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湯圓・エピソード

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湯圓のエピソード

元気な少女。普段から福という字を書く練習をよくする。

毎年ある時期になるとレンゲに乗ってあちこちに福の字を配り、人々が1年間幸せでいられるようにお祈りしてくれる。

そのため、みんな彼女がやってくるのを心待ちにしている。

Ⅰ 治癒

「起きて……」


 ぼんやりしながら、私に優しい囁きが聞こえた。


 光がまぶたを射し、私は目をこすって口から「うむ~」って声が勝手に出てきた。ぼんやりと布団を掴んで寝返りをして二度寝をしようとすると。

「まったくこの子ったら」

 その優しい女性の声は笑いながら溜息をしているようだった。それから私の布団に手が二つ侵入してきた、服越しでも寒さに縮む。


 「湯圓ちゃん起きて~」

 何が起きてるのかまだ判らないうちに、布団がいきなり捲られた。冷たい空気が布団の中に侵入し、私は思わず身震いをして、目が一瞬で覚めた。

「ひ!」


ぱっと目を開けた私は小さく悲鳴を上げて、泣きそう人間つぶやいた。

「さむい……」

「呼んでも起きないから」

イタズラっぽいその声の主は、

「お嬢様……(しくしく)」


私のご主人様だった。


「もう~何度も言ったでしょ、お嬢様じゃなくてお姉ちゃんって」

 美しい顔に甘やかしてるような笑顔を浮かべて、彼女は私の服を持ってベッドの傍らに座る。

「ささ、服を着て顔を洗うよ~」


 私の御侍様は町の料理人ギルドのギルドマスターで、一人娘がいるほかに、長年付き添ってきた二人の食霊がいる。

 私は最近召喚されたばかりで、ほんの一年、食霊にとっては一瞬に過ぎない。

私は生まれて間もない食霊だけど、生まれたその瞬間に、頭にはいろんなことが刻まれた。

 寿命がとても長いとか、常人よりずっと強い能力があるとか。


 私の能力は治癒である。

 私は今でも覚えている、御侍様は私が簡単に弱りきった食霊を完璧に治せると知ったときのあの喜びようが。


 私はこの家に加わった。食霊を癒すこと、それは私のたった一つの仕事である。


 町に出る必要はない、毎日ギルドに行って、怪我をした食霊たちを治せばいい。


 長く御侍様のそばにいるほか二人の食霊は私よりも多くの仕事をしているようだ。長い剣を背負ってる青年がチームと一緒に町を出入りしているところをよく見かける。


 帰ったとき、彼の剣にはいつも重苦しい邪気が付き纏っている……それは堕神の邪気だ。

 私はその感覚が嫌いだ。


 でもその青年のことは意外に嫌いじゃない。

彼と目があったとき、彼はいつも暖かい情緒を伝えてくる。

 それはまるで御侍様やお嬢様みたいに、私を見守っているような感じだから。


 私はここが好き、皆私に優しい。

 怪我をした食霊を治すたびに、その仲間や御侍は私に感謝の笑みを見せてくれる。


 私は皆の笑顔が好き。


Ⅱ 忙しい

 近頃、戦況がますます厳しくなっていき、ギルドには怪我をした食霊が増える一方で、その傷もますます深くなっていった。たまに送ってきた食霊の体に散り始める予兆すらあった。


 私はギルドにいる時間がどんどん長くなっていく、ここに住むこともたまにあった。


 治療の仕事は日々増えていって、休む暇はほとんどない。

 でもいくら厳しくなっても手を止めることはできない、けが人の苦しそうな表情は見たくないから。


 私が見たいのは皆が幸せに笑っている表情だけ。

 このような重苦しい雰囲気は嫌い。



ある日、私は守衛さんからお嬢様からの手紙を受け取った。これは今月に入って三通目の手紙だった。

 知らず知らずのうちに、私はもうギルドで五日泊ったらしい。御侍様にいたってはもう半月近く家に帰ってなかった。


 そういえばどれくらい経ったかな?皆が一緒にいる光景はもうかなり長い間見てなかった気がする。


 手紙を持ってドアを開けると、御侍様が椅子に座って仮眠をしていた。珍しいことだ、御侍様が仕事してない光景は。


「あ……誰?」

 ドアの音に起こされたのか、御侍様は目が覚めた。

 私を見る。

湯圓か」


 欠伸をしながら、御侍様は私の手から手紙を受け取ると、いつ作ったのかわからない冷たくなった食事を摂りながら手紙を読んでいた。


 しばらくすると、御侍様は目をこすって、長く溜息をすると、私を見て苦笑した。


湯圓、今日家に帰るといい。なっちゃんは会いたがってるそうだ」

「御侍様は?」

「オレか?」


 御侍様はテーブルにあった写真立てを取って呆然と見つめる。


写真には二人の女性が写ってる。一人は幼くかわいらしい、お嬢様の面影がした子供。お嬢様の小さい頃の姿だろう。もう一人は容姿端麗な穏やかな女性、私は会ったことがない。


 御侍様は優しい目つきで写真を撫で、言葉を発さない。


 しばらくすると、御侍様はようやく目を写真から離して、いつもの平然とした態度に戻り、写真立てを手紙の上に置いた。写真立ての後ろには高い書類の山が。


「先に帰るといい、湯圓

「ここ数日はご苦労。食霊ではあれど、君はまだ子供だ、無理をすることはない」

「……」


 それから何を言ったかは覚えていない。覚えているのは御侍様の疲れても優しいままの顔と、私がギルドを出る時になっても消えなかった部屋の明かりだけ。


Ⅲ 立ち去る

「お父……」


 家の前で待っていたお嬢様は私を見て、喜んだ顔で走ってこようとしたけど、御侍様が私の後ろにいないと見たら、立ち止まってしまった。


 私が目の前にやってきてようやく、彼女は口を開いた。


湯圓……お帰り」

 そんなお嬢様を見て、私の胸は疼いた。

「……お姉ちゃん、中にはいろう」

 彼女の袖を引っ張って、私は囁いた。

「……ん」



 数日後、私の御侍様の命令を受けてギルドに行こうとした時、荷物をまとめているお嬢様を見た。


「お姉さん……何をしているの?」

それを見て、私は不安になった。

「私はこの家を出るよ、湯圓


 お嬢様は肩の上に落ちた長髪を掬い、顔は笑顔のままだけど、声はいつもより冷たく、感情をなくした人形みたいに、


「一緒に来る?」

「……お嬢様、どこに行くの?」


 私はぽかんとした。


「お姉ちゃんでしょう」


 お嬢様は私の頭を撫でて。


「私はお母さんの実家に戻るの、もうここに居たくない」

「あ、あの……どうして?何でお姉ちゃんは出て行くの?」


 私は困惑してお嬢様の服を掴んだ。


「御侍様がお仕事で忙しくて家に帰ってこれないからなの? 御侍様のせいじゃないの、お仕事が多すぎて、湯圓……湯圓ですら忙しかったの、御侍様はわざとじゃないのよ」


「いいえ、湯圓……あなたはわかっていないのよ」


 突然何かを思い出したように、お嬢様の目が揺らいだ。


湯圓、今日よ、お父さんは今日も帰ってきていないのよ」

「知ってる?明日は私の誕生日なのよ」


 お嬢様は囁いた。

 

「お父さんは帰ってくるつもりなどまったくないのよ、たとえお母さんが……」


 お嬢様は突然口を閉じた。言うべきではないことを言ってしまったと気付いたような感じだった。

 お嬢様はすぐいつものような感じに戻って、


「とにかく、湯圓、ついてこないなら、私はもう行くよ」

「……」



 私はお嬢様についていくわけにはいかない、ギルドで私の治療を待ってる人がたくさんいるから。それに、御侍様を置いていくわけにもいかない。


 そして……お嬢様の母親、つまり御侍様の妻、それは写真に写ってるあの女性のことでしょう。彼女はどうしてるの?


 その疑問は頭の中で回り続けていた。私はお嬢様が家を出たことを御侍様に教えた。御侍様の苦悩を前にして、自分に何がしてあげられるのかわからなかった。


 そんな気持ちを抱いて、私は今日の仕事を終わらせた後、ギルドに用意してもらった部屋に戻って、福書を書くことで気を紛らわした。


 これは私の数少ない趣味だ。


 みんな私の書いた福字が好きだった、他の人が書いたものにはない霊気を感じるって事らしい。


 どういう意味なのかはわからなかったけど、みんなの嬉しそうな顔を見て私も幸せな気持ちになるから、福字を書くことが徐々に習慣として長くやってきた。


「間違ってるぞ」

 突然後ろから男の声がして、私の考えを遮った。

「あ……あ?」

 私はびっくりして振り返った。

「字、間違ってるぞ」


 いつも御侍様のそばにいたあの暖かい目をした青年が、いつの間にか後ろに現れて、私に声をかけた。


 私はそれで気付いた、注意力が散漫していたせいで、今書いている福字が形がわからないめちゃくちゃな落書きになってしまった。


「きゃ!」

 私は思わず小さく悲鳴を上げた。

 その青年の手が突然私の帽子におかれ、軽く撫でた。


湯圓、何か悩みがあるなら、相談に乗るぞ」

「僕は……湯圓の悲しそうな顔を見たくないんだ」


Ⅳ 解と圓

「御侍様の奥様は、五年前に亡くなった」


 私の問題を聞いた後、青年が剣を降ろして椅子に座り、私が召喚される前のことを語り始めた。


「当時の状況は今とちょっと似ているな」

「戦況がかなり厳しくて、怪我した食霊も多かった。ギルド全体がどうにもならないほどに忙しかった」

「今と違ったのは、当時の街の防衛力は今のように強くはなかった」

「堕神が防御の隙をついて町に侵入し、かなりの数の住人が被害にあった」

「その夜、お嬢様とお嬢様の母親は、ちょうど御侍様への見舞いの道のりの途中だった」


青年の声が徐々に沈み始めた。


「それから何が起こったのかは、言わずともわかるだろう」

「それは……」


 私は驚いて、何を言えばいいのかわからなかった。


「お嬢様は、もしかすると御侍様を恨んでいるかもしれない。前はあんなに活発な性格だったのに、きみと……」


 青年は私を見て笑った。


「きみとかなり似ていたな」

「毎日きゃっきゃ騒いで、かなりのお転婆だった」

「えっと……」


 私は恥ずかしくて頭を掻いた。


「私、そんなにお転婆だった?」

「ふふ……褒めているんだよ」


 青年は失笑した。それから壁に掛かっている時計を見て立ち上がり、剣を背負い直した。


「そろそろ時間だ、僕にはまだ任務がある。もう行くよ」

「後で時間があるなら御侍様のところに行くといい、彼は君に用があるようだ」

「それで十分だ……食霊は食霊のすべきことをすればいい、これは御侍様の家族の間のことだからな。」


 青年はドアを開けて、振り返らずに、忠告のように言ってきた。


「考えすぎると悩みが増えるだけだ、湯圓はただそこで笑ってるだけでいいから」



 心に靄がかかったままで、私は御侍様の部屋までやってきた。


「こんな遅い時間に呼びつけてすまない」


 御侍様が溜息をして、複雑そうな顔で一つの箱を私に渡した。


「これをあの子に渡してほしい」

「本来直接あの子に渡すつもりだった……あの子の誕生日でな……」


 御侍様の声が沈んだ。


「けど西の城門に堕神がな……それに、こういう状況では、あの子もオレに会いたくないだろう」


 そう言って、御侍様は懇願するように私に言った、


「とにかく、あの子にこれを渡してくれ。もし戻りたくないなら、戻らなくていいとも伝えてくれ」



 それから御侍様はまた数日の休みをくれて、その内で時間を取ってこの贈り物を届けてくれと私に頼んだ。


 だが私は休む気などなく、すぐに荷物をまとめて、急いでお嬢様のもとに向かった。


「自分のすべきことをすればいい……か」


 途中で、私は青年の言葉を思い出した。


 それから頭を振った。


「今私のすべきことはこの贈り物を届けて、親子の関係を修復させることだ」


 私は自分自身に言い聞かせた。



目的地にたどり着いた私は、門前払いを食らってしまった。


湯圓、執事に部屋を用意してもらって休んで。今は会いたくないの」


 ドアを挟んで、お嬢様は冷たい口調で、


「今はあの人のことを聞きたくないの」

「お姉ちゃん、ドアを開けて」


私はドアの前で懇願した。


「お願い、湯圓の話を聞いて」

「御侍様はお姉ちゃんのことを愛していないんじゃなかったのよ。御侍様はこの家を愛しているのよ。ただギルドのお仕事が多すぎて、御侍様にもどうしようもなかったの……」

「もういい!」


 部屋から低い叫び声がした。


 いつもの優しいお嬢様の声とは思えなかった。


 私はまるでお嬢様の獰猛とした姿が見えたようだった。


 怖いわけではない、ただ悲しかっただけ。


「お姉ちゃん……お願い……」


 私は彼女を刺激しないように声を低くして、出てきてほしくてドアを叩いた。


「御侍様はお姉ちゃんの誕生日を忘れてなかったの、用意した贈り物も私が持ってきたよ……」

「あなたがそれを思い出させただけでしょう!」


 たぶん私のことをわずらわしいと思ってお嬢様は勢い強くドアを開けて、何かを言おうとした。


湯圓、あなたは……」


 私はドアに飛ばされて、手に持ってる箱が落ちて、中身が散らかり出した。


 それはたくさんの千羽鶴だった。


 私はすぐに立ち上がって散らかった紙鶴を片付けようとしたが、お嬢様が固まったのに気付いた。


 彼女はゆっくりと蹲って、一匹の紙鶴を拾った。呆然とした表情が突然辛い顔になって、お嬢様はすすり泣きだした。


 泣き声は徐々に大きくなり、最終的に道に迷った子供のように大泣きし始めた。


 何をすればいいのかわからない私は、同じように蹲ってお嬢様より小さい腕で彼女を抱きしめた。


 後で私は知った。


 昔、御侍様と奥様はお嬢様ととある約束をした。


 一緒にたくさんの紙鶴を作って、お嬢様と奥様の同じ日の誕生日を祝うという約束を。


 事故が起こったあの日は、二人の誕生日の数日前だった。


 事故のせいで非常に忙しくなった御侍様はその約束を二度と口にしなかった。


 それほど仕事で忙しく、まるで家族のことなどどうでもいいような御侍様が、まさかこのような優しく暖かい一面があるとは誰も思わないだろう。


 このような細かい手芸が苦手な御侍様は、無数の忙しい夜で時間を作って、妻と娘に対する謝罪の気持ちで、娘に贈るために、少しずつこれらの鶴を作ってきた。


 お嬢様がこの世に生まれて七千日で七千匹の紙鶴。


 不器用で真摯な愛だ。


Ⅴ 湯圓

 この十数年の間で、ギルマスのもとにいる一人の食霊が名を馳せた。彼女の物語が本としてまとめられて、遠くまで伝わっていった。

 

 日く、彼女は霊術で多くの食霊を癒し、健康と平安をもたらした。

 日く、彼女は多くの後方勤務を担って、家族を失った人や食霊を失った御侍の心を癒して彼らの心に巣食う暗闇を払い、光と快楽をもたらした。

 日く、この町から食霊が作った福書が配られ、祝日になればそれは門に貼られ、福を呼び、災厄を払う。

 曰く、彼女は美しい少女。

 曰く、彼女はかわいい子供。


 これらは全部重要なことではない。

 戦争が終わった後、その食霊は剣を持った青年食霊と共に旅立ち、幸福と喜びをばら撒いてきた。

 物語はここで終わり。


 語り部が語り終えると、茶屋が喧騒になり始めた。

 誰か立ち上がって尋ねた。


「それで、その食霊は少女と子供のどっちだ?縞麗なのか?」

「結麗でスタイル抜群のお姉さんだ!」


澄んだ子供の声が茶屋に響き渡り、その質問に答えた。

それは小さくて可愛らしい、虎の帽子を被って白い綿の上着を着た女の子。小さな顔が興奮に満ちていた。


「パー」っと、彼女は隣の青年に引っ張られ座らされて、 頭を叩かれた。


「何を言ってるんだ?」


青年は怒ってるようで笑ってるように囁いてから、周りの人に謝罪した。


「すまない、子供の話だから気にしないでくれ」


 だからその心優しくて世間に平和と喜びをもたらす食霊はいったいどんな顔をするのか、誰も知らなかった。


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