スノースキン月餅・エピソード
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目次 (スノースキン月餅・エピソード)
スノースキン月餅のエピソード
無口で無表情な少女。旅先で見聞きしたことを書き残している『記録者』の一人。
あまり感情を露わにしないが繊細で敏感な感性を持っており、絵や物語を紡ぐ趣味を持っている。
納豆には氷涙湖で助けてもらった恩があり、バター茶と忘憂舎に住む食霊たちとは友人。
Ⅰ.氷蓮
ふわぁ……冷たくて、気持ちいい……
「おっ、目が覚めました?!」
少年の喜ぶ声が聞こえた。
わたしを……呼んでいるの……ここはどこ……
視界が徐々にはっきりして、自分が氷の蓮の上に寝ていることに気づいた。薄暗い周囲の壁は氷晶で覆われている。
骨を刺す寒さのはずなのに、わたしはすごく気持ちいいと感じていた。
「ひゃくしょっ――そ、外に出ましょう。ここは寒すぎて……」
彼はわたしに手を差し伸べた。
わたしはただ、ぼーっと彼を見つめていた。
「だ、大丈夫ですか?」
頭が混乱する中、わたしは懐にあった筆に触って、それを強く握りしめた。
これは、大事なもの……と、自分に言い聞かせる。
「えっと……その……お名前は?」
少年の声がさっきより遠慮がちになった。
「わたし……」
わたしは必死に何かを思い出そうとして、ふと彼の服に気を取られた……
袈裟……?
青い袈裟を着た僧侶が突然現れ、遠くに立って何かを言っている。
「スノースキン……月餅。」
彼は、そうわたしを呼んでいる。
納豆は、恥ずかしそうに笑顔を見せた。
「貴方はどうしてここにいるのですか……」
わたしは頭を振った。これ以上思い出せない。
「ふむ……いいでしょう……まずここから出ましょう」
外に出た。眩しい太陽の光のせいで外は熱く、すぐに地下の氷湖が恋しくなった。
周りには、崩れ落ちた建物の廃墟しかない。
多分……お寺……
その刹那、ぼんやりと鐘と太鼓の音、そしてお経を唱える声が聞こえた。
「スノースキン月餅!気をつけて!」
後ろから納豆の叫び声が聞こえ、わたしは知らぬ間に黒焦げになっている壁のすぐ近くに来ていたことに気づいた。
支えがなくなった梁が轟音とともに落ちてきた。
状況を確認しようと視線を集中させた途端、泣き叫ぶ声が次から次へと聞こえてきて、逃げ回る人々のシルエットが燃えたぎる炎に映り込んだ。
炎のど真ん中に、合掌している僧侶の姿が見える。
火の勢いが増し、人々の泣き声もますます凄惨なものになっていく。
僧侶はゆっくりと膝から崩れ落ち、体から強烈な金色の光を発した。
次の瞬間、その金色の光は炎とともにわたしに襲いかかった。突然、自分の声が聞こえた――それは、胸が張り裂けるような、悲しい泣き声だった。
Ⅱ.記号
再び目を開けた時、そこに黒い壁はなかった。
ここは桃の木に囲まれた小屋であり、外から水の流れる音が聞こえ、お茶の香りがした。
氷湖の寒さとは全く違って、清々しくて気持ちが良かった。
でも……筆が……ない……
わたしは身体を起こし、柔らかい布団の上で筆を探し始めた。その時、誰かが外から入ってきた――茶碗を持った納豆だった。その茶碗には暖かそうなスープが入っている。
「目が覚めましたか!具合はいかがですか?」
「廬山雲霧茶はあなたの傷口の手当てをしてくれました。彼女の医療の腕は素晴らしいのでご心配なさらないでください。これは彼女が作った薬膳です。身体にいいですよ。」
「亀苓膏はあなたの事情を全て知っているようで、暫くここに居ていいとおっしゃっていました。」
「彼たちは……みんな食霊ですか……」
「はい、みんなとても良い食霊です。」
「彼たちは……ここの主ですか……」
「違いますよ。忘憂舎の主はワンタンという食霊です。」
「ありがとう……」
そのまっすぐな善意に、どのように感謝の言葉を伝えていいのかわからない。
しばらく考えても、結局簡単な一言しか言えなかった。
話すより、文字や記号で全てを書き留める方が向いているかも知れない。
そう考えながら、わたしは無意識で何かを探していた。
「ではわたしの……筆を見ましたか……わたしの筆……ない……見つけなきゃ……」
「あの氷晶みたいな筆ですか?外の机に置いてあります。」
「貴方はさっき気を失っていましたが……それをずっと握りしめていました……あっ、心配しないでください。何もあなたたちに当たっていません」
「筆……大事……守らなきゃ……」
そしてわたしはこの忘憂舎という小屋にしばらく住むことになった。
納豆は、自分の御侍様がかつて住んでいた蓮華寺に行くために光耀大陸に来た。
しかし彼が着いたとき、蓮華寺はすでに廃墟となっていた。そして氷涙湖にいるわたしを見つけ、助け出した。
その後、彼はわたしをこの忘憂舎――彼が旅の途中で見つけた桃源郷のようなところに連れてきた。
「えっと……私は記録者の一員で、今は世界各地を旅しています」
「この世界は……広い。そして様々なことが起こってる」
「私は出来るだけ、自分の見たものを書き留めていきたい」
わたしはこの数日間の出来事と、納豆の言ったことを思い出しながら、筆を走らせた。
「スノースキン月餅、貴方、また何かを書いているのですか……」振り向くと、そこには納豆と廬山姉ちゃんがいた。
「スノースキン月餅、身体の具合はどうですか?どこか気持ち悪いところはありますか?」
「ありがとう……廬山姉ちゃん……大丈夫です。」
「ならよかった。今書いていたものは、なんのために書いているのですか。」
わたしは紙の一面に書かれていた記号を見つめても、記憶は曖昧なままで何も思い出せず、頭を横に振るしかできなかった。
「スノースキン月餅は……蓮華寺のこと……何か覚えていますか?」
納豆はわたしに聞いた。
蓮華寺……記憶を辿ってこの場所についてを調べてみたが、なんの手がかりもなかった……
わたしの困った表情を見てか、納豆は慌ててわたしを慰めた。
「いや……だ、大丈夫です!無理に思い出さなくていいです!」
いきなり何かを思い出したかのように、わたしは一番下にある紙を取り出した――それは、唯一普通の文字が書かれている紙だった。
「印空……?誰かの名前ですか……」
納豆は興味津々にその文字を見て、質問した。
「これは手がかりかもしれませんね。」
わたしは何も思い出せない。ただこの二つの文字を目にしたとき、心の奥底から不思議な気持ちが湧いてきた。
Ⅲ.昔事
ある日、わたしは一人で町を散策しながら、文字や絵を使っていろいろなことを記録していた。
様々な人が激しく行き交っている。忘憂舎の外にこんなにも賑やかな場所があるなんて知らなかった。
タンフールーを持った団子頭の女の子の嬉しそうな表情や、長い白ひげをした老人が手品のように作り出した人型の飴細工……
わたしはその全てを書き留めたいと思った。
わたしは記号を使わずに普通の文字で書くことを始めた。
わたしは何かを書くことで心がとても落ち着く。
「スノースキン月餅!」
納豆の声だ。彼が走ってきた。
「あぁ――ここにいましたか。ぼ、僕は印空様に関する情報を見つけました!貴方の力になれるかもしれません!」
なぜかその瞬間、わたしはあの青衣の僧侶のことを思い出した。
わたしたちは城中の小屋に来た。小屋外の池にはいくつかの蓮が咲いていた。
髪が真っ白なおばあさんが池側の石椅子に座っていた。
「このおばあさんは印空さまを知っているようで、それに蓮華寺のことも少しなら知っているそうです……」
納豆はわたしをおばあさんの元に連れてきて、そう言った。
庭に入ると、おばあさんはよろよろしながら立ち上がった。
「こんにちは、おばあさん、納豆です。おばあさんは……印空さまと蓮華寺のことを知っているそうですね。」
「この命は……印空さまが救ってくれたものじゃ……」
「お、お主は……ずっと印空さまの側におったスノースキン月餅じゃ……わたしのことを覚えておるのかい……」
「あの頃はよく寺に行って印空さまの説法を聞きにいったのじゃ……お主はずっと書き物をしているようじゃった。」
「お主はみるみる上達し、寺の為に経典をたくさん清書し、寺のこともいっぱい書き留めたと印空さまがよくおっしゃっていたのじゃ」
「もし……わたしにもお主のような賢い食霊がおったら、どれほど嬉しいことじゃろうと、思ったのぉ……」
「しかしあの時……」
おばあさんはわたしを見て、笑顔を見せようとしたが、目から涙が溢れ出てきた。
Ⅳ.化蓮
おばあさんの話を聞いて、わたしはようやくあの夜の大火事のことを思い出した。
「ハハハハッ――!全てが明るみに出たと言うなら、もはや老僧から言うことは何もあるまい。」
いつも穏やかだった老住職は目が充血し、身にまとっている袈裟も乱れていた。
「住職の行いは仏門の掟に背いただけではなく、俗世の理にも反している。仏門において徳望が高い住職は、このように道を踏み外したのはなぜであろうか。」
青い僧衣を着ていたその人の普段の優しい目つきは鋭くなっていた。
「この期に及んで、老僧はもう弁解するつもりはあるまい。全ては人の性、人の業とだけ言っておこう!」
「住職は、貪欲、強盗、殺生の三つの罪を犯している。それでも逃れようとするとは、報いを恐れておらぬか。」
「老僧は、一人で裁きを受けようなど、一度も言っておらぬぞ――」
住職はおかしなことを口にすると、目を更に赤くさせ、何かの呪文を唱え始めた。
「いかん――スノースキン月餅!早くみんなを避難させろ!」
僧がこう言った途端、異様な焔が燃え始め、一瞬にして正殿を呑み込んだ。
わたしが返事をする前に、逃げ惑う人々が洪水のように押し寄せてきて、わたしを御侍様の側から離された。
「御侍……さま……!」
人混みに押し流されながらも、わたしは御侍様のところへ戻ろうとした。
周りから泣き声や怒鳴り声が聞こえてきた。
老住職は既に息絶え絶えとしているが、火の勢いが治まる気配はない。
「御侍さま……今は……どうしたらいいのでしょう……」
「スノースキン月餅、今はみんなを守ることだけに専念しましょう、寺の外まで避難させるのが先決です!」
わたしは必死で道を作り、人々は我先にと外へ逃げていく。
しかし正殿の外の景色はすでに絶望的で、炎は寺全体に広まり、全てを滅ぼすような勢いで燃えていた。
人々は次々と叫び声をあげて倒れていった。
わたしが振り向くと、御侍様は正殿の真ん中に立ち、両手で何かの印を結んでいた。
すると周りから金色の光が集まり、輝きだした。御侍様は膝から崩れ落ち、ひざまずいた。
「御侍……さま……?!」
御侍さまは両目を閉じ、身体から金色の光を発していた。
そしてゆっくりと、一輪の金蓮が御侍さまの身体から浮かび上がってきた。
蓮の花びらはどんどん大きくなっていき、やがて……寺全体を覆った。周りの全てが仏光に包まれていた。
あの異様な炎は仏光の外側に追いやられ、それを見た人々は驚きの声をあげた。
同時にわたしは身体が消え去っていく御侍さまを見ると、心がひき裂かれるように痛かった。
「スノースキン月餅……すまない……」
「あの火事は三日三晩燃え続けた……わたしたちは金蓮に守られて、炎から逃れられたが……印空さまは……」
「もうおらんのじゃ……」
わたしは再び寺に戻った。
先日来た時と同じように荒れ果てていたが、昔ここで過ごした頃の景色が見える気がする。
「スノースキン月餅?かわいい名前ですね。拙僧は印空と申します。こちらは蓮華寺でございます。」
「心が安らかであれば、自ずと悟りが開かれるでしょう。スノースキン月餅のその心構えは、申し分ありません。」
「貴方が書いた記号は読めませんが、全てのものに謎はつきものでしょう。それを問い質すことはしません。」
「あ……貴方はこの経典と私たちの文字が好きですと?いいえ……ただとても嬉しいです……」
「そう……であればこれから私が貴方に習字や、仏経と禅のことをお教えましょう」
「これは私が麓にいる匠人に頼み込んで手に入れた素材で作った筆です。従来使っていたものより書きやすいでしょう」
「スノースキン月餅、禅の修行の成果が出ているように見えます。うん?なるほど、こんなにも多くの事を書き留めたのですか……興味深いですね。」
「拙僧のこの一生、ただ雨風の音を聞き、山の鼓動を感じ、禅の言葉を思う。私の側にいても、さぞつまらないことでしょう……?」
そのようなことは、一度たりとも……
Ⅴ.スノースキン月餅
「スノースキン月餅……具合はどうですか……」
納豆の声を聞くまで、わたしは彼が隣で立っていたことに気づかなかった。
「私の御侍様は、聖人たるもの心は仏蓮の如くとおっしゃいました。印空さまは慈悲の心を持つ故に、金蓮に化して民衆を救済したのでしょう……」
「ありがとう……」
わたしは、知っています。
「それに……もし貴方がよろしければ……僕たち記録者にお迎えしたい。」
「こ、ここ数日に貴方が書いたものを拝見させていただきました。貴方も……何かを記録するのがお好きなのではないかと……」
「あっ……決して盗み見たわけではなく、た、ただ偶然に見えただけで……」
「い、良いと言いましたね!よかった……」
「でも僕はこれから、次の場所に向かわなければなりません……僕たちは三年に一度お茶会を開くことになっていますので、その日が来れば、貴方にも招待状をお送りします!」
「全てのものに禅の心あり。もし私が……居なくなったら、私の代わりに、この世界を旅してくれ。」
ふと御侍様の言葉が頭によぎり、わたしは迷わず納豆の誘いに応じた。
「はい。」
わたしは必ず行きます。
光耀大陸のとある町に名高き蓮華寺があり、年中訪ねて来る信徒と参詣者は後を絶たない。
印空法師は寺で一番名のある僧の一人で、三十歳も満たないにも関わらず仏法に通じ、禅を語れる。
印空には一人の食霊がついている。その食霊は無口で穏やかな性格であり、字を書き絵を描くことが好きで、たまに周囲がわからないような記号を描く。
当時、その地の邪教の活動が活発だった。天性の貪欲さを持つ寺の住職は邪教の蠱惑に乗せられ、町の信徒を利用して金を不当にかき集め、生贄を使う儀式まで行ってしまった。
その後間もなく、住職の悪行は印空によって暴かれた。
失望した人々は蓮華寺に押し寄せ、自分と亡くなった親族のために説明を求めたが、追いつめられた住職は邪火を呼び寄せその場にいたすべての人間を道連れにしようとした。
炎は寺を全焼させ、大量の負傷者が出たが、命に別状はなかった。
聞くところによると、その町にいた人全員が、あの日蓮華寺の方向で巨大な金蓮が現れたのを見たようだ。その金蓮の光は空まで金色に染め、光は半日も続いたという。
仏門では、蓮の花は仏の智慧や慈悲の象徴とされ、修練者が悟りの境地に至る時に体内に蓮華座が現れ、さらなる修練とともに仏体になっていく。最終的には蓮華座は仏体と共に、肉身を融合し一体化する。
蓮華寺の印空法師は一生の修行成果を使い果たし、自らの肉体を巨大な金蓮と化し、火から人々を守った。そして、仏の境地に至った。
蓮の花は咲いて、蓮の花は散った。
「見て!この謎の作者がまた新作を出した!」
「そうだな、しかしこの作者一度も姿を現わしたことがないから残念だな。すっごく好きなんだけど……」
スノースキン月餅はノートを閉じて立ち上がり、茶屋から出た。
後ろの人々の話し声がだんだん遠くなった。
スノースキン月餅の微笑んだ顔を見た者は一人も居ない。
そろそろ他の場所に行ってみるか、とスノースキン月餅は思った。
「この記号……光耀大陸からの?」
遠く離れたグルイラオで、一人のエルフ耳の男は手に持った長弓を置き側の巻物を取り、表紙のタイトルの横に書いてある記号に気づいて不思議そうな顔をした。
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