状元紅・エピソード
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状元紅のエピソード
誰からも頼もしいと思われている青年。いつでも水のように穏やかだが、女児紅の前でだけ彼女をからかって怒らせたがる。力ある者が責任を負えば、世の中をより良くする事が出来ると信じている。意外なのは、女児紅よりも酒が弱い。
Ⅰ.侠客たるもの
「グォォ――」
目の前の化け物が長い舌を出し、鋭い牙から涎が垂れる。
吹雪が白い渦を巻き、私は剣を抜くと、後ろにいる子供の目線を遮るため、マントを翻す。
木の枝に積もった雪と共に、化け物の頭が地面に落ちた。真っ白な雪が、血で真っ赤に染まる。
「うぅ……」
二人の子供が恐怖で泣き出す。私が慌てて剣の先で枝の雪を落として、血の跡を覆う。
そして子供たいの様子を確認して、すこし安堵した。幸い、怪我はないようだ。
ついでに二人の子供の頭に積もった雪を落としてあげたかったが、手が血で汚れていたため、やめてく。
「怖がらないで。もう大丈夫だ。」
年上の方が先に泣き止んで、嗚咽しながら私の顔と剣を茫然と眺める。
「も、もしかして、状元紅(じょうげんこう)様……あなたは父ちゃんが言ってた状元紅様なの?」
「うん、そうだけど、私のことを知ってるのか……?君たちも村の住人か?」
「ほ、本当に状元紅様だ!」
男の子が鼻をすすりあげて、目を光らせる。先ほどの恐怖は、欠片もなく消えていた。
「僕はワンです、こっちは妹のハナ!僕たちは村の東に住んでいます!父ちゃんは東の橋でお菓子屋をやっているんだ!」
「なるほど、普段はあまり東の方に行かないからね……だったら、家まで送ろうか。」
「うん、ありがとう!状元紅様、あなたが光耀大陸で一番強い食霊だと、みんな言っているよ!」
「ははっ、光耀大陸はとても広いんだ。私より強い食霊はたくさんいるよ。」
「父ちゃんの言う通りだね……強い人ほど、謙虚だって!さっき、一撃であの化け物を倒したよね!」
「僕が大きくなったら、状元紅様みたいな英雄になりたい!父ちゃんとハナを、村のみんなを守るんだ……あっ!」
「気を付けて!雪が降ったせいで道が悪くなっている。ほら、私の手につかまって……あと、『様』を付けなくていい。私のことをお兄ちゃんと呼んでいいぞ。」
「うん!ありがとう、状元紅さ……お兄ちゃん!状元紅お兄ちゃん、どうすれば、あなたみたいな侠客になれるの?」
「別に難しいことじゃないさ。侠を持つ者、国のため民のために働くべしと、その言葉を耳にしたことがあるか?」
……
二人の子供を家に送ったら、すでに夕暮れの時だ。ワンとハナを助けたお礼として、彼の父から無理矢理にたくさんのお菓子を押し付けられた。
帰り道、家々から炊事の煙が立ち上って、飯のいい匂いがする。巣に向かっている鳥を眺めて、私はつい足を早める。
今日は女児紅のところに晩ご飯を食べに行く約束なのだ。遅れたら怒られるだろう……
「状元紅、戻ったの?ご飯は?」
「状元紅お兄ちゃんが戻ってきたよ!今日も大っきな化け物をやっつけたの?」
「状元紅よ、この前に山から薬草を採ってくれて本当にありがとう。膝の痛みがだいぶ治ったよ……」
「……」
村人たちいつも通りに親切そうに挨拶をしてくれた。今日は色とりどりのお菓子を抱えているせいか、余計に人々の注意を引きつけたようだ。
「あら、縁起のいい色だね……なにかいいことでも?」
「おっと、本当か?状元紅、女児紅さんとなにかめでたいことがあったら、みんなに教えてくれよ!盛大な宴会を開いてやるよ!」
「コホン、そんなことないですよ……一緒に夕食をする約束があるので、私はこれで失礼します。」
適当に言い訳を作って逃げたが、なぜか胸の高鳴りが止まらない。
剣で命を奪い合う戦場でもなかったのに……なぜ?
私は首を振って、自分を落ち着かせる。そしてようやく、扉を半開きにしている茅屋の前に着いた。
部屋にいる少女は机に伏せて、ぐっすりと眠っているが、なにか悪い夢でも見ているかのように、硬い表情を浮かべる。
コートでも羽織らせようと彼女に近寄ると、寝言が聞こえ、思わず動きを止めた。
「あなたが……」
「あなたの顔を、みせて……」
Ⅱ.幼馴染
いつからだろうか、女児紅はよく変な夢を見てしまう。
そのほとんどは彼女を驚かせるか、泣かせるかの悪夢だが、たまには夢の中で微笑むようないい夢もある。
しかしいい夢を見ても、覚めたらやはり夢のことが名残惜しくなって、浮かない顔だった。
そのいい夢は、存在するかどうかわからない男と関係があると、なんとなくわかっている。
……
「女児紅、好きな人の夢でも見たのか?」
ある日、ぼんやりと畑を眺めている女児紅を見ると、ついに彼女をからかった。
「す、好きな人って!そんなわけがありません!」
「痛っ……女児紅、なんて怪力……」
叩かれた胸を庇いながら、恥ずかしがる女児紅が投げてくるススキと、石ころと……生き生きとしたカエルを避ける。
笑いをこらえながら、私はとい続ける:「その反応だと、図星だろう……正直に言ってくれ、そいつは誰なんだ?」
相変わらず自分の気持ちを隠すのが下手だな。
「別に誰でもないです!あれはただの夢……顔も見えないし、誰なのかもわからない。」
女児紅が口を尖らせて、もう一度畦に手を掛ける。どうやら、あの夢の中の男が顔を見せてくれないことに不満があるようだ。
「じゃ、夢の中で、なにをしていたんだ?」
「馬の乗り方や弓の扱い方を教わってたら、一緒に転んでしまい、あたしが頼んで、木に登って鳥の卵を盗んでもらったら、親鳥につつかれて、大変そうでした。」
「一緒に塾に行って、居眠りするあたしを庇ってくれて……そして、彼はとても高くて赤い壁を乗り越えて、あたしを外に連れていってくれました……」
女児紅は必死に夢の内容を語ってくれるが、ふた顔が暗くなった。
「でも、見慣れた人のはずなのに……顔を見せてくれません!わざと隠していると思います。幼い頃からの付き合いだと言ったのに……」
「幼い頃からの付き合いか、人間の言い方からすると、いわゆる幼馴染みだな……」
「幼馴染み……?」
……
「状元紅兄さん、聞いていますか?」
闇に飲み込まれる夕焼けのように、私は過去の思い出から抜け出した。女児紅は困惑した顔で私の目の前で手を振る。
「あっ……すまない、ちょっと考え事をしてた。何の話だっけ?」
「午後にグンさんが自分のお嫁さんを連れて尋ねてきました。明日結婚式を挙げるようです。招待状ももらいましたよ。」
女児紅は一切れの桂花糕(※グイホアガオ:モクセイケーキ)を口に放り込んで、満足そうに目を細める。
「命の恩人だから、絶対来てほしいって……あっ、そういえば、グンさんと彼のお嫁さんも幼馴染みだったんです。縁って不思議ですね。」
「そうか、知らなかった……」
女児紅に気づかれないうちに、すぐにいつも通りに振る舞った。
「そうだ!状元紅兄さん、このお菓子はどこで買ったのですか?なかなか美味しいです!」
「村の東にあるお菓子屋からもらったんだ。気に入ってくれて何よりだ。」
「えっ?東?普段いかないところじゃ……」
「偶々通りかかっただけだ。」
「もう、状元紅兄さん。すぐどこかに行っちゃうんですね、あたしに報告もなく!」
「ははっ……別に迷子にはならないよ。」
「ふん。もし危険な目に遭ったら、あたしがすぐに助けに行きます!」
真面目にそう言ってくれる少女を見て、私は思わず噴き出して、彼女の頬を軽く叩いた。
「はいはい、どうもありがとう。でも私を助けるより、お早めにご飯を作って、家で待ってくれ……また寝坊したら、夜食になってしまうよ。」
Ⅲ.癒せない古傷
こんな風に痛飲みするのが久しぶりだ。やっと思いを遂げた新婚夫婦の姿を見て、私も嬉しく感じて、つい酒が進んでしまう。
お祝いの爆竹が鳴り終わり、重い瞼を開けると、目に入ったのがしかめ顔の女児紅だった。
私が酔っぱらったせいか、彼女はすこし機嫌が斜めのようだ。
私は手を伸ばして彼女の額を軽く叩いて、その眉間のしわを伸ばす。
女児紅は相変わらず、私より少しだけ酒が強い。
私たちがこの世に生まれた時から、ずっとそうだった……
新婚夫婦を祝福する声と、爆竹の音が微かに聞こえてくる。「幼馴染み」とか「末永くお幸せに」とか。
その話を聞いて、女児紅はすこし機嫌が直ったようで、微笑みを見せた。
あの男を思い出しただろう。
微笑を口の辺りに浮かべて、酔っぱらった私はそのまま意識を失った。
……
幼馴染みか……子供の頃の女児紅はどんな子だっただろう。
彼女と出会った時のことは、はっきりと覚えている。あちこちに雑草が生えてくる墓場で、私たちが困惑した顔で互いに見合う。
私が召喚されて目に入った最初の生き物は、目の前の容姿端麗な少女だった。彼女がまるで赤子のような無邪気な顔で、私にこう問いかける。
「あなたは誰?私は……誰?」
名もない二つの墓の前に、開けられたばかりの酒が二缶供えられている。缶の上に赤い紙が貼られていて、上にこう書かれている。
彼女があの二つの名前を繰り返して、何かわかったように頷いて、酒に指をさす。
「なんか……いい香りがしますね。」
こうして、酒の香りに好奇心がそそられた私たちは呑み初めて、そして最初に酔っぱらったのが私だった。
夜が暮れる前に、顔がとても赤いが、まだ酔っていない女児紅は私の目の前に手を振って、茫然と呟く。
「もう酔ったのですか?これから、どうすればいいでしょう……」
そうだね、私たちはいったいどこに行けば……
御侍がいない食霊は、糸が切れた凧みたいなものだ。
私たちは寄り添い合って、この寒い墓場で一晩休んだ。夜が明ける時に、目が腫れた女児紅は私を呼び起こした。
「夢を見たの……夢の中で、たくさんの人と別れを告げました。」
「状元紅兄さん、あたしを一人にしないで……」
彼女の腫れた目を見て、私は思わず手を伸ばして彼女の額を叩いた。彼女は驚きのあまりに、不満を言うのも忘れた。
「大丈夫だ。絶対に一人にしない……さぁ、出発しよう。」
「出発……どこに?」
「私たちが存在する意味を探すんだ。」
食霊は人間の希望と純粋な願いにより生まれたもので、生まれつき邪悪と対抗する力を持っているという。
食霊にとって、御侍は命の契約を結ぶ相手であり、旅の方向を導いてくれる道しるべだ。
しかし私たちにとって、その生き方と世の理を教えてくれる「御侍」がどこにもいない。
生まれてから、私には彼女しかいないし、彼女には私しかいない……私たちはともにこの広くて未知な世界を歩むのだ。
私たちは子供のようにゆっくりと世界への理解を深めていく。
山や川、森や谷、木や橋、村や町……うまい酒のような素敵な光耀大陸だったが、場違いの化け物たちも彷徨っている。
あの日、私は初めて剣を抜いて、使い慣れた剣術でおぞましい鬼の首を切り落とした。真っ赤な血の跡を眺めて、私は嫌悪という感情を知る。
なぜだろうか、殺戮と血を見ると、なんだか気持ちが悪い……覚えていない記憶の断片が頭に浮かぶ。
惨烈な戦闘、累々と転がる屍、必死に戦う自分。
血の雨が降り注ぎ、意識が朦朧とする。
誰かが「将軍」と叫んでいる。私のことを呼んでいるのだろうか。静まり返った時に、聞き慣れた優しい少女の声が聞こえた。
「明日、戦場に向かう……すまない。」
「じゃ、あたしはここに残ります。今日式を挙げましょう。」
終わらない夢、断片的な記憶。
我に返ると、命が助かった村人たちが深々とおじぎをする姿が目に入った。彼らの姿を見ると、胸が抉れるようにとてもつらかった。
「私はただ国を、民を守りたいです。民のためならば、この命もいとわない――」
聞き覚えのある言葉だ……記憶の中にも、誰かがそう誓ったことがあるだろうか?それとも、誰かにそう言われたことがあるのか?
私は剣を握りしめて、立ち尽くす。冷たい雨が目に浸みる。
村人のために薬とお粥を作っている女児紅は普段と違う私を心配しているようで、私に目を向ける。
彼女の不安を和らげるために、私は彼女に微笑みかける。
あの誓いも頭の中から消えていき、心の中にしまった。
私たちは、存在意義を見つけたような気がするんだ。
Ⅳ.平穏な日常
どんよりと曇っていた空に、黒雲が流れ、雪が降る。
正午なのに、景色は薄暗く見える。
近くの草むらから物音がしたので、私は慎重に足を止めて、剣を握る。
ぎゅ、ぎゅっと雪を踏む音がして、誰かがこっちに向かっている。
えさを探している獣か?それとも……この前斬った化け物の仲間か?
いや、違う――
草むらから何か赤いものが出てきたが、あれは裾か……?
「あっ!状、状元紅兄さん……」
何かが隠れている草むらを斬ってみると、そこにしゃがんでいるのが女児紅だった。彼女が恥ずかしそうに目を瞬かせる。
「なんでわかったのですか……?」
「尻尾が出ているよ。」
私は剣先で彼女の赤いドレスの裾を指して、剣を鞘に収めた。
「幸いにもあなただとわかったけど、化け物と間違えたら、大変なことになるからな。」
「状元紅兄さんがまたこっそり出かけたせいです。あたしに報告もしないで……約束したのに。」
女児紅が不満そうにつぶやいて、私が差し伸べた手を無視して、自力で立ち上がった。
しかし次の瞬間、彼女の表情が急変した。
「ば、化け物だ――気を付けて!」
生臭い匂いがして、いつの間にか、化け物はすでに私の後ろに来ている。
パン――と
剣を抜かないうちに、一つの小さな酒の缶が化け物の頭に命中した。
「化け物!どこへ行きなさい!さもないと、ひどい目にあいますよ!」
いつの間にか、女児紅が何缶かの酒を取り出して、化け物たちを威嚇する。
「グルルル――」
凶暴な化け物が頭を左右に振って、彷徨する。
どうやら戦いは避けられないようだ。
「いい酒じゃないか。化け物に投げつけたら勿体ない。しまっておけ。」
私は女児紅を後ろにかばって、剣を抜く。
……
鋭い剣先が、蒼茫たる雪を斬る。
真っ白な大地に、血の跡が梅のように咲いて、瞬く間に雪に覆われてしまった。
桂花陳酒の甘い香りがして、血の匂いを消してくれた。
「去年仕込んだ桂花陳酒じゃないか……急に掘り出してどうしたの?」
私は微笑みながら振り返って、またぼーっとしている少女の頬を軽く叩く。
「あっ……忘れるところでした!挨拶もなしに出かけた状元紅兄さんのせいですよ!今日一緒に飲むつもりでした……」
女児紅がまだ怒っているようで、口を尖らせる。
「隣の張さんに聞きました。朝から村の東にお菓子を買いに行って。でも村の東に住んでいるワン君たちのところに行ったら、一人で村の外に向かったって……約束しましたよね!もう一人で行動しないって!」
「でも本当にお菓子を買いに行ったよ。」
女児紅の疑いの目を見て、私は仕方がなくお菓子をいくつか取り出して、彼女に渡した。
「桂花糕、杏仁酥(※アンニンスー:中華風アーモンドクッキー)、花生糖(※カセイトウ:ピーナッツ飴)……ほら、なんでもあるよ。」
「じゃ……どうしてこんな荒野に?」
「柴苅り(※山野に自生する小さな雑木を刈り取ること)だ。」
「……?」
「料理は失敗だったとしても、しばはけっこう使っただろう。だから柴苅りをしようと思って。」
柴刈り用の斧を取り出した私を見て、女児紅はようやく納得出来たようだ。
「うん、わかった……次はあたしも一緒に行きます。」
「足はもう大丈夫?」
「もう治りました!あたしは食霊です。あんなの、かすり傷にすぎません。」
「それでもちゃんと休養しないと。ひどくなったらどうする。」
「いやです。もう三日も寝ていたので、大丈夫……そうだ。柴苅りするんでしょう?あたしも手伝います!」
「もっと気を付けて歩いてくれ。また虎挟みを踏んだらどうする。」
「だから、この前はただの事故です!ほら、早く終わらせて、帰って一緒に飲みましょう!」
元気よく走る女児紅の後ろ姿を見て、彼女と共に世界を巡回する日々を思い出す。
国は平和で、世界は平穏。こんな日々が、いつまでも続きますように。
Ⅴ.状元紅
冬の終わり頃、暖かい陽射しが雪の積もった大地を照らす。せっかくの晴れの日だ。
賑やかな朝の市場に、大勢の客が集まっている。
その中に、一対の若い男女が屋台の前に立ち、ほこに並んでいる飾りや笹紅を選んでいる。
容姿端麗な少女、眉目秀麗な少年。まるで絵のように美しい二人は通行人の目を奪った。
「状元紅兄さん、髪飾りはこのメノウがいいと思います?それとも、こっちの花模様の方がいいですか?」
二つの綺麗な髪飾りを手に取って、自分の髪に当ててみる女児紅だが、なかなか決められないようだ。
状元紅は暫く考えこんだが、「どっちもいい」としか言えなかった。
「もっとちゃんと見てくれませんか?どっちの方があたしに似合います?」
「……うーん、しいて言うなら、そっちの方がいいと思う。」
「えっ……?」
状元紅が指差したのは、一つの綺麗な金の鳳釵だった。
「おっ、お客様、見る目がありますね。この鳳釵は材質がいいし、何より有名な職人に作られたもので、絶品ですよ!」
店主が満面の笑みを見せて、鳳釵を丁寧に状元紅に渡す。
「よく見てください!とてもいい色をしているでしょう?お嫁さんにピッタリですよ!」
「あ、あたしは別に……彼のお嫁さんでは……」
女児紅は恥ずかしそうに目を瞠って、顔を赤らめた。
「じゃこれを……先の二つもお願いします。」
「嫁」という言い方が聞こえていないみたいに、状元紅は眉ひとつ動かさなかった。
「えっ、全部買うのですか?」
まだ状況を分かっていない女児紅だが、状元紅はすでに金を払って、彼女を連れて屋台から去った。
「ちょ、ちょっと……状元紅兄さん、そんなに買っちゃって大丈夫ですか?年越しのためのお金が足りなくなってしまいますよ。」
「大丈夫だ。先日、王さんと張さんに頼まれて、いろいろな雑用をしたから、お金なら足りてる。」
「あれ?それっていつのことですか?あたし、全然知らなかったんですけど……」
「ははっ……あなたはぐっすりと寝ていたからね。」
「……」
「はいはい、怒らないで。次はちゃんとあなたを起こしてあげるから。」
「ふん、あたりまえです。」
「そういえば、最近はあまり悪い夢を見ないのか?毎日よく寝ているようだ。」
「あっ……言われてみると……最近は確かにあまり夢を見ないですね。たまにはあの『兄ちゃん』の夢は見るけど……」
「兄ちゃん?それは初耳だな……どうやらあの幼馴染み以外にも、いろんな悪縁があるようだ。」
「もーう、そうじゃないです!」
「痛っ……はいはい、悪かった。女児紅さん、勘弁してくださいよ。」
男の胸を叩く少女が彼の朗らかな笑顔を見ると、悔しそうに振り上げた拳をおろした。
すねる少女が男から目を逸らすと、ふと一人の見覚えがある人の姿が見えた。白くて長い髪で、並々ならぬ気配をしている。
しかし瞬く間に、あの姿が人集りに消えた。さっきの一幕がまるで夢のようだ。
「……女児紅、どうしたの?急に泣いちゃって……」
心配そうな声が聞こえて我に返ったら、自分が涙を流していると気づいた。
「驚かせないでくれ。もうからかわないから……本当に怒ったの?気が済むまで私を殴っていいから。」
状元紅は慌てて涙が止まらない少女を慰めようとする。彼女の涙を拭いてあげたいが、結局やめた。
「あたしは……大丈夫、さっきはその……人違いだったの……」
「人違い……?」
「うん、きっと人違い!目に砂が入ったから、涙が出ちゃったんです。」
女児紅が深く息を吸って、涙を拭き取ると、いつも通りの笑顔を見せた。
状元紅が眉をひそめて、まだ何か聞きたいようだが、女児紅に引っ張られて、聞けなかった。
「ほら、状元紅兄さん、年越しの準備をしないと!前の店も回りますよ!」
「ちょっ……」
「ぐずぐずしている時間はないです!もうすぐ正午だから、早くしないと朝の市場が終わっちゃいますよ!」
「……」
生き生きとした少女がお菓子の店に入って、商品を選び始めた。元通りになった彼女を見て、状元紅はすこし安堵した。
「行き先を報告する」約束を思い出すと、状元紅は躊躇いながら女児紅に話しかける。
「そうだ。昨日、年越しの用品が盗まれたと、張さんから調査を頼まれたんだ。」
「そうか、王さんの家にも同じようなことが起きた気が……なにかの事件のようですね。状元紅兄さん、今回こそあたしを連れて行ってくださいね!」
「事件の詳細がまだよくわからないから、まだ保証はできないよ。」
「ふん、ダメです!約束してください!あたしも連れて行くって!」
「……はいはい、じゃ、まず豚肉を買いに行くか。」
「あー!話をそらしてはだめです!」
陽射しが淡い雲に遮られて、二人の姿が人集りに消えた。
近くの茶館に、一人の白髪の青年が彼らの後ろ姿を見届けると、踵を返し姿を消した。
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