シュトレン・エピソード
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シュトレンのエピソード
三匹のトナカイの妖精に囲まれている、バスケットの中の稲穂は人々のための美しい祝福と願い。彼女はかつて神へのプレゼントと言われていた。親しみやすく、優しく身の回りの人に接し、面倒を見る。純粋で優しいシュトレンは生贄にされた過去がありながら、依然として世界に善意を持っている。神恩理会は既に誰かに利用されている道具になっている事を分かっていても、ドーナツの事を信じ神恩軍の一員となり、神からの愛を世の中に広めようとしている。
Ⅰ.ミサ教会
陽の光に照らされた地面は、まるで暖かな黄色の絨毯が敷かれているようだった。穢れのない歌声が空中に漂い、時折白い鳩が羽根を何本か落として行く。
私はバスケットの中にお菓子を仕舞い、厨房から出た。
「ティアラ神は偉大で公平です。神は全ての子どもを愛しています。そしていつの日か、皆は神の元に帰ることになるでしょう」
「教主様、神様は本当に私たちを受け入れてくれますか?」
「もちろんですよ。貴方たちは神に選ばれた子どもですから。しかし、神に認められるまでは、まだ会えませんよ」
教会の外の長いテーブルの傍で、子どもたちは一人の男性を囲って座っていた。
真ん中に座り、子どもたちの奇妙な問題を辛抱強く答えている男性こそ私の御侍で、ディーゼル主教。
「シュトレン姉さんが来ました!」
「良い匂い!シュトレン姉さん、今日のお菓子はアップルパイですか?」
「そうですよ、ほら並んでください」
根気よく子どもたちにアップルパイを配り終え振り向くと、そこには穏やかな笑みを浮かべている御侍様が見えた。その瞬間、陽の光も更に温かくなった気がした。
「シュトレン、今日もお疲れ様でした」
「御侍様、皆のために何か出来て、私は嬉しいです」
御侍様は教会が出来てからずっとここを守って来た。
彼の教会を堅守する気持ちと敬虔さによって、この小さなミサ教会には多くの信心深い信徒が集まっている。
御侍様は、神の聖光は永遠にティアラ大陸を包み込んでくれると教えてくれた。
そしてその神の庇護のおかげで、人々はこの晴空の下で幸せに暮らせるのだと。
彼はいつも、ミサ教会をグルイラオ最大の教会に成長させ、神の教えをより多くの場所へ届けたいと言っている。
彼の周りに座っている子どもたちは、かつて流浪し、見捨てられた子どもたちだ。
しかし御侍様は、彼らは神に選ばれた子どもであると教えてくれた。
彼らは苦難を経験した後、いつか神の元へと帰って行くと。
いつもの日常は、静かな夕風の中終わりを迎えた。
しかし、今日は少しだけ違っていた。
教会の外に見知らぬ赤い人影が現れた。
その男性は礼服を着て、優雅な微笑を浮かべていた。
トナカイたちが興味津々に彼を取り囲んでいても、顔色一つ変えず落ち着いていた。
彼は御侍様がかつて言っていたような、華やかな服を身に着けた王室貴族のようだった。
「申し訳ございません、礼拝の時間はもう終わりました」
「このような時間にお邪魔してしまってすみません、まさかここまで遅くなるとは。しかしこのような可愛らしいお嬢さんが迎えに来てくださるとは、来た甲斐がありました……」
「誰かお探しですか?お手伝い致しましょうか?」
「いいえ、もう見つけました。ありがとうございます」
男性は背を向けて立ち去ろうとしていたが、ふと何かを思い出した様だ。
私の錯覚かどうかわからないが、彼は眉間に少し皺を寄せて私の方を見てまた口を開いた。
「可愛らしいお嬢さん。物事というのは美しい表象の下に、恐ろしい闇が潜んでいるものですよ」
「どういう意味ですか?」
「もし何かわからない事、或いは面倒事がありましたら、神恩理会に行き私を訪ねると良い。私はアールグレイと申します」
Ⅱ.聖堂の儀式
閉ざされた聖堂の中、真っ白なろうそくが地面いっぱいに張り巡らされ、暗い光の輪が広がっていた。
「天国の聖門は直に開く。神は貴方たちに栄光と新生を授け、神域に連れ戻すでしょう」
神聖であるはずの神への誓いの言葉、しかし私の心臓は不安なリズムを奏でていた。
――大丈夫です、彼は御侍様ですよ。
私は心を落ち着かせ、長く息を吐いて御侍様の背中に視線を投げた。
ほら、彼は相変わらず優しいまま。
すぐに、御侍様は振り向いて、笑顔で私に向かってきた。しかし私は無意識に一歩後ずさってしまった。
いえ……この時の彼の笑顔は、いつも祈りを捧げている時のものとは異なっていた……
彼の表情は微かに変わったが、すぐにいつも通りの様子に戻った。
「シュトレン、どうしたのですか?喜ばしい事ではないのですか?」
「いえ……喜んでいます……」
「良かったです、さあ祈りに行ってらっしゃい。これからの儀式は、貴方が見るべきものではないです」
「わかりました」
御侍様は教会を出た後、私は急いで彼に近づいた。子どもたちが全員いなくなっていたから。
「御侍様、子どもたちは?」
「彼らは神の使者に連れて行かれました」
「なら、私は……お会いできますか?……彼らに新しい服を用意したのです……」
「いけません、シュトレン。貴方はまだ使者に会うべきではありません」
仲間たちがいなくなった事で少し落ち込んだが、神が目をかけてくださった事を喜ぶべきだ。
私はこんな風に自分を慰めているが、心の中にはいつも淡い不安があった。
その後も、私はいつも通りの生活を続け、毎日御侍様と共に祈り、他の子どもたちと笑って過ごした。
私は生活の些細な事でおかしな感情から抜け出そうと試みたが、心の中に埋もれている不安は解消される事はなかった。
日々が過ぎていく、知らないうちに、教会に常連客が増えた。あの日のアールグレイさんだ。
彼は時々子どもたちにお菓子を持って来てくれる。
そのささやかな贈り物によって、彼はすぐに子どもたちに歓迎されるようになった。
子どもたちが彼を取り囲む時の笑顔を見ていると、私の心も温かくなった。
しかし御侍様は彼の事が好きではないみたい。
「シュトレン、もう遅い、子どもたちは休む時間です」
「はい、御侍様……」
「シュトレン、ちょっと来てください」
「はい。アールグレイさん、また後でお話します」
「ああ、いってらっしゃい。貴方のような可愛らしいお嬢さんを待つのは光栄な事です」
「シュトレン!どうしてまだ来てないのですか!」
アールグレイさんと話をするたび、このような事が起きる。
御侍様はいつも不機嫌な顔をして、慌ただしくアールグレイさんに別れを告げる私を引っ張って、不満そうに私に向かって言い聞かせてくる。
「シュトレン、これ以上アールグレイと付き合わないでください。二度と彼に会いたくないのです」
「御侍様、アールグレイさんはとても良い人です、いつも子どもたちにお菓子を持ってきてくださいます」
「貴族の中に本当の善人がいる訳がない。貴方は単純過ぎます、彼らと接触してはいけません」
「……はい、わかりました……御侍様、これからは言い訳を使って彼をここから遠ざけます」
「ああ、私の利口なシュトレンよ、貴方が私の一番良い子です」
Ⅲ.神に捧げる
暗く淀んだ夜、目の前のドアは依然として閉ざされていた。
私は一つため息をついた。いつからか、御侍様は昔のような親しみやすさがなくなっていた。
彼はいつも神像の前に立って独り言を呟く。彼の目には靄がかかっていた、そして私にはわからない偏執と必死さがあった。
続いて嫌な予感が胸にこみ上げてくる。
アールグレイさんの言葉が頭の中で響いていた。
「物事というのは美しい表象の下に、恐ろしい闇が潜んでいるものですよ」
体が小刻みに震えていたから、私は何度も自分に言い聞かせた。例え一部の人がそうであっても、御侍様がそうだとは限らない。
だから、確認しなければならない。
本当に私の誤解なら、きちんと御侍様に謝罪しなければならないから。
私は勇気を出して、閉ざされたドアを押し開けた。
冷たい月光の下、御侍様は神像の前に跪いていた。まるで長い年月が経ったように、皺と白髪が増えていた。
大きな物音を立てたのに、彼は何一つ反応する事はなかった。
「御侍様……」
「シュトレン、貴方ですか」
「御侍様……どうしたのですか……」
「今は貴方しか助けられません。シュトレン、助けてくれませんか?」
彼の青白い顔には涙が流れていた。
彼がこんな顔をしている所を見た事がない……
「シュトレン、貴方自身を神に捧げてくれますか?」
彼は私の手をしっかりと掴み、まるで藁に縋っているようだった。
彼は私の耳元でたくさんの事を囁いた。
彼は私が自分自身を神に捧げたら、私たちは永遠の庇護を得られると言った。
私も永遠の安らぎを得ることが出来ると。
これは私にしか出来ない事だと。
私しか彼を助けられないと……
異様な彼を見て私は動揺した、私は突然微笑んでいた男性の話を思い出した。
「もし何かわからない事、或いは面倒事がありましたら、神恩理会に行き私を訪ねると良い。私はアールグレイと申します」
今こそ……彼に会いに行くべき時かもしれません。
「私は……御侍様……少しだけ考えさせてください……」
「はい、私のシュトレンはいつも一番良い子です。きっと私が満足する答えをくれる、でしょう?」
「……はい」
私が頷いた後、御侍様の目に燃え上がっていた光は、以前のような温かいものではなくなっていた、むしろ少し湿っぽくて冷たい……まるで背中にねばねばとじめじめとした虫が這っているようだった。
窓の外、空から突然白い稲妻が落ちた。
こんなに慌ただしく御侍様に掴まれていた手を抜き出し、誤魔化すように頷いて彼の傍から離れたのは、初めてだった。
かつて本で読んだ事があった。ある種の言いようのない誤った信念によって、暗黒に堕ちていく人がいると。
御侍様の今の姿から、かつてない程の慌ただしさと恐れを感じた。
私の知っている御侍様は、いつも明るくて温かくて、笑顔で子どもたちに物語を読んでくれる……細やかな心遣いで祈る人々を導いてくれる……
もし近頃、私が知らない何かそれとも見逃した何かが起きていたのなら、御侍様のために何かしなければなりません。
いずれにしても、教会や子どもたちは御侍様から離れることが出来ません。この教会の信仰を守るためにも、子どもたちの笑顔を守るためにも、私は見て見ぬふりなんて出来ない。
神の力は全てを癒し、宥めてくれると、私は信じてきた。
だから、例えこの裏に私が直面した事のない何かがあったとしても……私はこの一歩を踏み出さなければならない。
土砂降りの雨が降っていた、だけど私は走るのをやめなかった。
あの日……私はアールグレイさんを訪ねた。彼が教会のドアを開け、大雨でびしょ濡れになっている私を見ても、驚く事はなかった。
Ⅳ.信仰を守る
しかし、全てはやはり手遅れのようだった。
事件は既に取り返しのつかない最悪の結果に向かっていた。
「だから……子どもたちは、本当は御侍様に……」
「ああ……」
がらんとした教会の中にはアールグレイさんと私しかいなかった。覆い隠されていた真相を聞いて、悲しみ、失望と自責が織り交ざった感情に苛まれ、しばらく落ち着くことが出来なかった。
「確かな証拠は必要ですが、これから帰るかどうかは貴方自身の選択です」
「帰ります……」
自分の犯した過ちに対して責任を持たなければならない。
その夜、御侍様はアールグレイさんが仰ったように、聖水を用意してくれた。
私がそれを飲む前に、アールグレイさんは約束通り現れて、私が持っていた銀食器を落とした。
「私は約束を守りに来ました、勇敢なお嬢さん」
「どうしてここに?!まさか……シュトレン貴方か?!私を裏切るなんて!」
「はははは……やはり貴方はとっくの昔から私を監視していたんだな……神恩理会も……気持ちの悪い顔つきをしているのに……ははっ……」
「貴方もだ!シュトレン!貴方は私が神に従ったから召喚出来たのだ!勿論神の命令に従って死ぬべきなのに、私を裏切った!神を裏切った!」
御侍様の狂気的な咆哮と共に、地面に撒かれた聖水は妖しい色に変わっていった。
地面に座り込んだ私は人差し指でその液体をそっと触れただけで、骨刺す痛みを感じた。
しかし、この痛みは、私の心の痛みには及ばない。
アールグレイさんが教えてくれた物語の中で、私は私の知らない御侍様を知ることが出来た。
平民出身の彼は、自分の努力で主教の座を得た。
彼はより大きな天地で福音を伝えたいと思った。
しかし、神恩理会はそれを許さなかった。
彼は、彼の出身のせいで、貴族たちは彼をこの小さな教会に閉じ込めたと思っていた。
怒り、不安が少しずつ心で増幅していった。
神に生涯を捧げた彼は、当然、全ての希望を神に託した。
十分な生贄があれば、神に彼の祈りが届くと思ったのだろう。
無邪気な子どもたちは彼の嘘を信じて、自分はもっと幸せな世界に行けると思ったまま、彼の生贄となった。
教会の後ろに建てられた冷たい小さな墓石の一つ一つを見た。
笑い声はまだ耳元でこだましている、だけど一瞬にして灰のように消え去った。
崩れ落ちた私から大粒の涙が流れ落ちた、悲しい気持ちで息が詰まりそうになっていた。
アールグレイさんはそっと私の肩を叩き、言葉を続けた。
「神恩理会の者として、私は以前からディーゼル主教の行いを疑っていました。だから私はここにやって来て、ずっと証拠を探っていたのです」
「しかし彼はカモフラージュが上手かった、貴方が現れるまでは……貴方が現れた事で、彼の行動は加速した。その時には、彼はもう貴方を計画の中に組み込んでいたのだと思います」
「良い知らせがあります、これで少しでも元気を出してくれたら嬉しいです。実は貴方が見守っていた子どもたちは、ディーゼル主教の望み通りにはなっていません。私が聖水をこっそり替え、彼らを一時的に眠らせ、ディーゼル主教を騙しました。今、彼らは福祉施設で元気に過ごしていますよ」
「シュトレン、申し訳ございません、わざと隠した訳ではありません。ただ、貴方には知って欲しかったのです、貴方は間違っていないという事を。貴方はすぐに異変を察知し、この災難を阻止したのですよ」
彼の話を聞いて、私は思わず目が潤んだ。
幸いにも、子どもたちは生き残っていた。そうでなければ、いつまでも自分を許すことが出来なかったかもしれない……
「貴方は共犯者ではありません、貴方も彼が作り上げた嘘の被害者です」
「しかし、私は……」
「信仰の善意と美しさは悪くありません」
「しかし、闇に直面してこそ、より良くこの信仰を守る事が出来ます」
信仰を……守る……
「神は、いつまでも守ってくれます。シュトレン、これから神を信じ続けて良いのですよ」
「……」
「一度の絶望だけで希望をなくさないでください。貴方がやるべき事はまだたくさんあります。貴方はまだ暗闇の中にいる、かつての貴方のような人を救わなければなりません」
私は顔を上げて、目の前の男性を見た。
「アールグレイさん、ありがとうございました。私はきっと、立ち直ってみせます」
「貴方を信じていますよ、シュトレン」
……過去に起きた事を変える事はできないかもしれない。
しかし……
これは私にとって一番良い贖罪の仕方かもしれません……
神よ、慈悲深い貴方に願います。
これから先にある暗闇は、全て私が引き受けます。
貴方の全ての温もりを、この優しい世界に贈ってください。
Ⅴ.シュトレン
午後の福祉施設には、暖かな陽ざしが注がれていた。
澄んだ鳥の鳴き声が、子どもたちの活発な声に合わせ、明るく朗らかな歌を紡いでいた。
青々とした芝生の上で、男の子二人がメープルシロップを囲んでいた。小さな体は真っすぐ伸びていて、まるで何かを証明しようとしているようだった。
「僕こそ一番勇敢な騎士だ!」
「俺こそ!」
メープルシロップはそっと持っていた「木の枝の剣」を持ち上げて、彼らを追いかけ始めた――
「じゃあ、お手並み拝見と致しましょう!」
もう片方の庭から、通りすがりの鳩すらも足を止める程の美しい歌声が聞こえて来た。
聖なる旋律が響く。子どもたちの賛美の声で、ベーグルの頬にほんのりと赤が色づいた。
この時、書斎の片隅で――
モンブランは静かに分厚い本を抱えながら、時々聞こえてくる騒がしい声によって、彼は嫌そうに眉間に皺を寄せていた。
ページを軽く捲ったあと、突然本の後ろから好奇心満載の小さな頭がいくつかひょこっと出てきた。
「モンブラン兄さん、何を見ているの?」
「ねぇ、この記号とか丸は何?」
がやがやという事が部屋を埋めつくし、静かな隅も静かじゃなくなっていた。
モンブランは痛くなって来たこめかみを押さえた。ここでは落ち着けない事はわかりきっていた事だからか、諦めたような顔をしていた。
「シュトレン、まだ悲しんでいるのですか?」
一方、やや静かな厨房で、アールグレイは両腕を抱えて、不意に口を開いた。
シュトレンはビスケットを焼く手を止め、窓の外の福祉施設に視線を向けた。遠くで動く小さな姿が彼女の目に映り、彼女は思わず笑みを浮かべた。
「貴方は……主教の過ちを背負う必要はありません。言った筈です、貴方も被害者なのですから」
「アールグレイさん、ありがとうございます。でも、私はもう悲しんでいません」
「私は知っています。例えこの世界にたくさんの暗闇があったとしても、私は依然として神の存在を信じています。神がいてこそ、私を暗闇から救ってくれた貴方たちが、救うために努力をしている皆がいるのですから」
「だから、私も祈り続けます。神がより多くの人に光を与えてくれる事を、願っています」
「そして暗闇は、全て私たちで背負いましょう」
次の瞬間、アールグレイはシュトレンが振り向くのを見た。彼女の表情には覚悟と釈然が増えていた、そして優しく強い力が彼女を包んでいた。
この時、その力は透き通った日の光に照らされ、キラキラと輝いた。
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