シャワルマ・エピソード
◀ エピソードまとめへ戻る
◀ シャワルマへ戻る
シャワルマのエピソード
パラータのスラムで生まれの少年。明るく熱心な性格のため、スラムではみんなに愛されている。友達も多い。シャワルマも自分の双剣で大切な仲間を守っている。スラムと王室の間に衝突が起きた時、スラムの仲間を庇って、王宮から出た皇太子と知り合いになった。
Ⅰ.廃城
暑い午後、澄んだ子どもの声が静けさを破った。ボクは半開きのテントから顔を出して、声がする方を見る。
そこにはアファフがいた。彼女は自分より何倍も長い棒を持って、木の上にある果実を叩こうとしている。
傍にいるもっと小さな子たちは彼女を囲んでジーっと見つめたまま、よだれが今にも襟に付きそうになっていた。
「シャワルマ兄さん、早く、早く助けて!」
「今行く!」
ボクは急いで駆け寄って、アファフが持っていた長い棒を受け取って木を叩き始めた。
すぐに、真っ赤な果実が次から次へと地面に落ちた。
子どもたちは一斉に群がって来て、待ちきれない様子で果実を拾い上げ軽く拭いただけで口に運んだ。
実はこの果実は酸っぱくて渋い、食感もまるでスポンジみたいなんだ。
でも、この子たちにとってはこれ以上ない美味でもある。
「ありがとう!シャワルマ兄さん!」
アファフはボクに一番赤い果実を渡してくれた後、ボクは明るい笑顔で彼女にこう話しかけた。
「食べたら、すぐ帰るんだよ!」
念のために彼女たちに注意をする。
「王室の人たちにちょっかいかけないように。何か面倒事が起きてもボクは助けにいかないからね」
「わかったよ!」
子どもたちを送り出した後、ボクは川に水を汲みに行ってから、薪として使う木の枝を拾い集めた……
ボクはスラムに生まれた。でもここの生活は外の人たちが思っている程酷くはない。
高級店に飾ってあるような高価な服はなくても、衣替えの時期になると、隣に住んでいるお婆さんが余った生地を使って、世界に一つしかない色とりどりのズボンやワンピースをボクたちのために作ってくれる。
広い家がなくても、テントや土の建物がぎっしりと並んでいるから、朝の歌声も夜の笑い声も全部聞こえてくる。
名前がわからない高級な食べ物もないけれど、みんなで食べ物を分かち合うと、幸せな味がするんだ。
だからボクは、充実した楽しい毎日を送っている。
今のこの生活が壊されない事だけを祈っている……
木の枝を束ね、腰を伸ばしてる顔の汗を拭いた。視線は何層にも重なった木々の葉っぱを通り抜け、遠くにある煌びやかな宮殿に止まる。
そこは王室が住んでいる場所、手が届きそうに見えても、スラムとはまったくの別の世界。
王室は本来スラムに関わることはないけれど、最近は出身問わず大勢の従者を募集しているようだ。
見栄のために人を雇っているだけならまだいい。でも良い噂を聞かないんだ。
あの残忍極まりない王室の人たちは……
無意識に木の枝を抱えていた手に力が入る。
手の平がチクりと傷んで、ボクは我に返った。
ぼんやりしている場合じゃないことを思い出す。
最後にもう一目だけ冷たい宮殿を眺め、ボクは急いで砂を踏んで帰った。
間に合いますように。
Ⅱ.市場
パラータの夏はとても暑い。だけど市場は他の季節よりも賑わっている。
食料が日持ちしないため、ほとんどの人は二、三日に一回はここへ足を運ぶ。町の商店でお金を消費しないため、みんなは長い時間を掛けて市場に行くんだ。
市場の大きなテントに入ると、ギラギラした陽射しが一瞬にして暗くなった。太陽はぼんやりとした黄色い灯りに取って代わられ、濃厚なパラータ色が広がる。
様々な商店や職人がここに集まっている。スイーツや揚げ物の屋台には子供たちが群がっていた。
子供たちの笑い声と商人たちの掛け声、そして海老フライを揚げる音も混ざり合って、パラータと一緒で、混沌で奇妙な歌みたいになっていた。
ボクは長い買い物リストを持って人混みに入る。よく使うスパイスが見つからないことに悩んでいると、噂話が聞こえてきた。
「聞いたか?第二王女が最も大切にしていたルビーのネックレスが何日前に盗まれたらしいぞ、まだ見つかってないとか 」
「ネックレス?外出する時にいつも付けていたあれか?」
「ああ、それで怒りのあまり、何人ものメイドを処刑したらしい……」
「なんておそろしいんだ!第二王女の性格は誰もが知っているだろう、彼女の物を盗む奴がいたとは……」
「一体誰なんだろうな。だけど、その泥棒はきっと恐ろしくてまなネックレスを売りに出せていないと思うよ……」
……
ボクは唇を噛んで遥か遠い宮殿を眺める。夏の熱気のせいか、蜃気楼のように見えた。
なんで……ボクたちのような一般人の命を粗末に出来るの?
彼らの家族や友人が死んでも、同じように平気でいられるの?
ボクだったら……
絶対に仲間を傷つけたりはしない。
夜の帳は静かに下りた。スラムのみんなは篝火を囲んで、市場で買った美食を交換し合っている。
子どもたちは市場で買ってきたキャンディを我先にとボクに渡してくれた。申し訳ないと思って受け取らずにいたら、彼らは直接ボクのポケットの中に入れていった。
アファフも彼らと同じで、大好きなみかんキャンディをボクに渡してきた。
「シャワルマ兄さんのために、特別に一粒残したんだ!」
「キミたちさぁ……ボクは子どもじゃないんだからキャンディをくれなくても……あれ?」
ボクはふとアファフの違いに気づいたーー彼女の首にはキラキラ輝くペンダントがぶら下がっていた。その宝石は……ルビー?
午後に聞いた商人たちの会話が頭に浮かんだ。
「アファフ、そのネックレス……ちょっと見せてくれない?」
「これ?」
アファフは身に着けているネックレスを持ち上げ、見せびらかすように揺らした。
「もちろんいいよ。でもちょっとだけだよ。これはあたしの宝物だから」
彼女は首に着けていたネックレスを外し、そっとボクの手に乗せた。
輝いているそのネックレスは、どう見ても高価な物だった。無数のダイヤモンドが火のように燃える赤い宝石を引き立てている。
「アファフ、このネックレスはどこから手に入れたの?」
「えへへ、市場にいた帽子を被ったおじさんが売ってくれたんだ」
「売ってくれた?」
「そうだよ、あのおじさんすっごくいい人だったんだ。このネックレスは偽物でお金にならないけど、あたしが気に入ったのを見て安く売ってくれたんだ」
安い?本当にただの工芸品で、本物じゃないの……?
「ねぇ……シャワルマ兄さん、もういい?」
アファフは焦ったようにボクの手を引いた。
「えーと、アファフごめんね。ネックレスが素敵すぎて見惚れちゃった。ほら、返すね」
「あはは、シャワルマ兄さんも気に入ると思ってたよ!」
アファフの無邪気な笑顔を見て、ボクの気持ちも少しずつ落ち着いた。
ボクは何を考えているのだろう?
王室から盗まれたネックレスが、まさかスラムの市場に流れ、小さな女の子の手に渡る事にならないはず。
きっと、そうだよ……
Ⅲ.事の発端
大きな声で起こされた。
寝ぼけた目を擦ってテントから出ると、盾や刀を持つ兵士がたくさんいた。
なっ……何があったの?
大人の騒めきと子どもの泣き声がスラムに響き渡っている。
アファフの悲鳴は人混みの中、一際鮮明に聞こえた。
「やめて!はなして!」
小さなアファフが、何人もの大人に挟まれている光景はあまりにも凄惨だった。ボクは慌てて武器を取って人混みの中に飛び込んだ。
「何するんだ!彼女を放せ!」
「シャワルマ兄さん!助けて!」
ボクの姿を見つけたからか、アファフは悔しそうに泣き出した。大きな涙が一粒一粒、砂の上に落ち、あっという間に風沙に飲み込まれ。
「チッ、お前には関係ない、どけ!」
兵士たちはボクに見向きもせず、しかも下品な言葉遣いでボクのことを侮辱した。
彼らにとって、スラムで暮らしている者は砂や泥と大差ないんだろう。
ボクは思わず拳を握りしめたけど、アファフはまだ彼らに捕まえられている。ボクは感情を抑え、出来る限り冷静な声で兵士たちに尋ねた。
「兵士さん、アファフ……彼女はまだ小さい子どもなんだ、もし何か過ちを犯したのなら、ボクが何とかして埋め合わせをします……何があったか、教えてくれませんか?」
「チッ」
兵士の一人が唾を吐き捨てた。
「お前に用はない。邪魔をするな!」
「シャワルマ兄さん!あたしネックレスなんて盗んでない、本当だよ!あたしを信じて!」
ネックレス?まさか……
この時、ボクは初めて兵士が握っているネックレスに気付いた。
あれは本当に王室の物だったんだ?!
「黙れ!証拠はここにある。まだ言い訳をするのか?」
そう言いながら兵士はアファフの手を握る力を強めた、彼女は思わず悲鳴を上げる。
「かっ、彼女を傷つけるな!」
リーダー格の兵士は面倒臭そうに手にした湾刀を振った。その刃がアファフの髪を切り、皮膚をも切りそうになっている事に目もくれず。
彼らは事の経緯などどうでもいいみたいで、説明を聞こうともしない……
ダメだ、絶対に仲間を傷つけさせたりしない!
シュッ——
リーダー格の兵士はさっきまで握っていた湾刀が空中で一回転し、路肩の砂に刺さったのを信じられない顔で見ていた。
他の兵士たちはキョトンとした顔で、ボクが持っている刀を見つめる。
「クソッ、何ボーっとしてんだ!スラムの奴らに王室の尊厳を侮辱させる気か?全員掛かれ!」
ようやく我に返ったリーダー格の兵士が吐き捨てるように命令した。
大勢の兵士が押し寄せてくる。ボクは歯を食いしばって、全てを受け止める覚悟を決めた。
だけど、刃がかち合う前に、黒い影が低い塀の上から飛び下りた。
「こんな大勢で子どもに襲い掛かるなんて、王室の風上にも置けない」
「なっ、何者だ?!」
黒い影は微かに震えていた。まるで笑っているみたいだ。
振り返ったその人物は、高慢と自信に満ちた目を持つ背筋が伸びた青年だった。だけど嫌な気はしない、生まれ持っている物のように感じた。
彼は余裕ある優雅な仕草でボクの前にやってきて、呆然としている兵士たちを見上げた。
「吾の名は……ファラフェルだ」
「……はぁ?」
……
気まずい沈黙の後、ファラフェルと名乗った青年はさりげなく砂なんてついていない服をはたいた。
「はぁ……そうだな、普段吾のことを殿下としか呼んでいない貴様らに、吾の名前がわかるはずがなかったな」
沈黙が続く。
「……皇太子を前に無礼だな、吾の妹……貴様らのアリア姫の教育が行き届いてないみたいだな!!!」
リーダー格の兵士の表情が突然変わった。まるで何かを思い出したようだ。
ボクがこの複雑な状況を飲み込む前に、リーダー格の兵士は再び武器を振り上げ、ボクと青年に刃を向けた。
「窃盗罪を認めないだけでなく、仲間も王室に逆らい、王室の威厳を損ねた。この場で処刑する!」
ファラフェルは一瞬キョトンとしたが、すぐに笑い出した。
やがてボクたちは兵士たちに取り囲まれ、背中を合わせる事に。
「こ……この状況は一体何なの?」
「平民よ、さっきの剣法は面白かったが太刀筋がなってないし、力も弱い。こんな視界が開けた所での戦闘は不利だ」
「は?!」
「心配無用」
ファラフェルは口角を上げて笑った。
「平民よ、よく聞け。吾は光耀大陸の兵書から、窮地に陥っても局面を挽回出来る技を学んだ」
「えっ?」
「それはーー逃げるが勝ちだ!」
???
そう言って、兵士たちがまだ反応出来ない内にファラフェルは走り出し、どこからともなく金貨を取って振り撒いた。
その瞬間、スラムに金色の雨が降った。大喜びで金貨を拾いにあちこち走り回っている人々のせいで、すぐに兵士たちの包囲網が乱された。
「ちょっと……待ってよ!」
Ⅳ.街角
雨に濡れたスラムはまるで罠だらけの路地裏だ、どこを踏んでも体に点々と黒い泥が飛び散る。
でも今はそんなことを気にしていられない。
足音も、水音も、兵士たちが後を追う叫び声も、全部がボク自身の心臓の鼓動と呼吸に埋もれて、微かに耳鳴りのような響きだけが残っていた。
「あはは……あはははは!」
突然前方から笑い声が聞こえてきて、ボクは汗でぼやけた目で前を見た。
ファラフェルは両腕を広げ、走りながら両手で濡れた壁を撫でていた。
笑いながら顔を上げていた彼に陽射しが降り注ぎ、まるで困難を乗り越えやっと救われた鳥のようだ。
……
ボクは何をしている?どうしてこの得体の知れないヤツについていったんだ?いつまで走らなければいけないんだ?
スラム、アファフ、王室、ネックレス……一体何が起きたんだ?これからどうするべき?
酸欠で頭が麻痺して、足に力が入らなくなってきた……
もう、走れない……
「ちょっ……こっち、こっちに行こう!」
ファラフェルの袖を力いっぱい掴んで、彼をどうにか更に狭い路地に引っ張り込んだ。
やがて、兵士の声がボクたちの背後を通り過ぎ、遠ざかっていった。
壁に張りついて息をしていると、湿ったカビの匂いと口の中のサビの匂いが混ざり合って、眩暈がした。
ファラフェルも同じように微かに息切れをしていたけど、瞳には光が輝いている。額からこぼれ落ちる汗ですら明るく見える。
「ここに住む平民だけあって、地形には詳しいようだな」
ボクはその言葉を聞くと彼の袖を握っていた手を離した。こぼれ落ちた布はボクが身に着けていた粗末な服とはまるで違う世界のもので、柔らかくてあたたかかった。
やはり、彼は王室の者か。
「そんな風に呼ぶな」
「ん?」
「平民じゃない。ボクには名前がある」
「いいじゃないか。名前は所詮ただの記号だ」
彼は何も気にしていない風に肩をそびやかした。その軽すぎる口調はなんだか気に入らない。
そうだ、王室はこんな傲慢なヤツしかいないんだった……
「しかし、貴様が嫌ならもう平民とは呼ばない。で、名前は?」
「えっ?ああ……シャ、シャワルマ……」
「わかった。シャワルマ、これは貴様に返す」
「こ、これは……」
ボクは彼の手にある物を見て唖然とした、あのルビーのネックレスだったのだ。
「あの娘が盗んだ物ではないのは分かっている。厳重に警備されている王宮に、あんな子どもが忍び込んで盗める訳がない。王宮の者すら、アリアの物に手を出す度胸はない」
「じゃあ、どうして……」
「アリアがわざとやったんだ」
「えっ?」
ネックレスをボクに握らせ、乱れた髪を直してから、ファラフェルは路地の外へ出ようと歩き出す。
「わざと市場に流した後、盗まれたと言って、召使いや兵士たちに盗んだ疑いのある哀れな人を懲らしめさせる……彼女はこの状況自体を楽しんでいるんだ」
「そ、それは流石に酷いよ!」
「王室はこんなもんだ。我欲が満たされ、やる事もないと、人を苛める方法ばかり模索するようになる」
だけど、キミだって王室の一員じゃ……
そう思ったけど口には出せなかった、何故なら……
ファラフェルの目に一瞬、悲しい色が見えたような気がしたから。
でも、それはほんの一瞬だった。
「ネックレスをアリアに返しても、彼女はまた同じ事を繰り返し、何の罪もない人を殺し続けるに違いない。このネックレスをその道具にされるくらいなら、スラムの娘に引き取ってもらった方がよっぽど良い」
「だけど、皇女は絶対に引き下がらないよ……」
「貴様がいるだろ。スラムの人たちを守るんじゃないのか?」
「彼らはボクの仲間だ。もちろん守るよ!だけど……」
ボクは拳を握りしめた。次の言葉で相手を傷つけてしまうかもしれない、だけど……
「このネックレスがなくても、指輪やピアスがある……問題になるのはネックレスじゃない。王室そのものにあるんだ」
「吾ももちろん知っている。じゃあ貴様は王室をどうにか出来るのか?」
「……」
「フフッ、それなら吾に任せろ」
ボクは怪訝そうに彼を見た。
何をするつもり?皇太子なのに?どうして王室と敵対しているの?それに……
敵の正体を知った平民たちは、どうして……
彼を追い詰めようとしたの?
ファラフェルはボクの疑問を見抜いているようだった。だけど笑うだけで、説明はしてくれなかった。
その笑顔はどこから邪気を帯びている。だけど……王室の偽善にまみれた優しさよりはずっといい。
「じゃあ、平……シャワルマ、また会おう」
彼は踵を返して、別れの挨拶をしてきた。
ボクは彼の後ろ姿を眺め、手にしたネックレスを見下ろす。どうしてか、これまでの平穏で楽しい日々の終わりが見えたような気がした。
これから、王室の者は必ずスラムにちょっかいを掛けてくるはず……
何があっても、みんなはボクが守る!
「おい」
さっきまで聞いていた声がする。ボクは顔を上げると、目の前に少し気まずそうな顔があった。
「貴様……ここから王宮への道を知っているか?」
どうやら遠くに来すぎて、帰り方がわからなくなったみたいだ。
ボクは少し驚いた、それに何故か少しだけ違和感を覚えた。
「王宮への行き方は知らない。でもスラムに帰る道はわかる。キミも……一緒に来る?」
Ⅴ.シャワルマ
「これがベッド?カーペットのがまだ柔らかいだろ」
「悪かったな。スラムにはこんなベッドしかないんだ。夜の内に王宮まで歩いて帰ってもいいけど?途中でパトロールしている兵士が送ってくれるかもしれないし」
「……」
若い皇太子はスラムの少年の忙しそうな背中を見て眉をひそめ、自分の中で結論が出たのか、優雅にベッドに横たわった。
「吾は優しいからな、嫌々だが今晩だけ我慢してやる」
シャワルマは「嫌々」と「我慢」の二言から、相手が心からそう思っていることに気付いて、怒ったら良いか、笑ったら良いかわからなくなった。
「ほら、これを食べてさっさと寝なよ」
ファラフェルはシャワルマが差し出したボウルの中身を見て、少し嫌そうな顔で後ろに下がった。
「なんだこれは?」
「昼間に金貨をばら撒いただろう?スラムのみんながキミに感謝して食料を持ってきてくれたんだ。お腹が空いていると思って、その食糧で雑穀粥を作ってみたんだけど……」
「吾は百枚近く金貨をばら撒いたのに、これだけしか返って来ないのか?」
「お金があってもスラムじゃすぐに欲しい物を手に入れられないんだ。明日市場に連れて行ってあげてもいいけど……」
ファラフェルはシャワルマに返事をせず、彼が持っていたボウルを奪って、眉をひそめながら一口食べた。
「うーん……口当たりはまあまあ、でも味が薄すぎる。吾は辛いのが好きだ。まさか貴様らの所だと客人に出せない程唐辛子は貴重なのか?」
「ふふっ……待ってろ。唐辛子の粉を取りに行ってくる」
その晩、ファラフェルは結局雑穀粥を二杯も食べた。一杯はシャワルマが食べ物を粗末にするなと言ったから、もう一杯は一杯目の辛さを緩和するために食べた。
「スラムの唐辛子は王室のものより十倍は辛いよ。自分で欲しがったんだから、残しちゃダメですよ。皇太子殿下」
「いっ……辛くない……辛くなんて……ひぃ……」
ファラフェルが辛さに強いかどうかシャワルマにはわからなかったが、その夜相手が辛さで顔を真っ赤にしているのを見てお腹を抱えて笑った。
シャワルマは王室の人々を嫌っていた。彼らは威張り散らし、平民の命を何とも思っていないから。
でもファラフェルは少し違うようだ。
スラムの子どもを救うために大金をばら撒けるし、命を守るために逃げたりもする。
暗い路地で大笑いして自由を求めたり、硬いベッドの上で子どものように身体を丸めたり。
シャワルマは自分の腕を枕にして安らかに眠っているファラフェルを見て、そっと自分の布団を畳んで彼の頭の下に置いた。
シャワルマはやはり王家の人間が嫌いだが、だけどファラフェルは少し違う。
痩せている若い皇太子の背中を見て、星明かりが漏れる闇の中で静かに目を閉じた。
何故今日はスラムにいたのか、何故兵士に追われているのか、機会があったら聞いてみたいとシャワルマは思った。
彼は自分を助けてくれたのだから、相手が困っていれば、自分も助けてあげようとも。
何故なら、彼はそのために武器を握っているのだから……
しかし。
ドカンッと大きな音と共に、ファラフェルとシャワルマは跳び起きた。
すぐにテントを飛び出し、湿った朝霧を掻き分け、音の方を見る。
そこには……王宮があった。
シャワルマは思わず震えた。急いでファラフェルの方に目をやる。
輝いていた目は、天を衝く火光と真っ黒な煙で満たされている。まるで生気を奪われた油絵のよう。
彼は気付いたのだ。変化がもう始まっているという事を。
◀ エピソードまとめへ戻る
◀ シャワルマへ戻る
Discord
御侍様同士で交流しましょう。管理人代理が管理するコミュニティサーバーです
参加する