マルガリータ・エピソード
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マルガリータのエピソード
活発で愛らしい少女。未知のものに興味を持ち、自分の「神様」に対して異様な執着を持っている。
誰であっても彼を汚す者は許さない。
外界の事物に対しては無知で、生まれたてのひよこのようである。
どうやって他の者を信用したらいいかまだ迷っている。
Ⅰ 命の価値
わたしは小さな村に住んでおり、その村の人々を誇りに思っていました。
村の人々は信心深く、とても優しかった。
この世の命は全て神様によって与えられたもので、全ての命を尊い。
彼らはそのようにわたしに教えてくれました。
わたしは、自分が生まれてきた時のことはよく覚えていません。
けれど微かに温かいものを感じていました。
それは、何かに包みこまれるようなあたたかさでした。
それは神様の御力だったのでしょう。
あんなに温かくて穏やかで、冬の陽だまりに和んでいるような気持ちを、わたしは他に知りません。
どうして神様は、村人たちにわたしを司祭に選ばせたのでしょう?
彼らはわたしの誕生そのものが奇跡で、わたしには神様だけに与えられるべき力があるのだと言いました。
わたしはこの村に来たばかりの頃は、自分が何をすべきかわからずに戸惑っていました。
村人から教わった一番大事な仕事は、祀りを取り仕切ることです。
彼らが供物を用意するために奔走している中、わたしにできることはただ芝生に座って風に吹かれながらぼんやりとすることだけでした。
何か手伝わせて欲しいとお願いしましたが、いつも断られてしまいます。
祀りを敬虔に取り仕切ることが、そんな彼らへの唯一の恩返しだと言われました。
この村では毎月祀りが行われ、
選ばれた「羊」は「神子」となり、神の教えを静聴し、神に仕える機会が与えられます。
命は、この瞬間にこそ、最高に輝くのです。
Ⅱ 旅立ち
わたしは祀りが好きではありません。
村には神の使い――神を信じる選ばれし村人たちが存在します。
彼らは村に昔から祀られているお面を被っています。
そのお面越しに彼らは語りました。
『神様は、神の使いたちが言うような優しい存在ではない。「あの方」は祀りの時は貪欲で、残虐になる。』
「あの方」は「あの方」を否定する者を許さない。
「あの方」は全ての人々が導きに従うよう求めます。
「あの方」の言うことを聞かなかった人たちは、姿を消してしまいました。
また、神様は毎年「神子」の他に純潔で美しい「花嫁」を必要とします。
かつて、わたしと魂が通じ合っていた女性がおりましたが、彼女はその「花嫁」でした。
「彼女」はわたしがこの世に誕生して初めて見た方です。
神様がどれほど優しく賢くて、優雅で賢明な存在であるか教えてくれた人でした。
そして誰よりも敬虔で、その敬虔さが報われて――彼女は神様の「花嫁」に選ばれたのです。
最初の頃、彼女は自分が「花嫁」に選ばれたことを喜んでいたことでしょう。
彼女にとっての「あの方」は命を救い、人々を愛する存在でしたから。
でも、そのときの祀りで起こったことで、わたしの心に迷いが生まれました。
あの日の祀りはいつも通り順調でした。
ただ、祀りが終わった後、祭壇に行って神様を待つべきだった「彼女」は別の場所――木の小屋へと連れて行かれたのです。
わたしは「彼女」との些細な繋がりを通じて彼女の感情を感じ取りました。
そのときの彼女の心は、怒り、悲しみ……そして、絶望に満たされていました――
わたしは重い足を引きずりながら、嫌な予感を抱きながら、彼女のいる木の小屋へと向かいました。
すると、そこには炎と黒煙を上げ燃え盛る小屋と、炎の中から「彼女」の甲高い笑い声が空に響いた。
「神様……この火とこの命は、神様に捧げる最後の供物になります――神よ、愛しています。」
小屋は一晩中燃え続け、炎をじっと見ていたわたしは、言い知れぬ悲しみに囚われてきます。
空を赤く染めあげた火が消えた後、人々は燃え尽きた小屋の中から彼女の耳飾りを見つけました。
そして、彼女の隣には先代の司祭の姿もありました。
あれは神様が下した天火だったと言う者がいます。
あれは冒涜者に下された天罰だと言う者もいます。
でもわたしにはわかります。あれは神様のご意思ではありません。
あの火は、献祭――供犠……自分の命で作った供え物でしょう。
彼女が亡くなった後、その名前は剥奪されました。今では彼女のことを「あの女性」――としか呼べません。
その後、長衣を羽織い、精微な模様が施された仮面を被った者たちが現れました。
彼らは神の代行者と自分たちのことを紹介しました。
先代の司祭と「あの女性」は神の禁忌に触れたから、神様に罰せられたと彼らはわたしに説明しました。
更に、神様はわたしを神の代行者にしたいと望んでおられるとも言いました。
そして、もっと信者を増やすように使命をお与えになりました。
わたしは、祭司になれることはとても光栄なことだと思っています。
何故なら、祭司は神様の祭りを主宰するからです。それは、神様にもっとも近い存在だからです。
でも、わたしの錯覚でしょうか?
わたしの目の前には、満足げな表情をした「羊」はいませんでした。
祭壇の前で彼らは、絶望した表情で立っています。
「神子」になるのは素晴らしいのに、なぜ彼らはこんな顔をしているのですか?
あれは何かの間違い……
きっとそうに違いありません!
しかし、このような気持ちを抱いたまま神様の祀りを取り仕切ることはできません。
わたしは代行者の所に行き、しばらくここから離れて、最初の頃の敬虔な心を取り戻したいと伝えました。
代行者たちはわたしのわがままを聞いてくださり、旅の途中で使えるように祀り用のお香を分けて下さいました。
これは非常に貴重なお香で、わたしたちの村でしか手に入れることができず、敬虔な信者がこのお香を焚くと、神様のご加護を受けることができます。
祀りの時にですらあまり多くは使われないお香を、代行者たちは一年分も与えてくれました。
このお香があれば、わたしがしばらく村に居なくても、月の光が一番暗い夜に、遠いところから神様のために祈りを捧げることができます。
この旅が終わる頃には、わたしは自分の迷いを払い、村に戻ったとき、もっとひたむきに神様に仕えることができるはずです。
そんな希望を胸に、わたしは旅立ちました。
Ⅲ 神様
わたしは、外の世界で行われる数々の暴力に目を覆いました。
人は弱い者をいじめ、物を奪い、暴力を振るって、時には神様から授けられた命を無残に奪うこともあります。
やはり代行者たちが言った通りです。
神様のご加護なき外の世界の人々は汚れきっています。
この煉獄のような光景を目にしたわたしは、答えを探す必要があると自分に言い聞かせました。
わがままで村から出て、答えも見つけずに戻るわけにはいかない。
わたしは決心しました。来年の一番大きい祭りの日までになんとしても答えを見つけて村に戻り、神様の側で仕えることを。
あれからかなりの時間が経ち、諦めかけていた時、わたしは本物の神様に出会いました。
彼の存在はとても眩しくて、化け物を前にしても笑顔を浮かべています。
死の匂いが漂う荒原で、逃げ回っていたわたしは誤って戦場に入ってしまいました。
悪鬼のような邪神に包囲されても、彼は自信満々に笑っていて、その笑顔を見て、わたしは追われていたことさえ忘れてしまいました。
彼が撃った弾は邪神の頭をぶち抜きました。
同時に彼のために攻撃を食い止めようとしていたわたしの体も貫いたのです。
代行者によると、普通の人の攻撃で邪神を傷つけることができない、それができるのは神様のみだそうです。
「そこに見えますのは……神様でございますか?」
彼は「霊力」を使って、わたしの傷口を塞ごうとしています。そんな中、わたしは彼の横顔に見惚れてしまいました。
彼の名前はテキーラ。
神様に向かって失礼ですが、不器用に手当してくれた時の姿が、わたしにはとても可愛く映りました。
彼の力は「霊力」だと、神様が教えてくれました。
また、自分は神様ではなく「食霊」であり、わたしと同じ存在だということも教えてくれました。
あの邪神もわたしが知る邪神ではなく、堕神と呼ばれる化け物だそうです。
彼は誤ってわたしを傷つけてしまったので、わたしの傷が治るまで責任を取るそうです。
わたしには彼と同じ力があり、使い方を知らないわたしにやり方を教えてくれます。
この世界にはいい人がたくさんいて、彼は頑張ってその人たちを守ろうとしていました。
わたしはうっとりと彼の姿を見つめてしまう。
彼は……この世界に舞い降りた神様だ。
自分が神であることを忘れてしまっているようだけれど、自らの力で世界に光をもたらしている!
神様に着いていきながら、わたしは知りました。
外の世界は、神が言うほど汚れてはいない事実を――光り輝く世界であることを……!
Ⅳ 最後の祀り
神様――テキーラの隣で過ごす日々は楽しくて、わたしは祀りを危うく忘れそうになりました。
長い間祀りに参加していなかったせいか、お香を焚く薫りに違和感を覚えました。
神様に祀りに関する考え方を失礼のないように聞いてみました。
彼は「敬虔な心があれば、供物がなんであるかを気にしたりしない」と言いました。
わたしは「神子」の代わりに外の世界で食べた美味しい甘物を供物としました。
思った通り、優しい神様は天罰を下すことなどありません。
わたしは帰ったらみんなにこの事を伝えようと決めました。
もう「神子」と「花嫁」は必要がないことを。神様はわたしたちを責めたりはしません。去年のような悲しい祀りは最後にしましょう。
わたしはもうあのような絶望の表情は見たくない。
そう思ったので、神様に自分と一緒に故郷の村に来てもらえないかと誘ってみました。
彼は快くわたしの誘いに応じてくれました。
今までにない安堵感を覚え、わたしの旅はより楽しいものに変わっていきました。
唯一の悩みは、神様がずっとわたしに色んな事を教えてくれることです。
神様はわたしに力の使い方と、自分を守る方法を真剣に教えてくれます。
神様はいつもわたしのことを「バカ」だと優しく言いながらも、わたしを見捨てることはありません。
人ごみの中を歩く時は、のろまなわたしに歩調を合わせ、わたしの手をとって歩いてくれます。
邪神に追われて足を挫いた時には、わたしのおでこを叩いて、あきれた表情をしながらおんぶしてくれたこともあります。
わたしは神様の背中にくっついて、こう思いました。
――彼が言うように、テキーラが神様じゃなければいいのに……。
その時から、彼のことを神様と呼びたくなくなってしまいました。
わたしは、彼の中に宿る触れられない神ではなく、ありのままの彼を見るようになっていきます。
わたしは願う……
彼は全ての人々の神様ではなく……
わたしだけの神様だったらいいのに、と。
わたしを創り出して、わたしに全てを与えてくれたのが彼であったらどんなに良かったか。
彼のもとで、わたしの力は安定し、彼と同じように他の人を救うことができるようになりました。
人に感謝される気持ちというのは、あんなに暖かくて甘いものだったなんて知らなかったです。
わたしは彼と一緒に村に帰り、神の使いに旅の経過を全て話しました。
彼がどういう表情だったかは陰に隠れていて、あまりはっきり見て取れません。
でも今年の祀りに「神子」と「花嫁」はいらないことを承知してくれました。
だからわたしは、喜んで祭祀を取り仕切ることを引き受けました。
これはわたしがこの村で行う最後の仕事です。
この祀りが終わったら、ここを離れることができます。
神様には伝えていませんが、わたしは彼と旅立ちます。
わたしたちはふたりでひとつ……もう祀りなんてしない旅に出るのです!
Ⅴ マルガリータ
法王庁の記載の中に、このような村があった。
村は極めて特殊なお香の産地であり、そのお香の薫りを嗅いだ者は、意識が朦朧として判断力と理性を失い、操られやすくなる。
珍しいことに、このお香は人間だけではなく食霊や堕神にも効果があるという。
ある組織がこのお香の効果に気づき、産地の村で「神」の名を騙って彼らを自由に操った。
神の代行者と名乗った彼らは、村人をお香の採集に利用しただけでなく、お香を使って決して許されない数々の罪を犯した。
彼らの蛮行の数々を法で裁くなら、魅せられたすべての村人も命を代価に償うことができるだろう。
マルガリータはそのような「混沌」の中で生まれてきた。
村人は「神子」として拉致したひとりの旅人の荷物のなかに不思議な石を発見する。
その石を使って、村で一番信仰心の厚い少女がマルガリータを召喚したのだ。
いい夢でも悪夢でも、いずれ覚める時がくる
その敬虔な少女は願った通りに神の「花嫁」に選ばれる。
そして、神にその身を捧げるために連れて行かれた小屋で、彼女は自身の一番大事なものを奪われた。
それだけなら、少女は現実から目を逸らし続けたかもしれない。
だが、そうできなかった。
何故なら、そこにいたのは神ではなく、一度も面を取ることのなかった「神の使い」だった。
神の名のもとに、彼らは彼女の大切なものを奪った。
更に彼女は、神の使いたちの話から、彼らの犯したこれまでの許されない悪事を知ってしまう。
現実に絶望した彼女は、小屋の扉に鍵をかけて自分自身に火を付けた。
そして、罪人もろともこの世を去ってしまったのだ。
しかし、このような惨劇は神の代行者たちにとって、大した問題ではなかった。
この出来事をきっかけに、マルガリータが村から出たいと願ったのは必然なのかもしれない。
そして、マルガリータは村から出て、旅をしたいと希望した。
神の代行者たちにとって、糸の切れたあやつり人形など存在する価値がない。
彼らはマルガリータを始末しようと動き出す。
だが、彼らの背後にいた者たちは、彼らを止めて言った。
「彼女にお香をあげ、旅に行かせてあげてください。彼女は神様の一番敬度な信者です。ここを離れてまた戻ってくるかを試してみましょう。お香が彼女をどこまで操れるか見てみたいです。」
マルガリータは彼らの「期待」を裏切らなかった。
彼女はお香に惑わされ、外の世界を見て疑問を感じても神様の存在を信じ、その信仰心はまったく揺らがなかった。
彼女は彼らの悪事から逃れることはできなかった。
この世界では、人間だけでなく食霊も極めて高価な商品である。
彼女がそのことに気づいた時にはもう遅かった。
――香を吸い込んだテキーラが、彼らの罠に嵌ってしまったのだ。
テキーラはとても優しかった。
だから、騙された後も彼女の前に毅然と立って、背後からの攻撃を一身に受ける。
これは、彼女を悪夢から呼び覚ますには十分すぎる出来事だ。
――テキーラが重傷を負うという代償と引き換えに、やっと気づけた真実であった。
彼女はうすうすと気づきながらも、自分が犯してきた罪から目を逸らしてきたのだ。
その代償は高くつき、彼女が一番大事なものを傷つけることとなった。
このことは、彼女を狂気に陥れた。
そこは、祀りをしていた洞窟だ。
代行者たち以外の村人は、神様の裁きを恐れてこの祀りに使われてきた洞窟に足を踏み入れる勇気などなかった。
テキーラの傷口から霊力が溢れ出る。
「僕たち食霊にとって、怪我は怖くない。だが霊力を使い果たしたら、僕たちは消えてなくなってしまう。なにがなんでも、霊力を失うことだけは阻止しなければならない。」
彼は消えてしまうのですか。
わたしのせいで?
わたしのせいで、 わたしの神様は消えてなくなるのですか。
混乱、絶望、無力感――彼女は一瞬で様々な負の感情を抱いた。
手も足も出ないこの感じは「あの女性」が自ら火をつけた時と同じだ。
彼女の理性は全て底なしの絶望に呑み込まれていく。
可愛い笑顔の女の子だったマルガリータは、その面影を捨ててしまった。
その時突然、彼女の脳裏に「あの女性」の行為が浮かぶ。
「ああ、わたしの命を捧げれば、神様はわたしの祈りに答えてくれますか?」
***
「目を覚ましたわ!パスタとブラッドソーセージを呼んでこなくちゃ!」
王冠をつけた、目の大きな可愛い少女がスカートの裾をあげながら、慌てて部屋から出ていった。
マルガリータはクラクラする頭を抱えて起き上がる。
パスタが部屋に入ってきたとき、マルガリータは床に崩れ落ちていた。
顔色がとても悪く、立ちあがることもできないほどに衰弱している。
彼はマルガリータに手を差し伸べて言った。
「この世界には神なんてものはいない。 いるのは、私たちを騙し続けてきた人間だけだ。奴らは私たちの光を奪った……君も私と共に、光を取り戻してみないか?」
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