どら焼き・エピソード
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どら焼きのエピソード
たい焼きの兄。
まだまだ子供っぽいが、妹思いのいい兄貴。
しかし誰かが妹と仲良くしているのを見ると
つい怒ってしまう、大人げない一面も。
Ⅰ 春が来たそうだ
冬が終われば春が来る。
春が来たら、ここは桜に囲まれる。
それは僕が一番好きな季節だ。
この季節になると、僕は妹を連れて近くの林に行き、
そこでクワガタを捕まえることができる。
そうすると、妹はクワガタを捕まえた僕をほめて
くれる。
「兄様、すごい!」
あの時はあんなに楽しかったのに!
でも、今は……
「兄様、先生の授業中に寝ないでよ!」
可愛い妹は僕の隣の席に座り、その可愛さもちっとも
変わっていない。
「難しい言葉ばっかりで分からないよ」
僕は頬杖をついてつぶやいた。
「まったく、兄様はもっと頑張らなくちゃ!先生は
あんなに熱心に教えてくれてるんだよ。」
「はいはいはい、とにかくさんまの塩焼きは正しい、
これでいいだろ~。」
僕はいいかげんに回答した。
「兄様、喧嘩売るようなこと言わないで。」
「ふん!喧嘩だなんて!」
可愛い妹はもう僕に感服の視線を向けなくなっていた。
元凶はあのいつも無表情で猫とおしゃべりをしている
やつだ。こんなやつのどこがいい?本当にわからない。
あ~あ~すべてはさんまの塩焼きのせいだ!
毎回の授業はつまらない。さらにその安定の無表情の
顔を見ると、余計にいらいらする。
みんなどうしてここに座って全然理解できない言葉を
聞いているのか?さっぱり分からない。
僕はドアに近い机に寄りかかり、本も開かなかった。
どうせあの猫かぶりの先生は僕のことを見ていない。
なら思いっきり寝た方がいい。
春の日の午後、太陽の光はまぶしい。
軽やかな風が花の香りを送ってくる。
桜の花びらがひとひら、静かに飛んできて
僕の机の上に落ちた。
あ~僕が一番好きな季節だ~。
妹と一緒にクワガタを捕まえに行きたいな~。
あ、そうだ。どうせ気づかれない。
このまま抜け出そう!
そう思うと、僕は完全に自分の考えに納得した。
さんまの塩焼きが視線を下げた瞬間、僕はすごい
スピードで走り出した。
和室を抜け出してから角で身を隠し、和室の中を
覗いてみたが、何も起こらなかった。
よし!脱出成功!
目の前に広がる青空を見ると蘇ったような爽快感を感じた。もっと早くこうすればよかった!
だけど、僕がほっとした途端、猫の群れが和室のドアに向かって走ってくるのを見た。
これは、さんまの塩焼きが現れたことを意味する。
なぜ出てきたんだ?早く逃げなくちゃ!
僕は勢いに任せてヨーヨーを和室の近くの楓に投げ、茂っている楓の上に跳び、身を隠した。
「弟のことをよろしく。」
知らない女性の声が下駄の音と共に近づいてきた。
枝と葉っぱに視界を遮られた僕は和室で起こっている
ことを見ることができなかった。
こいつ……「新人」か?
Ⅱ 隠れた不満
かなり長く待った。
音が完全に消えた後、外の様子を見て自分の安否を確認したかった。
しかし、二三歩したところで足が滑って落ちてしまった。
しゃーーーー
枝に顔を打たれ、焼けるような痛みを感じ、気がつくと太い枝にまたがって動けない体勢になっていた。
「いたたたた!」
僕は木の幹に体を移動させながら、枝に打たれたお腹をさする。
この木の高さは尋常じゃないな。
幸い、僕は運動万能だから、木に登ることなんかは、あの猫好きより何倍もうまい。
「春の霞に照らされる遠くの山、山全体を覆う満開の桜。花はいつか散るか知らない、花は行きて姿を変える……」
私塾から読書の声が伝わってきた。
いつもの日程ならこのコマの授業はもうすぐ終わるはずだ。
早く妹を捜しに行かなくちゃ。
「ここにいると読書の声が聞こえる。」
木登り中の僕は、木の下からの突然の声にびっくりさせられた。
「え?」
こんなに早い時間に林に来る人がいるとは思わなかった!
「木が喋っている?」
こういう時は答えるべきかな?
「うん、たぶん私の聞き間違いだわ。」
その声はまた勝手に失望した。
そういえばどこかで聞いたことがある声だな。さっきさんまの塩焼きとおしゃべりをしていた女の声に似ている。
好奇心を呼び起こされた僕が木の下を覗いてみると、赤い和服を着ている少女がそこにいた。
あれは一目でも絶対忘れない美貌だ。
墨のような真っ黒で長い髪、やや上がっている横顔は淡々とした表情で私塾を眺めており、エメラルドのような瞳は悲しみに満ちている。
なぜそんな顔をしているんだ?
自分の弟と離れたくないならさ~
僕と妹のようにずっと一緒にいればいいじゃないか。
そう思って、何も言わずに私塾に帰った。
そろそろ妹と一緒に林に探検に行こうと思った。
喜び勇んで駆け込んでみると、妹は嬉しそうな顔で、あるガキとおしゃべりしている。
「さっき刺身を送ってきた人はあなたのお姉さん?」
「うん、お姉ちゃんの寿司だよ。」
「お姉ちゃんは美人だね!」
「ありがとう、笑っているあなたも美人だよ!」
「えへへ~笑顔は運をもたらしてくれるわよ~」
「うん!」
和やかで楽しい雰囲気だがなぜか僕の心に警報を鳴らした。
このガキ、初日なのにもう何か企んでいるのか!
「へえ!新入りか?」
僕はすごい勢いで割り込み、怖い目つきで彼を脅そうとした。しかし、そのガキは微動だにせず笑った。
「はじめまして、刺身です。よろしく。」
「お兄ちゃん、顔をしかめちゃだめ、もっと笑わないと、運が逃げちゃうわよ!」
妹は指で僕のしかめ面を触りながら注意した。
「おにいちゃん、さっきどこ行ってたの?」
「ちょっと気分転換してきた~授業はつまらないから~」
僕は何事もなかったような口調で答えた。
「あ!そうだ!後で一緒に遊びに行こう!」
「だめよ~後で別の用事があるから!」
妹はいつもと変わらない声で、今まで一度も言ったことがないことを言った。
ずっと一緒にいたのに。
妹はいつも天真爛漫な顔で「お兄ちゃん」と呼ぶ。僕もずっと一緒にいられると思った。
まさか、妹はもうこの兄を必要とせず、自分で成長をしていくのか?
いやいやいや!それだけはどうしても納得できない!
この瞬間、楓の下に立つあの人の目つきを思い出し、彼女の気持ちが少し分かった気がした。
しかし、想像するだけでこれほどのショックを受けるだなんて。
Ⅲ 心の距離
最近の妹はかなり忙しい。僕とおしゃべりする時間もない。
聞いてみても、彼女は笑顔で「秘密」としか答えない。
なんだか世界に捨てられた気分だ。妹がそばにいない生活は本当につまらない。
僕は一人で桜の木に登って、木に囲まれた私塾を眺める。いつも通りの様子だ。
「あ~本当につまらないな~」
高速回転しているヨーヨーを見つめ思わず心の中で嘆いた。
「まさか本当に樹霊?」
あの熟知している声がまた伝わってきた。
しまった!彼女がいるのを忘れちゃった。
あのくそガキの姉貴はほぼ毎日この木の下で私塾を眺めている。
「あ…う、うん…」
僕は突然声を抑えた。どうせお互いに面識がないのだから、適当にごまかすとしよう。
「最近よく木の下を訪れ、本当にご迷惑をおかけしました。すぐご挨拶せず失礼しました。」
彼女は突然正座して真面目な顔で言った。
え…なんていうか?刺身というやつとは完全に違うタイプだな。
「あ…大丈夫大丈夫、いたいだけいればいい。」
別に本当の樹霊ではあるまいし、どうでもいい。
「感謝します。」
こんなに真面目に感謝されると、かえって不安になった。
「そういえば、どうして毎日ここに来ているんだ?」
僕も気まぐれで聞いた。
「弟がうまくやっているのかを確認したくて。」
「ならば会いに行けばいいじゃないか、ここにいてもなにも分からない。」
「そうすれば、きっともっと会いたくなる。」
「じゃ一緒にいればいいじゃないか、姉と弟だろう!」
僕は当たり前だと思うことを口にした。
「うん、姉と弟だからこそ、こうするの。」
そう言いながら、寿司は苦笑した。
「彼がこの決心をつけるためどれだけ勇気を使ったかを知っているから、勝手に邪魔をしたくない。」
彼女の話は理解できない。そして、あの時の彼女の目つきも理解できない。
弟と別れたくない、これだけの理由では足りないのか?
「兄様!兄様!」
妹の声は僕を現実に連れ戻した。
「兄様、何を考えているの?」
「なんでもない~」
僕は妹が好きなように手を取らせ、笑って答えた。
「兄様!早く行こう!遅れちゃうよ!」
「え?」
こんなに遅い時間にまだ何かあるのか?
Ⅳ 月見の桜雨
変だなと思いながら、僕は妹と一緒に外に出た。
あれは満月の夜だった。
桜の花びらは月光と共に舞い落ちる。
あれ?桜の花びら?
さすがに僕でもわかる、この季節にこれほどの桜があるわけがない。
見上げると、桜餅が桜の木の上に座り、空に花びらを撒いているのだ。
満月の夜になると、見飽きた景色もまた斬新な感じがする。
灯火が尽きようとしている。屋台とは言えないような簡単な木棚に妹が大好きな餅が置かれている。
「兄様、ほら!祭りだよ!」
満面の微笑を浮かべる妹は目の前に立ち、その一瞬、まるで過去に戻ったような気がした。
「兄様、元気が出た?」
「うん!」
この一瞬、さっきまで憂慮していたことが桜の花びらと共に消えた。
なるほど、僕のためにここ数日、妹はずっとこの準備をしていたんだ!
やっぱり、妹は僕のことを大切にしている!
やっと妹と愉快な夜を過ごせる、と思った。
しかし近付いてみると、普段妹と仲良くしている桜餅といちご大福はもちろん、さんまの塩焼きと刺身も来た!
「ち、どうしてこの風情のふの字もない二人まで!」
嬉しくなった気持ちはすぐに半分消えた。
「あ!今日は刺身が私塾に入学するのを祝う歓迎会でもあるの~」
妹の言葉を聞いたら、残りの半分の興味も無くなった。
僕はその場に立ち、この花火がない祭りを眺めていた。
どこから持ってきたのか、刺身が魚を取りだした。妹たちの注意は完全にその魚の切り方に集中した。
さんまの塩焼きはいつも通り猫と一緒に静かに座っているが、いつの間にか和服姿の白髪の男が彼の隣に現れた。
「あの人は誰?」
「兄様知らないの?紅葉館のすき焼きだよ。先生の旧友みたい、時々私達に食べ物を配ってくれるの!」
「すき焼き?」
「うん、刺身は前に紅葉館に住んでいたの。だから彼は刺身のために魚を持ってきたのよ!」
紅葉館?ならば、姉の寿司もそこにいるよね。
考えが乱れた。
彼女は今も悲しい目つきでここを眺めるのか?
彼女が今ここにいたら、本当の笑顔を見せるのか?
Ⅴ どら焼き
あの祭りのような歓迎会が終わった翌日、どら焼きはいつものように木の上に隠れている。
なぜか寿司が来るのを期待している。
しかしその日寿司は来なかった。
木の上で横になっているどら焼きはうっかり寝てしまい、目が覚めたらもう夜になっていた。
寝てしまったから寿司に会えなかったのかと考え、その次の日も木の上で待っていた。
しかし、二日目も三日目も、寿司はそこに来なかった。
どら焼きは、虚しく感じながらも諦めずに待った。
「兄様、最近また元気がないの?」
「そんなことない!毎日元気いっぱいだよ!」
どら焼きはすぐ立ち上がって元気なポーズをとった。
「え?そういえば刺身のやつは?」
「もう帰ったよ~昨日紅葉館に帰った~」
たい焼きは嬉しそうに言っている。
「会いたい弟に会えたのか。ならここに来る必要もないか」
どら焼きは妹の言葉をずっと忘れられない。
結局木の上に登って頭を冷やすことにした。
「樹霊、まだここにいるの?」
やわらかで淡々とする声が下から伝わってきた。
「わあ!」
木の上で横になっているどら焼きはびっくりしてすぐ起きた。まさか寿司が突然来るだなんて思いもせず、どら焼きは自分の声を変えることを忘れていた。
「き…来たんだね?」
もう手遅れかもしれないが、どら焼きはやっぱり声を低く抑えることにした。
「不思議な樹霊ね。」
「コホン…寝起きなんだ、本当にそれだけだ…」
下からの声が途切れた。
どら焼きはどうしたら話題が続くかを考えていると、いつも無口な寿司は先に喋り始めた。
「彼が帰ってきた。」
「それはいいじゃないか~」
どら焼きは真剣な口調で答えた。
寿司はまた黙り込んだ。
「先日、私はついに私塾に行った…」
「私塾に?」
どら焼きは驚いた。自分がそれを知らなかっただなんて。
「あの日、私塾のみなさんは弟のために歓迎会を開いて…」
歓…歓…歓迎…会…
どら焼きは少し慌てた。
「あ…あの日はにぎやかだったね、ははは…はは…」
刺身に皮肉を言ったところを寿司に見られたか分からないが、どら焼きは作り笑いしかできなかった。
「あの日どら焼きという食霊を見たの。どうやら彼は弟に不満を抱いているようなの……」
よりによって見てほしくない場面を見られた。
好印象どころか、最悪な印象じゃないか。
そして名前まで知られた。もう最悪だ…
どら焼きは心の中でこの悲惨な運命を嘆く。
「え…えと…あのどら焼きのやつ、別に悪い食霊じゃない…」
どら焼きはできるだけイメージを挽回しようとした。
「うん、わかってる。」
「恥ずかしいことに、あの時暴力を振るおうとするところだったわ」
「え?!」
それを聞いたどら焼きは一瞬思考不能に陥った。
「さ…さすがに危ない考えだな…」
まさか自分が命の危機だったとは思わなかった。
「でも今は彼に感謝している…」
「え?」
これは予想外の展開だ。まさか刺身を家に帰らせたからか?
どら焼きは答えを知らない。
そして
私塾を眺めて笑っている顔を見ると、心も明るくなったような感じがする理由も、どら焼きは知らない。
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