稔歳之佑・ストーリー・再び立てる波風
#include(稔歳之佑・ストーリー・再び立てる波風,)
※誤植等が多いため、文脈的に正しいと思われる部分を差し替えたものを表記しています。
再び立てる波風・三
白酒……そんな名前じゃない……
目の前に立つ食霊は剣を構えて立ち、その眼底には怒りの色があり、その姿はとても威厳に満ちていた。黒い服の人たちは食霊に圧倒されて、慌てて動きを止め、後ろに退って、逃げ出した。
雪掛トマト:なんだよ、口だけね。もう逃げたの?
蛇腹きゅうり:あいつらは変な格好をしている、なにか別の目的があるのかもしれない。
蛇腹きゅうり:ああ、そうだ。ところで……英雄さん?助けてくれてありがとう。名前は何と呼べばいい?
老虎菜:おっ!あんたと剣、すごくいいね!あいつらは、これを見ただけで怖がって逃げていったんだ。
白酒:さっきこのお嬢さんが言ったように、あいつらは口だけの連中だ。
蛇腹きゅうり:でもあんたの剣は見るからに普通のものじゃない。剣に怯えているというより、あんたを恐れているでは?
白酒:それは考えすぎた、あと者たちと面識などない。
蛇腹きゅうり:それは失礼……最近はどこも不穏だから、気を配らないと。
白酒:かまわない。お前が言う不穏とは、近隣の村のことか?
蛇腹きゅうり:その通り……
ギイ――、茶屋の木戸がまた開けられ、若い男女が一本の傘を差して入ってきた。若い男が少女の肩に降った雪を丁寧に払い落とそうとしている。
状元紅:天気が良くなくて、明日また来ようと言いましたが、こんなに大雪になって……食霊は病気にかからないとはいえ、あなたは寒さが苦手で……
女児紅:わかってますから……途中からずっと私に小言を言ってますよ。もう聞き飽きました!このお店の桂花糕を食べたいんだもん。
女児紅:雪掛姉さん!状元紅兄さ見て、鬼谷書院の人たちですよ!
状元紅:ちょっと待って……気をつけてくれ――!
小走りに駆け寄ってきた女児紅が足を滑らせたが、しっかりと誰かの腕の中に収まった。
女児紅は気がつくと、慌てて服を直した。しかし助けてくれた相手が見えた時、感謝の言葉が詰まって出てこなかった。
女児紅:あ……あなたは……
白酒:次回は気をつけて歩け、お嬢さん。
白酒:無事だ。……ここでしばらく時間を費やしてしまったので、旅を続けなければならないのだが…ええと……
白酒:そこの……お嬢さん?
状元紅:女児紅、どうかしましたか?もう手を離していいですよ。
自分の服をしっかりと握りしめている少女を、白酒は呆れたように見つめた。彼女うつむいたまま、そばにいる状元紅にいくら説得されても一切動かない。
白酒:お嬢さん、俺を誰かと間違えたのか。
状元紅:……?
その言葉を聞いて、女児紅はようやく頭を上げたが、そのかすかに青くなった頬には、ひどい涙の跡が残っていた。白酒は眉をひそめ、静かに目をそらして、窓枠の外に一つの色を溶け合った白雪の天地を遠くに眺めた。
白酒:お嬢さん、人違いだ。
女児紅:人違い?いいえ!あなたはあの人……あなたは……誰?
店内は静まり返り、誰も声を出せなかった。ただ、ろうそく台から聞こえるプチプチという音だけが響いていた。
ふたりは立ち尽くし、白酒は動かず、少女の瞳に光る輝きも次第に消えていき、やがて落胆したように手を下げた。
白酒:光耀大陸に来てから、他人と間違われることはよくあることだ……お嬢さん、執着しなくてもいいことはある。
白酒はみんなに軽くお辞儀した後、振り返って茶屋を出て、白い雪の中に消えていった。
そのまま呆然と立ち尽くす女児紅に、状元紅は口を開こうとしたが、結局、言葉を飲み込み、ただ、女児紅の頭を撫でることしかでなかった。
蛇腹きゅうり:……女児紅さんは少し休んだ方がいいかもしれない。俺たちも用事があるので、邪魔しないようにするよ。ところで、日も暮れそうだ、早く帰った方がいいぞ。
状元紅:ああ……ありがとうございます。先に行っててください。
再び立てる波風・四
こんな大雪の日に、お客様が来られるとは思いませんでした。
庭院
南離印館
日差しはまだ弱いが、風雪が次第にやんで、庭園は白一色に包まれた。みんなが躊躇っている頃、曲がりくねった廊下から高貴な気質をもつ男性が歩いてきた。
明四喜:こんな大雪の日に、お客様が来られるとは思いませんでした。
蛇腹きゅうり:お邪魔した。俺たちは鬼谷書院の者で、片児麺さんはどこに住んでいる?
明四喜:ふふ、鬼谷書院か……片児麺は普段は口数が少ないのに、人脈は広いですね。
明四喜:この廊下に沿って行けば、雪だるまを作っている小さな子供がいる場所に片児麺が住んでいます。
蛇腹きゅうり:感謝する!
明四喜:どういたしまして。雪道は滑りやすいので、足元にお気をつけください。
明四喜は微笑みながらうなずき、そして優雅に振り返って去っていった。みんなは廊下に沿って進み、雪で覆われた枯れ竹の中に、やはり小さな子供が雪だるまを作っているのが見えた。
蛇腹きゅうり:あの……
豆沙糕:うわ―、誰!?
蛇腹きゅうり:あの……怖がらないで、俺たちは悪い人じゃない。
豆沙糕:びっくりした…あの、印館でみなさんを見たことがないようですが、なにかお手伝いできることはありますか?
蛇腹きゅうり:片児麺さんがここにいるときいたんだが?尋ねたいことがあるので。
豆沙糕:片児麺様は今部屋にいますが、でも……今日はお客様が訪れると言っていませんでした。みなさんは……
蛇腹きゅうり:俺たちは鬼谷書院の人間だ。いきなり訪問するのは礼儀にかなっていないが、きちんとした理由がある。伝えてくれないかな?
豆沙糕:うん、片児麺様は昼間から起きているはずです。中に入って少々お待ちください。
孔雀色の香炉からほんのりとした香りが漂っており、新しい墨の味が漂っていた。部屋の内装は古風であるが優雅で、壁に掛けられた書や絵はいたって上品だ。
豆沙糕:皆さん、少しお茶やお菓子を召し上がってください。片児麺様がすぐに参ります。
老虎菜:うーん……美味しい!このお菓子……うーん、特別な味がする……
蛇腹きゅうり:失礼した……この友人は特にお腹が空きやすいので。
豆沙糕:大丈夫、これは私が作った梅花糕です。もしお好みでしたら、もう少し持ってきましょうか?
老虎菜:ほんとか!とても美味しい――茶屋の職人よりも10倍以上美味しい!
豆沙糕:いや、そこまで大袈裟ではないでしょうが……えへへ、でも褒めてくれて嬉しいです。少々お待ちください、今すぐに取ってきます。
雪掛トマト:……老虎菜のやつめ、美味しいものを見たら口が回るようになるね。普段とは全然違うじゃない、まったく……
蛇腹きゅうり:あんただって嫌いじゃないだろ。老虎菜はいつもあんたが作ったパラータお菓子が美味しいと言ってくれるんだろ。
雪掛トマト:ふん、当然よ。誰かさんも食べてみたいなら……褒め言葉を言えば、喜んであげるよ。
蛇腹きゅうり:それはいい、俺にはそういう興味はない。
雪掛トマト:空気を読め。
老虎菜:ええと……みんなも食べてみない?本当に美味しいんだよ……あれ?なんで誰もしゃべらないんだ。
その時、内室の珠簾が半分開き、上品な女性は戸惑いながら淡々とみんなを見た。
片児麺:ええ。みなさん、はるばるどういうご用件で……もしかして金駿眉が……
蛇腹きゅうり:院長は元気だ。心配かけてすまない、今日来たことは他の用件がある。
片児麺:……それはよかったです。なら、どんな用件でしょうか。
蛇腹きゅうり:院長様に手紙を書いたと聞いている。ある人が絵巻を持って鬼谷書院に来るって……その経緯を知りたいと思っている。
再び立てる波風・五
金駿眉の友人は、私の友人同然です。
蛇腹きゅうり:院長様に手紙を書いたと聞いている。ある人が絵巻を持って鬼谷書院に来るって……その経緯を知りたいと思っている。
片児麺:少し前に、ある人から壊れた古代の絵巻を修復して欲しいと頼まれたことがあったんです。
片児麺:修復が終わったとき、その絵に描かれている風景が書院付近に似ていることに気づき、不安を感じて院長様への手紙で言及しましたりその方を……見つけたのですか?
蛇腹きゅうり:見つかっていない……しかし数日前、書院の裏山で奇妙な黒い影と…これを見つけた。
そう言って蛇腹きゅうりはその前老虎菜が拾った紙切れを取り出した。
片児麺:……私が間違っていなければ、この紙はあの絵巻で使われたものと同じ素材でしょう……
雪掛トマト:やはりすごいね!こんなこともわかるとは……これはやはりあの絵巻の一部かしら。
片児麺:……でもこの紙にはなにも描かれていないよあに見えますね。
雪掛トマト:話すと長くなるけど、この紙には元々風景画の一部が描かれていたんです。でも、わたしたちが書院に持ち帰った時、今のような状態になってしまって……
蛇腹きゅうり:ああ、あの絵巻はきっとただならないものだ……あ、そういえば、その人が修復を頼んできたと言っていたがわその絵の様子を覚えているか……
片児麺:覚えています。少しお時間をいただければ、描くこともできます。
蛇腹きゅうり:それはよかった!なら……
片児麺:ここでしばらくお待ちください、描き終わったらお渡ししますので。
蛇腹きゅうり:ああ、ありがとう!ひとつ借りを作ったと思ってくれ!
片児麺:その必要はありません。金駿眉の友人は、私の友人同然です。
半時間も経たずに、片児麺は絵巻を持って出てきた。彼女は絵巻を梨花木の机の上に軽く広げ、濃淡のついた風景が紙の上に現れた。
みんながよく見ると、風景の中央には荘厳な古木が描かれて、その根っこが複雑に絡まり、非常に奇妙な形をしている。周りに霞んでいる雲も、意味深長なトーテムのようにも見える。
雪掛トマト:この古木らどこかで見たことがあるような……見て、あの山の後ろにある木に似ていない?
蛇腹きゅうり:確かに少し似ているようだ。そういえば……この雲の形は、祭壇に描かれていた模様を思い出させるな。
雪掛トマト:そうだった……絵の欠片を祭壇に近づけた時に、紙にこのような模様が現れたのを覚えている。
片児麺:当時、私も絵の筆致が奇妙だと思いました……でも、私たちに修復を頼んできた人も、その原因は知らないようで、彼は絵の風景が書院の近くにあると聞いたら、急いで去ってしまいました。
蛇腹きゅうり:やはり……この絵にはなにか秘密が隠されているようだ。もしかしたら、まずは裏山に行って調査しなければならない。
雪掛トマト:そうだね、じゃあ今すぐ出発しよう!
老虎菜:ん……もう行くのか?もう少し食べさせて……。
片児麺:ええ、旅が遠くて、雪もまた降るかもしれません、これらのお菓子を持って行ってください。
老虎菜:はは、よかった!南離印館の人たちは本当に親切だよな、道理でうちのボスとは友達なわけだ!
数日後
鬼谷書院森
雪掛トマト:ふぅ……やっと着いた。雪の降る山道は本当に大変ね。それに……わたしの錯覚か、このクスの木は前回見た時よりも枯れているみたい。
蛇腹きゅうり:本当だ、しかし大雪が連日降っているから、枝が曲がってしまったかもしれない……
みんなが話している間、絡み合った枝が揺れ、新雪が降り、やがて少女の赤い頬があらわれた。
女児紅:あら、本当にあなたたちだったんですね!さっき私も状元紅兄さんと話してました、こっちから人の声が聞こえたみたいで、書院の人かと思いました。
状元紅:また会えたね、あなたたちもあの事件を再調査しに来たのですか……
雪掛トマト:そう!……新しい手がかりを手に入れたから、試してみたくなって。
状元紅:良かった。ここ数日この辺りを調査したがらどうしても地宮に行く方法が分からなくて……皆さんにはなにか考えがありますか?
蛇腹きゅうり:もしかしたら……この絵巻が教えてくれるかもしれない。
蛇腹きゅうりは、包みから絵巻を取り出し、ゆっくりと広げた。しばらくすると、絵の中にある不気味な雲が金色に輝き、命があるように動き出した。
雪掛トマト:現れた……!あの金色の模様!
ドカン――木の根が激しく伸び縮みし、大地が痙攣する脈打つ血管のように、突然割れ目が開き、たくさんの堕神が湧き出てきた。
蛇腹きゅうり:危ない――!
再び立てる波風・六
私はもう決心しました……兄上、命令を下してください!
木の根周辺の堕神を倒した後、割れ目から金色の光が漏れ出し、深く曲がりくねった暗い地下道を映し出した。一行は考える暇もなく、地下道を進んでいった。
雪掛トマト:おかしい……今回の地下道は以前と少し違うような気がする。
蛇腹きゅうり:今回も真っ暗じゃないか、どこが違うんだ……そうだ、あんたらはもうなにも触らない方がいいぞ、また仕掛けが作動したらまずい。
状元紅:ちょっと待って――前になにかあるみたい。
老虎菜:豚足の焼ける匂い……!?
女児紅:えっ、本当!あそこは食べ物がいっぱいある……違う!人が、あそこに倒れています!
皆は慎重に松明を地面にうずくまる人に近づいたが、そこには目を閉じ、青ざめた青年がいた。
老虎菜:彼はまだ生きているのか?
蛇腹きゅうり:まだ息はある……でも非常に弱っているな。どうしてここに……
蛇腹きゅうりは身をかがめ、その若者の肩を軽く揺すり、彼の顔を叩いたが、彼は全く反応しなかった。しばらくすると、彼の鼻の奥から微かにいびきが聞こえた。
雪掛トマト:なによ……こいつ、ただ寝てるだけよ。
老虎菜:彼も俺と同じように、ここで大食いした後、眠り込んだのかな?
状元紅:もしかして、彼は村で年越し料理が盗まれた事件と関係があるのですか?
女児紅:いい匂い……みんな、変な香りがしませんか?
老虎菜:うん……確かに!ただ……食べ物の匂いじゃないみたいだけど……
蛇腹きゅうり:まずい……この香りはダメだ!
一瞬にして香りが深い地宮に満ちて、ゆっくりとみんなの鼻先をくすぐり、突然眠気を誘い一斉に地面に倒れこむ。
松明は地面に落ち、火はかすかに消え、暗赤色の灰はまた優しくひらめいている。夢魔は人々の顔に登り、幽玄で、奇妙でいて甘美な匂いがする……
その中の一人のまつげが微動し、涙のしずくが落ちた。それは無言のため息のように、いにしえの深夜に落ちていく。
……
青年玄武:コホン……なぜここに来た……
長公主:兄上、山河陣のことを聞いた、私は……入陣人になりたいと思います。
青年玄武:コ……だ、だめだ!そのことは私が手配する、コホン……
長公主:いいえ、私は玄武国の長公主……天下の人々の幸福を考える責任があります……
長公主:その上、皇兄は病床に倒れながらも悩み苦しんでいる。私は心が痛いのです。幼い頃から父と兄上に守られて育ちわ今こそあなたたちのためになにかをする時です。
青年玄武:言っただろう……だめだと。
長公主:私はもう決心しました……兄上、命令を下してください!
ドン――少女は頑なに唇を噛みしめ、青砖(※黒レンガ)の床に頭を強く打ちつけ、白い肌に血の痕跡が浮かんだ。玄武の目には苦渋の色があらわれ、立ち上がって彼女を支えた。
青年玄武:コホンコホン……あなたはもう子供ではないのに、聞き分けがない。
長公主:兄上が許可しなかったら、ここで頭を打ちつけて死ぬつもりです。
青年玄武:わかった……許可しよう……コホンコホン、私もすべてを処理したら、あなたについて行く。
長公主:兄上、ありがとうございます……
青年玄武:……
長公主:兄上、自分を責めないでください。もしも天下の人々のためなら、私は喜んで自分を捧げます。
暗い過去が徐々に夢の渦に巻き込まれていく、女児紅は苦しげな表情を見せ、震える睫毛から涙が流れ落ち続けている。
この時、静まりかえった地宮の中から、かすかな音楽がみんなの耳に飛び込んできた。それは鳥や蝉の鳴き声のようで、夢の網にひっそりととらえられてしまった……
再び立てる波風・七
あれは、夢だったのですね……
静かな音楽が混沌を切り裂き、雪掛トマトの閉じたままの目が急速に動き、額からは薄汗が出て、まるで力を入れているみたいだ。
深い夢の中、雪掛トマトは書院の階段の前に座っていた。熱い夕日の余韻が中庭にこぼれ、すべてのものをぼんやりと包み込んでいた。
手合わせが終わったふたりは地面に座り、ウグイスの啼く声が聞こえるが、その終音が突然不気味な音色に急変してしまった。
雪掛トマト:……ねえ、ふたりとも、鳥の鳴き声が変だと思わない?
蛇腹きゅうり:鳥の鳴き声?普通のウグイスじゃないのか?
老虎菜:俺も変な音は聞こえなかった。
雪掛トマト:違う!ちゃんと聞いて――あれは曲の調べだよ!
蛇腹きゅうり:……ダンスの練習をしすぎて、数羽の鳥の鳴き声から曲を作れるようになったんじゃないか?そうだ、夜の授業もあるんだろう?なんで俺たちと話しているんだ?
雪掛トマト:シー!……声を出さないで……
目の前の人はなにかをつぶやいているが、声はだんだん風に消えていき、鳥の啼き声とともに歪んだ音楽に変わっていく。
雪掛トマトの頭の中に絵が浮かぶみたいだ。彼女はゆっくりと目を閉じ、石壁に映る火の光が現れ、音楽に合わせて人形のような記号が石壁に舞い上がって、彼女も自然に手足を動かす。
音楽は哀しく訴えるように響き、音符が青石の地面に打ち落とされたみたいだ。暗い夕焼けが混じり合い、雪掛トマトはふと目を覚ました。
雪掛トマト:今の……夢だったの?
雪掛トマト:みんな、どうしたの……ねえ、蛇腹きゅうり!老虎菜!起きて……
雪掛トマトは、地面に寝そべるみんなを心配そうに揺らすが、みんなは動かない。音楽は静かに響き続け、見えない手が琴の音を奏で、鈴を鳴らしているようだ。
雪掛トマト:そうだ、先程の夢で……私は石壁に描かれた踊りを踊った……それって、つまり?
雪掛トマトは深呼吸をして、目を閉じた。不思議な模様が暗い川の波間に現れた、彼女は腕を上げ、つま先を伸ばし、優雅な川の波紋が夢の帳を揺らしていた。
音楽は時に遠く、時に近くなり、雪掛トマトは足先の踊りを止めなかった。一回転した後、一番近くにいた蛇腹きゅうりが少しずつ目を覚まし始めた。
蛇腹きゅうり:ひっ……頭が痛い……雪掛トマト?にが起きたんだ?さっきまであなたは……
雪掛トマト:良かった、石壁に描かれた踊りは本当に悪夢を解除する効果があったんだね!
蛇腹きゅうり:……踊り?悪夢?そういえば、さっきの不思議な香り……また、なにかの罠なのか?
老虎菜:うーん……お前を食べちゃダメ!あ、でも食べたい……お腹が空いた……
蛇腹きゅうり:……やっぱり、夢の中でも食べていたんだ……老虎菜、起きろ―!
老虎菜:え?俺、また寝ちゃったのか?
蛇腹きゅうり:あの奇妙な香りのせいだ……あんたがその前昏睡したのも、そのせいかもしれない……ただ、あの時は食べ物に夢中になりすぎて、気づかなかったかな。
老虎菜:そうだったのか?雪掛トマトはなにをしているんだ?なんでこんな時に踊っているのか?
蛇腹きゅうり:彼女の踊りには、悪夢を解除する効果がある。彼女が救ってくれた。
雪掛トマトの旋回する足先が地面を蹴り、もう一つの場所に飛んできた。お互いに寄り添っている状元紅と女児紅もゆっくりと目を覚ました。
女児紅:兄さん……!
状元紅:どうしたんです?夢でも見ましたか?心配しなくていい、すべては嘘ですから……
女児紅:夢?あれは、夢だったのですね……
状元紅:……ああ……
音楽がやんで、雪掛トマトは息を整え、動きを止めた。しかし、地面にはまだ一人眠っていることに気づいた。
蛇腹きゅうり:あいつ、まだ起きないのか……
雪掛トマト:わたしはもう全部の動きを一回踊り終えたし、音楽もちょうど止まっているはず、それなのに……
蛇腹きゅうり:違う……聞け――まだ終わっていない!
清らかな鈴鼓の音が響き、流れるような弦楽器の音色が再び始める。音がどんどん近づき、薄い光を反射する岩壁に細長い黒い影が映った。
蛇腹きゅうり:怪物!?みんな気をつけろ――
再び立てる波風・八
うさぎ……?
蛇腹きゅうり:怪物!?みんな気をつけろ――
雪掛トマト:ちょっと待って……あいつ、人を傷つけるつりもはなさそうだよ……
雪掛トマトがふりかえって、蛇腹きゅうりに静かにするように合図をした。口元まで出かかっていた叫びを、蛇腹きゅうりは眉をひそめて飲み込んだ。そして、その黒い影に目をやると、あれはまるでリズムに合わせているように、左右に揺れているのを見えた。
蛇腹きゅうり:まさか……こいつも踊っているのか?
老虎菜:これは……奇妙だ……
雪掛トマトは何歩か前に進むと、影は後ろに縮こまり、音楽が途切れた。雪掛トマトはちょっと考えて、その場に留まり、足先で先程の踊りを再現した。
蛇腹きゅうり:本当だ……雪掛トマトの動きに合わせて踊っている!
老虎菜:気をつけろ!出てくるぞ――
老虎菜:……?
薄明かりに照らされて、隅のほうにうずくまっているのは、小さな白うさぎだった。そのうさぎの耳はかすかに動かし、雪掛トマトの足元にそっと飛んできた。
雪掛トマト:うさぎ……?
白うさぎ:キィ……
状元紅:まだ霊力が残っているようです。かなり衰えてはいるが……ただのうさぎではないはずです。
蛇腹きゅうり:まさか、うさぎの山精?違うな、体中の霊力は純粋で、むしろ……
白うさぎが辺りを見まわすと、うさぎ耳はがっくりとうなだれた。あれはゆっくりと地面の食べ物の中に移動し、器用に青菜の茎を一本選んで齧り始めた。蛇腹きゅうりはちょっと呆れて、またつぶやきながら頭を振った。
蛇腹きゅうり:……むしろ山の神に似ている。
衣服のこすれる音がタイミング悪く響き、一行が振り返ると、目を覚ましたばかりの見知らぬ食霊が老虎菜に抑えつけられていた。
老虎菜:こいつは目を覚まして逃げようとしている!
羊方蔵魚:いたたた―すごい力だ。手加減してくれ!
状元紅:あなたは何者だ?年越し料理の盗難や子供の失踪について、なにか知っていますか?
羊方蔵魚:な……なにが年越し料理だ?子供?お、俺はなにも知らないって!英雄のみなさん、見逃してくれよ。
雪掛トマト:ねえ、言い訳しても無駄よ!先日、古木のそばでコソコソしていたのはあなたでしょう?この絵、知ってる?
羊方蔵魚:……!?
羊方蔵魚:えっと、ここは薄暗くてよく見えない……?……近くで見せてもらっていいかい?
雪掛トマト:ほら――これでよく見えるでしょう?
羊方蔵魚:ちょ……ちょっと待って……ちゃんとみてみます……
羊方蔵魚は作り笑いをしながら、首を伸ばしその絵巻をじっくりと見つめた。しばらく考えた後、彼はなにかを悟ったような表情を浮かべた。
羊方蔵魚:あのぉ、皆さん、これは誤解ですよ。さっきの絵巻は、俺が偶然手に入れた宝の地図だったんで……
蛇腹きゅうり:宝の地図……?いったいどういうことだ?本当のことを話せ!
羊方蔵魚:え!ちょっと、ちょっと!ムチを使わないですださいよ…そして、このたくましいお兄さん……俺の上から降りていただけませんか、息が詰まっちゃうんです……
老虎菜:うるさい、小細工はよせ!
羊方蔵魚:こわいなぁ……こんなにか弱い俺に、なにができるというんですか。
老虎菜:……じゃあ、おとなしくしていろ!
羊方蔵魚:あいよ――ありがとうございます、楽になりました……
状元紅:さて、早く話してください――ここの食べ物がちょうど村から盗まれた年越し料理で、あなたがちょうどここに横たわっていることを、どう説明してくれますか?
羊方蔵魚:私も皆さんと同じようにこの場所に迷い込んだ可能性はあると思わないのか……
山の精霊の昔話・一
口が軽い……なんだか怪しい!
羊方蔵魚:私も皆さんと同じようにこの場所に迷い込んだ可能性はあるとは思わないのか……
雪掛トマト:迷い込んだって?この絵巻を持ってここに来たのは、明らかに計画された行動でしょう!
羊方蔵魚:えっと、実は俺も偶然にこの絵を麓の村民から手に入れたんですり絵に描かれている場所に宝物が隠されていると知って、運試しに来たたまけ。
羊方蔵魚:でもあの日、俺が古木のそばに来たら、木の根元から金色の光が出てきて、俺がうっかりそこに落ちちゃったんです。絵もなくしちゃって……
羊方蔵魚:そしてここに来たんですが、なかなか出口が見つからず……いつの間にか眠ってしまって……
雪掛トマト:それだけ……?書院になにか企んでいるの?裏になにか秘密と勢力とかあるんでしょ?
羊方蔵魚:本当にそんなことはないんです!俺はただの絵売りなんで……ちょっとお金を稼ぎたかっただけですよ、そんなことができるわけないでしょう。お願い、英雄様、許してください。
雪掛トマト:口が軽い……なんだか怪しい!書院に連れて行ってしっかり取り調べなきゃ!
羊方蔵魚:おっと……お姉さん、許してください!言うべきことは全部言いましたよ。
蛇腹きゅうり:うーん……こいつの見た目はちょっと怪しいけど、大した実力はないみたいだな。
羊方蔵魚:やっぱりお兄さん……じゃなくて、それでこそ英雄好漢。それに、この地宮には俺のほかに、あの小さなうさぎもいるでしょう。もしかしたら、あいつが犯人だったら?
雪掛トマト:ばかばかしい!そんなことあり得ない……
女児紅:うさぎ?えっ、あのうさぎ、いなくなりました!?
羊方蔵魚:そうだろう?!あのうさぎは絶対に怖くて逃げたんです!ふん、あいつが山の妖怪かもしれませんよ、可愛らしい外見で、お嬢さんたち(黙そうとしてるんじゃないのか……あーっ!
雪掛トマト:うるさい!黙って!
女児紅:雪掛姉さん!そっち見て……
地宮の天井から極めて薄い光線が降り注いで、牛乳みたいに暗い場所に広がり、小さな祭壇が光と影に包まれてみんなの前に現れた。
祭壇の上には、表情が穏やかな小さなうさぎの石像が彫られている。頭をうつむき、足を曲げて、休んでいるみたいだ。
雪掛トマト:祭壇……?なんでうさぎの像があるのか……
状元紅:この祭壇は前に見たものと非常に似ているようですし、出口へ通じる仕掛けかもしれません。
雪掛トマト:一理あるね……そうだ、あの絵巻を使ってみよう!
雪掛トマトが絵巻を広げると、金色の光が紙から徐々に流れ出し、小さな石うさぎを金色の彫刻みたいに照らした。複雑な符文が絵巻と祭壇の上に同時に現れ、みんなは息を飲んだ。
輝く光が暗い地宮を照らし、壁には繊細な彫刻と壊れた宮灯が走馬灯のように一瞬現れ、また浮かび上がる光と影の中に隠れていった。
地面がわずかに揺れ、石垣の裏にある秘密の扉が重く開き、寒くて湿った空気ざ静かに流れ込んできた。全員が地下路を通りすぎると、再びクスの木の下にやって来た。
蛇腹きゅうり:やはり、通路はまた消えてしまった。
雪掛トマト:絵巻の景色も……全て消えてしまった。
羊方蔵魚:まあ、どうせ珍しくないんだから、宝物とかは全部嘘だったんですよ、なくなっても残念なことでないさ!
状元紅:ところで、山の下の村民から絵巻を手に入れたということですね。その村民に、他にどんなことを言われたか覚えていますか?
羊方蔵魚:それは……よく覚えていません。なにか家宝だとか言っていたような……あの老人はちょっと頭がおかしいんで、俺を騙すためにでたらめを言ったと思います。
状元紅:わかりました。みんな、私はもう一度村に戻らないといけないようです。失礼します。
羊方蔵魚:俺も帰らないといけないんで、失礼し……ええ――
雪掛トマト:逃げないで、とりあえず書院までついて来なさい!まだ事情聴取は残っているんだから!
羊方蔵魚:まだわからないことがありますか……いたたた!はいはい、行きます、行きますから――
羊方蔵魚:スッ――
雪掛トマト:今度はどうした?
羊方蔵魚:あの地宮で寝過ぎたかもしれない、頭がクラクラして……足がうまく動かなくて、この山道を歩くのは無理です……
羊方蔵魚:やめてやめて!お兄さん、許してください!来るな――え……?
老虎菜:頭がクラクラするなら、よく休んで。書院までは遠くないから、お前を背負っていてもすぐ行ける!
羊方蔵魚:待って……背負ってくれるのはいいけど、頭を下に向けないでくださいよ。これはもっとクラクラするじゃないか!
悲鳴が薄暗い林の間に響き渡り、曲がりくねった小道の間に消えていった。風に揺れる古いクスの木の影に、小さな黒影が飛び出したかと思えば、月光に照らされない暗闇に消えた。
山の精霊の昔話・二
この絵に描かれているのは、忘れ去られた山の精霊のようです。
数日後
鬼谷書院
午後、薄い日差しが木の枝の陰で揺れながら、新しい窓紙に描かれた。部屋の中で眠っている羊方蔵魚は快適に寝返りを打ち、軽やかに入って来た小さな姿に気づかなかった。
頬の痒みに夢が邪魔され、羊方蔵魚が不機嫌そうに手を振って、目を開けると、目の前に策士ぶった大きな笑顔が現れた。
羊方蔵魚:このガキ、またあんたか……今、俺の顔になにを……
クラゲの和え物:イヒヒッ、ただのかわいい虫だよ。
羊方蔵魚:……!?
羊方蔵魚が身を起こし、自分の顔をがさがさと掻いたが、なにも見つからなかったので、安心する。しかし目の前に、クラゲの和え物が楽しそうに笑っているのを見て、彼は少し腹が立ってきた。
羊方蔵魚:こいつ、またからかってるのか!
クラゲの和え物:ふふ、なにもしてないもん。虫だけだよ。あなたが臆病なだけ!
羊方蔵魚:いくらなんでも俺は書院の客人だ。もう少し大切に扱えよ!……まあいい、ガキにはにを言っても無駄だ。俺は寝るから他で遊んでこい。
クラゲの和え物:もう寝ちゃたまめ。こんな時間だよ。ねえー、つまんない。みんながあの状元紅とかいう奴の相手で忙しそあだから、ここに遊びに来たの。
クラゲの和え物:何枚かの絵を持ってきたよ。雪掛姉さんになにかを聞きたいらしいね。皆でもう半日それを研究しているの。あれ、もう起きるの?
羊方蔵魚:ああ、急に目が冴えたよ。ちょと重要な用事を思い出したから、一人で遊んで来なさい!
クラゲの和え物:えーっ!!
枯れ木が殺風景な庭で、みんなは石卓の上に広げられた数枚の絵巻を囲んで、細かく研究している。
蛇腹きゅうり:これらの絵は古そうだな、なにが描かれているかよくわからない。
状元紅:よく見てください、この絵に使った紙と印象は、例の絵に非常に似ていませんか。
雪掛トマト:へえ、そんなんだ!どこで入手したの?
状元紅:数日前、村が祠を修理したとき、神棚の下から偶然見つけた。村でも誰もその由来を知らない。
老虎菜:俺は、この絵がうさぎに似ていると思うけど……
雪掛トマト:うさぎ……?確かに。でも、わたしたちは絵に詳しくないから、専門家に見てもらう必要があるかもしれないわ。
羊方蔵魚:おお、専門家はまさにここにいるじゃないか!
雪掛トマト:なにしに来たの?またなにか企んでいるんでしょう?
羊方蔵魚:あのさ、雪掛さん、この前の誤解はもう解けたでしょう?偏見を持つのはだめだよ。今回はみんなの悩みごとを解決するために来たのさ!
老虎菜:そうだった、羊方蔵魚は前から絵を売っていたんだ。本当に専門家かもしれないぞ!
羊方蔵魚:そうだ、そうだ。俺は絵を売るだけでなく、あらゆる名画や文物も研究しています。業界でもちょっと有名なんですよ……絵を見せてもらえないかな?
状元紅:そういうわけなら、ぜひご覧ください。
羊方蔵魚:ありがとう!
羊方蔵魚はテーブルの前に寄り、絵巻に手を当て、しばらく息を止め、なにかを感じ取っているようだった。
雪掛トマト:どう?
羊方蔵魚:めでたい……お祭り……?
雪掛トマト:なにを言っているの?
羊方蔵魚:ほう、どうやら、この絵に描かれているのは、忘れ去られた山の精霊のようです。
※誤植等が多いため、文脈的に正しいと思われる部分を差し替えたものを表記しています。
再び立てる波風・三
白酒……そんな名前じゃない……
目の前に立つ食霊は剣を構えて立ち、その眼底には怒りの色があり、その姿はとても威厳に満ちていた。黒い服の人たちは食霊に圧倒されて、慌てて動きを止め、後ろに退って、逃げ出した。
雪掛トマト:なんだよ、口だけね。もう逃げたの?
蛇腹きゅうり:あいつらは変な格好をしている、なにか別の目的があるのかもしれない。
蛇腹きゅうり:ああ、そうだ。ところで……英雄さん?助けてくれてありがとう。名前は何と呼べばいい?
老虎菜:おっ!あんたと剣、すごくいいね!あいつらは、これを見ただけで怖がって逃げていったんだ。
白酒:さっきこのお嬢さんが言ったように、あいつらは口だけの連中だ。
蛇腹きゅうり:でもあんたの剣は見るからに普通のものじゃない。剣に怯えているというより、あんたを恐れているでは?
白酒:それは考えすぎた、あと者たちと面識などない。
蛇腹きゅうり:それは失礼……最近はどこも不穏だから、気を配らないと。
白酒:かまわない。お前が言う不穏とは、近隣の村のことか?
蛇腹きゅうり:その通り……
ギイ――、茶屋の木戸がまた開けられ、若い男女が一本の傘を差して入ってきた。若い男が少女の肩に降った雪を丁寧に払い落とそうとしている。
状元紅:天気が良くなくて、明日また来ようと言いましたが、こんなに大雪になって……食霊は病気にかからないとはいえ、あなたは寒さが苦手で……
女児紅:わかってますから……途中からずっと私に小言を言ってますよ。もう聞き飽きました!このお店の桂花糕を食べたいんだもん。
女児紅:雪掛姉さん!状元紅兄さ見て、鬼谷書院の人たちですよ!
状元紅:ちょっと待って……気をつけてくれ――!
小走りに駆け寄ってきた女児紅が足を滑らせたが、しっかりと誰かの腕の中に収まった。
女児紅は気がつくと、慌てて服を直した。しかし助けてくれた相手が見えた時、感謝の言葉が詰まって出てこなかった。
女児紅:あ……あなたは……
白酒:次回は気をつけて歩け、お嬢さん。
白酒:無事だ。……ここでしばらく時間を費やしてしまったので、旅を続けなければならないのだが…ええと……
白酒:そこの……お嬢さん?
状元紅:女児紅、どうかしましたか?もう手を離していいですよ。
自分の服をしっかりと握りしめている少女を、白酒は呆れたように見つめた。彼女うつむいたまま、そばにいる状元紅にいくら説得されても一切動かない。
白酒:お嬢さん、俺を誰かと間違えたのか。
状元紅:……?
その言葉を聞いて、女児紅はようやく頭を上げたが、そのかすかに青くなった頬には、ひどい涙の跡が残っていた。白酒は眉をひそめ、静かに目をそらして、窓枠の外に一つの色を溶け合った白雪の天地を遠くに眺めた。
白酒:お嬢さん、人違いだ。
女児紅:人違い?いいえ!あなたはあの人……あなたは……誰?
店内は静まり返り、誰も声を出せなかった。ただ、ろうそく台から聞こえるプチプチという音だけが響いていた。
ふたりは立ち尽くし、白酒は動かず、少女の瞳に光る輝きも次第に消えていき、やがて落胆したように手を下げた。
白酒:光耀大陸に来てから、他人と間違われることはよくあることだ……お嬢さん、執着しなくてもいいことはある。
白酒はみんなに軽くお辞儀した後、振り返って茶屋を出て、白い雪の中に消えていった。
そのまま呆然と立ち尽くす女児紅に、状元紅は口を開こうとしたが、結局、言葉を飲み込み、ただ、女児紅の頭を撫でることしかでなかった。
蛇腹きゅうり:……女児紅さんは少し休んだ方がいいかもしれない。俺たちも用事があるので、邪魔しないようにするよ。ところで、日も暮れそうだ、早く帰った方がいいぞ。
状元紅:ああ……ありがとうございます。先に行っててください。
再び立てる波風・四
こんな大雪の日に、お客様が来られるとは思いませんでした。
庭院
南離印館
日差しはまだ弱いが、風雪が次第にやんで、庭園は白一色に包まれた。みんなが躊躇っている頃、曲がりくねった廊下から高貴な気質をもつ男性が歩いてきた。
明四喜:こんな大雪の日に、お客様が来られるとは思いませんでした。
蛇腹きゅうり:お邪魔した。俺たちは鬼谷書院の者で、片児麺さんはどこに住んでいる?
明四喜:ふふ、鬼谷書院か……片児麺は普段は口数が少ないのに、人脈は広いですね。
明四喜:この廊下に沿って行けば、雪だるまを作っている小さな子供がいる場所に片児麺が住んでいます。
蛇腹きゅうり:感謝する!
明四喜:どういたしまして。雪道は滑りやすいので、足元にお気をつけください。
明四喜は微笑みながらうなずき、そして優雅に振り返って去っていった。みんなは廊下に沿って進み、雪で覆われた枯れ竹の中に、やはり小さな子供が雪だるまを作っているのが見えた。
蛇腹きゅうり:あの……
豆沙糕:うわ―、誰!?
蛇腹きゅうり:あの……怖がらないで、俺たちは悪い人じゃない。
豆沙糕:びっくりした…あの、印館でみなさんを見たことがないようですが、なにかお手伝いできることはありますか?
蛇腹きゅうり:片児麺さんがここにいるときいたんだが?尋ねたいことがあるので。
豆沙糕:片児麺様は今部屋にいますが、でも……今日はお客様が訪れると言っていませんでした。みなさんは……
蛇腹きゅうり:俺たちは鬼谷書院の人間だ。いきなり訪問するのは礼儀にかなっていないが、きちんとした理由がある。伝えてくれないかな?
豆沙糕:うん、片児麺様は昼間から起きているはずです。中に入って少々お待ちください。
孔雀色の香炉からほんのりとした香りが漂っており、新しい墨の味が漂っていた。部屋の内装は古風であるが優雅で、壁に掛けられた書や絵はいたって上品だ。
豆沙糕:皆さん、少しお茶やお菓子を召し上がってください。片児麺様がすぐに参ります。
老虎菜:うーん……美味しい!このお菓子……うーん、特別な味がする……
蛇腹きゅうり:失礼した……この友人は特にお腹が空きやすいので。
豆沙糕:大丈夫、これは私が作った梅花糕です。もしお好みでしたら、もう少し持ってきましょうか?
老虎菜:ほんとか!とても美味しい――茶屋の職人よりも10倍以上美味しい!
豆沙糕:いや、そこまで大袈裟ではないでしょうが……えへへ、でも褒めてくれて嬉しいです。少々お待ちください、今すぐに取ってきます。
雪掛トマト:……老虎菜のやつめ、美味しいものを見たら口が回るようになるね。普段とは全然違うじゃない、まったく……
蛇腹きゅうり:あんただって嫌いじゃないだろ。老虎菜はいつもあんたが作ったパラータお菓子が美味しいと言ってくれるんだろ。
雪掛トマト:ふん、当然よ。誰かさんも食べてみたいなら……褒め言葉を言えば、喜んであげるよ。
蛇腹きゅうり:それはいい、俺にはそういう興味はない。
雪掛トマト:空気を読め。
老虎菜:ええと……みんなも食べてみない?本当に美味しいんだよ……あれ?なんで誰もしゃべらないんだ。
その時、内室の珠簾が半分開き、上品な女性は戸惑いながら淡々とみんなを見た。
片児麺:ええ。みなさん、はるばるどういうご用件で……もしかして金駿眉が……
蛇腹きゅうり:院長は元気だ。心配かけてすまない、今日来たことは他の用件がある。
片児麺:……それはよかったです。なら、どんな用件でしょうか。
蛇腹きゅうり:院長様に手紙を書いたと聞いている。ある人が絵巻を持って鬼谷書院に来るって……その経緯を知りたいと思っている。
再び立てる波風・五
金駿眉の友人は、私の友人同然です。
蛇腹きゅうり:院長様に手紙を書いたと聞いている。ある人が絵巻を持って鬼谷書院に来るって……その経緯を知りたいと思っている。
片児麺:少し前に、ある人から壊れた古代の絵巻を修復して欲しいと頼まれたことがあったんです。
片児麺:修復が終わったとき、その絵に描かれている風景が書院付近に似ていることに気づき、不安を感じて院長様への手紙で言及しましたりその方を……見つけたのですか?
蛇腹きゅうり:見つかっていない……しかし数日前、書院の裏山で奇妙な黒い影と…これを見つけた。
そう言って蛇腹きゅうりはその前老虎菜が拾った紙切れを取り出した。
片児麺:……私が間違っていなければ、この紙はあの絵巻で使われたものと同じ素材でしょう……
雪掛トマト:やはりすごいね!こんなこともわかるとは……これはやはりあの絵巻の一部かしら。
片児麺:……でもこの紙にはなにも描かれていないよあに見えますね。
雪掛トマト:話すと長くなるけど、この紙には元々風景画の一部が描かれていたんです。でも、わたしたちが書院に持ち帰った時、今のような状態になってしまって……
蛇腹きゅうり:ああ、あの絵巻はきっとただならないものだ……あ、そういえば、その人が修復を頼んできたと言っていたがわその絵の様子を覚えているか……
片児麺:覚えています。少しお時間をいただければ、描くこともできます。
蛇腹きゅうり:それはよかった!なら……
片児麺:ここでしばらくお待ちください、描き終わったらお渡ししますので。
蛇腹きゅうり:ああ、ありがとう!ひとつ借りを作ったと思ってくれ!
片児麺:その必要はありません。金駿眉の友人は、私の友人同然です。
半時間も経たずに、片児麺は絵巻を持って出てきた。彼女は絵巻を梨花木の机の上に軽く広げ、濃淡のついた風景が紙の上に現れた。
みんながよく見ると、風景の中央には荘厳な古木が描かれて、その根っこが複雑に絡まり、非常に奇妙な形をしている。周りに霞んでいる雲も、意味深長なトーテムのようにも見える。
雪掛トマト:この古木らどこかで見たことがあるような……見て、あの山の後ろにある木に似ていない?
蛇腹きゅうり:確かに少し似ているようだ。そういえば……この雲の形は、祭壇に描かれていた模様を思い出させるな。
雪掛トマト:そうだった……絵の欠片を祭壇に近づけた時に、紙にこのような模様が現れたのを覚えている。
片児麺:当時、私も絵の筆致が奇妙だと思いました……でも、私たちに修復を頼んできた人も、その原因は知らないようで、彼は絵の風景が書院の近くにあると聞いたら、急いで去ってしまいました。
蛇腹きゅうり:やはり……この絵にはなにか秘密が隠されているようだ。もしかしたら、まずは裏山に行って調査しなければならない。
雪掛トマト:そうだね、じゃあ今すぐ出発しよう!
老虎菜:ん……もう行くのか?もう少し食べさせて……。
片児麺:ええ、旅が遠くて、雪もまた降るかもしれません、これらのお菓子を持って行ってください。
老虎菜:はは、よかった!南離印館の人たちは本当に親切だよな、道理でうちのボスとは友達なわけだ!
数日後
鬼谷書院森
雪掛トマト:ふぅ……やっと着いた。雪の降る山道は本当に大変ね。それに……わたしの錯覚か、このクスの木は前回見た時よりも枯れているみたい。
蛇腹きゅうり:本当だ、しかし大雪が連日降っているから、枝が曲がってしまったかもしれない……
みんなが話している間、絡み合った枝が揺れ、新雪が降り、やがて少女の赤い頬があらわれた。
女児紅:あら、本当にあなたたちだったんですね!さっき私も状元紅兄さんと話してました、こっちから人の声が聞こえたみたいで、書院の人かと思いました。
状元紅:また会えたね、あなたたちもあの事件を再調査しに来たのですか……
雪掛トマト:そう!……新しい手がかりを手に入れたから、試してみたくなって。
状元紅:良かった。ここ数日この辺りを調査したがらどうしても地宮に行く方法が分からなくて……皆さんにはなにか考えがありますか?
蛇腹きゅうり:もしかしたら……この絵巻が教えてくれるかもしれない。
蛇腹きゅうりは、包みから絵巻を取り出し、ゆっくりと広げた。しばらくすると、絵の中にある不気味な雲が金色に輝き、命があるように動き出した。
雪掛トマト:現れた……!あの金色の模様!
ドカン――木の根が激しく伸び縮みし、大地が痙攣する脈打つ血管のように、突然割れ目が開き、たくさんの堕神が湧き出てきた。
蛇腹きゅうり:危ない――!
再び立てる波風・六
私はもう決心しました……兄上、命令を下してください!
木の根周辺の堕神を倒した後、割れ目から金色の光が漏れ出し、深く曲がりくねった暗い地下道を映し出した。一行は考える暇もなく、地下道を進んでいった。
雪掛トマト:おかしい……今回の地下道は以前と少し違うような気がする。
蛇腹きゅうり:今回も真っ暗じゃないか、どこが違うんだ……そうだ、あんたらはもうなにも触らない方がいいぞ、また仕掛けが作動したらまずい。
状元紅:ちょっと待って――前になにかあるみたい。
老虎菜:豚足の焼ける匂い……!?
女児紅:えっ、本当!あそこは食べ物がいっぱいある……違う!人が、あそこに倒れています!
皆は慎重に松明を地面にうずくまる人に近づいたが、そこには目を閉じ、青ざめた青年がいた。
老虎菜:彼はまだ生きているのか?
蛇腹きゅうり:まだ息はある……でも非常に弱っているな。どうしてここに……
蛇腹きゅうりは身をかがめ、その若者の肩を軽く揺すり、彼の顔を叩いたが、彼は全く反応しなかった。しばらくすると、彼の鼻の奥から微かにいびきが聞こえた。
雪掛トマト:なによ……こいつ、ただ寝てるだけよ。
老虎菜:彼も俺と同じように、ここで大食いした後、眠り込んだのかな?
状元紅:もしかして、彼は村で年越し料理が盗まれた事件と関係があるのですか?
女児紅:いい匂い……みんな、変な香りがしませんか?
老虎菜:うん……確かに!ただ……食べ物の匂いじゃないみたいだけど……
蛇腹きゅうり:まずい……この香りはダメだ!
一瞬にして香りが深い地宮に満ちて、ゆっくりとみんなの鼻先をくすぐり、突然眠気を誘い一斉に地面に倒れこむ。
松明は地面に落ち、火はかすかに消え、暗赤色の灰はまた優しくひらめいている。夢魔は人々の顔に登り、幽玄で、奇妙でいて甘美な匂いがする……
その中の一人のまつげが微動し、涙のしずくが落ちた。それは無言のため息のように、いにしえの深夜に落ちていく。
……
青年玄武:コホン……なぜここに来た……
長公主:兄上、山河陣のことを聞いた、私は……入陣人になりたいと思います。
青年玄武:コ……だ、だめだ!そのことは私が手配する、コホン……
長公主:いいえ、私は玄武国の長公主……天下の人々の幸福を考える責任があります……
長公主:その上、皇兄は病床に倒れながらも悩み苦しんでいる。私は心が痛いのです。幼い頃から父と兄上に守られて育ちわ今こそあなたたちのためになにかをする時です。
青年玄武:言っただろう……だめだと。
長公主:私はもう決心しました……兄上、命令を下してください!
ドン――少女は頑なに唇を噛みしめ、青砖(※黒レンガ)の床に頭を強く打ちつけ、白い肌に血の痕跡が浮かんだ。玄武の目には苦渋の色があらわれ、立ち上がって彼女を支えた。
青年玄武:コホンコホン……あなたはもう子供ではないのに、聞き分けがない。
長公主:兄上が許可しなかったら、ここで頭を打ちつけて死ぬつもりです。
青年玄武:わかった……許可しよう……コホンコホン、私もすべてを処理したら、あなたについて行く。
長公主:兄上、ありがとうございます……
青年玄武:……
長公主:兄上、自分を責めないでください。もしも天下の人々のためなら、私は喜んで自分を捧げます。
暗い過去が徐々に夢の渦に巻き込まれていく、女児紅は苦しげな表情を見せ、震える睫毛から涙が流れ落ち続けている。
この時、静まりかえった地宮の中から、かすかな音楽がみんなの耳に飛び込んできた。それは鳥や蝉の鳴き声のようで、夢の網にひっそりととらえられてしまった……
再び立てる波風・七
あれは、夢だったのですね……
静かな音楽が混沌を切り裂き、雪掛トマトの閉じたままの目が急速に動き、額からは薄汗が出て、まるで力を入れているみたいだ。
深い夢の中、雪掛トマトは書院の階段の前に座っていた。熱い夕日の余韻が中庭にこぼれ、すべてのものをぼんやりと包み込んでいた。
手合わせが終わったふたりは地面に座り、ウグイスの啼く声が聞こえるが、その終音が突然不気味な音色に急変してしまった。
雪掛トマト:……ねえ、ふたりとも、鳥の鳴き声が変だと思わない?
蛇腹きゅうり:鳥の鳴き声?普通のウグイスじゃないのか?
老虎菜:俺も変な音は聞こえなかった。
雪掛トマト:違う!ちゃんと聞いて――あれは曲の調べだよ!
蛇腹きゅうり:……ダンスの練習をしすぎて、数羽の鳥の鳴き声から曲を作れるようになったんじゃないか?そうだ、夜の授業もあるんだろう?なんで俺たちと話しているんだ?
雪掛トマト:シー!……声を出さないで……
目の前の人はなにかをつぶやいているが、声はだんだん風に消えていき、鳥の啼き声とともに歪んだ音楽に変わっていく。
雪掛トマトの頭の中に絵が浮かぶみたいだ。彼女はゆっくりと目を閉じ、石壁に映る火の光が現れ、音楽に合わせて人形のような記号が石壁に舞い上がって、彼女も自然に手足を動かす。
音楽は哀しく訴えるように響き、音符が青石の地面に打ち落とされたみたいだ。暗い夕焼けが混じり合い、雪掛トマトはふと目を覚ました。
雪掛トマト:今の……夢だったの?
雪掛トマト:みんな、どうしたの……ねえ、蛇腹きゅうり!老虎菜!起きて……
雪掛トマトは、地面に寝そべるみんなを心配そうに揺らすが、みんなは動かない。音楽は静かに響き続け、見えない手が琴の音を奏で、鈴を鳴らしているようだ。
雪掛トマト:そうだ、先程の夢で……私は石壁に描かれた踊りを踊った……それって、つまり?
雪掛トマトは深呼吸をして、目を閉じた。不思議な模様が暗い川の波間に現れた、彼女は腕を上げ、つま先を伸ばし、優雅な川の波紋が夢の帳を揺らしていた。
音楽は時に遠く、時に近くなり、雪掛トマトは足先の踊りを止めなかった。一回転した後、一番近くにいた蛇腹きゅうりが少しずつ目を覚まし始めた。
蛇腹きゅうり:ひっ……頭が痛い……雪掛トマト?にが起きたんだ?さっきまであなたは……
雪掛トマト:良かった、石壁に描かれた踊りは本当に悪夢を解除する効果があったんだね!
蛇腹きゅうり:……踊り?悪夢?そういえば、さっきの不思議な香り……また、なにかの罠なのか?
老虎菜:うーん……お前を食べちゃダメ!あ、でも食べたい……お腹が空いた……
蛇腹きゅうり:……やっぱり、夢の中でも食べていたんだ……老虎菜、起きろ―!
老虎菜:え?俺、また寝ちゃったのか?
蛇腹きゅうり:あの奇妙な香りのせいだ……あんたがその前昏睡したのも、そのせいかもしれない……ただ、あの時は食べ物に夢中になりすぎて、気づかなかったかな。
老虎菜:そうだったのか?雪掛トマトはなにをしているんだ?なんでこんな時に踊っているのか?
蛇腹きゅうり:彼女の踊りには、悪夢を解除する効果がある。彼女が救ってくれた。
雪掛トマトの旋回する足先が地面を蹴り、もう一つの場所に飛んできた。お互いに寄り添っている状元紅と女児紅もゆっくりと目を覚ました。
女児紅:兄さん……!
状元紅:どうしたんです?夢でも見ましたか?心配しなくていい、すべては嘘ですから……
女児紅:夢?あれは、夢だったのですね……
状元紅:……ああ……
音楽がやんで、雪掛トマトは息を整え、動きを止めた。しかし、地面にはまだ一人眠っていることに気づいた。
蛇腹きゅうり:あいつ、まだ起きないのか……
雪掛トマト:わたしはもう全部の動きを一回踊り終えたし、音楽もちょうど止まっているはず、それなのに……
蛇腹きゅうり:違う……聞け――まだ終わっていない!
清らかな鈴鼓の音が響き、流れるような弦楽器の音色が再び始める。音がどんどん近づき、薄い光を反射する岩壁に細長い黒い影が映った。
蛇腹きゅうり:怪物!?みんな気をつけろ――
再び立てる波風・八
うさぎ……?
蛇腹きゅうり:怪物!?みんな気をつけろ――
雪掛トマト:ちょっと待って……あいつ、人を傷つけるつりもはなさそうだよ……
雪掛トマトがふりかえって、蛇腹きゅうりに静かにするように合図をした。口元まで出かかっていた叫びを、蛇腹きゅうりは眉をひそめて飲み込んだ。そして、その黒い影に目をやると、あれはまるでリズムに合わせているように、左右に揺れているのを見えた。
蛇腹きゅうり:まさか……こいつも踊っているのか?
老虎菜:これは……奇妙だ……
雪掛トマトは何歩か前に進むと、影は後ろに縮こまり、音楽が途切れた。雪掛トマトはちょっと考えて、その場に留まり、足先で先程の踊りを再現した。
蛇腹きゅうり:本当だ……雪掛トマトの動きに合わせて踊っている!
老虎菜:気をつけろ!出てくるぞ――
老虎菜:……?
薄明かりに照らされて、隅のほうにうずくまっているのは、小さな白うさぎだった。そのうさぎの耳はかすかに動かし、雪掛トマトの足元にそっと飛んできた。
雪掛トマト:うさぎ……?
白うさぎ:キィ……
状元紅:まだ霊力が残っているようです。かなり衰えてはいるが……ただのうさぎではないはずです。
蛇腹きゅうり:まさか、うさぎの山精?違うな、体中の霊力は純粋で、むしろ……
白うさぎが辺りを見まわすと、うさぎ耳はがっくりとうなだれた。あれはゆっくりと地面の食べ物の中に移動し、器用に青菜の茎を一本選んで齧り始めた。蛇腹きゅうりはちょっと呆れて、またつぶやきながら頭を振った。
蛇腹きゅうり:……むしろ山の神に似ている。
衣服のこすれる音がタイミング悪く響き、一行が振り返ると、目を覚ましたばかりの見知らぬ食霊が老虎菜に抑えつけられていた。
老虎菜:こいつは目を覚まして逃げようとしている!
羊方蔵魚:いたたた―すごい力だ。手加減してくれ!
状元紅:あなたは何者だ?年越し料理の盗難や子供の失踪について、なにか知っていますか?
羊方蔵魚:な……なにが年越し料理だ?子供?お、俺はなにも知らないって!英雄のみなさん、見逃してくれよ。
雪掛トマト:ねえ、言い訳しても無駄よ!先日、古木のそばでコソコソしていたのはあなたでしょう?この絵、知ってる?
羊方蔵魚:……!?
羊方蔵魚:えっと、ここは薄暗くてよく見えない……?……近くで見せてもらっていいかい?
雪掛トマト:ほら――これでよく見えるでしょう?
羊方蔵魚:ちょ……ちょっと待って……ちゃんとみてみます……
羊方蔵魚は作り笑いをしながら、首を伸ばしその絵巻をじっくりと見つめた。しばらく考えた後、彼はなにかを悟ったような表情を浮かべた。
羊方蔵魚:あのぉ、皆さん、これは誤解ですよ。さっきの絵巻は、俺が偶然手に入れた宝の地図だったんで……
蛇腹きゅうり:宝の地図……?いったいどういうことだ?本当のことを話せ!
羊方蔵魚:え!ちょっと、ちょっと!ムチを使わないですださいよ…そして、このたくましいお兄さん……俺の上から降りていただけませんか、息が詰まっちゃうんです……
老虎菜:うるさい、小細工はよせ!
羊方蔵魚:こわいなぁ……こんなにか弱い俺に、なにができるというんですか。
老虎菜:……じゃあ、おとなしくしていろ!
羊方蔵魚:あいよ――ありがとうございます、楽になりました……
状元紅:さて、早く話してください――ここの食べ物がちょうど村から盗まれた年越し料理で、あなたがちょうどここに横たわっていることを、どう説明してくれますか?
羊方蔵魚:私も皆さんと同じようにこの場所に迷い込んだ可能性はあると思わないのか……
山の精霊の昔話・一
口が軽い……なんだか怪しい!
羊方蔵魚:私も皆さんと同じようにこの場所に迷い込んだ可能性はあるとは思わないのか……
雪掛トマト:迷い込んだって?この絵巻を持ってここに来たのは、明らかに計画された行動でしょう!
羊方蔵魚:えっと、実は俺も偶然にこの絵を麓の村民から手に入れたんですり絵に描かれている場所に宝物が隠されていると知って、運試しに来たたまけ。
羊方蔵魚:でもあの日、俺が古木のそばに来たら、木の根元から金色の光が出てきて、俺がうっかりそこに落ちちゃったんです。絵もなくしちゃって……
羊方蔵魚:そしてここに来たんですが、なかなか出口が見つからず……いつの間にか眠ってしまって……
雪掛トマト:それだけ……?書院になにか企んでいるの?裏になにか秘密と勢力とかあるんでしょ?
羊方蔵魚:本当にそんなことはないんです!俺はただの絵売りなんで……ちょっとお金を稼ぎたかっただけですよ、そんなことができるわけないでしょう。お願い、英雄様、許してください。
雪掛トマト:口が軽い……なんだか怪しい!書院に連れて行ってしっかり取り調べなきゃ!
羊方蔵魚:おっと……お姉さん、許してください!言うべきことは全部言いましたよ。
蛇腹きゅうり:うーん……こいつの見た目はちょっと怪しいけど、大した実力はないみたいだな。
羊方蔵魚:やっぱりお兄さん……じゃなくて、それでこそ英雄好漢。それに、この地宮には俺のほかに、あの小さなうさぎもいるでしょう。もしかしたら、あいつが犯人だったら?
雪掛トマト:ばかばかしい!そんなことあり得ない……
女児紅:うさぎ?えっ、あのうさぎ、いなくなりました!?
羊方蔵魚:そうだろう?!あのうさぎは絶対に怖くて逃げたんです!ふん、あいつが山の妖怪かもしれませんよ、可愛らしい外見で、お嬢さんたち(黙そうとしてるんじゃないのか……あーっ!
雪掛トマト:うるさい!黙って!
女児紅:雪掛姉さん!そっち見て……
地宮の天井から極めて薄い光線が降り注いで、牛乳みたいに暗い場所に広がり、小さな祭壇が光と影に包まれてみんなの前に現れた。
祭壇の上には、表情が穏やかな小さなうさぎの石像が彫られている。頭をうつむき、足を曲げて、休んでいるみたいだ。
雪掛トマト:祭壇……?なんでうさぎの像があるのか……
状元紅:この祭壇は前に見たものと非常に似ているようですし、出口へ通じる仕掛けかもしれません。
雪掛トマト:一理あるね……そうだ、あの絵巻を使ってみよう!
雪掛トマトが絵巻を広げると、金色の光が紙から徐々に流れ出し、小さな石うさぎを金色の彫刻みたいに照らした。複雑な符文が絵巻と祭壇の上に同時に現れ、みんなは息を飲んだ。
輝く光が暗い地宮を照らし、壁には繊細な彫刻と壊れた宮灯が走馬灯のように一瞬現れ、また浮かび上がる光と影の中に隠れていった。
地面がわずかに揺れ、石垣の裏にある秘密の扉が重く開き、寒くて湿った空気ざ静かに流れ込んできた。全員が地下路を通りすぎると、再びクスの木の下にやって来た。
蛇腹きゅうり:やはり、通路はまた消えてしまった。
雪掛トマト:絵巻の景色も……全て消えてしまった。
羊方蔵魚:まあ、どうせ珍しくないんだから、宝物とかは全部嘘だったんですよ、なくなっても残念なことでないさ!
状元紅:ところで、山の下の村民から絵巻を手に入れたということですね。その村民に、他にどんなことを言われたか覚えていますか?
羊方蔵魚:それは……よく覚えていません。なにか家宝だとか言っていたような……あの老人はちょっと頭がおかしいんで、俺を騙すためにでたらめを言ったと思います。
状元紅:わかりました。みんな、私はもう一度村に戻らないといけないようです。失礼します。
羊方蔵魚:俺も帰らないといけないんで、失礼し……ええ――
雪掛トマト:逃げないで、とりあえず書院までついて来なさい!まだ事情聴取は残っているんだから!
羊方蔵魚:まだわからないことがありますか……いたたた!はいはい、行きます、行きますから――
羊方蔵魚:スッ――
雪掛トマト:今度はどうした?
羊方蔵魚:あの地宮で寝過ぎたかもしれない、頭がクラクラして……足がうまく動かなくて、この山道を歩くのは無理です……
羊方蔵魚:やめてやめて!お兄さん、許してください!来るな――え……?
老虎菜:頭がクラクラするなら、よく休んで。書院までは遠くないから、お前を背負っていてもすぐ行ける!
羊方蔵魚:待って……背負ってくれるのはいいけど、頭を下に向けないでくださいよ。これはもっとクラクラするじゃないか!
悲鳴が薄暗い林の間に響き渡り、曲がりくねった小道の間に消えていった。風に揺れる古いクスの木の影に、小さな黒影が飛び出したかと思えば、月光に照らされない暗闇に消えた。
山の精霊の昔話・二
この絵に描かれているのは、忘れ去られた山の精霊のようです。
数日後
鬼谷書院
午後、薄い日差しが木の枝の陰で揺れながら、新しい窓紙に描かれた。部屋の中で眠っている羊方蔵魚は快適に寝返りを打ち、軽やかに入って来た小さな姿に気づかなかった。
頬の痒みに夢が邪魔され、羊方蔵魚が不機嫌そうに手を振って、目を開けると、目の前に策士ぶった大きな笑顔が現れた。
羊方蔵魚:このガキ、またあんたか……今、俺の顔になにを……
クラゲの和え物:イヒヒッ、ただのかわいい虫だよ。
羊方蔵魚:……!?
羊方蔵魚が身を起こし、自分の顔をがさがさと掻いたが、なにも見つからなかったので、安心する。しかし目の前に、クラゲの和え物が楽しそうに笑っているのを見て、彼は少し腹が立ってきた。
羊方蔵魚:こいつ、またからかってるのか!
クラゲの和え物:ふふ、なにもしてないもん。虫だけだよ。あなたが臆病なだけ!
羊方蔵魚:いくらなんでも俺は書院の客人だ。もう少し大切に扱えよ!……まあいい、ガキにはにを言っても無駄だ。俺は寝るから他で遊んでこい。
クラゲの和え物:もう寝ちゃたまめ。こんな時間だよ。ねえー、つまんない。みんながあの状元紅とかいう奴の相手で忙しそあだから、ここに遊びに来たの。
クラゲの和え物:何枚かの絵を持ってきたよ。雪掛姉さんになにかを聞きたいらしいね。皆でもう半日それを研究しているの。あれ、もう起きるの?
羊方蔵魚:ああ、急に目が冴えたよ。ちょと重要な用事を思い出したから、一人で遊んで来なさい!
クラゲの和え物:えーっ!!
枯れ木が殺風景な庭で、みんなは石卓の上に広げられた数枚の絵巻を囲んで、細かく研究している。
蛇腹きゅうり:これらの絵は古そうだな、なにが描かれているかよくわからない。
状元紅:よく見てください、この絵に使った紙と印象は、例の絵に非常に似ていませんか。
雪掛トマト:へえ、そんなんだ!どこで入手したの?
状元紅:数日前、村が祠を修理したとき、神棚の下から偶然見つけた。村でも誰もその由来を知らない。
老虎菜:俺は、この絵がうさぎに似ていると思うけど……
雪掛トマト:うさぎ……?確かに。でも、わたしたちは絵に詳しくないから、専門家に見てもらう必要があるかもしれないわ。
羊方蔵魚:おお、専門家はまさにここにいるじゃないか!
雪掛トマト:なにしに来たの?またなにか企んでいるんでしょう?
羊方蔵魚:あのさ、雪掛さん、この前の誤解はもう解けたでしょう?偏見を持つのはだめだよ。今回はみんなの悩みごとを解決するために来たのさ!
老虎菜:そうだった、羊方蔵魚は前から絵を売っていたんだ。本当に専門家かもしれないぞ!
羊方蔵魚:そうだ、そうだ。俺は絵を売るだけでなく、あらゆる名画や文物も研究しています。業界でもちょっと有名なんですよ……絵を見せてもらえないかな?
状元紅:そういうわけなら、ぜひご覧ください。
羊方蔵魚:ありがとう!
羊方蔵魚はテーブルの前に寄り、絵巻に手を当て、しばらく息を止め、なにかを感じ取っているようだった。
雪掛トマト:どう?
羊方蔵魚:めでたい……お祭り……?
雪掛トマト:なにを言っているの?
羊方蔵魚:ほう、どうやら、この絵に描かれているのは、忘れ去られた山の精霊のようです。
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