腐乳・エピソード
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腐乳のエピソード
かつては人柱として聖教に献上されたが、高麗人参たちによって助けられ地府に残る事に。過去に負った怪我のせいで普通の食霊とは異なる身体を持つ。普通に見せたいがために、頬に真っ赤な頬紅をつけている。自分がいじめられないよう、いつも怖い形相をしているが弱そうな猫耳麺を守ることもある。性格が活発すぎて落ち着きがないため、高麗人参によって資料庫で彼が集めてきた資料の整理を任されている。いつも短気で、鬼を装って人を驚かすのが好き。
Ⅰ.騒ぐ
「腐乳(ふにゅう)!このクソガキ!止まれー!!!」
八宝飯(はっぽうはん)のバカ!
止まる訳ないでしょ、この腐乳さまに命令するなんて百年早いぞ!
「油条(ようてゃお)!あのクソガキを捕まえろ!!!」
「……ああ」
「クソガキそこから降りろ!!!」
「イ・ヤ・だ!降りてやらないもんねー!」
高い所にある灯りの上に座って足をぶらぶらさせながら、泡椒鳳爪(ほうしょうほうそう)を掴んでグルグル振り回した。下で怒り狂っている八宝飯が面白くて笑いが止まらない。
あいつのおでこに描いた大きな亀、いくら擦っても消えないみたいだ。あのおバカさんに似合ってて最高。
「八宝飯、今のおまえは骨を取られたわんちゃんみたいだよ、シシシシッ!」
「……このクソガキ、オイラがアホ犬だって言いたいのか!!!降りて来い!!!あんたを懲らしめてやらないと気が済まない!!!」
「ヤダねー!」
灯りから飛び降り、八宝飯にあっかんべーをして走り出そうとした時、誰かに腕を掴まれた。
フンッ、油条のやつ、いつも無口で冷たい棺桶みたいな顔をしている癖に。
ふーんだ、あたしにも考えがある。
「痛いよ……あああああ!あたしの手が!もげた!!!!!」
「!!!!!!!!!!」
あたしの悲鳴を聞いた油条は目を大きく見開き、信じられないって顔して半歩下がった。
引っかかったな?
あたしは勝ち誇ったように彼の手からあたしの手を奪い返して、手首にはめ直してから彼が我に返る前に逃げた。
「あはははっ!!!まんまと騙されたね!おバカさんたちにこのあたしが捕まえられるとでも思った?……あれ?手……逆に付けちゃった?」
逃げながらも、間違えて逆に付けた手をあっさりと付け直した。
シシッ、あたしの身体ってば最高!逃げる時に大活躍だ!
得意気におやつを食べに厨房に行こうと考えていたら、首根っこを掴まれてしまった。
「腐乳、おふざけはそこまでです」
うあ……しまった……
高麗人参(こうらいにんじん)だ……
うぅ……逃げられない……
Ⅱ.逃げる
「ヤダー!!!!!これ全部書き写さなきゃいけないの?!猫耳麺(ねこみみめん)手伝って!!!」
「し、しかし人参さまは、これは腐乳の宿題で、僕が手伝ってはいけないと」
「そんなの知らないよ!おまえはあたしと舎弟でしょ!!!ねぇ、手伝って手伝って手伝ってー!!!!!」
「あっ……えっと……でも……」
「猫耳ー!!!!!」
「しかし人参さまに知られたら……」
困り果てた猫耳麺を見てあたしは口を尖らせた。
毎日毎日「人参さま、人参さま」しか言わないんだから。
いいや、猫耳ちゃんはおバカさんだから!
こんなにお利口に言う事を聞くのなんておバカさんしかいないもん!
「もういいっ!猫耳麺!遊びに行こう!」
「えっ、しかし……宿題は……」
「帰ってからやればいいよ!早く行くよー!蕎麦!しゅっぱーつ!!!」
「にゃあ〜」
猫耳麺を連れてこっそり地府の外に張られてある結界を抜け出し、あたしは大きく背伸びをした。
運悪く、今日は遊びに向いている天気じゃなかった。なんか雲行きが怪しくて、どんよりとしている。
まあ、日に焼けてヒリヒリするよりはマシだけどね!
猫耳ちゃんと一緒に蕎麦に乗って最寄りの町に着くと、さっそく蕎麦から降りて、闊歩しながら町へと入っていった。
「誰かー!あの子を助けてくれ!見ろ!キョンシーと化け猫だ!」
「坊や!坊や!早くこっちに来て!あの連中に近づいちゃ危ないよ!」
ざわついているおせっかいな人たちを、あたしが睨みつけると、案の定、臆病なやつらは怯えてあたしたちから距離を取るように何歩か下がった。
フンッ、臆病者め、せいぜい震えるがいいわ!
どいつもこいつも大嫌い嫌い嫌い!
大嫌い!
このあたしの……どこがキョンシーに見えるのよ!
あたしが歯を剥き出して恐ろしい表情を作って見せると、あいつらは怖がって動けなくなっていた。
やつらの屋台からあたしが好きな甘い果物と猫耳ちゃんが好きなお菓子を取ってから、衣嚢を触った。
「あれ……?財布持ってきてない…?」
「大丈夫です大丈夫です、早くここから離れてくださればいりません」
「……言ったな、あたしが払わなかった訳じゃないんだからね!」
「もちろんです、お願いですからもうこの村に来ないでください。ここは貧しい、何も金目の物はありません、今日気に入った物は好きに持っていっていいですから」
やつらの恐怖に満ちた顔を見た時、よくわかんないけど怒りで胸が詰まった。
だから、あたしは屋台を蹴り倒してやった。
ほーら、やっぱり、ビビりすぎて何も言い返してこないじゃない。
「……腐乳……そんな事をしてはいけませんよ……」
「猫耳麺のバカ!指図しないで!行くよ!」
猫耳麺を連れて歩いていると、空はどんどん暗くなっていった。
ゴロロローー
うぅ……雷……怖い……
あたしは震える体を抑えながら、両手を上げて耳をしっかりと塞いだ……
怖くない、怖くない!腐乳!おまえは出来る子だから!雷なんか怖がらない!それに猫耳麺を守らなきゃいけないし!ここで怯んでどうするの!
そうだ……猫耳麺は?!
後ろに付いて来ているはずの猫耳麺を振り返る。
聴覚が敏感な彼は小さな耳を塞いで地面にしゃがみ込んでいた。その純粋な目は今、恐怖に瞑ったまま、眉間にも皺がたくさん寄っている。
あたしは指をこすり合わせ、自分の恐怖心を押し殺し、猫耳麺を引っ張った。
ゴロロローー
「猫耳ちゃん!行こう!雨が降ってきちゃうよ!!!」
「腐乳……お姉さん……」
小さくてあたたかい手をしっかりと握り締めて、走り出す。酒楼と茶屋の前を何軒も通ったけど、嫌なやつばっかり、あたしの姿を見るとすぐに扉を閉めた。
だけど、なんとか雨が降る前に橋を見つけて、その下に避難する事が出来た。
Ⅲ.小さな乞食
「あんたら……これ以上近づくなあああああ!!!」
……だから人間のガキは嫌いなんだ。
ボロボロの服を着た人間のガキは、あたしの前で木の枝を振り回していた。やつからはなんだか残飯の匂いがした。
うぅ……
彼もいらない子……?
「くっ、来るな!!!妖怪!!!!!」
「フンッ」
「あの……こっ、怖がらないでください、僕たちは貴方たちを傷つけたりしません。蕎麦はとても大きな猫なだけです……人を食べたりはしませんよ」
「にゃあーー!」
「蕎麦!大人しくして!」
フンッ、猫耳ちゃんのおバカ。何を言っても、化け物扱いされるだけなのに……
「うわっ!」
土砂降りの雨を見てボーっとしていたら、猫耳ちゃんの叫び声で我に返った。人間のガキが振り回していた枝に引っかかれたみたいだ。
「おまえ!!!よくもあたしの舎弟をー!!!!!」
猫耳麺を引っ張って背後に隠した後、目を瞑ったまま枝を振り回し続ける人間のガキを睨んだ。
「やめて!お兄ちゃんを食べちゃダメ!」
突然、どこからか幼い声が聞こえてきた。その時初めて、嫌なガキの後ろに更に小さなガキがいる事に気がついた。
目を細めて兄の後ろに蹲っているガキを見つめて、あたしはニヤッと笑った。
「フンッ、いいよ!じゃあ、おまえがこっちに来て食べさせろ!そしたらおまえの兄ちゃんを見逃してやるよ!」
「妹に手を出すな!!!」
怖くてずっと目を瞑っていたガキは、突然力強く目を開いた。
その目にはさっきまでになかった……勇気みたいなものが見えた。
「……二人ともよく聞け!今日絶対にどっちか食べてやる!自分で選べ!」
「腐乳姉さんーー」
「バカ!邪魔するな!」
あたしはバカ耳ちゃんの口を塞いで、八重歯をむき出しにして、抱き合っているガキ二人を睨んだ。
「シシシッ!早く来な!新鮮な子どもを食べるのは実に久しぶりだー!」
「じゃっ……じゃあ俺を食べて……妹は見逃してくれ!!!」
「……本当に食べちゃうぞ!」
「男に二言はない!!!!!食べろ!だから妹を食べるな!!!」
「お兄ちゃん!!!ヤダー!お兄ちゃんを食べないで!!!!!」
目を真っ赤にして小さなガキを庇うガキを見て、何故か無性に腹が立った。
あたしはガキの腕を引っ掴んで、口を大きく開けて食らいついた。
「ううぅ!!!!!」
「ペッーー臭い!こんな臭いガキ、食べるもんか!どっか行け!」
フンッ、あんな臭いやつら、誰もいらないよ。
Ⅳ.家に帰る
あたしは橋の下の一番良い場所に座って、降りやまない雨を眺めた。
このクソみたいな雨は……いつになったら止むの……
持っていた木の枝のせいで小さな穴が開いていた、のれんみたいになっている大雨を見つめたままボーっとする事しか出来ない。
「ほっ、本当に俺たちを食べないのか……」
「怖がらないでください、腐乳姉さんはとても良い人ですよ!貴方たちを驚かしていただけです。さあ、これは麦芽糖です。良かったら食べてください」
子ども二人に飴を分け与えているおバカさんをチラッと振り返る、小さなガキはあたしに驚いたのか、すぐに兄の後ろに隠れた。
フンッ……何がそんなに怖いんだか……
臭くなかったら、すぐにおまえの兄ちゃんを食ってやったのに……
枝はどんどん地面に埋まっていく。あたしは口を尖らせながら、どうして自分がこんなにも怒っているのかわからないでいた。
ゴロロローー
雷の音はどんどん激しくなっていく、臭いガキは自分の妹の耳を塞ぎながら、二人で小さく抱き合っていた。
あたしは耳をキツく塞いで隅で蹲る猫耳ちゃんと丸まっている蕎麦を見た。
……
「うぅ……腐乳姉さん……大丈夫ですか?」
「うるさい!おまえは耳が良い!手伝ってあげる!自分の耳はもう外したから!雷が終わったらすぐに付け直す!」
「……しかし、耳を取っても聞こえなくなる訳じゃ……」
「…………おバカさん!うるさいよ!!!!!」
雷の音は本当に恐ろしい、あたしは思わず首をすくめた。
……大丈夫、我慢出来る!!!
ううっ……でも……やっぱり怖い……
猫耳麺は小さいけど、あたしの体と違ってとてもあったかい。
彼の胸は雷のせいでドクドクと強く波打っていた、ほぼ体から飛び出そうな勢いだった。
良いな……
あたしと心臓は、どれだけ怖くても、もうこんな風に鼓動したりしない。
「腐乳ー!」
「猫耳ちゃんー!」
「まったく……あのクソガキたちどこに行ったんだ!」
「こんな土砂降りの中……」
「腐乳ー!」
「猫耳ちゃん!!!!!」
雨の向こうから、聞き覚えのある声がする……
あれは……八宝飯のバカと……豆汁(とうじゅう)兄さんと……油条の声?
「腐乳ー!」
「猫耳ちゃん!!!」
あたしに耳を塞がれていた猫耳麺も顔を上げ、何も見えないはずのその目は急に輝きを帯びたように見えた。
「八宝飯、無常さまと忘川さまなんです!!!」
「……」
「ここにいます!!!!!」
三つの人影が雨の向こうからこっちに向かって来るのがぼんやりと見えた。雨が酷く、傘を持っていても全身びしょ濡れになっていた。
八宝飯のバカに至っては、傘すら差していなかった。
あのバカは自分がバカだから、風を引かないとでも思っているの!
「クソガキたち!出るなら人声掛けろ!人参があんたらがこの村にいるって見つけていなかったら、どうするつもりだったんだ!」
濡れ鼠みたいな八宝飯はあたしを睨みつけた、猫耳ちゃんは俯いたままあたしの服の裾を掴んで離さない。
「やめな、見つかって良かったじゃない。雨が止んだら、帰ろう」
いつも一緒にいたずらしてくれる豆汁兄さんも、今回ばかりは真剣な顔をしていた。
「でも腐乳、もう二度と勝手にどっか行ったりしたらダメだよ。知ってる?外で聖教のやつらが食霊を探して捕まえているんだ。きみや猫耳ちゃんがやつらに遭遇したらどうするの?」
「うぅ……」
油条は濡れた自分の上着を脱いで絞りながら、自分の油鼎を呼び出した。
あたしが油鼎を見てボーっとしていたら、彼があたしと猫耳ちゃんを押して油鼎の傍に座らせた。するとすぐに温もりが伝わってきた。
フンッ、この油鼎も罪人がいなければ、暖を取る事しか出来ない。
あたしは涙を拭って、大人しく油鼎のそばに座り、膝を抱えた。
まあいい、せっかく探しに来てくれたんだから、今回だけは言う事を聞いてやろう。
濃い雨雲はやがて晴れ、明るくて暖かい日差しが全ての陰りを一掃した。
空を見上げながら、眩しい光を手で遮った。
八宝飯はまだびしょ濡れのまま、くしゃみをしながら橋の下から頭を出して外の様子を伺った。
「止んだみたいだな、帰るぞ!」
そう言ってから、あたしに手を差し伸べてきた。
それを見てあたしは目をぱちくりさせる。
……
「おいっ!いきなりオイラの背中に飛び乗るな!!!」
「そんなの知らない!疲れた!おんぶして!!!」
「は?こっちはびしょ濡れだぞ!!!!!」
「疲れたのー!おんぶ!おんぶ!」
八宝飯の背中にしっかり乗って、橋の下であたしたちを見ているガキたちに手を振った。
「ねぇー!あたしたちは帰るぞ!おまえらも早く家を見つけろよ!」
Ⅴ.腐乳
多くの食霊にとって、家族という概念は理解できないものかもしれない。
混沌の中生まれた彼らは水よりも濃い血の繋がりというものを理解出来ない。
当然、そういった複雑な感情も理解出来ないだろう。
腐乳もその内の一人だ。
彼女には理解出来なかった。
どうして生贄に出さなければならない家庭は、妹を守るべき男の子でなく、小さな女の子の方を選んで迷わず差し出したのかを。
どうしてその男の子は両親の反対を振り切り、自分の妹を守ろうとしたその強い願いによって、彼女を混沌から引きずり出せたのかを。
そして、彼女が一番理解出来なかったのは、妹と同じ年頃に見える自分を見た後、少年は魂が繋がっているはずの自分を、生贄を捧ぐための穴に自分を押し入れたのかを。
腐乳には彼らが何を経験したのかわからなかった。
生贄というものについても何もわからなかった。
ただ、自分が少しずつ土に埋もれていき、開いた口からベタベタとした土が入り込み、次第に息が出来なくなっていった事だけが確かだった。服も土でどんどん汚れていく。
……こんなはずじゃなかった。
混沌の中にいた存在が腐乳に教えた事がある。彼女はその者たちを守るべきであると、そして彼らは家族であるはずだと……
その土地には人知を超えた力があったかもしれない。その力は彼女が振り解けるものではなかった。
しかし彼女は常々、その力には温もりがあり、ずっと自分に向かって謝っている感覚がしたという。
そして、おかしな声が聞こえてきた。
「どうか力を貸して欲しい。この土地を守り続けるための力を」
腐乳には理解出来なかったが、彼女は一先ずそれを了承した。
その後、その土地は少しずつ彼女の力を吸い取り、彼女は少しずつ知覚を失っていった。
「あれ?」
「……リュウセイ!少し速度を落とせ!誰かいるぞ!」
「……人?死体?」
「……死体じゃないな!女の子だ!!!!!」
腐乳が再び目を覚ますと、騒がしい声が聞こえてきた。
そして、ゆっくりと目を開けると、赤い瞳を持ったとても綺麗な人が目の前にいた。
「目覚めましたか?」
そして、とても真面目な顔をしている白髪の男性もいた。彼の後ろには、更に覗き込む大勢の人達がいる。
「おチビちゃん、どうして土の中にいたの?」
「チビ、大丈夫か?」
「おチビちゃん、名前は?」
大勢の人達に質問され、起きたばかりの腐乳は状況を把握出来ないでいた。
しかし、好奇心を持ちながらも悪意は微塵も感じられない眼差しを持った者たちを見て、彼女は目をぱちくりさせた。
次の瞬間、彼女自身にも理由はわからないが、彼らの前で号泣し始めたのだ。
「うわああああああああああん!!!!!」
泣き喚きながら、何かをもごもごと言っているようだが、何も聞き取れない。
赤い瞳の美しい女性は手を上げて、そっと彼女の背中を撫でた。
「山河陣と光耀大陸に力を貸してくれて、ありがとう。アンタはもう解放されたよ」
「ううううう……怖かったよ!!!でもあの声が、みんなを守れって……ううう、本当に怖かった……」
その日から、地府にはいたずら好きな女の子が一人増えた。
キョンシーのような姿をしているが、いつも悪い笑顔を浮かべて、時々自分の頭や腕を取って、皆を驚かす女の子。
そしてその日から、腐乳という小さな女の子は、本当に家と呼べる場所と家族と呼べる仲間を手に入れたのだった。
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