叫化鶏・エピソード
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叫化鶏のエピソード
態度が大きく、周囲を気にせず日々をのうのうと過ごしている食霊だが、頼れる一面も持っている。ビスケット(※おそらく焼餅の誤訳)とは幼いころに兄弟の契りを交わし、共に旅をしている。
Ⅰ.貧乏から始まる
オラの御侍の家ってのは、まさに裸一貫や。
長男の御侍はガキのうちに家族の支柱やった──亡き親が残した7,8人の小さい兄弟の世話を背負うてな。
外で汗水垂らして金を稼ぎ、帰れば飯炊きに洗濯…
オラは予定外の厄介者や。
他の御侍なら助けになる食霊も、こっちの御侍には負担でしかなかったんや。
オラに着せる余計な服なんてあれへん。ボロ小屋の畳にもう一枚の布団すら無かった。
せめて食霊は食わんでも生きられるのが救いや…食い扶持が増えたら目も当てられへん。
オラは御侍みたいに頭良くないから、まともな仕事も見つからへん。
日雇いの薄給の大半は、御侍が自分では絶対買わへん高級滋養ものに消える…体を案じてのこっちゃ。
情け深い店主はオラのボロ着を見て、古着をくれたんや。
そしたら小僧らにも暖かい着物が回せるわ。
ようせ御侍は気づいた──外で体張っても、幼い兄弟の衣食は足りへんってな。
歯噛みしめて屋台車を買い、露天商を始めたんや!
御侍って本当によく働く人だよ。朝飯屋の主人より早起きで、夜鳴きそば屋より遅くまで起きてる。
材料はたっぷり、味は最高、値段も手頃で、いつ食べたくなっても食べられるんだから。
御侍の商売はどんどん繁盛し、家も潤っていった。
だがのう、商売が大きくなるってことは…妬みを買うってもんや。
客を奪われた店が棍棒持った用心棒を雇い、御侍の屋台がある路地へ押しかけてきた。
あいつらの目的は屋台車をブッ壊すことやった。
オラは手にした犬打ち棒をグリップしけながら、腹を抱えて笑い転げる。
前は御侍を助けられへんかったけど、ようやくオラの出番が来たんや!
あいつらをドスンと叩きのめした後、屋台にできた長い列を見て胸を撫で下ろした。
…よぅし、御侍は気づいてへんかったな。
こんな小さなトラブル、知らせてたまるかいな。
Ⅱ.旅立ち
御侍の商売は次第に大きくなり、家計もますます豊かになっていきました。
オラの薄給なんてもう必要ないから、オラは店近くの路地に陣取ることにしたんや。
商売が大きいほど、トラブルも増えるからな。
このゴタゴタした街には、ライバル店の嫌がらせや、目ざといケツ銭要求のチンピラがウヨウヨおる。
路地の位置なら、来る奴を一匹残らず見張れるぜ。
こんなこと、御侍には知らん方がええ。
トラブル持ち込む奴の中には、昔御侍を助けた「恩人」もおったからな。
小僧らは新しい服を次々着るのに、オラは相変わらずボロ布一枚。
人間の体は食霊より脆いんや。まずはあいつらを守らな。女の子もおるし、綺麗な服を着せてやりたいんや。
御侍の屋台は立派な店舗になり、ボロ小屋も明るい屋敷に変わった。
でもその頃から、オラはこの家で要らん存在になっていったんや。
「兄ちゃん!なんであいつを飼っとんの!毎朝フラフラ出かけて夜は寝るだけ、店も手伝わへん、堕神も退治せえへん!ぶらぶらしとるだけやないか!親でもないのに!」
「黙れ」
「でも!」
「…言うたろ黙れと。あいつは…」
「言いにくいならオレが言う!兄ちゃんが汗水垂らしてるのに、あいつは食い潰してるだけや!その上チンピラとケンカして近所の物壊す!賠償金いくら払うねん!借りなんかあれへんやろ!」
「…俺から話す」
ドアに凭れかかり、煌々とした月を見上げる。ボロ布の袖を見下ろし、皮肉な笑いが零れた。
はあ…オラが「家族」だと思っとった連中は、そう見とったんか。
せめてお前だけは…オラが何をしてきたか、分かってると思ってたんやがな。
追い出すのも追い出されるのも、双方にみっともない。
月明かりを頼りに、オラは唯一の荷物である犬打ち棒を持って屋敷を出た。
振り返れば、昔とは別人の家のような屋敷が立っていた。背筋に冷たい何かが走る。
オラは自分のしたことを隠さなかった…隠せへんかったんや。
自嘲の笑みを浮かべ、首を振りながら闇に紛れて街を離れた。
郊外の枯れ枝に座り、残った銭で買った酒を傾けていると、遠くに緑の光が揺らめいた。
ああ、忘れてたわ。
毎年この時期、ここは獣の大群に襲われるんや。
去年の襲来では、皆の畑は荒らされたが、御侍の畑はオラが守ったから…スイカ二つ潰れただけですんだんや。
緑の目がゆらゆらと近づくのを見て、ため息をついた。
…せや、最後にもう一回だけ守ってやるわ。
竹棍をブン回すたび、獣の胴体に鈍い音が響く。
跳びかかった獣が鋭い牙を剥き、オラの背後で地響きを上げる。
振り返れば、猛獣に追われ地面に倒れた御侍と弟の姿があった。
足先で地面を蹴り、獣の頭上に着地する。牙が御侍の喉に届く直前に、泥濘にブン投げつけた。
月明かりに浮かぶ御侍の瞳には恐怖が渦巻いていたが、その奥に微かな光が揺らいでいる。
言おうとした言葉を飲み込んだ。
…もう帰るんや。余計な説明はいらん。
「叫化鶏!お前…」
「オラはもう邪魔せえへん。足手まといになることはあらへん」
Ⅲ.出会い
オラが親友焼餅に出会ったのは、古巣の町を出て間もない頃や。
街道を北へ歩き続け、御侍の故郷に似た町に着いた。仕事を探して辺りを見回すと、酒とピーナッツを買える日雇い仕事が見つかったんや。
なあ、ピーナッツの酒あての味は召喚された時以来や。今でも忘れられへんあの味や…
一日の稼ぎで酒一瓶と小皿のピーナッツを手に入れ、路地の隅で一口ずつ頬張る。
ふと気づいたんや──こないな人生こそオラの求めとったもんやないかと。
ピーナッツを平らげ、小皿を前に置いて壁にもたれ、うつらうつらし始めた。
目を覚ますと、皿の中に知らん間に銅銭が山盛りになってたんや。
皿を抱え込み、口元がピクついた。
次の瞬間、芳ばしい香りの焼き餅が目の前に差し出された。
顔を上げると、そこにはまだ幼さの焼餅の顔があった。
「腹減ったやろ?譲るで」
焼き餅を未だ惜しそうな顔で見つめながら、オラは聞いたんや。
「なんでくれんの?」
「理由なんてあるか!食え!オレは店主の手伝いに行かな!腹減ったら南の焼き餅屋台来い!」
手のひらの焼き餅を見つめ、走り去る背中を眺めて首を振った。
オラは食霊や。腹は減らへんのや。
アホか。
試しに焼き餅屋台を訪ねてみた。
そしたら分かったんや──あの夜食をくれた奴も食霊やったってな。
彼の名は焼餅。
この屋台の店主の食霊や。
毎日店主を支えて店を切り盛りしとる。
なぜか分からんが、オラは屋台の隅っこにこっそり腰を下ろした。
焼餅とその御侍は毎日てんてこ舞いや。でも昼と夕方になると、小さな女の子が弁当箱を二つ抱えて駆け寄ってくる。
二人が食事する間、少女はほっぺたを支え、ニコニコしながら食べ終わるまで見守るんや。
長居するうちに、焼餅がよく屋台の焼き餅をくれた。
そんな時オラは決まって聞いたんや。
「なんでそこまで手伝う?あいつら感謝せえへんやろ」
「感謝なんて求めてへんで。ただあいつらが笑ってる顔が見たいだけや」
ある日、湯気立つご飯が詰まった弁当箱が突然差し出された。
ヤオという名の少女が、顎を手に乗せてオラの前にしゃがみ込んだ。
「お兄ちゃん、ずっとここにいるね。一緒にご飯食べよ?」
ぽっちゃりした笑顔を見つめ、オラははっとした。
はあ…人間のために何もせえへんでも、優しさが届くんやな。
Ⅳ.善意
ヤオちゃんの料理を食ってから、焼き餅屋台で忙しそうな二人を見るのが辛くなったんや。
オラの手先は焼餅ほど器用やないが、それなりに腕力はある。
焼餅がオラに手を差し伸べ、狭い小屋に住まわせようと言うてくれた。
断ったけど、毎日屋台の手伝いに行くのが習慣になったんや。
そんなある日──
町のガキ大将が子分を連れ、焼き餅屋台にのし歩いて来た。
斧や長刀を振り回すから、通りすがりの者は皆逃げ出したわ。
奴らが店を壊そうとした瞬間、オラの犬打ち棒がその喉元に止めを刺した。
跳ね上げ、横薙ぎ、回転、叩きつけ。
攻撃の流れは昔、御侍の屋台を守った時と変わらへん。
チンピラ共はあっという間に逃げ出した。
隣の店のメチャクチャに壊された看板を見て、オラは固まった。
振り返れば、屋台の陰で呆然と立つ御侍と、弁当を持って来たヤオヤオがおった。
皮肉な笑みが零れた。
…ほらな、やっぱり本性はバレたわ。
どんだけ仲良うしても、結局オラは嫌われるんや。
その時、ヤオちゃんの小さな体がオラの胸に飛び込んできた。
オラの腰をギュッと抱きしめ、キラキラした目を細めて笑うたんや。
「兄ちゃん、めっちゃかっこよかった!」
周りに集まっていた町の人々も我に返り、オラに押し寄せてきた。
「わーっ!すごいやん!」
「これからはあんたに守ってもらわな!」
「助かったわ!」
「でも…オラ…物壊した…」
「弁償はわしがする!」
「いや、俺が!」
「おおーい!このジジイのガラクタなんてどうでもええ!ガキ大将を追い払ってくれた方がありがたいんや!」
昔と全く違う反応に、冷たい視線を思い出すオラ。
熱気に包まれた町人たちを見て、つい笑いがこぼれたんや。
Ⅴ.叫化鶏
焼餅から奇妙な質屋の話を聞いた叫花鶏(※叫化鶏)は、深い竹林へ向かった。竹筒飯(※竹飯)という焼餅の▫友に会うため、焼き鶏と酒壺を手みやげに携えて。
男同士の友情は不思議なものだ。
一壺の酒と共に朝まで酔いしれた二人は、たちまち固い絆で結ばれた。
竹筒飯(※竹飯)は焼餅より遥かに悠々とした生活を送っていた。焼餅が店で忙しい間、叫花鶏(※叫化鶏)は酒と焼き鶏を提げて竹林へ通い、竹筒飯(※竹飯)と飲み明かす日々が続いた。やがて二人は共に竹林で暮らし始める。
竹筒飯(※竹飯)は忙しい焼餅に比べ、のんびりとした存在だった。そこで酒友に恵まれない乞食鶏は、焼餅が忙しい時を見計らって、自慢の焼き鳥と酒を提げて竹林へと赴き、竹筒飯(※竹飯)と共に酔いどれていた。
竹筒飯(※竹飯)は酒席で気づいた──叫花鶏(※叫化鶏)は自らの行動を語らない男だと。
かつて御侍のために危険を排除し続けながら、決して説明しようとしなかった。
かつての彼は、ただ黙って御侍を脅かすすべての危険を排除するしかできなかった。
そして、その人たちと戦いながら壊してしまった物についても、彼は説明をしたくなかった。
真実を知らない御侍に「追い出された」彼は、ここでは誰からも理解されている。
一体何が間違っていたのか、なぜ御侍と自分は今こうして面識もないままになってしまったのか。
なぜ、御侍は今のヤオたちのように、彼を理解してくれないのか。
頬を紅潮させた竹筒飯(※竹飯)は酒嗝を漏らし、叫花鶏(※叫化鶏)の肩を強く叩いて叫んだ。
(※酒嗝:しゃっくり又はゲップのこと)
「てめぇ…本当に自業自得だ!」
「……」
「俺と同じよ…自業自得な…」
竹筒飯(※竹飯)は叫花鶏(※叫化鶏)の背にもたれ、竹葉に覆われた空を見上げた。普段は陽気な彼の顔に、初めて陰りが浮かんでいた。
「伝えたいことがあるなら、相手の気付きを待つな」
「必ず直接伝えろ!」
「さもなくば…」
「さもなくば?」
「…言いたくても言えなくなる…ゲップ…安南…今どこに…」
焼餅から聞いた人間の女性、安南の話だった。
泥酔して竹林に倒れ込む竹筒飯(※竹飯)を見下ろし、叫花鶏(※叫化鶏)は衝動を覚えたが、臆病がそれを押し潰した。
もしや、彼らはそうじゃなかったらどうしよう。
もしや、真実を知っても私を理解してくれなかったらどうしよう。
しかし次の瞬間、焼餅は懐から一通の手紙を取り出し、彼に手渡した。
それは叫化鶏御侍からの手紙だった。
叫花鶏(※叫化鶏)が去ろうとしたあの日、御侍は問いただしに来るつもりだった。
いったい何をしているのか、なぜ絶え間なく傷が増え続けているのか、と。
だが叫花鶏(※叫化鶏)は問われる前に去った。
獣潮の時、棍棒を手に前に立つ叫花鶏(※叫化鶏)を見て初めて真実を知ったという。
その後ずっと探し続け、ようやく居場所を突き止めたが、会うことを拒まれるのを恐れ、手紙を託したのだ。
「帰っておいで。家で待っている」
叫花鶏(※叫化鶏)は手紙を握りしめ、いつもの不敵な笑みを浮かべた。懐かしむような、あるいは諦観に似た口調で呟いた。
「戻るか…」
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