春帰浮雲聚・ストーリー
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春帰浮雲聚
目次 (春帰浮雲聚・ストーリー)
- 春帰浮雲聚
- 隔絶された島
- 招かれざる客
- 陳情の手紙
- 融雪帰局
- 初めての山林
- 偶然の出会い
- 空気を読まない
- 暗火の夜話
- 水中の幻影
- 再び前進
- 思いがけない誤解
- 尽きない夢
- 虎蛟逃走
- 失せ物の簪
- 奇妙な連鎖
- 林中の夜話
- 経年の命
- 砂埃を払い
- 故時の天命
- 身を捨て、難に赴く
- 古い記憶から逃げられない
- 炸裂する花火
- 自分の出来る事
- 風雨前夜
- 邪獣襲来
- 怪奇封印
- 驚くべき真実
- 雪が春に溶ける
- 新年を迎える
- 浮雲集散
- 風雨欲来・壱
- 風雨欲来・弐
- 前塵故夢・壱
- 風雨欲来・参
- 風雨欲来・肆
- 風雨欲来・伍
- 星軌交錯・弐
- 前塵故夢・弐
- 風雨欲来・陸
- 星軌交錯・壱
- 前塵故夢・伍
- 前塵故夢・陸
- 前塵故夢・柒
- 星軌交錯・叁
隔絶された島
蠟月廿七
紅葉大陸の海上
早朝、陽ざしは日に日に薄くなっていく霧を抜け、隔絶された孤島を淡く照らした。
一隻の漁船が波と霧を越え、砂地へと辿り着く。漁師は慎重に船から降り、見知らぬ島をもの珍しそうに眺めた。
漁師:……こ、ここはどこだ……長く漁をやって来たが、こんな場所は初めてだ……
漁師:まさか……ここが伝説の仙境なのか?!
松鶴延年:仙境と言える程のものでない、俗世から切り離された地に過ぎません。
漁師:あっ、あんたは……
潮風に揺られているのか紙の音が聞こえて来る。巻物を手にした松鶴延年(しょうかくえんねん)が、気付けば漁師の後ろに現れた。
漁師:仙人!私は……
松鶴延年:お客人、ここは人間が足を踏み入れていい地ではありません、速やかにお帰り下さい。
漁師の言葉を待たずに、松鶴延年は既に手の中の巻物を広げた。巻物から光が飛び出し、漁師の怯えた表情を消した。彼はしばく突っ立っていたが、すぐに目を閉じその場に倒れた。
松鶴延年は一つため息をつく。口元には幾分のやるせなさ滲み出ている。
松鶴延年:本当に骨折り損な仕事ですね……
玉麒麟:ーー遠くにいても愚痴が聞こえてくるぞ。
松鶴延年が振り返ると、赤い服の女性がやって来るのが見えた。袖の下、指で白玉の扇をコツコツと叩いている。海風に吹かれている青い麒麟の角、その下にある細長い目には彼にも読めない気持ちが浮かんでいた。
松鶴延年:玉麒麟(ぎょくきりん)、絶境の霧はますます薄くなっています……
玉麒麟:わかっている。
松鶴延年:この前もそう言っていました。
玉麒麟は返事もせず、扇を広げ腕を振った。漁師をいとも簡単に漁船に投げ入れ、松鶴延年と肩を並べ漁船が来た道を戻り、霧の中に消えて行く様子を眺めた。
玉麒麟:安心しろ、私が息をしている限り、この霧が晴れる事は無い。
松鶴延年:……
玉麒麟:なんだ、信じていないのか?なら、久しぶりに手合わせでもしようか?
松鶴延年:……手合わせなんて必要ありません。人間は既にこの絶境の常連になりつつあるんですよ、その原因は貴方の霊力の激減によって結界が弱体化したからでしょう。この状況がこれ以上続くと、恐らく……
玉麒麟:恐れるな、もし本当にそんな日が来るとしても、この姉弟子の代わりをきちんと探して来てやる……碧螺春(へきらしゅん)なんてどうだ?
松鶴延年:……冗談を言っている場合ですか。当時、青龍は龍鱗を残して去って行きました、それを……
玉麒麟:ダメだ。
松鶴延年:何故ですか?
玉麒麟:まだケリをつけていないからな、まずは償ってもらわねば。
松鶴延年:ふざけた事を!貴方たちはーー
松鶴延年が反論しようとした時、突然大地が震えた。よろめいて踏ん張ると、向こう岸の霧がーー
松鶴延年:晴れている?!まずいーー
松鶴延年が言い終えるより前に、玉麒麟はぶっきらぼうな一言を残して既に飛び出していた。
玉麒麟:ついて来い。
松鶴延年:うん!
招かれざる客
絶境
海岸
異常な振動が起った場所はすぐ近くだった。巨獣の咆哮が微かに聞こえてくる、疾走中の松鶴延年は顔を顰めた。
松鶴延年:貴方が施した結界を破壊するとは、只者ではありませんね……玉麒麟、どうか慎重に!
玉麒麟:……そんな事を気にしていられるか。
玉麒麟が前方を見つめ、扇を振って霧を払うと、海岸に大小二つの影が並んでいるのが見えた。そして、彼らの前方には、なんと巨大な黒い怪物が伏せていたのだ。
黒麒麟:ゴオオオーー!
???:今日の黒麒麟は、なんだかいつもより興奮しているみたいだね。
???:あなたがわざと出して、暴れさせたんでしょ!こんな騒ぎを起こして、あとでどうやって相手に説明するつもりなの!フンッ!
???:まさか絶境の結界が、ここまで弱くなっているとは思わなくてね……
???:こうして見ると、奴はこの好機を逃さないだろうね……
玉麒麟:何者だ?
玉麒麟の扇は、光を切り裂く鋭利な刃となって飛び出した。しかし相手に近づく前に、黒麒麟に飲み込まれてしまった。
強大で純粋な霊力によって、歯を砕かれた黒麒麟は、悲鳴を上げて蹲っていた。玉麒麟に向かって悔しそうに威嚇のような声で唸り続ける。
???:同じ攻め方……「あの時」の者は、やはりあなただったのか。
玉麒麟:?
???:ふふっ、何も覚えていないようだね。
玉麒麟:……何をごちゃごちゃと、くらえ!
松鶴延年:お二人、お待ちください!
一触即発の二人に気付いた松鶴延年は慌てて飛び出た、静かに玉麒麟を背後に庇い、黒髪の青年に一礼をした。
松鶴延年:絶境は世俗から切り離されておりますが、来る者拒まずという訳ではありません。貴方が招かれずにここにやって来たのは、何か用があったのでしょう……なら、こんな無意味な争いに時間を費やす事はないはずです。
???:そうだ、そうだ!早く用事を済ませて遊びに行こうよ!
???:そうだねーー確かに、わたしたちは唐突過ぎた。
金駿眉:わたしは金駿眉(きんしゅうび)、小さな書院の長を務めております。麒麟島主、お噂はかねがね伺っております。
クラゲの和え物:あたしはクラゲの和え物!クラゲって呼んでいいよ!
玉麒麟:……君たちと絶境は、今までやりとりなどした事がないはずだ。
金駿眉:何事も無から有が生まれるものだ。もしかしたら今日こそが、あなたとわたしの縁が結ばれる日かもしれないよ。
玉麒麟:回りくどい。
金駿眉:そう急ぐな。ある者に頼まれ、協力を仰ぎに来たんだ。
玉麒麟:誰に頼まれた?
金駿眉は袖から一通の手紙を取り出し、玉麒麟の前に差し出した。
金駿眉:あなたが知りたい事は、全てこの手紙に書かれているよ。
しばらくの沈黙の後、手紙を広げる音だけが響いた。内容に目をやると、玉麒麟の素っ気ない顔色が一変し、手紙を握る指にもぎゅっと力がこもった。
玉麒麟:ハッ……まさか彼とはな。
陳情の手紙
玉麒麟:ハッ……まさか彼とはな。
玉麒麟:……自分で読むと良い。
松鶴延年は手紙を受け取ると、見慣れた細長い字が彼の目に飛び込んだ。
「龍脊山下、伏魔陣が破れ、魔が災いし、瘴気が溢れ、民生に危害が及び、夢回谷も深刻な被害を……」
「一刻も早く出発し、付魔陣を修復し、夢回谷を助けよーー」
「貴様がいれば、乾坤定まる」
松鶴延年:青龍、草々……青龍?!
松鶴延年は思わず声を上げてしまい、慌てて玉麒麟の方を見やると、思った通り彼女は殺気立っていた。
金駿眉:麒麟島主、いかがかな?
玉麒麟:……なぜ君に手紙を頼んで、自分で来ないんだ?
金駿眉:さぁ?世間は酷く混乱している、まるで海に溺れているかのよう……もしかしたら、神君も抜け出せないのかもしれないね。
玉麒麟:……なら、君は彼と何の関係が、何故彼を助けるのか?
金駿眉:このまま瘴気が蔓延すると、わたしの書院も巻き添えになる。わたしは彼を助けるのではなく、自分を助けているだけだよ。
金駿眉:ご覧の通り、緊急事態だからね、早く決断して欲しい。
玉麒麟:……あいつ、昔のケリもまだつけていないのに、また新たな面倒を……
玉麒麟:フンッ、なら恩を売ってやろう。
松鶴延年:……伏魔陣の修復には膨大な霊力が必要になります。今の貴方の力では、絶境の結界を守るのですら容易ではないのに、そんな……
玉麒麟:絶境から夢回谷まで、どれ位掛かるんだ?
金駿眉:そうだね……半日足らずかな。
玉麒麟:手紙に書いてある事が事実であるとすれば、あの虎蛟は自由の身になれば、必ず復讐するためにあのクソ龍の元へ急ぐだろう。
玉麒麟:絶境には龍鱗がある……虎蛟は半日もしない内に上陸してくるだろう。受け身で守りに徹するより、こちらから攻めた方が良い。
松鶴延年:そうなれば、青龍も絶境の危機に手をこまねいているはずがありません……
玉麒麟:それはどうかな……これまで、彼が済度しようとしものの中に、絶境は一度たりとも含まれていなかったんじゃないか。
玉麒麟の目は、氷のような冷たさと鋭さがあった。松鶴延年は、彼女がまだ過去に執着している事も、彼女の気性も知っていた。だけど、彼女が自らの力を消耗するのを黙って見ていられない。
松鶴延年:そうだとしても、貴方の体は……!
玉麒麟:意は既に決した。
松鶴延年はしばらく玉麒麟を見つめていたが、その毅然とした眼差しに破れ、長いため息をついた。
金駿眉:話はついた?
玉麒麟は金駿眉を一目見やって、すぐに裾をなびかせ、歩き出した。
玉麒麟:案内しろ。
融雪帰局
初めての山林
半日後
龍脊山麓
険しい道を足早に進んで行く四人の周りには、何も生きているものがいないかのように静まり返っていた。だけどすきま風が入る窓には、時々恐ろしい顔が見える。
金駿眉:見たよ〜
クラゲの和え物:じゃあ、なんで笑っていられるの!家の中に隠れている怪物に食べられちゃったらどうするの!!!
金駿眉:怪物は言う事を聞かない子どもしか食べないよ。特にあなたみたいなもっちりした子は、一口でパクッと食べやすいからね。
クラゲの和え物:うっ、嘘つき!そんな脅し信じる訳ないじゃん!フンッ!怪物はあなたみたいな嘘つきしか食べないし!
松鶴延年:……
松鶴延年:あれらの家屋に怪物はいません、幻覚だと思います。
クラゲの和え物:えっ?
松鶴延年:……龍脊山は水源が乏しい、人間が住みのに適していません。これ程の規模の村が出来るはずもない……
松鶴延年:瘴気の影響を受け、幻覚を見るようになったのでしょう。
クラゲの和え物:えっ……そっ、そんな……
玉麒麟:シーッ。
玉麒麟:……何か聞こえないか?
微かに泣き声が聞こえる。松鶴延年は訝し気に前方を見つめた。
松鶴延年:子ども?まさか、こんな場所に……
クラゲの和え物:もしかして、幻聴?
松鶴延年:しかし幻聴ではなく、本当だとしたら……
金駿眉:幻聴だろうね、ここに子どもなんている訳がない。例えいたとしても、情に流されてはいけない。目先の事に囚われ、目的が達成出来なければ、元も子もない。
松鶴延年:それはどういう意味ですか?
玉麒麟:……欠損した伏魔陣は、いつまで虎蛟を縛れる?
金駿眉:それを考慮しての発言だ。これが遠足なら、何人でも好きに助ければ良い、しかし今は大局を見なければいけないよ。
金駿眉:この道中、似たような状況に何度も遭遇するだろう。その度にこんな些細な事に躓いていたら、最後に笑うのは、きっと虎蛟だろうね。
金駿眉:そうだね、あなたたちが受け入れやすいよう言い換えるとーー時間がない、まずは問題の根源を解決しないと。そうすればより多くの人を救える。
松鶴延年:でも……
玉麒麟:彼の言う通りだ、まずは問題を解決しなければならない。
松鶴延年:……
玉麒麟:しかし、困っている者がいるなら見てみぬフリも出来ない。
金駿眉:……
玉麒麟:松鶴、様子を見に行け、後で龍脊山で合流しよう。
松鶴延年:……わかりました!
金駿眉はそれ以上何も言葉を発さなかった、ただ何か思う所があるかのように玉麒麟を見つめ、相手の判断に疑問があるようだった。
玉麒麟:なんだ?何か問題でも?
金駿眉:いや、島主の思うままに。
松鶴延年:……すぐに戻ります。
松鶴延年は心配そうに玉麒麟を一目見て、立ち去ろうとした瞬間、遠くから忙しない足音が聞こえて来た。
松鶴延年:まさか虎蛟……?!
玉麒麟:危ない!
シュッーー
玉麒麟が叫ぶとすぐに爆風が吹き荒れた。一行が素早く後ずさると、先程まで立っていた場所で何かが爆発していた。
クラゲの和え物:うわーっ!
松鶴延年:あれは……虎蛟ではない!何者だ?!
偶然の出会い
松鶴延年:誰だ?!
八宝飯:マオ・シュエ・ワン!!!雪玉を放って道を探れっつったのに、なに雷火弾なんて投げてんだ?!
マオシュエワン:て、手が滑っちまった……とりあえず、怪我人が出てないか確認しねぇと!
煙が晴れていく。大人たちは素早く避けて被害を免れたが、彼らより一回り小さいクラゲの和え物だけは避けきれずーー
金駿眉:ぷっ……ふふふっ……
クラゲの和え物:…………あああああ!!!金駿眉!笑うな!!!!!
クラゲの和え物の淡く赤らんでいた丸い頬には、炭のように真っ黒になっていた。黒の中に赤も見えて、明らかに怒っている事がわかる。
八宝飯:ぷっ……コホンッ!ごめんな、大丈夫か?
クラゲの和え物:あたしの顔と髪を見て、大丈夫そうに見えっ……うぐ!
金駿眉:あー……大丈夫だよ、しかし……お二人は?
金駿眉は笑いをこらえながら、クラゲの和え物の顔を拭うフリをして彼女の口を塞いだ。珍しく真剣な顔をしていたためか、男たちも身を正して答えた。
マオシュエワン:伏魔陣が弱っているって聞いたから、わざわざ調べに来たんだ。
松鶴延年:夢回谷の者でしょうか?
八宝飯:いや違う、地蔵の……まあ、オイラには色んな物事を感知出来る友だちがいて、はぁ、この話をすると長くなるんだけど……
八宝飯:とにかく、伏魔陣に異変が起これば、彼にも影響が及ぶ可能性があるから調べに来た。
玉麒麟:異常を感知出来るなら、法陣が何故弱まったかわかるか?
八宝飯:それは……法陣を作った者の霊力が弱まったからじゃ……
金駿眉:天幕を張るために大量の霊力を失っても、当時の青龍は虎蛟を封印出来た。まさか今……
金駿眉:神君がこんなにも衰弱しているのか。
玉麒麟:…………
玉麒麟はこの言葉を聞いて顔色を変えた。松鶴延年は彼女が何を考えているかわかり、眉をひそめた。
松鶴延年:あの時、青龍は見て見ぬフリをした訳でなく、何も出来なかっただけかもしれない……
玉麒麟:……彼がどうあろうと、私には関係ない。
松鶴延年:……
マオシュエワン:えーと……そういや、どうしてここにいるんだ?瘴気だらけで、危ねぇだろ!
松鶴延年:申し遅れました、絶境から来た松鶴延年と申します。伏魔陣を補修するために参りました。
マオシュエワン:伏魔陣の補修?!……伏魔陣は青龍が作ったもんだろ、あんたらに直せるのか?
玉麒麟:彼に教わった事がある。
八宝飯:本当か!青龍があんたに法陣の張り方を教えた事があるのか!まさか……あんたが君山銀針(くんざんぎんしん)なのか?
玉麒麟:誰の事だ?
空気を読まない
玉麒麟:?
八宝飯:えっ……違うのか?青龍は一人しか弟子を取った事がなくて、その者は夢回谷の君山銀針だって聞いたけど……
玉麒麟:弟子?いつ取った弟子だ?
八宝飯:多分……少し前かな……
玉麒麟:……
八宝飯:ど、どうしたんだ?オイラなんか間違った事を……
八宝飯(はっぽうはん)は言葉を飲み込んだ。目の前の玉麒麟が氷のように冷たい表情を浮かべ、その冷気に耐え切れなかったのだ。
玉麒麟:前に言っていたな、あの老いぼれは身動きが取れないから、先生を見とりに来れなかったと。
松鶴延年:……ただの憶測に過ぎませんが……
玉麒麟:ハッ……良いだろう、良いじゃないか!
玉麒麟:千万人の命を投げ出したのは、弟子を取るためだったのか?
玉麒麟:良いだろう……その弟子とやらがどんな奴か、見てやろうじゃないか。
松鶴延年:……
八宝飯:……
笑みを浮かべていたが、今の玉麒麟は鬼神以上の恐ろしさがあった。居合わせた者は皆、彼女の殺気に圧倒されて戸惑った。中でも、特に八宝飯が困惑していた。
八宝飯:……伏魔陣を確認しに来ただけなのに、まさかこんな複雑な話に巻き込まれるなんて……
幸い、空気をあまり読めない女の子が彼の窮地を救ってくれた。
クラゲの和え物:うーん……で、子どもは助けるの?
マオシュエワン:子ども?……そうだ!俺たちは子どもの泣き声を聞いたから、助けようとしたんだった!八宝飯、行くぞ!
八宝飯:えっ?ああ!じゃあ、またな!
八宝飯とマオシュエワンを見送った後、金駿眉はまだ心配そうな表情を浮かべている松鶴延年を見て、楽し気な笑みを浮かべた。
金駿眉:島主と青龍神君には悪縁があるとはね……
金駿眉:でも、あなたの方が気になるな。
松鶴延年:私、ですか?
金駿眉:そうだ。さっきまであんなに人間の事を気にかけていたから、彼らについて行くのかと思った。
松鶴延年:事の重大さを弁えています。先ほどあなたが言っていた通り、伏魔陣の補修が最優先です。
金駿眉:ふふっ、弁えていると言うなら聞くけど……もし来るある日、絶境を守るためにある者の命を犠牲にしなければいけなくなった時、あなたはどうする?
松鶴延年:それは……
玉麒麟:ありえない。
金駿眉:おや?
玉麒麟:絶境は私のものだ、私だけが絶境を守る資格がある。他の誰の犠牲も要らない。
暗火の夜話
玉麒麟:絶境は私のものだ、私だけが絶境を守る資格がある。他の誰の犠牲も要らない。
玉麒麟はそう言うと、すぐにその場を離れて行った。松鶴延年も彼女の後を追う。金駿眉だけは眉をひそめて二人の後ろ姿を見ながら、ゆっくりと口角を上げた。
金駿眉:ふふっ、あしらわれてしまった。
クラゲの和え物:……金駿眉、どうしちゃったの!絶境に行ってからなんか変だよ……なんちゃら陣のために子どもを助けに行かないなんて、あなたはそんなやつじゃないでしょ!
金駿眉:シーッ、森で大きな声を出した子どもは黒麒麟に食べられてしまうよー
クラゲの和え物:またそう言って、信じる訳ないでしょ!
クラゲの和え物は顔を上げて金駿眉にあっかんべーをしたが、すぐに相手に抑えられてしまった。
金駿眉:ただ、想定外の展開になってしまってね……少し、面白くなってきた……
金駿眉はクラゲの和え物を片手でひょいと持ち上げ、のんびりとした足取りで先を進む二人の後を追い、龍脊山を目指した。
いつの間にか、日が暮れ……
クラゲの和え物:金駿眉、金駿眉!この曲がった木を見て!見覚えがある気がする!……もしかして、この森の木はみんな同じ見た目をしているの?鬼谷よりずっと面白いね!
松鶴延年:……同じ見た目をしている訳ではありませんよ……
玉麒麟:元の場所に戻ったんだ。
クラゲの和え物:え?なんで……?あたしたちずっと真っすぐ歩いていたし、一回も曲がってないよ……
松鶴延年:瘴気の影響で、いつの間にか道に迷ってしまったのかもしれませんね……
玉麒麟:気をつけろ、瘴気は予想以上に早く蔓延している。
金駿眉:そうだね……そろそろ日も暮れそうだし、そんなに危ないなら、夜道を急ぐのはやめた方がいいかもね。
玉麒麟:……一晩、ここで足を休めよう。
四人は薪を集めて焚き火にし、その場で休み始めた。眠りについた者たちは寄り添って穏やかな呼吸音を発した。炎に照らされ、一つの影だけが揺れている。
玉麒麟:……出てこい、コソコソと隠れるな。
金駿眉:ふふっ、流石に島主の目は欺けないね。
金駿眉:明日朝一に出発するんだ、どうして休まない?
玉麒麟:万が一に備えて、警備している。
玉麒麟:君は?何故寝ない?
金駿眉:眠れないんだ。夢を見ても、別に良い事もないしね。
玉麒麟:ハッ、君でも悪夢を見るのか?
金駿眉:悪夢か……残念ながら、偽物の恐怖は赤子しか驚かせない。本当に心を揺さぶるのは、本当に存在した記憶だけだ。
玉麒麟:と、言うと。
金駿眉:例えば……混沌に帰る時の記憶。
玉麒麟:混沌……?
金駿眉:知りたい?例え……手に負えない代価を払うとしても?
玉麒麟:?
風音がおさまり、炎が明るくなった。玉麒麟は目の端で玉麒麟を捉えたが、突然心が沈んだ。まるで秘密の扉に飛び込んでしまい、当てもなく彷徨う事しか出来ないかのように。
金駿眉:真実を知ったら、もう二度と引き返す事は出来ない。
金駿眉:ーーそれこそ、死よりも恐ろしい代価だ。
水中の幻影
金駿眉:ーーそれこそ、死よりも恐ろしい代価だ。
金駿眉がそう言うと、玉麒麟は眩暈を覚え、体の中である気が蠢いているような感覚がした。眉をひそめて目を閉じ、霊力で気を落ち着かせようとしたが、やがて緩やかに……
そして再び目を覚ますと、金駿眉も、近くで眠っていたはずの松鶴延年とクラゲの和え物も、どこかに消えてしまった。
玉麒麟:……まさか、瘴気か……
???:麒麟。
玉麒麟:!!!
不意に聞き覚えのある声がして、玉麒麟は一瞬にして凍りついたように動けなくなってしまった。
晩春のようにあたたかい火のそばにいるが、彼女はまるで氷の中に封じられた機関みたいに機械的に振り返り、春風のように穏やかな顔を見て目を見開く事しか出来ない。
???:言葉が話せなくなったのか?吾の事を忘れたのじゃな?
玉麒麟:せっ、先生……どうして……
???:汝を探しに来た。
玉麒麟:私を……
玉麒麟はその一言で悟った。目の前にいるのは彼女の先生である仙宿ではなく、単なる……水面に映る幻だという事を。
仙宿:汝は?何故ここにいるのじゃ。
玉麒麟:……法陣を補修し、人々を救うため。
仙宿:この吾に対しても、強がるつもりか?
玉麒麟:……
玉麒麟:この件は青龍からの頼みだ、もし彼が姿を現してくれたら……今の私の霊力では、絶境を守るには足りない。
仙宿:絶境は非力な赤子ではない、誰もが欲しがる宝もない、何故守る必要が?
玉麒麟:しかし、先生が私に残してくれたものだ。
仙宿:なら、師は非を認めよう。
玉麒麟:……
仙宿:経論、時勢、詩歌、吾が残したものはこれらだ。
玉麒麟:それらの記憶は全て青龍によって封印された。自らそれを解いたが、記憶は既にボロボロになっている……先生に関連のあるもので、今私の手の中にあるのは、絶境しかない。
仙宿:……まだ彼を責めているのか。
玉麒麟:彼を責める?フンッ。
玉麒麟は凛とした表情で、鼻で笑った。
玉麒麟:神君であるなら、この上ない法力を持っているはず。なのに蒼生を救わず、借りも返さず、ただ逃げるばかり……気に食わない!
仙宿:蒼生を救うには、神の力があろうと……
玉麒麟:なら、先生は?
仙宿:……
玉麒麟:彼がもし蒼生を救えないとしても、人の数が多すぎる事を言い訳に出来るだろう。だけど、先生は?
玉麒麟:彼が先に先生にちょっかいを出したんだ。だけど最終的に、どうして先生一人すら救えない?
仙宿:……麒麟……
玉麒麟:まあいい、何故君なんかに聞いたのだろうか。
玉麒麟:どうせ、もう死んでるんだ。
そう言った途端、目の前の幻影は煙のように消えて行った。
春風であたたまったばかりの体は再び冷たくなり、玉麒麟は隣でニヤニヤしている金駿眉を見た。
玉麒麟:君は一体、何者だ。
再び前進
朝の光が瘴気の壁を通り抜け、玉麒麟一行に風光明媚な景色を贈った。
松鶴延年はこめかみを擦る。自分の髪を握りしめているクラゲの和え物と手をどうにかどかし、まだ眠ったままの顔を見てため息をついた。
松鶴延年が振り返って玉麒麟を見ると、彼女は疲れ切った顔をしていた。
玉麒麟:……
松鶴延年:昨夜は……よく眠れなかったのですが?
金駿眉:ぷっ……あなたたクラゲこそ、こんな所でよく眠れたね、そっちの方がおかしいでしょう?
松鶴延年:……瘴気のせいか、昨夜はいつもよりぐっすり眠れたような気がします……
玉麒麟:とりあえず、先を急ごう。
玉麒麟は不快そうな顔をしたが、それ以上の感情は見せなかった。単に伏魔陣の補修を急いでいるように見える。松鶴延年は熟睡したままのクラゲの和え物を肩に乗せて笑っている金駿眉を見て、顔を曇らせた。
松鶴延年:お二人こそ……昨夜何かありましたか?
金駿眉:ん?島主ではなく、なぜわたしに尋ねるんだ?
松鶴延年:某は……
金駿眉:何もなかったと言っら、信じるのか?
松鶴延年:この……!
玉麒麟:松鶴。
金駿眉の得意げな顔を見て、松鶴延年は不満を覚えつつも、諦めて足早に玉麒麟についていった。
無言のまま、一行は最も瘴気の濃い方へと向かった。肩の上のクラゲの和え物が目が覚めるより前に、伏魔陣の前に辿り着いた。
金駿眉:夢回谷の周囲には元から瘴気が渦巻いている、しかしそれは迷い込んだ人間を追い払うための障壁に過ぎないり伏魔陣が破れた事で、瘴気がここまで吸い寄せられ、陣内の邪気に染まりわ攻撃的になった。
金駿眉:補修の件、我々が考えていた程簡単ではないかもしれないね。
玉麒麟:どんなに複雑でも伏魔陣を補修する、それが私たちがここに来た目的だ。
松鶴延年:……
金駿眉:うん?今度は島主を止めないのか?
松鶴延年:彼女が出来ると言うのなら、私は彼女を信じます。
金駿眉はもう一度松鶴延年を見つめたが、彼は玉麒麟の事だけを見ていた。やがて彼女は瘴気の中に入り、霧の中に消えた。
金駿眉:ふふっ……島主が意地にならない事を祈るよ。
松鶴延年:どういう意味ですか?
金駿眉:瘴気には幻覚作用がある。何か彼女にとっての辛い事を思い起こさせ、彼女の感情が乱れたら、却って瘴気に呑まれてしまうかもしれない。
松鶴延年:なっ!!!何故今それを?!
金駿眉:何故?見ず知らずの彼女に、何故注意しなければならないんだ?
松鶴延年:……貴方は一体何者だ、目的はなんなんだ?!
金駿眉:同じ質問を、島主からも頂いたね。
金駿眉:あなた方はわたしの事を疑っているようだけど、残念ながらわたしも所詮……輪廻に纏わりつかれた愚鈍な者に過ぎないうよ。
思いがけない誤解
金駿眉:わたしも所詮……輪廻に纏わりつかれた愚鈍な者に過ぎない。
松鶴延年:どういう意味ですか……
金糸蜜棗:伏魔陣を破ったのは!あんたたちね!
松鶴延年:!!!
松鶴延年が金駿眉に問いただそうとした時、突然ハツラツとした女性の声がその場に響いた。黄金色の服を身に纏った少女が二人に襲いかかって来たのだ。
松鶴延年:ーーお待ちください!
クラゲの和え物:うぅ?松鶴延年うるさい……何かあったの……?
金糸蜜棗:なんて卑怯な!小さな女の子を盾にするなんて!お嬢ちゃん怖がらないで、お姉さんが今すぐ助けにいくから!
松鶴延年:お嬢さん、説明を聞いてください……
エンドウ豆羊かん:蜜棗!其奴らの話を聞くな、まずは人質を助けるのじゃ!
二人の少女は共にせっかちのようで、松鶴延年に説明する暇を与えようとしない。混乱した状況の中、金駿眉は突然肩に乗せていたクラゲの和え物を持ち上げ……
クラゲの和え物:えっ?うわぁーー!
金糸蜜棗:えええええーー?!
その場にいたクラゲの和え物を含めた全員が驚いた。まさか目覚めた途端、金駿眉によって投げ捨てられるとは。
金駿眉:彼女が欲しいんだろう?受け取れ!
クラゲの和え物:金・駿・眉!あんたーー!
金駿眉:どうした?飛べるし、怪我しないだろう?
クラゲの和え物:うっ?うーん……そうだけど……わぁ、空からの景色凄く素敵だね……
金糸蜜棗:……
エンドウ豆羊かん:其方らは一体何者なんじゃ?妾たちの夢回谷で何をしておる?!嘘ついたら、この金糸蜜棗(きんしなつめ)が絶対に許さんぞ!
金糸蜜棗:……エンドウ、そんな引っ付かないでよ……
エンドウ豆羊かん:べっ、別に怖がってなんかおらぬ!其奴らが妾を投げて人質にしないようにしているだけじゃ……
松鶴延年:コホンッ……お二人は誤解しています。私たちは青龍に依頼され、伏魔陣の補修に参りました。
エンドウ豆羊かん:青龍?君山姉さんの師匠の、青龍?
松鶴延年:……どういう意味でしょうか、青龍の依頼ではない……
夢回谷への支援を求める手紙を送ったのは青龍だったはずなのに、夢回谷の者は何も知らない……松鶴延年は不審に思ったが、問いただすより先に、金駿眉が言葉を続けた。
金駿眉:お二人が夢回谷の者なら、伏魔陣がどうして破れたか知らない?
金糸蜜棗:……あたしたちも調査している最中で、あんたたちの姿が見えたから、てっきり……
金駿眉:夢回谷の者も伏魔陣が何故破れたか知らないのか……となれば、麒麟島主が出てくるのを待つしかないね。何か新たな発見があれば良いけれど。
金駿眉がそう言うと、重く穏やかな足音が聞こえて来た。松鶴延年が慌てて振り返ると、伏魔陣から玉麒麟がゆっくりと出てくるのが見えたので、急いで彼女を迎えた。
松鶴延年:どうでしたか?貴方は……
玉麒麟:……大丈夫だ……
とは言え、誰が見ても玉麒麟の顔色は平気ではなかった。松鶴延年は彼女を支えたが、更に声を掛けようとした途端、彼女の全身の力が抜け……
尽きない夢
一刻前
伏魔陣の中
玉麒麟:(伏魔陣は補修出来たが、鎮圧すべき虎蛟が見当たらない……瘴気も、禍々しいままだ……)
玉麒麟:チッ……どこへ行った……
ザラ……ザラ……
靴底で枯れた草地を踏みつけている。玉麒麟はこの瘴気の中をどれだけ歩いたかわからない。光が消えた環境に慣れたと思ったら、突然、頭の上から優しい月の光が降ってきた。
青龍神君:噂でここに巨匠が隠居していると聞いたが、まさか……阿呆な麒麟しかおらんのか?
玉麒麟:青龍?!
青龍神君:本座を知っているのか?
玉麒麟:……知っているどころか……
青龍神君:なんだ、貴様も神君の力を借り、出世をしたいのか?
玉麒麟:誰が神君の力なんかを!青龍……
仙宿:麒麟、無礼を働くな。
玉麒麟:せっ、先生……
青龍神君:ほう?これはこれは、噂の仙宿先生か。
仙宿:神君が招かずに来るとは、何事じゃ。
青龍神君:楽しみを見つけに。
仙宿:……
玉麒麟:……今すぐこのクソ青龍を追い出してやる……
青龍神君:待て。本座の問題に答えられるなら、貴様の手を煩わせずにここから立ち去ろう。
玉麒麟:……言ってみろ。
青龍神君:もし、小童の両足が巨大な岩に押し潰され、血が止まらない状況に出会ったら、貴様は小童のために岩をどかすか?
玉麒麟:なんだその問題、どかすに決まっている。
青龍神君:なら、その岩が人を死に至らしめる毒気を封じていて、それをどかすと、周囲数百里に被害が及ぶとしたら?
玉麒麟:なっ……わざと難癖をつけているのか!
青龍神君:答えられなければ負けだ、言い訳はいらぬ。しかし……仙宿先生は、この問題を解く事が出来るかもしれん。
仙宿:……
仙宿:神君は住まいにこだわりはありますか?
青龍神君:まったく。仙宿先生の近く、話しやすい場所ならどこでも。
仙宿:……どうぞ、こちらへ。
玉麒麟:先生!……クソ龍!図に乗るな!絶対に追い出してやる!
パチッーー
青龍神君:貴様の番だ。
玉麒麟:……
青龍神君::誘って来たのは貴様の方だろう、どうしてそんな不貞腐れた顔をしておる。
玉麒麟:天に通ずる神力があるのなら、大事を為したらどうだ?どうしてこんな小さな島に籠って……
青龍神君:勝つためだけに碁を学ぶなんて、つまらないだろう?
玉麒麟:また訳のわからない話を、どうして先生は耐えられるんだ……
青龍神君:ははっ、嫌われたもんだな……こうしよう、もし貴様が碁で本座に勝てたら、この絶境を離れると約束しよう。玉麒麟:言ったな!二言はないぞ!
パチッーー
松鶴延年:神君!近くの漁師たちが脅されています、貴方が絶境から出ないなら、あの連中は彼らを……
青龍神君:松鶴、碁を観る時に言葉を発するな。
松鶴延年:今は碁を打っている場合じゃないです!漁師たちは全員ただの人間です、今まで悪さをした事もありません、なのに貴方のせいで……
青龍神君:もし本座があ奴らを助けたら、光耀大陸は悪の手に握られ、苦難に満ちる……それでも、本座に手を出せというのか?
松鶴延年:某は……
玉麒麟:クソ龍、漁民たちを見捨て、冷血無情と罵られても良いのか?
青龍神君:他人にどう思われようと、本座には関係のない事だ。あ奴らが本座を神と敬っているから、手を差し伸べなければならないのか?可笑しな話だ……
青龍神君:神とは、罪人に試練を与えるための存在であり、世間にこき使われる道具ではない。
青龍神君:だから……神なんぞになりたくはなかった……
玉麒麟:?それは……
パチッーー
青龍神君:貴様の勝ちだ、お暇しよう。
玉麒麟:おいっ……青龍!
玉麒麟:青龍!!!
こう呼びかけた瞬間、玉麒麟は目を覚ました。先程と全く違う場所にいる事に気付き、やがて諦めたようにため息をついた。
玉麒麟:悪夢だ……
君山銀針:あの……目が覚めたようですな?
声がする方を見ると、銀髪の女性が寝台の横に腰を下ろし、少し気まずそうな顔をしながらも、心配そうな顔をしていた。玉麒麟は眠っている間、思わず相手の袖を握っていたようで、素早く手を引いてゆっくりと身を起こした。
玉麒麟:君は……
玉麒麟:……君が、あのクソ龍の弟子か?
虎蛟逃走
玉麒麟:……君が、あのクソ龍の弟子か?
君山銀針:クソ龍?!
呆気に取られた君山銀針は相手に一瞥され、言葉が整うより前に、焦ったような声が聞こえて来た。
玉麒麟:見た通りだ、まだ息が残っている。
松鶴延年:……縁起でもない事を言わないでください。君山嬢、島主がお世話になりました。
君山銀針:いえ……麒麟島主は捨て身で伏魔陣を補修してくださいました、むしろ某たちの方が世話になったのです!感謝致します!
玉麒麟:私はただ害を除いただけ、誰かを助けようとした訳ではない、礼は必要ない。
君山銀針:えーと……
松鶴延年:……
玉麒麟:松鶴、私はどのくはい眠っていた?
松鶴延年:そう長くはないですね、半日程です。
玉麒麟:半日……では、虎蛟は見つけたのか?
松鶴延年:……
松鶴延年:ちょうどそれを話そうと思っていたのです……貴方が陣から出てきて間もなく、虎蛟が現れ、夢回谷で大暴れした後……逃げました。
玉麒麟:……どこへ逃げた。
松鶴延年:絶境です。
玉麒麟:……
それを聞いて、玉麒麟は立ち上がろうとしたが、柔らかな、しかししっかりとした手に押さえつけられた。
君山銀針:島主は瘴気に汚染され、まだ回復していない、どうか……
玉麒麟:手を放せ。
君山銀針:……今の体調で、虎蛟を制圧するのは難しいでしょう。
玉麒麟:君には関係のない事だ。
君山銀針:某は……
松鶴延年:……玉麒麟、焦らないでください。絶境に残した私の霊鶴に異変は起きていません。恐らく、虎蛟は混乱状態のまま、上陸する方法をまだ見つけていないのかもしれません。
玉麒麟:虎蛟の混乱を当てにするのは危険だ、絶境を賭けに出来ない。
玉麒麟:絶境は、無事でなければならない。
松鶴延年:貴方は一体……
ドンッーー
大きな音が松鶴延年の事がを遮った。先程まで立っていた扉が、今や地面に倒れていて、更にその上に青年が乗っていた。
マオシュエワン:いててて……
金糸蜜棗:もうっ!何してくれてんのよ!これはこの谷に残った唯一のちゃんとした扉だったのに!
マオシュエワン:すっ、すまん!わざとじゃねぇんだ……
八宝飯:だから落ち着けって言っただろ、薬草は見つけたんだ、何をそんなに急いで……あれ?起きたんだ!
玉麒麟:……?
松鶴延年:……貴方が陣の補修をしていた時、ちょうど夢回谷の者たちに出会ったのです。彼女たちに事情を説明したら、私たちを受け入れてくださり……その後すぐに、八宝飯たちもやって来ました。
君山銀針:彼らはそなたが昏睡しているのを見て、大慌てで薬草を探しに行ったのですぞ。
八宝飯:ほら、ちょっとまずいけど、霊力を補充する事は出来る!安心して食べな!
玉麒麟:……ありがとう。
八宝飯:へへっ、感謝は良いって。伏魔陣を補修してくれたおかげで、オイラたちも助かったからな!これ位どうって事ないって!
玉麒麟:……
君山銀針:その通りだ、島主が虎蛟の追撃をしようとしているのを止めたい訳ではない……ただ、皆が力を貸してくれると言っている、どうか手伝わせて頂きたい。
玉麒麟:……絶境に力を貸してくれたら、夢回谷はどうするつもりだ?
君山銀針:……
玉麒麟:さっきの小娘の話を聞く限り……いや、見渡すだけでわかる。今の夢回谷は、絶境よりも酷い有様だ。
玉麒麟が窓の外を見ると、元々立派な建物が建っているはずの場所には、今や残骸しか残らない。一行が今いる部屋がある建物位しか、まともなものはない。実に残念な光景だ。
金糸蜜棗:あの虎蛟のせいだ……あんなにいっぱい用意した物が全部パーよ、年越しなんて出来ないよね……
玉麒麟:……君たちは、夢回谷でしか年を越せないのか?
金糸蜜棗:えっ?
唐突な一言に、その場にいる誰もが戸惑った。松鶴延年だけは、少しぎこちない玉麒麟の顔を見て笑った。
松鶴延年:……皆さんが宜しければ、是非絶境で共に年越しをしましょう。
金糸蜜棗:ええっ?!
松鶴延年:皆さんは絶境に恩があり、絶境に力を貸したいと願っているようですし。これこそが一石二鳥の方法かと思うのですが……いかがでしょう?
金糸蜜棗:それは……
失せ物の簪
冰糖燕窩:私たち全員で……絶境ね年を越すのですか?
君山銀針:ああ、谷主はどう思う?
エンドウ豆羊かん:それはいいぞ!絶境へ行くには船で海を渡らないといけないって聞いたし……きっと面白い!
金糸蜜棗:えー!喜ぶのはまだ早いよ!まず師匠の言葉を聞かないと。
冰糖燕窩:……迷惑を掛けてしまうのでは。
君山銀針:某もそれが気になった……夢回谷は人数が多い、絶境は清らかで静かな地だ、恐らく……
松鶴延年:我が島主を助けてくださった諸君は、絶境の恩人です、面倒なんてとんでもない。
金駿眉:どうせこのガキがいるし、絶境が静かでいられる訳がないんだ、いっそもっと盛り上げちゃっても良いんじゃない?
冰糖燕窩:でも……
八宝飯:絶境みたいな神秘的な場所には、きっと珍しいお宝がたくさんあるはず……早く出発しよう!
マオシュエワン:そうだそうだ、これ以上待ってたら……誰かさんが待ちきれなくて爆発しそうだぜ……
玉麒麟:……
冰糖燕窩:……わかりました、では参りましょう。
玉麒麟は一刻も早く絶境の状況を知りたいため、一行は荷造りもせず、必要な物だけを持って道を急いだ。
玉麒麟:……霊鶴はどうだ?
松鶴延年:異常はありません。安心してください、絶境には一応碧螺春もいます、多少は……耐えられる……はずです。
玉麒麟:フンッ、彼が虎蛟に道案内をしなかっただけで、万々歳だ。
松鶴延年:……はぁ……
エンドウ豆羊かん:もうっ、何をグズグズしておる、早くしろ……
君山銀針:えっ……待ってくれ、某は……
エンドウ豆羊かん:麒麟姉さん!君山姉さんが聞きたい事があるそうじゃ!
君山銀針:!
玉麒麟:……なんだ?
君山銀針:……あの、島主が青龍の法陣を修復出来たのなら、某にも……
玉麒麟:学びたいのか?
君山銀針:あっ……はい!
玉麒麟:君の師匠に頼めば良いだろう。
君山銀針:……青龍観で別れた後、もう長らく彼に会っていない。
玉麒麟:今まで?
君山銀針:はい、今まで一度も。
玉麒麟:手紙すらもなかったのか?
君山銀針:はい……
玉麒麟:(妙だ、あのクソ龍は自分の弟子にすら連絡を寄越していないのに、わざわざ金駿眉に連絡するなんて……)
君山銀針:はぁ……話せば長くなります、師匠は……
玉麒麟:長話なら良い、あの老いぼれの話には興味がない。
君山銀針:……
エンドウ豆羊かん:うっ……あはは、君山姉さん、法陣の話はまた日を改めよう!まず麒麟姉さんに休憩してもらおう。一緒に船首に行って海を眺めよう!
君山銀針:……はい。
離れて行く二人を眺め、松鶴延年は思わずため息をついた。口を開こうとした瞬間、玉麒麟によって遮られた。
玉麒麟:小娘、君は残れ。
エンドウ豆羊かん:誰?妾か?
玉麒麟:陣に入った時、その中央付近でこれを見つけた。これは夢回谷の物かどうか、見てくれないか?
エンドウ豆羊かん:どれどれ……うぅ……谷にはこんな物を使っているひとはおらんはず……蜜棗!こっちに来い!
金糸蜜棗:はいはい、それって……金糸胡蝶簪?!
玉麒麟:なんだ?持ち主を知っているのか?
金糸蜜棗:……いや……
エンドウ豆羊かん:妾も見覚えがないのぉ……あっ!もしや凍頂烏龍茶が外で引っ掛けた女子に何かして、追っかけて来たとか?!
エンドウ豆羊かん:うぅ……でもおかしいのぉ、其奴はいっつもロイヤルゼリーと一緒におるし、女子に会う暇なんて……ねぇ、蜜棗どう思う?蜜棗?
金糸蜜棗:えっ?うん……そうだね……
エンドウ豆羊かん:……蜜棗、どうかしたのか?
金糸蜜棗:あたし?……なんでもないよ……
玉麒麟:……私の質問は以上だ、遊びに戻ると良い。
金糸蜜棗:待ちなさい……
玉麒麟:?
金糸蜜棗:その簪、見た事があるわ。
奇妙な連鎖
金糸蜜棗:その簪、見た事があるわ。
エンドウ豆羊かん:ええっ?!
玉麒麟:……どこで?
金糸蜜棗:それはあたしが夢回谷に来る前の事なの……
玉麒麟:詳しく説明出来るか?
金糸蜜棗:ごめんなさい、陣の近くにあったという事は、陣を破壊した者が残した可能性が高い……でも、あたしはそれを……かつての友人が持っているのを見た事があるの。
金糸蜜棗:まだ状況が掴める前に、彼女に疑いの目を向けたくない。
玉麒麟:……
金糸蜜棗:もし、陣を壊したのが本当に彼女なら……島主安心して、あたしが必ず責任をもって彼女を捕まえてくるわ!エンドウ豆羊かん:蜜棗!ねぇ、待って……!
少女が立ち去っていく後ろ姿を見て、玉麒麟は顔色を変えずに冷淡な目つきをしていた。隣の松鶴延年は眉を顰めた。
松鶴延年:どうしますか?
玉麒麟:……いい、彼女は夢回谷の者だ、自分の仲間に害を与えたりはしないだろうりそれより……
玉麒麟:この簪の持ち主より、明らかに怪しい奴がいる。
玉麒麟:その通りだ。
そう言いながら、二人はクラゲの和え物とじゃれている黒髪の青年へと視線を向けた。青年は彼らの視線をものともせず、飄々としている。
玉麒麟:青龍が手紙なんぞを書いたりはしない……もし書いたとしても、どうして自分の弟子に知らせない?このように一方的に援軍を呼んだら、立場が違う者たちに誤解が生まれ、争い始めでもしたら、事が進まないだろう。
松鶴延年:……そうですね。貴方が陣に入った後、金糸蜜棗とエンドウ豆羊かんに敵と勘違いされ襲われました。
玉麒麟:お節介な上に、思慮も足りない……あのクソ龍の性格とは思えないな。
松鶴延年:では、金駿眉が嘘をついていると?しかし……彼の目的は何でしょう?
玉麒麟:好奇心故に同行に応じた。しかし、道中での言動は変人そのものだが、特に邪念はないように思えた……
松鶴延年:いいえ。龍脊山の麓で、彼は瘴気に幻覚作用がある事を知っていたのに、貴方が陣に入ってからそれを説明して来ました。恐らく、彼の目的は貴方にある。
玉麒麟:……
松鶴延年:咲夜、林の中で貴方たちの間に何が起きたのですか?
玉麒麟:……私に妙な事を話して来た。
松鶴延年:妙な事?
玉麒麟:この世界についての、妙な話だ……
林中の夜話
昨夜
林の中
玉麒麟:君は一体、何者だ。
金駿眉:島主はわたしの話を信じる?信じないのなら、聞いても無駄でしょう?
玉麒麟:先に言え、その後信じるかどうかを決める。
金駿眉:ふふっ……簡単だよ、わたしはただの食霊で、小さな書院の長に過ぎない……少し特別な所があるとすれば、この世界の真相を知っている所かな。
玉麒麟:真相?
金駿眉:この世界に未来はない。
玉麒麟:?
金駿眉:この世界はある段階まで発展した時、何かのきっかけで止まり、遥かな過去に戻る。そして、わたしにはその全ての記憶がある。
金駿眉:しかし、世界が一体何のために繰り返しているのかはわからない。何故なら、わたしはその前に……死んでしまうから。
玉麒麟:……何が原因で死ぬんだ?
金駿眉:さぁ、わたしも知りたいよ。
玉麒麟:……生死を何度も経験したと自称している癖に、自分がどうやって死ぬか知らないのか?
金駿眉:ああ、この世界が狡猾だからかもね。わたしは、日々の昼夜の長さも、いつ雨季に入り雪が降るのも、誰とすれ違ったかも、全部覚えている。記憶力が良いからではない、何度も何度も繰り返したかだ。でも……
金駿眉:自分がどうやって死ぬかだけ、わからない。
玉麒麟:例外はないのか?
金駿眉:例外はないよ。
静かな林の中、焚火の音以外、玉麒麟は静寂しか感じられない。顔を上げると、金駿眉は自嘲の笑みを浮かべているのが見えた。
金駿眉:だからね、神は、残酷だ……
玉麒麟:……それは、同感だな。
玉麒麟:だから、それを解明するために来たのか?
金駿眉:そうとも言える。安心して、島主がわたしの死と関係ないのなら、わたしも余計な事はしない。
玉麒麟:……
金駿眉:ただ……もっと知りたくならない?
玉麒麟:何を?
金駿眉:わたしはこの世の真相を知っている、数多くの生死を経験している、つまり他人が知らない事を沢山知っているという事だよ。
金駿眉:例えば、漁師の命を見捨て絶境を離れた青龍が、どこへ行って、何をしたのか、それに……
金駿眉:彼が何故仙宿先生を助けなかったのか……どう、気になるでしょう?
経年の命
数十年前
鬼谷書院
クラゲの和え物:金駿眉、金駿眉ってば!海の向こうの漁師が全部捕まったって!玉京の人が何か青龍を探しているみたいで……
青龍神君:……
クラゲの和え物:うわあああーー金駿眉!あなたの部屋に妖怪がいる!
金駿眉:シーッ、病人もいるよ。
クラゲの和え物:えっ?病人?
クラゲの和え物が金駿眉が指さした先を見ると、頭に角が生えた「妖怪」の後ろには、青白い顔をした上品な青年が寝台に横たわっているのが見えた。
クラゲの和え物:にっ……人間?
金駿眉:うん……病因はわからないけど、体を強くして損はない、まずこの薬湯を飲むと良い。
仙宿:……ありがとう。
金駿眉:クラゲ、この前蓑衣衣黄瓜の酒に酢を入れた事は覚えてる?彼があちこちであなたを探しているみたいだよ、隠れた方が良いんじゃない?
クラゲの和え物:ヒィー!あたしが来た事は言わないでね!
クラゲの和え物は怯えながら逃げて行った。病人の仙宿も既に煎じた薬湯を飲み干し、また青龍の肩に倒れ込んだ。
青龍神君:……病因がわからないのなら、もうここを離れよう。
金駿眉:四聖の中、青龍だけが生き残ったと聞いたが……
金駿眉:天に通ずる力をもっているのなら、必然的に世界の真相を知っているはずだ。
青龍神君:……自分が何故死んだのかを知りたいのか。
金駿眉:流石神君だ。
青龍神君:世の中の出来事は理不尽なものばかりだ、知ってどうする?
金駿眉:なら神君は仙宿が必ず死ぬと知っているのに、何故毎回必死に彼を救うんだ?
青龍神君:……
金駿眉不快にさせるつもりはない……近くに「東籬の国」がある、名を馳せた神医がいるそうだ、仙宿の命を救えるかもしれない。
金駿眉:では、ここでお別れですね。
珍しくまともな礼をしたが、青龍は彼に見向きもせずその青年を抱き上げ、門前で立ち尽くしていた。金駿眉が訝し気に見ていると、枯木のような声が話を始めた。
青龍神君:毎度必死で彼を助けようとした訳ではない、むしろ逆だ……
腕の中で眠りについている青年を見て、寂しい目元に微かに優しさが過ぎった。
青龍神君:この神君の名を欲する輩たちは、玉京で権勢を意のままに振りかざし、数千人の命をも犠牲にしようとしている……もし本座が顔を出してしまったら、あの輩共は天下を手に入れてしまう、だから……
青龍神君:本座は蒼生のために彼を犠牲にして来た、何度も、何度も……
千万年の歳月は彼の目の中で、薄暗い光のように一瞬にして過ぎ去っていく。揺るぎない神君の顔には少しずつ悲痛が現れ、そしてすぐに冷たくなった表情に隠れていった。
青龍神君:今生は、もう……そうしたくないんだ。
松鶴延年:……
長い物語が終え、松鶴延年は沈黙せざるおえなかった。彼は同じく重い雰囲気を纏った玉麒麟を見て、思わずため息をついた。
玉麒麟:金駿眉と言葉通りなら、青龍が何をしようと、先生の結末は変わらないという事だ。
松鶴延年:……私も今知りました、神君は数千年前に大部分の霊力を失った、それなのに必死で貴方を助け、先生の魂を絶境に送り返した……彼は、出来るだけの事をしたのでしょう。
松鶴延年:……実は、神君は確かに似たような言葉を言っていました。
玉麒麟:……いつそんな事を?
松鶴延年:彼が絶境を離れた時……彼は罪のない漁民が捕虜になっている事に耐え切れず、彼を追い掛けました。
松鶴延年:天明には抗えない、だが……力づくでも、天に逆らうつもりだと。
砂埃を払い
松鶴延年:天命は抗えない、だか……力づくでも、天に逆らうつもりだと。
玉麒麟:……
玉麒麟:フンッ、彼の言う「力づく」というのが私の記憶を封印し、先生を数十年放浪生活をさせ、死ぬ間際に絶境に戻す事か?
松鶴延年:いいえ、神君はただ……
玉麒麟:これ以上は無駄だ、私は結果しか見ない。
玉麒麟:何が神君だ、どうって事ない。
松鶴延年:……
松鶴延年は何か言おうとしたが、船は既に着岸し、玉麒麟がすぐに立ち上がり船を降りて行った。彼も後からついて行くしかない。
冰糖燕窩:ここが、絶境……
八宝飯:あー……虎蛟らしき気配はないみたいだな……
松鶴延年:……霊鶴も虎蛟の姿を見ていないそうです。
松鶴延年:余程の事がない限り、彼は門を閉じてお香作りに没頭しているはずです。
玉麒麟:……まさか、虎蛟は本当に絶境に来ているのか?
君山銀針:もし師匠に怨念を抱いてるのなら、今頃は師匠と所へ行っているかもしれない。
玉麒麟:……
マオシュエワン:おっ、あの獅子とかなんとかが来ないなら良いだろ?良い年越しが出来るんじゃねぇか? !
クラゲの和え物:そうだそうだ!爆竹で遊ぶ時間が増えるしね!あはは!いっぱい持って来て良かった!
エンドウ豆羊かん:わあ!如意巻き早く来て!一緒に花火を上げよう!
松鶴延年:ちょっ……望、望松楼には近づかないでください!もっ、物を燃やさないように!
金駿眉:安心して、わたしが責任をもって彼らを見張っておくから。
松鶴延年:……
金駿眉が子どもたちと一緒にどこかへ行くのを見て、松鶴延年は一瞬目の前が真っ暗になった。こっそり霊鶴を呼んで、彼らの後をつけた。
松鶴延年:後は、虎蛟の来襲を警戒するだけでね。
玉麒麟:ああ……
君山銀針:我々は、虎蛟を追わなくて良いのでか?
玉麒麟:安心しろ、あのクソ龍がどれだけ弱っても、虎蛟で命を落とす事はない。
君山銀針:いいえ、師匠の事を心配している訳ではない。邪は凶悪だ、蒼生に害を及ぼす危険性がある、今のうちに捕まえなければ……
玉麒麟:君も蒼生を救いたいのか?
玉麒麟は顔をしかめた。威厳のある口調に、君山銀針は思わず固まってしまった。
君山銀針:……霊力を持つ者として、蒼生のために砂塵を払うのは当たり前では?
玉麒麟:例え他の誰かの命が犠牲になってもか?
君山銀針:それは……
玉麒麟:君たちのような英雄豪傑と違って、私は絶境が無事ならそれでいい。
玉麒麟こう言い放った後、踵を変えし去って行った。考え込んだ顔をしている、君山銀針だけがその場に残る。松鶴延年も立ち去ろうとしたが、君山銀針に呼び止められてしまった。
君山銀針:松鶴殿。島主は某と師匠に対して、何か誤解があるのではないか?
松鶴延年:……玉麒麟の考えを、私が口にするべきでありません、ただ……
松鶴延年:彼女もかつて蒼生を救おうとした英雄です。しかし……救えば救う程、自分の無力さを感じたようで。
松鶴延年は遠くの海を見ながら、烈火のように情熱を燃やしているが、絶望したその後ろ姿を思い返した。
松鶴延年:本当に蒼生を救えるのは……弱く平凡な人間、彼ら自身だけです。
故時の天命
数十年前
絶境
玉麒麟:何の罪もない漁民たちを、権勢の犠牲にしろと言うのか……青龍が引き起こした事態なのに、あの卑怯者は何もしない。あのような臆病者と一緒にされたくはない!
玉麒麟:こうなったら、彼の手に負えない事は、私がやる!
玉麒麟:彼が虫ケラとして見なしている蒼生は、私が助ける!
松鶴延年:貴方は……では、絶境はどうするつもりですか?仙宿先生はどうするつもりですか?!
海風は松鶴延年の珍しく慌てている言葉を吹き散らす。ひらひらとなびく銀髪と赤い袂は、その強情な後ろ姿をよりいっそ悲壮に染め上げた。
玉麒麟:……頼んだ。
名前を呼ばれても、玉麒麟は立ち止まる事はなかった。松鶴延年は彼女の後ろ姿をただ眺め、何故か彼女がもう戻って来ないような気がした。
少し後
隣の漁村
子ども:お母さん……どうしてこんなところに縛られているの……怖い……
女性:怖くない……怖くないからね……青龍神君が必ず助けてくれる……青龍神君が……
漁民:何が神君だ!私たちはあいつのせいでここに閉じ込められているんだ!
女性:青龍が現れたら解放してくれると言っていた……本当だよね?青龍……どうして青龍はまだ来ないの!
恐怖と怒りが縛り付けられた人々の間に広がる。全ての元凶はこの無実の人々の上に立ち、野心を顔に描き、卑劣な笑みを浮かべていた。
大臣:青龍、いつまだ隠れているつもりだ?どうせ神君の名も貴様にはもったいない、むしろ私に寄越せ。そうすれば玉京も、私のような立派な領主に恵まれる事になるーー
護衛:だっ、大臣!大変です!敵、敵が……
大臣:なっ……
報告に来た兵士の慌てた表情に、大臣も慄然としたが、敵が来ていると言われた方を見ていると、気迫はあるが、たった一人しかいない事に気付き、落ち着きを取り戻した。
大臣:フンッ、食霊は大勢見てきたが、ここまで愚かなのは初めてだ。
玉麒麟:富貴栄華を求めるために罪なき者を拉致して、恥ずかしくないのか?!
大臣:恥?恥と権勢、どっちが大事だ?無駄話はもういい、青龍神君はどこだ?
玉麒麟:フンッ、神君たるもの、貴様らの傀儡に成り下がるはずもない。とっくに去った!早く漁民たちを解放しろ!
大臣:おや?その言い草だと、神君の事をよく知っているようだな……この賤民たちで神君を脅迫出来ないなら、貴様が身代わりになれ!
玉麒麟:私を捕まえるつもりなのか?寝言は寝てから言え!
大臣:ははっ、捕まえるも何も、貴様は既に我が手中にいるのだ。
玉麒麟:?
漁民:早く!あの女を逃がすな!私たちの代わりにするんだ!代わりに死んでもらう!
玉麒麟:なっ!
漁民:大臣が言った事は聞こえたか?あの女は神君を呼べる!神君が来たら、私たちは死ななくて済む!
漁民:どうして神君は来ないんだ……そうだ!血だ!女の血を出せ!そうすれば神君は必ず助けにくる!血だ……
漁民:血を……血だ……殺せ……女を殺せ!!!
玉麒麟:!
生の欲望に駆られた漁民たちは玉麒麟に飛び掛かった。彼らは彼女を引っ張り、引きずり、更には彼女の腕は足首に噛みつき、まるであの世の悪鬼のように、彼女を黄泉に引きずり込もうとしているようだった。
大臣:見たか?貴様が救おうとしたのは、このような卑しい連中だ。
玉麒麟:貴様ーー!
大臣:神君が出て来ないのなら、遠慮なく……絶境へ行くぞ!
玉麒麟:止まれ!
漁民:殺せ!殺せ!
玉麒麟貴様ら……どけ!絶境に、指一本触れるなーー!!!
身を捨て、難に赴く
絶境
鏡花池
仙宿:麒麟が……あちらに行ってどれ位経った?
松鶴延年:……まだそう長くはありません、半刻程でしょうか。
仙宿:……聞きたいのなら、聞けばいい。
松鶴延年:?
仙宿:吾に聞きたい事があるのだろう?
松鶴延年:はい。神君が……千百人の命を捨てて逃げても、先生は咎めていないみたいですし、それどころか……理解しているように見えました。
松鶴延年:私にはわかりません、先生は世を避け、隠居したとは言え、決して冷血な方ではありません。なのに、何故……
仙宿:神君が、冷血非情な者だと思うか?
松鶴延年:……
仙宿:逆だ。情があるからこそ、凡塵に惑わされ、非情を装う、そしてどっちつかずになる。
仙宿:神君が本当に非情なら、逃げたりはしない。
松鶴延年:つまり……
仙宿:強ければ強い程、為す術がない事に苦しむ。神君は人のために霊力の大半を捧げた方だ、人を見捨てるはずがない。ただ彼は結末を知っている、だから無駄な労力を費やしたくないだけ……
松鶴延年:つまり、漁民らを助けても……では、玉麒麟はどうなりますか!
仙宿:……これも、彼女の運命だ。
松鶴延年:……
仙宿:海岸に異変があるようです。
松鶴延年:……
仙宿:松鶴、行かないのか?
松鶴延年:しかし、先生を守らなくては……
仙宿:吾がいつから汝らの負担になったのだ?安心しろ、敵が来るとすれば海からしか来られない、行くと良い。
松鶴延年:……すぐに戻ります。
一刻後
絶境の海岸
護衛:殺せーー
松鶴延年:!
松鶴延年が海岸に駆けつけると、軍隊が襲いかかって来ていた。迎撃しながら、この数は一人では無理だと思っていた、しかし……
松鶴延年:(おかしい……勢いはあるが、攻めては来ない、ただ惑わしてくるばかり……)
松鶴延年:まるで、私を足止めしているかのように……
玉麒麟:松鶴!早く戻れ!
よく知った声が聞こえて来た。松鶴延年は目の前の敵を退くと、振り向いた。海上からよろめきながら玉麒麟が歩いて来ているのが見えた。血まみれで狼狽な姿と反対に、彼女の両眼は怒りに燃え、殺意が満ちていた。
松鶴延年:貴方は一体……
玉麒麟:戻れ!先生を守れ!!!
松鶴延年:!!!
同時刻
鏡花池
大臣:先生は古今東西何にでも精通しているそうだが、海岸にいる兵士たちが囮でしかないと言う事もわからなかったのか?
仙宿:調虎離山の計謀など、世間を知らぬ初々しい食霊しか騙せない。
大臣:おや?つまり、先生は自ら罠にかかったと?
仙宿:……吾はただ、弟子たちを困らせたくないだけだ。
大臣:ふっ、ならこの酒を飲んでくれ、私の事も困らせないで欲しいな。
仙宿:……吾に毒を盛れば、神君が現れるとでも?
大臣:漁民を助けなくとも、先生を見殺しにするはずはないだろう。それに例え青龍がいなくても、先生の助けさえあれば、天下を手に入れるのも容易くなります。
大臣:本気で、天下を救いたいと思っているならね。
仙宿:……神君にも、食霊にも天下は救えぬ……
仙宿:蒼生を救えるのは、人間だけだ。
大臣:?
仙宿:これも吾の天命か、吾は……これしか出来ない……
大臣:この……!
玉麒麟:先生ーー!
鏡花池に駆け付けた時、玉麒麟は既に全身傷だらけだった。ただ目に灯る烈火は、彼女の全部とその場の全てを飲み込んた……
古い記憶から逃げられない
玉麒麟:先生ーー!
ドーンッーー!
火が燃え上がり、瞬く間に鏡花池が炎に飲まれた。だけどすぐに、青色の雨が降り、あたりを鎮めた。
松鶴延年:神君!
仙宿:青龍……なんで戻って……来た……
青龍神君:黙れ、医者の所に連れて行く。
仙宿:これは……毒……
青龍神君:どうだっていい!
玉麒麟:先生……私の、せいだ……先生!先生!!!
玉麒麟のの叫びは、まるで喉が引き裂かれる程に悲痛だった。血色が彼女の目を染め上げ、少しずつ黒い靄が掛かっていく。松鶴延年は本の中でこのような変化を見たことがある……それは、堕化という……
青龍はこの悲惨な場面を見て、眉をひそめる。すぐに指先に光を集め、玉麒麟は眉間に目掛けて放った。先程まで怒り狂っていた彼女は、光を受けてその場に倒れた。
松鶴延年:何を、したのですか?
青龍神君:彼女は重傷を負い、精神が少し混乱している。このままで、気血が逆流し自身を滅ぼしてしまうだろう……一先ず仙宿に関連する記憶を封印し、彼女を守った。
松鶴延年:なっ……!
青龍神君:こうなると、所謂運命とやから、もしかすると書き直されているかもしれん……
松鶴延年:?
青龍神君:松鶴、玉麒麟と絶境は頼んだ。
松鶴延年:どこへ行くつもりですか?
青龍神君:彼を助けなければならない。
青龍神君:光耀大陸中を探し回っても、彼を助ける。
松鶴延年:……
青龍神君:絶境を守り、彼の帰還を待て。
松鶴延年:……神君でも、果たせない約束があるなんて、想像した事もありませんでした……
あの時、焼かれた鏡花池の草花は再び茂る事はなかった。松鶴延年は池の中にある水晶で出来た蓮花を見て、やれやれと頭を振った。
松鶴延年:もしあの時、私が先生のそばから離れなかったとしたら……
玉麒麟:何をブツブツ言っている。
松鶴延年:……ちゃんと部屋で休んでください、どうして出てきたのですか?
玉麒麟:君が、鏡花池に来た理由を知っているからな。
松鶴延年:……
玉麒麟:青龍への怒りを、彼の弟子に八つ当たりしないよう、私に言い聞かせるつもりだろう。
松鶴延年:わかっているなら、私はこれ以上何も話しませんよ。
玉麒麟:安心しろ。私は元から青龍に怒りを抱いていない。
玉麒麟:私が怒っているのは、あの時の自分だ。
松鶴延年:……神君や金駿眉によれば、先生の死は運命、だそうです……神君はきっと、運命を避けるためにを色々試したのでしょう、それでも何も出来なかった……
玉麒麟:何もしていない私は、先生との日々を忘れたまま生き、彼が死んでからやっと全てを思い出した……
玉麒麟:私を助けようとした罪のない人々も……私を蝕む毒となり……先生までも巻き添えに……
玉麒麟:この世は、実に可笑しい。
玉麒麟:フンッ、君の苦い顔なんてもう見たくない、私は納得したのだ……先生の言った通り、人間を救えるのは人間だけだ。
玉麒麟:私がやるべき事は、この絶境という浄土を守る事だけ。
松鶴延年:……
玉麒麟:どうしてまだ苦い顔をしている?安心しろと言ったんだ、安心するがいい。
玉麒麟:それより、君も私とここに隠れていたら、絶境は大変な事になるんじゃないか?
松鶴延年:クラゲたちには霊鶴がついています、他の方々も子でもではあるいし、そこまで……
バンッーー!
突然遠くから大きな物音が聞こえて来た、その後地面も震えた。松鶴延年は驚いた後、顔が真っ黒になった。
松鶴延年:……状況を確認して来ます。
炸裂する花火
バンッーー!
エンドウ豆羊かん:ぷっ……ゲホゴホッ……こ、これが噂の光耀大陸伝説の弾けとうもろこしとやらか?!
クラゲの和え物:ゴホッ……何が弾けとうもろこしだ、ただの爆竹だろ!
マオシュエワン:あれ……い、いや、前は成功したのに、なんで……
マオシュエワン:って、おい!爆竹を薪の中に仕込んだのは誰だ!爆破するに決まってるだろ!
クラゲの和え物:しっ、知らない……イヒヒッ……
マオシュエワン:あっ!楽しそうに笑いやがって、あんたの仕業だろ!
クラゲの和え物:テキトーな事を言うなよ!絶対にあなたの雷火弾のせいだよ!
マオシュエワン:子どもは嘘をついちゃいけねぇんだ!しっかり教育してやる!
クラゲの和え物:うわっ!あ……あはははは……くすぐったい……くすぐったいよあははははは……
君山銀針:もう、ふざけない!……あっ、ええと……松鶴殿……
松鶴延年:……
クラゲの和え物:松、松鶴延……助け、助けてあははは……
松鶴延年:貴方たち……
マオシュエワン:安心しろ松鶴、もうあんたの代わりにちゃんとクラゲを懲らしめてやった!
松鶴延年:霊鶴をここに縛ったのは誰ですか!!!羽!!!霊鶴の羽が真っ黒じゃないですかーー!!!
クラゲの和え物:そ、それは、ずっとあたしたちについてくるから、金駿眉が……
松鶴延年:私と一緒に霊鶴を洗いに行ってもらいます!
クラゲの和え物:えっーーいやだ!麒麟姉さん、助けて!
玉麒麟:諦めろ、霊鶴の事になると、あの堅物は譲歩しない。
君山銀針:島主……申し訳ない、迷惑をかけてしまった……
玉麒麟:彼女たちを見張っていると言った奴が謝罪していないのに、君が謝罪する必要はない。
金駿眉:ふふっ、わたしでは彼女たちを制御しきれないからね。
君山銀針:……島主、そなたは……
玉麒麟:鏡花池の外にある仙草は、君が置いたのか?
君山銀針:ああ、そうだが……
玉麒麟:鏡花池の外は霧の結界を設けたはずだ、どうやって辿り着いた?
君山銀針:私は結界を破る事は出来ない。絶境全体を歩き回って、唯一近づけない場所、そこが島主の住処である鏡花池だと思った次第だ。
玉麒麟:……私の予想だと、君がくれたのは夢回谷にある最後の仙草だな?
君山銀針:その通りだ……八宝飯が言っていた仙草と同種の効果があるようで、谷主から、命を救えない仙草なら、ただの草に過ぎないと言われ、だから某は……
玉麒麟:私を助けたいと?
君山銀針:島主の霊力は消耗しきっている状態だ、出来る限りの事をしたいと思ったまで、決して……決して島主の実力を信じていない訳では、ただ……
玉麒麟:感謝する。
君山銀針:島主が気に入らないなら、仙草を……えっ?感謝?
玉麒麟:なんだ、この態度には慣れないのか?元に戻そうか?
君山銀針:いえいえ!今の方が良い……
玉麒麟:ふっ、君も素直だな。
君山銀針:……そう言えば思い出しました。師匠は某に島主について教えてくれた事があった!
玉麒麟:……私について?
自分の出来る事
玉麒麟:ほう?あの老いぼれはどんな悪口を言ったのだ?
君山銀針:悪口ではありません!彼は……
君山銀針:「なるほど、玉麒麟は霊族ではなく、貴様と同じ食霊だったのか……」
玉麒麟:……それだけか?
君山銀針:えっと……某が言いたいのは、師匠はそなたの事を忘れなかった事だ!
玉麒麟:ぷっ……私が、青龍が自分の事を忘れているから怒っていると思っていたのか?
君山銀針:え?違うのか?
玉麒麟:……もしかして、青龍は自らの限界を突破するため、わざとボケた弟子を取ったのか?
君山銀針:ボケ……えええ……!
玉麒麟:ふっ、まあいい、もうわからない。
君山銀針:……だが、某も知らないのです、師匠が何故某を弟子にしたのか……
玉麒麟:彼に聞いた事は?
君山銀針:聞いた事はある、だが……某が彼を目覚めさせたから、だと。
玉麒麟:目覚めさせた?
君山銀針:師匠は何故か一定の時間が経つと昏睡してしまうようだ……時には一、二ヶ月程、時には百年にも及ぶ……
玉麒麟:だからあの時先生と一緒に絶境に戻らなかったのか……
君山銀針:えっ?
玉麒麟:いや……彼が君を選んだのなら、きっと君には何か特別な所があるはずだ。ただそれがどんな所かなんて、それ程重要ではないだろう?
君山銀針:島主の言う通りだ……後一つ、伝えなくてはならない事があります。
玉麒麟:あれ?
君山銀針:某は、やはり己に出来る最善を尽くし、世間を綺麗にしたい所存です……
玉麒麟:それは君自身の事だ、わざわざ私に報告する必要があるか?
君山銀針:えっ……それもそうですな。皆それぞれ志がある、強要してはなりません。
玉麒麟:ふっ、そうだ……行こう、松鶴は彼の鶴を洗うのに忙しいだろう。春聯を書くのは、私たちしかいないな。
君山銀針:そっ、某は上手く書けないので、島主のために墨を磨りましょう!
玉麒麟は答えず微笑むだけ。二人は松鶴延年の望松楼に向かった。彼女たちを見送った後、ある姿がこっそりと鏡花池へ向かい始める……
風雨前夜
エンドウ豆羊かん:あはは、乗っからなくて正解だったようじゃな!こんな寒い日に霊鶴の身体を洗っていたら、手が凍ってしまう!
クラゲの和え物:本当だよ!あたしは服までびしょ濡れになっちゃった!
エンドウ豆羊かん:だが、その新しい服は悪くないのぉ……松鶴延年、どうしてこんなに小さな服を持っていたのだ?
松鶴延年:……私が霊鶴に作ったものです……
クラゲの和え物:あたし知ってる!人形に服を作ってあげるのと一緒だ!
エンドウ豆羊かん:……まさか、其方にこんな趣味があるとは……
松鶴延年:趣味ではありません!はぁ……もういいです……
金駿眉:おや?まだ正月になっていないのに、もう新しい服に着替えたのか?
クラゲの和え物:金駿眉!全部あなたのせいだ!霊鶴を縛り付けて、邪魔してこないようにしようって言ったのはあなたじゃん!なんで自主しないの!めっちゃ冷たかったんだからね!
金駿眉:わたしは提案しただけだよ、実行犯はあなたたちでしょう?
エンドウ豆羊かん:もういいじゃろ、皆楽しそうにしておったしな。
クラゲの和え物:それは……今回だけは許してやる!
松鶴延年:……どうして、鏡花池の方向から来たのですか?
金駿眉:えっ?あそこは鏡花池なの?初めて絶境に来たからね、もしかして入ってはいけない所だった?
松鶴延年:……いや、鏡花池は島主の住処であるため、気になっただけです。
金駿眉:ああ、なら良かったよ。
エンドウ豆羊かん:そうじゃ、年越しの食事の用意をする時間じゃろ?こんなに大勢で年越しをするなら、たくさん用意しなければならんな!
松鶴延年:……その通りですね、すぐに厨房に行って……貴方たちが焦がした鍋を綺麗にしてきます。
エンドウ豆羊かん:おうっ!頼んだぞ!
松鶴延年:……二人とも私と一緒に来てください!
クラゲの和え物:うわっ!なんで松鶴延年まで、あたしを持ち上げるの!
しばらくした後
厨房
冰糖燕窩:……そうでなければ、粘り気が出ないでしょう。
金糸蜜棗:粘り気の出し方は知らないけど、でも……絶対に氷砂糖は使っていないと思う……
ロイヤルゼリー:じゃあ、蜂蜜はどうだ?
松鶴延年:……私がやります。
凍頂烏龍茶:さっき、島主たちと共に書画を見に行ったようだな。
マオシュエワン:あいつ、仕事があると姿を消しやがって……いいや、木を何本か切るだけなら、俺一人で十分だ!
金糸蜜棗:一緒に行くよ。
マオシュエワン:え?だけど……
金糸蜜棗:見くびらないで、力持ちなんだから!
マオシュエワン:ハハッ!じゃあ、どっちが先に切れるか勝負だ!
金思 :おいっ!二人とも、島の木全部切り倒すつもりですか!
松鶴延年:…………
冰糖燕窩:……申し訳ありません、ご迷惑をお掛けして。
松鶴延年:いえ……少し感慨深くなりました。絶境がここまで賑やかなのはら本当に久しぶりの事ですので。
冰糖燕窩:そうですか……年越しは、賑やかな方が良いでしょう。
ドンッーー!ゴオオオーー!
クラゲの和え物:えっ?!木を切るのにこんなおっきな物音がするの?
松鶴延年:いや、木ではないようです……
マオシュエワン:大変だ!虎、虎蛟だーー!
松鶴延年:!!!
邪獣襲来
ドンッーー!ゴオオオーー!
君山銀針:?何の音だ。
玉麒麟:この気配……まずい!
声を聞きつけ、二人は駆け出した。そしてすぐに山の上に立つ恐ろしい獣を発見し、その大きな青い身体は小さな山の半分を覆い、その咆哮一つで百獣を倒せそうな勢いだ。
君山銀針:なっ……こんな巨獣が、気配もなく突然現れるとは?!
玉麒麟:来たのなら、仕留めるだけだ。
君山銀針:……霊力が消耗している、助太刀いたす!
玉麒麟:……はい。
君山銀針:邪よ!くらえーー
虎蛟:……龍のニオイがする……
君山銀針:!
君山銀針が投げ出した武器は、虎蛟によって簡単にはじかれた、更には自分に当たりそうになっていた。玉麒麟はそれを見て、顔色を変えずに一歩前に進んだ。
虎蛟:オマエも……龍のニオイがする……
玉麒麟:やはり青龍に復讐しにきたか。
玉麒麟:あの老ぼれを憎んでいるなら、あいつの元へ行け!何故この絶境で暴れようとする!
虎蛟:龍鱗……龍鱗を出せ!
玉麒麟:フンッ、青龍に勝てないから、あいつの鱗の力を借りようとしているのか?笑えるな!
虎蛟:ゴオオオーー!
玉麒麟:!
玉麒麟の言葉で虎蛟は激高し、瞬く間に空が曇り、虎蛟は獰猛な原型を現し、真っすぐ彼女に襲い掛かった。
松鶴延年:危ない!
玉麒麟:……松鶴、下がれ。
松鶴延年:なっ……
玉麒麟:私に何かあったら、絶境は君に頼むしかない。
松鶴延年:ふざけないでください!私たち二人とも、無事でいなければなりません!
君山銀針:この獣の力は想像以上に強い、なら……某が囮になり、二人で挟み撃ちにしてください……
玉麒麟:ダメだ。
君山銀針:?
玉麒麟:目的のために手段を問わないのは私のやり方ではない。当時、青龍がどうそいつを制圧のか知らないがわ私もそれに劣る訳にはいかない!
言い終えると、玉麒麟は飛び上がり、虎蛟へと向かった。虎蛟は顎を上げ、傲慢そうに息を吐いた。
虎蛟:ガキ、龍鱗を出せ、そうすれば命を助けてやる!
玉麒麟:龍鱗によって封印される感覚を味わいたいのなら、味わわせてやる!
風を切る音がした。玉麒麟が指先で弾いた黒い碁石は空中で獣の姿になり虎蛟に襲い掛かるが、虎蛟が長い尾を揺らすだけで、瑞獣の勢いはかき消された。
虎蛟:遅い、遅すぎる……オマエの反撃は虫ケラ以下だ。
玉麒麟:……チッ、まだだ!
玉麒麟と虎蛟と戦いは、見ている側がハラハラするものだった。
八宝飯:薬草で霊力を補ったが、こんな消耗は想定外だ!
マオシュエワン:だが、あんなに激しく戦っていたら、手伝いたくても、邪魔になっちまうかもな……
金糸蜜棗:チッ……もうっ!
クラゲの和え物:金駿眉!このまま見ているだけで良いの、麒麟姉さんを助けなくても良いの?!
金駿眉:うん……そうだね、この茶番はもう見飽きたよ……
金駿眉:黒麒麟、食事だ、遠慮するな。
黒麒麟:ゴオオオーー!
虎蛟:!!!
怪奇封印
咆哮の後、黒い靄が金駿眉の背後で実体化し、黒麒麟が中から飛び出し真っすぐ虎蛟へと向かった。
玉麒麟:……!!
金駿眉:黒麒麟、何を待っている?
黒麒麟:ゴオオオーー!
黒麒麟の勢いは強い、だが絶境に上陸した時より弱くなっているようだった。
それでも、虎蛟には勝るようで、少しずつ優勢になっていった。
金駿眉:黒麒麟、もういいだろう?
虎蛟:ガキ、騙しやがったな……!
黒麒麟:ゴオオオーー!
玉麒麟:待て!
玉麒麟の声は届かず、一行が驚愕した表情で見ている中、先程まで暴れていた虎蛟は黒麒麟によって呑み込まれた。
金駿眉:おや、そんなに急いで食べたら、お腹を壊すよ。
黒麒麟:……フンッ、うるさい。
言葉がわかるようには見えない凶獣が突然言葉を発し、更に金駿眉を睨んだ後、鼻で笑いながら黒い靄と化して消えて行った。
君山銀針:どういう事だ、虎蛟はどこに消えた?
松鶴延年:消えた訳ではないみたいです……あの黒麒麟のお腹の中に封印されたようですよ。
玉麒麟:貴方は一体……
金駿眉:一体何者だ?麒麟島主はまたわたしにその質問を聞こうとしているのかな?
金駿眉は飄々と笑っている。玉麒麟は静かに彼を見定めた後、顰めていた眉間を緩め、先程よりは少し柔らかい口調で言葉を続けた。
玉麒麟:あれがどうやって絶境に入ったか問いただそうとしたが……封印されたのなら、もう聞く必要もない。
玉麒麟:……目的は知らないが、助けてくれた事に免じて、深追いはしないでおく。
金駿眉:そう?
玉麒麟の言葉を聞いて、金駿眉は意外そうな表情を浮かべた。しかしすぐに、悪趣味な笑顔を顔に貼り付けた。
金駿眉:じゃあ、虎蛟を絶境に入れたのはわたしだと言ったら?
松鶴延年:?!
驚くべき真実
金駿眉:じゃあ、虎蛟を絶境に入れたのはわたしだと言ったら?
玉麒麟:……何故今それを?
金駿眉:うん……今のあなたの霊力で何も出来なさそうだから?
松鶴延年:この……!
玉麒麟:……あなたはどうやって虎蛟を入れた?
金駿眉:龍脊山で、こっそり虎蛟を見つけ、龍鱗を探しに絶境に連れて行ってあげるって言ったら、自ら黒麒麟とお腹に入ってくれたよ。
金駿眉:さっきも、虎蛟がわたしの仲間だと思ったから、油断して簡単に食べられたのさ。
松鶴延年:……そんな手の込んだ事をして、一体何が目的だ?!
金駿眉:お二人は、青龍の手紙が偽造した物だとわかっていながら、わたしについて来たのは、何故だ?
松鶴延年:……!!
金駿眉:わたしはガキ共と爆竹遊びをしに行っただけなのに、どうして霊鶴に尾行させた?
松鶴延年:……貴方の正体がわからないから、念のためです。
金駿眉:わたしの正体を知ったら?殺すのか?
松鶴延年:絶境に仇なす者は、逃したりはしません、しかし……
玉麒麟:何も聞かずに殺したりはしない、私たちを何だと思っているんだ?野盗か?
金駿眉:ふっ……野盗ね、合っているかもね……
玉麒麟:?
金駿眉:島主は、どうしてわたしに黒麒麟があると思う?
玉麒麟:……どうしてだ?
金駿眉:「黒」は邪念によって生まれたものだ、簡単だろ。だけど……どうして麒麟なのか?
玉麒麟:私に関係があるのか?
金駿眉:わたしの目的は覚えているか?
金駿眉:わたしは知りたいんだ、何百何千回輪廻を繰り返した中で、わたしがどうやって死んだのかを。
玉麒麟:まさか……前世で君を殺したのは、私か?
金駿眉:その通りだ。
金駿眉:島主は所謂天下蒼生のために、毎回わたしを悪夢のような混沌に陥れるのだ……
顔を上げた瞬間、いつも笑みを浮かべている青年は邪気に満ちていた。
金駿眉:だから、目が覚めるといつも、すぐに……あなたを殺したくなる。
雪が春に溶ける
金駿眉:だから、目が覚めるといつも、すぐに……あなたを殺したくなる。
松鶴延年:……島主に手を出すつもりなら、まずは私を倒してください。
玉麒麟:松鶴、大丈夫だ。
玉麒麟:そんなに私を恨んでいるなら、すぐにでも手を出したらどうだ?
金駿眉:邪念に操られたくないからね……だってそんな事したら、わたしが殺されたのは当然の報いになるだろう?
玉麒麟:だから君は、私かま死ぬべきかどうかを確認しに来たのか。
金駿眉:そうだ。だから島に上陸したらすぐに黒麒麟を放った、あなたがすぐに俺を殺すかどうかを見るためにね……まさか、あなたに往生の記憶がないとは。
金駿眉:それから、わざと心ないフリをして、子どもの命を捨てさせた……陣に入る前に、瘴気の危険性を教えなかったのもね……
金駿眉:どうせ、あの時あなたが本当に陣の中で死んだとしても、わたしの目的は達成した事になるし。
松鶴延年:貴方は!
金駿眉:何?わたしのような大悪人は、死ぬべきって言いたいのか?
クラゲの和え物:ダメ……ダメだ!
金駿眉:?
悲鳴を上げた小さな女の子が、三人の間に割って入って来た。もちもちとした体はぷるぷると震えながら、それでもしっかりと金駿眉の前に立った。
クラゲの和え物:金駿眉……金駿眉はたまにひとをからかったりする悪い奴だけど、でも、でもさっき彼が自分で言ったみたいな、あんな悪い奴じゃない!
クラゲの和え物:あたしを助けてくれて、引き取ってくれて、字も教えてくれた……本は読むの大変だし、字を書くのも疲れるけど……だけど……
クラゲの和え物:あたし以外にも、食霊や子どもをたくさん引き取ってくれているの!彼は良い奴だよ!だら、だから……
クラゲの和え物:ダメ!殺さないで!
金駿眉:!
玉麒麟:ふっ、ガキに好かれているようだな。
金駿眉:……
玉麒麟:小僧、私には前世の記憶がない、つまり前世の野盗は私とは関係がない。だから信じようが信じまいが、私は君を殺さない。少なくとも、今のところは。
金駿眉:おや?
玉麒麟:少しでも絶境に仇なすつもりなら、混沌どころか、あの地府にでも、私は貴様を引きずり下ろしてやる。でも、その前に……
玉麒麟:君が虎蛟を制御してくれた、つまり絶境に恩があるという事だ、とりあえず……
玉麒麟:絶境からの礼を受け取れ。
金駿眉:?
松鶴延年:……もう遅いですし、早く準備しないとですね……行きましょう、これ以上遅くなったら年が越す前に食事にありつけなくなりますよ。
八宝飯:そっ、そうだそうだ!地府に行きたいなら、まず年を越してからにしろ、オイラがちゃんと案内してやるから!
マオシュエワン:まず、新年を迎える事の方が大事だ!
絶境の主たちの言葉に、呆然としていた周囲の者たちも、一瞬にして取り囲んできた。玉麒麟を引っ張ったり、金駿眉を押したりし、もみくちゃにして、断る隙を与えなかった。
金駿眉は眉をひそめて、松鶴延年に笑いかけている玉麒麟の姿を見ながら、何年か前に青龍
交わした会話を思い出した。
青龍神君:何のために死んだのか知りたい?
金駿眉:ただ、自分の死因が明らかになれば、この混沌とした怨念は、少しでも減るのでないかと……
足元に付している黒麒麟に手を伸ばすと、凶獣は頭を上げて横暴に避けた。金駿眉は行き場がなくなった手を見て、淡々と笑う。
金駿眉:ほら、いつか制御しきれなくなる。
青龍神君:それなら、自分の目で見てくると良い。
金駿眉:それは……
青龍神君:貴様の記憶の中に、一つ答えがあるはずだ。ただ、その答えが真実かどうかは定かではない。
青龍神君:本座の言葉を貴様は信じたりはしないだろう、ならいっそ自分の目で確かめると良い。
青龍神君:判断も選択も、全て自分でやれば、きっともう怨念などは湧き出ないだろう。
金駿眉:ふっ、こんな結果になる事をわかっていたのだろうか……
金駿眉:流石長生きの神龍だ……本当にずるい……
鼻声によって金駿眉の思考は遮られた。俯くと、目が真っ赤になっているクラゲの和え物が彼を見つめていた。それを見て、彼は諦めたようにため息をついた。
金駿眉:早く鼻水を拭け、後で凍っても取ってあげないよ。
クラゲの和え物:えっ……金駿眉また騙したわね!鼻水なんて垂らしてないよ?!
青年が見覚えのある笑みを浮かべているのを見て、女の子も安心して笑った。ぴょんぴょんと跳ねながら、行列の後を追い掛けて厨房へと駆けて行った。
皆が気持ちを整えて、佳節を楽しもうとしていると、西の空から、微かに龍の声が聞こえてきた……
新年を迎える
西の空から、突然龍の声が聞こえてきた……
玉麒麟:!
辣子鶏:マオシュエワン!八宝飯!俺様は龍脊山を全部ひっくり返して探したのに!ここにいたなんてな!
マオシュエワン:なっ、よく言うよ!城主の仕事を全て俺らに押しつけて、自分は遊びに行った癖に!手に持ってるのはなんだ?!
冰粉:マオシュエワン、今回は城主を誤解していますよ。貴方たちが外で走り回って、お腹が空いていると思い……
辣子:ハハハハッ!見せつけてやる!どうだ、旨そうだろ!
八宝飯:チキン野郎が!!!
八宝飯とマオシュエワンは顔を上げて赤い服の少年と騒いでいたが、玉麒麟は宙に浮かぶ巨大な機関鳥をぼんやりと眺めて、しばらく自嘲するような笑いを浮かべていた。
玉麒麟:ふっ、私もおかしくなったみだいだ、彼な訳がないか……
玉麒麟:いい加減にしないと、本当に食べ物にありつけなくなる。
玉麒麟:おい、小僧たち!君たちの友だちも手伝いに呼べ、そうじゃなければあの鳥に乗って他に行ってくれ。風を起こして邪魔くさい。
八宝飯:おっ、おう!チキン野郎聞こえたか!早く手伝いに来いっ!
一時間後ーー
導火線が点火され、短い音の後、キラキラとした線を引きながら花火は宙に上がり、真っ暗な空の上に華やかに花を咲かせた。
クラゲの和え物:あははは!面白い!エンドウ豆、早く!もう一つ頂戴!
エンドウ豆羊かん:待って、ヤケドしないよう気をつけるんじゃな!
凍頂烏龍茶:城主、また杯が空になっているな。
辣子鶏:フンッ、注げ!
ロイヤルゼリー:……酔って暴れたら、ただじゃおかねぇ。
凍頂烏龍茶:余がこれだけの酒で潰れると思っているのかるそれとも……余の心配をしてくれているのか?
ロイヤルゼリー:……どけ!
君山銀針:はぁ……あの二人は毎日喧嘩しているな、どうしてそんなに仲が悪いんだ……
金糸蜜棗:ケホッゴホッ……
君山銀針:ゆっくり食べろ、誰も取ったりしないぞ、急ぐな。
金糸蜜棗:はぁ……急いだわけじゃないよらビックリしただけ……あの二人は仲が悪いから毎日喧嘩していると思っているの……?
君山銀針:えっ?
玉麒麟:ふっ……絶境がこんなに賑やかなのは、本当に久しぶりだな……
松鶴延年:そうですね……しかし、金駿眉をあのままにして……本当に良いのですか?
玉麒麟:放っておいた訳でない……ここを離れさせ、いつ嫌がらせにくるかわからなくするより……いっその事、絶境にいさせて対応した方が良いだろう。
玉麒麟:私は変わらない……蒼生万物、それぞれに命がある、輪廻やら過去やらにかまけている余裕はない……絶境の危機さえ乗り越えれば、もう十分だ。
松鶴延年:ええ……そうですね。
玉麒麟:しかし……今は、放っておかない方がいいだろい。
松鶴延年:あれ?
金駿眉:お年玉には限りがあるよ、早い者勝ち〜
クラゲの和え物:うわぁ!あたしのだよ!
八宝飯:フンッ、お年玉争奪戦で負けるわけにはいかないよ!
エンドウ豆羊かん:わっ!ズルじゃ!椅子に乗るのはズルじゃ!
金駿眉:うん?そんな決まりは別にないよ〜
エンドウ豆羊かん:なっ……じゃあ……あはははは、お年玉は妾のじゃ!
松鶴延年:貴方たち……梁に乗ってはいけません!あああーー!先程貼ったばかりの春聯が!!!早く全員降りなさい!!!
マオシュエワン:うわあ!気を付けろよ!酒をこぼすなーー!
ひっくり返る程でないが、ほんの僅かな時間で、小さな食卓がある東屋は荒れてしまった。松鶴延年は暴れていた数人に向かって黒い顔で説教をしていたが、それも無駄だった。
時は静かに新しい年へと向かっていた。そうした雰囲気の中、怨讐も、愛憎のもつれも、まるで何もなかったかのように、紅梅と白雪に染まり新しい年となった。
何人かの食霊は相変わらず正月の爆竹のように騒々しく、玉麒麟は頭を抱えたが、笑みも止まらない。
玉麒麟:やれやれ……この賑やかさがあの世にいる貴方をあたためてくれるのなら……それはそれでいいな。
誰もいない別の場所ー
鏡花池はいつもより静かだが、青い影が落ちて、袂をなびかせ、銀月のような表情を浮かべ、目には淡い涼しさ(帯びていた。
彼が軽く袖を振ると、絶境を覆う霧は幾分濃くなったり、そして一つの杯が手の平に現れ、玉色のお酒が彼の荒涼とした優しさを映し出した。
傍らの紅梅は彼の訪れを察知したのか、風に揺られた繊細で強靭な花枝が、喜んで彼が撒くお酒を呑んだ。
そして、彼はようやく笑った。
青龍神君:仙宿、あけまして……おめでとう。
「春帰浮雲聚」
完
浮雲集散
風雨欲来・壱
蠟月廿六
錦安城
金糸蜜棗:師匠ーー何をしているんですか?早く来て!
冰糖燕窩……年越し用の食材を買いに来たいのですよね?何故この装飾品ばかりの出店に……
金糸蜜棗:だって、師匠は一日中夢回谷に籠っているし、せっかく出て来たんだから、少し見物していこうよ。
冰糖燕窩:でも……
金糸蜜棗:師匠見て!なんて精巧な簪だろう!うん……だけど、師匠の絶世容姿には釣り合わないね……
金糸蜜棗:あれ、この眉墨を師匠の眉の上に描いたらきっと綺麗だよ!師匠ちょっと試してみて!
冰糖燕窩:……
冰糖燕窩は元から人間の物に対して興味はない、多少不本意でも金糸蜜棗のお願いだから一応聞いてあげている。彼女は少し身を伏せて、相手に自分の眉墨を描いてもらった。
金糸蜜棗:綺麗!本当に綺麗!今までに見た事ないぐらいの美人だ!
金糸蜜棗:うぅ……師匠に眉を描いてあげたなんて……なんか急に照れてきちゃった……えへへ。
冰糖燕窩:照れ……?
金糸蜜棗:えっ……なんでもない!あっ、あの簪も良さそう、師匠見て……
金糸蜜棗が簪を持って冰糖燕窩に見せようとした時、人混みの中で彼女の脳裏に深く刻まれている金色の光が見えた。
金糸蜜棗:(金糸胡蝶簪……?橙……橙花姉さん……?!)
金糸蜜棗:(いや……きっとあたしと見間違いだよ……彼女がここにいる訳が……)
冰糖燕窩:蜜棗、どうしました?
金糸蜜棗:いや、ちょっと考え事をしていただけ。
冰糖燕窩:蜜棗……
金糸蜜棗:心配しないで、本当に大丈夫!
冰糖燕窩:いえ……夢回谷の瘴気が……急に変わったような感覚がしました……
金糸蜜棗:えっ?
冰糖燕窩:突然攻撃的になったような……
金糸蜜棗:それって……敵襲?!師匠、急いで帰りましょう!
冰糖燕窩:うん!
風雨欲来・弐
蠟月廿六
鬼谷書院
クラゲの和え物:金駿眉!金駿眉!対岸の夢回谷が瘴気で爆発したそうだよ!
パチッーー
クラゲの和え物:あっ、また頭を叩いたね!身長伸びなくなったらどうするの!
金駿眉:まさか、まだ身長が伸びるとでも?
クラゲの和え物:チッ、信じないならもういい!
クラゲの和え物:真面目な話をしているの!夢回谷はここから近いし、瘴気は広がったらもしかして鬼谷まで爆発しちゃうのかな!
金駿眉:自分で自分を怖がらせるな、瘴気にそんな力はない、幻覚を見せるぐらいしか出来ないよ……
金駿眉:待って、夢回谷?瘴気?覚えている……確か、夢回谷近くの龍脊山で、青龍がある魔を封印したはずだ、まさか……
クラゲの和え物:金駿眉、そんな笑い方しないでくれない、怖いよ……
金駿眉:ふふっ……クラゲ、遊びに連れて行ってあげる、行かない?
クラゲの和え物:えっ?
金駿眉:行きたくないの?じゃあ、いいよ。
クラゲの和え物:行く!行く!行くに決まってるじゃん!すぐ行こう!
クラゲが興奮して跳びはねるのを見て、金駿眉は笑いながら、眠っている黒麒麟を撫でた。
金駿眉:黒麒麟、すぐに、あなたの元凶に会えるよ。
金駿眉:わたしに付き纏っている千百年の怨念も……もう終わりだ。
前塵故夢・壱
漆黒……寒冷……果てしない虚空。
すなわち、混沌。
ずっとその中にいて、一度も光や温もりを見た事がなければ、それまでだ。
何度もここから立ち去り、そして何度もここに堕ちた。
目、わたしはいつもあの目を覚えている。
冷たく、どこまでも冷たいあれを。
死んでも死にきれない。
それは混沌と繋がり、わたしを閉じ込める網を紡いだ。
悪念という名の網を。
あれを殺して……あれを殺して……あれを殺して……
ふふっ……
もしあれが死ぬべきなら、自ら手を出すだろう。
でもその前に……わたしはいつ、傀儡になってしまったんだ?
だから。
黙れ。
さもなければ、殺す……
麒麟。
風雨欲来・参
蠟月廿六
地府
パンパンッーー
リュウセイベーコン:……八宝飯、また何をいじくっているんだ?
八宝飯:リュウセイ?ちょうど良かった!これはオイラが発掘したばかりの提灯だ!早く試してみて!
リュウセイベーコン:提灯?自分のがある、自分で持っていろ。
八宝飯:違うって!噂によるとこの提灯は心の声で音に出来るそうだ、もし本当なら鳳爪の声が聞けるかも!
リュウセイベーコン:ここ数日こそこそしいたのは、これのためだったのか……まさか、そこまでするとはな。
八宝飯:鳳爪は友だちだ、友だちの役に立ちたいのなんて、当たり前だろ!
八宝飯:それに鳳爪は、地府の判官としてあれだけの事をやっているのに、声を発する事が出来ないまま、猫耳ちゃんにいつも伝言を頼むしかないなんて……可哀想じゃないか……
リュウセイベーコン:その通りだな。じゃあ、アタシは何をすればいい?
八宝飯:心の声を読むには、まず灯心を人の気で温めなければならないと古典に書いてあった。だも、口が狭くて、顔を入れられない……
リュウセイベーコン:頭が大きすぎるのか?
八宝飯:違うって!……
リュウセイベーコン:わかったわかった、その灯心に向かって息を吹き込めばいいんだろう?簡単だ。
リュウセイベーコン:フゥーー
普通の古物だと、息を吹きかけてもせいぜい埃が巻き上がるだけだが、この古灯は、どこかに問題があったのか、黒い油をたくさん飛ばして、リュウセイベーコンの顔についた。
リュウセイベーコン:うっ……ゴホッ……
八宝飯:リュウセイ、その顔……ぷっ……ふっ……ぷははははは……
リュウセイベーコン:……
八宝飯:えーと……手ぬぐい、を持ってくるから……
リュウセイベーコン:……八宝飯、この古灯はどこの古墳から漁って来たんだ?
八宝飯:いや、古墳じゃなくて……市場から……
リュウセイベーコン:まさか……露店の物を持って来たのか……貸せ……
八宝飯:わっ!リュウセイ、落ち着いて!安くてもお金を払って買った物なんだから、捨てないで!
八宝飯:猫耳ちゃん逃げろ!
猫耳麺:えっ?
ドーンッーー!
リュウセイベーコン:今度またこんな目に遭わせたら!集めたお宝全部棺桶に入れてやる!
風雨欲来・肆
蠟月廿六
地府
コンコンッーー
八宝飯:地蔵、オイラに何か用か?
高麗人参:ええ……龍脊山の麓にある伏魔陣に、近頃、少し異変が起きたようです。
八宝飯:伏魔陣?山河陣に影響するのか?
高麗人参:わかりません、なので調査しに行って頂きたい。
八宝飯:うん、わかった、すぐに出発する。
高麗人参:待ちなさい……
八宝飯:うん?後何かあるの?
高麗人参:法陣に関する事は、機関城の城主にもお声掛けした方が良いでしょう。
八宝飯:機関城?もうすぐ年越しだ、あのチキン野郎はどうせ遊んでばっかで、わざわざついてくるはずがないよ……
高麗人参:……
八宝飯:えーと……なんでもない!今から探してくる!
高麗人参:わかりました。
高麗人参:年の瀬が近づいている、気を付けなさい。
八宝飯:人参様、安心してください!きっと順調に調査して、健康に戻って来ますって!
猫耳麺:ええ……どうか無事に……
猫耳麺:……
高麗人参:諦聴、何か考え事ですか。
猫耳麺:あっ……はい……確か、伏魔陣は青龍聖君が作ったものです……地蔵さまは聖君に……あの……
高麗人参:あれは彼の選択であって、聖君には関係のない事です。ましてや……
高麗人参:彼はこの地を守ろうとした……この天下を……吾が……
高麗人参:放置する訳にはいきません……
風雨欲来・伍
蠟月廿六
夢回谷
凍頂烏龍茶:これは玉京の名家が書いた春聯だ……
ロイヤルゼリー:取れ。
凍頂烏龍茶:あれは名匠が作った提灯……
ロイヤルゼリー:捨てろ。
凍頂烏龍茶:王宮御用達の菓子……
ロイヤルゼリー:……持って行け。
凍頂烏龍茶:全部いらないのか?年越しの雰囲気が全くないじゃないか?
ロイヤルゼリー:……雰囲気が欲しかったら自分の部屋に置け、どうして俺の所に置こうとする。
凍頂烏龍茶:自分の部屋にはあまりいないからな。
ロイヤルゼリー:……てめぇはどうして毎日俺の所に来るんだ?
凍頂烏龍茶:本当に、わからないのか?
凍頂烏龍茶は突然声を落とし、ロイヤルゼリーに近づいた。顔を上げると、その単眼鏡の奥の金色の目は柔らかく輝いていた。それを見たロイヤルゼリーは顔色を青と赤と交互に染めていきら拳をゆっくりと上げる。
ロイヤルゼリー:……喧嘩を売っているようにしか見え……
ドーンッーー!
上げた拳を振り上げる前に、突然大きな地鳴りが響き、遠くから大きな音も聞こえて来て、屋内にいた二人は驚いた。
凍頂烏龍茶:……龍脊山の方みたいだな……
ロイヤルゼリー:行って来る。
凍頂烏龍茶:一緒に行く。
星軌交錯・弐
蠟月廿六
機関城
金華ハム:地府の手伝いに行かせただろ?
辣子鶏:道理で今日は静かだ……
金華ハム:誤魔化すな、早く俺と勝負しろ!
辣子鶏:まぁ、暇だし、そこまでいうなら、俺は……
冰粉:コホンッ……
金華ハム:……
辣子鶏:……
冰粉:金華、品物は全て確認しましたか?
金華ハム:……まだ。
冰粉:でしょうね……城主、新年の祝辞は書けましたか?
辣子鶏:ヒュ〜!ヒュ〜!
冰粉:書いていないのなら、はっきりそう言ってください。口笛はやめてください、城主の品格に合いません。
辣子鶏:あー、良い頃合いだな、そろそろマオシュエワンを迎えに行く時間だろ?そうじゃないとまた文句言って来るだろうし。
冰粉:待ってください。
辣子鶏:な、なんだ?
冰粉:城主と共に行きます、また何日も行方不明になって、重傷の食霊を連れて帰って来たら困るので。
辣子鶏:……
冰粉:金華も一緒に。
金華ハム:俺も?なんでだ!
冰粉:もちろん喧嘩しに行かせないためです、これ以上機関城の修繕費を増やさないでください。
金華ハム:……
冰粉:さぁ、行きますよ。
冰粉は相変わらず優しそうな顔をしているが、そのにこやかな笑みを見て肩を落とした青年たちは、思わず心の中で揃ってこう呟いた。
怖い、と。
前塵故夢・弐
数十年前
絶境
海上の孤島はまた寒冬を迎えた、世俗の煩わしさがないそこは、依然として静かであった。
青松の傍、東屋の中、青と藍、二つの影が石机のを挟んで座っていた。
一人は綺麗な身なりをしていて、頭に二本の角が生えていた。まるで神様のように、淡々とした静かな表情を浮かべている。
もう一人は、長い髪を束ね、眉目秀麗。無欲のようで、傲然としている。
二人で杯を取り合い、冷酒を飲み干し、それぞれにため息がこぼれた。
青衣の男:……
藍衣の男:……
青衣の男:何故、ため息を?
藍衣の男:……神君こそ何故?
青衣の男:答えを知っているのに、もったいぶる者がいるから。
藍衣の男あの日の問題ですか?
青衣の男:そうだ。世人を救うために、貴様の命が犠牲になるとしたら、先生は犠牲にしますか?
藍衣の男:例え嫌でも、凡人の吾は、大抵世人というものには敵わない。
青衣の男:ならもし誰か助けてくれる者がいたら、助けを求めるか?
青衣の男は一瞬動きを止め、相手の真剣な顔つきを見上げたが、やがて目を伏せた。
藍衣の男:なら吾ではなく、助けてくれる者に、助けてくれるかどうかを尋ねると良い。
青衣の男:頭の良い先生が、質問に答えるとは、言葉を失った。
藍衣の男:……
藍衣の男:吾はただ、吾のために世間と敵対してくれる者を困らせたくないだけです。
青衣の男:もしその者が貴様を助けてくれるとしたら?逃げるか?
藍衣の男:いえ……
鈍い雷が遠くで響いて、濃い雲が転がり、青衣の男の顔を曇らせた。
青衣の男:……何故。
藍衣の男:その者が悩んでいないのなら、聞く必要もないでしょう。
青衣の男:……
藍衣の男:吾を犠牲にしないために自分を犠牲にするのは……必要のない事だ。
藍衣の男:人生はそもそも短いものだ、意味のある死ならば、幸い失っても、それに……
藍衣の男:既に高山流水に出会い、愉快な人生を享受しているのなら、これ以上長生きを求める必要があるのか?
青衣の男:ふっ……はははは高山流水、愉快な人生!流石は「仙」の字を持つ先生だ!しかし……
青衣の男:貴様がそう思っていても、世人がそう思っていても……本座は依然として貴様を救おうとしているとしたら?
藍衣の男:……
青衣の男:これ以上悩むな、ついでに聞いただけだ。もうすぐ雨が降る、戻るが良い。
藍衣の男:……はい。
濃い霧が広がる、二つの影はゆっくりと曇り空の下を歩いた。もう後戻りが出来ないかのように、遠ざかって行く。
それから数年後、青衣の男は別の者に同じ質問をした、そして同じ回答を得た。
ただ、あの時の選択は、もっと断固としていて、もっと凄惨なものだった……
風雨欲来・陸
蠟月廿六
錦安城
商人甲:うちの春聯を見てくださいよ、上等な紙に全て職人が一から手書きしているんだ、絶対満足させます!
商人乙:水あめ、ちまきあめ、梨あめ、更には西から来たりんごあめも取り揃えてありますよ!
エンドウ豆羊かん:賑やかじゃのぉ、買い出しが終わったら、もう少し遊ぶのはどうじゃ?
エンドウ豆羊かん:あの方向音痴、また迷子になりおって……如意巻きーー!
金思:エンドウ豆羊かん!
エンドウ豆羊かん:金思姉さん?谷に残って料理の支度をしていたじゃろう、どうして……
エンドウ豆羊かん:ああ、わかった、其方も夢回谷に長くいたから、遊びたいのじゃろう!早く言ってくれれば良かったじゃろう!
金思:いや……大変です!
エンドウ豆羊かん:え?如意巻きが?大丈夫、迷子になったのは一度や二度じゃないし……
金思:夢回谷が大変なんです!
エンドウ豆羊かん:えっ?!ど、どういう事じゃ!
金思:近くの龍脊山の法陣が破れて、瘴気が全て攻撃的になっています。君山嬢は既に状況を探りに行っております、谷主が貴方たち全員を呼び戻すようにと。
エンドウ豆羊かん:それは……わかった!如意巻きを見つけたらすぐに戻る!
エンドウ豆羊かん:店主!一先ず預けておく、なくすでない、そうでないと……其方の店を潰すからのぉ!
星軌交錯・壱
金駿眉:松鶴さん、麒麟島守とはどのようにして知り合ったんだ?
松鶴延年:……そんな事を聞いてどうするつもりですか?
金駿眉:ただ、少し気になって……お二人とも穏やかな方だから、長く一緒にいると、つまらなくならないか?
金駿眉:それに……ある事柄に関して、あなたたちの味方は、どうも一致していないように見える。
松鶴延年:……それは貴方が彼女を知らないからです。
金駿眉:おや?
松鶴延年:彼女と一緒にいると腹が立つし、逆に……腹が立ちすぎて……
ダッダッダッーースーッ
玉麒麟:もうちょっと静かにしろ、自分の部屋だろうら扉が壊れても知らないぞ。
玉麒麟:聞こえているよ、そんなに大きな声を出さなくても、まだ耳が遠い訳ではない。
松鶴延年:私の望松楼に来て何をしているのですか?!私の扇子も使って!それは私の茶碗です!
玉麒麟:どうしたの?先生に認められたと思ったら、もうこの姉弟子の立場を奪おうとしているのか?なぁ、弟弟子よ?
松鶴延年:貴方は……勝手に私の物を動かされるのがイヤなだけです!
玉麒麟:おや?君の描いた美人の顔に、色を付けた事を言っているのか?
松鶴延年:変な事をいわないでください!あれは洛神図です、美人ではなく……色を付けた所ではない、破壊ですよ!
玉麒麟:いやぁ、美人の顔にヒゲを二本描いただけじゃないか、ケチだな。そんなに美人がいいなら、明日生きた美人(贈ってあげようか?
松鶴延年:……昔の彼女は、今とは大違いです……
金駿眉:へぇ、麒麟島守にこんな過去があったとは……
松鶴延年:……おかしい、何故貴方にこんな事を……
金駿眉:もしかしたら、あなたとわたしは意気投合しているのかもしれないよ?
松鶴延年:……そんな恐れ多い。
金駿眉:ふふっ……かつての島守の事を、少し理解出来た気がする……松鶴さんをからかうのは、確かに面白い。
前塵故夢・伍
真っ赤な花が敷き詰められた石畳、血肉で積み上げられた高台の脇には、赤い人影が立っていた。
金駿眉:…………
人影は彼の方に向かって歩いた、二人が近づいた時、人影は突然手を伸ばして、そっと金駿眉を後ろへ押しやった。
???:……この世界を救うためには、誰かが犠牲を払わなければならない……
金駿眉は自分の身体を制御出来ず後ずさりしていたが、気を失う直前に突然手を出して、目の前の悪夢を掴んだ。
金駿眉:わたしは何のために死んだのか?大義とは一体?
相手は一瞬驚いたような顔をして、助けを求めた金駿眉の手を逆手に握ろうとしたが、その手には不快な感触だけが残った。
ミーン……ミーン……
クラゲの和え物:金駿眉、今日はあたしを絶境って言う所に連れて行くって約束してくれたのに、どうしてまだ寝ているの?起きて起きて!
金駿眉:…………
クラゲの和え物:あれ……金駿眉、どうしたの?顔色が悪いよ……
金駿眉:ふふっ……真夜中に罠を仕掛けていたガキを監視していたから……よく眠れなかったのかな?
クラゲの和え物:あ?なっ、どうして……あたし……あたし……
金駿眉:ふふっ、嘘だよ。でも……どうやら、誰かが本当に夜中に罠を仕掛けに行ったらしいね?ハゲないように気を付けてね。
クラゲの和え物:ハゲたりしないよ!
金駿眉:あれ、あなたの肩にある青いものは何?髪?
クラゲの和え物:あ?わあーっ!ハゲにはなりたくないよ!!!
クラゲの和え物:うん?金駿眉!!!また騙したの!!!待って!!!
騒ぎながら大小の二つの影が遠ざかっていく。
開け放たれた窓から涼しい風が吹きこみ、塞がっていた竹の扉を揺らした。まるで見えない手のように、辛い思い出への扉を一時的に閉じたみたいに。
前塵故夢・陸
松鶴延年:……餡が多いです。
玉麒麟:……
松鶴延年……餡が少ないです。
玉麒麟:…………
松鶴延年:……この辺うまく包めていないので、やり直しです。
玉麒麟:………………
松鶴延年:……餃子を作るのが難しいなら、無理しなくてもいいですよ、自分でやります。
玉麒麟:ダメだ。餃子を作るなんて簡単な事を私が覚えられないはずがない。
松鶴延年:では……団子を試してみますか?
松鶴延年:……では、もう一刻だけ教えてあげます、まだ覚えられなかったとしても……頑張ったと言えるでしょう。
三刻後ーー
松鶴延年:……
玉麒麟:……
机の上に積み上げられた粗末な半製品を眺めながら、松鶴延年はピクピクと動く額をさすりながら、立ち上がって外へ出た。
玉麒麟:どこに行く?
松鶴延年:先生の教えを果たす事が出来ないとは……仙宿先生に謝罪しに行って参ります。
玉麒麟:嘘をついた。
松鶴延年:?
玉麒麟:先生は、正月には餃子を食べるべきだと言っていたが、彼は餃子が大嫌いだった。
松鶴延年:……貴方は自分をいじめているのですか、それとも私を?
玉麒麟:私は碧螺春を苦しめるつもりで、彼が嫌いなにんにくと酢を入れて、彼のお香を乱してやろうと思ってな。
松鶴延年:……なら、直接お酢とにんにくを彼の部屋の前に置いておけばいいじゃないですか。
玉麒麟:そうだけど、君と一緒にいようと思ってな。
松鶴延年:?!なっ、何を……どういう……
玉麒麟:ふっ、信じたのか?
松鶴延年:……玉・麒・麟!!!
玉麒麟:そんなに怒るな。あけましておめでとう、堅物。
前塵故夢・柒
数十年前
絶境
パチッーー
青龍神君:ああ……良い碁だ。
玉麒麟:つべこべ言うな、次。
青龍神君:そんなに負けたいのか?
玉麒麟:威張るな、千年生きた老いぼれが負けて泣いても、慰めてやらないからな。
青龍神君:万年だ。
玉麒麟:万年生きた老いぼれが。
パチッーー
玉麒麟:……どうして先生は我慢できるのか……何日ならまだしも、毎日君と一緒にいたら、何百回殺意が湧く事か……
青龍神君:そんなに嫌な思いをしているのか?
玉麒麟:……君が来てから、先生とは全然顔を合わせていない……
青龍神君:ああ、ヤキモチを焼いていたのか。
パチッーー
玉麒麟:絶境に来た目的は一体なんだ?
青龍神君:正解を探しに。
玉麒麟:?
青龍神君:安心しろ、ここに長居はしない……多分、今後本座に会いたくても会えなくなるだろう。
玉麒麟:はぁ?誰が君なんかに……
パチッーー
青龍神君:勝った。
玉麒麟:……クソッ……もう一局だ!
星軌交錯・叁
龍脊山に向かう道中
海上
金駿眉:龍脊山に着くにはまだ時間が掛かる……ここに上着がある、海風が強いため体の弱い者は、まずそれを羽織って寒さを凌いでください。
松鶴延年:お連れの方が一番薄着に見えますから、彼女にお使いください。
クラゲの和え物:うん?いらない!ちっとも寒くないよ!
松鶴延年:……では、ご自分でお使いください。お気持ちだけ頂きます。
金駿眉:ああ……
松鶴延年:どうしたのですか?
金駿眉:絶境の周囲にある結界は、全て麒麟島守が張った物か?
玉麒麟:それがどうした?
金駿眉:……これだけの結界を張るには、きっと多くの霊力が必要になるだろう?
玉麒麟:なんだ、私と手合わせがしたいのか?
金駿眉:ふふっ、恐れ多い。ただ感心しているだけだよ。
玉麒麟:フンッ!上陸した途端私の結界を破いたのに、今さらお世辞を言うなんてな。
金駿眉:いえ、わたしは島守の不調にかこつけてやったまでです。
玉麒麟:……
松鶴延年:どこで聞いたんですか?島守が不調だなんて……
金駿眉:おや?それはわたしの誤解のようだね、申し訳ない。
松鶴延年:貴方は一体……
玉麒麟:松鶴、体力を温存して休め、後で疲れたも文句を言うなよ。
玉麒麟:そうだろう?
金駿眉:ええ、島守の言う通りです。
クラゲの和え物:うぅ……あれ……おかしいな……急に寒くなったような気がする……
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