アップルパイ・エピソード
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アップルパイのエピソード
カントリーで可愛い。
音楽を愛する。だけど極度の音痴で、なかなか聞き手がいない。
Ⅰ 小さなギター
気が付くとあたしは木の後ろに隠れて、両手を胸元で握り締めていた。どんな陶酔した表情を浮かべているのか自分でもわからない。
演奏が終わり人も散ったのに、あたしは未だにその歌を聴いていた時の感覚を忘れられない。
「なんてキレイな歌だったんだろう…もう一度聴きたい!」
しかし、その歌手はもうそこにはいない。彼はいつもあちこち放浪しているから、いつどこで歌を歌っているかは誰も知らない。
もしあたしに友人がいたら、きっとこんな興奮する体験を共有したくて、しょうがなかっただろう。
行く当てもないあたしは広場に座って、彼がいた場所をぼぉーっと眺めながら、さっきの歌と演奏を思い返していた。
「え!?」
いつの間にか、ギターを演奏する真似をしていた自分に気づき、あることを思いついた。
「もし、あたし自身が演奏できるのなら、毎日素晴らしい音楽と共に歌うことができるんじゃないかしらっ?」
その考えを思いついた瞬間、彼女は思いを巡らせ始めた。
「歌は学びながら詩を書いて、歌えばいいでしょ?せっかく人間の体に生まれてきたのだから使わないともったいないじゃない!でも、問題は楽器……そう、ギターね……」
「ギターは買わなきゃね!楽器のお店にきっと置いてあるはずだわ!でも……」
最大の問題はお金だ……
食霊は食事の必要がないから今までそういうことはずっと気にしてこなかった。しかし今はそれが一番の問題になった。
さっきまで彼のようになると、やる気満々だったあたしだけどいきなり挫折しそうになった。
――ある町を通りすがったところ、あたしはある小さな緑色のものが目についた。
「ギターだ!」
それは古い家具の下に埋もれて少しだけ見えるけど、弦の部分はしっかりと見えた。
あたしは頑張ってそれを家具の下から掘り出して少し拭いた後、自分の体と比べてみた。
ちょうどあたしの身長に合う小さくて可愛いギターだ。
「これで音色もいいなら完璧だわ。」
彼女は恐る恐る弦を弾いてみた。
「ギチン!」
小さなギターの弦が突然切れてしまった。
Ⅱ 飲んだくれさん
なぜこんな古い家具の中でギターが埋もれているのか、これではっきりとわかった――これは古いギターだったのだ。
元の主人にどんな扱いを受けていたのかわからないけど、このままでは演奏できない。誰かに修理してもらわなければ。
あたしはピクニック用のシートでギターをしっかりと包んだ。
これを修理できる人を探さないと。
あちこち聞き回ったあたしは、ギターを修理できると自称している人を見つけた。しかしその人の見た目は想像していたよりずっと頼りない感じがした。それに何より、すごく酒臭いのだ。
「ゲップ――んん、ギターを修理したいって?」
「……あなたは、本当にこれを修理できるの?」
「冗談じゃねえ、俺に修理できない物などない!で、いくら払える?」
やっぱり、世の中にそんなにうまい話はないのね……
「な、ない……」
「はあ――?」
「お金は、ない……」
あたしの声が小さくて自分ですらよく聞こえないくらいだったのに、相手にははっきりと聞こえたようだ…
「俺を下僕か何かと思ってるのか?金がないなら失せろ、しっしっ!」
「そ、そこを何とかお願い!!このギターは小さいし、きっと簡単に修理できるはず……多分」
「ち、食霊のくせにギターなんて珍しいことだな。まあ可愛い顔に免じて助けてやらんこともないが、なんの報酬もないのはゴメンだ」
彼はそのモジャモジャで少し油っぽい髪を掻き、何か思いついたようで……
「こうしよう。もし俺にうまい酒を飲ませてくれたら、助けてやる」
「え?」
「この町の酒屋を知ってるか、あそこで作ったジンは最高だ。あそこでたっぷり飲めるならギターを百本だって直してやってもいい、だが……」
「あそこは最近堕神に悩まされてると聞いている。その堕神を何とかできたら、お礼に上物のジンを頂いてもバチは当たらないだろう」
「そうなんだ……え?ってことは、私に?」
「食霊だろ?堕神なんてチョチョイのチョイだろ?ほれ、それを解決したら俺は飲みたい放題だし、お前のギターも直してやる万々歳だ!」
Ⅲ 偽物御侍
堕神退治の報酬として得た酒屋の酒と引き換えにギターの修理なんて……
あたしと飲んだくれは客間で酒屋の主人を待っている。私はシートをめくって壊れているギターを撫でる……
「君のためなら堕神だって怖くないんだから!!」
しばらくして、酒屋の主人がようやく現れた。彼の話によると、近いうちに料理人ギルドで本業の料理御侍を雇うつもりらしい……
「でも、この街にも料理御侍がいるのなら、わざわざ足を運ぶ必要もなくなりますね!」
主人は何やら誤解しているらしい。
「ありがとう。でも私たちは……」
説明しようとしたら、飲んだくれに頭を抑えられた。
「ヘイ!ヘイ!俺たちの身分はどうでもいい、まずは仕事だ。説明は後でいいから」
「ちょっ、ちょっと!」
怒って暴れだしたあたしを見ても酒屋の主人は何とも思っていないらしく、この御侍と誤解している飲んだくれと話を続けた。
「堕神が突然現れて地下の酒蔵を占領してしまいまして、私のスタッフたちは逃げる一心で、どんなやつなのか誰も見ていないのです……大丈夫でしょうか?」
「安心しろ、俺の食霊にかかればチョチョイのチョーイだ!」
飲んだくれは当然のように嘘をついた……心が痛まないのだろうか。
「それはよかった、この二日だけでもかなりの発注を延期させたんです、これ以上は待たせられない。今すぐ酒蔵に行きましょう!」
私は偽物御侍に連れられて、酒屋の主人について地下の酒蔵の入口にやってきた。
「後はよろしくお願いしますね!」
酒屋の主人がドアを開けて、礼儀正しくあたしたちを中に入れた後、すぐドアをしっかりと閉めた。
「は?俺も?」
「それが『料理御侍』の仕事だからね」
その慌てっぷりを見て、あたしはなんだかスッキリした気分だ。でもこの『料理御侍』もただのヘタレで終わるつもりがないらしい。
「舐めてもらっちゃあ困るな。こう見えて昔の俺も……それなりにやるやつだったぜ。こんなことでへこたれるかよ!」
酒蔵の深いところから「ドンドン!」と音が伝わってきて、あたしは思わずびっくりしたけど、振り返ってみると、『御侍様』は空の樽の中で震えていた。
「これじゃあ舐められても仕方ないね……」
もう彼に構わず、あたしは音を頼りに堕神を探し始めた。
酒蔵は暗い。ドアのランプの中の灯油は切れそうで光が弱い。その弱い光のみを頼りに、あたしは下に通じる階段を見つけた。
階段を降り奥に進むと、あたしは光が届かない広い部屋に辿り着いた。
そしてすぐ、低く唸る声が聞こえて、これから厳しい戦いになるだろうとあたしは予見した――あたしには戦闘経験が全くないのに。
「そこにいるのは誰だ……」
少しかすれた酔っ払いっぽい声が伝わってきた。でも、これって堕神が話してるの?答えるかどうか迷っているところ、部屋の奥のランプが点いた。見えたのは白髪で赤い角が生えて、樽の間に座って笑みを浮かべている……堕神だった。
Ⅳ 未来の歌い手
「あはは、よくぞ参られた。我は暴飲王子。一緒に一杯どうだ?」
酒屋の主人を困らせていた堕神が自己紹介しながらあたしを飲みに誘っている。しかし……
「ちょっと!あぜあなたがここにいるの?」
「なぜと聞かれたら、酒があるからとしか答えようがないな。遠くから苦労してやってきたのだ。しっかり飲まないと割に合わないだろう!」
暴飲王子は人様に迷惑をかけたにも関わらず気持ちよさそうにしている。でも話ができるなら戦わずに退いてもらえるかも知れない。
「ここから離れろと?」
「あたしは戦いが得意じゃないから。でも酒屋の主人に頼まれたの、お願い!」
「は?なぜお前の言うことを聞かなきゃならんのだ?他にもっと気持ちよく飲める場所でも用意してくれるのか?」
「それはできないけど……でも他に何か要望があるなら言って。あたしにできることなら何でもするから!」
「酒をくれ」
「……なんでみんな酒、酒ばっかり!それしか生き甲斐がないの?」
「ほお、面白いことを言うじゃないか。吾の生き甲斐は飲み続けることだ。それ以外何を求めろと?それともお前にはもっといい生き甲斐があるというのか?」
「あたし……?あ、あたしは歌手になりたい。だからここに来た……」
「歌手?飲みたい時に飲めるやつのことか?」
「違う!」
なぜかは分からないけどあたしはいつの間にか、この堕神と夢の話をし始めた。最初の思いつきからそのために努力をするに至るまで。話しているうちに、ここに来た目的を忘れてしまいそうになった。
「ほおー?歌手とやらはそんなにすごいのか?」
「歌は人の心を動かせるの!それを聞いたらあなただってそう感じるはずよ!」
「ほお、じゃあ聞かせてもらおうか?」
「え?」
暴飲王子の話がいきなりすぎて、一瞬何を言っているのかわからなかった。
「一曲聞かせろと言ってるんだ。ん?本当にお前の言ってる通りなら、ここから出ていってやってもいい。どうだ?」
歌を……それは別にいいけど、でも今のあたしにはギターがない。メロディを伴わずに歌っても効果があるだろうか……?でも、暴飲王子の期待に満ちた目を見て、あたしはやってみようと決めた。歌は初めてだけど、あの旅する歌手のようにすればきっと大丈夫だ!
「は、春が来た~花が咲いた~小鳥が楽しく飛んでいる~川、か、川の水が……らららら~らららら~♪」
あの歌手を思い出しながら適当にリズムを付けて歌ってみたが、なにか違う。まあ初めてにしてはよくできた……と、思いたい。
そう自分を慰めながら私は暴飲王子の様子を伺った、彼は静かに私の歌を聞いている。最後はどう歌えばいいのか、だんだんわからなくなってしまって、あたしの声は徐々に小さくなっていった。
「ど、どう……?」
あたしは歌をやめて、暴飲王子の反応を伺った。
彼は顎をさすってしばらく沈黙したのち……
「これで終わり?」
「そうよ!」
「うん……そうだな……お前の歌ってる様子がなんか面白い!」
「『面白い』?それはよく歌えたって意味?」
「なんか必死に頑張ってたから、全然ダメとは言えないじゃないか。でもまあ、もうしっかり飲んだし、どっか他の寝場所を探しに行くとするかな。」
「本当!?」
暴飲王子は頷いて、よろよろの体で天井を突き破って出ていってしまった。
「……せめてドアから出ようよ」
まあ何にせよ、堕神はちゃんと追い出した。
酒屋の主人は暴飲王子が天井を突き破った音にびっくりしていたけど、酒蔵はもう安全だと知ったら喜んでお礼を言ってくれた。彼らはあたしが戦って堕神を追い払ったと思っているらしい。
飲んだくれですら私を見直したようだ。彼はあたしの『御侍様』として報酬を受け取り、酒屋に誘われてたっぷり酒を飲んだ。もちろん私のギターの修理を約束してくれた後に。これであたしはあの歌手のように……あの歌手のように歌える!!
Ⅴ アップルパイ
「御侍様!お・ん・じ・さ・ま!」
花の帽子を被っているちびっこがギターを持ってレストランを探し回っている。
「全くなんで隠れてるのよ。せっかくあなたのために歌を書いたのに、あたしの気持ちを無駄にする気?」
レストランは相変わらず静かなままで、ちびっこの質問に答える声はなかった。
「……こほん、ああれぇ!?ここに百円が落ちてるよ~!」
「あ!!それは私の!」
いきなりカウンターから飛び出して、お金の所有権を訴える者こそが、ちびっこが探し回っていた御侍であった。
「へへへー……ようやくあたしの歌を聴く気になったの、御侍様?」
「はっ!!!いやいや、それは誤解だよアップルパイ、私はお金をだな……」
「何よ!あたしの歌のどこが悪いのよ!?」
「そ、それは……他の誰かに聞いてみては?」
「あたしの歌は堕神すらねじ伏せられるのよ。あの飲んだくれの修理屋さんも褒めてくれたのよ!」
「そうだな、堕神退治においては効果的な武器になりそうだな……修理屋はその後どうしたんだい?」
「逃げたわ……そんなことはどうでもいいのよ。さささ、そこに座って」
アップルパイはどこからか縄を取り出して強引に料理御侍を椅子に縛り付けた。
「さあ聴いて、御侍様のために作った歌――『私の御侍様』!」
「いやあああああぁぁぁぁ!」
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