バクラヴァ・エピソード
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バクラヴァのエピソード
ユーモアがあり、自由な性格、やや腹立たしい話し方をする探検隊長。奔放で、自由すぎるくらい自由で、常に奇想天外な想像力と行動計画を持ち、チームを散々な目に遭わせるが、その過程は困難だが結果は必ず良いものになる。御侍はアビドスの予言者で、説明のつかない多くの予言を残して、急逝した。その予言書を受け継いだアビドスを離れ、予言書の内容を解読するために世界へ渡り、世界の真実に迫ろうとしている。
Ⅰ.亡き音
「バクラヴァ……君は幽霊って本当にいると思う?」
暗闇の中、俺の靴のかかとを7回連続で踏んだ後、イシスは嗄れた声で恐る恐る聞いてきた。
俺のベルトをぎゅっと掴んでいる彼女の手を見て、俺は思わず笑ってしまった。
「死者の声が聞こえる俺に、どうしてそんな質問をするんだい?」
「あなたが本当に聞こえるかもわからないし……それに、『悪魔の目』って単語だと、亡者を『見る』ことが出来ても、『聞く』ことは出来なさそうじゃない」
「信じてないなら、なんでついてきたんだ?」
「だって……他に方法がないんだもの……」
イシスの声が年相応に幼く感じた。それは泣きじゃくった子供の声のようで、まるで母親からお菓子をもらえず駄々をこねてる子供のようだ。
いや、ある意味彼女は元々そんな子供だったのかもしれない。
「泣くときはベルトから手を放してくれよ。鼻水が俺の服につきそうだからね」
「泣かないもん……もうすぐお母さんに会えるから、泣かない……」
そうしてくれると助かるけどな。
夜が明ける前の砂漠には冷たい風だけが吹く。
冷たい風が何もない砂漠を吹き抜け、音のない悲しい泣き声のように響く。
こんな場所を歩くのは大変なことだが、夜明けはいずれ訪れる。
「着いたぞ」
羽織りの下から2本のシャベルを取り出し、小さい方をイシスに手渡した。
「アバルトでは子供だからって怠けてもいいルールはないからな、夜が明けていないうちにさっさとやろうか」
少女は口を閉ざし、襲ってくる眠気に抗いながら、一生懸命シャベルで掘り始めた。
「ねぇ、バクラヴァ……さっきの質問だけど……この世に幽霊って本当にいるの?」
「もし君が蛇を恐れていたら、俺が何億回蛇は怖くないぞと言っても、君はおびえて震えるだろう?」
「……ねぇ、バクラヴァ、もし『悪魔の目』が私の手にあったら、私はママの声を聞くことができるの?」
「出来るかもしれないけど、君が呪われない保証はないな」
「ねぇ、バクラヴァ……」
「今日はずいぶんと口が回るな、このガキ」
「こ、怖いんだってば!どれだけ話をしても怖いものは怖いのよ!」
泣いているイシスより、怒っているイシスのほうがずっと面白い。俺はつい彼女をからかい続けてしまった。
「もし、俺の声が話してる途中に変わって、顔を上げて別人になってたりしたら怖くない?」
「もう黙ってよ――!」
「はははははは!もうやめてくれ、そんなに踏まれたら足が壊れちまう、俺を引っ張って帰りたいのか?」
イシスは口をとがらせて、俺の足を踏みつけるのをやめ、またせっせとスコップを持ち上げた。
「本当に怖いんだもん、でも……それより、ママに叱られるのが怖い……」
「もしも、私が遊んでばかりじゃなくて、早く家に帰っていれば、最後にママに会えたかもしれない……いや、もし普段からママの手伝いをしたり、もっと気を遣ってたりしてたら、ママは死ななかったかもしれない……」
「バクラヴァ、もし……もしママが私のことが嫌いになってて、話しかけてくれなかったらどうしよう……」
イシスの目に再び涙がたまり、乾燥したアバドスの大地にとっては貴重な一粒の湿り気が、地に落ちると吸い込まれていってしまった。
俺はため息をつきながら、シャベルを振り上げながら言った。
「そうだな……君を叱るんじゃないか?……最後に会えても、会えなくても、死んだ現実は変えられない、気にするだけ無駄だよ……後悔して過去に捕らわれるよりも、未来を見据えたほうがいいだろう」
イシスは鼻をすすった、俺の言葉であまり慰められていないようだ。
「アバドスでは魂が永遠に生きると言い伝えられている、もしかしたら君のママは既に新しい輪廻に入っていて、もうすぐ……」
「なに?もうすぐってなに?バクラヴァ……わ、私を驚かさないで!」
「驚かせてない、これを見て、掘り当たった」
砂漠の地下に埋もれていた棺が、わずかな一角を現した。
しかし、イシスは更に怖くなってしまったようで、棺は俺は一人で掘り起こすしかなかった。
「怖いなら目を閉じていいよ」
少女は頭を横に振り、寝ぼけた眼を大きく開けた。
俺は強要するつもりはないので、彼女のことは一旦ほおって、予定通りに棺を開け始めた。
「言っておくけど、もし仮に君のお母さんが返事してくれなくても、それは彼女が君を無視しているわけではなく、ただ単にこの世には幽霊が存在しなくて、俺はただ嘘をついている詐欺師ってことになるだけだからね」
カチャッ――
太陽が地平線から静かに顔を出し、棺の蓋がゆっくりと動き始め、俺たちの目にイシスの母親が映る。
俺は悪魔の目──あの奇妙な青い石を取り出した。
そうだ、これは本当はただの石で、亡くなった者の魂も見えず、幽霊の声だって聞こえやしない。
しかし、このほぼガラクタのような石は、今のイシスにとっては砂漠の水源よりも重要なものだった。
「バクラヴァ……ママは何と言っていたの?」
長い沈黙の後、俺は『悪魔の目』から視線を外し、不安そうな表情をしたイシスの方を見る。
「君のお母さんは……元気に育ってね、イシス。いつまでも愛しているわって言ってたよ」
Ⅱ.探検家
「……これはまたお前の作り話か?」
フェジョアーダは横目で俺を見ながら、せっかく感情を込めて語った物語を作り話だと疑う。
まあ、それはいいんだけど……許せないのは、探検隊のメンバー全員が彼と同じ感想だと言うことだ!
「どうして作り話だと思うんだ!?この話は俺の人生の中でも、上位に食い込むハイライトだぞ!」
「作り話じゃなかったとしても……今の話と私たちが精霊の洞窟にある棺をこじ開けるかどうかには関係があるの?」
「関係あるよ!俺たちがなかなか決断できないのは、死者の邪魔をすることは失礼だと考えているからだろう」
俺は、かなり作り話と疑っているだろうフェジョアーダとパルマハムのほうを見た。
人の気持ちを勘ぐるのよくないけど、彼らは過去の経験から、生命が亡くなることに対して特に敏感なのかもしれない。
「でも実際は、亡くなった人は何も感じないし、冒涜だろうが失礼だろうが、それは生きている人が『死』に対して勝手に押し付けた価値観だろ」
「逆に言えば、死者と接触することで真実を明らかにすることができたら、無残な歴史の真実を知ることも出来て、生きている人々に救いをもたらすことができる。イシスの時のように……」
「そんなことが実現したら、まだ安らぎを得ていない死者の魂は本当に慰められるんだろうか?」
目の前にいる感情を面に出していない仲間たちに向かって、俺は一生懸命手を振りまわして――
「俺たちが何もしなければ、ただ盗賊たちのために道を切り開いているだけになる!それこそが本当に死者への冒涜だと思う!」
「それよりかは、今俺たちが使命を果たすことで、精霊族絶滅の真相を明らかにすることが出来るかもしれない、それに……棺の中に入っているのが必ずしも死者とは限らないんじゃないか」
「……最後の一言は余計ですが」
長い沈黙の後、キャラメルマキアートの声が静寂に終わりを告げ、俺の横に来た。
「私が今ここにいるのは、バクラヴァの言うとおり昔死んだ者の声を再び聞くためです。これは考古学であり、再創造であり、冒涜ではありません」
さすが一番信頼できるマキアート!探検隊には彼女がいなきゃダメだね!
マキアートは肩にかけられた俺の腕を払い、皆の前で情熱的にスピーチを行った。そうするとすぐに、皆は彼女の指示に従って棺を囲み、それぞれが道具を手に取り、棺を開ける準備をし始めるではないか。
隊長は俺のはずなんだけど、まったく威厳がないな……
邪魔にならないよう静かにそこを退き、みんなが真剣に作業する様子を撮影するため、マキアートに追い払われたパルマと一緒に、端で待っていた。
「棺の中が死者じゃないなら、他に何が入ってると思うんだ?埋葬品?」
「精霊族は埋葬品なんか好まないんじゃないか?精霊は死んだ後、体が輝くかけらになり、自然に還ると聞いたことがあるんだが……」
「輝くかけら?まさか金じゃないのか?それなら墓荒らしたちが精霊の遺跡を探し求めるのも頷ける……」
そう言うと、パルマは急に警戒した顔で俺を見た。
「そういえば、君がなぜ精霊族の遺跡を探しているのかを聞いていないね……まさか君、墓荒らしじゃないだろうね?」
「変な噂をたてようとするのはやめてくれよ。俺が墓を荒らしそうに見えるか?精霊を探している理由は……」
「あった──!」
話が終わらないうちに、マキアートの聞き慣れた胸の躍る声が、洞窟全体に響き渡った。
「羊皮巻!その上には…精霊族の文字!」
俺とパルマも急いでみんなと合流し、羊皮巻に書かれている精霊族の文字を見つめて、眉をひそめた。
「なんて書いてあるんだ?なんか前の石碑の文字より読みにくい気がする……?」
「君になにがわかるんだ、これは精霊族の流行りのアートフォントだろう……でも確かに読みにくい……」
「精霊だとしても、人に読まれるために書いてるはずなのに、なんでこんなに読みにくいんだ……」
「そうだ!隊長は『悪魔の目』を持っているんだろう!」
スブラキの輝く瞳が俺に向けられ、俺は思わず笑ってしまった。
「ふふ、こういう時だけ俺を隊長と呼ぶんだな?それにしても…悪魔の目をなんだと思っているんだ、あれはそんなに万能な物ではないんだぞ」
「あんなガラクタ石に期待しないで、それよりも……全部は解読できないけど、ところどころはわかる……」
再び冷徹な考古学者に戻ったマキアートが厳しい口調で言った。探検隊のみんなは俺を置いて再び彼女のそばに集まった。
俺はちょっと羨ましくなり、彼女らを見つめる。すると突然、ムサカが俺の目の前に立っていた。あのいつも無感情で冷淡な顔が、なぜか今だけ温かく見えた気がする。
「ムサカ……やっぱり君が一番……」
「すみません、道の邪魔です」
「あ、すみません、どうぞどうぞ……」
「ぷっ……」
そんな場面をフェジョアーダに嘲笑されながらも、俺はマキアートがなんとかして精霊の言葉を解読しようと奮闘している様子を見物しながら、一番後ろで聞き耳を立てた。
「精霊……最後の……魔法……?うーん、この部分はよくわからないわね……」
「魔法……作者……サヴォイ……サヴォイ?」
マキアートはなにかに気づいたかのように、ハッと顔を上げ、スブラキと一緒に大きくて丸い目を、巨大なサーチライトのように輝かせた。
「サヴォイ!つまり、あの……サヴォイ王国!」
「本当だ!何千年も隔絶されていたあの王国が、精霊族と関係があったとは……なるほど、確かに納得できる……」
一気に盛り上がって熱くなった空気の中に、突然謎の違和感が襲ってきた。
俺は不審に思ってあたりを見回すと、すぐに謎の違和感の原因を見つけた。
「パルマ、どうした?いつもだったらこういう時は、マキアートやスブラキと手をとって、楽しく踊りまわってるじゃないか……」
「それとも、サヴォイになにか関係があるのか?はは、もしかして君の悪い思い出がある故郷だったりするのか……?」
「…………」
「まさか……本当に?」
「ふふ……君たちが次の目的地を見つけられたのはいいことだね、……俺はそろそろ……ここを離れるよ、またいつか会おう」
パルマの口調はいつもと変わらなかったが、なにかひっかかるな……
俺は考える暇もなく、彼の前に立ちはだかるしかなかった。
「なんでそんなに急いでここを離れようとするんだ?俺たち探検隊はまだ結成したばかりだろう……」
「俺は別の探検隊に加わったつもりはないよ。ただ、みんなと一緒に数日旅をしていただけだ」
「……やっぱりサヴォイが問題なのか?」
「……」
「そういえば、俺たちはサヴォイの近くで出会ったよね?サヴォイではなにがあったんだ?君はそこから逃げ出したのか?」
「………………君は思ったことはなんでも平気で口に出してしまうんだね」
「なにも考えてないわけじゃないさ、むしろ大切なことだから伝えてるんだ」
そういうと、突然雰囲気が変わったような気がした……俺は笑顔を貼り付けるしかなかった。
「まあいいさ、どうせチームを離れるなら、最後に俺の物語を一つ聞いてくれないか」
「『悪魔の目』の本当の使い道について」
Ⅲ.悪魔の目
「また嘘をついて、悪魔の目で死者と話できるって騙したのか?」
ドアを入った瞬間、年老いた御侍のかすれた声が静かに聞こえてきた。
「嘘というわけではないだろう、悪魔の目が本当に死者と話しが出来るかはまだわからないんだよ。ただ、俺のやつはできないだけさ」
御侍は呆れたように首を横に振り、アバドスの干ばつした暑さを吹き飛ばすほどの水を俺に手渡した。
「『城』の主が呼んでいるぞ」
「……ああ、それじゃあ幸運を祈る」
「はい」
御侍はローブを探って、その中から厚い本を取り出した。
「これを渡しておこう」
俺は一瞬固まった。その分厚い本は……未来を予言するために必要な媒介であり、預言者としての御侍にとっては命と同じくらい大事なものだと知っているから。
「これは……受けとれないよ」
「いらないなら捨てろ」
そう言って、御侍は本当に本を床に投げ捨て、そのまま自分の部屋に戻ってしまった。
俺には御侍の考えが理解できないまま、本を拾い上げてその埃を払い、しばらく保管することにした。
しかし、この「しばらく」が実は「一生」だとは思いもしなかった。
城の馬車が到着したのは、寸分の狂いもない、御侍がすっかり目を閉じているだろう翌朝。
「城までご案内いたします。主がお待ちしております」
城の召使いはまるでその建物の一部のように、冷たくて堅く、まるで魂がないかのような存在だった。
俺は手をこすり合わせて、彼らと交流を取ろうとした。
「ええと……預言者である御侍は亡くなりましたので、俺は……」
「主は全て存じておりますので。どうぞ」
「……」
これも知っているのか?ならば、城の主こそが預言者ではないのか……
残念ながら、城の主はアバドスにとって絶対的な支配者であり、まるで神のように崇められている存在だ。
俺みたいな凡人が神に逆らうことはできるのだろうか?無理だろうな……俺は仕方なく、予言の本を抱えて馬車に乗りこんだ。
御侍は城の近くに住んでいるので、そこへ行くのに時間は対してかからなかった。
城は灯台のような建物で、灰色の外壁が鮮やかな砂漠にそびえたち、まるで墓地の中に立つ巨大な墓標のようだ。
その不吉な連想を頭から追い払い、俺は召使いの後を追ってらせん階段をあがった。
そして城の最上階で、俺はあのプラチナ色の男に出会った。
「ようこそお越しくださいました、尊敬なるお客様」
「いや…………アバドスには、君に敬われる人などいないだろう」
プラチナの男性はそれを聞いて笑ったように見えたが、その顔は機械的な微笑みで、唇は優雅で柔らかい弧を描き、目を細め、肌にごくごく自然なしわがあったとしても、それはなぜか微笑みには見えなかった。
「亡き預言者、つまりあなたの御侍からあなたのことを聞きました」
「まさか、悪口ばかりですか?」
「いいえ、彼はあなたが優れた預言者になると言っていました」
俺は思わずため息をついた。やはり預言者には隠せなかったのか。御侍は、悪魔の目の真の能力について既に知っていたのだろう……
「なるほど、なにか予言してほしいことでもあるのか?」
「この城についてです」
「は?」
「この城の未来を予言してください」
プラチナの男性の声は依然として、アバドスに恵みをもたらした春風のように穏やかだったが、自然や運命のような逆らえない神秘的な強い力が宿っていた。
俺はやや不本意だったが、予言の本と悪魔の目を取り出し、本のページをめくり、空白のページに悪魔の目を置いた。
するとすぐに、真っ白だった紙に青い文字が浮かび上がった。
「どうでしたか?」
「破滅」
まずい。
相手の口調があまりに自然すぎて、俺の頭は全く働かずそのまま読み上げてしまった
城の未来が破滅だと?まさか。これはアバドスの頂点にあり、神に建てられたとも言われている場所だぞ……
俺は少し不安を感じた。普通は城の主として、自分の家が破滅すると聞かされたら恐怖や不安を怒りに変えて、預言者である俺にぶつけたりするものではないか?
そっと顔を上げて彼を見ると、そんな予想は大きく外れプラチナの男性は笑っているではないか。口角は先ほどよりも小さく動いた程度ではあったが、機械的ではなかった。
「いいでしょう。こちらについて来てください」
言われるがままに、俺は彼のあとを追って城の最上階から最下階まで行った。
ついていくとそこは、アバドスにあるとは信じられないくらい冷たい場所だった。
光が差し込まず、目の前すらも見えず、まるで暗闇の奥には冷たい息を吹き出す巨大な怪物が潜んでいるかのようだった。
俺の手のひらにある悪魔の目さえも震えているようだった。
「ひっ、ここはかなり寒いな。」
「ああ、でも慣れてしまえば、そこまでじゃないよ」
プラチナの男性は暗闇の中でも輝いていて、この部屋で唯一の光源であるかのように、眩しい程輝いていた。
あの時の俺は彼から目を離すことが出来なかった。
彼は部屋の奥にある、牢獄の扉のような粗末な鉄の取っ手に手をかけた。
「少しばかり緊張します」
彼は自分の手元に目を落とすと、温かい笑みを浮かべた。
「私以外の人間に会わせるのは初めてです」
「さあ、預言者。創生の神に挨拶をしてください」
Ⅳ.預言者
「創生の神……!?」
「そうです。私は神によって作られた……いや、それは正しくないな。ここにいる私たちは皆、神によって作られた存在なんです。」
彼は微笑んでいたが、瞳の奥は凍りついていた。
「なぜ俺を……ここに連れてきたんだ?」
「神がいつ死ぬかを予言してほしかったんです」
一瞬、声が出なかった。
彼は俺の反応が分かっていたかのように、大丈夫、ゆっくりで、と余裕の笑みを浮かべた。
「まずは、私が探している人物の行方を予言してもらいましょうか」
「探している人物?」
「うん、人間とは限らない。食霊かもしれないし、堕神かもしれない。誰であろうと、私はその存在を必要としています」
「人探しなんて簡単なことだろう?アバドスは君のものだからそのうち見つかるんじゃないか……」
「それじゃあ遅いんです」
「え?食霊は……死なないんじゃないのか?」
「ふふ、食霊は死なないけど……もう既に40億年も待ちました」
「君……40億年も生きているのか!?」
「それ以上ですね。とにかくもう待てないんです。私はその人物をどうしても手に入れたい」
「探して……何をするんだ?」
「……私の命を完全にしてもらいます」
そうして面会は終わり、俺はふらふらと家にもどった。今回は誰も水をくれることはなく、俺自身も身体が冷たくなった感じがする。
俺は再び予言の書と悪魔の目を取り出した。
その青い石を通すと何もないはずの真っ白な紙には、この世界が決めた未来がぎっしりと書かれている。中には読めないくらいにつぶれてしまっている文字があるほど、白いはずの紙が埋まっていた。
俺は冷や汗をかきながら、それらの文字から目をそらした。悪魔の目は自分自身の未来を見ることはできないし、他人の未来を勝手に覗き見ることも失礼だと思っている。
予言の書の最後のページをめくった。
最後のページには、悪魔の目を必要としない一行の美しい小さな文字が書かれていた。まるで耳をつんざくような煩わしい騒音が静まり、ゆっくりと静けさが訪れるようだった――
歴史の流れには逆らってはならない
それは御侍の忠告だった。
しかし
歴史の流れに逆らってはならないのであれば、なぜそれをわざわざ忠告する必要があるのだろう。
悪魔の目がただのガラクタ石ではないことに気付いて以来、俺はずっと考えていた。なぜ創生の神は俺たちに未来を予知する能力を与えたのだろうか。
俺たちなど地面を歩く蟻となんら変わりないだろうに、変えられない運命を前にひねりつぶされ、よりちっぽけな存在を自覚させるためか?
いや……違うだろう
俺は再び予言の書を開き、城の主が探し求めている存在が城の主の命を完全なるものにした後、彼がどこへ行ったのかを見た。
「破滅」という言葉を予言の書で目にするのは2回目だった。
つい最近まで生き生きと存在していた一人の生命が、他人の欲望のためならばとそう簡単に破滅するのか?
そんなこと……あるはずはない。
「コシャリ」
俺は、スラム街で香辛料を運んでいた食霊に声をかけた。彼女は埃まみれのイラついた顔でこちらを振り返る。
「わたしを知ってる人?」
「いや…………ひとつ話を聞いてくれないか」
「……変なやつ」
彼女は振り返り、元々進んでいた道を歩み続ける。熱い風が黄砂を巻き上げるのが、まるで歴史の流れが俺たちの背中を押して前に進ませるみたいだった……
「俺は知ってるんだぞ、俺の話を聞かずに進み続けると、そのうち転ぶぞ!」
「ああ、そう」
彼女は明らかに俺の言葉を信じていない様子で突き進む。俺は確かに嘘をついた、悪魔の目ではそんな小さなことは見れないのだ。
しかし、俺は無理矢理成功させることにした。コシャリが目をそらさずに前に突き進む中、俺は足を伸ばして彼女の足元にひっかけ転倒させたのだ。
「おい!」
「知ってるか?神なんて実のところ力を持っているだけだ、精神面は俺たちと大差ないぞ」
「は?なにを言っているの……」
コシャリがまだ理解できていないうちに、俺は素早く、更に口調を強めて言った。
「しかし、俺たちみたいな平凡な奴らはいつまでも神を信頼している。まあ、輝かしい神聖な姿は確かに説得力があるからね。だから神が人々の肉体を勝手に奪おうとしても、俺たちみたいな人間や食霊は抵抗できないんだ」
「人々は神がどれだけ強いか、それに抗うことはどれほど難しいかを知っているからだ。しかし、それでも人々は絶対に抗うことを諦めてはいけないんだ」
「『できない』のと『何もしない』のは違うから」
彼女は俺の言葉を理解していないであろう顔のまま、何も言わずに香辛料を抱えて去っていった。
俺は予言の書を取り出した。
変わっている。
コシャリを包んでいた青い輝きも、文字に映し出す光景も、あの眩しい「破滅」という言葉も消えた。
その後間もなく、コシャリは俺の予言した通り城に連れて行かれ、彼女は俺の予言を信じ始めた。
彼女に城の主の秘密と陰謀を伝え、そして「破滅」という預言についても教えてあげた。
自分の声が震えているのがわかる。頭には御侍の無念のため息が響いてくる。そして時代の波が空を覆いつくし、つんざくように俺に迫り来るのを感じた。
その波は俺を破滅させようとしているみたいだ。
俺が歴史の流れに逆らったから。
「心配しなくていい、君を助けてくれる人がいる」
コシャリは眉をひそめ、半信半疑で少し不安そうに腕の中の黒猫を撫でた。
「……まさかその人が自分だとは言わないよね?」
「残念だけど、違うよ。君は砂漠の真ん中で彼を見つけるだろう。彼は泥棒だけど、渡された毒薬を飲んでみてくれ」
「いつもいつも変なことを言わないでくれる?」
「しょうがないじゃないか、予言の書にそう書いているのだから」
予言の書を閉じて、俺は笑顔でコシャリと別れた。
俺はアバドスを離れる。コシャリの周りに、あの青い光と影の中に、「新生」という文字が刻まれているのだから。
この命はほかの命を救い、救った命を完成させる。それこそが生命の意味なんだ。
そして俺はティアラという広大な惑星を歩き、予言の書の謎を解きながら、命を完成させ続ける――
生命が完全になることはありえないが、空白があるからこそ埋められ続け、繁栄し続けられる。
それこそが予言が存在する理由なんだ。
Ⅴ.バクラヴァ
「だからって……それは俺が探検隊から離れるのと関係があるわけじゃないだろう?」
バクラヴァは、まるで一人で舞台劇を演じていたかのような興奮具合だが、彼の長い独り言を聞かされていたパルマハムは、疲労を感じざるを得なかった。
しかし、バクラヴァの興奮は冷めることなく、彼の顔は赤くなり、目を大きく見開いて、まるで危ないものにでも手を出している者かのようだった。
「なんでそんなに、いろんなことに関係性をつけたがるんだ?花が咲くことと太陽に関係性があるか……?確かに関連係がある。だからといって、なんでもかんでも関係性をつけるのは、疲れるし面白いとは思えないな」
「……もういい。時間稼ぎはやめてくれ。俺はもう探検隊をやめるって決めたんだ」
「まだわからないのか!」
バクラヴァは探検隊を去ることを固く決意した人の前に立ちふさがり、両腕を大きく広げた。まるで蟷螂の斧のようにも見えるが、目の前の闇を一人でも打ち払ってくれるような感じがしている。
「未来は変えられるんだ!」
パルマハムは一瞬だけ足を止めたが、バクラヴァをかわしてまた歩きだした。
「もしそうだとしても、俺は未来を変えることには興味はない」
「だからって、歴史の流れに流され続けていいのか?過去に永遠に囚われ、悔しさと苦しみを背負ったまま、歴史の流れに流されて人生に幕を閉じるのか?」
再び足を止め、こちらを振り返るパルマの目に淡い怒りが浮かぶのを見て、フェジョアーダはバクラヴァのベルトを引っ張り、彼にあんまり刺激しないようにと伝えた。
しかし次の瞬間バクラヴァはベルトを外し、フェジョアーダの制止など気にも留めずパルマにつっかかりに行こうとしている。そのあまりに猪突猛進すぎる姿に驚いて、キャラメルマキアートは持っていた厚い羊皮巻を抱きしめ、数歩後ずさりした。
「過去は過去だ。もしタイムリープ出来たとしても、過去の出来事はもう既に起こったことであり、それを覆すことは不可能だ。でも未来は違う!」
「未来は変えられる。そして未来を変えることで、過去に起きてしまったことも上書きすることが出来る!」
「いつまで逃げ続けるなんて不可能だぞ!」
その言葉に、遠くから傍観していたスブラギが突然こちらへ駆け出してきて、感銘を受けたかのような表情でバクラヴァと力強く握手した。
二人の手が突然握り合ったのを見て、パルマは力なく笑みを浮かべることしか出来なかった。
「過去を変える、上書きするなんて口で言うのは簡単さ……でも俺は3人も殺したんだ!いや、3人以上か……」
「どうやってそんな過去を変えればいいんだ?子供をあやすみたいに、生き残った人々に亡くなった人たちはずっと君たちを愛し続けていると嘘をついたらいいのか?そんなの自己欺瞞で、少しでも自分が楽になるためだけのものだ」
「自分を楽にすることの何が悪い?君は苦しむために生まれてきたのか?」
「君がサヴォイからいなくなれば、亡くなった人々や生き残った人々は幸せになるのか?」
パルマハムは凍りついた。初めて会った時、不真面目で頼りがいがないと思っていたこの食霊の本来の姿が、とても恐ろしいもののように感じる。
「悪魔の目の本当の使い道を教えてあげるよ」
バクラヴァが笑いながら悪魔の目を手に取ると、なんの変哲もなく見えるその青い石は、洞窟の狭い入り口でゆっくりと浮かびあがった。それはまるで光り輝く月のようだった。
石の明かりはそこにいる全員を魅了した。
それはバクラヴァの「核」だった。
「それは未来が見えるだけじゃない。悪魔の目は、俺に逆境を乗り越えるための『幸運』を与えてくれるのさ。この幸運が君にも訪れるようにしてあげるよ」
彼は両手を高く掲げ、歴史の流れに逆らうことに興奮している様子だが、それはまるで穏やかに、ただ暖かい小川に足を踏み入れる準備しているかのようだった。
「アバドスの伝統は救うこと、バクラヴァの趣味は人を助けること!シュメール探検隊、サヴォイ方面へ、出発しよう──!」
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