リースリング・エピソード
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リースリングのエピソード
ホワイト・リースリングは幽冥図書館の館長で、非常に強い力とカリスマ性を持っており、彼女の強さは侮れない。サヴォイアでは、「銃火の女王」と呼ばれており、貴族たちに恐れられているため、彼らは図書館にはほとんど近づかない。威圧的な見た目をしているが、冷酷な暴君ではない。少し頭が固く、融通が利かないだけである。根気よく話しかければ、本質的には優しい人だとわかるだろう。
Ⅰ.ハンター
「例のものは用意できました。どうかお許し下さい……」
向かいの背が低くて太った男は狭いハイスツールに座り、絹のハンカチでぎこちなく額を拭いている。
革製のスーツケースを私の前でカタカタと開き、明るい金色の光が暗い部屋を一瞬照らした。
「足りなかったら、お申し付けください……」
「もういい、君の気持ちは受け取った」
私はうなずいて彼の話を遮り、相手がほっとした笑みを浮かべた後、マスケット銃で2つのスーツケースをテーブルの隅に押し込んだ。
すると、文字いっぱいの粗い羊皮紙が広げられ、黒い銃口が空白部分に当たった。
「ローダー子爵、この契約書に署名してください」
「これは……この条件は厳しすぎます!」
ローダーは羊皮紙を手に取り、弛んだ目を見開いて叫んでしまった。すると、すぐに笑みを浮かべて私を媚びるような態度で見つめた。
「もしもの話ですが……ゴールドを2箱、いや、3箱追加しますので、この契約書と帳消しにしてもらうことはできませんかね?」
「ダメだ」
私は苛立って、銃口をその太った顔に向けた。
「たぶん、トドメを刺しておいたほうが便利だろう」
隅に隠れていた黒い影が動き出したが、別の暗流に阻まれた。
赤いダリアの香りに血の匂いが混じり、真夏の夜風が突如として騒がしくなった。
弾丸はテーブルの上のスーツケースを貫き、明るい金色が水のように横に滑り落ちた。
転んだローダーは頭を覆いながら叫び出し、高価でブカブカな服が泥だらけになった。
「……た、たのむ!殺さないでくれ!します!サインします!!」
私が銃を振ると、周囲に集まった暗流がまた影の中に後退した。
「ローダー子爵、お願いします」
……
暗い部屋の奥にある狭い階段は、賑やかな「ハンターバー」に繋がっている。
木製の隠れドアを押し開くと、バーベキューやベリーパイの香りと混じり合った、蒸し暑い空気がビールの泡のように押し寄せてきた。
カウンターに寄りかかりながら酒を飲んでいる黒い肌の若者たちがいる。彼らは全員、腰に短剣をさし、硬い襟元はダリアの汁で染まったかのようにまだらになっていた。
彼らはサヴォイア国境でよく見られる傭兵だ。
金貨さえ払えば、彼らは私の言いなりだ。
「ボス、ローダー子爵からたくさんぼったくったようですね……」
若い傭兵が興奮気味に目を輝かせながら私の目の前の木杯にビールを注いだ。
私は何も言わず、黄金色のビールを一口飲み、二箱の金貨のことを思い出した。
その3分の1は新しい武器の購入に使い、残りはいつものように部下たちに山分けする。
「ふん、あの子爵のヤツ、何千人もの密航者たちをだまくらかし、全員を自分のワイナリーに閉じ込めて、昼夜問わず働かせてるんだ!」
「ほんとうよね!お金も払わずに人を働かせるなんて!痛い目に合わせてやったほうがいいのよ!おやじから爵位を受け継いだから、何をしてもいいと思ったら大勘違いよ!」
「ボスの契約書にサインをしたら、彼らに今の倍以上の給料を払わないといけなくなるわ!彼のことだから、今は一刻でも早くあの人たちを家に送りたいと思ってるはずよ!」
木杯のぶつかり合う音を聞きながら、私は静かにお酒を飲み、ビールの泡が消えてまた集まってくるのを見ている。
吟遊詩人が微笑みながらリュートを弾き始めた時、私はそのメロディーが広がる前に、急いで飲み代を残してバーを出た。
「魔術師」から始まるかすかな呪文(歌詞)も残されていた。
サヴォイアでは魔法に関する伝説は多かった。
これは誰もが憧れる、狡猾で危険な力だ。
その柔らかな青い炎は優しそうに見えるが、蛇のように獲物を絞めることができる。
風が骨を刺すほどの寒さを運んでくるなか、私は背中のマスケット銃を持ち上げて、泥だらけの汚れた道を眺めた。
スラム街には全くあわないシルク姿の人影が突然過ぎ去った。スラム街の住人たちは、それをおいしそうなチーズを見るかのように凝視した。
場違いなものだ……なぜこのタイミングで現れたのだろう?私は帽子のつばを下げ、足早に暗い路地へと足を踏み入れた。
Ⅱ.魔術師
優雅な絹の黄金色のローブを着た青年が、スラム街の交差点に立ち止まり、体の半分が月明かりに照らされ、半分が暗闇に隠された。暗闇に沈んだ部分には、かろうじて見える怪しい影が隠されている。
「うわー、いてぇ!」
こっそり白ロープに伸ばした腕を、私が掴んだが、すごい細い腕だった。
「ものを出せ!」
私は彼の胸ぐらを掴んで、月明かりに照らされ、苦痛な表情になっている男の子だと分かった。
「それは……私の袋?」
黄金色のローブの青年が驚いて振り向いた。金メッキの冠の下に、穢れのない真っ青な瞳が見えた。
「す、すみません。盗むつもりはなかったんです……でも食べるものを買うお金がなくて」
男の子は汚れた手で財布を握り締めた。肩を丸めて少し恥ずかしそうな口調でつぶやいた。
「妹が病気になり、食べるものがありません……もうほかの方法がなかったんです。どうかお許し下さい!」
このような半分真実で半分嘘のような話は、スラム街の泥棒や強盗がよく使う騙し手口だ。なぜだか、ボロボロと落ちる男の子の涙を見ると、私は胸ぐらを掴んだ手を少しだけ緩めた。
「そうか……助けてあげたいのですが、その袋にはお金など入っていません」
横で静かに聞いていた青年は、優しく笑った。
相手の親切な態度に驚いたのか、赤面の男の子はしばらく呆然としていたが、涙が止まらなかった。
「彼に袋を返せ」
私は厳しくそう言った。すると、男の子はすぐに震えながら袋を青年に渡した。私が胸ぐらを掴んだ手を放すと、彼は急いで立ち去ろうとした。
「おい、これを持っていけ」
私はそっと彼の腕を掴み、酒を飲んだ後に残った数枚の金貨を彼の手のひらに置いた。
「それでも足りないなら、ハンターバーに来い。これからは、盗みなんかするなよ」
薄暗い三日月が浅い光を放ち、真夏の夜の風がかすかな蝉の鳴き声を運んできた。
目の前の黄金色のローブの青年が意味深な視線を向けてきた。私も素直にその目を直視した。
暗い雲が月明かりを覆い、雲の奥からくぐもった雷鳴が聞こえると、彼はついに諦めたかのように微笑んで、頭を下げて袋の中身を確認し始めた。
「マンドレイク、ガマガエル、ベラドンナ……うん、何も無くしていない」
彼は奇妙な植物や動物を取り出しながら、独り言をいった。その口調は赤ん坊に洗礼を授ける司祭のように優しかった。
「これは貴族の間で流行ってるものか?」
私は戸惑って彼の表情を探った。深夜のスラム街に遊びに来た貴族青年は、おそらく尋常ではないだろう。
「貴族の間で流行ってるもの……?ちがうわ。これは全て魔法の薬の材料。近くの地下街で見つけたんだ」
濃い青色の稲妻が闇夜を横切り、彼の純粋な目を照らし、私の目に突き刺さった。
その瞬間、私は再びあの邪悪で狡猾な青い炎が見たような気がした。
「君は魔術師なの?」
私は後ずさりして、銃を握り締めた。
「ええそうです。ハモン・イベリコとお申します。さきほどはありがどうございました……ちょっ─」
ドーン――
夏の夜の大雨に襲われる前に、私は怒ってこの泥だらけの路地を出て、叫び声に背を向けた。
……
サヴォイア辺境では、魔術師たちは通常、詩や物語に登場してくるものだ。
高い塔や古城に住んでいる彼らは、暗い洞窟に暮らしているコウモリのように、庶民が住んでいる場所には簡単には現れない。
しかし、今回は例外に遭遇したようだ。
「リースリングさん、あの若い男性がまた会いにきました……」
昼間のハンターバーは客が少ない。木製のビールのコップを拭いている店主が咳払いをしながらやって来て、声を小さくして聞いてきた。
「もう三日目です。私が彼を追い払いましょうか?」
数人の傭兵が興味深そうに耳を傾けた。私は首を振り、壁に立てかけられたマスケット銃を拾い上げ、バーの扉を開けた。
照りつける太陽の下、ハモン・イベリコという名の魔術師が、優雅に立っている。金メッキの王冠から落ちてきた長い髪は、高価な淡いピンク色のシルクのようだった。
「リースリング、またお会いできましたね」
彼は優しく微笑んだ。
「ちょっと唐突ではありますが、確認したいことがあります。貴方は……禁断の魔法を使ったことはありませんか?」
Ⅲ.禁断の魔法
「初めて会った時からその異様な雰囲気に気づいていましたが、念のため戻ってもう一度確認してみました……」
ハモン・イベリコは、丁寧にプレゼンテーションをする学生のように、私を見つめ、経緯を説明した。
説明が終わると、彼は声を小さくして、真剣な表情になった。
「あのオーラは幽冥の書に書かれた魔法からきているはずです」
おなじみのフレーズが魔法のように私を襲い、指先がしびれ、無意識のうちに銃に触れてしまった。
「君、幽冥の書を盗む気か?」
「……」
彼は少し驚き、明るい青い目を瞬かせてから、優しく微笑んだ。
「いいえ。厳密に言うと私は既に幽冥の書を持っているので……」
「この邪悪な魔術師泥棒!」
彼の話が終わる前に、私は前に出て、手に持っている銃を彼の額に当てた。
銃口で押さえられた美しい冠がわずかに傾いた。彼は一瞬呆れたが、表情は穏やかなままだった。
「ちょっとまってください……あなたは勘違いしているようですね。私の責務は幽冥の書を封印することです。」
「封印……?」
私は戸惑って銃口を逸らし、この魔法のように聞こえる単語の意味を考え出した。
「幽冥の書はもともと幽冥図書館に保管されていたものなのです……ですが予期せぬ出来事が起り」
「要するに、その保管の方法はもはや安全ではなくなりました。より強力な封印を追加する必要があるのです」
「その前に、魔法を研究して、適切な封印の儀式を見つけなければならないのです……」
真昼の光が閑散とした町に差し込んでいる。私はバーの屋根の下の陰に立ち、眉をひそめながら丁寧で複雑な説明を聞いている。
ボーっとしている間、私は、瞳の色が邪悪な炎の青とは全く異なり、波を反射する透き通った海面の色に似ていることに気づいた。
「……そこで、幽冥の書の魔法の力をこじ開けるように、手伝ってもらえませんか?」
黄金色に輝く海が一瞬にして砕け散り、私は思い切って首を振り、マスケット銃を取り、立ち去ろうとした。
「無理だ、私は魔術師ではない、魔法の研究など手伝えん」
「ちょっと待ってください!幽冥の書はあなたにとっても特別な意味があるはずでは?」
「……」
「さっきの話で大体分かりました……あなたは幽冥の書の危険性をよく知っている、それを踏まえても他の人に奪われることも望んでいないはずです」
彼が急に私に近づいて来て、私はバーの木のドアを握る手を止めた。
「幽冥の書を封印する、それが彼らを止める最善の方法です」
「封印してしまえば、誰にも盗まれないってことか……?」
私は半信半疑で彼の優しい顔を見つめた。
「その通りです。手伝っていただけるのなら、必ず方法を見つけだします」
ハモン・イベリコは照りつける太陽の光に背を向け、銀色と金色のローブが青い海の波紋のように輝きだした。
――誠実で確固たる波紋だ。
もしかしたら、彼は私の知っている魔術師とは違うのかもしれない。
「わかった、手をかそう。だが、どうやってその『魔法』を覚えたのか、自分も分からないんだ」
……
数日後、私は初めて「客」として、魔術師ハモン・イベリコの邸宅に招待された。
暗い洞窟のイメージとは異なり、目の前の白い廊下はピカピカで、絶妙な蔓模様が刻まれている。
複雑なステンドグラスの窓からは陽の光が差し込んだ。踏み出す前に、色とりどりの影は、尻尾を踏まれたかのように石積みの床にそっと引っ込んだ。
「彼らはあなたのことをとても気に入っているみたいですね。このままだとしつこくせがまれますよ」
前を歩いているハモン・イベリコがわずかに顔を私に向けて優しく微笑んだ。
私は影を試そうとした足をそっと引っ込めて、表情を整えて彼の後を追った。
「君の住んでいるところは、他の魔術師とは全く異なるな」
「他の魔術師……ですか?彼らはどんなところに住んでいるのです?」
「地下室、屋根裏、あるいはケージの中とか……」
「なんですって……?」
「あっ、失礼、なんでもありません」
彼は疑い驚いた顔で、私に視線を向けたが、私は目を逸らして、別のところを見た。
最後に彼は白い彫刻が施されたドアの前に立ち止まり、右手をわずかに上げると、カチッという音がして、ドアが開いた。
「幽冥の書は、ここに……?」
暗い机の上に山ほど積まれた巻物や本を眺めながら、私は部屋に足を踏み入れていいかと迷った。
「いいえ……幽冥の書は別の場所に一時的に保管されています」
ハモン・イベリコが前に出て、机の一角を軽く叩くと、どこからともなく透明な水晶玉が現れた。
「この水晶玉は重要なことを思い出させてくれるんです。さあ、始めましょう」
Ⅳ.幽冥の書
淡いブルーの煙が充満し、目の前の景色がロウソクのように溶けてしまった。
ロウソクが乾いて剥がれ落ちたとき、油絵のような新たな景色も徐々に現れてきた。
細かく刻まれた大理石の柱が地面からそびえ立ち、クリスタルのシャンデリアの明るい光が、金メッキのドームに豪華な壁画がゆっくりと浮かんだ。
ここはサヴォイア王宮だ。
そして今日、私は幽冥の書を探すためにここに来た。
突然、声が聞こえ、周りは騒然となった。
走り回る従者たちは不安そうな様子だ。足音、怒って叱責する声、コップやボウルの割れる音が聞こえた。
私は横の柱の後ろに隠れ、意識を集中させて賑わってきた人々の姿を区別し始めた。
怪しい黒い霧が数秒間現れ、再び人の影に隠れて、宮殿の奥深くに入って行くのを見た。
私はそっと彼の足跡を辿った。黒い霧が廊下の突き当たりの部屋に入り込んだとき、私は急いで前に出て重い扉をそっと開けた。
――捕まえたぞ!影に隠れたやつ。
目の前の暗い部屋には分厚い豪華なカーテンが掛けられ、風に揺らめいている。
中には誰もいなかった。
そして、「やつ」に盗まれた幽冥の書は、半開きの戸棚に静かに眠っている……
「食霊!早く幽冥の書をとってくれ!これさえ手に入れれば、私は最強の魔術師になるんだ!」
足元の金線を織りこんだ絨毯から突然、見覚えのある人間の顔が現れた。彼は冷ややかに嘲笑し、絨毯の浮き沈みによって部屋全体が巨大な波に乗った小舟のようになってしまった。
目の前の景色は、よくあるバーで点滅する古い電球のように、点滅し始めた。
暗くなった瞬間、絨毯は地下室のネズミの死骸の山に変わり、重いカーテンがねじれて鎖となって体に巻きついた。
その顔の叫び声とともに、すべてが狂ったように点滅しだした。私は頭がぴくぴく痛むため、銃を構えることができなくなった。
ポン
ライトの光が消えた。
予想していた暗闇は訪れず、数本の青い光が私の倒れていく体を優しく支えた。
「リースリング、ここは深すぎます……幽冥の書を探し出すために、戻ってください」
「信じてください。あなたは安全です」
浮いた板につかまる溺れた人のように、私は突然目を見開いた。
目の前は再び豪華で静かな部屋になり、幽冥の書は絨毯の上に落ちていた。
「見つけた!邪悪な魔術師に利用されてしまうものなど、破壊されるべきだ」
私はそう呟いてしゃがみ、腰にかけた短剣を抜き、その分厚い魔法書を開いた。
ナイフの先端を古い羊皮紙に差し込んだが、柔らかなスポンジに沈むような感触だった。
私は数秒間呆然としたあと、勢いよくナイフを振り上げ、刺したり、刻んだりしていた。しばらく試して額から汗が滴ったが、目の前の魔法書は無傷だった。
「なんで平気なの……」
私は短剣を投げ捨て、空白のページに触れてみると、確かに粗い羊皮紙の質感だった。
指先で撫でると、触った箇所が光り、そこから小さな金色の文字が現れた。
そして、自分の喉の奥から奇妙で聞き慣れない、魔術師の呪文のような言葉が聞こえてきた。
ページの上の金色が突然より強く輝き、体の中に異様な力が蔓延しているようだった。
ドーン――
外から爆発のような大きな音がして、手に強い電気が走ったので突然目が覚めた。
なぜか分からないが、私はその魔法書を戸棚にいれて、鍵穴に差された鍵を数回回した。
部屋の外の混沌とした足音がどんどん近づいてきた。
私は鍵を投げ捨て、半開きの窓に登る前に、閉まった暗赤色の戸棚をもう一度見た。
震えさせるほどの力が再び体中に湧き上がり、私は血を吐きたい気分を抑え、窓から飛び降りた。
……
再び目覚めたとき、私は柔らかいベッドに横たわっていて、白い掛け布団はラベンダーの香りで満たされている。
「よかった、やっと目が覚めたようですね!」
ハモン・イベリコは私の変化を察知したようで、優しい笑顔にお詫びの気持ちを込めて、ドアを開けて入った。
「すみません。遡及魔法があなたにこれほど大きな影響を与えるとは思いませんでした……終了した後、あなたは昏睡状態に陥ってしまいましたが、幸い、他に問題はなさそうです」
「私はどれくらい寝ていたんだ……」
私は布団を捲って、起き上がった。声が少しかすれていた。
「三日です……でもいいお知らせがあります!この3日間、あなたの記憶の中のルーンで、有益な研究をたくさんできました」
「ルーン……それはなんだ?」
「私の推測によると、それは食霊の霊力を大幅に向上させ、契約の制約さえ突破できる古い魔法のはずです」
「あのページには隠す秘術が施されていました、しかし、なぜか、あなたによって、その場所が明かされたのです。もしかしたらあなたの心の奥底にある何らかの欲望を感じ取ったのかもしれません」
「なるほど、そういうことか……」
私は一瞬止まったが、ブーツを履き続けた。
「それから……記憶の奥深くに悪いエネルギーが現れたようです。これは……」
「もう大丈夫」
私は彼の慎重な質問を遮った。彼も理解したように、うなずいて質問をやめた。
「うん……今回は助かりました。いろいろ試して、最適な封印の儀式を見つけることができました」
「最近、幽冥の書付近のエネルギーが不安定だったんです。それをいいことに、数日前、パンナコッタという食霊がそれを盗もうとしていたんです……。とにかく、一刻も早く封印の儀式を行わなければならなかったんです」
「ところで……幽冥の書を封印したら、それを監視する必要はないのか?」
私は顔をしかめ、ある考えを思いついた。
「厳密に言えば必要ですが……今のところ適任者がいないのだ」
「それでは、私がその役を引き受けましょうか?」
「え?」
「幽冥の書によって、私の霊力が強化されたと言ってたではないか?だったら、私が図書館を管理する最適者だろ」
私は部屋の隅のマスケット銃を持ち上げ、テーブルの上に整然と並んだピストルを腰に付け、静かに立って彼をまっすぐに見つめた。
「それに、私は君が想像している以上に……幽冥の書をほかの人に取られたくないと思っている」
Ⅴ.リースリング
リースリングが初めて目を開けたとき、最初に目にしたのは暗いドームだった。
暗い洞窟をねぐらとするコウモリのように、黒いローブに隠れた人が階段の上段から姿を現した。
彼は奇妙に曲がった棒を振り、沼の泡のようなねっとりとしたささやき声を出した。
どこまでも続く漆黒の深淵で、かすかに鉄檻がぶつかり合う音が響いた。
「いけ!食霊」
ローブを着た人が両手を上げて、冷たく嘲笑うと、突然獣の咆哮と肉を裂くような戦いの音が漆黒の底から響き渡った。
しばらくすると、激しい夜風が静寂に戻った。
真っ暗なドームの中に、鬼火のような燐光がいくつか灯った。
「はは……いいぞ、想像よりも速くて強い……」
血まみれになりながら、沼のような闇を切り裂く食霊を見て、ローブの男は嬉しそうに笑った。
次の瞬間、火星の烈風のような人影が彼の後ろに瞬間移動し、彼の頭に冷たい銃口を押し付けられた。
「食霊よ、お前には私を殺すことはできない」
歯を食いしばって、引き金を引くことができないリースリングを満足そうに見て、ローブを着た男はより明るい笑顔になった。
パンッ!
弾丸は闇のどこかへ撃ち落とされ、リースリングは口端に残った血の痕を冷たく拭った。
「お前は、誰だ!」
「私か……私はお前の御侍、お前のマスターだ」
魔術師の黒いローブが翻り、醜い傷跡が着いた歪んだ横顔が露わになった。
彼の棒から奇妙な青い炎が噴出し、素早く避けようとしたリースリングに突き刺さった。
毒蛇のような炎はついにリースリングの胸元に落下し、ねじれたマークを埋め込んだ。
「これからは私の命令に従え……私が最強の魔術師になれるように、手伝ってくれ!」
魔術師が笑いながら木の棒を振り上げると、その体からさらに炎が噴出し、悪意を持って、痛みで胸に手を当てた食霊に襲い掛かった。
無数の銃弾が炎に命中し、青い炎の毒蛇が分散して集まり、彼女の手足に絡みつき、血肉に染み込み、骨をかじった。
疲れ切ったリースリングがマスケット銃を地面につき、しゃがみこみ、凛々しい夜風が彼女の鮮血が染み込んだコートを巻き上げた。
「食霊は御侍を傷つけることはできないけど、御侍は食霊を傷つけることができるんだよ」
魔術師は彼女を暗い地下室に放り込み、冷笑して鉄の扉を閉めた。
「おとなしくしてよ、食霊。そうでないと魔法でもっとリアルな苦しみを味合わせてやる」
終わりのない戦闘訓練と魔法による酷刑が平凡な一日に終了した。魔術師はワクワクして鉄の扉を開けた。そして彼の冷たく強力な武器に向かって熱心に宣言した。
「食霊!早く幽冥の書をとってくれ!これさえ手に入れれば、私は最強の魔術師になるんだ!」
幽冥の書は邪悪な魔法を記録した禁断の書であり、無数の人々が切望する甘い深淵だ。
幽冥の書が織りなす紺色の糸は、リースリングが目を開けた瞬間に、彼女の首にしっかりと巻きついた。
彼女はこれが自由へのチャンスだと理解した。首を絞める青を自らの手で断ち切りたかった。
しかし、「幽冥」と呼ばれる図書館の扉で、彼女は新たな招かれざる客と出会った。
物陰に隠れていたヤツは、守衛の目をたくみに避け、スルスルと図書館に忍び込み、そしてそっと王都の中心にある宮殿に入った。
幽冥の書が盗まれたという情報を聞いて、サヴォイア王宮はザワつきだした。混乱と騒音の中、影に浮かぶ黒い霧と闇に潜む食霊に誰も気づかなかった。
三大魔術師による戦争はサヴォイア全土を燃え上がらせ、マグマのような炎が地面を叩き、無数の無惨の叫びを飲み込んだ。
灼熱の煙がすぐに壮大な宮殿を包み込み、火の雨がこの高貴で立派な建物に降り注いだ。
王宮の窓から飛び降りたリースリングは息を飲んだ。彼女の赤黒い瞳には煉獄のような火と炎で溶けた平凡な顔が映った。
その残酷な炎の中で、彼女は淡い紺色を見分けた。
知らぬエネルギーが彼女の体を駆け巡り、彼女は血を一口吐き、倒れないように銃を立たせた。
歪んだ視界の中に御侍の姿が見えたような気がした。
「役立たず!幽冥の書はどこにある!?」
彼は怒って叫び、棒を乱暴に振った。
弱い青い炎は彼女の肌に触れた瞬間、ジュージューと焼けて水蒸気に変わった。
魔術師が驚いて目を大きくした。倒れたはずの食霊が銃を上げ、その怒り狂う赤黒い瞳に殺意が宿った。そして気流を切り裂く弾丸が自分の左肩に入った。
この瞬間、痛みが即座に彼の体中を走った。
「うわああああ!!!お前――お前……!!そんなわけが……」
傷を覆った魔術師は体を九の字に曲げて、地面に落ちた棒を拾おうともせず、痛みで叫びながら、恐怖のあまり後ずさりした。
冷徹な食霊は、ほこりと硝煙の中に立ち、吹きすさぶ風が彼女の火星の破砕マントをなびかせた。
「今の私なら、お前を殺せる」
死神の宣告を聞いたかのように魔術師は叫び、慌てて反対方向に走った。
リースリングはマスケット銃を振り上げ、黒い後ろ姿を狙った。
ドーン――
突然、火の玉が落下して、弾丸が乱気流に沈んだ。
煙が消えると、すべてが静寂に戻り、その先には何もなかった。
リースリングはしばらくの間、黙ったまま廃墟の中に立ちつくした後、振り返り、火が消えていく場所に向かって歩きだした。
遠くの地平線に金色の光が降り注ぎ、彼女は焦土をしっかりと踏みしめると、コートの火花が風に吹かれて舞い上がった。
彼女が自らの手で切った青い糸は、もはや彼女の足跡に追いつくことはできず、燃えて灰になるしかない。
今度こそ彼女は自分の望む運命を選むことだろう。
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