焼酎・エピソード
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焼酎のエピソード
なんでもバズーカで解決しようとする。派手好きで狂気的な性格、つかみどころがない。酒が弱い酒飲み、無理やり人に飲ませ、自分の酒がうまいかどうかを聞き、うまいと言わなければその場でやっつけて、うまいと言えば死ぬまで飲ませる。しかし実際、彼の手にかかって死んだのは、ほとんどが堕神だった。
Ⅰ.狂飲
夕焼けの空は、まるで残像のように川の漣を塗り、キラキラと光を映し出している。
手に残った半分の酒を振り、長い退屈な夜を迎えた。
次は誰と一緒に飲もうか……?
風が背後の草の穂先を掠め、子どもの声を途切れ途切れに送って来た。
「お兄ちゃん、これは帰り道じゃないみたい」
「そんな……この川、今まで見たことない……」
「ううっ……お兄ちゃん、僕たち、迷子になっちゃったのかな……暗くなってきたよ」
二人の命知らずのガキがいるようだ、残念……子どもは俺の相手は務まらない。
気にする事なく、俺は太陽で温まったバズーカに顎を乗せ、川の上を舞う水鳥を見つめ続けた。
足音が遠のいたかと思うと、しばしの沈黙の後、耳を刺すような悲鳴が聞こえてきた。
「あああああ!怪物!たっ、助けてー!!!」
うるさいなぁ……
薄明かりの中、その影の中には醜いウジがたくさんいた。
しかし……時には面白い飲み仲間にもなってくれる。
「おいっ、子どもの何が面白いんだ……どうせなら、俺と一緒に遊ぼうぜ!」
「スッーー」
子ども二人に血まみれの口を開けていた怪物は動きを止め、警告するかのように鋭い牙を俺に向けた。
「ハッ、気合入ってんな……こっちまでワクワクしてくるよ……」
バズーカを肩に担ぎ、唾液をまき散らす生臭い巨大な口に向けて発射した。
「おいっ、ガキども、一緒に吹っ飛ばされたくなかったら、離れておけ」
「ここからは、爆破の時間だーーー!」
「ドカーン」とバズーカが煙を撒いた、煙の匂いが爽快に感じる。
だが……
触手だけ吹き飛ばされた怪物は、まだ地面で必死にもがき続けている、より一層ウジ虫に見えた。
外れちまったか……飲んだ後にバズーカで遊ぶのは確かによくないな。
「すごい、怪物が、怪物が倒された……」
隅でうずくまっている二人の子どもは、唖然として口をあんぐりと開けていた。
「助かった……」
二人は勇気を振り絞り、痙攣している怪物の横を慎重に通り、互いに寄り添いながら俺の方へとやってきた。
「僕たちを助けてくれて、ありがとうございます……あなたは……」
暗雲が晴れ、淡い星の光が彼らの目にも、そして俺の顔にも降り注がれた瞬間、憧れに満ちた彼らの顔が凍りついた。
一瞬の静寂の後、鋭い悲鳴が夜空をつんざく。
「あああっ!怖いっー!!妖怪だー!!!」
「面倒だな……」
二人のガキが逃げて行くのを見ながら、俺は無心でバズーカを振り回した。
足元の怪物はまだ渋い顔をして悶えている、俺は腰の酒壺を取り、そいつの前で振ってやった。
「よかった、やっと二人きりになれたぞ……まだ死んでないのなら、一緒に飲もうよ」
静寂の夜、時折野鳥の鳴き声が聞こえて来る……空の酒壺が石畳を転がり、光を反射していた。
血の匂いの染み込んだ酒の香りが、真っ赤な夜風に掻き消されて、俺の神経を刺激する。
「へー、酒弱いんだな」
足でぐったりとしている怪物を蹴る。完全に息絶えているようだ。
酒はなくなったが、まだ夜は長い。
そろそろぐっすり眠れる場所を探さないと。
どれくらい歩いたか分からないが、足元に草の柔らかい感触がして、俺は眠気に襲われ倒れそうになった。
新鮮な露の香りが鼻をつき、安堵して目を閉じると、見慣れた顔が再び目の前に現れた。
「また酔っぱらってんのか!」
彼はまた老け込んだのか、相変わらずの不機嫌そうな顔で、俺の額を強くひっぱたいた。
「そんなに飲むなと、何時言ったらわかるんだ?」
黙れ、このクソジジイ……
もうとっくに死んだんだから、しつこく付き纏うな……
Ⅱ.酔夢
「そんなに飲むな」
ジジイは酔っている俺を見つけると、いつもこの言葉を繰り返した。
「堅物ジジイ……」
叩かれた額はまだ痛かったが、俺はバズーカを担ぎ上げ、大股で歩いて彼を置き去りにした。
なんで食霊である俺が、年老いた弱い人間に縛られなければならないのか……彼が俺の御侍だからか?
山道は険しく、灯りを持っているジジイはすぐに俺から離れてしまったが、微かな灯火はいつまでも俺の足跡を追った。
不思議なことに、毎回、どんな場所で寝ていても、夜明け前になると、必ず彼に見つかってしまう。
これも契約の力なんだろうか。
無意識のうちに歩みを止め、枯れ木にできた新しい鳥の巣に目をやり、そこで親鳥たちが一生懸命子どもを育てている様を見つめた。
あの灯火はようやく俺に追いついた。だがジジイは俺を見ようとはしない、顔には小さな惨めなアザがいくつかあるのが見えた。
もしかして、俺のところに来る途中でついた傷か?
「おいっ、もう探しに来るな。帰り道くらいわかる」
いつの間にか、俺の口調もジジイのように硬く、嫌味なものになっていた。
「お前が飲むのをやめるまでな」
「干渉し過ぎだろう」
誰も喋らなくなった。
赤い太陽が昇り、長い夜の冷たく湿った霧を払った。素朴なあばら家は朝の陽光に包まれ、荒っぽいが暖かい巣箱のようだった。
帰宅した。
俺にとっては寝る場所が変わっただけだが、「家」の方が……安心して眠れるようだ。
「それを渡せ」
ジジイは俺の大事なバズーカを指差した。
「何だ?酒だけじゃなくてこれまで没収するつもりか?」
「塗装が剥げてる。直してやる」
俺は言葉を失った。バズーカは確かにいつの間にか何か所か欠けていた、不機嫌そうに俺はそれをジジイに投げつける。
「壊すなよ」
彼はそれ以上何も言わず、作業台の上で作業を始めた。まるで仕事狂のようにな。
「つまんない」
俺は首を横に振る。こんな退屈な生活、酒がなきゃやっていけないだろ?
だが、こんな堅物ジジイが深夜こっそり飲んでいるところを俺が捕まえたこともある。当時、彼は既に重病を抱えていた。
「酒は良いもんじゃないが……痛みを忘れさせてくれる」
ジジイの痩せこけた顔は目尻まで赤くなっていた。
「随分と酔っ払ってるな」
彼の手から酒壺を奪い取り、俺は怒りを抑えられなくなった。
俺の酒を盗んだからじゃない、ジジイが自分の病状をよく知っていながら……自暴自棄になっているから。
「健太郎に似てるな、お前。個性が強くて、言う事を聞かない」
酔っぱらいのジジイは、余計なことを喋り始めた。
「自分のことだけ考えろ」
俺は全然減っていない漢方薬を、彼の枕元に力強く置いた。
「いや、ワシが間違っていたかもしれない……健太郎が酒に溺れたのは、ワシに逆らうためじゃなく、ただ寂しかったんだろう……」
「でもワシは正面から向き合わなかった、止められなかった……ただ、早く技を伝えたかっただけなんだ」
ジジイは苦笑いを浮かべた。凹んでいる頬にはシワがあり、かつては半分黒かった髭と髪はとっくに真っ白になっていた。
本当に年を取ったんだ。命の息吹が薄れてきている。
「ワシのせいだ、健太郎は……死ぬはずじゃなかった。あんなに若かったのに」
「酔っぱらってるんだ」
健太郎はジジイの弟子で、酔って川に落ちて溺れて死んだ。そして、俺は健太郎の遺品であるーー酒壺から召喚された。
俺への厳しい躾は、おそらく罪を償うためだったのだろう。
「焼酎よ、お前が飲むのも、心が寂しいからなのか?」
「ハッ、俺は楽しむために飲んでいるだけだ」
「そうか……」
「君がいなければ、俺はもっと自由に飲める。きっともっと楽しくなれるぜ」
健太郎のことを思い出していると、気付けば刺すような言葉が俺の口から出てきた。
ジジイは黙って俺を見つめ、その目は俺を少し後悔させた。
それが、ジジイと話した最期の言葉だった。数日後、酔っ払って山の中で一人目を覚ました俺は、昇る朝日を見て初めて……寂しさを感じた。
質素なあばら家に戻ると、半月もいじくり回されたバズーカがやっと戻ってきた。
塗り直されたバズーカはピカピカに磨き上げられ、筆で描かれた絵は、ジジイが作ったどの作品よりも美しく見えた。
バズーカの下には紙が挟んであった。
「お前はもう自由だ」
俺を家に連れて帰ってくれる人はもういない。
Ⅲ.偶然
「パンッ」
額を強く叩かれた、懐かしい痛みだ……
悪夢も酔いも痛みに追い払われ、重い瞼を開けると、目の前にいる者が徐々に鮮明に見えてきた。
誰だ……?
朝の暖かい光が、目の前の人の輪郭をなぞっている。見知らぬ少女の顔だ。
口を噤んで、冷たい目をしている。
「死体が転がっているのかと思った」
彼女は吐き捨てるように、立ち上がって俺から離れた。
「……?」
「堕神を見かけなかった?たくさんの触手が生えているやつ」
触手を持った怪物、昨夜の飲み仲間じゃないか?
「あの怪物はもう……殺された」
正確には、飲ませすぎて死んだのだが。
「貴方がやったのか?」
彼女は怪訝そうな顔で俺を観察した。
「そりゃもちろん」
こいつの言葉も目つきも、俺を不快にさせる。
「そう」
彼女は俺のバズーカに目をやり、躊躇いながらも渋々頷いた。
そう言えば、食霊と酒を飲んだことはなかったな、そう思うとまた酒を飲みたい衝動に駆られた。
「おいっ、酒は好きか?」
俺は懐から未開封の酒を取り出し、にっこりと笑ってそれを振り回し、彼女に呼びかけてみた。
「好きじゃない、さよなら」
眉をひそめ、彼女は俺を見ずに背を向けて、素早く草むらの中に消えていった。
なんて無愛想なやつだ。
酒壺を懐に戻し、まだ少し痛い額をさすった……
あの人が迎えに来てくれたのかと思った。
あのおかしな夢のせいだろう。
風が荒れた草むらを吹き抜け、昨夜の露は振り払われ、夢のように消えていった。
バズーカを肩に担ぎ、太陽が昇る方向に向かって歩いた。こんなに天気のいい日は、誰かと飲まないともったいない。
いくつかの角を曲がると、酒の香りにつられ、騒々しい酒屋にたどり着いた。
帽子のつばを少し上げると、店の前に吊るされた酒、料理を持った店主が、酔っ払いの群れをかき分けて移動しているのが見えた。
なんて面白いところだ。
きっとここには……良い飲み仲間がたくさんいるはずだ。
「旦那……もう一杯、ツケにしてくれ!これはどうだ……酒にかえてくれないか!」
「いくらツケてると思ってんだ!この前の茶器はともかく、こんなガラクタで俺を騙そうってのか?早くここから出て行け!」
酔っ払いが押し出され、ある物が彼に投げつけられた。
彼はやり切れない顔で、物を地面に投げつける。
足元に転がってきたのはヒビに覆われた素朴な茶器だ。塗られた漆とその絵に見覚えがある。
跪いて慎重に拾い上げると、なんと……壊れていない。
「おいっ、酒が飲みたいのか?」
「酒……どこに酒がある?」
彼は食い入るように俺が手にした酒壺を見て、満面の笑みで俺の方によろめきながら近づいてきた。
「酒を……酒をくれ!」
俺が酒壺を上げると、彼は何もない空中を掴んだ。その顔は悔しさで一杯だった。
「これは、君の物なのか?」
もう片方の手のひらを広げると、脆い茶器があたたかな光沢を放っていた。
「きっ、気に入ったのか?まだたくさんあるんだ、酒と交換してくれないか?」
酔っ払いは俺の酒壺を恍惚と欲望に満ちた血走った目で見ていた。
「まず、どこから持ってきたのかを教えてもらおう」
俺は微笑みながら帽子のつばを上げ、彼の顔に視線を落とした。
「あのクソジジイが残したガラクタだ!欲しいならくれてやる!一口飲ませろ!」
「ああ、そういう事か……」
俺は手を下ろした、酒壺は奪い取られ、俺が取り返すのを恐れているのか、必死で酒を口に流し込んでいた。
「ジジイが聞いたらどういう反応をするんだろうな」
パリンッ──
酒壺は地面に落ち、粉々に砕け散った。酔っている酒飲みたちは、悲鳴を上げながら散り散りになった。
酒壺を粉々にしたバズーカがまだ熱い煙を出しているが、酔っ払いは信じられない様子で俺を見つめていた。
「まさか、死んでいないとはね……健太郎」
Ⅳ.浄罪
「頼む……こっ、殺さないでくれ、全部話しただろう……」
健太郎は俺の足元に倒れ、鼻水を垂らしながら懇願した。
ドーンッ──
砲弾はほど近い柳の木の下に叩きつけられ、太い幹をへし折った。俺は腹立たしさにバズーカの砲身を拭う。
怯えていた健太郎は、すぐにウサギのように黙り込んでしまった。
「小賢しい人間は好きじゃない」
俺はバズーカを彼に向け、引き金に指をかけた。
「やっ、やめろ!許してくれ……頼む!俺は確かに、嘘をついた……」
健太郎は青ざめた顔で両手を上げ、俺が指をそっと離すのを見た。
「ハッ……もう一度だけ機会をやろう、言え」
「俺が家出したのは、クソジジイ……師匠の厳しさにどうしても耐えられなかったからだ。」
「小さい頃からあんなつまらない事を一日中勉強させられて、少しでも間違えるとまた最初からやり直させられた」
「耐えられなかったんだ!十何年も山にこもって、初めて下山した時に友だちが出来て、酒も飲んだ……酒を飲むのは、勉強よりよっぽど楽しかった……」
「もう山で修行する日々はもうイヤだったんだ……自由になりたかった。だから俺は、こっそり逃げ出して、二度と戻らなかった……」
「ハッ……自由か」
その瞬間、使い古された寝床の上でどこか傷ついたジジイの眼差しを思い出した。
「なら川の死体はどういうことだ?」
「かっ、彼は……」
「無惨な姿で発見されたそうだ……持っていたお守りから、すぐに特定できたそうだ」
「おっ、俺は……」
健太郎は歯をガタガタと音を立たせている。まともな言葉が出て来ない。
「あいつ、君の知り合いだったんじゃないか……?自由を得るために、たくさん考えたみたいだな」
俺がしゃがんで大きく笑ってみせると、彼は悪霊を見たかのように身震い身震いして数歩後ずさった。
「そう言えば……あの茶器、ジジイの家から持ってきたって言ってたよな?」
「そっ、そうだ……師匠が亡くなったと聞いて、弔おうとしたんだ……そんで、何か形見になるものを取っただけだ」
「黙れ」
爆音とともに砲弾が彼の足元付近に着弾し、土煙を巻き上げ、彼は恐ろしさのあまり地面にへたり込んでしまった。
「お願いします。殺さないでください!」
「"この前の茶器"ってどういうことだ?」
「あの茶器は……師匠が有名な職人さんから譲り受けたもんだ。俺に譲ってくれるって言ったんだ!」
「師匠はもう亡くなっちまった。俺はただ、俺のもんを取り戻しただけだ……」
「ハッ……よくもまあ……あれはジジイが一番大切にしていたものだ。俺はこの手で一日かけて墓を掘り、その茶器を一緒に入れといてあげたんだ」
バズーカの塗装が太陽の光に照らされ輝いていた。俺は砲身を撫で、引き金に再び指をかけた。
「てめぇにそんな資格はない」
服にまた嫌な血の染みがついた。いくら酒を注いでも臭いは隠せなかった。
人間の血の中には、醜い怪物の血よりも臭いものがあるんだな。
夕暮れの中、血のような靄が不毛の丘を染めた。俺は空になった酒壺を捨て、雑草の中に腰を下ろした。
心の中の苛立ちが爆発しそうで、誰かとたらふく飲みたい気持ちでいっぱいだ。
「ヒッ──」
草むらが突然激しく揺れ、大きな口を開けた怪物が飛び出してきた。
引き金が引かれる前に、その怪物は冷たい光とともにぐったりと倒れた。
太陽が沈む、風が吹き、目の前の少女は無表情で刀を引き抜き、頬には血のシミがついた。
「また君か」
肩に担いだバズーカを下ろし、飲み仲間が殺されてしまった。
彼女は俺を思い出したかのように長い間顔をしかめ、俺の血まみれの服を何度か探るように見つめていた。
「おいっ、俺が先に目をつけていたのに、どうして何も言わずに斬ったんだ?」
「……」
「それとも、あいつの代わりに一緒に飲んでくれるのか?」
「堕神と酒を飲むのが趣味なのか?」
「君こそ、あいつらを追い詰めて殺すのが趣味なのか?」
「私はただ刀に食べさせようとしているだけ」
「へぇ……変なやつ、一緒に飲んだら絶対に楽しいだろうな……」
このかまぼこというやつは、しぶしぶ一緒に飲んでくれた。彼女は、俺の獲物を奪ったのは事実であると認め、借りを作りたくなかったという。
酒は悲しみを払う箒のようなものだ。夢中で飲んでいたら、いつの間にか意識が遠のいていた。
夢の中で、とても温かい手が俺の額を優しく撫でて、「帰ろう」と言っている声が聞こえる。
Ⅴ.焼酎
曲がりくねった廊下には不気味な血痕が蛇行し、かまぼこは泥の塊のようなものをふらついた足取りで引きずっている。
「血!?なっ、何よそれ!」
「少女」の叫び声に背後の気弱な青年は怯えたようだ。彼は一瞬固まってしまったが、慌てて声をかけて彼女を宥めた。
「こっ、怖がらないで……雛子……殺された堕神かもしれない」
「バ、バカ!あたしが怖がる訳ないじゃない!あっ!それ以上近づかないで!」
少し離れたところにいたかまぼこが二人の前にやってきた。手に持っている血に染まった正体不明なものは、一目見ただけじゃ何なのか判別がつかない。
「薬師はどこだ?」
「薬師は……薬草畑にいるけど、おいっ──なんでそんなもん引きずって薬師のところにいくんだ?!」
「雛子……何事も起こらないといいけど……様子を見に行こうか?」
「あれは……気持ち悪いからイヤ!あっ!なんであたしの服に血がついてるのよ?!」
「うっ、動かないで……きれいにしてあげるから……」
「バカッ!ドジッ!もうあちこちついちゃったじゃない!」
薬草畑の真ん中、腰をかがめて草むしりをしていたふぐ刺しは、地面に置かれた服に包まれた「何か」に少し戸惑いながら見ていた。
木陰に座っていたカステラは、興味深そうな顔をしていた。
かまぼこが服の結び目をほどくと、その中からバズーカを抱きしめて丸まっていた顔の赤い食霊が出てきた。
まるで眠っているかのようだ。
「薬師、こいつが大丈夫か見てくれ」
戸惑うふぐ刺しが反応しないのを見て、彼女は説明を加えた。
「一緒に酒を飲めと絡んできた。でも飲んだ後におかしくなったから、病気かもしれない」
ふぐ刺しは軽く咳払いをして、手に持っていた雑草を置いて手を伸ばして彼の額と脈を診た。
「ふふっ、いつも一人でいることが多い貴方が……知らない者を気にかけるなんて……」
カステラはにこやかに話したが、かまぼこは冷たく鼻を鳴らし、返事をしなかった。
「大丈夫そうだ……コホッ、どうやら彼はお酒を飲める体質じゃないみたいだ、すぐに酔ってしまうから」
「助かった」
「ゴホッ……必要なら、酔い覚ましを取りに来るといい……あれ?」
かまぼこがあの食霊を引きずって曲がりくねった廊下の先に消えていくのを見ながら、ふぐ刺しは首を横に振って、横で意味深に微笑んでいたカステラを見た。
「カステラ……午後からずっと僕の草むしりを見ていたようだが、他にやることはないのか?」
カステラはいつものように優しい笑顔を見せたが、軽く瞬きするその目には、狡猾さがチラついている。
「別に、暇だったから薬師の研究がどうなっているのか見ていただけだ」
夜、かまぼこは丁寧に刀を磨いて出かけるところだったが、中庭から物音がした。
「あん肝のお兄さん、俺の酒を飲んでみないか?あれ?そのお人形さんも酒を飲めるのか?」
「ダッ、ダメだ……私も雛子も飲まない……」
「ああ!イヤッ!よくもあたしの服にお酒をこぼしたわね。この酔っぱらい野郎!」
「おいっ……まったく、逃げるなよ。なんだ薬師、飲むか?」
「ゴホンッ……体が弱いから……ケホッ、飲め……ない……」
「あーまあいいや……君なら飲めそうだな、一杯やるか?」
「ふふっ……すまない、お酒の味は苦手なんだ」
「こんなにたくさんの食霊がいるのに、誰も飲めないのか?あの仏頂面を探すしかなさそうだな」
明らかに酔っている焼酎がもう一口飲んで振り向くと、中庭の暗闇に強ばった顔のかまぼこが見えた。
「ははっ、奇遇だな、飲みに行かないか?」
「もう酔っているだろう、これ以上飲むな」
かまぼこはわざと厳しい口調で、冷ややかに語りかけた。
「酔ってないぞ、この堅物……!」
焼酎は不満げにつぶやいたが、無意識のうちに手に持っていた酒壺を仕舞っていた。
せがまれていた者たちは、この機を乗じて散ってしまい、誰もいない中庭には、木の葉の音だけが残っていた。
かまぼこは、少し混乱した焼酎を考え込むように見つめ、不意に口を開いた。
「いくら酒を飲んでも孤独は解消されない」
それを聞いた途端、焼酎は刺されたようにがばっと顔を上げ、目を少し赤くした。
「孤独ってなんだ?俺は孤独じゃない!」
「だったら、昨日酔っ払って私にしがみついてまで、家に連れて帰れと寝言を言わなかったはずだ」
静寂の中、鳥の鳴き声だけ枯葉の舞う中庭に響いていた。
かまぼこは、夜になると集まってくる暗い雲を見上げる。もうすぐ雨が降りそうだ。
彼女は鞘を握り、焼酎のそばを通り過ぎると、少し立ち止まった。
「ここはまともな家じゃないが、少なくとも……これからは一人じゃない」
枝の間から鳥の鳴き声が聞こえなくなり、数羽の雛が新しく作った巣の中で丸くなってすやすやと眠っている。
そのシルエットがすっと夜の町に消えていくのを見ながら、焼酎は安堵の笑みを浮かべているようだった。
「まったく、変なやつだ……」
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