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SPビール・エピソード

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目次 (SPビール・エピソード)

SPビールのエピソード

教皇という立場をまったく気に留めていない、教皇になりたくもない。しかし自分が逃げたことで大きな災いが起きてしまった。以前より気持ちを深く隠すようになったが、優しい性格は変わっていない。


 カーテンを通った淡い赤色の斜陽は、ベッドの上に模様を描いた。静かな室内で、浅い呼吸音しか聞こえない。

 突然、ベッドで寝ていた青年が飛び起きた。激しい動きによって斜陽が描いた模様が乱れる。

ビール(SP):スースー

 激しい息遣いによって体は上下し、青年の額には汗が滲んでいた。顔色は悪く、悪夢を見ていたようだ。

 呼吸が穏やかになるにつれ、青年の顔は少しずつ色を取り戻した。彼は振り返ってベッドの傍にある椅子に掛けられた教皇の服をぼんやりと眺めた。

ビール:……

 ボーっとしていると、しっかりと閉ざされていたドアが開けられた。可愛らしい女の子が小さなかごを持って部屋に入ってきた。

キャンディケイン:よいしょ――

 彼女にとって少し重たいかごを下ろした後、彼女はベッドに視線を向けた、そこで長い髪の青年と目が合った。

キャンディケイン:あっ!ビールさま、お目覚めですか!!!!良かったです、今すぐクロワッサンさまに伝えてきます!!!

 その女の子の声はキャンディのように甘く柔らかい、歓声を上げていても軽やかで、控えめで、人の心を癒す。彼女は急に声を上げたことで青年を驚かせてしまったのではないかと気にして、目を大きく見開いて慌てて自分の手で口を塞いだ。まるで悪いことをしてしまった子どものようだ。

ビール:ぷっ……クロワッサンを探しに行っておいで。

キャンディケイン:はい!ビールさまは先に何か食べていてください!すぐに戻ります!

 ダダダッ――

 ビールは微笑ましそうに走って行くキャンディケインの後ろ姿を見つめ、ため息をついた。手渡されたお菓子のかごの中には、子どもが好きそうなキャンディや変わった形のクッキーがたくさん入っていた。よく見ると、クッキーは法王庁の皆を模っているのがわかる。

 パン――パン――

ビール:ふぅ……落ち込んでいても仕方ない、出来る限りの事をしよう!

ラムチョップ:なんだ?堕神に殴られてバカになったのか?何で自分で自分を叩いてんだ?

 突然、からかうような言葉がドアの方から飛んで来た。赤い目に黒髪の青年は悪そうな笑顔を浮かべながら、皮肉めいた視線でビールを見つめていた。そして彼の傍には、ため息をついているクロワッサンがいた。

ビール:ははははは、久しく君たちに会っていなかったから、夢でも見ているのかと思ってね!

ラムチョップ:……クロワッサン、このじじいは本当に堕神に殴られて頭おかしくなったんじゃないか?キャンディちゃんは?早く彼女をここに連れてきて見てもらえ。

キャンディケイン:えっ!で、でもビールさまの頭は問題ないはずですよ!全身異常なかったんです!このキャンディケインがしっかり検査しました!

ラムチョップ:ぷっ――キャンディちゃんはどうしてそんなに可愛いんだ?

キャンディケイン:えっ?えっ?!!わたし、何か間違えましたか……?

クロワッサンキャンディケイン、彼のことは無視してください、あんなに心配していたのはどこの誰でしょうね……

ラムチョップ:……クロワッサン

クロワッサン:あら?

 じゃれ合っている二人を見たビールは、暗い顔をやめ声を出して笑った。

ビール:はっははは!久しぶりに会ったが、相変わらず仲が良いな。流石若いだけあって、元気がいい!

ラムチョップ:……ビール、何日か前に会っただろう?ボケたのか?

ビール:はははは、そうだった!ボケてしまったみたいだな!はぁ……若者には敵わないな。

クロワッサン:……あなたが無事で良かったです、急用の邪魔にならないようもうお暇します。もう数日休んでください、法王庁の仕事は私が処理しておきます。

ラムチョップ:そうだ、ビール。この前言っていた美味しい果実酒があるバーはどこだ?一緒に飲みに行こう……おいっ!!クロワッサン引っ張るな!!

クロワッサン:私の話を聞いてなかったのですか?仕事が溜まっているんですよ。

ラムチョップ:ああああーーーー!事務作業は一人でやれば良いだろう!!!!クソっ!!放せ!!

 ビールは微笑みながら、騒がしく帰って行く学生二人を見送った。そんな彼を見たキャンディケインは、ほっとした表情を見せた。

ビールキャンディケイン?どうした?

キャンディケイン:あっ!いえ、なんでもないです。起きたばかりのビールさまは、悪夢にうなされたひとみたいに、なんだか機嫌が悪そうに見えました。今はもう大丈夫そうですね!

ビール:……うん。

キャンディケイン:どんな悪夢だったんですか?

ビール:……それは……ずっとずっと繰り返され、永遠に終わりの来ない悪夢だった。

キャンディケイン:うっ……聞いただけで怖そうです。

ビール:そうだね……でも、君たちがいるから、もう悪夢を見なくて済みそうだ。

キャンディケイン:はい!みんないますよ!みんなでお守りします!

ビールキャンディケインも?

キャンディケインキャンディケインもです!だからビールさま、安心して眠ってください!甘い素敵な夢が見れるよう願っています。

 ビールキャンディケインの言葉を聞いて再び横になった。頭の後ろで両手を組み、天井の灯りを見つめながら、上げていた口角をゆっくりと元に戻した。

ビール:そうだな……今回は……素敵な夢が見れるといいな……

 つい最近まで原因不明の深い眠りに陥っていたビールは、クロワッサンによって休暇を言い渡され、数日休むこととなった。彼は大人しく法王庁の長い廊下に座り、花壇にある花々の周りを飛び交う蝶に見惚れていた。

フィッシュアンドチップスキャンディケイン気を付けて!!あなたの所へ向かっていますよ!!!

キャンディケイン:うん!

フィッシュアンドチップス:今です!!!

キャンディケイン:わたし!準備できてます……うわあああああ虫です来ないでください!!!!!

フィッシュアンドチップス:ちょっ、キャンディケイン避けないでくだあああああーー!!

 ドンッ――

 ビールの視線は突然聞こえてきた水しぶきの音につられ、混乱が起きている方に向いた。

 小さな猫を高く掲げているフィッシュアンドチップスは、つまずいたのか噴水池の中でずぶ濡れになっていた。金色の短髪が顔に張り付いて、まるで金色の大型犬に見えた。

ラムチョップ:ハハハハッ!!バカだな!!!うおっ――

マティーニ:わっ――なんですかっ!今笑ったのはラムチョップでしょう!!どうしてわたくしに掛けるのですか!!!

フィッシュアンドチップス:フンッ、あなたの後ろに隠れていたからですよ!くらえ!!!ウルトラマシンガン!あっ……クッ、クロワッサン、いつ来たんですか……

クロワッサンフィッシュアンドチップス!!!!!!!!!

 楽しそうな笑い声が響いたことで、法王庁の他の職員たちの注目を集めた。彼らは様子を覗き込んだあと、すぐに頭を横にふりながら自分たちの仕事を続けた。

フォンダントケーキ:ふふっ、彼らはここ数日ずっとこの調子ですよ。毎日何がそんなに楽しいのやら。

 フォンダントケーキビールの傍に腰を下ろした。笑顔で水遊びを始めた者たちを見つめながら、っ持っていたジュースをビールに手渡した。

ビール:ありがとう。ところで、最近シャンパン陛下はどうしているんだ?

フォンダントケーキシャンパン陛下?誰のことですか?ああ、帝国連邦の国王陛下のことでしょうか?彼がどうかしたんですか?

ビール:……あはははは!もう年だからかな!人違いをしてしまったようだ!

フォンダントケーキ:……そうですか?

ビール:そうだ、はははは!

フォンダントケーキ:……貴方がそう言うのならそうなのでしょう。無事で良かったです。ここ数日、クロワッサンラムチョップがとても心配していましたよ。

ビール:……えっ?

フォンダントケーキ:彼らはああ見えて、先生である貴方をとても大切に思っているのですよ。

ビール:あはははは!この老いぼれもまだ人望があるようだな!

フォンダントケーキ:彼らだけではありません、皆貴方のことを心配していましたよ。貴方がいなければ、今の法王庁はないですし、私たちもこうして集まることはなかったでしょう……

ビール:……そうだな……僕がいなければ……

 フォンダントケーキビールの微笑みの中に自嘲の意味が含まれていると気付くことはなかった。太陽の眩しさに目を細めた彼女は、まだはしゃいでいる者たちを見つめた。突然、彼女は何かを思い出したかのように眉をひそめてビールの方を向いた。

フォンダントケーキ:そうでした、以前貴方が仰っていた都市で本当に事故が起きてしまったんです。あの都市を管理していた食霊が、堕神の巣穴で死んでいました。

ビール:……堕神の……巣穴?

フォンダントケーキ:……ええ、マティーニが現場を見てきたのですが、争った形跡はなかったそうです……まるで彼女は自らそこへ赴き、そして抵抗することなくそこで亡くなったかのように……

ビール:……

フォンダントケーキ:二日後、私とマティーニはその都市に行く予定です。そこにはもう食霊はいません、近くの堕神はあの食霊の霊力によって強くなっています、私たちはそこにいる人々を見捨てられません……

フォンダントケーキ:しかし……私たちも……抵抗出来ずに堕神の巣穴で死んでしまうなんてことは……

 二人の間に沈黙がおりた、その中には言及できない物が多過ぎたのだ。二人とも深入りしたくはなかった、もし真相を暴いてしまったら、身の毛がよだつ感覚を覚えてしまうだろう。

フォンダントケーキ:もうこの話は終わりにしましょう!

ビール:うん……じゃあ……帝国連邦の状況は?

フォンダントケーキ:え?それはプレッツェルを向かわせたはずですよ?

ビール:ああ……そうか……

フォンダントケーキ:貴方が指示したことでしょう……どうして忘れているんですか?やはり疲れが溜まっているんだと思います、きちんと休んでくださいね。

ビール:はい。

 離れて行くフォンダントケーキの背中を見送った後、ビールは後ろに両手をついて、青い空を見上げた。白い雲が風に乗って泳いでいる。平和な光景が広がっていたが、彼はどこか悲しそうな表情をしていた。

ビール:今回……君たちは知り合ってすらいないのか……


 法王庁の日常はいつも穏やかだ。白を基調とした法王庁の中には様々な花が彩られている。鮮やか過ぎず、淡い香りが漂う。この光景を見た人全ては、この世界の美しさに気付くだろう。

 しかし、ティアラ大陸の状況は見た目よりも深刻だった。

 環境が悪化し、堕神は日に日に増えている。人間と食霊のいざこざも増えた。人間は食霊の強い力を恐れ、彼らの不死の能力を妬んだ。食霊が魂を掛けて守っていた人間たちは、穢れた欲望にまみれていた。

 同じ戦線に立つべきだった人間と食霊の間にある亀裂は、どんどん広がっていった。

 食霊は彼らを裏切った人間を許せなくなっていた、人間も堕神よりも彼らを脅かす食霊を受け入れられなくなった。

 同じ族類でなければ、その心は必ず異なる。

 血の滲んだ教訓が、もともと壊れかけていたティアラ大陸を戦火の後の焦土に変え、人間が生きていける土地はどんどん小さくなっていった。堕神以外にも、人間と真っ向から対立する食霊たちも出てきた

 この全てはビールを疲れさせた。しかし彼は依然として笑顔を絶やさない。彼は笑顔の力を知っているのだ、それは絶望を打ちのめせる力だと知っているのだ。

ビール:お疲れ様でした、早く休んで。

キャンディケインビールさま!!!ビールさま!!

 キャンディケインを慌てた泣き声を聞いて、腰を下ろしたばかりのビールは立ち上がった。

ビール:どうした?

キャンディケインフォンダントケーキ姉さんが……フォンダントケーキ姉さんが重傷を負いました、だけどわたしの霊力では姉さんの霊力の流出を止められません……

ビールクロワッサンたちは!

キャンディケインクロワッサンさまは、マリー女王の国で堕神の鎮圧をしています……マリー女王が斬首されてから、彼女の食霊も処刑台に送られたんです……そこの堕神は意思が芽生えたみたいで、女王とその食霊を失った土地を攻め込み始めました。

 ビールは口を開いて何か言おうとしたが、何かがのどにつっかえて何も口に出来なかった。

ビール:……さあ、まずフォンダントケーキの様子を見に行こう。

 ビールキャンディケインと共にフォンダントケーキの部屋にやってきた。血の匂いがする部屋の中、フォンダントケーキは辛そうに目を開けた。

フォンダントケーキ:も……申し訳ございません……

ビール:もう喋るな。自分の霊力に集中して。

フォンダントケーキ:申し訳ございません……彼女を止められませんでした……

ビール:……何だと?

フォンダントケーキ:申し訳ござません……あの食霊は、最後に自分の霊力を使って自爆することを選びました……ヴァイスヴルストは彼女のすぐ近くにいて……申し訳ございません……彼を救えませんでした……申し訳ございません……

 いつも強気なフォンダントケーキはベッドに横たわったまま、弱弱しく謝罪を続けた。彼女の顔も体も傷だらけで、霊力は傷口から絶えず漏れ出ていた。いつも笑みを浮かべている両目からは、涙が流れ顔に跡を残した。

フォンダントケーキ:忠告して下さったのに……貴方は忠告して下さったのに……彼らを……私は結局彼らを救えませんでした……

 同じ立場に立っていようがいまいが、続く争いの中で同族がどんどん減っているのが現状。料理御侍も、食霊も減り続けている、そして、希望も。止められる筈だった悲劇も、最終的には目の前の少女を蝕む悪夢となってしまった。

 ビールの優しい霊力によってフォンダントケーキの傷ついた体は癒されていく、疲れ切っていた彼女はあたたかな霊力に包まれ眠りについた。涙の痕はまだ乾いていない。ビールは押し黙ったまま立ち上がり、夢の中にいてもうなされている少女を見て拳を握った。

ビール:ふぅ――ふぅ――ふぅ――

 懸命に呼吸し、涼しい空気を吸い込んで心の中に広がる悲しみと絶望をかき消そうとした。ビールは目を見開いて赤くなった目頭を押さえる。最終的に、辛うじてだが、彼はゆっくりと口角を上げ、笑顔を見せた。

キャンディケインビールさま……

ビールキャンディケイン、これだけは覚えていて欲しい。いついかなる時も、笑顔を打ち負かすことはできない、笑顔は希望をもたらしてくれる。例えどれだけ絶望的な状況であっても、少なくとも僕たちは希望をもたらさなければならない。これはただの悪夢だ、醒める日はきっとくる。その日がやってくるまで、僕たちだけでも笑顔のままでいよう。

 キャンディケインはこんなに厳かなビールを見たことはなかった。しかし、例え厳かであっても、彼は笑顔だった。人を安心させるような笑顔だった。法王庁で皆に守られて来た彼女は、突然何かを理解したかのように、自分の涙を拭い泣くことをやめ、力強く頷いた。

キャンディケイン:はい。

 その日、小さな女の子は一夜のうちに成長したようだ。しかし、悲しみの連鎖は止まらない。

 今までのプレッツェルビールに報告しにくるようなタイプではない、しかし彼は今日ビールの前に現れた。彼の身体からも濃い血の匂いが漂ってくる。表情には一切出していないが、顔色は病的に白かった。

プレッツェルラムチョップが裏切ったことで法王庁に深刻な影響を与えました。この短時間でティアラ全域の巡回を終えることは出来ません。

ビール:……クロワッサンは?

プレッツェル:自らの手でラムチョップを処刑した後、昏睡状態に陥り、未だ目覚めていません。

ビール:……

プレッツェルラムチョップは堕化した後、彼の行く手を阻んだフォンダントケーキを殺そうとした。フィッシュアンドチップスも重傷を負い峠を越えておらず、キャンディケインが治療を続けている。マティーニは謎の瘴気に侵され、キャンディケインの見立てによると堕化の傾向があることが判明した。法王庁からは完全に堕化する前に処刑するよう要求されている。

ビール:……

プレッツェルビール、貴方は、まだ正義を信じていますか?

ビール:これが君の言う正義かわからないが、僕が守りたいのは、いつだってこの世の希望と善だ。プレッツェル、これから様々な危険や困難に直面することになるが、君は僕と共に来てくれるか……

プレッツェル:これが貴方の望みであるなら、私は貴方と共に死ぬまで戦い続けます。


 灼熱の炎が視界に広がり、激しく熱い気流が神経を刺激する。

 目の届くところ全てが煉獄と化していた。

 大切な物が一つずつ目の前に現れた。かつて大事にされていたそれらは今や見るに堪えない姿に。

 切れた弓、割れた十字架、肌身離さず持っていた筈の竪琴も、今は琴線が切れ血の海の中に横たわっている。

主人公:誰か……いる?

 煉獄の中、声が聞こえる。その荒い息遣いから、声の主は弱っていることがわかる。

主人公:誰か……ゴホッ……どうして!

 鈍い音がした、その人影は地面に倒れたようだ。あがくことで生じた痛みによって身体は震えていたが、諦めてはいなかった。

主人公:……君たちは……どこに……いるの……

 弱っている筈の声はどうしてか強さを持っていた、苦しみの中でもがいている人影は諦めることはなかった。

ビール:……また……こうなったか……

 ビールの声が聞こえて来たことで、倒れたままの人影はまた力を取り戻したようだ。目を開いて目の前のビールを見つめた。

主人公:ビール……君か……

ビール:ああ、僕だ。

 ビールの声が聞こえてきたから、私は辛うじて意識を取り戻した。目を開けて最初に感じたことは、ビールの笑顔はいつものように優しかった。彼の美しさに満ちた笑顔は、見た人の心の闇を取り払ってくれる。

 例え今のような煉獄の中にいようが、彼は笑い続けた。そして私もやっと彼がどうして笑い続けているのかわかった。彼が着ている教皇のローブによって、彼の笑顔に幾分の神聖さも加わった。

 絶体絶命の中、彼の笑顔は希望のように輝いていた。希望のように、私にもう一度頑張る勇気をくれた……

 絶体絶命の中、彼は私の手を引き、足を緩めた。この瞬間、私たちは美しい法王庁の花園にいるようだった。無数の炎が傍で綺麗な花を咲かせていた、溶岩によってもたされた灰は空中で燃え尽きた。

 目の前の全ては煉獄のままだった、しかし彼の傍にいることで何かが変わった。

 私はこの瞬間、絶望がどういう形をしているのか忘れていた。

 この時、私は初めて彼の手から伝わる震えを感じた。

 この時、私は初めて彼の上がった口角がぎこちないことに気付いた。

 彼は笑顔を努めていた、人を安心させるような笑顔を努めていた。

 私は彼の手を掴んで、ゆっくりと、ゆっくりと歩いた。彼は強く握り返してきた、そして笑顔が保てなくなっていた。彼の歩みはどんどん遅くなった。そして目の前の全てが消えた瞬間、彼は足を止めた。

 私は立ち止った彼の背中を見つめた。彼と共に歩いたこの道で、私一人の歩みよりも遥かに遅いものだったのに、傷つくことはなかった。それはまるで散歩に行くような気軽さだった。

 しかし、彼は止まった。彼は足を止めて、項垂れたまま私の方に振り返らない。私の手を引いてない方の手は、拳を握り締めていた。

 彼は私に希望をもたらそうと頑張っている。

 これがもう彼の全力だと、私はわかっていた。

 彼にどんな言葉を掛けようかとまだ悩んでいると、彼は振り返った。顔には初めて会った時と同じような優しい笑顔が浮かんでいた。その笑顔はまるで夏の夕陽に照らされた麦畑に吹く涼風のように、炎による灼熱を吹き飛ばしてくれた。

 彼がそっと私の両目を覆うと、伸びやかな歌声が響いてきた。それは私の一番好きな歌だった。その瞬間、私はこの土地を離れかつて彼の歌を聞いた森に帰ったような錯覚に陥った。周囲で飛び交う堕神の唸り声もまるで鳥のさえずりに聞こえた。

 だんだんと、その声が震え始めた。私は自分の手で彼の手を包んだ。

主人公:大丈夫……大丈夫……

 いつの間にか、私の声も震え出していた。

ビール:ごめんなさい……でも諦めないで……苦しいだろうけど、諦めないでください……ごめんなさい……

 彼のこんな声を聞いたことがなかった。彼の今の表情を見たかったけれど、彼の両手に阻まれ叶わなかった。

ビール:ごめんなさい……僕のわがままを許して。きっと方法を見つけ出してみせる。それまでは、例えどれだけ苦しくても、耐え続けて欲しい、希望を持っていて欲しい……きっと全ての者に希望をもたらす方法がある筈だ……ごめんなさい……だけど……どうか諦めないでください……


 カーテンを通った淡い赤色の斜陽は、ベッドの上に模様を描いた。静かな室内で、浅い呼吸音しか聞こえない。

 静かに眠っていた青年はゆっくりと目を開いた。今回、彼は飛び起きることはなかった。手を上げて、眩しい光を遮った。

 彼はまた希望をもって、その人に諦めないよう願った。

 今回、彼はその人と共に火の海に吞まれた。あの骨刺す痛みは、悪夢から目覚めても忘れることが出来ない。

 しかし希望の光は、必ず淀んだ暗闇の中にある筈だ。彼らは痛みを、悲しみを経験して、その煉獄の中でもがいて、暗闇の中に灯る小さな光を求め続けた。

 ビールは身体を起こし、椅子に掛けられていたローブを羽織った。

 権力を象徴するそのローブは、多くの人が求めている物だ。しかし彼はただの上着としか思っていない。

 彼が部屋から出るよりも前に、クロワッサンキャンディケインがドアを開けた。彼らは起きたビールを見てホッとした表情を浮かべた。

キャンディケインビールさま、起きたんですね!

ビール:ああ、よく寝た~

キャンディケイン:本当に良かったです!みんな心配していましたよ!

クロワッサン:問題ないようでしたら、先に失礼します。やる事が溜まっているので。

 キャンディケインが心配そうにクロワッサンを見つめているのに気づいたビールは、彼女の頭を撫でた。

ビール:どうしたんだ?

キャンディケイン:……クロワッサンさまは「あの方」が法王庁を裏切ってから、ずっと休んでいません……

ビール:……あの方?

キャンディケインビールさま、本当に大丈夫ですか?あの方は、クロワッサンさまと、とても仲の良かった……はぁ……

ビール:……あはははは年を取ったせいか、ボケてしまったようだな~

キャンディケインクロワッサンさまの前であの方の話はしないでくださいね。あの方の名前が出ると、クロワッサンさまはいつも悲しい顔をするんです……はぁ……

 キャンディケインの言葉を遮るように、ノックの音と共に金色に輝く頭がひょこっとドアの裏から現れた。フィッシュアンドチップスは部屋に潜り込み、ビールの知らないひとを連れて来た。

ビール:……うん?

フィッシュアンドチップスビールが以前仰っていたお姫様は酷すぎますよ!彼女は斧で俺の頭を叩き切るところでした!!あと銃を持っていた彼女のせいで俺の服が穴だらけに!!そうでした、新しいメンバーを連れてきたんです。

ビール:新メンバー?

フィッシュアンドチップス:そうですよ。あなたが辺境に行って様子を見るように指示したじゃないですか。ほら、そこで出会ったテキーラです。ヴァイスヴルストもかつての生徒に会いに行ったようですよ。

ビール:……テキーラ

フィッシュアンドチップス:ええ、そうです。てっきり彼のことを知っているものかと、あなたとクロワッサンが推薦したんじゃないんですか?

ビール:……

フィッシュアンドチップス:はいはい、疲れているのはわかっています。俺はテキーラを連れて、顔を見せに来ただけです。あっ、フォンダントケーキが探してましたよ。

ビール:僕に何か用ですか?

フィッシュアンドチップス:ええ、帝国連邦のシャンパン陛下が彼女に伝言を頼んだそうです……法王庁と協力することに同意したそうですよ。これ以上は俺も聞いていません。テキーラを案内して来ますので、お先に失礼します。


 忙しないフィッシュアンドチップスと勉強の時間になったキャンディケインを見送った後、ビールは気持ちを整えてから部屋を出た。眩しい陽ざしによって寒気が吹き飛び、全身にあたたかさが広がる。

 鼻歌を歌いながら花に水をやっているフォンダントケーキは、廊下を歩いているビールに気付いた。彼に声を掛けようとしたが、教皇のローブをだらしなく羽織っている姿に驚いて口が塞がらなくなった。

フォンダントケーキ:……このローブを死ぬほど欲しがっているひとたちに見られたら、憤死していたでしょうね。

ビール:服というのは、気持ちよく着るのが一番だあはははは――

 良いニュースばかり聞いていたからか、フォンダントケーキから見たビールの機嫌は存外良かったように見えた。彼女はふとまだ若い君主からのお願いを思い出し、何かを探し始めた。

フォンダントケーキシャンパンから渡すよう言われた手紙です。誰かが彼を通して貴方に渡そうとした物みたいですよ。いつの間に彼とそんなに仲良くなったのですか?

ビール:ああ……ずっと、ずっと前からかな。そうだ、君こそ最近シャンパンとどうなんだ? 仲良くしているのか?

フォンダントケーキ:なっ、なななななんですか!!そそんなことは!!!仲が良い訳がありませんよ!!!!

ビール:ははははっ、やはり仲が良いみたいだな~

 フォンダントケーキは怒りながら黒い手紙をビールに投げつけ、彼の足を思いっきり踏みつけてから逃げて行った。耳の付け根まで真っ赤になっている彼女を見て、ビールは頭を横に振った。

ビール:はぁ……今の若者は、全員素直じゃないな。

 ビールは封筒を開けて、中の手紙を見た。見覚えのある文字を見て、彼は笑みをおさめた。彼の目には普段あまり見ることのない悲しみ、憂いが浮かんでいた。そして、彼のことをよく知っているひとにしか気付かないであろう懐かしさもその視線に含まれていた。


手紙

「希望を持つ権利は全ての人にあると先生は仰っていました。しかし、私たちは貴方の方法で何千何万回も試したけれど、一度も良い結果を得ることは出来ませんでした。」

「あいつは呪いに囚われました。あいつだけではありません、彼女たちもです。全員絶望の枷から逃れられません。」

「世界の運命に抗えない訳ではないと先生は仰っていました。しかし、正規の方法ではもう希望をもたらすことは出来ません。見てください、今回は成功したじゃないですか。彼女たちを救えたのなら、きっとあいつも救えます。」

「もっと良い方法があると、貴方は仰るかもしれません。しかしその所謂良い方法の代価として、あいつは何度も呪いに耐え、絶望の苦しみの中最期を迎えることになります。私はあいつに希望をもたらすことが出来るのなら、他の誰かを絶望に陥れる方を選びます」

「貴方が助けられないひとを、私は私の方法で助けてみせます。」

「申し訳ございません、貴方を先生と呼ぶのはこれで最後にします。あんな事をした私に、そんな資格はないことはわかっています。しかし私は必ずあいつをこの呪いから救い出します。例え他の誰かを犠牲にしようと。」

「永遠に暗闇に囚われることになろうと、全てをなげうって、果てしなく続く絶望からあいつを解放させてみせます。」

「貴方のように全てのひとを救おうなんて大それたことは考えていません、私はただ大事な人を守りたいだけです。例えこの世界を代価にしても、例え貴方を敵に回しても、私はもう立ち止まりません」


握りしめていた拳を下ろしたビールの手から、白い手紙がゆっくりと落ちていった。彼は深く息を吸い込み、力強く自分の頬を叩き、いつもの笑顔を浮かべた。

ビール:大丈夫だ、きっと。きっと全てのひとに希望をもたらす方法はある。例えどんなひとであろうと、救う方法はある。僕はきっとこれをやり遂げて見せる。



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