オイルサーディン・エピソード
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オイルサーディンのエピソード
真面目で厳しい典獄長。職務に忠実、責任感がとても強い、規則厳守の鬼。生活面では素直で優しい青年。真面目に考えすぎるが故に冗談を真に受け、囚人にも騙されてしまう。からかわれていると気付くと慌ててしまう。
Ⅰ裏切り
「裏切り者!この裏切り者が!」
オーウェンは激怒していた、しかし彼の咆哮はすぐに砂の音によってかき消された。兵士たちは二列に分かれ、彼を監獄まで連行するための道を作った。
「オーウェンは反乱軍と通じ国を裏切った、彼を免職し身柄を拘束する。オイルサーディンを将軍に任命し、反乱軍の討伐を命じる」
国王の使者たちは慌ただしくやってきて、また慌ただしく去って行った。まるで一歩でも遅れたら、反乱軍の捕虜にされてしまうかのように。
反乱軍のリーダーは国王の食霊だ。不敗の王である彼は、一気に勝ち進み、政権を奪うまであと一歩の所まで来ていた。
国王は年老いて弱っているため、必死でその猛攻に耐えることしか出来ない。
しかし、これらはいずれも反逆して良い理由にはならない。
オーウェンによって召喚された時から「戦場と国に全てを捧げろ」と言われ、これを心に銘じてきた。
真の裏切り者は、彼だ。
残された兵士たちの一部は怒り狂った、もう一部は目に見える程に戦意を失っている。
彼らのほとんどはオーウェンについて、シャンパン側に寝返ろうとしていたのだ。まさか一瞬で状況が変わり、また戦い続けなければいけなくなるとは思いもしなかったのだろう。
自ら御侍を告発し、監獄に送った食霊のことなど信用出来ないだろう。
しかし、国難が目前に迫っている中、彼を野放しにする事は出来なかった。
死にたいのなら戦場で命を落とせ。俺は決して自分を曲げない。
「良い目をしているな、俺の軍隊に入らないか?」
戦場で出会った時、シャンパンは猛烈な勢いで攻め進んでいた。我が軍の兵士たちは次々と倒され、局面はもう覆らないだろう。
しかし……
「断る」
「ハハッ!簡単に降参する奴だったら、認めたりしていなかっただろうな」
気楽に笑っている彼に対し、俺は歯を食いしばって耐えることしか出来なかった。
剣がぶつかり合った次の瞬間、背後の兵士が俺の肩甲骨を突き刺した。
「オーウェン将軍の敵を取るんだー!この恩知らず!!!」
彼の怒りに対応する心の余裕がなかった俺は、片膝をついて剣を振り上げ抵抗し続けた。しかし、シャンパンは窮地に追い込まれた俺を攻撃しなかった。逆に俺を襲ってきた者の首を切ったのだ。
負けた。戦力も品行も、我が軍は徹底的に負けた。
しかし、俺は後悔していない、ここが自分の死に場だと思っているからだ。
「死?」
シャンパンの顔には困惑の色が見えた、まるで俺は理解しがたい対象のようだった。
彼はしばらく考え込んだ後、部下に俺を取り押さえるよう指示した。
一戦交えたことで、彼は加虐心があるようなタイプではないと認識したが、何故か俺の監房のすぐ隣にオーウェンがいた。
シャンパンは王となった。オーウェンは何度も彼に忠誠を誓おうとしたが、この食霊国王は依然として彼を監禁し続けた。
隣から時々罵声が飛んでくる中、俺は静かに刑が執行されるその日を待った。
「オイルサーディン、出ろ」
いよいよこの日がやってきた。
目は黒い布で隠され、手は縛られたまま監房から出された。
どれくらい時間が掛かっただろうか。布を解かれ見えたのは刑場ではなく……
そこは、別の監獄だった。
「初めまして、とりあえず一杯どうだ?」
そこには青年が、いや、食霊がいた。
彼は俺を見下ろしていた。微かに酒の香りが漂ってくる。
「おや……酒が苦手のようだな……まあいい、まずカウンセリングで個人的な問題を解決するか?それともそのまま就任するか?」
「就任?」
「ああ、我としてはそのまま就任した方が良いと思う。カウンセリング室は埃だらけだしな」
彼は微笑みながら、指先に炎を灯し、俺の腕を縛る枷を焼き切った。
「行くぞ、まず環境に慣れないとだな、新しい獄卒さん」
Ⅱ規則
ここには俺と彼しかいない。
彼の名前はブランデー、そしてここはタルタロス大墳墓、罪を犯した食霊を収監する場所だ。
「ここは我の部屋だ。タルタロス全エリアから最も離れている所にある。そして、お前の部屋はあそこだ」
彼はまるで安いコレクションを紹介するかのように淡々とした口調で話しながら、俺の前を歩いていた。
「ところで、何か感じないか?」
「何を?」
思わず疑問を口にしたら、彼は意味深な笑みを浮かべながら俺をチラッと見た。
「いや、何でもない。他に何かわからないことはあるか?」
「……ここは監獄だと聞いた。しかし何故囚人がいない」
「それは、囚人を収監する条件がまだ整っていないからだ」
「条件?」
ブランデーは頷きながら、手のひらに乗せた冷たい炎を弄びながら、暗い廊下を照らした。
「ここは食霊のための監獄だ。一般的な監獄の規則は合わない。囚人を力ずくで屈服させることも可能だが……そんなつまらない殺戮はしたくない」
彼はある部屋のドアを開けた。そこは監獄とは思えない程に豪華で明るい部屋だった。
「条件の一つはお前、もう一つはまだ探している」
ブランデーは俺に部屋に入ってくるよう促した。彼は豪華な椅子に座り始め、酒を飲み始めた。
「なるほど。しかし……俺に手錠を掛けなくていいのか?」
彼は俺を見てからかうように笑った。
「そういう趣味があるのか?」
「……俺が逃げたらどうする」
「フフッ……そうか。なら先に言っておく、もしお前が脱獄したら、お前の御侍を殺す」
彼は俺の目の前に立った。脅すような口調でなくとも、十分危険を感じた。
「そうは言ったが、必要ないかもしれないな」
彼が指差した方を見ると、分厚いカーテンの後ろにある窓の外には、海水と泳ぐ魚がいた。
「タルタロスは海底にある。お前がサーディンにでも変身出来ない限り、逃げられないだろう?」
彼は正しかった。
それにシャンパンが王となった現在、俺が反乱軍の一員だ。
この監獄にいなくても、別の所に移されるだけ。
大した差はない。
だがブランデーは俺を監房に入れず、手錠も付けない、俺には囚人としての実感が全くない。
それでも俺は「獄卒さん」という言葉を真に受けることはなかった。
あいつは悪趣味だ。俺の水を白ワインに変えたり、オーウェンを海に引きずり込んで魚の餌にすると脅してきたり、よくわからない悪戯を仕掛けてくるがーー
悪い奴ではない。
「おかしいな、彼の事を死ぬほど恨んでいると思っていた」
「誰を?」
「お前の御侍」
ブランデーの目は静かだが鋭い、彼が何を考えているか当てたためしがない。
この時も彼はただ静かに俺を見つめた。雑談しているようで、尋問しているようにも感じる。
「彼は俺の御侍だから」
「なのに彼を告発したのか?」
「関係ない、俺はただ規則に従ったまでだ」
「規則はそんなに大事なのか?」
「規則が大事でなければ、守る必要がなければ、存在する意味がない」
彼は笑った。俺の答えを嘲笑っているようにも、満足しているようにも見える。彼の表情は読み解けない。
「じゃあ、これからはお前が決めると良い」
「何を?」
「タルタロス大墳墓の規則を、お前が決めろ」
Ⅲ 休暇
ブランデーのしたい事がわからない。
「タルタロスの規則を決めろ」と言われたが、これは命令ではない。
だがこれ以外にやる事がないのも事実だ。
「何故俺が?」
「何故?我が決めた方がいいのか?」
俺の次に収監される囚人の末路を考えてみた……これは、俺が決めるしかない。
しかし、俺はこの世に誕生してから、規則に従って生きてきた。
オーウェンは俺の御侍だ、だから彼の命令に従ってきた。
御侍は戦場で戦う兵士だ、だから軍紀に従ってきた。
俺には規則を制定した経験はない。
そう言えば、規則とは、一体何なのだろうか?
「よぉ、獄卒くんまた見回りに来たのか?」
「今度こそ監房を変えてくれるよな?」
「いっ!獄卒さん、腹がいてぇ!」
鉄格子の向こうには、痛みに苦しんで倒れている囚人がいた。周りからはクスクスと笑い声が聞こえてくる。
「お前、また脱獄しようとしているな?」
「今回、あの新入りは引っかかるかな?」
……
「タルタロス大墳墓の規則上、収監前に病歴を提出していない者は、治療を受けられない」
人間とは違い先天的にまたは後天的に何かに影響されない限り、食霊は病気になったりしない、突然発病する事もない。
この規則に問題はないはず、だが……
「痛いよー!死んじゃうよー!」
「ほーら、あの獄卒、また騙されるぞ」
「プハッ!あいつはなんで学習しねぇんだ?」
どうでも良い、何とでも言え。
監房のドアを開け、囚人の状態をしっかり観察した。
シュッーー
彼の袖から突然銀色の針が飛び出し、俺に向かってきた。
それを叩き落としたが……
俺は警報を鳴らして、ブランデーに助けを求めなければいけなくなった。
しかし、焦る俺の様子を見たいからか、彼はゆっくりとやってきた。
「ブランデー!早く……彼を助けてくれ!」
ブランデーは俺の腕の中で瀕死になっている囚人を見て一瞬呆気に取られた、しかしすぐに笑い出した。
彼はテキトーに囚人の傷を処理し、俺を部屋に呼んだ。
自分のミスである事は承知している。どんな罰を受ける覚悟がある。ただこれを理由に何か変なことをさせようとしてこないといいが……
「ご苦労、オイルサーディン典獄長」
「……えっ?」
「タルタロスを二つの区域に分けただろう?我が重刑監房の典獄長なら、お前は刑罰が軽い監房の典獄長だろう?」
「……こんな事を説明するために読んだのか?」
「もちろん違う」
彼は引き出しから封筒を取り出して俺に渡して来た。
「これはお前の御侍の現住所だ。彼を殺していない事を証明するために、これをお前に渡す」
住所を見つめたまま、俺はボーっとしてしまった。
「そう言えば、タルタロスには休暇に関する規則はなかったな」
「……お前の許可さえあれば、休暇は取れ……」
「許可する。休暇に行ってこい、オイルサーディン典獄長」
Ⅳ 不変
オーウェンの家を見つけるのはそれ程大変ではなかった。
というより、この山には彼の家しかないから、見つけられない訳がない。
ギィーー
長らく待って、ようやくドアノブを捻る音が聞こえてきた。懐かしいようでよく知らない顔がドアの隙間から見える。この時初めて、俺はもう長くタルタロスにいたんだと認識した。
「オーウェン……」
バンッーー
年老いたオーウェンに強い力はなかったが、彼は持てる力全てで俺の顔に平手打ちをしてきた。
「この日を待っていた。この日をずっと……裏切り者!この裏切り者!貴様は私の一生を台無しにした!めちゃくちゃにしたんだ!」
彼は怒り心頭となっている。監獄に収監されていた時よりも怒りは増幅しているように感じた。
「何をしに来た!私を嘲笑うためか?ああ、なるほど、タルタロスの典獄長様になったから、私との契約を破棄して、自由の身になろうとしているのか?寝言は寝て言え!」
私の襟を握りしめ、怒りに満ちたその目は真っ赤だった。
「貴様との契約は絶対に破棄したりしない。チャンスがある限り、私は死ぬまで貴様を侮辱し、報復してやる!」
「……残り短い人生を、こんな事に費やそうとしているのか?」
俺の一言で彼は固まったが、怒りが収まる事はなかった。
「貴方の人生を台無しにしたのは俺ではない、貴方自身だ」
「貴様が私を告発しなければ、私はこんな……私はあんなに貴様を信じていたのに!」
「貴方の今日は、俺の告発ではなく、貴方が国を裏切ったからこうなっている」
「当時、国は既に滅びかけていた!私は臨機応変に、自らの生きる道を模索したまでだ、何が悪い?!」
「貴方の人生の前半は国によって与えられたものだ、なのに貴方は国と引き換えに自分の短い将来を得ようとした」
オーウェンの目から怒りは消え去り、嘲笑に満ちていた。
「こんなにも融通が利かないなんて、もし貴様が食霊でなかったら、何百回も死んでいただろうな」
「俺は確かに融通が利かない。しかし命を惜しみ、死を恐れるあまり、薄情になってしまうのなら、俺は変わりたくはない」
オーウェンの発言を強く否定した結果、最初は怒りに狂っていた彼だったが、驚きを露わにした後、やがて悲しみに呑まれた。
そしてその時、俺は初めて理解した。自分が従ってきたのは決して誰かに定められた規則などではなく、自分の中にある基準だったのだと。
それは俺の体の中に通っている一本の筋のような物だ。明確にそれが何なのかはわからないが、俺はいつだってそれを感じている。
これがあるから、俺は俺でいられる。
オーウェンは沈黙したが、決して納得した訳でないようだ。彼は俺に背を向けた、その背中は痩せ細っているが強がっているようにも見えた。
「問題ない、また来る、何度でも。俺は食霊だ、時間だけはいくらでもある」
当初オーウェンを告発したのは規則に従ったから、そしてそれは俺の選択でもあった。
この選択が正しいかどうかは、自分の目で確かめることに決めた。
もしこの選択が間違っているとしたら、この規則ですら間違っていたとしても、これは俺の選択だから、この間違いも俺は背負ってやる。
オーウェンを正しい道に導く事が出来なかったのは、俺のミスだ。しかしこれは過去の出来事で、もう挽回は出来ない。
だからと言って、諦めたくもない。
タルタロスの典獄長となった今、より多くの責任を担うと同時に、より多くの事を出来るようになった。
オーウェンの家から去り、ブランデーからもらったノートを取り出し、規則が書かれたページをめくった。
ここに書かれているタルタロスの規則は、どれも何度の改訂を経て、出来上がった物だ。
今、これらは変わる事なく、施行されている。
Ⅴオイルサーディン
シャンパンの執務室。
お酒をブランデーに渡した食霊国王は、顎で相手に早く要件を語るよう促した。
しかしタルタロスの典獄長は見えていないフリをして、お酒を味わい始めた。
「チッ……やはりお前なんかよりオイルサーディンの方が役に立つな」
「もちろんだ、酒のお供としてタルタロスに読んだ訳ではないのだろう?」
「お前なんかと毎日一緒に仕事をしなければならないなんて、気の毒だな」
「サーディンは、我という同僚にとても満足しているぞ」
「フンッ、誰が信じるか」
ブランデーは笑顔でお酒を一口飲み、澄み切ったお酒を見つめながら目の色を暗くした。
「一つだけ問題がある……サーディンは戦場生まれだからか、自己犠牲精神がある。しかし、タルタロスでの彼の役目は生き続ける事……少なくとも、我より長生きしなければならない」
「彼は何も言っていなかったが、一時期は自分がしている事が正しいかどうかを悩んでいるようだった」
「幸い今の彼は吹っ切れているようだ……最初の選択が正しいかどうかに関係なく、その後の自分の行為でそれを正しくすれば良いと」
「ただ、彼は自分の重要性をもっと理解すべきだ……そうでないと、心無い者に利用されてしまうだろうな」
シャンパンは、いつもと違って饒舌なブランデーを見て、からかうようにこう言った。
「利用?例えばお前の代わりに見回りをさせられるとか?」
「フフッ……うるさい」
一方ーー
オイルサーディンは、ちょうどオーウェンの元に訪れた後、タルタロスに戻る途中だった。
オーウェンの態度は相変わらずだが、最初に比べれば遥かに優しくなった。
オイルサーディンは、前回送った生活用品がゴミのように玄関の外に積まれていない事に気付いて微笑んだ。そして持っていた果物をまた玄関の外に置いた。
今までのオイルサーディンの努力に比べれば大したことはないが、オーウェンの態度は確かに和らいでいる。
それだけで十分だった。
オイルサーディンを脱獄させないためにオーウェンで脅していた事を、ブランデーはとっくに忘れていた。今となっては、脅しにもならなくなった。
しかし、オイルサーディンはタルタロスに戻った。何故なら、やりたいことが増えたからだ。
囚人たちを乱暴に扱うブランデーを追い出して、オイルサーディンはいつも通り重刑監房の見回りを始めた。
重刑囚たちは刑罰が軽い囚人とは違い、無茶したりしない。ブランデーは再三オイルサーディンに囚人の言うことを鵜呑みにしないよう言い聞かせてきたが、彼は彼らとの交流を絶とうとはしなかった。
「今日は機嫌が良さそうだね」
投獄されて間もない0044号が話しかけてきた。オイルサーディンは囚人と交流しないという規則を作っていないため、ごく自然に受け答えをした。
「そうだな、努力が報われたからだ」
「彼はもういい年だろう、もう長くないはずだ……そんな事をして、何か意味はあるの?」
「彼のためだけではない、俺自身のためだ」
0044号は彼の返答を不思議に思っていた。
オイルサーディンはノートを取り出し、見回りレポートを付けながらこう続けた。
「ここの囚人共は俺を善人だと思いたいみたいだが、実際の所、お前たちより大人しいだけで……別に善良ではない。未だにオーウェンの見舞いに行っているのは、自分の当初の選択を正当化したいだけに過ぎない」
「俺はただ規則に従おうとしているだけ、ただそれだけだ」
0044号はそれ以上何も言わず、無表情で拍手をした。オイルサーディンは彼女の拍手が嘲笑っているのかそれとも同意しているのか気にすることはなかった。ただ今日もタルタロスはいつも通りという事を確認した後、自室に戻って行った。
ところが、信じられない出来事が起きた。
タルタロス大墳墓は海底に建てられている。警備が厳重な上、ブランデーが苦労して探してきた特殊な建材で建てているため、食霊は太刀打ちできない。
しかし、オイルサーディン典獄長の部屋に、何故か見知らぬ青年が現れた。
彼はオイルサーディンのベッドの上に寝っ転がり、淡い金色の髪をシーツに広げていた。
オイルサーディンの厳しい問いかけに、彼はわずかに微笑み、宝石のような目を瞬かせこう答えた。
「貴方を苦境から救うために来ました。オイルサーディン典獄長」
「これから共に……ブランデーという死刑囚を処理しましょうか?」
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