エンゼルフードケーキ・エピソード
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目次 (エンゼルフードケーキ・エピソード)
エンゼルフードケーキのエピソード
ラスルから遠く離れた場所から嫁いできた王妃に連れられてやってきた彼女は、長い間故郷を離れていたため、最初はあまり馴染めなかった。御侍が亡くなった後、バッテンバーグケーキに誘われ、お茶会のメンバーになった。そしてお茶会の中で唯一、姫の地位をもたない貴族のメンバーでもある。
Ⅰ.酩酊の春
わたくしは春が好き。
芽生える新緑、さえずる小鳥たち、絵のように綺麗な景色が広がるから。
でも一番の理由はやはり、ヒナギクが咲く季節だから。
御侍様はそういうお花が大好きなの。
朝、わたくしは摘んだばかりのヒナギクを抱え、御侍様の部屋に小走りで向かう。
寒い冬を越えて、十分な光を浴び、初春に優しく咲くヒナギク。
か弱く見えるけれど、実はとても強い花なの。
わたくしの御侍様のみたいだ。
「御侍様!」
遠くから彼女の後ろ姿が見えると、わたくしは思わず手を振った。
わたくしの声が聞こえて、御侍様がにっこりと笑う。
御侍様の笑顔は、まるで春の光を浴びて咲き乱れる花のようだ。
わたくしは待ちきれずに、御侍様の胸に飛び込む。
御侍様の独特な香りがする、とても安心する良い匂いだ。
「どうしたの?いいことでもあった?」
「御侍様、見てください。御侍様が大好きなヒナギクを持ってきましたよ!」
わたくしは御侍様から離れ、白い花束を御侍様に渡した。
「綺麗ね、ありがとう」
御侍様は花束を受け取って、微笑みながら、わたくしの髪を優しく撫でてくれた。
御侍様の笑顔が好き。
御侍様の笑顔を見ると、心の中はマシュマロを食べたような甘い感じがする。
でも……
「コホ、コホッ……」
なんの前触れもなく、御侍様は急に咳こんだ。
「エンゼルフードケーキ、ごめんなさい、今日はちょっと気分が悪いの、貴方のそばにいられないわ」
御侍様がそう言っている間に、後ろの使用人は彼女に厚いカシミアの毛布をかけた。
またか……
「わかりました、御侍様はお休みになさってください」
こう言いながらも、御侍様が離れていく後ろ姿を見つめていると、やはりどうしようもなく落ち込んでしまう。
御侍様はこの国の姫だが、体が弱いせいで、人前に姿を現すことはほとんどない。
体が弱いせいか、御侍様は誰よりも生命の弱さを知っている。
食霊のわたくしは治療する能力を持っているが、彼女の病を治すことはできない……
「そんな風に考えちゃダメよ、エンゼルフードケーキ。あなたはもう何回もわたしを治してくれたわ」
わたくしはふと御侍様の言葉を思い出した。
あれは遠い昔、ある夜のことだ。
庭のクチナシの花が風に揺れて、華やかな香りを人々の家の中に漂わせる。
静かな小道で、わたくしと御侍様は子どものようにはしゃいでいた。
しかし低木の鋭い枝に引っ掛かり、御侍様のくるぶしに傷ができた。
「痛い……」
その白い肌に赤い傷跡が浮かび上がって、赤い血が滲み出る。
わたくしは慌てて御侍様のそばにしゃがみ、傷に手を当てる。
「心配しないで、わたくしにお任せください!」
そう言いながら、わたくしは力を発動した。点々とした光が現れて、手の平も少し熱くなってきた。
しばらくしたら光が消えて、あの赤い傷口も消えてなくなった。
「すごい……」
御侍様は目を輝かせて笑った。
彼女の前で自分の力を使うのは、あれが初めてだった。
「私にもそんな能力があればいいのに……」
「でもこの力では……御侍様の病は治せません……」
「そんな風に考えちゃダメよ、エンゼルフードケーキ。あなたはもう何回もわたしを治してくれたわ」
「えっ?」
「私の病気を治すことができなくても、怪我ならいつもすぐに治してくれるでしょう。いつかきっと、貴方はもっと多くの人を助けられるわ」
とても真剣な口調だった、彼女の目はまるで綺羅星のように眩しい。
「わたしの病気を治せなくても、他人を治すのを諦めないで、エンゼルフードケーキ。約束してくれる?」
……
あの時のわたくしは、御侍様が本当に言いたいことを理解できなかった。
彼女に信頼されるなら、もっと頑張って、御侍様の病気を治さないと!
そう思っていたのだ。
Ⅱ.夏の旋律
御侍様の病気は治るどころか、悪化する一方だった。
以前は医学を研究していたが、今は毎日ベッドに横になったままだ。
もしかして……自分の病気は治ることがないと、思っているの?
わたくしは思わずヒナギクの花束を握りしめる。
御侍様を楽しませるために、わたくしは朝ヒナギクを採りに行ったのだ。
もっと、笑顔を見せて欲しい……
「聞いたか?ラスルの王子は呪いを解くために妃を娶るそうだ」
「呪い?」
「そうだ、もしかすると、妃が呪いの反動を受けることになるかもしれない」
「それじゃあ、死に行くのと同じじゃないか。陛下はそれでいいのか?」
ホールを通りすがる時、小声で話し合っている大臣たちの会話が聞こえた。
「仕方ないだろう、あれはラスルだ!私たちが敵う相手ではない!」
「では、どの姫が選ばれたのだ?」
「選ばれるというより……自ら進んで行きたいと仰った方が……」
「いつも公に顔を出さない、お体がずっと優れないあの……」
お体がずっと優れないって……
もしかして……
確認するために、わたくしは急いで御侍様の部屋に向かうことにした。
「御侍様!」
「エンゼルフードケーキ?どうしたの?そんなに慌てて、何かあったの……?」
「御侍様はご自分の意志でラスルの王子に嫁ぐって……それって、本当でしょうか?」
「耳が早いわね……」
彼女は顔を伏せて、黙認した。
「呪いのことはご存知でしょう?ならどうして……」
「ここに残っても、みんなに迷惑かけるだけよ。妃になれば……もしかすると、王子様を、引いては国を救えるかもしれない。その方が良いでしょう?」
依然として優しかった御侍様の笑顔を見て、わたくしの胸がぎゅっとなる。
「では……お供いたします!」
わたくしが一歩進んで、彼女の冷たい手を握る。
あまりにも細い手、今にもどこかに消えてしまいそうだ。
「えっ?」
「わたくしは御侍様の食霊です、ずっと御侍様のそばにいます!」
……
昼の時間が長くなる一方で、涼しい風もだんだんと火のように熱くなってくる。
赤橙色の夕日は、こぼれた甘いオレンジジュースを思い出させる。
ラスルの夏は御侍様の祖国より遥かに熱く、なんだかイライラする。
窓際に座り、日数を数えてみる。
ここに来てから……もう2ヶ月か。
「何を考えているの?」
「別になんでもないです」
わたくしが首を横に振って、後ろの御侍様に笑顔を見せる。
「御侍様の新しい髪飾り、本当にお綺麗ですね」
「あっ、これは……王子様からもらったものなの」
彼女が楽しそうにそう答えながら、顔がザクロの花のように赤くなった。
王子様……
ラスルの人々は大歓迎されているが、それに比べて、王子ご本人の態度はいつもあやふやだった。
わたくしは知っている、御侍様は裏でみんなに悪口を言われていることを。
「病弱な姫」とか。
「愛されない妃」だとか。
でも御侍様はそんなことを気にもせず、逆にわたくしが彼女に慰められるばかりだった。
王子の話になると、御侍様は今までに見たことがない顔を見せる。
恥ずかしくて、楽しくて……まるで甘い甘いチョコレートのよう。
これが「愛」なのだろうか?
でも、本当にこれでいいの?
……
結婚式は予定通りに執り行われた。
王子が彼女の手をつないで、二人で一緒に長いバラの道を歩んだ。
甘いバラの香りが愛と共に、夏の空気に漂う。
「それでは、愛の神に祈ります――貴方たちの未来に、希望と光が溢れますように!」
バッテンバーグケーキ姫の祈りを乗せて、白鳩が遠い空の彼方に飛ぶ。
その時、わたくしは見た。御侍様が今までで最も綺麗な笑みを浮かべて、深い愛情を込めた目で自分の夫を見つめるのを。
でもわたくしはとても笑えなかった。
ここに来た理由を、忘れていないから。
そう、わたくしたちは、呪いのためにこの国にやってきたのだ。
Ⅲ.秋の別離
幸せな時間は、数か月で終わりを迎えた。
御侍様が病気で倒れてしまったのだ。
状況は今まで以上に深刻だ。
あらゆる手を尽くしたが、まるで効果がない。
わたくしが全ての力を使い尽くしても、辛うじて御侍様の命を引き留めるので精いっぱいだった。
「もしかして……本当に呪いが……?」
「そんなもんある訳がない!妃がこうなったのは、王子のせいだと言いたいのか!?」
廊下で、国王と侍医が言い争っている。
「今の状況は?」
「手は尽くしました、王子様はまた薬を探しに行かれたのですが……」
侍医が大きなため息をつく。わたくしの鼻の奥がツンとなり、慌てて涙をこらえる。
ダメだ、御侍様の前で泣いちゃ……
無理に笑顔を作り、御侍様の部屋のドアをノックした。
「どうぞ……」
窓越しに、生命力溢れる夏草が茂っている。
横になった御侍様は蒼白な顔をしていた。
「来たのね……」
「御侍様……」
いつものようにわたくしの頬を撫でようと、彼女が手を伸ばす。
白くて、細い指だ。その肌の温度は、なんだか恋しく感じる。
彼女の指がわたくしの頬に触れた瞬間、堰を切ったように、わたくしは涙を流した……
「どうしたの?」
「わかりません……」
彼女の運命のためか、それとも、自分の無力さ故か……
「泣かないで。貴方はすごく努力した、わかっているわよ」
彼女は泡沫のように儚い笑顔を浮かべた。
「貴方はずっと私を守ってくれた。貴方がいないと、私はきっと……」
彼女の命を引き留めたくて、わたくしは無意識にその手を力強く握った。
「誰かに治療させるのって、とても素晴らしいことよ。みんなにも知って欲しいから、医学を勉強し続けてたけど、無理みたいね。頭が悪いからかな……」
御侍様は自分の病気を治すためじゃなくて、他人を治療するために、医学を勉強してきたのか……
こんなにも優しくて……良い人なのに、どうして……こんな目に遭わなければならないの?
どうして……わたくしは彼女を守れないの?
「エンゼルフードケーキ……貴方には治癒の力がある。私にとって、貴方こそが本当の天使よ」
彼女はわたくしの手を放して、髪を優しく撫でてくれた。
「私の天使、これからのことは、任せるわ。みんなを、守って……」
「あと、王子様にお体を大切にと言っておいて……」
こんな時でも、御侍様はあの人のことを思っているんだ……
あの人は、御侍様のことを愛してもいないのに……
「わかりました……御侍様が元気になったら、また一緒にヒナギクを採りに行きましょうね……」
「うん、貴方からもらったお花が大好きよ……」
もう叶わない願いだと知りながら、わたくしたちは約束してしまった。
生と死は、どのくらいの距離があるだろうか?
もしかすると、一息分だけかもしれない。
お葬式の日、厚い雲が太陽の光を遮っていた。
暗い空は光を失った目のように、迷いが見える。
御侍様は水晶の棺に眠っている、その顔はとても安らかだった。
人々が白いバラを棺に添え、祈りを捧げていた。
雪のような白い花の海に、一束だけ黄色い花束があった。
ヒナギクだ。
わたくしが御侍様に添えた花だ。
でも……これからしばらくの間、もうヒナギクは見たくない気がする。
ヒナギクを見ても、悲しいだけ……
熱い秋風に吹かれて、葉の色が鮮やかな赤になった。
退屈でわたくしは机に伏せて、ボーッと紅葉を眺める。
「御侍様、どうして紅葉を集めているのですか?」
「秋が過ぎても、この紅葉を見ると、秋を思い出せるからよ!」
そう言えば、御侍様はいつも秋に最も赤くなった紅葉を集め、それをしおりにして、丁重にわたくしの枕元に置いてくれていた。
そうすると、秋を引き留められるって。
でもあんな紅葉は、もう二度と見られない……
大切な人が亡くなった時の悲しみは、一時的なものではないと、心から知ることになった。
彼女と共に作った過去の思い出は、あんなに楽しかったのに、今は悲しみをもたらす猛毒になってしまっている。
みんなを守ってと、御侍様はそう言った。
でも今のわたくしは、本当に誰かを救うことができるのだろうか?
Ⅳ.冬の再会
御侍様がいなくなってから、わたくしは時々誰もいない彼女の部屋を訪ねた。
彼女が……このまま忘れ去られるのが嫌だったから。
わたくしだけでも、彼女のことを覚えていたい。
ギィ――
舞い上がった埃が、冷たい月の光に照らされている。
埃を吸い込んだせいで、わたくしは少し咳き込んだ。
家具にも埃が溜まっていて、この部屋は誰も使っていないことを示す。
あれ以来、ここを訪ねるひとはわたくししかいないのだろう……
窓際に歩み寄って、月を仰ぐ。
紺色の夜空を飾る月は、まるで雪のように真っ白だ。
窓を開けると、夜風が部屋の埃の掃除をしてくれた。
あれ?
ふと、一枚の白い花びらが見えた。
ヒナギクだ。
一体どこから……?
窓から外を見ると、幾多のヒナギクの花びらが夜風に乗って舞い上がっている……
雨のように、雪のように、舞い踊る精霊のように。
でも、どうしてこんなに……?
この王宮には、そんな多くのヒナギクがないはずだが……
好奇心に駆られて、わたくしは花びらが飛んでくる方向に向かった。
……
城の下に着くと、目の前に広がっていたのは、ヒナギクの花畑だった。
真っ白な花々が咲き乱れて、夜風に吹かれると、まるで波立つ海のようだ。
そして花畑の真ん中に、誰かが静かに佇んでいる……
「王子様?」
「うん?ああ……君か」
彼の目元に、涙の跡が残っている。
王子とは数回しか会ったことがない、御侍様が目の前にいても、彼はいつもつれない態度だった。
でもどうして、今はこんなに悲しんでいるのだろう。
「この花は……王子様が植えたものですか?」
「ああ、確か彼女はヒナギクが大好きだからな。この花を見ると、いつも笑顔を見せてくれる……」
彼は身をかがめて、一本のヒナギクを丁重に手に取った。
すると、あのか弱い花が夜風に吹かれて散ってしまい、花びらが空に舞い上がって、消えてしまった。
「俺のせいだと、思っているだろう?」
「わたくしは……」
図星だ。わたくしは恥ずかしさのあまり、両手を握りしめた。
そう、わたくしはどうしてもそう思ってしまう。
呪いのことも、御侍様に冷たい態度を取ることも……
「王子様が御侍様を愛してくれたらいいのに、御侍様があなたを愛しているのと同じように……」
「やはり、私が彼女を愛していないと思っているのか」
「えっ?」
王子は悲しいような、辛い表情を浮かべて、ヒナギクを見つめる。
「いつのことだろうか、ラスルは呪われてしまった……王位継承者が王位を継ぐと、すぐに死んでしまう呪いだ。俺の姉上は、その呪いのせいで死んだんだ」
「呪いを解く方法は、異国の血を取り入れることだと言われているが、実は……誰かが王位継承者の代わりに命を失わなければならない」
「その前提条件は、二人が愛し合うことだった」
「私は彼女に一目惚れをしてしまったんだ、だから彼女を死なせたくなかった。俺など愛さなくていい、しかし……」
彼は言い淀んだ、何かを悲しみ惜しむかのように。
「彼女がまだ生きているのなら、きっとこの花畑を気に入ってくれるだろう……昔みたいに、俺に笑ってくれるだろうか?」
彼は立ち上がって、遠くの景色を眺める。
まるで、御侍様がそこに立っているかのように。
すると、わたくしはわかってしまった。この花畑は、王子が御侍様に捧げた追憶の花だと。
ヒナギクの花言葉――心に秘めた想いのように。
御侍様は、片思いじゃなかったんだ……
星と月が優しく輝いて、花の香りがふわりと漂う。
とても優しいそよ風が、わたくしの耳元で囁いた。
御侍様、聞こえた?あなたはちゃんと愛されていました。
あなたは、どうでもいい存在なんかじゃなかったのです……
わたくしは涙が止まらなくなった。
ずっと抱えていた不安が消え、溜め込んでいた感情を、ようやく吐き出すことができたのだ。
今回ばかりは、わたくしが治療される側になったかもしれない。
「おい、急にどうした……」
急に泣き出すわたくしを見て、王子は慌てふためいた。
しばらくの沈黙の後、彼は手を伸ばしてわたくしの髪を撫でてくれた。御侍様が昔にしてくれたのと同じように。
彼の手は、御侍様と同じで、とてもあたたかい。
「えっ?」
「申し訳ない、どうやって慰めていいかわからなくて。でも、君にしかできないことがあると思う……」
わたくしにしか、できないこと。
そう、御侍様にはやりたいことがあった、忘れちゃいけないのに。
御侍様のあたたかい笑顔を思い出すと、わたくしはまた泣いてしまう。
誰かを治療して、誰かに治療されて……
「わかりました。ありがとうございます、王子様!」
御侍様の望みを叶えるために、わたくしは前に進む。
ヒナギクの香りも、果たしていない約束も忘れない。わたくしは自分の力を使う。今を次の春に、未来の無数の春に繋いで見せる。
Ⅴ.エンゼルフードケーキ
「あっ!」
ラスル王宮の片隅から、女の子の驚きの声が聞こえてきて、その後に続いたのは、すすり泣く声だった。
イートン・メスが転んで、綺麗なドレスを汚してしまったのだ。くるぶしも赤く腫れている。
女の子が悔しそうに口を尖らせて、涙を流す。
「大丈夫ですか?」
目の前に現れたのは、一人の少女だった。
少女の頭には金色の輪っかが浮かんでいて、まるで油絵でよく見る天使みたいだ。
少女はしゃがんで、優しい声で転んだお姫様を慰めるも、女の子はより大きな声で泣き出してしまう。
「うわぁぁ、痛いよう!足がぁ!今からお茶会なのに!遅れたらお菓子が全部食べられちゃうよ!」
「泣かないで、すぐに治してあげるから、少しだけ我慢してください……」
あたたかな光が少女の手に集まり、イートン・メスの足の痛みもだんだん消えていった。
「ふぅ……これで大丈夫でしょう。これからは気を付けて歩いてくださいね!」
「あっ、本当だ!全然痛くない!」
イートン・メスは足を動かし、立ち上がって何回も跳びはねた。
足が治ったことに興奮する少女は太陽の光のような眩しい笑顔を見せた。
「誰かを治療すると、こんな幸せな気分になるのですね」
「えっ?天使のお姉さま、今何か言った?」
「ううん、なんでもないです。ほら、お茶会に行くんじゃないの?」
「あっ!そうだ!お姉さまも一緒に行こうよ!お姉さまは王妃様の食霊でしょう!一緒に遊びたい!」
「誘ってくれてありがとうございます。でも……遠慮しておきますわ、今王宮を出るところなんです」
「えっ?どうしてここを出るの?」
「やらなきゃいけないことがありますから」
時は夕暮れ、大地がバラ色に染まる。足元の道は、遠くへと続いている。
少女は微笑みながらイートン・メスと別れて、新たな旅に発った。
……
四季が移り変わる。
寒い冬が過ぎて、あたたかい風が町を吹き抜ける。
一夜のうちに、急に春になったのだ。
夜が明けきらない頃、七番街に赤ん坊の激しい泣き声が響いた。
「誰か!誰かいませんか!どうか私の子どもを助けてください!」
ヨーク夫人が泣いてる赤ん坊を抱いて、木のドアを叩く。
「はいっ!」
しばらくして、ドアが開くと、中から現れたのは……羽が生えた一人の少女だった。
ヨーク夫人は思わず自分の目を疑った。
こんな翼が生えた人間なんて、教会の天井の絵でしか見たことがない。
少女がにっこりと笑った。その笑顔はとても優しく、まるで本物の天使みたいだ。
「ど、どうも。私の子どもが重い病気にかかって、ここなら治ると、みんなに言われて……」
「はい、心配しないでください。すぐに診てみますね!」
この少女が噂の凄腕の医者?
子どもにしか見えないけれど……
しかし彼女の声を聞くと、なんだか落ち着く。
少女が一体どんな方法を使ったかはわからないが、子どもの病気は本当にすぐに治った。
泣いていた赤ん坊は幸せそうな笑顔を浮かべ、ぐっすりと母親の腕で眠っている。
「本当にありがとうございます!」
ヨーク夫人は涙声になった。
「なんとお礼を申し上げればよいか……あの……医療費は……?」
ヨーク夫人は不安そうに赤ん坊のおくるみを掴む。
もし払えない大金が要求されたら、どうすれば……
しかし……
「もしよろしければ、ヒナギクを一本ください!」
少女がにっこりと笑った、それはまるで天から使わされた天使のような笑顔だった。
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