油揚げ・エピソード
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油揚げのエピソード
八重歯がカワイイ、キツネの食霊。実は4匹いる。いつもサイコロを振って誰が人型になるか決め、負けた3匹は子狐の状態のままでいる。怠け者、天真爛漫、俺様、真面目と性格は全員異なっている。
Ⅰ.北
ぼくの名前は北(きー)、えっと……食霊だよ!
ぼくと3人のお兄ちゃんの、食霊としての名前は油揚げって言うの。
ぼくたちは普通の食霊とちょっと違う、生まれた時から4人で一緒にいるんだ!
ぼくたちの霊力はあんまり強くないから、毎回一人しか人型になれないの。
でも、キツネの姿でも大丈夫!4人でいればまったく寂しくないからね。
目を覚ますと、お兄ちゃんたちはいつもすぐそばにいてくれるんだ。
ぼくたちがいる場所は、「桜の島」って言うの。
この土地には、とても怖い怪物がたくさんいる。
ぼくたちの御侍さまと言われていたおばあちゃんの家族は、みんなあの怪物たちに殺されたんだって。
おばあちゃんはとても優しくて、いつもおいしい油揚げを作って食べさせてくれるし、無理にぼくたちに怪物と戦わせる事もなかった。
だけど、西(さい)兄ちゃんはいつもぼくと南(みなみ)くんに、食べ過ぎちゃダメって言うんだ。おばあちゃんは自分の食べ物もないのに、いつも我慢してぼくたちの分を買ってくれるから。
ぼくたちは食霊だから、食べなくてもいいけど、おばあちゃんは食べないと。
ぼくたちは、山の麓にある小屋におばあちゃんと一緒に住んでいた。
怖い怪物が出て来ても、南くんはいつもぼくたちを守ってくれたし、おばあちゃんのこともちゃんと守り続けていた。
だけどある日突然、おばあちゃんは突然目を閉じちゃった。
いつもみたいに、ぼくが一番最初に起きた。
おばあちゃんのために朝食を用意したり、薪を準備した。
だけど……
朝食を持って小屋に戻ると、南くんは目を真っ赤にして泣いていたんだ。
西兄ちゃんと東(あずま)兄ちゃんも、おばあちゃんの横で丸まってべそをかいていた。
いつもぼくが泣いたら、からかってくるのに……
ぼくは朝食を机の上に置いて、戸惑いながらみんなのそばに行った。
おばあちゃんは、昨日横になった時と変わらない、口角が上がったままだ。
だけど、ぼくたちがいくら呼びかけても、おばあちゃんは目を覚ましてくれなかった。
どうしてか、胸が苦しくなった。 何故苦しいかはわからないけど、おばあちゃんが二度と目を覚ますことはないって、これだけはわかった。
二度とぼくたちに向かって笑ってくれない。
おばあちゃんが作ってくれた油揚げはもう二度と食べられない。
涙が溢れて、目の前がぼやけていく。
次の瞬間、ぼくは我慢出来ずに声を上げて泣いた。
だけど今回、お兄ちゃんたちは泣き出したぼくをからかわなかった。
太陽がゆっくりと沈む中、ぼくたちはおばあちゃんのお墓を作った。
ぼくはおばあちゃんの好物の団子を作って、お墓の前に置いた。
西兄ちゃんはぼくに、これは「死」なんだって教えてくれた。
Ⅱ.南
4兄弟の中で一番腕っぷしがある!
ばあちゃんがまだそばにいた頃、恐ろしい怪物に遭遇すると、いつもオレ様がこの手で退治してたんだ。
あのブサイクたちはマジで強いんだ!
オレ様がいないと、あの3人は太刀打ちできない!
北はうちの末っ子だ、アイツは良い子だけど、とにかく臆病なんだ。
でも、アイツは料理が得意だ。オレ様たちが食べ過ぎると、ばあちゃんが食えなくなるから、何回かしか食べた事ないけどな。
そんな料理上手なアイツでも、ばあちゃんが作った油揚げの味は再現出来ない。
ばあちゃんが逝った後、3人は泣きまくってた。
フンッ、ダメなヤツらだな。
オレ様は鼻をかんで、責任もってばあちゃんのために完璧な墓を掘った。
金はないけど、海に行った時に拾い集めた貝殻を全部ばあちゃんのそばに置いた。
ばあちゃんは、貝殻を見るといつも嬉しそうにしてたから。
日が暮れた頃、オレたちはもう長いことばあちゃんの墓の横に座っていたことに気付いた。
「おいっ!オマエらいつまで泣いてんだ!これからどうすんだ!」
泣き過ぎて団子みたいに丸まっている兄弟たちに向かって、オレ様はすごい剣幕で怒鳴った。
ばあちゃんがいなくなっても、オレ様たちの生活は続く!どいつもこいつもメソメソと!
漢ならしっかりしろ!
「うぅ……南くん……おばあちゃんがいなくなっちゃった……どうしたらいいの……」
「……」
「……南の言う通りですね、おばあさんもきっと俺たちがこのまま悲しみ続けているのを望まないはずです」
オレ様はまたぼやけ始めた目を拭った。
クソ!なんだよこの天気は、暑くて汗が目に入ってきただろ!
ばあちゃんの小屋に戻る事にした。
だけど、いつもオレ様たちのために明かりが点っている小屋は、温もりがなく冷たかった。
オレ様たちは落ち込みながら、机の上にある小さな灯りにゆっくりと火をつけた。
灯りの笠には、ばあちゃんがオレ様たちの手形で作った切り絵が貼られてある。
一晩話し合った結果、オレ様たちは旅に出ることにした。
漢なら大きな志を持たないと、この小さな天地に縛られるもんか!
Ⅲ.東
僕は東。
僕には3人の兄弟がいる、一番うるさいのが南、一番お行儀がいいのが北、そしていつもニコニコしているのが長男の西だ。
長い息を吐いて、先の見えない道を見ながら肩を落とした。
……遠い……
正直なところ、旅に出ることに意義はなかった。
だけど自分で足を運ぶのは別だ。
いつも元気に全ての体力仕事を引き受けてくれる南が、まさか道端の果物を盗み食いして腹を壊すとは。
そこで、残りの3人は、争い事があるたびにやって来たように、サイコロを投げて誰がこの道を歩くのかを決めた。
何故なら、4人のうち誰が1人が人型になったら、他の3人はキツネに戻らなければならなくなるから。
「あっ、東兄ちゃん、ぼくが歩いてもいいよ」
「北、あの怠け者を甘やかし過ぎですよ、しんどい仕事はいつも貴方たちにやらせて来たのですから」
「でも……」
「それに、貴方に先導を任せて、迷子になってしまう方が心配です」
左右の肩に乗っている毛玉を見て、抱いている南のお腹をつついた。
あぁ……ふわふわ……枕みたい……
ちょっと眠くなってきた……
「東兄ちゃん、ぼくたち重い?」
「……大丈夫……ふわぁ……」
僕はあくびをしながら、毛玉3兄弟を連れて前を進み始める。
そして、月が昇り、まだ日が完全に沈んでない頃、ようやく町に辿り着いた。
茜色に染まった夕日は、いつもおばあちゃんが僕たちの帰りを待つため、つけてくれた灯りみたいだ。でもこんな優しい思い出とは違って、僕たちの目の前に広がる光景に温かさは微塵もない。
「……あの子ども、キツネを三匹も連れているぞ!」
「シッポまで生えてる!」
「もしかして、お偉いさんが言ってた……あの……」
「妖怪?が」
「それそれ、妖怪は人間を食うって聞いたぞ!」
「逃げろ!こっち見てるぞ!」
声を抑えてこっちを見ながら話している二人を見つめて、僕は顔をしかめた。
僕の手が武器にのびているのに気付いたのか、二人の顔は真っ白になった。
……そんなに怖いなら、どうして止めようとするの?
それって疲れないのかな……
「ん……?東兄ちゃん、中に入って休めそうなところを探さないの?」
僕の左肩に乗っている北は首をかしげた、僕はあいつの頭を軽く撫でながらこう返した。
「うん、やめた。野宿できるところを探そうか」
「うん!」
「西兄さん、いい?」
「うん、野宿しましょう。南は今体調が悪いですし、争い事は避けましょう」
「うん」
Ⅳ.西
俺たち兄弟4人は、おばあさんの小屋を出てから、いくつかの町を渡り歩いた。
何度も敵視され、追い払われているうちに、南と北が抱いていた世界への憧れは消えてしまった。
俺は足元に転がっている2つの毛玉を撫でながら、我関せずの様子で丸まっている東を見た。
チビ2人ほど落ち込んではいないが、東も追い出された時悲しかったのがわかる……
この世の全ての人間が、おばあさんのように優しく接してくれる訳じゃないと、俺は知っていた。
だけど、ここまで敵視されるとは思わなかった。
この世に来て人間を助ける食霊に、まさかこのように敵意を抱くとは。
追い払われるだけならまだしも、俺たちを処刑しようとする過激な人間にまで遭遇してしまった。
もちろん、途中で怪物に遭遇したりもした。
唯一幸いな事は、俺たちは人間みたいに弱くない、彼らよりも強い力を持っている事だ。
3人の弟を連れて、たくさん旅をしてきた。
だけど滑稽なのは、未だに居場所を見つけられていない。
いつも野宿ばかり。
俺たちは食霊で、人間のように弱くはないけれど。
痛みを感じるし、寒さにも耐えられない。
4人一緒にいて、互いを温められるからどうにか凌げている。
熟睡している弟たちを見て、彼らを自分の近くに寄せた。
少し冷えた風が吹く。木に寄りかかった俺のまぶたは、少し重くなってきた。
いや、寝ちゃダメだ。
眠っている間に、人間に見つかってしまったら……
水のうを開けて水を口に流し込むと、胃の中に満たされた冷たい水が眠気を吹き飛ばしてくれた。でも眠気はすぐに舞い戻って来た。
おばあさんからもらった手ぬぐいを、水でそっと濡らす。
これは、おばあさんが何日もかけて他人のために靴を縫ってまで買ってくれた、一番高価な贈り物だ。
いつもサラサラしている柔らかい北のシッポを、手ぬぐいで優しく拭いた。
簡単に拭いただけで、手ぬぐいは灰色に染まってしまう。
俺は、この決断が正しかったのかどうかを疑い始めた。
おばあさんの小屋に戻って、こんな人間の町に来ない方がよかったのだろうか?
目を伏せて帰途を考えていると、突然、夜風が桜の花びらを舞わせた。
暗い中夜桜が輝いているように見えて綺麗だったから、弟たちを起こして肩に乗せた。
何故か心臓の鼓動が激しくなってきた。舞い散る花びらと夜風の中、なんだか懐かしい気配を感じた。
同類の気配だ……
道中で仲間に会った事はあったけど、同じ食霊であるあいつらは、人目につかない深い山の中に隠れているか、もしくは俺たちと同じように自分の身を守るだけでも精一杯だった。
慌てて夜風が吹いてくる方に向かって走った。
ーーこれを逃すと、もしかしたら後悔するかもしれない。
そこで、風が止む前に急いで近くの町に駆けつけた。
かつて俺たちを追放した町だ。
俺は戸惑いながら一歩を踏み出し、初めて人の町に足を踏み入れた。
そして、風の吹く方へ急ぐ。
夜の町は昼間とは違い、街中はひどく静かで、虫や鳥の鳴き声すら聞こえない。
次の瞬間、頭皮がピリピリするような力が遠くないところから伝わって来て、額から汗の粒が滴り落ちた。北は俺の懐の中に潜り込み、南は俺の肩に立って歯をむき出しに警戒している。
そして気付けば、誰もいない道は不気味で妖艶な桜色に染まった。
しかし、なぜか足を動かせなかった。
俺はただ道の向こうをぼんやりと見つめていた。
カツ、カツ。
道の向こう、下駄が地面を蹴る音だけが夜の静けさの中響き渡っていた。
Ⅴ.油揚げ
真っ赤な鳥居の後ろから、静かな神社には相応しくない怒鳴り声が聞こえてくる。
次の瞬間、油揚げをくわえた橙色の子狐が、神社から飛び出してきた。
丸い体は意外と動きが素早く、簡単に鳥居の上まで登った。そして、ドヤ顔で神社から追ってきた少年に向かって笑う。
くわえていた油揚げを天高く放り投げてから、パクッとそれを口の中に収めた。
噛みしめて、ゆっくりと飲み込む。美味を満喫したのか、鳥居の下で叫んでいる少年に向かって尻尾を振り続けた。
挑発だ。
「九尾、なんだかにぎやかだね、キツネ増えていないか?」
純米大吟醸は机の上に置いてある盃を指すと、そばにいる鯖の一夜干しは不本意ながらも、盃を彼に渡し、再び彼の影の中に消えていった。
「フンッ!ほら、あちきの極楽には彼しかおらぬ、その上朴念仁でありんす!ああ……そうだ!あちきがここに引っ越せばいいであろう?」
彼の向かいで悠然と座っている青年は、純米大吟醸の提案を断る事はなかった。
「本気でここに引っ越すつもりなら、飲み仲間出来るから嬉しいよ。なんせ私の神社にはガキしかいなくてね……我ら妖怪に年齢という概念はないが、彼らに付きあってもらうのはなんだか違う気がして」
「おや……なら、あちきは……」
「南ー!今日こそけじめをつけてやる!」
突然響いた怒鳴り声が純米大吟醸の言葉を遮った、戸惑いながらも彼は振り返った。
「今日は一段と騒がしいでありんすな……また喧嘩しているのかい?おや、ぬしは北かな?おつまみをもう一皿持ってきてくれ」
「はっ、はい!すぐ、持ってくる!」
転びそうになりながら慌てて走って行く子狐の後ろ姿を見守り、きつねうどんと口論している南を見て、ほして膝の上でいびきをかいている東の頭を撫でながら、純米大吟醸は不思議そうに聞いた。
「この4兄弟、性格が違いすぎるでありんす」
「悪くないだろう?」
いなり寿司は子狐の頭の上に載っているおつまみを取った。
「北、どうてしキツネに戻っているんだ?」
「南兄ちゃんがうどん兄ちゃんの指を噛みついて離さないから、西兄ちゃんが二人を止めに行ったの」
「あはははっーー」
話を聞いたいなり寿司は、目の前で笑いが止まらない純米大吟醸を放って、子狐にたずねた。
「あの二人は一体何のために喧嘩しているの?油揚げならまだたくさん残っているでしょう?」
「うどん兄ちゃんの器にある方がもっと美味しいから、それが食べたいってって南兄ちゃんが言ってた」
「あはは!九尾が羨ましいでありんす。ぬしのところにいれば、毎日楽しそうだな?あの子狐に、あちきの極楽に来れば、毎日腹いっぱい油揚げを食べられるぞと伝えてきてくれ」
ところが、純米大吟醸が驚いたことに、目の前にいる気弱な子狐は、彼の何気ない冗談を拒否したのだ。
「おや?あちきのところが嫌なのかい?楽しいぞ!とっても綺麗なお姉さんがいっぱいいるでありんす」
「お気持ちは嬉しいのですが、俺たちは極楽には行けません」
西の声だ。4兄弟の中で最も大人な西は、暴れている子狐を引っ提げて、神社に入ってきた。
「あの夜、いなり様が俺たちに帰る場所をくださいました。今度こそ、何があっても決して離れないと、俺たちは決めたのです」
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