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バスティラ・エピソード

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作成者: 時雨
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バスティラのエピソード

率直な性格で、不快に思うとすぐ顔に出す。彼を怒らすと必ずしも仕返しを受けるだろう。しかし、真面目な彼にも子供っぽいところがある。善悪の区別や権力の闘争などが面倒に思い、自分の目で見て一番賢い人を選んで従うことした。カイザーシュマーレンの言うことは、たとえそれが自分に理解できない残酷な命令であっても無条件に従順する。


Ⅰ.忠誠

「しょ、食霊?!はやく、隠れろ!」


目の前にいる少年は、私を召喚した人だ。派手な衣装と彼の恐怖の表情があまりにも不釣り合いにマッチしていたため、私はそれを直したいという衝動に駆られたのだ。


彼はテーブルクロスがかけられた長テーブルの下に隠れた。テーブルの脚を握る手がブルブルと震えている。それと連動して、テーブルの上に置かれたケーキやパイも一緒に揺れている。


「今更隠れても手遅れだ、誰かがもう知らせに行ったに違いない。くそっ……なぜ僕が召喚を成功したんだ。」

「僕は静かで平穏な暮らしをしたいんだ。でも……まだ死にたくないんだ!」


今日は彼の誕生日らしい。


なぜそんなに怯えているのかわからないが、彼は私の御侍なので、しゃがみこんで、できるだけ優しく話しかけた。


「大丈夫。貴方を死なせたりはしない。私が守るから。」

「僕を守る?いや……君は何も分かっていない。」


私は話の続きを待っていたが、代わりに彼は絶望的な表情で物思いに耽り、テーブルの下から這い出て歩き出しただけだった。


何が分からないって?何も教えてくれなかったのに、わかるわけがない。


腹立たしい気持ちがこみ上げ、怒りをこらえて彼の後を追いかけ、説明を求めようとしたが、使用人に止められた。


「どけ。」

「性格悪。優しく忠告しようとしたのに、嫌ならいいよ。」

「忠告?」

「殿下は一体何を恐れているのかを、知りたくない?」


殿下?どうやら私の御侍は一般人じゃなさそうだ。だったらその身分でそれほどパニックになるのは変だ。

気になって仕方がない。


「教えろ。」

それを聞いた使用人は、恐怖に取り憑かれた人が自分と全く関係ないかのように、とても嬉しそうな顔をした。


彼は御侍が座っていた椅子に座り、紅茶を一杯注いで一口飲んでから、ゆっくりと私の質問に答えた。


「ここはサヴォワ。食霊に頼らず自力で存続する国だ。だから私たちには食霊は価値のない存在だった」

「しかし昨今は陛下も大魔導師の庇護に頼ることに嫌気が差しているようでね……だって大魔導師は守り神で、食霊はただの人間の下僕だろ?もし両者に大した差がなければ、確かに食霊を選ぶ方がお得だ。」

「しかし、殿下…貴方の御侍がね。三人の王子の中で最もダメで、王位に就く望みが薄い。闘争から追い出された者が、今になって突然食霊を召喚できたら……他の王子はどう思うだろう?」


なるほど、しかし……。


「わりと自分と関係のない人間の話をしているな。彼に何かあったら、使用人であるあなたもまずいんじゃないのか?」

「私?いえいえ、私はもう第二王子の部下になったんだ。殿下はそのことをもちろん知っているが、私を追い出す勇気すらなかった。だから彼には王位に就くことは不可能だ。」


そのほくそ笑む姿に腹が立ち、その一方的な考えを正したくなった。


「状況が変わった。彼には今私がいる。そして誰が何をしようと、私は彼を守る。彼が王位に就くための手助けだってする。」

「王位に就くだと?ぷっ…寝言は寝る時に言え!今のも見ただろう。戦うべき人間が武器を振るう力も度胸もないのなら、武器を持っても所詮無意味だ。」

「その通りだが、私は食霊だ。振り回されるだけの武器ではないのだ。」


私は彼の背後に回り込み、彼の座っている椅子を蹴飛ばした。


「私は主人に忠誠を誓い、自らの意志で戦う。離反などという恥ずべきことを誇りに思い、見せびらかすようなことはしない。」


私の姿は、彼の瞳に映っている。彼の滑稽な表情は見るに堪えなかった。


「今日中に出て行け。さもなくば次に飛ばされるのは椅子じゃないぞ。」


Ⅱ.暗闇

「君が……私の部下に怪我をさせたのか?」


偉そうに上から物を言う第二王子を見て、そしてその横に立っている猫背で傷だらけの使用人を見て、私は思わず鼻で笑った。


「私がやったのなら、ここに立つことはできないでしょう」

「なんだと、私が濡れ衣を着せるとでも言いたいのか!」

「いいえ、脅したのは確かだ。でもそれだけだった。第二王子、どうぞ私を罰してください。」

「ははははははは。」

意味のわからない笑い声に、私は眉を顰めた。


「なんという誠実な人だ、面白い。彼が君に不快な思いをさせなかったら、君はそのような行動を取らなかっただろう。だったら、罰を受けるのは……」


話がまだ終わらないうちに、使用人の首が落ちた。


信じられない表情が彼の顔に固定され、背後にいる第二王子の満足げな笑みとのコントラストが鮮烈だ。


「どういう意味だ?」

「人材を求めるなら、まずは誠意を見せないといけない。これが私の誠意だ。」

余りにも反応が薄い私を見て、第二王子はまた「やっぱりな」という顔をした。

彼が手を振ると、二人の使用人が箱を運んできてくれた。


「私の部下になれ。そうすれば金でも人の命でも欲しいものは何でもやる。」


金の悪臭と第二王子の不遜な笑みが一様に反吐が出るほど気持ち悪い。

私はただ冷たい目で見た。


「食霊は自分を召喚した御侍にのみ忠誠を誓う。その忠誠は金銭や権力と関係しない。」

第二王子の笑顔が少し崩れたが、私はそれを見て見ぬふりをし、ここを出ようとした。

「食霊は何千年もの間、サヴォワでは珍しい存在だ。第二王子がそれを知らないのも無理はない。しかし、知ったからには、この後、そんな愚かなことは言わないで欲しい。」


「……なぜサヴォワだけが何千年も食霊が訪れなかったのかを、あなたは知っているかい?」

「?」

「必要なかっただけじゃない。多くの保守派が、食霊は堕神をもたらし、凶兆だと主張し、そのために多くの食霊を殺したんだ。」

その顔には激しい悪意が現れ、歪んでいるように見える。


「あの成り損ないの食霊になっても何の利益も得られないんだぞ。」


私は振り返って第二王子を見た。

彼は目を奪わんばかりに華麗な宮殿の一番上に座っている。彼には少し幅が広すぎる椅子は、この宮殿の縮小版に根ざした玉座のようだった。


なんという……情けない男だろう。


最も才能のない王子の食霊――この国の最下層に位置する種族を無理強いしてまで、王位を奪い合うとは、彼の心はこれほど乱れていたのだろう。


なんと哀れなことだろう。


私は嘘をつくのが下手で、その哀れさが目にも現れていたのか、第二王子は顔を赤らめて苛立ちを募らせた。


「貴様!」

「ええ。それも構わない。そろそろ大魔導師の恒例のレセプションの時間だ。第三王子の参加準備も手伝わなければならない。これで失礼する。」

「ふっ……後悔するなよ。」


どうやら第二王子には、私を長く待たせる忍耐力がないようだ。


食霊は堕神を招く凶兆であるという噂は、すぐに宮中に再浮上した。

しかし、王家は魔法使いたちと密かに争っているため、それに食霊を召喚したのはあのダメな第三王子で、この噂を気にする人はほとんどいない。


第三王子本人を除いては。


「僕が邪魔者だと思っている兄がこの噂をでっち上げたに違いない……きっと僕を殺そうとしてるんだ。」

彼は誰もいない部屋を落ち着きなく歩き回り、冷や汗が金髪を額の隅にくっつけ、目が真っ赤でとても焦っている様子。


「もし……もし私が食霊を召喚できなかったら……そうだ、そうだ……」

バスティラ、君は……君は消えることができるか?」

彼は、突然完璧な計画を思いついたかのように声を弾ませていた。

少し前まで彼のために第二王子を挑発していた私が、余計に馬鹿馬鹿しく見えてくる。

彼はその臆病な目と柔らかい手で、私を深淵に突き落とした。


Ⅲ.教訓

間もなく御侍の十七歳の誕生日を迎え、私は二年間、影のように暗闇の中で生きていた。


この二年間、彼は私をすぐにでもこの世から消し去りたいような決意で、決して人前に出ることを許さなかった。


その間、第二皇子の嫌がらせは終わることがなかった。

人の憎しみは、こんなにも長く続くものかと実感しました。


弟の安全を守るためと称して、御侍の誕生日に多くの衛兵を送り込んだが、真意は誰にも分からない。

私はただ、密かに御侍を守るために、いつも以上に戦うことしかできなかった。


幸か不幸か、宴席に来た客はあまり多くない。顔馴染みか、上の空か、もしくは御侍のところに顔を出したらすぐに帰っていくような人たちばかりだった。


だから、第二王子が派遣した護衛を見張るだけで大丈夫だ。


そう思っていると、突然見慣れない人影が視界に入った。


あれは微妙に目立つ存在だ。


貴族の格好をしているが、サヴォワの服装ではない。知らない国から来訪した者だろうか?

彼は誰にも挨拶をせず、周囲の警戒の目を気にすることもなく、まっすぐ御侍の方に歩み寄った。

私は彼の後を追い、ロングソードを彼の首に当て、いつでも殺せるように体勢に入った。


「私も招待を受けているんだ。そんなに警戒する必要はありませんよ。」

私が見えるのか……?!

思わずぎょっとした私は好奇心を抑えながら、暗闇から足を踏み出した。


「私が見えるのか?」

「いいえ、あなたの気配を感じただけです。あなたは王子の護衛なんですか?」


彼は私の追及を止めるかのように、次の質問を素早く投げかけた。この男、もしかしたら危険かもしれない。


「そうです。すみません、初めて見る顔なので余計に警戒してしまいました。ご理解がいただけると幸いです。」


直感的に、このまま会話を続けても無駄だと思い、急いでその場を去った。

しかし、本当に去ったわけでない。


男の影に隠れて、御侍のところまでついて行った。


そこで、彼の名前がフランツであることを知った。偽名の可能性が高いが…

彼は御侍に、人の目の敵にされるぐらいなら、その目をくり抜けばいいと進言した。


御侍を王位に就かせるために補佐すると、彼は言った。


優しい口調にアグレッシブな発言…彼には人を信服させる力がある。

何がなんだかわからないうちに相手を挑発した自分とは全く違う。


不思議な感覚に襲われた私は、彼に追いつき、彼の正体と目的を問い詰めた。


「私もかつて誰かの食霊だった……しかし今の私は自分の主人を選ぶことにした」


一見意味ありげな言葉を残して、彼は石畳の道を去っていった。

さっきは御侍に、ここに残って君を守ると約束したばかりなのに。

そんなことより、今はあの変な奴より御侍を守ることの方が大事だ。


誕生日会は夕方、ほぼ全員が気が緩んでいる時、第二王子の派遣した護衛が一人の刺客を捕らえた。


私が到着する前に、彼らは刺客から第一王子の印である第一王子の徽章が刻まれたサーベルを回収した。

一方、刺客はすでに死んでいた。

「我々は第二皇子から第三皇子を守るために派遣された。このサーベルの処置は殿下にお任せします。」


御侍は、震えながら死体から離れた。

私は彼をちらりと見て、サーベルを受け取ろうと前に出た。


バスティラ……この死体を埋めてくれ。」

「はい。では、このサーベルは……」

「一緒に埋めるといい。」

「…この暗殺者の正体を突き止めないんですか?」

「調べてどうする。どうせもう死んだだろう。僕はただ……平穏な生活を……」

「かしこまりました。」


サーベルを片付けると、私はその死体を宮殿の外の森に埋めた。翌日、御侍の影に隠れて会議場に入り、この国の皇帝に初めて会った。

「昨日の誕生日会は、皆、満足してくれたかね。」

「はい、陛下のおかげで、すべてが順調に……」

「陛下、昨日の宴会で刺客が現れました。」

バスティラ!」

暗い物陰から現れた私を見て、御侍は思わず声を上げた。その後、口を覆って私を後ろに引っ張った。


「刺客だと?どういうことかね?」

皇帝は眉を顰め、とても迷惑そうな顔をしていた。

御侍はもう私を押さえきれず、声も出せなかった。私は一歩前に出て、ポケットの中のサーベルを取り出した。


「失礼。宴の後、第二王子殿下の遣わした護衛が刺客を捕らえ、私が到着した時には刺客はすでに死んでいました。そちらのサーベルは刺客から回収したもので、第一王子が所有していると第二皇太子の護衛が言いました。」

「……第一王子が第三王子を殺害するために誰かを送り込んだと言いたいのかね?」


「なら、第一王子がわざわざ刺客に自分の印の付けたものを持たせるのはどうしてだ?刺客が生きていたかもしれないが、奴が死んだ今、証拠が残っていないし、それに刺客を捕まえたのはこの件とは関係なさそうな第二王子で、だから……」


パッ!


かなり強い平手打ちだ。弱そうな長でも、これほどの力を発揮できることを、私は初めて知った。


短時間の耳鳴りのせいで、その後の記憶が曖昧だ。


記憶にあるのは、第一王子も第二王子も実質的な罰は受けず、第三王子はその代償として何らかの報償を与えられたということだけである。

一方、私は顔に真っ赤な平手打ちの痕をつけられただけだ。


そして、第二王子の不吉な笑みを前にして、私は再び深淵に突き落とされた。


Ⅳ.異変

「一緒に来てください。これは第三殿下のご命令です。」


わざと謙遜の態度をとった食霊をちらりと見て、手に残ったパン屑を遠くへ放り投げると、鳩の群れが驚いて飛んでいった。


どの鳩も彼の頭に鳩の糞を投げつけなかったのは残念だった。


「分かった。行こう」


フランツという男が善人ではないのは知っていたが、わざわざ彼の後をついていくと、大魔導師の伝説の居城である紺色の城が見えてきて、ちょっと驚いた。


「こんなところに来て何をするつもりだ。」


「そうそう、君が頭を下げて歩いていたから、説明する機会もなかったんだ。」

彼は笑顔で揶揄したが、その口調は不快させてくれなかった。


「サヴォワ王国を守る3人の魔法使いが、サヴォワの将来について意見を対立させ、最近大変なことになっている。この件について知っている人はほとんどいない。」

「……それで、どうして貴方がそれを知っている?」

「重要なのは、このタイミングで彼らの間に広がる亀裂を利用し、大魔道士の一人を味方につけることだ。」


「そうすれば王位は第三王子の手の届くところに来るだろう。」

疑わしいが、彼の言う通りだ。


昨日、大魔導師のレセプションで、三大魔道師の一人であるアレイスターが御侍に魔暦を手渡し、それ以来、第三王子が二人の兄に代わって王位に就くという話が国中に広まっている。


大魔導師がサヴォワにとっていかに重要な存在であるかを知るには十分だった。


そこで私はフランツの陰に隠れ、彼の後を追って城に入った。


すると驚いたことに、アレイスターはフランツを直々に迎え、二人は……ずっと前から知り合いのようだった。


「次は図書館から『冥府の書』を持ってきてくれればいいんだ」。


城を出たフランツは、アレイスターから直々に渡された地図と図書館の鍵を渡した。


「貴方はいつアレイスターと知り合った?そして、彼が殿下に魔法の暦を渡したのは、事前に取引をしていたからか?」

「ええ。レセプションで皇帝に第三王子が王位継承者になり得ることを示しさえすれば、私は『冥府の書』を盗め、彼に渡す、それが取引でした。」


……


私が暗闇に閉じ込められ、日陰に隠れて鳩に餌をやっている間に、奇人で知られるアレイスターの大魔道師を味方に取り込んだとは。


もしかしたら、御侍にとっては、私よりも彼の方がはるかに価値があるのかもしれない……


「殿下のためだ。冥府の書を盗んで差し上げよう。」

「そこはお願いします。でも、その表情は……ふふ、まさか嫉妬しているのかい?」

「はあ?」

「そうだな……自分の御侍が知り合って数日しか経っていない男を信用しているのが気に食わない…とか?」

「……馬鹿にするな。そのようなことを考えたこともない」

「分かった。でも、本当にそれでいいのかい?」

彼の顔から軽快な笑みが消え、不安や不満さえ感じられるものに変わった。


何を考えているんだこの男は。

「どういうことだ。」

彼はどうやら動揺している。まさかここで手を引くのか?

何しろ、御侍を守りたいと言った次に、その場から離れたのをこの目で見たからだ。


「いや……その、アレイスターと取引して、殿下を王位継承させることが……本当にいいことなのか?」

まさか、そんなことを気にしていたとは……。

「何が悪いんだ、殿下は私の御侍だぞ。」

「それもそうですね……これは貴方に。」


フランツが投げてきた小瓶を慌てて受け取り、私は怪訝そうに彼を見つめた。


「これは何だ?」

「これは外傷用の軟膏で、殿下から賜った物だ。」

「貴方…知ってたのか?」

「何をですか?あなたが第二皇王子の前で、第三皇子を殺すために刺客を送り、第一王子を陥れようとしたと問い詰めて以来、第二王子はあなたと第三王子に嫌がらせをしていた。哀れな第三王子はあなたに不満をぶつけるしかなかったこと…ですか?」

「……」

「誤解しないでください。私はあなたに同情しているわけではありませんし、私に借りがあるわけでもありません。ただ、今は私よりもあなたの方がそれを必要としているだけです。」


彼は珍しく子供じみた笑みを浮かべながら、私の手にある薬の瓶を指差した。


「もしまだ不快に思っているのなら、私からのささやかな賄賂だと思ってください。」

「賄賂?」

「サヴォワで私が食霊であることを知っているのは、あなたとアレイスターだけです。第三王子殿下には、今のところ内緒にしておいてください。」


私の返事を待たずに、彼は私が「賄賂」を受け取るのを完全に予期していたように、帰路についた。


「フランツは私の偽名です。私の名はカイザーシュマーレン。サヴォワでこのことを知っているのは貴方だけです。」


……


アレイスターから渡された地図と鍵で、私はさっそく『冥府の書』を盗み出した。


本来ならば、すべての魔法が書かれているため非常に危険だと言われているその本を、御侍に渡すべきだった。


しかし、私はそうしなかった。


冥府の書は翌日カイザーシュマーレンの手に渡った。口にするたびに旧帝に失礼な彼の名を、私の口に封印した。


アレイスターが冥府の書を盗んだことが明らかになり、三大魔法使いが戦争を始めてサヴォワを滅ぼすまで、第三王子の軍師フランツが食霊であることを知る者は、全国で四人もいなかった。


「アレイスターは古今東西の大魔法使いの中でも最強に値する存在であり、これほど長い間、二人を相手に負けなかった……このままでは、たとえ私が王位に就いたとしても、サヴォワで僕に平伏す臣下がいなくなるだろう!」


第三王子は皇帝としての将来が輝きを失わないかとかなり焦っている。

バスティラ、行って奴らを止めろ!三人のうち誰でもいい、殺して災いを終わらせろ!」


「君は私の食霊だ、私のために死ぬのは当然じゃないか?」

彼は笑いながらその無情な言葉を吐き出した。


カイザーシュマーレンの鋭い視線を感じる。私はただ頷いて広間を出て行った。


御侍を守ることは食霊の使命だ。その通りだった。

時期に死ぬ人には、泣いたり引き止めたりする意味がない。

だからその笑顔には何の文句も言えない。


しかし、私はまだ自分の中ではむらむらと燃え上がる怒りを感じる。


突然、後ろから少し急いだ足音がした。


「初めて会ったときに言った言葉を覚えていますか?」


灼熱の炎の雨が降り注ぐ、カイザーシュマーレンはそれを気にせずに同じ淡々とした笑顔で歩み寄ってきた。


「言ったように、我々は自分たちの主人を選ぶことができます。」

「功績を無視して搾取するような暴君ではなく、君には賢明な君主が必要です。」


賢明な君主……ああ、自分のことを言っているのだろうか。


「私の配下に入ろう。ただし、私が必要としているのは忠誠を誓える者だけだ。もし君がその運命を反抗し、あの暴君の束縛から逃れたいのなら……」

「私に跪き、『主』と呼びなさい。」


……彼は、私たちが初めて会ったときから、早くもこのすべてを予見していたわけだ……。


最初の頃、彼は私に「主人交代」の種を蒔き、それ以来、第三王子の冷酷と暴力を水として灌漑する。最後は適切なタイミングで膏薬の瓶を私に渡し、肥料として土に蒔き、この結果を実らせた。


そして今、収穫の時を迎えた。

思わず笑ってしまった。


「あの暴君を追い払う……というのは、私が彼を殺すのを手伝ってくれるのか?」

「自ら実行するわけじゃないが、結果は君の言う通りだろう。」

「分かった。」


そこで私は膝を着いて身を屈めた。右膝を冷たい石の床に当てているが、今まで感じたことのない安堵感を胸に抱いた。


Ⅴ.バスティラ

食霊は御侍に危害を加えることはできいが、いわゆる「危害」は物理的な面にのみ限定されていたのである。


三人の大魔導師が共倒れしたことで災厄を終わらせた後、バスティラは第三王子の戸棚に冥府の書を隠した。


御侍に真実をすべて話した。

フランツの本名がカイザーシュマーレンであることと彼は実は食霊であることを除いて。


彼は暗闇の中で第三王子を追い詰め、「貴方は明日に死を迎える」と宣言した。


歯には歯を、メンタルな側面から御侍を痛めつけた。


狂った第三王子の魂はやがて処刑台の上で枯れ果てた。

その災いの火種となった「冥府の書」は魔法で再び書庫に封印された。


やっぱり使わず封印するのは惜しいと思ったバスティラは、また盗み出す必要があるのかとカイザーシュマーレンに尋ねた。


「いいえ。次はもっと大事なことが待っている。」


バスティラは頷き、それ以上の質問はせず、カイザーシュマーレンの影に潜り込み、明日の新皇帝である第二皇子の寝室へとついていった。


「フランツ、どうお礼を言っていいかわからないが、何が欲しいんだ?教えてくれれば、なんでも満足させてあげよう。」


聞き覚えのある声にバスティラは微笑んだ。カイザーシュマーレンがすでに第二王子と取引していたことを知ったばかりだったが、今はそんなことどうでもいい。


どうせ第二王子は一晩も生き延びられないのだから。


カイザーシュマーレンの合図でバスティラが暗闇から飛び出し、金色に輝く会議場を真っ赤に染め上げた。


真実を知らずに生き残った大臣たちが膝を着き、カイザーシュマーレンを新皇帝と呼ぶ時、第二王子の死に様をちらっと見て、バスティラは微笑んだ。


「すっきりしたか?」

「悪くはない。」

「彼にも正礼装を用意してあげましょう」


この言葉に、カイザーシュマーレンのサイズを測っている仕立て屋は恐怖に手が震えた。一晩で正礼装を作るのはすでに無理なのに、もう一着?


バスティラは違和感を覚え、彼の手を離した。


「必要ない。私は影として生きるのに慣れている。」

「いや、これからは暗闇の中で生きる必要はない。光の中で私の横に立つべきだ。」

「そもそも、私が影に隠れる能力を見込んで、全てを企んだんでしょう?何を馬鹿げたことを……」

この言葉に、カイザーシュマーレンバスティラは一斉にぎょっとした。


『主』に対する言葉では失礼すぎると気づいたバスティラは静かに『罰』を待つことにした。

しかしカイザーシュマーレンは、いつもの笑顔に比べればほとんど気づかないほどに柔らかく、心から微笑むだけだった。


「それも見抜かれたとは。そんなことを知った上で私に従うことを誓ったのか?」

カイザーシュマーレンの好奇心に溢れた目を見て、バスティラは不自然に目を逸らし、影の中に潜った。


「私は貴方に忠誠を誓ったのだから、これ以上理由を求めるのはやめてください。」

果たして、バスティアの言葉は本当だった。

彼は確かにカイザーシュマーレンにずっと付き従い、王位を投げ捨てるのを見届け、そしてボロボロになったサヴォワを後にしたのであった。


「これからどうしますか?」

バスティラは、新しい主の頭の中で何が起こっているのか理解できず、ついに尋ねた。

「クレメンス家を知っているか?そこは私が生まれ場所だ。ティアラ大陸の隅々にまで枝を広げた、究極の貪欲の根源……」


カイザーシュマーレンは無関係な話をするかのように、軽い口調で言った。


「野火に焼かれても草は尽きることなく、春風が吹く頃にまた生えてくる。とある偽善的な組織を取り除くには、根こそぎにしなければならない。」

「しかし、私は進めば進むほど悪目立ちしてしまうのだ。何しろ私はティアラをまるごと地獄まで引きずり込むつもりだからね。」

「どうだい?それでも私についてくるのかい?」


バスティラは迷うことなく頷いた。彼がパンくずを遠くに撒くと、鳩は一斉に金色の朝日に向かって飛んでいった。


「アリを潰す子供は、犯罪者を処刑する死刑執行人より優しいのか?いや、純粋な善人などこの世に存在しない。すべてが一様に悪である以上、その中から最も賢明な者を選んで従うのが自然だ。」

「あなたの考えでは、私が一番賢明に見えると?」

「……少なくとも今のところは。はい」


いつも率直なバスティラの、珍しくも少し照れたような姿に、カイザーシュマーレンは首を傾げ、眉の間には真偽の区別がつかない喜びが宿っている。


「ああ……ならば、いつか私を見捨てないために、この勝負は……」

「…私が勝つに決まってる。」



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