酸梅湯・エピソード
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酸梅湯のエピソード
インテリ気質で、いつも悠々としている。
整った外見と優雅な仕草で周囲の注目をあびることもしばしば。
伝統的な曲芸を何より愛しており、聞くのも歌うのも好きで、歩くときもつい口ずさんでいる。
Ⅰ 玉京の逸話
「彼らの命運もここまでか?」
私は街角で携帯用の腰掛に腰を下ろし、街道を慌ただしく往来する人々を見ていた。彼らは恐れおののいた表情で、誰も私の小さな露店には注意を払わない。一言口にしたところで、自分に聞かせるだけだ。
「おい、なにをしている?」
唯一聞きに来るのは、街の中を巡回している戍衛郡反乱軍だけだ。玉京城が落とされた後、彼らは密かに神君を保護している後継者をずっと探している。徹底的に神君を滅ぼさなければ、国民を服従させられないからだ。
「ちょっとした休憩所ですよ。お疲れ様です、無料のお茶もありますが、いかがです?」
「お前は食霊か?」
彼は遠慮なく腰を下ろし足を揉み、私が渡した冷たいお茶を一気に飲んで、気持ちよさそうに「あ~」と漏らした。
「すっきりした!」
「私は現地の住民ですよ。読書に疲れると、ここに街の賑わいを見に来て、ついでに露店を開くんです。ご縁があったらまたどうぞ。商売とは言えませんが」
「ああ。……逃亡犯の神官がいる。彼は君主殺しの罪を犯した。見かけたらすぐ私に通報しろ。それなりの報酬もある」
「わかってます」
兵士は満足げに去って行った。周囲を見回し、誰もこちらを気にしていないのを確認した後、私は椅子を片付けて街道に戻り、固く閉ざされた扉を軽く叩いた。
「もう安全だ」
Ⅱ 信仰の故
千年以上続いてきた王城――玉京が、戦火に巻き込まれてから十数日。光耀大陸の神君「白虎」の寿命が尽き、後継者が現れる前に戍衛郡が反乱を起こし、西に進軍して玉京を占領した。
目の前の若い神官は、今朝玉京の下水道から望京に逃げようとしたところ、堕神の襲撃に遭った。偶然物音に気付いた私が、彼を救った。命は守られたが、このまま街にいるのはやはり危険だ。
「やはり行くのか?」
「反乱軍は玉京が攻め落とされた情報を封鎖しました。もしこの件を南翎様に伝えなければ、彼は赴任と同時に罠にはまり、死は免れません」
「事態はここまで進んだのに、どうして諦めない?」
「食霊にわかるものか!」
私の質問を聞き、彼は怒った。
「すまない、私にわかるのは、強硬策ではよい結果は得られない、成り行きに任せるのが正しいということくらいだ」
長年に渡り、私は人類の書籍をたくさん読んできた。こういった「道理」と呼ばれるものが最も人類の心を動かすものだが、目の前のこの神官は応じなかった。
「光耀大陸が太平安泰なら、誰が治めても同じじゃないか」
「南翎様が神君を継承しなければ、光耀大陸に太平安泰はない……」
彼は望京の方角を眺めた。その瞳には確固たる意志が宿っている。
「そうやって死ぬのが怖くないのか?」
「これは信仰のためです!」
「信仰?」
「信仰です!」
彼の瞳は輝き、全身の力を込めてこの言葉を口にした。まるでそれが彼のすべてだと言うように。
だが我々食霊にとって、契約こそが一番重要なものだ。我々は契約通りに自分の料理御侍を守り、堕神を殲滅する。それが我々の責務だ。だが、それも過去のこと。私の御侍様には家族がいない。三年前に亡くなった後、この庭を私に遺した。それ以来、私は毎日読書をする以外は、玉京を散歩するくらいだ。それ以外に、何もできることはなかった。
この神官を救うまでは。
「時は人を待ってはくれません、行かなければ」
彼は立ち上がると私に一礼をし、震える足で外に向かって歩き出した。
「……待て、もう少し送ってやろう」
「え?何故?」
「足を怪我しているのに気付かなかった。動くのに不便だろう。もし堕神に遭ったら、死ぬしかない」
「も、もう十分助けていただきました。これ以上は……」
「人助けは最後まで、さ」
信仰、それが結局何なのか私には理解できない。
だが彼に命まで賭けさせるものだ、きっとなにより重要な存在なのだろう。
Ⅲ 請託
玉京の城門は完全に反乱軍の手に落ちていた。正門から出ることは不可能だ。十数日の戦乱のために、ずっと掃除されていなかった下水道にはたくさんの堕神が潜んでいた。危険ではあるが、こっそりと玉京から抜け出す唯一の道だった。
「結局ここを通るしかないのですね。でも今回はあなたがついてくれています、絶対に大丈夫だと信じています」
「警戒を怠らないように」
この言葉に喚起されたのだろう、私たちは下水道を無言のままに歩いた。しばらくの間、私たちの耳に入るのは生臭い廃水の流れる音だけだった。
「頼みたいことがあります」
彼は突然歩みを止めた。私は振り返ったが、薄暗い環境では彼の輪郭しか見えなかった。
「私は神官ですが、普通の人類です。いずれは死にます。でも、あなたは違う……」
「もし私が捕まったら、どうか代わりに南翎様に知らせてください。お願いします!」
彼は私に深く頭を下げた。
「……人類が、食霊にぺこぺこしないでくれ」
「これは私個人のことではないのです。わかってください、南翎様は神君を継承しなければなりません。これは光耀大陸の未来に関わることなのです」
人類は本当に不思議だ。人と人とのことなのに、どうして巨視的な角度から結果を考えるのだろうか。だが、これも人類がティアラワールドを統治できる重要な要因だろうか?
その後は無言で進んだ。途中何度か堕神に遭遇したが、すぐに私が片付け、しばらくするとついに下水道の出口の光が見えた。
だが、その光はたくさんの影で散り散りになっていた。
Ⅳ 理屈
望京城の外には盛大な隊列が集結していた。先頭は豪華な牛車だ。中に座っている男性は上品な衣装を身に纏い、美しい顔をしていた。私は、その人が神官のずっと探していた神官の後継者――南翎だろうと思い、近づいていった。
「何者だ?」
衛兵たちは私が近づいていくのを見るとやって来て遮った。
「南翎様の道を塞ぐな!」
「私は酸梅湯、南翎様にお知らせしたい重要な話があります」
「では、少し待て」
衛兵は物分かりがよかった。身を翻らせ牛車に戻り報告すると、間もなく牛車がゆっくり動き出し、私の前で止まった。南翎は顔を出し、微笑んだ。
「酸梅湯ですか?お目にかかれて光栄です。何事でしょう?」
「……ある神官に伝言を頼まれました。玉京は戍衛郡の反乱軍に占領されました。このまま赴任すれば恐らく悪い結果になるでしょう。望京で軍勢を整えて、反乱軍を鎮圧し、玉京を奪還する方がよろしいでしょう」
「ええ、わかりました。ですが何故神官が来ないのです? 彼は?」
「……死にました」
「そういうことですか、わかりました」
彼の答えは落ち着いていた。まるで彼からしたらそれほど重要なことでもないように。だがそのことに私の心はわけもなく、炎のように熱くなった。
「あなたは……彼の死を何とも思わないのですか?」
「思う? ああ、誤解させてしまったようです。私は彼の犠牲を悲しんでいないわけではありません。しかし、彼と面識があるあなたなら、きっと彼の気持がわかるでしょう。彼のために悲しむことより重要なのは私の使命です。私が神君を継承することこそが、彼への慰めとなるのです。違いますか?」
南翎と神官の言葉は完全に一致していた。どうやら彼らは同じことを考え、心まで通じ合っているかのようだ。しかし、私にはまだ一つわからないことがあった。
「南翎様、彼はよく信仰と言っていましたが、一体何なのでしょう?」
「わからないのですか?」
彼はしばらく考え、私が何も言わないのを見ると、笑顔をおさめた。
「それは私や他の誰かが教えられるものではありません。信仰は貴方の信念です。あなたは自分でそれを検証し、理解するものです。それができれば、あなたも信仰のために変わり、信仰のためにすべてを投げ出すかもしれません」
「あの死んだ神官のように?」
「あなたの目には価値のないものに映るかもしれません。ですが私を信じてください。いつか、わかるでしょう。もし探求したことがないのなら、周りの人から始めるといいでしょう」
Ⅴ 酸梅湯
南翎は新たな神君となり、反乱軍も戍衛郡に戻り、再び光耀大陸の辺境で守護に就いた。この土地と国民は彼の統治下で繁栄を取り戻した。彼がどうやり遂げたのか、知る者はいない。
酸梅湯はその後玉京に戻り、たくさんの気の合う食霊と知り合いになった。彼はその聡明さで、玉京で長く活躍した。しかし、「信仰」という思いはずっと彼の心に残っていた。
信仰とは一体なんなのか?
食霊も信仰を持つべきだろうか?
まだ答えは見つけられない。
「もしかしたらある日、私に信仰を理解させてくれる人に出会えるかもしれない」
そう信じる酸梅湯は、玉京崑崙宮の方向をしばらく眺め、身を翻し、往来する人の群れに消えた。
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