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キルシュトルテ・エピソード

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最終更新者: 名無し

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キルシュトルテのエピソード

可愛らしい見た目だが、キルシュバッサーが大好きで部下を厳しく支配するドイツ将校である。

パスタを慕っており、スターゲイジーパイをからかうのが最近の趣味。

Ⅰ.守護者

 規則は集団にとって、とても大切なものだと私は考えている。


 どんなことにも規則が必要だ。規則がなければ、無秩序になってしまうだろう。



 毎朝八時、皆が起きて仕事を開始する。私はその確認をするため、いつものように愛銃を手に町を巡回する。すべてが整然としている――私の指導が良いおかげだな。


 その状況に私は堪らず笑いを上げる。これはすべて、私の指導が間違っていない証拠である!


 深く息を吸い込むと、さくらんぼ酒やチョコレートクリームから出る甘い香りで全身が満たされる。今の私は、さくらんぼ酒を加えたキルシュトルテのように美しいだろう。


 そんなことに満足し、私はたまらず目を細め、両手を広げて背伸びをした。


 ――そのときである。


 突然、遠くから大きな音がした。それと同時に、煙と炎があがり、堕神の凄まじい絶叫が聞こえてくる。


 警報がけたたましく鳴り響く。しかし町の人々は慌てることなく、秩序正しく衛兵の誘導に従い避難していく。


 私は避難していく人の流れに逆らって、銃を手に郊外へと移動する。そのときすれ違った人たちから、心配する声が相次いだ。


キルシュトルテ様!お気をつけくださいませ!」

キルシュトルテ様!頑張ってくださいませ!」


 彼らに自信に満ちた笑みを見せ、そのまま屋根に飛び上がる。そして、屋根を駆け抜けて、最速のコースで現場へと向かった。


 現場について目に入ってきたのは、衛兵が盾を使って倒れた堕神を包囲している姿だった。彼らは堕神との遭遇時、そのように動くように徹底した訓練をされている。


 私は彼らの前に勢いよく飛び出した。手に持った銃が、霊力の牽引のもと、急速に回転し始める。将校と兵士が私の到着に気づき、すぐに避難し、十分な戦闘スペースを作ってくれた。


 最後の兵士が無事に避難したことを確認して、私は目の前の堕神を見て高笑いする。


「皆の者!私が来たからには、もう何の心配もないぞ!」


 背後から喝采が上がる。私はその喜びの声を背中に受け止め、サッと武器を構えた。


「さぁて堕神……年貢の納め時だ!覚悟しな!」


 巨大な堕神は、さくらんぼの弾丸に貫かれて、その速さに自然治癒が間に合わない。堕神の体は粉砕され、不気味な悲鳴をあげてその姿を消した。


「万歳!!キルシュトルテ様、万歳!!」


 将校と兵士が私を崇めながら、両手を振って喜びながら近づいてくる。

 堕神は他国にとっては滅亡を呼ぶ災厄だ。でも、私たちにとっては、取るに足りないものであった。


 戦いで失ったものを確認し、最初に襲撃された建物以外に、堕神の襲撃による損害はないことを確認する。


 この報せを聞いて、私はほっと胸を撫で下ろした。


 ――この街を護るのが私の仕事だ。


 衛兵が損傷した建物の修繕を始める。それを見て、私はその場に腰を下ろした。部下の熱心な仕事っぷりに、私は笑顔を抑えることができない。


これはすべて、早くから私の秩序の確立を徹底した結果だ。


 私に従って皆が幸せになっている。これは素晴らしいことだ。


 己の仕事の成果に、私は強い確信を得る。


(秩序こそ、正義!)


 私は愛銃を掲げ、可愛い部下たちに囲まれながら、再び高笑いをするのだった。

Ⅱ.キルシュヴァッサー

当時、私の管理していた都市は特徴のない小さな都市であった。

市民たちは己の生活を豊かにする手段をあまり持っていなかった。

それでも、私たちの都市には誰もが絶賛する特産品があった――色とりどりの甘くて美しいスイーツたちだ。

その中でも最も人気があるのは、ここでしか食べられないキルシュトルテだ。



この都市が作り出した、外の世界では食べられない独特な味の美味しいケーキである。

ここの人々のみが知る秘密のレシピで作られたキルシュトルテだけが本物のキルシュトルテである。


このレシピの最大の秘密は、私が愛してやまないサクランボ酒――キルシュヴァッサー。

私が指示したことでキルシュヴァッサーが加えられたキルシュトルテは、全ての人の憧れの逸品だ。


これは我が都市の誇りだ。


日々の巡察中に、私は未来の『軍司』であるパスタと名乗る食霊と出会った。


彼の衣装は複雑な模様が施されておりとても高価で、その価格は都市の人が一年間に買う服の金額と殆ど変わらないように見えた……


そんな私の考えを察したのか、彼は私に近づいてきた。


「君がこの都市の守護者か?」


私は眉を上げて、彼の質問に頷いた。すると彼は目を細めて微笑んだ。


「この都市のデザート――特にキルシュトルテは美味しかった。私はこのケーキに興味を持った。君はこのケーキを元に、街を豊かにしたいと願うか?さすればこの私が、君に力を貸してやろうではないか!」


彼がスッと私に手を差し出す。その手を見て、私は一瞬眩暈を覚える。


私がこの都市にもたらすことができるのは、他の都市よりも安全であるということだけだと思っていた。


(だが、この男の提案を受け入れたら私は、都市の者たちに今の生活よりも豊かなそれを提供してやれる……?)


Ⅲ.秩序

パスタの提案は効果的だった。


私たちはキルシュトルテを限定品として宣伝し、そして、旅行中の食べ物として商人にあげた。


あっという間に、この独特な香りを持つデザートは、生涯美食のみを探求する美食家たちを惹きつけた。

彼らの助けのおかげで、私たちの都市はすぐこの大陸で有名になった。


数え切れないほどの人がこの美味を味わうため、半月掛けて回り道をしてでも私たちのこの辺鄙な都市に訪れた。


商人たちはキルシュトルテがもたらした収益を見込んで、大陸全体に広めようとした。

私はパスタの意見に従って彼らの要求を断った。


そこで、ますます多くの人たちがキルシュトルテのために私たちの都市にやってきた。その人たちが持ってきた富で、都市の皆は華美な新しい服を身に纏うようになった。


パスタは私に教えてくれた。皆が一定のお金を持つことができたら、私たちもそろそろキルシュトルテに対する要求を高めなければならない。


そうすれば、私たちのキルシュトルテはずっと人気を保つことができる。そして、市民たちを厳しくコントロールし、キルシュトルテのレシピを他人に教えないようにしなくてはならない。


私は彼の指導に従って、厳しい法律を制定したが、きっと皆も私を理解してくれると信じている。だって、これは私たちの都市のためだから。


全員、必ずキルシュトルテの製作に参加しなければいけない。そうすれば、キルシュトルテの供給が途切れることはなくなる。

全員、部外者との付き合いを控えなければならない。そうすれば、秘密のレシピが流出するのを防ぐことが出来る。

全員、最高級の材料でキルシュトルテを作らなければならない。そうすれば、作ったキルシュトルテは必ず愛される。

全員、必ずキルシュトルテにキルシュヴァッサーを加えなければならない。キルシュヴァッサーが入っていないキルシュトルテは欠陥品だから。


全員……


私はもうすぐ公布される法律を見て満足そうに頷き、自警隊の隊長に手渡した。


皆も喜んでこれらの法律に従うと思った、今までと同じように。

何しろ私の指導はこれまで間違ったことはないから。


でも、パスタが言っていた通り……


この世のことすべては、人の思いのままに叶うわけではないと。


Ⅳ.渇望

法律が公布された時、最初はうまくいっていた。


今までと同じように、全員が私の要求を厳守してくれて、私たちの都市も日々良くなっていった。


私たちは以前なら一年分のお金を貯めても惜しんで買えない新しい服を着て、毎食最高の美酒をいただいた。


これらすべて、正しく導いた結果である。


だから私はパスタに感謝している。彼がいなければ、私たちの都市は今日ほど繫栄していない。


しかし、共に夜宴でデザートを食べていた時、パスタは深刻な表情をしていた。


彼は手にしたレポートを見て眉をひそめて悩んでいる様子だった。見たくもないことが起こったのかもしれないということを、私は察知した。


キルシュトルテ……」

パスタ?何があったんだ?」


彼は躊躇って真相を教えてくれなかった。ただ眉をひそめて、返事を口にすることなく、むしろ手にしていた書類を背後に隠した。


「大丈夫。大したことじゃない。食事を続けよう」


パスタはこんなに躊躇う人ではない。何かに気づいたことは間違いなかった。しかし、彼は優しいから、だから私に教えてくれないのだろう。


こういう良い人だからこそ、時々外からスターゲイジーパイのようなダメなやつを連れてきては、苦労を厭わず治療してあげるんだ。


彼は先日また見た目からして弱そうなやつを連れてきた。最近はずっと彼女の治療に専念していた……


そう思いながら、私は時間を見た。

彼は毎日この時間になると、最近連れて帰ったばかりの人魚のような女の子を治療しにいく。


彼が部屋を出てすぐ、私は彼の引き出しに隠された書類を取り出した。


その書類に書かれている情報は私を怒らせた。


だからパスタのやつは私に隠していたんだな。


まさか彼らが!!!

彼らが!!!!!


私は自警隊の宿舎にやってきた、しかし誰もいないことに驚いた。


突然、外からこそこそした声が聞こえてきた。


私がこの城門に辿り着いた時、かつて一番信頼していた人たちが、なんと大勢の人を連れてこっそり家財道具を車の中に載せて都市から運び出そうとしていた。


「君達、何をしているんだ?」


私が城門の前に立つと、自警隊の隊長は手を伸ばして他の人を自分の後ろに庇った。彼はいつものように恭しくはない。少しだけ怯えている様子だったが、以前堕神に直面した時のように勇敢に私を見つめている。


そう、堕神に直面した時のように……


「キ、キルシュトルテ様、私たち……私たちはこの都市から引っ越したいのです」


彼の後ろに隠れている臆病な女の子を見た。私は彼女のことを知らない。彼女は私たちの都市に元からいた女の子ではない。


女の子は私の視線に気付き、完全に彼の後ろに隠れた。


「何故だ?」

「私……私と彼女が愛し合ったからです!彼女が私たちの都市を通った時、一目でお互いを好きになりました!キルシュトルテ様、どうか許してください!」

「じゃあ、他の人は?」


私は自分の声が意外にも冷静なことに驚いた、自分らしくない程に落ち着いていた。


彼らは本当のことを言ったら許してくれると思ったのだろう、理由を次々と言い出した。


私はこの人たちを眺めながら、ゆっくりと尋ねた。


「じゃあ、私は?君達は私を裏切るのか?」

「いえ、とんでもございません!私たちはまた貴方に会いに来ます。キルシュトルテの作り方も絶対誰にも教えません!ただ……ただ私たちはもう機械のように、睡眠時間まで貴方にコントロールされるのを我慢できなくなりました……お願いします、どうか私たちを行かせてください」

「裏切り者たちめ……」

キルシュトルテ様!」

「裏切り者……」


パスタはいつの間にか私の後ろに来ていた。


キルシュトルテ……申し訳ない……私のせいだ……あんな提案をしなければ良かった……この人間たちは良い思いをしていなければ、欲望なんて生まれず、君を裏切ることはなかっただろう……」


彼の謝罪の気持ちが込められた眼差しを見て、私は顔を上げて自嘲気味に笑った。


「これは君のせいではない。彼らの過ちだ。味を占めてもっと多くを求めた、彼らの過ちなんだ!」

キルシュトルテ……」

パスタ、もういい。彼らが行きたいのなら、行かせてやろう」


喜んでいる彼らの目に映る私は、なんとも穏やかに笑っていた。


Ⅴ.キルシュトルテ

キルシュトルテは、とても厳格な将校によって召喚された。彼が去った後、彼女は自身の力でこの辺鄙な都市を守るという任務を背負った。


彼女にとって、命令こそすべてだった。


この都市では、誰も彼女の命令に逆らえない。


最初の命令は、堕神が来た際速やかに対応できる自警隊を作ることだった。


彼女の命令によって都市が少しずつ良くなっていくのを、市民たちはきちんと見ていた。だから人々は彼女の指揮を喜んで受け入れ、彼女の命令をしっかりと実行してきた。


しかし、いつの日からか、キルシュトルテの命令が厳しくなったと人々が気付く。


夜の門限だけではない。

キルシュトルテの作り方まで、彼女は命令ですべての人を支配しようとしているようだった。

例え病気を患っても、決まった時間通りに仕事しなければならない、休む時間など与えられることはなかった。


すべての状況は最後の法律が公布された後、限界に達した。


人々は自分が誰かを好きになることを制御できない、天気を制御できないのと同じように。

彼らをずっと守ってきてくれたキルシュトルテ君にして、彼女傷つけたくないからと、静かに離れることを選んだ。


しかし、彼らはすべてをキルシュトルテに見られることになるとは思ってもいなかった。


「彼らが行きたいのなら、行かせてやろう」

この言葉を聞いた時、人々は大いに喜んだ。


しかしキルシュトルテは自分の霊力を使って、彼らが忘れ去っていた脅威――堕神を誘き寄せた。


彼らは初めて、恐ろしい堕神の脅威に直面することとなった。悪意が満ち溢れた生物たちは、貪欲な目で抵抗する術をもたない人々をしっかりと睨みつけた。


唯一の救ってくれる存在は、いつの間にか都市の中に戻り、今までにない冷たい口調で彼らに向かって言い放った。


「私は自分の市民しか守らない。君達は私の庇護下で生きてきたが、今はもう君達を守る義務はない」


城壁の外で泣き喚いている声を聞いたキルシュトルテは、空を仰いで目を閉じた。薄い城門に靠れ、手袋をはめた手を何度も握ったり緩めたりしていた。城壁の外から聞こえてくる凄惨な声が止むと、彼女は目を開けた。


ずっと彼女の傍に立っていたパスタは一言も発さず、宥めるような気持ちで彼女の背中を軽く叩いた。


「人間たちに私たちのことを理解するよう押し付けてはいけない。私たちと人間は……本質的に異なる存在だから……君はもう十分頑張った」



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