【黒ウィズ】アシュタル編(黒ウィズGP2017)Story
2017/08/31
Story 曇らない剣はない
相手がこう向かってきたら、ザッとかわして、ズザッと斬りつけるだけでいい。
そして、向こうがガガッと迫ってきたら、ズバーとやって敵の攻撃を受け流す。
まあ、こんな感じだ。やってみろ。
成り行きとはいえ、剣の師になることを承諾してしまったのは後悔している。
師弟の関係を綸んでしまった以上は、弟子の成長にある程度責任を負わなければいけない。
その面倒さを嫌って、ずっと誰かの師になることを避けてきたのだが……。
心変わりしたのは、弟子入りを希望していたアリオテスの強くなりたい理由を聞いてしまったからだ。
「オヤジを斬ったこと、申し訳ないと思っているなら俺に剣を教えろ父の仇、アシュタル・ラド!」
アリオテスの父を斬ったのは、アシュタルだ。
仇に弟子入りを志願するというぶっ飛んだ発想は、気に入っているが、いざ師になってみると、やはり面倒なことが多い。
アシュタルを仇だと憎んでいるからこそ、アリオテスには強くなるためのー―はっきりした動機がある。
そして若さゆえの期待もある。
ともかく、難しいことは考えずに打ってこい。お前に剣の才能があれば、打ってるうちに自然と強くなるだろうぜ。
事実、アシュタルはそうやって強くなった。
若い頃から、死線をくぐり抜け、いくつも戦場を渡り歩くうちにいつの間にか強くなっていた。
真に“強い”ということは、そういうことなんだとアシュタルは理解している。
アリオテスが、木の棒を横薙ぎに振り払う。
棒先が腹部をかすめる寸前のところで、アシュタルはうしろに飛び退いて避けた。
しかし、それを逃さないとばかりにアリオテスは棒の先を翻して、追撃の一手を繰り出す。
持っていた木の棒で、なんなくその一打は払ったが、アシュタルの胸には驚きが広がっていた。
以前は、素手で対処できたのだが、さすがにそれではアシュタルの手が持たなくなってきた。
その辺の木の枝でもなんでも構わない。とにかくアリオテスの一撃を受け止める得物が必要になっていた。
ふたたび剣を交えようとするふたりの間に、ルミアが割って入る。
仕事とは、もちろんアシュタルの陶芸の仕事のことだ。
脇に停めてあった荷車に戻る。
荷台に載っているのは、アシュタルが丹精込めてこしらえた陶芸品である。
それをこれから依頼主のところへ納めに行く予定だった。
荷車は、荒れた道を少し進んでは、車輪が轍のくぼみに嵌まって止まるを繰り返していた。
その言葉がルミアの気に触ったのか、アリオテスの足を思いっきり踏んづけた。
story2
仕事が終わって、アシュタルは部屋でひとりミツィオラの形見の剣を磨いている。
剣を捨てると決意してからは、自分の剣の手入れなど、ほとんどしなくなった。
だが、ミツィオラの剣だけは、時々思い出しては、こうして入念に磨いていた。
戦争がはじまる前よりも、元気になったっていうのかな?なんにでも、積極的に関わるようになったぜ。
昔はずっと無表情で、まるで人形みてえだったのにな。
剣に話しかけても、当然返事はない。
けど、なんとなくミツィオラと話しているような気になって心が安らいだ。
磨き終えた剣を鞘にしまう。
以前は、頻繁に引っ張り出してきては、手入れを行っていたものだが。
いまでは半月やそこらしまったままにしておくこともざらだった。
いましまえば、当分、ミツィオラの剣を引っ張り出すこともないだろう。
忘れることは、決してないだろうが、心に占める存在の大きさは、間違いなく滅っていくだろう。
ミツィオラは、初めて敵意を抱かずに手にかけてしまった相手――
それだけに特別な存在だった。
だから、ミツィオラの死は、一生引き摺ると思っていた。
ミツィオラの剣を剣掛台に置いて、アシュタルは工房へ向かう。
心が晴れないときは、土を弄ることにしている。
無心で器の形を整えていくうちに、頭のなかが空っぽになるから、陶器を作るのは好きだった。
アリオテスとルミアが、ろくろを前にして粘土と格闘していた。
ろくろに乗った作りかけの陶器が、ふとした弾みで崩れる。
初心者には、ありがちな失敗だった。
アリオテスといるとルミアの表情がいつもより多彩なことに気づいてしまう。
年が近いこともあるだろう。アシュタルには見せない一面をアリオテスには見せているのが、嬉しいやら寂しいやら。
だからといって、アリオテスのチビにルミアの将来を任せようなんて、これっぽっちも思わねえけどな)
それとも、明日からアリオテスのご飯は無しでいいの?
などとやりとりをつづけるふたりを見ていたアシュタルは、突然、堪忍袋の緒が切れたように――
アリオテスとルミア、ふたりのうしろ襟をつかんでその場から退かす。
そして、ろくろの前に座り込むと心を無にして粘土をこね始めた。
アシュタルのざわざわしていた心が、徐々にまとまりはじめる。
ろくろの上の粘土は、アシュタルの指先によって絶妙に形を変えていく。
日常的に使う食器などより、美術品にもなる繊細な造りの器にこそ高値がつく。
そういう器を造れれば、ルミアにもっと楽な生活をさせてやれるのに、とアシュタルの心に雑念が混じっていく。
ろくろの上にある作りかけの陶器は、アシュタルの心の複雑さを表わすように、歪な形をしていた。
目を輝かせるアリオテスを一瞥してから――
アシュタルは作りかけの器を手で押しつぶして、元の粘土の塊に戻した。
工房にアリオテスの悲鳴が響いたのは、言うまでもない。
story
戦の傷跡は、そこかしこに残っている。
帝国の残党は、まだ各地に点在しているうえに、その一部は山賊に落草し、根城まで集いていた。
彼らが暴れ回っているせいで、ケルド鳥は、現在も平和とはほど遠い状態だった。
それでも今日明日の食い扶持を稼ぐために人々は集まって市場を開き、…経済活動を細々と再開させている。
いつもの場所にささやかな店を出して、売り物の陶器を並べているが、売れ行きはさっぱりだった。
戦争で家財道具を失ったものは大勢いる。
彼らが食器や陶器を必要として買いに来るのでは、というアシュタルの読みは外れた。
まだルミアのほうが、世間の空気を読む能力に長けている。
商売人としての才能も、アシュタルよりも数段マシだろう。
小さな広場の片隅でアシュタルのような美丈夫が、ひとり店番をしている。
そのさまは人目を惹くには十分だったが、かといって目立てば陶器が売れるというものでもない。
……なんだよ?走って逃げることねえだろうが。取って食おうってわけじゃねえのによ!
店番なら、ルミアのほうが向いている。
それはアシュタルもわかっているのだが、ルミアには、家のことをすべて任せている。
これ以上、ルミアに負担をかけたくない。
剣を捨てるまでは、戦場ほど厳しい場所はないと思っていたのだが。
アシュタルにとって、世間というもうひとつの戦場のほうが、よっぽど生きづらい場所だった。
喧嘩でもしたのか、アリオテスのことは、なにも言いたがらなかった。
その後アリオテスは、ルミアと買い出した品物を持って戻ってきたが……。
ふたりの間に、喧嘩のあとのような険悪な空気は、別段感じなかった。
戦場で剣を振るって戦場を渡り歩いていたときは、他人のことなど、一度も考えたことなかったのに……。
ひとは変われば変わるものだと、アシュタルは自嘲する。
壁際にあるミツィオラの剣を見つめながら、そんなことを考える。
すると、ルミアとアシュタルが、揃ってやってきた。
ふたりとも意味ありげな表情で横に並ぶ。後ろ手になにかを隠していた。
唐突にそんなことを言われても、とっさには思い当たらない。
(アリオテスが寄越すものって時点で、予想はついてたけどな)
師匠が剣を捨てたって聞いたから新しいのをプレゼントしてやるよ!どうだ嬉しいだろ?
アリオテスは、”捨てた”の意味を完全にはき違えている。
(市場で様子がおかしかったのは、これを買いに行ってたからか……)
とはいえ、そんなに安いものではないだろうから、ここは素直に受け取つておくことにした。
(しまった。受け取るべきではなかったか……)
アリオテスと同じく、ルミアも背中になにかを隠しているような仕草をしている。
でも、恥ずかしいのか、なかなか背中のものを見せようとしない。
そう言っておそるおそる差し出したのは、ルミア手作りの人形だった。
(これはまた……反応に困るプレゼントだな。ルミアが懸命に作ってくれたんだろうし)
軽口を叩いたものの実際にふたりからプレゼントを受け取ると、意外にもずしりとした重さを感じる。
実際の重さ以上のなにかを、アシュタルは感じていた。
(このふたりに慰められた形になるのか。まったく俺としたことが、情けねえ)
悩んだり迷ったりは、性分ではない。
戦場では、剣を振って誰よりも先に敵を斬ることだけを考えていた。
そしてこの先は、ルミアを幸せにすることだけを考えればいい。
だから、立ち止まっている暇などない。
曇らない剣はない ―完―
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