かき氷・エピソード
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かき氷のエピソード
感情と表情が豊かで、誰に対しても優しい。何かあればすぐに状況を把握し、最善の方法を迷いなく選択する。時には残酷と思わせる対処をし、その冷酷さが浮き立ってしまう。策士な彼女はリーダー的存在として、しばしば情よりも理を重視した決断を下す。そのたびに己を責め、自分を嫌うことで感情を落ち着かせている。
Ⅰ氷水
(※誤字等が見られたため編集者判断で一部変更している箇所があります)
ある夏の日の午後。
探偵社の扇風機は壊れているみたいで、回るスピードが速かったり遅かったりする。
暑い。
りんご飴は机の上にだらんと突っ伏していた。自分の顔をガラスでできた天板にくっつけ、恋愛小説をペラペラめくっている。
何ページかめくった後、彼女は突然叫び声をあげ、体を起こし顔を上げた。
「オーマイゴッド!……ダメよ、このままじゃダメだ!」
「あああああ!ありえないわ、依頼が来なくなって何日経った?二日?三日?気のせいだよねきっと!?私は夢を見ているんだわ!ねえ!?かき氷!私は夢を見ているんでしょう!?」
「三日だよ。ふふっ、もうじっとしていられなくなったの?」
暑さのせいで真っ赤になっているほっぺたを見て、氷水を彼女に手渡した。
でも、確かにもう我慢の限界かもしれない。
この町は平和だ。日暮探偵社の閑古鳥が鳴くのは日常茶飯事。
だけど三日続けて依頼が来ないのは珍しい。
普段なら子どものお守りをしたり、迷子になった猫を保護したりと多少なりとも仕事はあったけど、ここ数日は無駄に電気を消耗しているだけ。
このままだと、来月の家賃が払えなくなるかもしれない……扇風機を修理するお金だって……
(はぁ……どうしたらいいかな?外でアルバイトでもする?)
「わあ!冷たい!ありがとうかき氷~」
遠くまで馳せていた思考は、りんご飴の声によって引き戻された。
彼女は冷たいコップをほっぺたにくっつけて、気持ちよさそうに目を細めた。
彼女はいつもこうだ……まるで人間みたい……
あたしがまた意識を飛ばしていると、彼女の助手であるカツ丼が発した言葉で、彼女の表情はまた崩れた。
「エース、暇なら少しは運動したらどうだ!いつも足を引っ張ってちゃ、頭がいくら良くてもダメだろっうわ!」
万年筆のキャップがカツ丼に直撃した。通りすがりの彼と険しい表情のりんご飴が口論を始める。
「何すんだ!?」
「足が遅くて何が悪いの、単細胞よりはましよ!それに誰かを捕まえるのは君の仕事でしょ、どうして私がそんな事……」
「危険な目に遭った時、毎回俺が助けられる訳じゃないんだ!ちょっと待て、誰が単細胞だって!?」
「声が大きいやつがそうよ!」
りんご飴と彼女の助手であるカツ丼はいつもこうだ。顔を合わせるとすぐ喧嘩になる。
あたしもカツ丼の口調を真似してりんご飴に話しかけたことがある。だけどその時、彼女は長い沈黙の後、あたしに頭を撫でて、ゆっくり休むように言い聞かせてきただけだった。
どうして?
あたしとカツ丼は何が違うの……
彼が持っていて、あたしにないものは、何?
思い出がよみがえる。
Ⅱ 痛み
あたしが初めて他人と違うと気付いたのは……ずっとずっと昔のことだった。
その時、あたしはまだここにはいなくて、とある古代の将軍に仕える策士だった。
他国と交戦していて、こちらは劣勢。
このままでは絶対に勝てないとわかっていた。
全軍を撤退させるのも明らかに現実的ではなかった。だけどあたしと兵士たちを囮にすれば、将軍をこの場から離すことぐらいはできた。
あたしは将軍にこの提案をした。
最初、彼はあたしを大声で罵り、さらには机を叩いてあたしを縛って牢屋に閉じ込めた。
数日後、彼はあたしのもとへやってきて、あたしの提案を受け入れると言った。
彼の表情は野営地に送り返されてきた重傷を負った兵士と同じだった。弱弱しくて、悔しそうだった。
だけど、彼はどこも怪我をしていない。
軍令に従い、あたしたちは戦場へと赴いた。
両陣営がぶつかり合う、相手の人数はあたしの予想とほぼ一致していた。
全てはあたしの計画通りに進み、あたしたちは大半の戦力を惹きつけることに成功した。
後は捨て駒としての結末を迎えるだけだった。
しかしこの時、背後から雄叫びが聞こえてきた。兵士たちは咆哮を上げながら敵陣に突っ込んだのだ。
突っ込んでいき、そして倒れた。
あたしにとっては予想外の事態が目の前で繰り広げられた。
戦力差が激しく、勝算はない。だけど彼らは我先にと前に出る。彼らの目に、燃え滾る炎が見えた。
……炎?どうしてこんな比喩をしたのだろう。
ドンッ――
この時、傍で大きな音がした。
甲冑と地面がぶつかる音だ。
敵軍の長髪の武士は、動かなくなった甲冑からゆっくりと刀を引き抜いた。
そしてその切っ先をあたしに向ける。
「……最後の一人」
最後……?
冷たい風の音が耳元を掠めた。
……ああ。
この時やっと周りの状況が見えた。
あたしを除いた全員が倒れていたのだ。
そして何かがあたしの胸を貫く。
言葉にできない程の激痛に襲われ、視界がぼやけた。
意識が暗闇に落ちる前、あたしには理解できない、将軍と兵士たちの表情が脳裏を過り……
天地がひっくり返る。
だけどあたしの意識が遠のくことはなかった。
一瞬だけ呆然として、我に返った。
「わっ!?どうしたの!?」
「どうして泣いているんだ?りんご飴……君を召喚した時はこんなことはなかったぞ!」
見知らぬ声が風の音の代わりに耳に入ってきた。
あたしを貫いた刀もどこかに消えた。でも……痛い……!痛い……!
胸元から四肢に広がる鈍い痛みは、刀に刺された時より千倍も痛かった。
「うう……うっ!」
心臓がきゅっとして、何か重い物によって心臓が潰されたような感覚がした。
どうして……どうしてこんなに痛いの?
温かい液体が頬を伝い、眩暈の後、ようやく目の前がはっきりと見えた。
平らな木の床、血塗られてない乾いた両手、見知らぬ二つの顔。
――瞬く間に、あたしは数百年後に召喚されたのだ。
Ⅲ 沼
あたしは日暮探偵社に来ていた。
戦争のない生活は、昔とは大きく違っていた。
こんな平和な日々をどう過ごせばいいかわからなかったけれど、御侍さまとりんご飴は何をするにもあたしを連れて行ってくれた。そしてあたしも彼らと一緒にいることに慣れた。
おかしい。
こんな筈はない。
こんな日々が続けば、いつの日か将軍の表情を、兵士たちの目を、あたしの胸の痛みをわかる日が来ると思っていた。
だけどその日は来なかった。
蘇生十一日、春。
夜明け、ガサゴソとした音に起こされた。
りんご飴は熟睡していたけど、御侍さまはいなかった。
外にいるのかな?
あたしはそっとベッドから降りて、ドアを少しだけ開けた。
スッ――
光を背にして、黒い人影が立っていた……御侍さまだった。
彼の動きは酷くぎこちなく、手にはナイフを持っていて、刀身の半分が彼の喉に刺さっていた。
早く止めないと、死んでしまう。
あたしは急いでナイフを叩き落として、両手で傷口を抑え霊力で治療を施した。
だけどあたしの手は彼によって抑えられた。
解けない。これは人間の力じゃない。
堕神?だけど彼の体から堕神の気配は感じられない。
「御侍さま」
確認のため、彼の名前を呼んだ。
どうしてか彼は急に力が抜け、あたしは彼を床に抑え込む事ができた。
頭の中で、最善の方法を考え付く。
まず弱らせ気絶させて、りんご飴を起こして一緒に解決策を考える――
首に手刀を入れようとした瞬間、馴染み深い声が聞こえてきた。
「殺せ……かき氷……俺を……殺せ!」
殺す……?彼を?
どうして?
あたしが動きを止めていると、突然契約が途切れた……
「沼……意識……浸食……勾玉……調査しては……いけない……」
御侍さまの手に落ちたナイフは、あたしの手の平に乗せられた。
彼の言葉は支離滅裂で、発音もはっきりしていなくて、まったく聞き取れなかった。
御侍さまはそれ以上話すことなく、血が滲むくらいに下唇を噛みしめた。
喉の奥からごぼごぼとした音が聞こえてくる。まるで沼の気泡のよう。
彼は一瞬動きを止めて、ナイフを回収しようとした。
チャンスは一瞬しかない。
彼よりも一足先にナイフを握りしめ、胸元に目掛けて制した。
ザクッ――
……
彼はもう藻掻くことはなかった。
彼が言っていた言葉を整理する。
意識を侵食、沼、勾玉、調べるな。
身体をまさぐると、丸い物を見つけた。
これが彼が言っていた勾玉だろう。
意識を侵食された、それはきっと先程の彼のことを指していたのだろう。
じゃあ、沼は?
「かき……氷……!?」
背後からりんご飴の声が聞こえてきた。思考が中断され、その時初めて床一面に広がった御侍さまの血に気付いた。
あたしは振り返って彼女を見たけど、彼女のこんな表情は見たことがなかった。
彼女はよろめきながらあたしに近づき、肩をぐっと掴んだ。
「こんなに血が……君は怪我してない?何があったの?このナイフは……なんで……彼は……君が……」
饒舌な彼女は、この時ばかりはうまく話せなくなっていた。
「待って……」
彼女は何度か深呼吸した後、御侍さまの身体を揺らした。両手が血まみれになっていく。
「御侍……?」
この景色を見て、あたしの胸は猛烈に熱くなった。
心臓を指す痛みが広がり、目頭が熱くなった。
「大丈夫、りんご飴」
どうして?
どうしてあたしの声も震えているの?
「あたしが彼を殺した」
Ⅳ 勾玉
食霊は理論上自分の御侍を攻撃できないため、警視庁は御侍さまの死を自殺として処理した。
りんご飴は何も言わず、あたしと一緒に葬儀の準備をしてくれた。
葬儀に参列する人は多かった。
その中に抹茶という食霊がいた。葬儀の後、彼はあたしとりんご飴に声を掛けてきた。
生前の御侍さまから頼まれたため、日暮探偵社を引き継ぎ、あたしたちの面倒を見てくれるという。
彼は御侍さまの友人で、よく探偵社にも来ていたため、あたしたちとも面識があった。
だけどりんご飴は彼の提案を呑むことは出来なかった。
あたしは初めて声を枯らす程に叫ぶ彼女を見た。
「よく聞いて――私は御侍の死因を突き止めて見せるわ!」
彼女の目は真っ赤になっていた、あたしが聞いたこともない声で抹茶を問い質す。
「誰から話を聞いたの?」
あたしが答える。
「あたしだよ、少し前に抹茶に尋ねられた」
彼は御侍さまの親友、彼に事のあらましを伝えることが最善だし、そうすればあたしたちは真実を知ることが出来る。
「かき氷?!君……」
りんご飴はまた声を荒らげて、目を見開いた。
「焦らないでください」
「とりあえず少し話をしましょう、それから決めてください」
彼らが何の話をしたかはわからない。
気付けば抹茶は探偵社の社長となり、りんご飴はもう彼に反抗しなくなったということしかわからない。
彼女は直接勾玉を抹茶に手渡した。
ずっと嫌がっていたのに。
短い時間の中、彼女がここまで変わった理由は?
抹茶にこの質問を投げかけたことがあった。
彼は答えてはくれなかった、ただ熱い手の平をあたしの頭に置くだけ。
「今はまだ分からないかもしれませんが……きっと答えは見つけられると、信じていますよ」
Ⅴかき氷
お互いに「フンッ」と言い合った後、頭をぷいっと背けた。
少年は身体を翻して探偵社から出て、りんご飴は腰に手を当て怒ったまま机の方に戻った。
かき氷の前で温くなった水を豪快に飲み干し、ドンっと机の上に叩きつけ、息が上がっていた。
かき氷は手を伸ばしてりんご飴の背中をさすり、落ち着かせようとする。
「ふふっ、ある意味カツ丼の言う通り運動したことになったね?結構消耗したでしょ」
そう言いながら彼女が笑うと、りんご飴は彼女の頬をぎゅっとつねった。
「こんな時に面白くない冗談を言わないでよ!あいつ酷すぎない!?」
「そうかもね……もう……つねらないで……」
「役割分担する事の何が悪いの?」
「私はバカじゃないし、心配してくれるのはわかってるけど!でも突発的な計画もあったりするでしょう、いつも駆けつけてくれるって信じてるんだから――これは信頼関係よ、なんでわからないのかな!」
「はいはい、仲良いのはわかってるから……」
かき氷はやっとりんご飴の手から逃れ、自分の頬をさすりながら一息をついた。しかし、先ほどの一言でりんご飴はまた怒りが沸き上がってきたようだ。
「仲が良いですって……何を言ってるの!?あいつなんかと仲良くしたいわけがないでしょ!」
チリンッ――
入口の風鈴の音で彼女の言葉は遮られた。
かき氷が顔を上げると、どこかで聞いたことのある声が聞こえてきた。
長い髪を持つ、細く長い人影が探偵社に入ってきた。
「すみません。ここは……日暮探偵社ですか?」
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