パンナコッタ・エピソード
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パンナコッタのエピソード
パンナコッタは邪悪な魔法使いに囚われていた。彼の潜在能力を引き出すため、獣の群れに投げ込まれ、苦しみを与えたりと残酷な方法で訓練され、気付けば冷たい性格になっていた。彼は善悪の判断がつかず、命令に従うだけ。常識がなく、以前までは獣のような生活をしていた。
Ⅰ.囚われた獣
天井の四角い窓から一筋の光が差し込む。黄金のような昼間の温かい陽射しと違って、光は白く冷たい。
腐った匂いのする床に寝そべり、あの「月」と呼ばれるものを見つめる。いくら考えても、あれの存在意義がわからない。
あれも、魔法で作られたものだろうか?
ボクの手を縛る鎖のように……
静寂の中、質問を答えてくれる者などいない。ここにいるのはボクの指先を噛む、尻尾の長い小さな動物たちだけ。
それでも、ボクは指を動かすことはない。と、いうか――
「主」が新しい命令を下すまで、ずっとこの体勢でいなければならない。
カチャッ――
鉄の鎖が音を立て、狭いドアが開く。小動物たちはキーキーと鳴きながら、壁の隙間に逃げ込んだ。
光る燭台が見える、ローブを纏う見慣れた姿は、まるで幽霊のようだ。
「食霊、訓練の時間だ」
冷たい声がボクの思考を遮る。彼の顔は広い帽子のつばの影に隠れていて、月明かりも、蝋燭の火も、その影を照らすことはない。
「はい、主」
そう答えながら、天井にある四角い窓をもう一度仰ぐ。白い月、ほんの一瞬、何か感じたような気がして、胸が騒ぐ。
しかし、機械のように主の後ろについて部屋から出ていく頃には、あの奇妙な胸騒ぎなどすっかり忘れてしまった。
……
また「コロシアム」だ。
ボクは獣の強烈な匂いに包まれる。鉄の檻の中にいる猛獣が荒ぶって、錆びた柵はいつ壊れてもおかしくない角度に曲げられる。
主は無言のまま、ローブからクルミの木の杖を取り出し、ボクの両手を指した。
蒼い炎が燃え、ようやく重い鎖から解き放たれる。
鎖が地面に落ちると、主はいつも通り後ろに何歩か下がり、低い声で命令する。
「15分間だけ時間をやる」
「はい、主」
コロシアムの天井は魔法使いのローブのように真っ黒で、微かな燐光が見える。あれは今までここで犬死にした亡霊たちだろうか。
金色の檻の中にある機械仕掛けの小鳥が3回鳴いた後、その声はすぐに鉄の檻が破壊された音に遮られた。
生臭い熱風、煙のような埃、ドロドロの液体、裂けた血肉。
霧のような血しぶきがボクの視界を奪ったが、この手のナイフは止まることなく、ひたすら敵を切り裂いて、突き殺す。
こんなことをする意味などわからない、主がボクに命令をしたからやっているだけ。
周りの声、匂い、腕の擦り傷、どれもボクをイライラさせる。
早く終わりにしたい。
チュン、チュチュン。
時間を計る小鳥が鳴き出した時、騒音を発する獣たちは既に倒れていた。
「ふふっ……お前の敵にはならないようだな」
主が薄笑いをうかべながらそう言った、その声はまるで血を啜る獣のようだ。
「手錠をかけろ」
「はい、主」
あの冷たい手錠を改めて腕にかけると、体内の力のようなものがゆっくりと消えていく感じがした。
何も考えず頭を下げて、ボクは次の指示を待つ。
しかし、静かになったはずの小鳥はまた急に3回も鳴き出した。
「まだ終わっていない……」
「霊力だけに頼っては……ダメだ。あいつも、食霊だからな」
主が杖を掲げると、黒いローブが夜風に揺れ、巨大で怪しげな影を落とす。
後ろからの危険な気配に驚き、ナイフを握りしめる時間もなく、地面に叩き落とされた。喉の奥から血の味がする。
獣の爪がボクの胸を踏み、骨が折れる音がしたが、痛みを感じたのはその数秒後だった。
視界が赤く霞む。ああ、ボクはあの白い月を思い出した。
あれの存在意義がわからない、まるで自分の存在意義がわからないように。
暗闇に隠れてなお、日に日に東から登って、西へと落ちていく。
何かの「命令」に従った結果だろうか……
「食霊……私の命令に従え。幽冥の書を手に入れるため、私に協力しろ」
呪文のような言葉が響く。それはこの世界で目覚めた時に聞こえた、最初の命令だった。
ボクの主と自称する魔法使いがボクの胸に魔法の烙印を押し、鎖をかけた。ボクは彼の道具であり、奴隷だ。
……
痛みを感じる。肩が鋭い牙に噛まれ、ボクは意識を取り戻した。
「立て!ポンコツ食霊め!あと5分やろう!あいつらを始末しろ!」
高い台の上に立つあの人が血相を変えて、杖を振りながら怒鳴る。
縛られた右手でナイフを握りしめ、筋肉の記憶を呼び起こすように、ボクはナイフを獣の喉に突き刺した。
主の命令に従う、それだけ覚えていればいい。
Ⅱ.窃盗
暗い夜闇の中にそびえ立つ城の壁に、名前もわからない緑の蔦が張り付く。
召喚されてから、狭い屋根裏部屋と暗いコロシアム以外の場所に足を踏み入れるのは初めてだ。
細く見えるけど、掴むと蔦は頑丈だった、ボクは壁を登り、ナイフの柄で二階の窓を叩き壊し、無事二階の廊下まで侵入できた。
目の前のカーペットも、壁画も、主の水晶玉に現れたものと同じだ。廊下の突き当たりにある木のドアから、淡い光が漏れている。
――あのドアの後ろに、主が欲しがっている幽冥の書が保管されているはずだ。
厚いカーペットのおかげで、足音を消す必要もなく、ドアの前に辿り着いたが、手を伸ばそうとした瞬間、戸惑いがボクを襲う。
獣がいない、怪物も、敵もいない。
順調すぎる気がする。
だが、戸惑いを感じたのはほんの一瞬、ボクはやがてドアノブに手を伸ばす。
カタッ――
ドアを開けたと同時に、青い炎が足元から燃え上がり、蔦のように体に巻き付いた。
「ふっ、イベリコの予想通り、本当に泥棒が現れやがった」
部屋の奥から一人の男がゆっくりと歩いてきた、あいつはボクを見つめ、意外そうな表情を浮かべる。
「子ども?しかも食霊……?」
柔らかな青い蔦がボクの腕を縛りつける。この蔦は鎖のように力を奪うものではないけど、より頑丈で破壊しにくい。
「もう足掻くな、これは魔法のトラップだ。足掻けば足掻くほど、よりきつく縛られるぞ」
「魔法……アナタも魔法使い?」
「ふっ、俺は魔法使いなんかじゃない。ガキ、何故幽冥の書を盗もうとしたんだ?誰の指図だ?」
男は不機嫌そうな表情で、腕を組みボクを見下ろす。
「主の命令だ……幽冥の書を、手に入れないと」
必死に足掻くが、足元の青い蔦は激しさを増し、植物の根のようにボクを床に釘付けにする。
「主の命令……」
「主……」
「……」
男は変な目つきで暫く足掻くボクを見つめた、ボクの全身がやがて青い蔦に覆われ、声も出せなくなるまで。
男がポケットから一つの水晶玉を取り出すのが見えた。
「おいっ、イベリア。捕まえたが、こいつ変だぞ」
男が水晶玉を叩くと、水晶玉の表面が微かに光を放つ。
「……今どこにいるんですか?」
「今床に倒れている、お前のトラップのおかげだ」
男は水晶玉を持ったまま、近づいてくる。水晶玉の中には、ぼんやりと人の姿が見える。
「……」
暫くの沈黙の後、低い声で呪文を詠唱する声がした。すると、青い蔦が緩んでいく。
あの水晶玉の中の人は、魔法使いか……?
「おかしい……ブレス、その子の胸元の服を開けてください」
「おいっ、俺は変態じゃないぞ?」
「……その子にまとわりついているおかしな気配の正体を確認したいだけです」
「……」
男は仕方なく屈んで、ボクを脅かしながら手を伸ばす。
「おい、大人しくしろよ。でないと、怪我をしても知らんぞ」
彼の手がボクに触れようとするのを見て、ボクは必死に暴れた。
「おい――大人しくしろって!クソっ、なんだこの服は、ボタンがないぞ!」
ビリッ――
ボクの服は結局苛立った男に引き裂かれてしまう。蔦もしっかりとボクを拘束し、指一本動かすことができない。
「……」
「この印は……?」
「間違いありません、これはラコツの魔法の気配です……」
「ラコツ……アレイスターの最後の弟子か!?あの魔法試験の後で、行方不明になったやつ……?」
「はい……貴方に倒された後、休学届を出したそうです」
「おいガキ……起きろ!イベリア、こいつは魔法のトラップで死んだんじゃないだろうな?」
「トラップと対抗するために……霊力を費やしすぎたようです……しかも、その傷は……」
二人の会話が遠のいていく。ボクは青い蔦に包まれて、手足を動かす力さえなくなった。
Ⅲ.自由
「ガキ、目が覚めたか」
暖かい光を放つシャンデリアが揺れ、男の顔に影を落とす。男は苛立つ目つきでこちらを見ている。
体を縛り付ける蔦が消えたが、体はやはり思い通りに動かせない。
「暴れるなよ、お前の霊力はまだ回復していない。こんなところで暴れるより、お前の御侍と対峙する時に力を残しておけ」
男の顔は暗いままだが、初対面の時ほど目つきが鋭くない。
コンコンッ。
扉を叩く音が広い部屋に響く。彼は鼻で笑って、派手な椅子に腰をかけた。
「ブレスチキンスープ、久しぶりだな……」
ローブを身に纏う主はボクに目もくれず、大きな帽子を脱ぎ、目の前の男を見つめる。
主の顔の半分が、醜い傷跡だらけだった。
「ラコツ、お前も食霊を飼うとはな……ハッ、幽冥の書を盗むためか?お前もアレイスターの過ちを繰り返すつもりか?」
「幽冥の書?まさか、この食霊が……勝手に盗もうとしただけだ」
「苦しいな、幽冥の書を盗むようにお前が仕向けたんだろう」
「幽冥の書には禁忌の魔法が記されている。秘密の奥義だけでなく……食霊が契約から逃れる方法も書かれている」
「……?」
「私を殺すために、彼には幽冥の書が必要だったんだろう」
主がいつものように薄笑いを浮かべ、ボクを振り返り、意味深にもう1度言った。
「パンナコッタ、違うか?――お前の目的は、私を殺すことだろう」
「ボクの……目的……」
主を殺すこと。
それがボクの目的。
そういうことか。
簡単な命令を受け、ぼやけていた意識がはっきりとした。先ほどまで混乱していた思考も、極めてシンプルなものとなる。
考える必要などない。筋肉の記憶に任せ、ボクはナイフを握りしめると、目の前の人間の喉に突き刺す。
しかし、ボクにはそれができなかった。誰かが後ろからボクを力強く地面に押し付け、ナイフも手から落ちてしまった。
「大人しくしていろ……お前たちの契約はまだ有効だ、今のお前はやつを殺すことができない」
男は後ろからボクの首を絞めたが、すぐに力を少し緩めた。
「ふふっ……ほら、私の言う通りだ。この惨めな食霊は私を殺すために、幽冥の書を盗みに来たのだ」
「黙れ……うぐっ!このガキ――やめろ!暴れるな!コラ――!!!」
赤く染まった記憶が、もう1度頭に浮かぶ。生臭い熱風、ドロドロの液体、肌を切り裂く爪、骨が折れる音。
嫌だけど、すべての命令に従わなければならない。
ボクは目の前の腕に噛みつくと、激怒した男の声が聞こえたが、彼はボクを放してくれない。
そして、後ろから不思議な詠唱の声が聞こえてくると、ボクは防御する暇もなく、部屋の隅に飛ばされた。
意識を失う前に、ケラケラと笑う魔法使いが見えた。あの夜風に靡くローブが、まるで虫や傷跡かのように醜い。
あのクルミの木の杖から眩しい青い光が放たれ、稲妻のように男を襲う。
……
暖かい陽射しだ。
ボクは柔らかい何かに包まれ、ずっとこのまま寝ていたい気分だ。
すぐ近くから、聞き覚えがある二人の声が聞こえる。
「……あの野郎!また魔法で俺の不意を突くとは、まだ懲りてないのか!?」
「幽冥の書を狙っている者が本当に彼だったとは、急いで幽冥の書を封印する魔法の儀式を準備しなければいけません」
「あのガキになんらかの呪いが掛けられたのかもしれない。急に暴れ出すし、あの野郎を殺そうとするなんて……自分の御侍を殺せるはずもないのに。食霊を敵視するあの古臭い連中に知れたら、面倒な事になりそうだ」
「そうですか、あの子は……ブレス、今回の貴方は、本当に用意周到ですね」
「フンッ、まぁな……そうだ、ラコツの家から変な鎖を見つけた。何か特殊な材料で作られていて、食霊の霊力を制限できるようだ」
「調査する必要がありそうですね。これからのことは、魔法審査協会に任せましょう」
「ああ、そうだな。俺はあのガキの様子を見てくる」
靴の音がだんだん近づいてくる。
「起きたか?」
「……」
「ちょっと怪我はあるが、食霊にとっては大した傷ではない、数日経てば治るだろう」
「……」
「そうだ、お前の御侍は幽冥の書を盗もうとしていたから、取り調べを受けて、監禁されるだろう。お前たちは二度と会うことはない」
「……じゃあ、アナタは、ボクの……次の主?」
「主!?なんだそれは――いいか、お前はもう自由だ」
自由……?
窓の外で、本物の小鳥が楽しそうにさえずっている。
ボクはぼんやりとした顔で男を見つめながら、聞き慣れない言葉を理解しようとしている。
「自由って……何?」
「自由とは、やりたいことをやる、やりたくないことを断る――誰の命令も聞く必要がないということだ」
Ⅳ.決意
温かい陽射しが大きな丸窓から差し込み、全てを金色に染める。
ボクは柔らかいベッドの上で、手足を伸ばす。
重い鎖も、キーキーと鳴くネズミもどこにもいない。
全てはこんなにも暖かくて、居心地がいい。
これが、「自由」なんだろうか?
「やりたいことをやる、やりたくないことを断る……」
天井のシャンデリアを眺めながら、ブレスの言葉を思い出す。
あの時、彼の顔を見つめるボクに呆れたのだろうか、彼は「自由」を説明するのを諦め、手を額に当ててため息をついた。
「とりあえず、傷が治るまでにここに居ろ。“自由”がなんなのかわかったら、いつ離れても構わない」
やりたくないことは……たくさんある。
狭い屋根裏に閉じ込められるとか、鎖をかけられるとか、訓練も嫌だな……
でもやりたいことって、なんだろう?
ボクは寝返りを打って、お日様の匂いがする枕に顔を埋める。
うん、気持ちいいな……
ああいう複雑な問題は、あとで考えてもいいか。
「おい、パンナコッタ!まだ寝ているのか?」
そそっかしい声が聞こえる。何日かぶりにブレスがさっとカーテンを開け、不満そうにボクを見つめる。
「うっ……おかえり」
「おい、そろそろ出かけてみたらどうだ。俺が、お前をこのベッドに縛り付けているみたいじゃないか」
「出かける……?うん、了解した。」
ボクは反射的にそう答えながら、素早くベッドから降りた。ついでにめちゃくちゃのベッドも整えた。
「……まったく……ちょっと待て!」
しかし、ブレスは困っているかのように、頭をぼりぼり掻いている。
「これは命令じゃない。出かけたくないなら、断れ」
ボクはボーっと動きを止めて、しばらく考えてから、顔を上げてブレスを見る。
「うん……今日は天気がいい、出かけてみたい。」
……
春の景色はとても綺麗だ。道端に咲く色とりどりの花々が、そよ風に揺れている。この花たちはどれも綺麗な名前があるはずだ。
川が陽射しに照らされて、キラキラと輝く。船に乗って川を下りる観光客を眺めると、彼らもボクに向けて親切な笑みを浮かべた。
魔法使い以外の人間は、嫌な人ばかりじゃないかもしれない。
「こら、幽冥の書を渡せ!」
子どもの声が静寂を破った。あの聞き慣れた名前が聞こえて、ボクの呼吸が一瞬止まった。
近くに、ボロボロのローブを身に纏う数人の子どもが木の棒を振りかざして、はしゃいでいた。
「アレイスター!よくも幽冥の書を盗んだな!早くそれを渡せ!さもないと、俺の魔法で叩き潰してやる!」
「ふははっ!かかってこい、この幽冥の書さえあれば、僕が最強の魔法使いだ――うわっ!?誰!」
気が付いたら、ボクはあの「アレイスター」と自称する子どものローブをしっかりと掴んでいた。
「アナタたちは魔法使い?幽冥の書は、どこ?」
「うわぁぁぁ――怖い!!うううっ……」
急に現れたボクに驚いたようで、子どもたちが急に泣き出した。どうすればいいか、わからないボクは戸惑ってしまう。
「うううっ……僕たちは、遊んでいるだけだよ。魔法使いじゃないし、幽冥の書もないよ……」
「ごめんなさい……」
ボクは子どもの手を放して、慌てて退くと、大泣きする子どもの顔から目を逸らした。
「うううぅ……幽冥の書は、とっくの昔に幽冥図書館に封印されたの……」
「幽冥図書館……」
あの瞬間、ある決意がボクの頭に浮かんだ、春に芽生える種のように。
すべての邪悪の源。嫌な思い出を、ボクはこの手で終わらせる。
そう、これこそ「ボク」がやりたいことだ。
――幽冥の書を破壊すること。
Ⅴ.パンナコッタ
夜空に舞うカラスの群れがカァカァと、やかましく鳴きながら、松の林と崖を越えて、あの尖った屋根を持つ建物の上空で円を描く。
白い月明かりに照らされる階段をじっくり観察すると、得体のしれない残骸があちこち転がっていることに気づく。
この謎の古城の名前、幽闇の地、冥魂の処、その名の通りに――
ここは黒魔法を封印する禁忌の地であり、殺戮を見届けた煉獄でもある。
「ここは、幽冥図書館?アナタは……誰?」
少年が茫然と階段に立っている女を仰いで、そう聞いたが、女は彼の質問を答えるつもりがなく、銃を構え、銃口を招かれざる客に向けた。
弾丸が雨のごとく降り注ぐ。少年は俊敏な動きで致命的な攻撃を躱しながら、女との距離を縮める。
数秒で、彼は女の懐に入り、小さなナイフを取り出す。
ドカンッ――
しかし攻撃する暇もなく、彼はまた階段の下に蹴り落とされた。
「お前は食霊か……?弱すぎる、お前はここの魔法に手を出す資格などない」
女が冷淡な表情で少年を顎で指しながら、大量の弾殻を地面に捨てる。
「コホッ――いや、ボクは、絶対に……」
少年は歯を食いしばり、また立ち上がった。目つきが獣のように赤く光る。
「絶対に、幽冥の書を破壊してみせる!」
女が意外そうな表情で、少年を見下ろす。彼女が考えている間、少年がまた襲い掛かってきた。
女が我に返って、少年を蹴りつけて彼のナイフを叩き落とした。そして、彼女も無造作に自分の銃を傍の草むらに捨てる。
「なら、私と賭けをしないか……お前が勝ったら、この図書館を燃やしてもいい」
……
白い月が雲に隠れ、光に遮られてすべてが暗く見える。カラスも疲れたのか、だんだん鳴き声が聞こえなくなっていく。
力尽きた少年は草むらに倒れ、すでに満身創痍だった。
「まったく、ここまでやらないと、止まらないのか……」
少年のやり方を到底理解できない様子で、女はうつ伏せで倒れた少年をひっくり返して、彼がまだ生きていることを確認する。
暗い月の光に照らされて、ボロボロになった服の隙間から、少年にそぐわない肌が垣間見えた。
できたばかりの傷跡以外にも、古い傷跡がたくさんある。
傷跡のほかに、一つ暗い印が見えた。その紋様はまるでなにか語っているようだ。
「お前は……」
真っ黒いの天井でも見たかのように、女が目を瞠る。
「コホッ……ボクを殺したいのか……?」
相手が動く気配がないと気づき、意識を取り戻した少年が言い淀む。
「そうだな……私はこう言ったはずだ。お前が負けたら、私の言うことを聞けと」
夜風に紛れ込んでいるせいか、女の声がとても優しく聞こえる。
「というわけで、お前はこの図書館で働け」
「……?」
驚いた少年が「働く」の意味を考えている間に、女は小さな薬の瓶を一つ彼に渡した。
「これは傷を治す薬だ。お前は食霊だけど、これを使ったらもっと早く回復できる」
「そうだ……お前、名前は?」
「パンナコッタ……でも、待って、どうして……?」
「どうしてと聞かれてもね……ああ……この図書館はちょうど人手不足だし」
「……」
「それに、お前の力で幽冥の書を破壊するなんてほぼ不可能だ。そんなに幽冥の書が嫌いなら、別の方法を使えばいい」
「……別の方法?」
「そうだ。この図書館を守ること――誰の手にも渡らなければ、幽冥の書は“死んだ”も同然だろう?」
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