泡椒鳳爪・エピソード
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泡椒鳳爪のエピソード
身体が弱ると少しずつ透明になる、右手だけがこの影響を受けない。絵が上手いため、とても自分の美しい手を大事にしている。白い服を着るのが好き、少し潔癖症で、血を見ると倒れてしまう。仕事をしている時は真面目だが、親しい人たちには優しく接し、ギャップ萌えの一面がある。仲間の背後に浮かんで、音も立てずに驚かして、何事もなかったかのように装ったりする。
Ⅰ.お化け
ゴロロロッーー
稲妻が耳元で炸裂した。
体の一寸一寸まで強い光が刃のように、我を混沌と暗闇から切り裂いた。
屍のような硬い体をなんとか動かし、我は濡れた地面や小石を感じると共に、雷雨が引き起こす泥の匂いを──
──いや、あれは血の匂いに近い。
近くにある一筋の光を頼りに、眩暈がする中なんとか周りを観察する気力を取り戻した。
ほし草に、横に倒れた香炉、壁画の残骸……そして、無数の蜘蛛の糸に纏われた埃っぽい銅像。
どうやら……ここは寂れた廟のようだ。
我は……誰だ?何故……一人で……この廟に?
コホッ……コホッコホン……
……誰か……コホッコホン……
……
どれくらい横になっていたのかはわからない。慈悲深い神がようやく我の祈りを聞いてくれたのか、半開きの扉の向こうから声が聞こえてきた。
「チッ……金はねぇわ、雨に降られるわ、最悪だ!」
「……この雷、なんだか不気味だぜ。ここで一晩過ごすか……」
……たっ……たす……けてください……
助けを求めようとするも、喉から声が出ない……
なっ、何故!?
扉がようやく開いた。それと同時に、眩い白い光が暗闇を切り裂いて、室内を照らした──
我と向かい合った二人は一瞬で表情が固まった。
「……てっ、手……地べたに人の手が……うっ、浮いたあああああ!」
ゴロロロッーー
「ぎゃあああああ!出たー!お化けが出たあああああ!!!」
空から落ちるもう一つの稲妻と共に、二人は叫びながら雨の中に飛び込んだ。
割れた銅鏡の欠片を見て、我は自分の今の状況を知った──
体のほとんどが透明になっているのだ。
そして、右手だけが、実体として宙に浮かんでいた。
Ⅱ.罪
朝まで闇を凌ぐと、ようやく廟の全貌が見えた。
いくつかの神の銅像の前に倒れていた香炉の下には、複雑な模様の法陣が書かれていた。
法陣の隅は、血痕によって壊されていた。
その黒い血を見て、嫌な汗が噴き出し、眩暈の後気絶してしまった……
再び目を覚ますと相変わらず一人、廟にいた。
血を見ないように気を付けながら、我は寺の隅に座り込んだ。
廟を出ないのは、もうこれ以上誰かを驚かせたくないからだ。
あの二人が慌てて逃げ出したから、廟に幽霊が出る話も広まっただろう。
それに……
どこに行けばいい?
数日経っても落ち着かない我の元に、一人の道士と一人の僧侶が訪れた。
「墓で寝てもボロい廟に泊まらないとはよく言ったもんだ、なのにわざわざこんな幽霊が出る廟に来るなんてよ!かっ、神よ!どうかこの夜を無事過ごせますように!」
「なんちゃら法器みたいなのも全部持ってきたし、こっ、怖くないぞ!」
我は簾の後ろに隠れて、二人の会話を聞いて彼らの目的を知った。
寺の白い幽霊と手の噂が広まり、町の人たちはお金を集めて除霊の達人に依頼したらしい。
この二人は霊媒師に成り済まし、お金を我が物にしようとする詐欺師らしい。
「まっ、まさか……あの乞食たちの言うように……本当に出たりしないよな?」
「な、なあに!あいつは体もねぇんだ。絶対なんかの罪を犯して、神罰を受けたんだろう!」
──何かの罪を犯して、神罰を受けた……
その言葉が、我の心にある最期の希望を打ち壊した。
そうだ。
我は何を待っていたのだろう?
言葉も話せない、体も支離滅裂……
罪人以外ほかない!
体がガタガタと震え、揺れていた簾が落ち、我の体を露わにした。
その瞬間、恐怖の視線が降り注がれ、廟に叫び声が響いた。
その僧侶が持つ鈴のような法器が揺れ、鈴の音で耳が痛い。
無意識に逃げ道を探したが、踏み外し、倒れ込んでしまう──
書類が散らばる。
よく知っている机が視線に入ると、ようやく我に返った。
そうだ、我は今、地府にいるのだ。
Ⅲ.地府
「鳳爪(ほうそう)さま?」
隣から気遣う幼い声が聞こえてくる。
「……大丈夫でしょうか?……また……悪い夢でも見たのでしょうか?」
今我がいるのは、地府であり、あの寂れた廟ではない。
そばにいるのは、助っ人として来てくれた猫耳麺(ねこみみめん)で……我を避ける人間ではない。
我は無意識に首を振ったが、すぐにこの子が見えていないことを思い出し、心の中でこう言った。
「いいえ、驚かせてしまいしまたか?」
目こそ見えないが、人の心の声を聞くことができる。
そして我は言葉を話せない。地府の同僚たちと上手くやれているのも、人の気持ちを察知できる彼のおかげだ。
「鳳爪さまは最近お疲れのようですね。今のは……蕎麦が大声を出してしまい、鳳爪さまのお邪魔になってしまっなのでしょう!」
本当に心の優しい子だ。
そばにいる蕎麦は抗議をするように唸った。
猫耳麺にバレていると知って、我は彼の丸い頭を撫でた。その時、八宝飯(はっぽうはん)に我が笑わないと冷たく見えると言われたことを思い出し……
無理してギリギリ笑顔と言える微妙な表情を浮かべた。
「我の不注意です……また整理を手伝ってもらわないといけませんね」
「お役に立てて、嬉しいです!」
冷え切った心も彼の柔らかい声であたたかくなった。
我はしゃがみ込んで、自分が払い落とした地府の書類や経文をそっと拾い上げた。
すると、一枚の紙が中から落ちた。
……これは……!
簡単な構図でも、あの顔を隠す颯爽な少女を思い出させた。
「鳳爪──!鳳爪──!今度のお土産はなんだと思う!?」
よく知っている声が、我を現実に引き戻した。
八宝飯だ!
我は慌てて身を起こすものの、避ける間もなく、危うく新しく調達した筆掛けにぶつかるところだった。
「鳳爪?なんか……驚いた顔をしているけど?」
「えっと……鳳爪さまは……その……」
「あれ?なんで女の絵があるんだ?へぇー鳳爪、あんたいつの間に……」
「……」
八宝飯が変な想像を口にする前に、我は心でため息をつきながら絵を取り戻した。
「鳳爪、この絵の人、誰?」
「命の恩人です」とはっきり言った。
廟にいた頃、この名の知らぬ少女が偽物の僧侶と道士を追い払って、霊力で我のケガを治してくれたのだ。
このような恩を受けたのに、我はまだ何も返せていない。
故に彼女を思うたびに、後ろめたい気持ちになってしまう。
我がため息をついているのを見て、八宝飯は慰めるように我の肩を叩いた。
「縁があればきっといつか会えるよ。そうだ、今度は何を持って帰ってきたのか当ててみて!」
……
鏡を見なくとも、自分が今苦い顔をしているのがわなる。
「八宝飯さま、鳳爪さまは……玉でできた緑の光を放つ蝉を無理やり口に含まされ、あれが死んだ人が棺桶に入る時に口に含むものだとわかって……鳳爪さまは三日も寝込んで吐いていたと仰っています……」
「前前回は持って帰った線香を燃やして、全身で吸収するようにと鳳爪さまを密室に閉じ込めて……毒に侵され、数日も寝込んでしまったとか……」
「前前前回は──」
「あああああー!やめてやめて!」
八宝飯が蕎麦に手を置いて、その黄緑色の目に睨まれた後、また気まずそうに下ろした。
「あれは全部事故だろう!今回のは絶対役に立つ──オイラが保証する!」
そう言って、彼はポケットから色が不気味な大きな丸薬を出した。
「これは多分、伝説の霊薬だ!」
「ほら鳳爪食べて!これを食べたらきっと喋れるようになるって!ほら──」
そう言いながら、彼はその薬を我の口に入れようとした。
「八宝飯さまやめてください!」
「ちょっ──蕎麦!服を噛まないで!転んじゃう──うわあああ──!」
大きな弟と共に、棚が倒れ、置いてあった紙があちこちに散らかった。
倒れた棚を見て、八宝飯はさっきまでの元気をなくし、悔しそうな表情になった。
「……しまった……これ、片付けるのにどれだけ掛かるんだろう……」
我は仕方なく首を横に振り、彼の頭に乗っていた紙を取って、字を書いた──
「大丈夫です、一緒に片付けましょう」
Ⅳ.符の陣
「……三百二十四巻……三百二十五……」
八宝飯の呑気な声が後ろから聞こえる。
彼の活発な性格から、このようなつまらない雑用は嫌いだったはずだ。
原状復帰を手伝うことになって、申し訳ない。
「……これはまたなんだ……?」
後ろにいる彼が突然静かになった。
我が不思議そうに振り返ると、彼は普段聞かないような真面目な声でこう言った。
「鳳爪、安心してくれ……必ず、必ず声を取り戻してやるからな!」
……?
彼が紙の山から見つけた経文を手にするのを見て、我は納得した。
また我の心配をしているのだろう。
「この八宝飯、約束は絶対に守る!声も取り戻してやるし、あんたの御……召喚者の手がかりも見つけてやる!」
「もうこんなものを写さなくてもいいようにな!そして安心して眠れるように!」
かつて八宝飯に聞いたことがある、同じ天地から命を授かった者として、何故我は皆と違うのか?
御侍に召喚された身で、何故我あの廟に捨てられたのか?
その時は動揺していて、書いた言葉も支離滅裂になっている。
だがまさかあんな昔の事を、八宝飯はずっと覚えていたとは。
その真っすぐで澄んだ瞳を見て、思わず心が動かされてしまう。
我は筆を執り、新しい紙を開いて、また字を書き始めた。
我の変化に気づいたのか、彼はちょっと気まずそうに咳払いをした──
「コホンッ……その……いきなりそういう感動的なもんはやしてくれ……」
彼が言い終わる前に、我は彼を叩いて、紙にある大きな字を見せた──
「我の服を踏まないでください、貴君の靴は汚いので」
「……」
「……鳳爪!台無しだよ!その潔癖症、なんとかならないのかー!!!」
八宝飯が吠える姿を見て、我はようやく気が済んだ。
「鳳爪?今笑ったか!?」
笑った……我が?
心からの笑顔はこのような感じなのか……
「そうこなくっちゃ!もう何度も言っているけど、油条たちのたちの真似はダメだ。みんな怖い顔して、本気で暗くて湿っぽい地府だって勘違いされるよ……」
「鳳爪さま!八宝飯さま!」
猫耳麺は蕎麦の背に乗って、急いで帰ってきた。
「人参さまがお見えです、遡回司さまは既にあちらで待っています──」
地宮の大陣に駆けつけた時、リュウセイは符のような破れた古い紙を手にしていた。
よく見ると、その複雑な模様は徐々に目の前で形になった……
「これは……あの寺にあった法陣の模様です……」
「そうか……やはり……」
このことを予想していたかのように、高麗人参はそっとため息をついた。
リュウセイが代わりに説明をしてくれた。
「これは、玄武帝の重鎮の陵墓から見つけたもので……」
「残された記録から推測すると、おそらく失われていた特殊な召喚符だろう」
Ⅴ.泡椒鳳爪
「へぇ、綺麗な字だな」
ある日、泡椒鳳爪(ほうしょうほうそう)がいつものように廟で経文を清書していると、後ろから声が聞こえてきた。
この不吉な廟は荒地と同じで誰も来ないので、何年も話し声が届くことはなかった。
そのため、彼はつい机の下に潜り込もうとした。
「ちょちょちょっと逃げないで!怖くないから!」
一つの手が彼の洗いすぎて硬くなってしまった服を掴んだ。
しかし次の瞬間、その手は宙を掴んでいた。
「えっ!こっ、こここれ──」
再び人型から手に戻った泡椒鳳爪は震えた、この人も「幽霊だー!」と叫んで、寺から逃げ出してしまうのだろう……
「大丈夫?強く握ったからか?それって……元に戻せるのか?」
……あの人たちとは違った。
意外な言葉に、泡椒鳳爪はそのまま固まり、机の下に潜るどころか、逆に捕まえられて、その者の体温が指先から体に伝わった……
「オイラ、迎えに来たんだ!地府っていうところから来たんだけど、知ってるか?人参──つまりオイラのボスが連れて来いってさ!」
……地府?……迎え?
肝心な情報を捉えた泡椒鳳爪は動きを止めた。
地府の者がようやくこの幽霊となった我を迎えに来たのか?
よくやく、贖罪の日が来たのだな……
彼はホッとして隠れ場所から出て、初めて目の前の者の顔を見た。
本に書いてあった恐ろしい見た目とは裏腹に、そこにいたのは機敏そうな少年だった。
少年は赤黒い衣装を着て、腰には羅盤が飾ってあり、無頓着に香炉の上にしゃがみ込んで、笑顔で彼を見ていた。
こんな優しそうな獄卒だったとは、自分のような罪人はきっといい迷惑だろう。
そう思うと、泡椒鳳爪はますます罪悪感が湧いて、自分で両手を渡した。
「……えっ?な、なに?」
獄卒が困惑している様子を見て、彼は清書用の筆を取り、経文の下にこう書いた。
「獄卒様、我は罪を犯した者の掟を色々と知っています。地府で取り調べを受けるには、両手を鉄の錠で縛られることも……」
「迷惑を掛けているのは承知しています、大丈夫です、反抗はしません!」
「ぷっははっはははは!」
役人はいきなり爆笑し始めた。
「……うん……ものわかりがいいな。それじゃ鉄の錠は免除してやるよ。贖罪する気があるのなら、大人しく地府まで一緒に来てくれ!」
その時の泡椒鳳爪はあの玄鉄の扉に入る前、何度も自分が受ける罰を想像した。
銅水を飲まされ、舌を抜かれ、油の滾った鍋にぶち込まれるのはないかと、或いはもっと残酷な……
だが、あの法陣の中央に座っている計り知れない冥府の主に説明された事情は、流石に予想できなかった。
「吾はこの法陣と一つになり、天下のことを全て把握しています。そなたをここへ呼んだのは他ではなく、そなたが我らが探し求めるものに関連していると出たからです」
……
「人の話を鵜呑みにすることはありません。そなたは幽霊などではなく、吾と同じ、この地府の管理者たちと同じ、天地から命を授かった者……優しさを心に保ち、天下を守る、これが我らの使命であります」
……
「そなた一人でかつてのことを調べるのは、海に落とした針を探すのも同然……この地府に残り、一緒に仕事をするのはどうでしょう?地府の皆もそなたの力になりましょう……」
彼はそのまま固まってしまった。
その時、彼をここに連れてきた少年は笑いながら彼の肩を叩いた。
「何を考え込んでいるんだよ!答えは決まっているだろ!」
「これからは仲間だ!この八宝飯様が面倒を見てやるよ!」
仲間……?
彼はボーっと法陣の中央を見ると、そこにいる者はわずかに頷いた。
いつもと変わらないその日、光耀大陸にある辺鄙な廟に長く閉じ込められていた幽霊が、罰を受けるつもりで、どんな覚悟で地府の扉に入ったのかを、知る人はいなかった。
だがその日から、幽霊に関する噂は光耀大陸から消えた。居場所を見つけた彼も、自分だけの別名──判官を授かった。
そしてこれから長い時間を掛けて、背中を預けられる仲間を……手に入れていくのだ。
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