ロイヤルゼリー・エピソード
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ロイヤルゼリーのエピソード
鎧を身に着けた長髪の青年。冷静で言葉数は少ない、体は筋肉質で引き締まっており、いつでも敵の心臓を突き刺せる針のような人物。彼の忠誠と高潔さは生まれ持ったもので、主として認めると、己の全てをかけて忠誠を誓い、その命までも捧げる。裏切り行為を許せない性格で、表面的には主は御侍であるが、この『主従関係』は双方向のものでなければならない。彼が主を守る条件として、主は彼の偏執と独占欲を許容する必要がある。
Ⅰ探しに行く
「人でなし!この人でなし!」
「錦安国があんたに何をしたっていうんだ!先王を殺しても足りないのか、今更異邦の者と結託して、土地を荒らし、国を滅ぼそうというのか?」
「本当にあんたなんかを相手にしてくれると思っているのか!あんたはただの平気だ!利用価値がなくなれば、いずれ彼らによって消される――」
うるせぇ。
「殺してもいいか?」
「ダメだ」
凍頂烏龍茶は俺の手の甲を叩いた。
「大事な情報を確認しなければならない。外で待っていろ、誰も入れるな」
「ああ」
俺は言われた通り、牢を出た。
扉を閉めると、錦安なまりの罵声が聞こえた。
俺はじっと立って、凍頂烏龍茶が出てくるのを待った。
あいつが捕虜の重臣とどんな話をしているかなんてどうでもいい。
その捕虜から得ようとしている何かについても興味はない。
その上どうして今回は自ら前線に出てきて、第三皇子が錦安国を手に入れるのを手伝っているかについても……
全部どうだっていい事だ。
――俺は頼まれたことをやり遂げさえすれば良い。
それこそ俺が望んだ生き方であり、あいつもそう望んでいる。
あんなちんけな言葉で俺たちの中を引き裂けると思ってるのなら……大間違いだ。
俺は入口で三十分程待った。
その間、第三皇子が部下をよこして、捕虜を連れて行こうとしていた。
あの大臣は敵国の捕虜、凍頂烏龍茶はただの従軍参謀でしかないため、単独で尋問することはできないと言ってきた。
俺は相手にしなかった。
あいつらは俺を本気で怒らせたくはなかったのか、結局帰って行った。
そしてそのまま、凍頂烏龍茶が出てくるまで待った。
あいつは手を拭いた手ぬぐいを暗がりに捨てた。
「終わったのか?」
「ああ」
「なら行こう」
「先程奴が貴殿に行った方言……あれはどういう意味だ?」
凍頂烏龍茶は突然そんなことを聞いてきたため、俺は眉間に皺を寄せた。
「そんなこと聞いてどうすんだ」
「その言葉を聞いて、顔色が変わったから気になった」
「悪口だ、てめぇの耳に入れるようなもんじゃねぇ」
「そうか、なら気にしないでおこう。どうせもう二度と口を聞けないだろうから」
凍頂烏龍茶は俺を見て微笑む。
俺は彼の背後を一瞥した。
牢屋の扉は開いているが、中から少しの物音も聞こえてこない。
「掃除は必要か?」
後片付けなんて朝飯前だ。
「必要ない」
そう言ってあいつは懐から一枚の紙を取り出して俺に渡してきた。
「貴殿にはもっと重要な任務がある」
「任務?」
紙を広げると、そこには地で地図のようなものが描かれていた。
――ついさっき牢屋で生み出されたものだろう。
「目標は誰だ?」
「貴殿の御侍」
「は?」
「これは、貴殿の御侍の居場所を示す地図だ」
Ⅱ 見当違い
錦安城は山水に囲まれているため、守りやすいが攻めづらい。
北朔王朝が今回無事そこに攻め入ることが出来たのは、俺がここの地形をよく知っていたおかげだ。
今、俺は錦安城の裏にある龍脊山脈にいる。
血で描かれた地図を掴んで、御侍がいるであろう場所に向かって疾走した。
――凍頂烏龍茶が求めていた「重要な情報」がこれだったとはな。
今回あいつがわざわざ前線に出て、実力が明るみに出る危険性を背負ってまで捕虜の尋問をしたのは、あいつ自身の計画のためじゃない。
理由はただ一つ。
俺のために御侍を探そうとしたんだ。
数年前、俺の御侍は錦安城の君主に拉致され、音信不通になった。
彼女の安全のため、錦安城の君主に仕えてあいつの駒になるしかなかった。
俺はずっと御侍が幽閉されている場所を探そうとした。しかし、彼女と俺の契約の繋がりが完全に途切れても、俺は彼女を見つけることは出来なかった。
まさか耐え忍んだ末に得たのは御侍の死とは……
そしてこれ以上我慢する必要はなくなった。
俺は君主を殺し、錦安を去り、北朔に向かい、凍頂烏龍茶と知り合った。
俺はこの件をあいつに隠さなかった。
でもまさかあいつがこの事を覚えていただけでなく、俺の願いを叶えようとしてくれていたとは。
長い年月が過ぎた、今更御侍を見つけるのは不可能だいうことを俺は知っていたり
――俺は地図に示された場所に辿り着いたが、目の前には青々とした林しかなかった。
「家?この龍脊山の上に人が住めるような家なんてある訳が……おや……もしや十数年前、山火事で燃えてしまった宮殿のことを言っているのかね?」
「若造よ目を覚ませ、もう十数年前のことだ。そもそもこれも噂に過ぎん、山火事の中見え隠れしてたあれは真実じゃないかもしれない。木もこんなに成長しているし、一体何を探そうと言うのだ?」
「……」
俺は老人の薪の上にいくらかの金を置いた。
これ以上言葉を聞きたくなかったから、背を向けて山の奥に向かって歩いた。
あの老人が言うには、山にあった宮殿は十数年前の山火事の時だけ見えた幻だったそうだ、ほぼ伝説に近い。
この伝説も偽物カかもしれないが、凍頂烏龍茶が捕虜から得た情報は信用できる。
かつて宮殿があった場所に何も痕跡が残っていないなんてありえない。
「――まったく若造よ!待っとくれ!」
しかしさっきの老人は金を渡したのについて来やがった。
「待つのじゃ!わしは答えただけで、金を貰う筋合いはないわ持って行け!」
なんと老人は金を返しに来た。
「世の中は荒れに荒れてる、誰も彼も大変な思いをしてる、金はちゃんと持っておけ!」
「おいっ!足が速いのぉ……なんで山に拘っているのか知らんが……そら、道を示してやろう!」
俺は足を止めた。
「若造よ、この下の谷を捜すのじゃ!」
「何故だ?」
「あの谷には山神がいるのじゃ!会ったことがあるし、助けてくれた!山神に会いに行けば、きっと山に住んでいた人のことを知っているだろう、もしかしたら教えてくれるやもしれん!」
「……助かる」
「おいっ!金が増えてるじゃないか!」
Ⅲ 見つからない
谷は深い霧に包まれていた、足元を気をつけなければ。
どういう訳か、下りて行く程、心が乱れていくのを感じた。
――何かが俺を深淵に引きずり込んでいるような……
気付けば目頭が熱くなり、頭に靄がかかった。
しかしまだ山神とやらを見つけてはいない。
意地を張って俺は前に進んだ……前へ……前へ……
やがて。
「起きてください!」
「!!!」
俺は飛び起きた。顔を拭うと水に濡れているのに気づく。
まだ呼吸が乱れている。
顔を上げると、知らない部屋にいて、目の前には女が立っていた。
空の茶碗を持ったまま、無表情でこちらを見ている。
……おかしい、初対面の筈だが、見たことがあるような気がする。
「貴方は誰ですか?どうして夢回谷に来たのですか?」
女は口を開いた、声もなんだか身に覚えがあるような気がした。
「人を探しに来た」
「ここは私以外誰もいません」
「……十五年前、龍脊山の天宮に住んでいた人を探している、姓は姫」
「……」
女の表情が少し変わった、その両目はこの時ようやく俺のことをきちんと捉えたように見えた。
しばらく俺の目を見た後、彼女は口を開いた。
「その人に何か用があるのでしょうか?」
「彼女は俺の御侍だ、十数年前に錦安城の君主に拉致された。俺は彼女が最後に住んでいた場所を探しに来たんだ」
「……」
女は明らかに動揺しているように見えたが、何も話さない。
その隙に起き上がろうとして、地面を踏みしめたら、力が入らなかった。
「……俺に何をした?」
「……」
彼女は大きく息を吸い込み、すぐに冷静さを取り戻した。
「この谷には瘴気があります。貴方はもう少しで堕化しそうになっていました」
瘴気?堕化?知らない言葉ばかりだ。
俺は眉をひそめ、彼女の言葉を遮った、
「てめぇが俺を助けたのか?何者だ?」
「私は冰糖燕窩(ひょうとうえんか)です」
彼女は俺に近づいて体を支えてくれた。俺は避けられたのに、どうしてか本能的に彼女を拒否することが出来なかった。
冰糖燕窩は俺を見つめてこう話した。
「私も姫様の食霊です」
Ⅳ 見つけた
「貴方が探していた場所は間違っていません」
冰糖燕窩は俺の地図を置いて、手を洗った。
「しかし、そこにはもう何も残っていません」
俺は地図を回収して懐に戻した。
「既に十数年経っています。あの山火事の規模はとてつもないものでした、人ですら跡形もなく焼けてしまっているので、何の痕跡も残っていませんよ」
「そんなに酷い火事だったんなら、てめぇはどうして生き延びてる?どうして彼女を助けなかった?」
「ふふっ」
冰糖燕窩は笑った。
「では貴方にも問います。彼女が七年余り山に閉じ込められているのを知っているのに、どうして助けに来なかったのですか?」
「見つからなかったんだ、あのクソ皇帝が法陣を作ったから」
「皇帝を殺せば良かったのではないでしょうか?」
「させてくれなかったんだ」
「どういうことでしょう?」
「彼女は連れ去られた時、皇帝に手を出すなと言ったんだ」
冰糖燕窩を見る。
「彼女は皇帝の言いなりになるよう命令してきたんだ」
「……」
冰糖燕窩はこの話を聞いて、何とも言えない表情を浮かべた。
しばらくして、彼女は顔を背けて、窓の外にある山を見た。
「山火事の日、彼女を助けることは出来ました……しかし彼女は死にたがった」
室内に沈黙が広がった。
自ら幽閉を望み、自ら生命を絶とうとした……御侍は一体何を考えていたんだ?
「人間の欲望は理不尽なものです」
俺の疑問に答えるかのように冰糖燕窩は口を開いた。
「彼女はあの皇帝のことを愛していた、だからここまですることが出来た。私たちでは彼女の結末を変えることは出来ません」
「……ああ」
俺は頷くだけで、これ以上何を言っていいかわからなくなった。
或いは、俺たちは同じ御侍から生まれ、血の繋がった兄妹のようなもんだからか、言葉にせずともお互いの言いたいことがなんとなくわかるのだろう。
俺は帰り支度を始めた。
「俺はもう行く」
「どこに行こうとしているのですか?貴方は堕化しかけていたのですよ」
冰糖燕窩は俺を止める。
「堕化……また暴走したってことか?」
「……以前も同じような事があったのですか?」
「ああ」
「どうしてですか?」
「わからねぇ。御侍との契約が切れた後北朔に行った、そこで一回暴走して、その後……」
その後、人間を傷つけたことで北朔の朝廷に捕まった。
俺が気が付いた時には、既に特製の牢屋に閉じ込められていた。
俺はその牢屋でたくさんの人を見た。
直接俺を殺さなかったのは、俺の力が惜しかったからだろう。
俺を説得して、あいつらのために働けと言って来た。
だが、俺は全部拒否した。
凍頂烏龍茶が来て、やっと俺は牢屋から出ることが出来た。
あいつも俺を利用しようとしていることはわかっていたが、他の奴らとは違って俺に選択する権利を与えてくれた。
あいつは俺が自分で選んだ仲間だり
「……それで、ここ数年はずっと彼と共に行動していたのですか?」
俺の経歴を聞いて、冰糖燕窩は怪訝そうな顔をした。
彼女の言葉に俺は頷いた。
彼女は俯いて何か考え込んだ後、俺に尋ねた。
「私たち食霊は、例えばこの谷の瘴気のような特定な影響を受けなければ突然堕化したりはしません。北朔では何故突然堕化したのか、それについて考えたことはなかったのですか?」
どうして急にそんなことを聞いてくるのかわからなかった。
「これはそんなに重要なことなのか?俺はもう制御出来ている」
「聞きたくないかもしれませんが」
冰糖燕窩は声を柔らかくした。
「ロイヤルゼリー、貴方の堕化から凍頂烏龍茶に助けられる所まで、全て彼の思惑通りということはありえませんか?」
「……」
冰糖燕窩との別れはあまり愉快なものではなかった。
体にはまだ堕化しかけた疲れが残っていて、山奥から錦安城の王宮に向かって全力で走っても、既に深夜になっていた。
壁を飛び越え静かに着地すると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「どれだけ教えても、門から入って来ないな貴殿は」
凍頂烏龍茶は灯りを持って、呆れたようにこちらを見つめていた。
俺は黙って数歩進み、彼の目を見つめた。
「どうした?そんなに見つめて」
「……」
異なる欲望は異なる色の火であり、自分に対してどう思っているかは、相手の目を見れば一目瞭然だと冰糖燕窩が言っていた。
俺たちが同じ御侍の食霊であるなら、彼女の能力は俺にもあるはずだ。
――しかし明らかに、彼女は間違っている、俺にはそのような能力はない。
彼は凍頂烏龍茶の目から視線を外した。
「何故寝ない」
「眠れないんだ、貴殿の帰りを待っていた」
「……は?頭おかしいだろ」
「おい、悪口を言うでない」
凍頂烏龍茶は俺の肩を揉んだ。
「故郷に帰って御侍に会ったら、もう帰ってこないのかと思ってな」
「……彼女は十数年前に死んだ」
あいつを睨んだ、目の前にいるのは偽物じゃないだろうな。
あんなに頭の良い奴がどうして急にこんな馬鹿な事を言っているんだ。
「ああ、御侍じゃないのなら誰に会いに行ったんだ?薬草の香りがする」
俺をからかうような口調で聞いてきた。
……そんなに顔に出ていたのか。
油断した。
良い別れ際じゃなかったが、冰糖燕窩の存在を他人に教えないと約束した。
まさか帰って来てすぐにバレるとは。
彼女は外にいる全ての生物に対して強い警戒心を持っている。
最後まで彼女は俺の北朔での経歴は全て凍頂烏龍茶が意図的に仕組んだ物だと言っていた。
彼女は自分の存在を知られたくないそうだ。
凍頂烏龍茶を信用していないし、食霊を利用しようとする外の者たちを全て信用していない。
――しかし、俺は凍頂烏龍茶に忠誠を尽くすとも約束している。
彼が知りたいこと、俺が知っていること、絶対に隠しはしないと約束した。
「この件について言いたくないのなら、言わなくても良い。しかし別件については隠すことは許さない」
俺の強張った表情をあいつは見逃さなかったが、配慮をしてくれた。
少しホッとした。
「わかった」
「今日はうまくいったのか?探していたものを見つけられたのか?」
あいつは言いながらあくびをした。
俺はきょとんとしてから、灯りを奪ってあいつを部屋まで押し戻した。
「どうして答えないんだ?」
「……もう見つかった」
Ⅴ ロイヤルゼリー
食霊のロイヤルゼリーを召喚した女性、彼女の姓が姫という事以外、歴史には記録は残っていない。
皆は彼女を姫夫人と呼んだ。
姫夫人は錦安国のごく普通の養蜂家だったが、ある日蜂蜜を採取していた時に、食霊のロイヤルゼリーを召喚した。
蜂の巣の中、ロイヤルゼリーは最も貴重な蜂蜜で、忠実な働きバチによって女王バチのために作られる物だ。
ロイヤルゼリーの性格も働きバチのように忠実で、姫夫人だけを思っていた。
戦火が広がる時代、国に食霊がいることは栄光の礎であった。
御侍の天賦を持った姫夫人は、自分が望んでいようといまいと、このまま普通に生きていくことは出来なくなった。
最終的に、彼女は錦安城の君主に嫁ぐこととなった。
君主に心を奪われた彼女は、ロイヤルゼリーに彼の言う事を聞くよう命令した。しかし、彼女が愛情の甘露に酔っている時、彼はこっそり彼女に大きな罠を張っていたのだった。
疑い深い君主は、純粋な愛による忠誠を信じなかった。彼は山の中に行宮を建て、姫夫人をその中に閉じ込めた。そして彼女の命をもって、ロイヤルゼリーに忠誠を誓うよう脅した。
自分のことを道具として扱っているあくどい君主を恨んでいても。ロイヤルゼリーは兵器として、功労を立てた。
それから七年後、ある山火事によって姫夫人は亡くなった。
ロイヤルゼリーは御侍の死を察知し、激高して錦安城の君主を殺した。
君主が死に、御侍も死んだ。
ロイヤルゼリーは冰糖燕窩の存在を知らない。彼は北に進み続けた、そして自分に言い聞かせた。これから仕える主は、自分で選んだひとではなければならない、裏切ったりせずお互いを認め合えるようなひとでなければならないと。
彼は自分の事を運が良いと感じた。光耀大陸の北方、北朔という国で凍頂烏龍茶に出会った。
……
また一年が過ぎ、師走がやってきた。
夢回谷は北朔と同じくらいの大雪が降った。
冰糖燕窩は早くも結界を張ったため、彼女の住むこの地はまだあたたかく緑のままだ。
彼女は現世の煩雑さから離れた今の生活に満足している。
この日の午前中、雪が止んで晴れていた。
冰糖燕窩は結界を外し、瘴気を封印している場所を調べるために奥へと進もうとした。
数歩も歩かないうちに、ある人影が彼女を襲った。
ぎょっとして避けると、その人影はつまずいて雪に沈んだ。
全身傷だらけで、理性は全く残っていない、堕化寸前の様子だった。
――その人影とは、ロイヤルゼリーだった。
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