紹興酒・エピソード
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紹興酒のエピソード
見た目は強気なおじさん。小さいことにこだわらず、傲慢で毒舌。でも実際は純情なおバカさんで、好きな人との関係をうまく維持できず、いつも誤解ばかりされてしまう。他人に毒舌を吐きながらも、可哀想かなと思ってしまうことがあるが、自制できず最後まで言ってしまう。
(※一部誤字と思われる箇所を編集者の判断で修正して記載しています)
Ⅰ居酒屋の給仕君
『君山悦』は蕭崖町最大の居酒屋である。
「よしいけ!」
ロビーからひっきりなしに歓声が起こっている。
俺はテーブルの上に立ち、酒がめをひとつ丸ごと抱えて酒を貪る。
これは張という酒飲み客が持ってきた二十年ものの『古井貢酒』だ。
テーブルから飛び降りて、俺は飲み尽くして空になった酒がめを客衆の前で思いっきり地面に叩き付けた。
「『古井』か?!二十年もの?悪くない!」
口先に残された僅かな酒泡を拭き取ると、俺はかめを掲げて張を指して、まったく遠慮のない口調で、
「悪くないが、俺様を潰すにははるかに足りねぇな!張じぃよ~もっといい酒はねぇの?これじゃ水と変わらねぇじゃねぇか!」
「紹興酒の分際でよくほざくなぁ!」
「へへ、紹興酒の言ったどうりだ。張さんよ~あんた金あるんだろ?『西鳳』でも持ってこねぇとしまらねぇだろうが!」
あれこれ騒いでいるうちに、ロビーの熱気はさらに盛り上がってきた。
「次だ次!」
一腕振るって俺は空になった酒がめを傍らに投げ飛ばして、酒のみ客からさらにきつい酒を受け取る。
「あと五つだな!もしこの五つを、俺様が全部一気に飲み干したらあんたの負けだな張じぃ、勘定頼んだぞ!」
「ま、懐の銀錠が足りるといいけど、じゃねぇと女房から大目玉だな!ははは」
俺は大笑いしながら酒がめを開封し、高くあおぐ。
夜が深けて、いつもどうり酔いつぶれたやつらの懐から銀錠を取り出して酒代に足りるか数えたあと、このアホどもをひとりひとり外に投げ出す。
「今日は何人だ?」
裏庭からロビーに出てきた御侍がこれを見ると笑いながら聞いてきた。
「八人だ。まったくしょうがねぇやつらだな」
俺は口をへの字に歪めてぼやく。
「こいつら酒を見るとすぐ調子に乗る、節度という言葉を知らないようだ。ここで呑みすぎて死ぬとこっちがいい迷惑だ」
「はは、お前もそうだろ、紹興酒。今日も『老酒』を五つも飲み干したって聞いたぞ」
「こいつらと一緒にすんな!俺様はいくら飲んでもつぶれねぇ」
「はいはい、そうだな」
御侍様は適当に相打ちを打つと、二階に向かった。途中でこっちに振り向いて、
「紹興酒、明日品物の引き卸しを忘れるなよ、町郊外での」
「忘れねぇよ、俺様は任された仕事をきっちりやるいい男だ」
そう言いながら、俺は戸締りをすると――
そのとき、戸の隙間から俺は幾つかの影が掠っていたのを見てキョトンとした。すぐに門を開けると、外にはさっき投げ出した酔いつぶれども以外一人もいなかった。
「何だ、さっきのは……」
Ⅱ義侠
(※一部誤字と思われる箇所を編集者の判断で修正して記載しています)
郊外にひっそりと佇む酒売り屋の主人は、御侍の友人である。
主人は面倒見がよく、また、酒を選別する目は相当のものだった。御侍が店構えを大きくできたのも、この酒売り屋の世話があってのものだ。
二か月に一度、俺はそこで酒を卸す。その日も用を済ませ、酒樽を担いで主人にいとまを告げると、斜向かいの長屋の方角から、もう何度も耳にした噂話が聞こえて来た。
「聞いた?陳様のお子さん、行方不明になったそうじゃないか」
「まあ、お代官様のお子さんまで?この辺りにも、命知らずな人さらいがいたものねえ」
「……」
前を通りかかると、人妻たちはちらと目をくれただけで、また意気揚々と世間話を始めた。
俺は昨晩、暗闇に紛れ、去って行った黒い影のことを思い出していた。
店に戻ると、俺も彼らと同じように、その噂話を口にした。
「その話、聞いたよ」
御侍はため息交じりにかぶりをふった。
「この前、福爺がうちの衆を借りたいって言ってきたんだ。理由を聞けば、子供の護衛にと言う」
俺は眉をひそめた。
「民衛団は何してやがんだ?もう町中、人攫いで大騒ぎだぜ」
「連中も今ごろ奴らの影を追ってることだろう。まあ、時間はかかるだろうが」
御侍は立ち上がると自室へ向かった。
「もう遅い、紹興酒も早く休むといい」
時刻は夜の八つ。俺は床の上に横たわったまま、まったく寝付けずにいた。昼の疲れで体はだるいが、まるで眠気はなかった。
部屋の隅に置いてある大刀を見やる。
「駄目だ、眠れやしねぇ」
俺は大刀を背負い、寝巻きのままで窓から飛び出した。
月明かりを頼りに屋根上を伝い、辺りを見渡した。
しばらくそうしていると、夜の闇に紛れ、小料理屋のある路地の一角に黒い影が見えた。
それも複数あるようだった。
「見つけたぜ」
俺は興奮を抑えつぶやいた。
黒い影は三つ。一つの小さな影を取り囲み、ひっそりと気配を伺っていた。
俺は彼らの背後に飛び降りた。
「なっ、なんだてめえ!」
猛然と斬りかかってきた二人の間を悠然とすり抜けて、俺は小さな影の正体を確かめた。
まだ幼き子供であったが、まぶたは青く腫れ、力なくこちらを見ていた。
二人が斬り返してくる気配を感じた。俺は太刀を引き抜き、斬撃をまとめて受け流すと身体を翻し、二人の脇腹に蹴りを走らせた。
「ここで何してんだ」
残った大男は気絶した二人を蒼白の面持ちで見つめている。
「……」
大男は地面にへたりこむと今にも泣きだしそうな顔をした。
「これで何人目だ?」
俺は顔を近づけ、静かに尋ねた。
「い、いえ……ほんの出来心で!お許し下せえ!」
大男が慌てて首を振った。
「町中がお前らの噂で持ち切りだぜ」
俺は大男の顔を軽く張った。
大男は叩かれた顔を引きつらせ、懇願するような眼を向けている。
「アジトはどこだ?」
俺は大刀をしまい、穏やかな口調で尋ねた。
「そ、それは……言えねぇ」
大男は嗚咽を漏らし始めた。
俺はしまった太刀をもう一度引き抜くと、男の髪の毛を幾らか切り落とした。目にもとまらぬ速さだった。
「言うか?」
「言う!言うから勘弁してくれ!」
大男は先を立って歩きだした。
俺は未だ倒れこんでいる二人を見下ろした。
「お前ら、民衛団の連中に可愛がってもらうんだな」
俺は大男に連れられ、雑多な路地の一角に出た。
「あそこです」
「ご苦労さん」
俺は大男の顎をはっしと掴み、遥か塀の向こうへと投げ飛ばした。
Ⅲ抜刀
(※一部誤字と思われる箇所を編集者の判断で修正して記載しています)
一刀でドアを切り破って、俺は混乱の叫び声の中で路地深くの小屋に入ってきた。
薄暗い隅っこには幾つかの小さな体がそこに縮んでいた。突然入ってきた光にびっくりして、思わず抱き合いながら更に奥まで引いていった。
「このくそども!」
がきどもの様子を見て、俺は振り向いてドアの外で戸惑っている男どもに向けて怒鳴った。
「この俺様がてめぇらの根性を叩きなおしてやる!」
俺は刀を下げ、地面を蹴ってそいつらに飛びついた。
瞬く間に、路地には許しを請う叫び声が充満した。
「このクズどもが、俺様に捕まったのが百年目だ」
俺は唾を吐き、手を叩いて踏んでいる男を見下ろして冷笑した。
「人さらい?」
「それもそうだ。てめぇらみたいなクズは、まともな仕事ができるはずねぇんだよな」
そいつらの憤る顔を無視して、俺は縄を引っ張ってみると、刀を納めて再び小屋に入った。
「出てこい」と、俺は呼んだが、がきどもは俺を怖がってるようで動けなかった。
「早く出てこい、俺様が家まで送ってやる。まったく、こんなくそみたいなところで余生を過ごしたいのか?」
がきどもの怯えように苛立って、俺は一人ずつ外に引っ張り出した。
「ん?」
最後の一人を引っ張りあげると、なんか違う感じがした。
「おまえ……食霊か?」
俺は眉を顰めた。
「……うん……」
彼女は小さく頷いた。
「何故抗わなかった?おまえの御侍は?」
おかしいと思った。子供とはいえ食霊だ。その強さは外見に関わらず、人間より遥かに強いはずだ。
「……御侍様はだめだって」
彼女は怯えて手を引いて再び体を縮ませて、小さい声で。
「御侍……御侍様は売られてしまった」
「おまえバk……」と悪態をつこうとしたら、彼女のしぐさと言葉に口を噤んだ。
思わず同情に溺れそうになった。
「おまえ、名前は?」
怯えさせまいと声を少しだけ和らげた。
「甘、甘酒団子」
和らいだ口調が功を奏して、彼女はゆっくり頭をあげて答えた。
「そう怯えるなって、もう大丈夫だから」
俺は彼女の体を助け起こした。
「これから俺様についてこい、守ってやる」
わけのわからない情緒が心の底から昇ってきて、こいつの面倒を見ると決めた。
「……わかった」
団子はしばらく瞬きをしながら俺を見てると、ようやく頷いた。
Ⅳ 尋問
(※一部誤字と思われる箇所を編集者の判断で修正して記載しています)
「このお嬢さん、何処から攫ってきた?」
ロビーで、御侍様は足を組んで腕で頬を支えて俺の後ろにいる甘酒団子をじっくりと見つめていた。
「う……」
甘酒団子は怯えて俺の袂を掴んで俺の後ろに隠れた。
「脅かすなよ、御侍様」
思わず庇った。
「む?」
御侍様は驚いたようにしたら、すぐ軽く笑った。
「へ、紹興酒、お前な……」
「あ?俺がどうした?」
俺は頭を掻いて戸惑った。
「別に」
御侍様はもう話す事はないと大きく欠伸をして、部屋に戻ろうとした。
「あそうだ、何をしたか後でレポートを書いて」
「レポート?んな暇ねぇよ、さっき全部あんたに話しただろ?」
「いや、私が読むんじゃなくて、とにかく書け」
「……」
御侍様がいなくなってからようやく、甘酒団子は頭を出して、心配そうに俺を見上げた。
「大丈夫さ、御侍様はおまえをおちょくってるんだ」
その怯える顔を見て思わず愛おしくなって、その頭を撫でてやった。
翌日の朝早く、二人の見知らぬ客が居酒屋に現れた。俺はその服を見て、思わず頭が痛くなってきた。
「レポートって民衛司の為か……」
何かめんどくさいこと見落としたような気がした。
「名前」
文官が手に長い刃を持って、無表情に聞いてきた。
「紹興酒だ」
俺は舌を打つ。
「性別」
文官の冷たさは変わらない。
「見てわからないのか?」
思わずきつく言い返した。
文官は俺の反応を見てまず甘酒団子に目をやり、それから俺に戻って、一言一言はっきりと、
「せ、い、べ、つ」
「男」
俺は身を正す。
「昨晩何をした?」
「けんk……悪を懲らしめに行った」
「許可あるのか?」
「……ない」
その尋問は二時間ほど続いた、硬くなった肩を揉みながら立ち上がると、お茶が目の前に出された。
甘酒団子が茶碗を高く持ち上げて、心配そうに俺を見ている。
「紹興酒兄さん……お疲れ様」
その可愛い顔を見て、疲れなどどうってことないと思えた。
茶碗を受け取って一気に飲み干した。
偶然目がある方向にいったら、俺は思わず茶を噴出しそうになった。
「若いっていいよね」
御侍様が微笑みながらそこに立っている。
「若いっていいわな」
張じいも銚子を揺らしながらそこに立っている。
「おいどういう意味だこらぁ」
Ⅴ紹興酒
(※一部誤字と思われる箇所を編集者の判断で修正して記載しています)
紹興酒は好青年である、町の奥様方はみんな彼のことが大好き、もちろんおっさんたちも同じだ。
顔はよし、酒も飲める、ノリもいい上にデカイ酒場のオーナーときた。食霊じゃなかったら、縁談の持ち込みは絶えないだろう。
紹興酒の御侍様もたまに悩んだりする。女じゃないから紹興酒と情話もできない。紹興酒も長くここにいた、大の男がずっと独り身でいる訳にもいかない。
食霊だからこういう話はいらないと思われるかもしれないが、みんなにとって紹興酒はもう町の一員だから、たまに余計なお節介をしたりする。
最近紹興酒の御侍様はかなり機嫌がいいらしい、買い物する時はたまに銅貨を恵んだりする。
聞いた話では、最近居酒屋に小さい女の子が来たらしい。
「成し遂げられた気がするさ」
それを聞かれると、彼はいつも杯を飲み干して、
「ようやく白菜を買えたからな、わかるだろ」
それを聞いて何があったのか皆わかった。
「ほえ~甘酒ちゃん可愛いね」
花売りのおばさんがうれしそうに甘酒団子の頭を撫でた。
「これあげるよ」
そう言って花を摘んで渡した。
「ありがとう……おばさん」
甘酒団子はまだかなりの人見知りで、紹興酒の袖を掴んで花を受け取った。
「礼儀正しいね~これからは秋さんと呼んで」
おばさんはますます甘酒団子のことが気に入ったようだ、彼女の耳元に近づいて小声で「甘酒はまだ小さいから、いじめられたら私に言っていいよ」
おばさんのその動きで甘酒団子はびっくりして思わず後ずさり、おずおずと、
「紹、紹興酒兄さんは……優しいからいじめたりしないの」
「ほお~優しいか~」
それを聞いて、おばさんはニヤリと笑った。
「……」
甘酒団子は戸惑っているようだ。
「おまえら何言ってんだ」
あちこち見渡していた紹興酒はようやくこっちのことに気付いた。
「別に~」
「ほほ、道案内でもしてるのか?紹興酒」
木彫りの店の老人は眼鏡を外して拭きながら、目を細めてこっちを見てきた。
「徐じいこいつになにかをくれ」
紹興酒は豪快そうに財布を取り出した。
「金はいいや、この嬢ちゃん気に入った」
老人は手を振ってから、笑いながら袖のポケットから木彫りの鴛鴦を取り出して渡した。
「甘酒ちゃんだったな、たくさん辛い思いをしたと聞いた、これからはここは嬢ちゃんの家だ」
「ありがとう……お爺ちゃん」
甘酒団子はおずおずと木彫りを受け取った。
「もう決まったのか?」
老人は何かを思い出して甘酒を見てから紹興酒を見やった。
「あ、もう決まったさ」
紹興酒は老人が言ったのは甘酒団子がここに住むことだと思ったから、別の意味があるなんて思いもしなかった。
「へへ、そりゃいいな」
老人は笑いながら店に入った。
紹興酒は何か違和感を感じたが、どういう事なのかはわからなかった。
皆紹興酒のことが好き、甘酒団子のことも好き、それでいいじゃないか。
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