて彼女は悪そうにニヤリと笑った後、スノースキン月餅の隙をついて、彼女に抱き着いた。


ポーローパーウ:ありがとう!大切にするっす!

スノースキン月餅:うっ、苦しい……

ポーローパーウ:うちに抱きしめられてるんだから、幸せを感じてるはずなんすけどね〜


 スノースキン月餅が首を振ると、ポーローパーウは更に力強く抱き締めた。ポーローパーウは甘える事に集中していたため、残念ながら珍しく表情を変えたスノースキン月餅に気付く事はなかった。


ストーリー2-6

夕方

イベント会場外


ポーローパーウ:うわぁ、疲れた!


 イベント会場から出ると、ポーローパーウは身体を伸ばしてあくびをした。今回の恐ろしい旅がやっと終わりを迎える。


スノースキン月餅:読書、ポテトチップス、ジュース……

ポーローパーウ:やだ、読まないで……


 ポーローパーウの手には小さなメモ帳があった。スノースキン月餅にこれからの数日の計画を見られて、少しだけ恥ずかしがった。


ポーローパーウ:うぅ、疲れた、スノースキン月餅おんぶして。

スノースキン月餅:ダメ。


───

……

・わがまま言わないで、抱っこ!

・え〜こんなに可愛いのに〜

・冷たいっす……

───


オタク:あっ、あのぉ!

ポーローパーウ:えっ?うちらの事っすか?


 大きな荷物を持ったオタク三人組が突然現れて、ポーローパーウは疑問を浮かべた。

 彼女は確実にこの三人とは知り合いではない、そして彼女たちに声を掛けた理由すら浮かばない。

 彼女の性格上、用事があるなら予めアポを取るかまずはマネージャーに連絡してくださいとテキトーにあしらうはずだった。

 しかし今回は、そのオタクたちの荷物に入っている物を見てすぐに気が変わった。


ポーローパーウ:えっ?!それはタピオカミルクティーのグッズ?!

オタク:はいっ、そうです……いや、先に話しかけたのはこちらですぞ!

ポーローパーウ:え〜?じゃあ何の用か言ってくれっす。

オタク:おっ、お二人方はレイヤーですか?

ポーローパーウ:れ、れいやー?

オタク:お二方とも可愛すぎる。ボ、ボクの新作マンガのモデルになってくれませぬか?

ポーローパーウ:じゃあ、そのタピオカミルクティーのグッズをくれる?

オタク:これですか?勿論良いですぞ!実はボクたちはあまり彼女の事を知らないんです。ただ可愛くて並んでみただけです。

ポーローパーウ:マジっすか……こんな奴らに先越されるなんて。じゃあ頂戴!

オタク:はいはいはい、どうぞ!


 ポーローパーウは嬉しそうに大きな袋二つ分のグッズを受け取った。袋の中に新刊と特典本がある事を確認してから、満足そうに自分のポケットから硬貨を数枚取り出した。

 その硬貨をオタクたちに渡した後、彼らの怪訝そうな表情を無視して、ポーローパーウスノースキン月餅を引いて大股で会場をあとにした。


ポーローパーウ:なんだ、めっちゃラッキーじゃんっす!


 満足したポーローパーウは紅葉小舎に戻った後、ベッドに飛び込んですぐに眠りについた。引きこもりにとっては、褒められても良いぐらいには頑張った。

 そのため、彼女は次の日自分を労うために、温泉に入り、美食を堪能し、紅葉小舎の全てのサービスを全部注文した。

 チェックアウト時お会計をすると、既に帰りの交通費しか残っていなかった。


ポーローパーウ:あっ、もう現金がないっす。その請求書はここまで送っておいて欲しいっす。

梅茶漬け:了解!あれ?お客様荷物が多いみたいですわね!

ポーローパーウ:そうなんすよ、どうやって持って帰れば良いか悩んでるんっす。

梅茶漬け:お客様の悩みを解決するのが私たちの仕事だわ!当店では送迎サービスもやってるから、駅まで送ってあげられるわ!

ポーローパーウ:えっ!そんなサービスもあるの?お願いしたいっす!

梅茶漬け:了解!ちょっと待ってね!ざる蕎麦、注文が入ったわ!

ざる蕎麦:えっ!


 ポーローパーウを見たざる蕎麦は息を呑んだ。カウンターに寄り掛かって目を細めて笑っている梅茶漬けを一目見て、何か怒らせるような事をしたのではないかと思い返していた。

 しかし仕事は仕事、どんなに接客しづらくても、彼はお客様に偏見を持って仕事を拒否する事はしない。

 ざる蕎麦は深呼吸して、ポーローパーウの荷持を持ってすぐに歩き始めた。


ポーローパーウ:えっ?ま、待って!

梅茶漬け:気を付けてお帰り下さい〜!

ポーローパーウ:あの、客を駅まで背負って行くサービスとかないっすか?

梅茶漬け:ハイ?


ポーローパーウ√宝箱

午後

ポーローパーウたちの家


 ポーローパーウの言葉を借りると、彼女は数多の困難を乗り越えてやっとの思いで帰宅したらしい。

 着替え終わってから最初にした事は、恋い焦がれていたソファーに飛び込む事。


ポーローパーウドリアンパンケーキ〜ポテトチップス持ってきて〜!

ドリアンパンケーキ:ウサギさんが、自分の事は自分でしないと、って言ってる。

ポーローパーウ:え〜でも友達同士は助け合わないとっすよ。


 長い付き合いから、ポーローパーウドリアンパンケーキの扱いを熟知していた。

 どんな手を使えば彼に効くのかを。この言葉を発すれば百発百中だった。


ポーローパーウ:新しい味だ、ありがとうっす〜!

ドリアンパンケーキ:ウサギさんは気になってる、ポーローパーウ、今回の旅は楽しかった?

ポーローパーウ:うーん、欲しい物が買えて、アイドルにも会えて、美味しい物もいっぱい食べれて、綺麗なお姉さんともいっぱい知り合って‥…楽しかったっすよ!

ドリアンパンケーキ:だから‥…ウサギさんが、ポーローパーウはこれからもお出掛けするの?って聞いてる。

ポーローパーウ:しない。

ドリアンパンケーキ:えっ?

ポーローパーウ:出かけたら負けっす!


 ドリアンパンケーキポーローパーウの訳の分からない発言にはとっくに慣れていた。

 だからそれ以上聞く事は無かった。彼女は一体何と戦っているのだろうか。彼は仕方なく玄関の方に向かって、ポーローパーウが散らかした荷物を片付け始めた。

 そして、彼はドアの隙間に挟まれている封筒を見つけた。


ドリアンパンケーキ:ウサギさんが、これは何?って聞いてる。

ポーローパーウ:なにそれ?紅葉小舎からの手紙?あーここ二日はずっとそこに泊まってたんっすよ。景色が良くて、ご飯も美味しいし。今度ドリアンパンケーキも一緒に遊びに行こうっす、タピオカミルクティー先生がまたサイン会を開いたらっすけど……

ドリアンパンケーキ:ウサギさんが聞きたいのは、手紙の内容……

ポーローパーウ:請求書っす。お小遣いを使い切ったから、ここに送ってもらったんすよ。

ドリアンパンケーキ:ウサギさんが、ポーローパーウは今月お菓子禁止って言ってる。

ポーローパーウ:ええ?なんでっすか?!

ドリアンパンケーキ:ウサギさんは怒ってる。食霊はこんなにお金を使わない、だって……

ポーローパーウ:そんな……

ドリアンパンケーキ:ウサギさんはもう決めた、今回は甘えてもダメ。

ポーローパーウ:もう、もう絶対に出掛けたりなんかしないっすから!


 ポーローパーウにとって、これこそが一番恐ろしい災いだった。


スノースキン月餅√宝箱

紅葉小舎


 ポーローパーウを見送った後、梅茶漬けはお盆を持って、とある個室のドアを叩いた。


タピオカミルクティー:どうぞ!

梅茶漬け:失礼します。ご注文のお茶とお菓子をお持ちしました。

スノースキン月餅:ありがとう。

梅茶漬け:あら、とんでもない。お客様にサービスを提供するのが私たちの仕事よ、しかも皆さんは常連さんだしね。私は下がるわね、何かあればその呼び出しボタンを押して。ごゆっくり〜


 品物をテーブルに置いた後、梅茶漬けはすぐに個室から出て行った。


梅酒梅茶漬けは相変わらず元気ですね。

重陽糕:茶は……悪くない。

タピオカミルクティー:よし、全員揃ったし、始めよう!

梅酒:記録者の茶会にはもう何度も参加して来ましたが、まだ少し緊張します……

スノースキン月餅:今年、人少ない。

重陽糕:後で来るだろう。

スノースキン月餅:うん。


 スノースキン月餅の話を聞いた後、タピオカミルクティーは突然何も言わずただ彼女をジーッと見つめた。


スノースキン月餅:どうしたの?

タピオカミルクティー:私の気のせいかな?今日は機嫌が良さそう。

重陽糕:同感。

梅酒:あれ?何か良い事でもあったんですか?

スノースキン月餅:……ただ……新しい友達が……出来た。

タピオカミルクティー:相手はどんな人?面白い?旅は好き?


 スノースキン月餅は突然興奮し始めたタピオカミルクティーを一目見てから、淡々と首を振った。するとタピオカミルクティーの興味は瞬時に半減した。


梅酒:そう言えば私も面白い人に出会いました。人の助けがないと何もできないような人みたいで……あっ、こんな事を言うのは失礼ですかね、私も同じようなものですし……

タピオカミルクティー:そんな事ないよ、梅酒ちゃんは優秀よ。私は梅酒ちゃんの旅行記を読むのが好きよ。じゃあ、出会ったその人も旅行記を書くの?

梅酒:いえ……彼女は旅行をするようなタイプではないですね、自分でご飯を食べる事すらめんどくさがるような人なので。

タピオカミルクティー:それは……あっ、私も一人思い出した。話し方がとても面白かったの。わっ、しまった、彼女に茶会の招待状を渡すのを忘れた!彼女の物語も聞いてみたかったのに。

重陽糕:問題ない、また会える。

タピオカミルクティー重陽糕お姉さんがそう言ってくれると安心する!では続きを……いつも通りスノースキン月餅の新作から読みましょうか?

スノースキン月餅:……ごめんなさい。

タピオカミルクティー:うん?どうかした?

スノースキン月餅:本……人にあげた。

タピオカミルクティー:新作を人にあげたの?あら、残念、すごく楽しみにしていたのに……

スノースキン月餅:次は、もっと、良い本を。

梅酒スノースキン月餅がこんなにやる気を出しているなんて珍しいですね。

スノースキン月餅:うん……負けない。


 スノースキン月餅は突然タピオカミルクティーの方を向いて、力強く言い放った。迫力があるとは言えないが、タピオカミルクティーは妙に緊張し始めた。


梅酒タピオカミルクティーをライバルとして見ているという事ですか?

スノースキン月餅:うん。

タピオカミルクティー:えっ?

重陽糕:面白い。

タピオカミルクティー:わかった、私も負けない!一緒に素敵な物語を書こう!


 記録者の茶会はまだ続いている。外界がどれだけ混乱していても、開催を止める事は出来ない。

 時間が経つにつれ、記録者の規模は段々と大きくなっていった。彼女らが書き綴っているのはティアラの素晴らしい物語。残酷な面も美しい面も余す事なく世の中の人々に示し、読者の心の中に警戒と希望の光を灯す。

 これが彼女たちにとっての、記録の意義である。



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