白トリュフ・エピソード
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白トリュフのエピソード
典型的な理系学者。
両目が失明しており、いつも研究に没頭しているせいで固いイメージを持たれがちだが、興味のある学術分野の話となるととても情熱的な一面を見せる。
だいたいそれを目にできるのは学生のワッフルだけである。
実は豊富な文学や詩吟のセンスがあり、ロマンチストな一面もある。
Ⅰ.科学と神明
「科学の果ては信仰、全ての論理は偶然の産物であり、偶然こそが天衣無縫である」
右手で濁った液体の入った試験管を振り、左手は指で開いた書籍の序文をなぞっている。私は真剣にこの斬新な句を咀嚼している、斬新さ以外にもインクの香りが漂っているという観点もあるようだ。
この序文は著名なアイザック・カルスと言う、グルイラオの有名な物理学者であり、さらには数学家、霊力研究家としても知られる人物が提唱した霊力の三大定理で、彼は私と同様、グルイラオ学者協会の栄誉会員だ。
「チェラブ、便箋を持ってきてもらえる?」
私は本を閉じ、ため息を漏らしつつ、隣で本を読んでいた小さな生き物に声をかける。
「どうやら、この旧友と少しばかり相談しなければいけないみたいです……」
***
「親愛なるカルス先生、あなたの新著《理と霊》拝見致しました。内容についてお話する前に、今回の序文に関して警告をさせて頂きたく存じます。理性的な事象を神などの虚構のものと同一視しないで頂きたい。なぜなら、それは崇高なる科学に対しての侮辱に他ならないのだから……」
蝋燭の光の下、目の前に腰掛ける老人は足を組み、片手で便りを持ちながらもう片方の手でタバコを持っていた。便りを読み終えると、最後に嘲笑うかのような口調で言った。
「白さんのご指摘はまことに……端的直球ですな、いつもと変わらず」
老人がタバコを咥え、その灰が原稿にかかるのを見て、私は無意識に眉をひそめた。
「カルス、こんな本を出してはあなたを敵視する者を増やすだけですよ」
間を置いてから私はさらに付け加えて言う。
「それと、白さんと呼ぶのはやめてください。私たちの関係は十分親しいと思っています。以前と同様にトリュフと呼んでもらって構いません」
「敵視する?神への尊敬かな?」
老人は不敵に笑い出す。
「トリュフ……いいや、やはり白さんと呼ぼう、以前?それはもう随分と過去のことでしょう、今じゃあなたは私の孫娘と同じくらいの身なりをしている」
「君なら私の考えを理解してくれると思っていたんだがね」
老人はまるで過去を振り返っているのか、はたまた感慨深いものを発見したかのように遠くを見てぼんやりしている。
「物理だろうと霊力だろうと、長年研究してきてなお、いまだ多くのものが説明できない。もしかしたら、どのように説明を試みようと、結論が指すものは……」
老人は笑みを浮かべながら、何かを指差す。
「カルス、最近研究で何かあったのですか?」
私はこめかみをさすって、自身の声を落ち着かせる。
「わかっているはずです、私たちが発見した定義がどれだけ偶然によるものでも、戯れのように見えても、それは紛れもなく科学なんです。自然の万物の摂理であって、神の定めなどではありません……」
「……意外だな」
老人はしばらく目を閉じて沈黙を保っていたかと思うと、頭を上げてこちらを見て、面白いものを見つけたかのように笑い出す。
「え?」
「その言葉を私に言うのが君とは意外だよ」
「……何が言いたいのですか」
「君は食霊だ、白トリュフ、食霊なんだよ」
老人は俯き、話す声は聞き取れるかどうかのものだった。
「君は神の作りしもののような完璧な食霊なんだ」
「……カルス」
「白さん、もう夜も遅い。この老体は明日も教会に行かねばならないんだ」
「……おやすみなさい、カルス」
Ⅱ.教堂と牧師
「神……」
一人の帰り道で、私はイパリヤ大聖堂を通りかかる。
聖堂の門上には女神の彫刻があり、私はそれをぼーっと眺めていた。
「何かお困りですか?」
はきはきとした女性の声が耳に響く。
振り向くと、いつから傍に来ていたのかわからないが、自分と同じくらいの少女が背に手を組んで立っていた。
「祈祷でしたら、イパリヤはいつでも歓迎しますよ」
少女の笑顔はどこか人を落ち着かせるような魔力を秘めており、ほんの少しだけ遊び心を感じさせる。
「深夜なんですけどね~」
「ありがとう、ただ私は信徒ではありませんので。」
そういって笑みを見せて、頭を横に振る。
「もっと言えば、私と教会は決して交わらない道にいますから」
「とても端的なお答えですね」
意外だったのは、間違いなく教会側の人間である少女がこの言葉を聞いてもなお不快感を出さなかったことだ。
「察するにあなたにも信仰するものがあるのでしょう、科学とか?」
「……ええ……なぜそれを」
「時折、学者さんの開く演説を聞いたりするんです」
少女は軽くお辞儀をする。
「自己紹介がまだでしたね、私はドーナツ、イパリヤ大聖堂の牧師をしています」
「えっと……私は白トリュフです」
私も見よう見まねで礼をする、長年の研究生活でこういったことには疎くなっていた。
「私の研究に興味があるんですか?」
頭を上げ、ドーナツの言葉に関して尋ねてみる。
「もちろん、度々演説を開き、人々の生活を改善できる研究報告を伝える……あなたたちは私たちの関与出来ない領域で数多くの貢献をしています。」
ドーナツは迷いのない言葉で賞賛を送る。
「……あなたの気持ちに感謝します。ただ……」
わたしはしばらく困惑気味に間を空けてから続ける。
「私の研究は決してあなたが言うように人々の助けになるようなものではないんです。学会にはそういった方もいると思いますが、少なくとも私は、だから……すいません」
「ふふ……」
ドーナツは私の言葉を聞いて微笑む。
「やっぱり白トリュフさんもカルスさんと同じことを言うんですね。」
「……え?」
「端的直球、真理至上主義ですね」
ドーナツはカルスの口調を真似て評価を述べる。
私はふと可笑しく感じ、同じようにカルスの口調を真似て旧友の評価を述べる。
「こだわりがなく、形式にとらわれない、ただ最近は老いしれているようです」
「白トリュフさんはカルスさんが神を信仰するのは呆けてしまったからだと考えますか?」
ドーナツは悪戯っぽく尋ねる。
「え……そう言う意味では……」
私は一時の失言に少々戸惑う。
「あ……そんな悪い意味で聞いたわけじゃないんですよ。」ドーナツは私が戸惑っていることに気づき取り繕う。
「ただの好奇心で、白トリュフさんとカルスさんは同じタイプの方なのに、どうして神に対しての考え方がここまで違うのかなと」
「……科学は全て説明がつきますが、それが出来ないのが神です」
間をおいてから付け加える。
「簡単に言えば唯物論と理想論ですかね?」
「……なるほど、でも信仰というものをその言葉だけで表せるかはなんとも言えませんね」
ドーナツはあまり気に留めず、肩をそびやかす。
……
もしかしたらカルスの選択に少し興味があったのだろう、私とドーナツはこの議題に関する話に耽け、ドーナツが諭してくれるまで時間の経過にも気づかなかった。
「そう言えば……もし白トリュフさんに宿を借りる予定がないのでしたらそろそろお時間が。」
ドーナツは話しながら、池の方にある時計を指差す。
「もう夜も遅いですし。」
「……あ!そうですね!ごめんなさい。」
「お送りしましょうか?」
「いえ、私も一応食霊ですから」
「は、では、お気をつけて、またお会いできるのを楽しみにしていますね。」
「……ええ、さようなら。」
Ⅲ.神恩評議会
旧友の変化は日常のかすかな波でしかなく、私はすぐにこの事は頭の奥へとしまい込み、研究に没頭する日々に戻っていった。
そうやって時間は過ぎていき。
そんなある日、実験台の前に座っていた私の思考を、ドアをノックする音が止めさせる、ドアを開けるとそこには意外な客人がいた。
「ドーナツ?」
「白トリュフさん、お久しぶりです」
少女は簡単に挨拶を済ませ、重々しい表情で尋ねてくる。
「黒トリュフはあなたのお姉さんですか?」
「……はい、何かあったんですか?私たちは長い間……」
「では、一緒に来ていただけますか」
ドーナツは以前の印象と違い、私の話を遮りどこか強引な雰囲気だった。
「黒トリュフと私たちはあなたの助けが必要なんです。今すぐ」少女は言いながら徽章を取り出す。
「私は神恩軍司令ドーナツ、事態は急を要するため、ご同行を。」
「これは命令です。」
疑心に満ちながらも、ドーナツとその部下について教会まできた。門を潜ったばかりだというのに、以前来た時には感じなかった圧力を感じ、建物全体が緊張感に包まれていた。
拝堂と事務室を通り抜け、私たちはそのまま一般開放されている区域を抜け、さらにイパリヤの深部に入っていく。いくつかの区域を抜けるたび、そばについていた人間が減っていく――彼らは全てそれぞれの区域の門の警備に残っていた。
最終的に、私たちは地下深くにある閉鎖された図書館にたどり着いた。複雑な経路と部下たちの挙動がこの場所の秘匿性を物語っている。無尽蔵とも言える本に囲まれながらも、私の内心には全くそのことへ歓喜の気持ちは湧かなかった。
「ドーナツ、ここは……」
「神恩評議会二級閲覧室。神恩評議会堕神対策部隊が各地で集めた堕神の情報を集積、また対応策の研究報告などが閲覧できます」
私が質問を言いきる前に、ドーナツは振り返ることもせずに包み隠さずに説明する。
「本来ここを出入りするには教主以上の権限が必要ですが」
「ならどうして……」
「あなたが必要とすると思いましたので、すぐに」
ドーナツは固く閉ざされた石門の前で足を止める。
ドーナツが腕をひっくり返すのを見たかと思うと、石門が振動を始め、鳥肌が立つほどの摩擦音が響く。
ドアが開いた。石の階段が螺旋状に下に伸び、暗闇の中に消えている。冷たい風が吹き抜け、少しだけ身震いする。風に混じって少しばかり悲痛な叫びを感じた。
「下へ」
「……下にはなにが?」
ドーナツの平然とした表情の下にはどこか引きつった心境があり、私はその中からわずかに嫌悪感と……ほんの少しの恐怖感を感じた。
「……あなたのお姉さんを拘束している場所です」
Ⅳ.混沌
目の前の怪物は、見た目は歪で、凶暴な様子で吠えているが、声はマスクに遮られている。だが、それでもこの怪物の口に何か感じるものがあった。
「まさか……これが私の姉さんだと?」
私は何度か深々と呼吸をし、動くこともできずにその符文の記された鉄の棒の檻を見つめる。
「彼女だけではありません」
言いながら、ドーナツはもう一方の二つの檻を指差す。そのうちの一つは傷だらけで、符文以外地面と壁には焼け焦げたような焦げ跡がある。
さらにもう一方はまだマシな方で、柔らかな布が敷かれた地面で、真っ黒な影が地面を転がりまわっている。
「タロス!」
その影はすぐに何かわかった。それはずっと姉と共にいた小さな動物だった。
「いったいなにがあったの?!」
ドーナツは私の方には目線を向けず、まだ姉さんの方を凝視していた。指は本の上をなぞり、何かを思い浮かべているようだった。
「あなたのお姉さんは……神を見ました」
ドーナツの答えは、私を我に帰らせ、私にすぐさまその言葉へ反論させた。
「こんな時まで神だなんて戯言はやめてくださいよ」
「嘘ではありません、ある堕神を信仰している邪教が未知の存在の召喚を試みました。どこからそんな方法を知ったのか……まさか混沌の投影を呼び出すなんて」
話すにつれドーナツの声は次第に無意識に低くなっていた。
「混沌の投影?!」
私は驚いた。ある種の解釈によると、混沌、それは神霊であるとも言えるのだ。
「はい、混沌の投影です。黒トリュフは任務を受ける前に儀式を止めようとしました。あの邪教の者たちは排除できたものの、黒トリュフは儀式の影響を受けてしまい」
ドーナツはその現場の状況を思い出しながら、何かを思い出したのか、眉をひそめて、拳を強く握った。
「神を……直視してはならない。」
私は静かに振り向いて檻の中の怪物を見る。体は変わり果て、姉さんの面影が少しばかり見え隠れしている。私は大きく深呼吸をした。
「どうすればいいの。」
「わかりません。」
ドーナツは大きく息を吸い、黒焦げになった檻を指差す。
「以前にあなたのお姉さんを連れて帰って来た者はすでに完全に怪物になってしまいました。」
「もしお姉さんを助ける方法を見つけられなければ、私たちは……」
ドーナツは最後まで言い切らなかった。だがその焦げた檻を見て私は察した。
「私は今でも神の存在なんて信じない!時間を頂戴、ドーナツ。あなた達の助けが必要なの」
「ええ、神恩評議会の全力をもって」
私は姉の隣の牢屋で寝泊まりした。ドーナツは実験機材を人に持ってこさせ、神恩評議会の閲覧室を全面解放してくれた。研究期間、ドーナツは何人もの堕神と食霊の研究家を探し出し、私の研究の助けとした。
研究を始めて、135日。
神恩評議会の助けを得て、混沌の汚染を抑止する方法を見つけ出す。同時に副産物として堕神を制する薬品もできた。
もちろんその代償も払ったが。
「ごめんなさい……」
朦朧とした暗闇の中、姉は手を伸ばして私の頬を触り、言葉には申し訳なさが満ちていた。
私には見えないが、でもきっと、姉さんは複雑な気持ちなのだろう。
私は姉さんの手を取り、微笑みかける。
「大丈夫、姉さんが無事ならそれでいいの」
Ⅴ.白トリュフ
堕神と人類の戦争はティアラ大陸不変のテーマである。
堕神は人々の領域を侵食し、人類はそれに対して武器を掲げて戦う。そうやって憎しみが日に日に累積する。そんな中で長い時が経てば、当然ながら私欲に溺れる者、人類を裏切る者、堕神を制御しようと試みる者などが現れる。
だがそれだけならまだいい。時にこの世界の根本であり、最も深い悪念を呼び覚まそうとする者がいる。
こんな歪な思想を持った者たちは様々な外道に手を出し、時間がそれを本当に効果のある方法へと変えてしまう。
黒トリュフもそんな被害者の一人だ。黒トリュフはシェフギルドの任を受けて、邪教徒の儀式の阻止を試みた。
そしてそこで予想外だったのが、儀式は失敗したものの、混沌の投影は降臨してしまったのだ。一瞬ではあったものの、混沌を見てしまった黒トリュフは混沌の持つ悪念に体を侵食されてしまった。最終的にその事に気付いた神恩評議会が連れて帰るが、黒トリュフとそのお供の小さな動物を連れ帰るために、神恩評議会も数人の尊い命を犠牲にした。原因は皆混沌による汚染だった。
黒トリュフは教堂へと連れられたが、問題は解決しない。黒トリュフが堕神のような存在に姿を変えるのを見て、ドーナツは黒トリュフの妹を連れてくる。視力という代償を払いながらも白トリュフは混沌を抑え、姉を救うことに成功した。
数日後、神恩評議会の助けのもと、白トリュフは研究特許を売り、驚くような額の資金を手に入れた。
その年の終わり、ペリゴール研究所が設立。主に堕神と食霊関係の研究を行い、いくつかの部門は神秘学に関しても着手していた。
ペリゴール研究所はトリュフ学術基金を設け、高等学校の設立を援助して関連した研究者の排出の助けとし、この動きがグルイラオの堕神と食霊に関する研究の後押しをした。
このことから、トリュフ基金設立の月、グルイラオで有名な記者が白トリュフを取材した。その質問の回答の中のいくつかは研究所と基金の格言としてそれぞれの門に刻まれた。
「取材を受けていただきありがとうございます。取材を終える前に個人的にもう一つだけ質問をしたいのですが、よろしいでしょうか」
「どうぞ」
「これまでにしてきたことは何のためですか?つまりこれまでの出来事であなたの行動の原動力とは何でしょうか?」
「科学……」
「科学?」
「私は科学ですべての事象を説明できると証明したいんです。神も含めて」
「世界に神の存在は必要ありません、でも世界に科学は必要です」
神恩評議会 中枢閲覧室
一人の赤い服を着た老人と、人並みではない風格を持った青年がそこに立っていた。
「これらが白トリュフの研究資料ですか?」
「全てここにあります」
「予想外の収穫だ……ご苦労、他に何かあれば逐一報告を」
「全ては家族のために」
「全ては家族のために」
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