【黒ウィズ】アシュタル&ルミア編(クリスマス2016)Story
アシュタル&ルミア編
目次
登場人物
![]() | アシュタル |
![]() | ルミア |
story1 剣を捨てる理由
それでな、んー……こういう感じで、あのー、剣とかきたら弾くんだな。たぶん。うん。
もしくは戦ってたら勝手にどうにかなってんだ。俺はそういう風にして剣を学んだ。
アシュタルは剣を鞘に収め、面倒くさそうに髪の毛をかきあげた。
ルミアの頭を押さえつけながら、何か探るように言う。
頑なルミアを前に、セリアルは嘆息する。
あの日、イリシオス・ゲーを殺したアシュタルは、己の復讐に終止符を打ち、剣を置いた。
アシュタルは今、壷なんかを作ってみたりしている。これがまた都市では評判がいい。
己の剣は指南には向かないし、騎士団でやっていくには協調性がない。
この歳になってはじめて、アシュタルは自身が“その程度のもの”だと実感していた。
戦場で生き残れれば、勝手に強くなる――なんてことはさすがに言えなかった。
ぶっ倒すことだけで言えば、それなりに自信がある。
でもやはり教えるというのは、また違ったスキルが必要になる。
でもな。一朝一タでどうにかなるもんじゃないし、覚えたら覚えたで面倒なもんでもあるんだ。
何より、アシュタルは剣を教えることに対し、否定的だった。
それはルミアの母――ミツィオラを殺したことにも起因していたし、いつその剣が覇眼を目覚めさせるとも限らない。
そう言ってアシュタルは歩を進める。
***
セリアルが苦笑する。
そんなところがあるのなら、見てみたいものだ、とでも思っているのだろう。
ルミアがぼそりと呟く。
その声をアシュタルは聞こえないフリをして、大きな布ぶくろを持ち直した。
セリアルのやっかみも、聞こえなかった風で押し通すことにする。
俺はそういうのは教えられない。あれもひとつの才能だ。俺にはない。
何より剣は――人を殺すものだ。斬ったり刺したり、結構痛えんだぞ。
剣に必要なのは覚悟だ。そして覚悟なんてものは、持たないほうがいいもんだ。
殺すだの殺されるだの、そういう覚悟はな……持っていないほうがずっといい。
突っぱねるように、アシュタルは言う。
自分のようになってほしくはない、そんな思いも少なからずあったかもしれない。
***
世界には大小問わず、争いが溢れている。
奪い奪われを繰り返し、今なお多くの人が死んでいっている。
でかいとこってのは物資やら戦力やら、ほかのところとは比べ物にならないからな。
ここは疎まれちゃいる街だが、踏み込めば言い訳の間もなく開戦さ。
わざわざ喧嘩ふっかけるほど体力のある国はそうそうないしな。
守られているがゆえの安寧だが、しかしそのおかげで落ち着いて宿を取れる。
生まれてこの方、自分の力を頼りに生きてきた男にとって、他人を鑑みることの難しさたるや……。
それは計りきれない重しとなって、彼にのしかかっていた。
story2 剣をとり理由
剣を扱うのが、人より上手かった。
言葉を覚えるより早くそれを握っていたし、計算を学ぶより早く人を斬り殺した。
親父はどこぞの戦場で野垂れ死に、おふくろもその後を追うように死んだ。
親のありがたみを感じて生きたことはなかった。
アシュタル・ラドにとって、家族というものは、あってなかったようなものだ。
彼は戦場に育てられた。戦うことでしか自分の存在を認識できなかった。
強くなければ喰われてしまう。弱ければ生きる価値すら得られない。
だが戦場には、そこにはおかしな連中もいた。
静かな声で、にじり寄る闇のような存在。
それはアシュタルと剣を交えながら、息も切らさずに言った。
それは死の匂いをまとっていた。
人を斬り殺して、血が拭えなくなったとき、それはたびたび姿を見せた。
それとは何度か斬りあったが、決着はつかずじまいだった。
生きていたのが不思議なぐらい相手は強かった。
この眼の力をくれてやって以降は、まるで見かけなくなった。
眼には特別な力が宿っていた。
カンナブルの連中はその眼に踊らされ、運命を狂わされてしまった。
アシュタルの眼もまた、そういう力を宿していた。
眼の力に頼って戦おうなんて、馬鹿げているにも程がある。
たかが眼ごときに左右されるなんて――
アシュタルは静かに目を伏せる。
死んだやつのことを、今さら思い出してしまった。
アシュタルを見上げるルミアの瞳が静かに揺れる。
うまい言い訳のひとつも思い浮かばず、アシュタルはルミアから目を逸らした。
ルミアの背中を見ながら、アシュタルは恩人の姿を思い出していた。
預かり物は、まっとうに育っている。
これがまた可愛くない女だ。
妙に達観した風情で、泣き言を漏らさない。
辛い旅路にもしっかりとした顔で向き合い、自分の頭で考えて行動も出来る。
そんなルミアが、剣を覚えたいと言ってきた。
珍しく――いや、3人で旅をするようになって初めて、何かを望んで、そしてそれを口にした。
残念ながら学はないし、普通の生き方なんて教えられそうにもない。
もう少しまともな奴のところに預けられたのなら――
アシュタルはそう考えてしまう。
寒空を見ながら、剣を置いた男は呟く。
***
この都市では、その平和を象徴するかのように、市が開かれることがあった。
アシュタルもまた、慣れないながらも間借りして店を開いた。
雪の降る、寒い日だというのに。
普通、壷やらを作るやつはどっかに腰を据えるもんだ。
アシュタルは首をひねる。
流れもんなのに、いいものを持ってるな、と思ったものだ。
街について数日。アシュタルは陶器を売るのに精を出していた。
自分自身、意外に感じていた。
見よう見まねと言ったが、どこかで勉強したわけではない。
残り物をさっさとしまいこんで、アシュタルはその場を後にした。
セリアルは少しばかり悩みながら、ルミアに対してそう答えた。
子どもっていうのは、大人に頼るものさ。それはアシュタルも理解してる。ああいう性格だからわかりにくいだろうけどな。
アシュタルは悲しい目をしてる。きっと私がいたらダメだと思う。
そういうことを考えていたのか、とセリアルは再び頭を悩ませる。
この子は感情を表に出さない子だ。
そういった思いを全て内に溜め込んで、どこにも吐き出そうとしない。
……危ういな)
セリアルには、ルミアが生き急いでいるように見えた。
言葉にはしない。態度にも出さない。
***
日が暮れた街並みは、それでも静かに息づいている。
外では今も、争いが行われているだろう。
アシュタルは、そういうのに飽き飽きしていた。
戦うしか能のない男が、今や少女を養っている。
怪物だの化物だと恐れられていた自分が、食い扶持を稼ぐために奔走している。
それは心地よくもあったが、あまりにも虚しい日々にも思えた。
考えるだけ無駄なことだよな。
剣を置くことに躊躇いはなかった。
俺の戦いは終わったのだ、と初めて思えた。
あとは大切な友人から預かった子を、まっとうに育ててやることだけ。
そんなことを考えていた。
ミツィオラはいい女だった。
恋だの愛だの、そういった感情ではなく、ただひたすらに憧れた。
気高く、そして強いミツィオラは、アシュタルにとっての光だった。
きっとルミアも、数年もすれば成長して、そういう立派な道を歩み始めることだろう。
それを見届けさえすれば――。
そんなもんだろ?なあ、ミツィオラ。
***
ルミアは唇を尖らせて、アシュタルを見上げた。
彼女はすっかり笑わなくなった。
元々、愛想のいいほうではなかったが、日に日に仏頂面が張りついてしまって、剥がれなくなってきているようにも思えた。
私、やっぱり強くなりたい。
ここは戦いとは無縁の街だ。恐らくこれからもそう簡単には揺るがないだろう。
この街に腰を据えて、ふたりを養うのも悪くないと思っていた。
しかし――ルミアは、それでもなお強くなりたいのだという。
俺が教える間もなく、ルミア、お前は剣を抜くこともできずに死んじまう。
アシュタルは、ルミアが声を荒げるのを久しぶりに見た。
感情的になった彼女が、もうー歩踏み込み、アシュタルは知らず壁を背に追いやられていた。
…………。
……もういい。
ルミアはアシュタルに背を向けた。
もういいってことはないだろ――その言葉を続けようとしたが、既にルミアは遠く離れてしまっていた。
story
誰よりも強い人の、誰よりも強い戦い方をこの目で見てきた。
ルミアにとっての剣とは、アシュタルのことだった。
物心がついた頃、彼はとてつもなく怖い人間だった。
何かに苛立ち、何かを恨むような眼差しが、今も記憶の底に残っている。
血にまみれて帰ってきたアシュタルは、すごく怖かった。
たくさんの人を斬ってきたのだと知ったのは、もっと後のことだった。
ルミアの母は言った。
“まるで獣だ”
“そんなことを続けていたら、人の道に戻れなくなる”
“あなたがあなたであるために、もう人を斬るのはやめなさい”
アシュタルは、それでもなお、多くの戦場に向かっていった。
狭い世界で生きていたルミアにとって、恐怖の対象は何より彼だった。
初めて彼と言葉をかわしたのは、ルミアがもう少し大きくなってからだった。
カンナブルの当主会談にいった母を探しに外へ出たときのことだった。
彼の目は、どこか物憂げで何かに疲れているかのように見えた。
そんな彼の、優しげな声音が、ルミアは忘れられなかった。
ただのー言。たったそれだけ。でもたかがそんな言葉ひとつで、彼から目を逸らせなくなってしまった。
瞳と、鼻と、口と、すらりとした輪郭が、その言葉で浮き彫りになって、初めてアシュタルという人を知った気がした。
そう言って突っぱねてしまったからか、ガラの悪い彼に絡まれてしまった。
でも……嫌じゃなかった。
「こんな男に引っかかっちゃダメよ、ルミア。」
あの暑い日のこと――母は、笑いながら言った。
でもダメみたいだ。
ぶっきらぼうで軽薄そうでやる気もなさそう。なのに偉そうで私を見ようとしない。
時折寂しそうな顔をしてるのに、そこから先に踏み込ませてくれない。
そんなアシュタルが大きらいだ。
戦うことをやめ、働くなんて言わせたことも――。
大事な剣を捨ててしまうのに、悩むことなく決断させてしまったことも――。
強くならなくちゃ……私は、アシュタルを守るんだ。
決意を新たにしたその瞬間だった。
大きな警鐘が鳴り響いた。
守られている街に、何かが忍び寄った。
そんな音だった。
***
怒号が飛び交う。
人々は逃げ回る。まるで波のようだった。
絶叫が響く。
斬られたか貫かれたか撃たれたかは知らない。
ただ悲痛な声が届いてきた。
ルミアは――抵抗していた。
悪い奴だと、ひと目見てわかったからだ。
お金なら持ってる。それを持って早く消えて。
彼の周りには、10人程度。それぞれ武器を手にした男たちがいた。
その美しい剣を見せてくれまいか。
ルミアは肥え太った商人を睨みつける。
アシュタルとセリアルが武装した男たちをかき分け、ルミアの元へとやってくる。
発砲音。
その音にアシュタルの言葉が遮られる。
腹部を撃たれ、よろめきそうになる。
背後からの攻撃は予期していたが、苛立ち焦った奴が撃ち込んできたようだった。
撃たれたところが悪かったか、血が溢れ出てきて止まらない。
アシュタルはほんのー瞬、彼らに目を向けた。
剣を抜けば、軽く斬り殺すことはできる。
だが――それは今、持ち合わせていなかった。
再びの発砲音。
無駄撃ちするなよ。なんだよ、お前ら……。
しびれを切らしたように、数発の銃弾が撃ち込まれ、さすがのアシュタルも膝を折る。
わざわざ店を出すために剣を置いて出たせいで、銃弾を弾くこともかなわなかった。
剣を投げ捨て、ルミアがアシュタルに走り寄る。
商人の男がルミアの剣を拾い上げ、舐め回すように見つめていた。
ミツィオラの形見だ。
消え入りそうな声で、ルミアが呟く。
強くならなきゃいけないのに……。
***
アシュタルが声を荒げて、大きく踏み込み武装した男を蹴り飛ばした。
そしてもう1人、2人と殴り倒した。
もとより相手にならない連中だ。
何もしてこなければそのまま帰すつもりだったが今はそうも言っていられなくなった。
ルミアの眼に――紫の光が宿っているのを、見てしまったから。
腹部から血を流しながら、アシュタルはルミアの肩を揺らす。
アシュタルは眉根を寄せる。
覇眼――その力がこんなにも早く目覚めるとは、さしもの彼も焦りを隠しきれない。
アシュタルはかぶりを振る。
若くして眼の力に目覚める奴はいた。
だが――その力に飲まれ、廃人同然になった者も多くいる。
悲痛な叫びとともに、その覇眼を呼び起こすなんて――。
か細く弱々しい声が聞こえた。
力に飲まれてしまえば、どうなるか。アシュタルは痛いほどわかっていた。
だから意識させた。目の前の人間を。そしてこの世界を。
たかだが覇眼に負けるんじゃねえぞ!
アシュタルの声……聴こえる……。
ルミアを抱き上げたアシュタルが、下唇を強く噛む。
あんなクソみたいな思いは、1度きりで十分だ。
大切なものを失うなんて経験は、もう懲りごりだ。
強くならなくちゃ……捨てられると思った。
お母さんみたく、強くならなくちゃ……。
足手まといはもう嫌……私、何もできないのはもう……。
ルミアから吐露される本音が、少しずつ紫の光を取り込んでいく。
眼の奥へと消えていく光を見て、アシュタルは安堵の息を漏らした。
強くなりたいなら道は俺が探してやる。ひとりで生きたいのなら背を押してやる。だけど今は――。
俺にお前を守らせてくれ。俺の、光でいてくれ、ルミア。
***
雪の降る、寒い夜だった。
ルミアはどうだ?
それにしてもお前、覇眼の力をよく押さえられたな。
あんなものは、偶然そうなっただけだ。
セリアルは自嘲気味に笑って、アシュタルを小突いた。
殺したいとか、斬ってやりたいとか、そう思う俺の心を理性の鎖で繋いでくれる。
役に立たないとか、足手まといとか、そんなことはただの1度も感じたことはない。
俺が人でいられるのは、あの柔らかな光があるからなんだ。
あの強さは、俺にはないよ。だから俺は剣を置くことに躊躇いがなかった。
あの子はまだ子どもだ。言葉がなければ不安にもなる。
わかっているんだろう?
布ぶくろを抱え上げて、アシュタルは街に消える。
今日も今日とて、食い扶持を稼がなければならない。
そんなアシュタルを見ながら、セリアルは問いかける。
でも、嘘をつくのはいけないと思う。
ルミアが外に出て、遠く離れたアシュタルを見つめる。
ルミアは静かに息を吐いて、雪降る街に溶けていったアシュタルに向かって、小さく呟いた。
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