貝柱・エピソード
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貝柱のエピソード
龍宮城の現城主。前城主であるタラバガニによって「育てられた」。身勝手でワガママな性格、いつも手下たちを困らせる。自分が決めた事に強い執念を持ち、例え先の道がどれほど険しくとも、真っすぐに突き進んで決して振り返らない強い信念を持っている。ある理由からつまらない海底に居続けている。子どもが嫌いだが、彼女のある能力に目を付けているからか、彼女を甘やかしている。
Ⅰ.龍宮城
「兄様、少しでもいいから外に出て遊びたいです。ずっと龍宮城の中にいるのは、息苦しい……」
「兄様、甘えびのやつがまた外に逃げ出して遊びに出掛けた。でも心配しないでください、車海老が彼女を連れ戻しますので……」
「兄様、いつになったら目覚めてくださいますか……」
氷棺の中にいる人影は返事をしてくれない。
まあ、反応があるとしても、きっと私を叱るのだろう……
頭を振って、精巧な玉手箱の上に置かれた手を上げ、気を取り直そうとして自分の頬を叩いた。
しかし、ほとんどの霊力が抜き取られたせいで足元が覚束ない。
よろけながら氷棺に手を伸ばして身体を支えた。ピシッと立ち上がって、眠ったままの兄様を見つめた。
兄様、ほら……私はこんなにも役に立たない。黄泉の毒を短い時間抑えるだけで、この有様です……
だから……
早く帰って来てください……
早く私を叱って、何ならぶん殴っても良いです。
瞼が段々と重くなっていく、視界もぼんやりし始めた。
意識が沈んだ最後には、何処か聞き覚えのある溜め息がした。
「バカ」
いつ召喚されたのかも、自分の御侍が誰なのかも覚えていない。
覚えているのはこの世界に来た瞬間、目に映った満天に広がる炎と嗅いだ不愉快極まりない濃厚な血生臭さだけ。
「ふっははははは――食霊だぜ!!!おかわりがやってきたぞ!!!」
狂気じみた笑い声と腐臭が大きな口から溢れ出た、吐き気がする。手の中の柔らかな気泡は、彼らを傷つけることは出来ない。
腕は千切れる寸前、胴体は完全に切り開かれ、視界の全てが血色に染め上げられた。
私は……死ぬのか……
――私は……私はこんな簡単に……すぐに……死ぬ訳には……
「見ろ!玉手箱が現れたぜ!!!」
「玉手箱はオレの物だ!!!」
奴らは何かを見つけたようだった、私を囲んでいた者の大半はそれに向かって走って行った。
そしてそのおかげで、私は辛うじて生きながらえた……
それからの長い年月、私はこのような日々を繰り返した。
瀕死になって、撃退して、再び戦闘が始まって、瀕死になって……
まるで私の存在意義とは「戦う事」であるかのように……
そしてこの煉獄には、あの怪物たちのほかに私という異類一人しかいなかった。
周りの怪物たちは殺戮願望に支配されていた、彼らは狩る対象がいなくなると、共食いを始めた。
私は戦っている奴らの酷い姿を見てから、水溜りに映る自分の顔を見た。
頬に血がまみれている怪物。
これが私なのか……
また次の殺戮が始まった、しかし今回は以前みたいな幸運は訪れなかった。
腕は既に脱臼し、腹にも不気味な敵の肢体が後ろから貫通していた、足はもう上がらない。
目の前で前脚を高々と持ち上げた怪物を見て、瞼が重くなってきた。
結局……駄目……なのか……
「主上、もう生存者はいないようです」
これは……誰の声だ……
助け……助けて……
「なんだこの気配は……」
Ⅱ .牢獄
聞き覚えのある声がした、この声で何度も名前を呼ばれてきた。
「甘えびが扉の前にいる」
「……」
目眩がする頭を手で抑え、頭を振った。
……さっきは……眠っていたのか……
過去のことを夢に見るなんて…………
「彼女を入れろ」
「ああ」
おずおずと宮殿に入ってきた女の子は怯えながら私を見ていた。
顔を合わせた瞬間に、抱擁し、慰め。
最も優しい口調で、最もあたたかな温もりを。
数え切れない程の金銀財宝、使い切れない程の綾羅錦繍。
十分すぎる「優しさ」は彼女を後ろめたさで満たす。
彼女がこっそり出掛けることを咎めたりはしない。
しかしここだけが、彼女の居場所であることを、覚えてもらわないといけない。
この広い宮殿は彼女のための鳥籠だ。
そして私が決して離れられない場所でもある。
「主上、来てくださいましたか」
まだ暴れている私の攻撃で顔が傷だらけになっていても、車海老はそれでも無表情なままだった。
もちろん彼が私のことを良く思っていないことも感じ取っていた。
車海老は入ってきた男の方を振り返った。
その強く、美しく、凜冽たる雰囲気の彼を見て、不安だった私は更に焦燥感を覚えた。
タラバガニの気迫を肌で感じ、私は車海老に接するように彼に接することが出来ず、ただ警戒しまま彼を睨みつけることしか出来なかった。
彼は私に向かって手を差し出した、私は無意識に首をすくめる。
――彼のような強大な存在は、傷を負っている私が抵抗出来る相手ではない。
しかし彼の手の平はゆっくりと、私の頭の上に置かれた。
あたたかい手ではなかったが、その手から感じる温度が、私の心を落ち着かせた。
「ご苦労だった、良くやった」
「……」
「大勢の怪物を相手に生き延びるのは大変だっただろう、だが其方は成し遂げた。この事を誇りに思うが良い」
男は思っていた程無口ではなかった。
しかし彼が口にした言葉は、別格の優しさがあった。
少なくとも「優しさ」の意味を知らなかった当時の私にとっては、一生忘れられない宝物だったのだ。
目から水滴が零れ落ちた、私は不思議な気持ちで頬を垂れたその液体を拭った。
「……何故泣き出したんだ。きちんと静養するといい、時間があったら、また見舞いに来る」
この「優しさ」のためなら、空も太陽も見えない海底の竜宮城に留まり続け、この宮殿の真の主の帰りを待とうと思った。
例え貴方様の本願に背いても。
例え後で貴方様に責められても。
貴方様の龍宮城を守るという約束だけは守り続けよう。
そして龍宮城の真の主も、必ず守ってみせる。
Ⅲ .願望
このような伝説があった。
伝説の中では主人公たちはある神器を探し出すことさえ出来れば、自分の願いを叶え、更には自分の未練すら解決出来るという。
こんな伝説を、かつての私は鼻で笑っていた。
本当の絶望を前に、こんな伝説が私を支える原動力になるとは、思ってもみなかった。
兄様が海辺で倒れたあの日は何の兆しもなかった。彼の頬を這う紋様が、彼がこれまでどんな苦しみを堪えてきたことを示した。
「余が黄泉の毒に侵蝕され続けていたら、完全に進捗される前に、余を殺せ。こうすることで余の亡骸を"千引石"の代わりに出来、桜の島を守れる。ただし、余の身体が完全に侵蝕されてしまえば亡骸は使えなくなる。すまない……余が出来るのはここまでだ、残りの怪物は……其方と貝柱に任せた」
その言葉が聞こえて来た時、意外にも驚きはしなかった。
彼が私を龍宮城に連れてきたのは、彼の身体が黄泉からの猛毒に侵され続けているからだった。
彼は少しずつ、あの怪物になりかけていた。
生まれながらの王者である彼の判断力によって、彼は新たな主を探し、竜宮城を守ることを決断した。
彼は目的があって私を救った。だけどあの煉獄の中、蜘蛛の糸を垂らしてくれたのは彼しかいなかったのだ。
私は彼の願いを全て叶えられると思っていた。
日々猛威を振るう妖魔を処理し続け、彼のために私が持っている全てを差し出した。
まさか彼の願いの中に、「彼を殺す」というものが含まれているとは思わなかった。
きっと方法がある筈。
きっとある筈だ。
私は絶対に彼を救う方法を見つけ出す。
そして、私は龍宮城を出た。
私が生まれたあの地、あの煉獄の境に足を踏み入れた。
今回は迷いなんてない。
ただ生き延びるためにもがく訳じゃない。
私が欲しい物は、この煉獄にあるあの神話的の存在だけだ。
無数の妖魔を飼いならし、人間と食霊を殺し、妖魔たち二重宝されたあの玉手箱。
兄様から頂いた貴重な服が血の色に染った、地面には血の跡伸びていた。
真珠や珊瑚の装飾品も、妖怪からの攻撃で全部ちらばった。
ここで終わってしまうのではないかと何度も頭を過った。
遂に、刀山血海を越え、私はその小さな玉手箱の前に辿り着いた。
優しい光を放つ玉手箱に触れようと手を伸ばしたが、血で汚れた両手が見えた。
なんとか服で手を拭い、私は大事そうにその玉手箱を抱えた。
ようやく……見つけた。
Ⅳ.玉手箱
玉手箱を手にした私は、彼らの傍に戻りたいという気持ちがはやる。
傷口からも未だに血がだらだらと流れていた、顔も血まみれになっている。
血の塊が皮膚に気持ち悪くこびりつき、突っ張ってうまく身体を動かせず、不快感しか無かった。
思わず水溜まりに映った自分の顔を見た。
――そこに映る私は、兄様に拾われた時と同じように、薄汚く、余裕が全く残ってなかった。
兄様が見たら、多分驚きながらも「またどこに遊びに行ったんだ?その玉手箱はどこから探して来たんだ?」と訊ねてくるだろう。
そう聞かれたら、私は迷わず「ぶらついていたら拾いました」と答えるつもりだ。
この玉手箱は、伝説によると時間を過去に戻し、全ての未練を解決出来る神器だという。
これさえあれば、兄様が「侵蝕され続けた時間」すら、綺麗に侵蝕される前に戻すことが出来るかもしれない。
兄様は全盛期の自分を取り戻すことが出来る筈だ。
その姿は、きっカッコいいんだろうな……
しかし……その時になれば、兄様の時間を引き受けた私は、もうその光景を見ることはかなわないんだろうな……
胸に再会の喜びを携え。
一刻も早く、私の本当の「家」へと急いだ。
しかし私が駆けつけた時には、かつてのような「優しい」笑顔をうかべる兄様はいなかった。そこにいたのは、発狂し不吉な気配を全身に纏う兄様しかいなかった。
冷たいあの鉄仮面野郎は自分の刀を握りしめて、手を震わせていた。
……どうして……
どうして……
もう間に合わないのか……
違う!まだ間に合う!
私には宝箱があるから!
私はすぐに二人の間に飛び込んだ。
説明する時間も惜しく、何も言わずに玉手箱を開けた。
全ての願いを叶え、全ての未練を晴らしてくれる玉手箱。
叶えてくれるのなら、私から何を奪おうと構わない。
私の願いを、叶えてください……
虚空から、優しい女の声が聞こえたような気がした。
次の瞬間、玉手箱は飢えた獣のように、私の全ての霊力を飲み込んだ。
隣にいた車海老でさえ巻き込まれ、立てなくなっていた。
これで私たち二人は消えてしまうのかと思ったその時、玉手箱は動きを止めた。そして、兄様の身体にはゆっくりと幾重もの霜がまとわりつくようになった。
私たちが脱力して倒れた時、兄様は完全に氷棺に閉じ込められた。
兄様の身体を侵蝕し続けていた紋様も、私たちの努力でようやく動きを止めた。
私と車海老は兄様を龍宮城へ連れ戻した。
私は待ちきれずすぐにまた玉手箱を開け、兄様の「侵蝕された時間」を自分の身体に移そうと試みたり
最初は……順調だった。
でもすぐに、いくら霊力を注ぎ込んでも、それ以上時間は取り出せないことに気づいた……
足りない……この程度では……
足りるものか!!!!!!!!
「何故!!!何故だ!!玉手箱は時間を逆転することが出来ると聞いた?!何故私にはそれが出来ない!」
「……」
「どうして彼の時間を封印することは出来ても、逆転させることは出来ないんだ!!!じゃないと玉手箱を見つけてもしょうがないじゃないか!」
「……貝柱……」
「どうしたらいい……どうすれば……」
「貝柱、いい加減落ち着け!!!」
車海老の怒鳴り声で、はっと我に返った。
彼の複雑そうな表情を見て、私は座り込んだ。
まさか……結局……彼を失うことになるのか……
「貝柱よ、知っているか?その凄まじい力を持つ玉手箱とやらは、神女の宝石箱なのだ。誰でも中に物を入れることは出来る。しかし、彼女の宝飾品を奪うことは出来ても、全て奪い尽くすことは出来ない。神女にしか全部は取り出せないんだ……」
暗闇の中から声が聞こえてきた、私は顔を上げた。
待て……
神女……
そうだ……神女さえ見つければいいんだ……
車海老は私を見つめながら、しばらく黙っていた。
以前のようにたぁ喋りたくないだけではない、本当にどう話しかけて良いのかわからなかったのだ。
以前のように、二人で張り合うことはなくなった。
車海老は広い袖の下に隠していた手を、握り締めたり緩めたりを繰り返した。
やがて顔を上げた彼の目には固い決心があった。
「出来る限り早く神女を見つける、代償は惜しまない。」
私は少し驚いて車海老を見た。奴のような融通の効かないひとは、無実の者を使おうとする私の考えを止めようとするだろうと思っていたから。
「……」
「クソガキ……身の程を知れ。貴殿の身体にも侵蝕の痕跡が現れ始めている」
寡黙で口数の少ない鉄仮面を見つめた。
「止めないのか?」
罪のない人を傷つけるのを止めないのか……
兄様は……貴様を怒るだろうな……
「もし主上が貴殿を叱るのなら、某も共に受けよう。ただし、今回限りだ」
車海老の口が弧を描いているのを見て、私も思わず笑った。
例えこの先の道がどれだけ険しくとも、私たちは自分の進むべき道をもう見つけた。
どんな苦難を経験しても、どんな犠牲を出しても。
心の中の光のために、必ず勝利の彼方へと辿り着こう。
Ⅴ.貝柱
その時の貝柱はただの性悪な子どもだった。
彼の「兄様」の前では良い子のフリをしていたが、他のひとの前では自分の性格の悪さを隠そうとはしなかった。
かつての気が強くて傲慢なクソガキが、今では上品で優しい龍宮城の城主になっているのを見て、月見団子は時の流れの力を思い知った。
「それで、月見さんはどんなご用件で?」
「……」
「どうした?」
「別に大したことはありません。ただ、貴方の変化に驚かされただけです」
「月見さんご冗談を。兄様の代わりに龍宮城を預かっているからには、昔のような子供っぽいことはできないでしょう」
月見団子は持ってきた酒を龍宮城現城主の前に置いた。
「これが好きだと騒いでいた貴方のために、八岐さんに頼んで持ってきました」
「月見さん、ありがとうございます。しかし、龍宮城の結界にしても、この玉手箱にしても、私の制御に依存している。霊力を予め込めておくことで、しばらく外出することは出来るが、このお酒はやはり遠慮しておくよ」
簡単に拒絶されたことに、月見団子は思わず笑ってしまった。
「海神様のために、随分力を尽くしているようですね 」
「月見さんに用事がないのなら、私はこれで……」
「私がここに来たのはもちろん用事があってのことですよ。貴方にも、海神様にとっても、とても重要なことです」
「……」
「海神様への黄泉の侵蝕を解いたとしても、その黄泉があり続ける限り、彼の使命は終わりません……いずれまた同じような窮地に立たされることになるでしょう」
ここまでの会話で顔色一つ変えなかった貝柱は突然顔を上げ、目の前にいるいつも優しそうな笑みを浮かべている男を見た。
眼鏡のせいで彼の思惑が見えない。弧を描いているその口は、まるで本当に目の前の少年のためを思っているように見えた。
「……黄泉?」
「黄泉の話は長くなります。城主様が聞いたいのなら、次回の百鬼夜行の際に、共に夜桜を見てくれるように約束をしてくださいませんか。神女の手掛かり探し当てた私の顔を立てる形でどうでしょう。信じてください、そこで貴方の欲しい物がきっと見つかりますよ」
全身月白色の青年がゆっくりとその場から離れた。一人に残された貝柱は、座ったまま手の中の杯を上げた。
杯にはお酒は一滴も残っていないが、構わずにそれを高く持ち上げた。
瑠璃で出来た綺麗な杯を通して、彩色の瑠璃によって彩られた空を眺めた。
その明るい空には雲ひとつもなかった。
出てくるはずの名月も見えなかった。
「甘えびが耐えられる限界が来ている、そろそろ戻ろう」
闇の中から現れた青年の言葉には感情は一切なかった。青年は、空を見上げている少年を見つめていた。
「貴殿がもう少し休みたいのなら、某が先に戻り彼女の代わりをしても良いが」
「私が行こう、今の兄様にはどんな小さな綻びも許されない」
今晩の約束が重要でなければ、力がまだ安定していない幼い「神女」に玉手箱を操作させたりしなかった。
「彼との取引は……貴殿を利用しているだけの可能性もある。その百鬼夜行の噂は聞いたことがある、何かを企んでいるらしいこともな」
波打つ潮の中に座っていた少年、彼の裾は海水の中クラゲのような柔らかい光を放っていた。彼は振り返って、優しく笑った。その笑顔を見た車海老は、何故か背筋が凍りつく程の寒気を感じた。
「そうか、ふふふ……彼が何をしようと、私には何の関係もないだろう?兄様のためなら、黄泉だってぶっ壊してやる」
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