如意巻き・エピソード
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如意巻きのエピソード
単純で素直な美少年。かなりの方向音痴。北朔王朝の裕福な王宮に生まれながらも、陰謀や欺瞞に満ちた王宮生活に耐えられず、王宮を離れた。偶然にも桃源郷のように美しい絶境に辿り着き、理想の地に出会った彼は、この不思議な仙島に留まることを決意する。
Ⅰ.別れ
「なんじゃと?」
椅子に座るエンドウ豆羊かんは急に飛び上がり、ヒマワリの種の皮を吐き出し、不思議そうな顔で僕を見た。
「夢回谷から出ていく?もしや……買い物の時、其方を錦安城に置いて行ったことを怒っておるのか?それとも君山姉さんの味見に付き合うのに嫌気がさしたのか?」
これ以上エンドウ豆羊かんに変なことを言わせないため、僕は頭を横に振りながら彼女を止めた。
「違います、夢回谷の皆は良くしてくれています。ただ……外の世界を見てみたいんです」
「何もそんなに急がなくてもいいんじゃない?」
そばにいた金糸蜜棗(きんしなつめ)も興味深そうな顔で見てくる。
皆に見つめられて、少し緊張しながらも、一つ咳払いをした。
「夢回谷の日々は楽しいけれど、外に行ってみたいんです。特に……この前皆と一緒に行った絶境に」
「あそこは僕が夢で見た仙境によく似ていて、出来るならあそこで学んでみたいんです」
エンドウ豆羊かんの目は更に丸くなった。
「最近心ここにあらずじゃったのは、こういう事か。じゃが其方はすぐ迷子になってしまう。目的地に辿り着いた時には、本当の“絶境”になってしまうやもな」
……何も言い返せない。
彼女の言う通りで、少し泣きたくなってきた。
「如意巻きは絶境に行きたいのですか?地図ならありますよ、ほら」
君山銀針(くんざんぎんしん)姉さんは綺麗な地図の巻物を渡してきた。
色々細かい事まで記されており、これは役に立ちそうだ。
「君山姉さんありがとうございます!これできっと大丈夫です!」
大事な地図を仕舞い、エンドウ豆羊かんが興味深そうな顔で君山姉さんに近づいていくのが見えた。
「おや、春節の時に行ったっきりなのに、どうして地図を持っておるのじゃ?」
「島主からもらいました。今後行きたくなった際、地図があれば便利でしょうと」
「ほお、いつの間にそんなに仲良くなったのじゃ?」
「何か?」
しばらくして、荷物をまとめて山谷の前に立ち、僕は彼らに別れを告げた。
エンドウ豆羊かんが近寄ってきて、僕の肩を叩く。
「どうやらあの夜、其方が言った事は本当だったのじゃな、酒の勢いかと思っておった。妾も、其方が王宮を嫌っている限り、友だと思っておる。妾の逃げ出したいという意志も引き継いでおるし、上出来じゃ!」
「では、幸運を祈る!」
「はい!ありがとうございます、エンドウ豆羊かん」
「気をつけるのじゃぞ!今度飲みに行くからな!」
Ⅱ.迷子
どうやら、羅針盤や星の位置で方向を見極める方法というのは、僕には無意味らしい。
地図上の記号も、理解しているつもりだけど実際の景色を見ると点で噛み合わない。
この山はなんて山で、この川は……何もかもがわからなくて、眩暈がする。
見知らぬ荒野の小道に迷いこみ、泣きたくても涙すら出てこない。
幸い、麒麟島主の地図は並の物ではないみたいで、明後日の方向に行かずに済んでいる。
こうして辛い旅を続けること一ヶ月、ようやく……
僕は力尽きて、海辺に倒れた。
視界が真っ黒になる直前、自分が地図にしがみついていた事だけは覚えている。
地図まで波に流されてしまったら、それこそ本当の「絶境」に陥ってしまう。
「ギ──ギ──」
どのくらい経ったのだろう、清らかな鳴き声と人の心に沁みる草木の香りが、少しずつ耳と鼻に入り、なんだか心地よい。
必死で目を開けると、疲れ切っていた四肢は奇跡的に力が戻っていた。
僕は趣のある部屋にいた、よく見たら物の配置に見覚えがある……
「なんだ、起きたか」
壁に飾ってある、二匹の竜を引き連れた笑顔の男性と三白眼の男性を描いたのが誰なのかを考えていると、屏風の裏から二人の人物がやってきた。
一人は赤い服、もう一人は青い服を翻している、二人とも天仙のように美しい。
ここはもしかして……?!
「麒麟島主と松鶴(しょうかく)先生?!」
つい叫んでしまった、すぐに理解したのだ、彼らに会う事が出来たという事は、僕は絶境に辿り着いたという事なのでは?!
「本当に貴方たちなのですか?!やはり……目を閉じて次に開けた時に、絶境へ行けるという伝説は本当だったんですね!」
「フッ、面白い」
「…………」
何故か変な目で見られた気がする、しばらくの間皆黙ったままだ。
軽くため息をつき、松鶴先生が口を開いた。
「私が連れて来たのです。外の結界に異変を感じ、確認に行くと貴方が気絶していました」
「あはは……そういう事ですか……ありがとうございました……」
何を言えばいいのかわからなくて、気まずくなって手で頭を掻くことしかできなかった。
「ぐぅ──」
沈黙の中、僕の腹の音が響き渡った。
……
恥ずかしい、穴があったら入りたいくらいだ。
「せっかく来たんだ。夕食を共にしよう。ちょうど今日はこの堅物が料理担当だしな」
「……いつから料理担当になったのですか?」
「夢回谷からわざわざ来た上に、君が”招待”してきた客だ。もてなさなければな」
麒麟島主はゆっくりと扇を揺らし、穏やかな口調で言った。
「えへへ……では、お邪魔します……宮廷料理人から少し学んだ事もあるので、松鶴先生を手伝えると思います!」
「……貴方たち……まあいいでしょう」
流觴亭の中、灯火が輝く。
夕食で身も心もすっかり満たされ、温もりが身体中を巡り、知らぬ間に口数も増えた。
「ヒクッ……朔北王宮から夢回谷に着いた時、うっかり雷に撃たれるし……まあ、今回も酷い目に遭いましたけど……松鶴先生が助けてくれてよかったです……へへ……」
「……どういたしまして。次来る時は先に手紙を寄越してください。霊鶴を迎えに行かせます。もしうっかり結界にぶつかったら危ないところでしたよ」
松鶴先生が美しい姿勢でそう言ってきた時、麒麟島主が割り込んできた。
「食事の席で説教をするな。小さなお客人がうんざりしてしまうだろう。だけど、どうして一人でここに?」
「きちんと……この目で見たかったんです!前回君山姉さんたちと一緒に来た時、島で迷子になって……何も見られなかったから……」
「エンドウ豆羊かんから聞いたんです。絶境には面白いものがたくさんあって、神秘的で、まるで仙境みたいだって!きっとすごいところなんだろうなと思って、来てしまいました!」
心で思っていた事を全てそのまま口に出すと、麒麟島主の眉が軽く上がって、興味深そうな顔で僕を見た。
「君は本当に可愛らしいな。ここにいる連中よりずっと面白い。是非ここでゆっくり過ごしたらいい」
「僕、本当にここに残っていいんですか?!」
まさか麒麟島主がこんな二つ返事で承諾してくれるなんて……だけど、喜んでいる場合じゃない、一つだけ懸念があるんだった……
「しかし、絶境に残るには……試練を受けないといけないんじゃないでしょうか……」
「試練は……もちろんある……」
麒麟島主はゆっくりと呟いた、僕は少しだけ不安になる。
残酷な試練を脳内で想像し覚悟を決めていたら、颯爽とした笑い声が耳に入ってきた。
「試練とは……最後まで酒に付き合う事だ!」
「えっ……?!わかりました!ありがとうございます、島主!」
Ⅲ.異様
一度来たことがあるけれど、何もかもが新鮮だった。
松鶴先生の許可を得て、僕は初めて島をちゃんと見ることが出来た。
実際に見なければわからないこともたくさんある。絶境には望松楼や鏡花池だけじゃなく、誰も行ったことのない深い密林や古い廃墟も……
松鶴先生は霊鶴を僕に同行させてくれたけど、霊鶴も僕につられて方向がよくわからなくなってしまったらしい。
いつもくたびれた姿で戻るから、松鶴先生も手を額に当てて深いため息をつくしかなかった。
「……この薬草を、また森から持ってきたのですか?それと、先程霊鶴から知らせが届きました。東南の海辺の結界が少し弱くなっているそうですね、貴方が気づいたのですね?」
「この植物は珍しい形をしているし、無害そうだったので先生に見せたくて。海辺の結界は……戻る途中気になって……でも、全て先生の霊鶴のおかげです!」
「貴方……いつも道に迷っているけれど、毎回新しい発見をしてきますね……結界が弱くなっている箇所もたくさん見つけてくれて、こちらがお礼を言わなければなりません」
「しかし、もう十分見学も出来たでしょう?これからは近くにいなさい、何かあったら私たちにも出来ることあるでしょうし」
「ここに残るなら、いっそのこと望松楼に住んでしまえ」
僕が答える前に、濃いお酒の匂いが鼻をさした、麒麟島主がふらつきながら歩いてきたのだ。
「麒麟島主!」
「最近の島での生活はどうだ?」
「松鶴先生のおかげで、島の絶景をたくさん見ることができました。皆様、僕を受け入れてくださって本当にありがとうございます、とても楽しいです!」
麒麟島主はいつも通り口角を上げ、彼女が近づくほどにお酒の匂いが濃くなる。
「気に入ったのなら、これからも絶境にいるといい。せっかくこんなに面白い可愛い子が来てくれたんだ。いなくなったらつまらなくなるだろう」
「如意巻きを君に託そうと思う、どうだ?」
彼女は首を少し傾げて、松鶴先生の方を見た。
「……面白いと思っているのは貴方でしょう、どうして私に託すのですか?」
「毎日色んな仕事をしているだろう、小さな助っ人が必要なんじゃないか?」
「私は……」
「──あら、こんなに可愛い弟子を取らないなんて、では私が頂くとしよう」
話をしていると、外から青色の人影が入って来た。碧螺春(へきらしゅん)先生だ。
奇妙な草花の香りが押し寄せてきて、気づくと彼の片手は僕の肩に置かれていた。
緑色の硝子の後ろ、その瞳はまるで光が差しているかのようだ。あまりの美しさに圧倒された僕は思わず固まってしまった。
「あんな頭の固いやつと本を読んで研究しても面白くないだろう?私とお香作りを学ぶのはどう?ふふっ、こんなに綺麗なお顔は、上等なお香こそ相応しい」
耳の近くに息を吹きかけられて、くすぐったい。
突然、落ち着いた声が僕を現実世界に引き戻した。
「……嫌とは言っていません。如意巻きは心優しく賢い、手先も器用なので育て甲斐があります。貴方が良ければ、私についてきなさい、かしこまる必要はありませんよ」
「ほっ、本当ですか?!では、僕はここに残れる上に、先生のお弟子にもなれるのですね!嬉しいです!」
松鶴先生の言葉を聞いて、僕の両目は大きく見開き、喜びの感情が泉のように湧き上がる。
以前から彼の才学を目の当たりにして来たから、彼の指導があればきっとこれからの生活はもっと豊かになる!
「うぅ……ごめんなさい……碧螺春先生……機会があれば、先生にも色々教わりたいです!」
「いいよ、謝る必要はない。時間はあるからね、あの石頭にいじめられたらすぐに私のところにきてねー」
その後、僕は正式に絶境に残る事になった。
先生の手伝いで、毎日植物の手入れをしたり、書類などを整理したり、時々先生と一緒に勉強もした。
昔王宮でやっていた事と大して変わらないけれど、山程の礼儀作法に気をつけて振る舞わなければいけないあの時に比べれば、百倍も快適だ。
先生は見識が広く、記憶力もすごい、僕にも良くしてくれる。頭が固いところもあるけど、王宮のあの者たちとはまるで比べ者にならない。
よく考えたら、今はとても幸せのはずだ。
しかし何故かわからないけど、昔の事をふと思い出してしまう。
記憶は影のように、防ぎようがなく、薄っすらと視界を遮り、悩みだけが増える。
「ドン──バサッ──」
額に痛みを感じて、ようやく我に返った。
うっかりぶつかって倒してしまった本棚と、散らかった書物を見てやらかしたと気づいた。
周りに誰もいなくて助かった。
幸い先生は留守で、もし見られたら夕食のお肉を減らされるだけでなく、その上明日の課題の量も増えるに違いない。
仕方ない、僕はため息をついて、しゃがんで片付けを始めた。
突然、表紙に「北朔年紀」と書かれている本が目に入る。
──その瞬間、深く埋もれた記憶が稲妻のように轟いた。
熱いものに触れたかのように、反射的に指が引っ込んだ。
「……」
ただの書物なのに、何を考えているんだ、僕は……!
自分の顔を叩いて、冷静さを取り戻そうとする。
しかし、いくら頑張って注意を逸らそうとしても、奇妙な圧迫感から逃れられない。
星が瞬く静かな夜、心を鎮めるためのお香はもう半分も残っていない。
僕はどうしても寝れなかった。
胸に重い岩石を載せられたかのように、息が苦しい。
どうせ眠れないし、少し外の空気を吸って散歩でもしよう。
Ⅳ.過去
警備の厳しい王宮は、冷たい牢獄のようだった。
小鳥すら入ってこられないのではないかと思ってしまう。
ぼんやりと城壁近くにある柳を眺める。あいつだねは、その枝を外まで伸ばすことが出来るかもしれない。
急に足音がして、僕は慌てて気を取り直し、そばの家来と共にお辞儀をした。
「何度言ったらわかるのじゃ!妾には足がついているから一人で歩ける。其方らに運ばれる必要なんてない!」
「姫様……これは太后様の言い付けで……くれぐれも外に行かせてはならないと」
「遊べと言う癖に、外に遊びに行くのは許さないのか?なんなのじゃ!」
この遠慮も容赦もない振る舞いと、語気を荒らげている人物は、太后様が封じた朔北の姫君だ。
太后様は険しい人生を送り、欺き合いが溢れる宮廷の中で地位を勝ち取り、派閥を立ち上げた。
例え彼女に仕える者同士でも、余計な面倒を避けるために食霊の正体を隠さなければならない。
この険しい王宮の中、少しの過ちも命取りになる。
太后様の家来であり、同時に大将軍でもある御侍がそう教えてくれた。
昔一緒に仕事したことのある家来も、生きていたければ忠誠を尽くし、無駄口を叩かずバカのフリをすればいいと言っていた。
しかし、その後彼を見ることはなかった。
神輿の音は塵と煙の中に消えていき、祭神大典で王朝が変わった時の殺気と息苦しさに取って代わられる。
王朝が代わり、新王が玉座に就くのには束の間もかからないように見えるが、背後には血の雨が降り変革が起こる夜が積み重なっている。
その後、太后様も御侍も、犠牲になった王侯たちも歴史に名を刻むこととなった。
春が訪れ、枯れた柳は新しい枝を生やした。
少ない荷物を持って、遠くなっていく王宮が黒の点になって消えた時、やっと重荷を下ろしたかのようにホッとした。
ひたすら歩き続けたら、いつの間にか夢回谷に辿り着いた。
あの時はちょうど正月の夜だった。空には花火、街では人々が騒いでいた。
酔っ払ったエンドウ豆羊かんは僕の肩を叩き、豪快な姿を見せる。
「あの時ずっと太后にこき使われていたチビは其方じゃったのか。だから言っただろう、好きでもない事に力を注ぐ必要などないのじゃ。その気があるのなら、逃げれば良いのじゃ!」
「我らは権力を巡って争う必要などない、その手の奴らは王宮を離れては生きてはおれん。それに比べれば我らはどれだけ自由か!」
「__まったくなんだその苦い顔は!酒がまずくなるじゃろう!百年も生きていないのに、余計な悩みを抱えるな、もっと今の事を考えるのじゃ!」
他にも彼女は何かを言っていたと思うが、それはあまり覚えていない。
彼女の豪快な振る舞いは、あの姫様とそっくりだった。
あの時、僕の心の中に答えが生まれたんだ。
「貴方の言う通りですね、僕も僕が望む生活を求めます!」
厳しい環境から離れて、争いのない生活。
穏やかで、自由に生きられる生活。
……
なぜか、顔に痒みが走り、パッと目を開けた。
窓の外から日光が差し込んでいて、霊鶴は長いクチバシで僕の顔をつついている。
「気が付きましたか?もうお昼ですよ」
よく知っている声が聞こえて、驚いて飛び起きた。
「せっ、先生……?!」
どうすればいいのか戸惑っていると、温かいお茶が目の前に差し出された。
顔を上げて見ると、先生は心配してくれているようで、ため息をついていた。
「昨日蔵書閣から出てから、ずっと心ここにあらずのようでしたね。昨夜も失踪していましたし、今朝花畑で貴方を見つけたんですよ」
「私は貴方の師である以上、貴方を守る責任があります。貴方の性格からして、何かあったのでしょう、聞かせてもらえますか?」
先生の言葉はとても優しくて、責める言葉は一切感じ取れなかった。
涙が出そうになって、僕は何もかもを打ち明けた。
言い終えると、先生はただ頷き、それ以上何も言わない。
「先生……なんでなにも言ってくれないんですか……」
「貴方は既に選んでいるじゃないですか?王宮を出た事も、梦回谷から出た事も、絶境に来た事も、全て貴方自身の意志で決めた事です。選んだ以上、何を悩む必要があるのですか?」
「それに……貴方さえ良ければ、いつまでもここが貴方の居場所です」
僕の意志……僕の居場所……
思わず先生の言葉を復唱し、心が高鳴る。
雨は止み、曇った空は青く晴れ渡る。
僕は、答えを……掴んだ気がした!
Ⅴ.如意巻き
夢回谷の中、滝が流れ、霧が広がる。
清らかな鶴の鳴き声が響いた後、荷物を背負った少年が山にある門を叩いた。
周りを見回す彼は驚きを隠せないでいる。修繕が完了した夢回谷はさらに立派になり、記憶の中の姿とは全く違っていたのだ。
「如意巻き、おかえりなさい。おや……これは?」
君山銀針は如意巻きの荷物を見ていた。見る限り珍しい物ばかり。
「麒麟姉さんが持って行くようにと、夢回谷再建のお祝いだそうです」
「こっ、んなに貴重な物を!感謝してもしきれない!今度きちんと島主たちを招待しなくては」
そばにいるエンドウ豆羊かんは透き通る腕輪を取り出し、如意巻きの前に行って吟味を始めた。
「其方は昔王宮の者にこき使われていたじゃろう、今もまだこき使われているみたいじゃな。じゃが……昔よりは元気が良い。絶境では良い暮らしをしているのじゃろう?」
「あの王宮の中で息苦しく過ごしていたのは見ていればわかる。やはり妾の言う通り、王宮を出て正解じゃったな」
「へへ……なんというか、本当にありがとうございます!」
如意巻きは恥ずかしそうに頭を掻き、エンドウ豆羊かんの満面の笑みに気づいていないようだった。
この時、金糸蜜棗も寄ってきて、賛美の言葉がこぼれる。
「迷子にならなくて済んだなんて、良かった」
「はい……それは先生が霊鶴に案内をお願いしてくれたからで……」
と言いつつ、急に何かを思い出したかのように、手を叩いて話し出した。
「そうでした!二人の小娘に霊鶴を触らせるなって先生に言われていたのでした……それは誰のことかわからないけれど、とにかく、霊鶴は隠しました!挨拶は出来そうにないのでごめんなさい」
言い終えた瞬間に、外から霊鶴の悲鳴が鳴り響いた、同時に……
「ついさっき外で見つけた綺麗な鶴を取ってきたが、飼ったらどうだ?」
「……いらねぇ、消えろ」
「そうか、なら夕食の汁物にしよう。毎日修行大変だろう、これで栄養をつけるといい」
「待って……あれは……先生の霊鶴?!ダメーー!!!」
如意巻きが慌てて外に走って行ったのを見て、少女たちは腹を抱えて笑い出した。
「はぁ……烏龍さんが良い人で良かった……じゃないと、僕も貴方もここまでですよ……」
帰還途中、如意巻きはドキドキしながら羽ばたく霊鶴を撫でた。
涼しい風が顔を撫でいつの間にか霊霧の結界を越えていた。
見下ろすと、絶境の島は霧に包まれ、蒼然たる海水の上に静かにそびえ立っている。
その瞬間、少年の鼓動が早まり、熱い想いが高ぶる。
なぜか……いつもの帰還とは心境が違い思わず微笑みが溢れた。
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